2008年12月 1日 (月)

城崎温泉に

きのう(30日)と、今日(1日)は、
兵庫の但馬(たじま)地方へ相方と1泊旅行。
城崎(きのさき)温泉へ泊まりました。

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 カニと但馬牛が
 ウリの地域でした。

 どちらも
 いただいちゃいました。
 贅沢な旅です。はい。





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 お宿は城崎温泉の
 ほぼ中心にあり、
 情緒ある街並みを
 窓からみることが
 できました。

 浴衣姿の観光客が
 カランコロンと
 下駄をならす音が、
 いいんですよね。



温泉にも何回もつかり、
体も心もち軽やかに。
そして、日本の温泉文化はすばらしい。

いい旅となりました。





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2008年8月 1日 (金)

九州要請第2弾~旅気分編

7月20日~24日までの、
九州要請行動第2弾の旅気分編です。

21日、鹿児島での青年合宿が正午過ぎに
終わり、その日の残りは自由。
地元の人しかいかにような温泉に入り、
さっぱりしたあと、
南へ向かって車を走らせました。


Img_2021 
 桜島。

 この日は
 もやっと
 してました。

 鹿児島市の
 中心市街から
 みると、
 その迫力は
 すごいです。


さらに車を走らせ、
着いたところは、
知覧の平和公園。

有名な特攻隊の資料館があるところです。
もちろん初めてでしたが、
「美化されている」と聞いていたので、
実際はどんな感じなのか、この目で確かめようと
思ったのであります。


Img_2025


 ここが資料館。
 平和会館というらしい。



もう、駐車場に着いた時点で、
特攻機の実物大模型とかが見えて、
雰囲気が「むむっ」て感じでした。
靖国神社と共通する雰囲気です。

入ってみて、いろいろと展示物などを
眺めていると、明らかに靖国の論理が
いたるところに入り込んでいることを
確認することができました。
(ちなみに館内は撮影禁止だった)

まず、特攻作戦で亡くなった人のことを、
「英霊」と呼んでいます。

また、資料館入口の説明版には、

私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって
生かされ、国は繁栄の道を進み、今日の平和日本が
あることを感謝し
、特攻隊員のご遺徳を静かに回顧
しながら、再び日本に特攻隊をつくってはならないと
いう情念で、貴重な遺品や資料を、ご遺族の方々の
ご理解、ご協力と、関係者の方々のご協力、ご支援で
展示しています。
 特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは、
再びこの国に平和と繁栄が甦ることであっただろうと
思います。
 この地が特攻隊の出撃基地であったことにかんがみ、
雄々しく大空に散華された隊員をとこしえに顕彰し…」

とありました。

まず、最後の部分、特攻隊員の死は、
「雄々しく大空に散華された」ような最後だったのでしょうか?
肉弾作戦ですよ。死の現場を美化しすぎです。

また、死者にたいして、「追悼」ではなく、「顕彰」という
言葉を使っていることも、靖国の論理と重なります。
「顕彰(けんしょう)」とは、つまり「ほめたたえる」ことですから。
特攻隊員の死を「ほめたたえる」ことが、平和を祈念する
ことにつながるのでしょうか?

その論理が、冒頭の、
「私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって
生かされ、国は繁栄の道を進み、今日の・・・」という
部分にもつながってきています。

特攻作戦が始まったとき、すでに日本の敗戦は
確定的だったのであり、降伏の決断が早ければ、
こんな無謀な作戦で若い命を奪い去ることもなかったのです。
「尊い犠牲があり、今日の日本がある」はよく使われる
論理ですが、はっきりって、つながりません。

また、館内の説明では、
この戦争(日本の侵略戦争)の全体像はまるで見えず、
いきなり「沖縄決戦」の説明ではじまるのです。
もちろんアジアの視点などどこにもありません。

また、この特攻作戦は米軍にしっかり探知されており、
米軍艦船に突入する以前にほとんどが打ち落とされたり、
故障で目標に到達しなかったなど、
つまりほとんど「あたらなかった」という事実があるのに、
それも、どこにも説明がありません。

知られたくない事実を隠し、
特攻隊員たちの死を美化する展示は、
いったいどうなのでしょうか。

一番驚いた、館内での説明をご紹介しておきます。

「特攻作戦の特性」を説明した文章です。

「特攻機の特性を端的に言うならば、有人ミサイルである。
無人ミサイルに対し、有人であることの利点は、故障その
他で突入の見込みがない時は、帰還回収が可能であること、
目標の選択が可能であること、敵の妨害をある程度回避
できること、敵の存在が確実であれば、ある程度の索敵
攻撃が可能であること等である。一方
致命的な欠陥は、
搭乗者が確実に戦死すること
である。そして搭乗者の意志力、
技量が目標命中に重大な影響を及ぼす。
 
一機一艦の志を遂げさせるには、前途の利点を発揮し、
欠陥を補う訓練が必要であった
。特攻機を駆使し、体当たり
戦法を成功させるには、かなり高い戦技力が必要であった」

全体的にムチャクチャな内容だけれど、とくに、
「致命的な欠陥」が、「搭乗者の確実な戦死」であるのに、
どうやって、「欠陥を補う訓練」をするっていうんですか!
人命軽視の極みが、この文章にも表れています。

もちろん、特攻隊員の写真や遺書、遺品などを
見ていると、胸にくるものがありました。
ほとんどが、10代や、20代前半までの若い青年たちです。
写真にうつる1人ひとりの顔を見ていると、
「胸中はどんなに苦しかっただろう…」と考えてしまいます。
泣きながら展示を見たり読んだりする人もいました。

しかし、その若い命を奪ったのは、
日本の侵略戦争であり、軍部の人命軽視の
ムチャな作戦だったのです。
そのことの直視しないで、特攻隊員の死を美化する
この平和会館の展示に、私は激しい違和感を
感じずにはいられませんでした。

しかし、人聞きではなく、
それを自分の目で確かめられたことは、
とてもよかったと思います。


さて、知覧をあとにし、さらに南へ。
枕崎まで足を伸ばしてみました。


Img_2028




 ゆく途中で。


 夏らしい。








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 岬のような
 ところで。

 立神岩という
 枕崎の
 有名な風景。







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 東シナ海
 だと思います。

 澄んだ日は、
 屋久島や
 種子島も
 見えるらしい。

 この日は
 見えなかった。


枕崎からさらに西へ行こうかと思ったけれど、
時間がなさそうだったので、
鹿児島市内に戻りました。


22日は、ほぼ仕事で観光気分はなし。
でも、九州は空と雲がとってもキレイで、
車の運転は気持ちよかったです。

23日、宮崎オルグを終えて、
大分に向かう途中、
ちょっと寄り道して大分県の
佐伯市のとある浜辺に寄りました。


Img_2053

 もう時刻は
 18時頃。

 海で泳げる
 かなーっと
 思ったけど、
 そういう感じ
 のところでは
 ありません
 でした。残念。





Img_2054








 おお、
 なんか
 青がすごい。














Img_2057






 海岸べりを
 歩く。

 もう日暮れである。















Img_2060

 浜辺で、
 足をつけてみる。

 気持ちいい!
 やっぱり海だわ。



しばし、浜辺でぼーっと海を眺め、
波の音を聞く。
ひとときの静寂な時間でした。

その後、別府市内のビジネスホテルへ。
泊まったのは3900円の超お得なお値段の
ホテルだったのだけれど、
なんと温泉の大浴場があり、部屋のバスの
お湯も温泉でした!さすが別府!!

夜は別府の居酒屋でちびりちびりと
ビールを飲みました。
別府は夜もすごく賑やか。
さすが全国的な観光地ですね。


24日の大分オルグを終えて、
帰り道は、
大分の佐賀関というところから、
フェリーで愛媛の三崎というところまで。


Img_2066



 このフェリーで
 約1時間の
 船旅でした。








Img_2068




 さようなら~
 九州~








Img_2072
 やっぱり船旅は
 いいね~。
 いつか沖縄にも
 船で行ってみたい。

 落ちつくんですよね、
 海を見ていると。
 生命のふるさとだから、
 ですかね。




以上、旅気分編とはいえ、
ほとんど風景写真で終わりました…。

あまり地の食べ物とか
食べなかったしなぁ(そういう時間的余裕があまりなかった)。

でも、海をたっぷり眺められたのは、
この九州オルグのお得なところでした。


おわり。





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2008年7月10日 (木)

吉野ヶ里遺跡

6日(日曜日)、福岡から佐賀に向かう途中、
「吉野ヶ里遺跡を一度訪れてみたい」と思い
計画し、行ってきました。

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 鳥栖(とす)駅で
 乗りかえる。

 J2のサガン鳥栖の
 ホームスタジアムが
 見えた。
 そういえば、最近
 Jリーグの生観戦から
 遠ざかっている…。




Img_1945



 吉野ヶ里公園駅で下車。
 30度をラクにこえる暑さの
 なか、徒歩15分、
 吉野ヶ里遺跡をめざす。
 
 まったくすばらしい晴天。
 雲がきれいだった。










Img_1949


 昼食を
 レストランですませ、
 さあ、入場口へ。

 日曜日なのに、
 観光客は結構まばら…。




Img_1950
 吉野ヶ里遺跡は、
 紀元前3世紀から、
 3世紀ごろまでの
 約600年続いた
 弥生時代の、
 貴重な遺跡が発見
 されたところ。
 建物はすべて
 復元されたものです。



Img_1951
 まず最初に、一番
 北にあった、
 「北墳丘墓」に。
 冷房が効いていて
 よかった(笑)。
 ここは、集落の中でも
 歴代の王の眠る墓でした。
 ここは今年になって
 オープンした施設だとか。



Img_1954

 こんなかんじで、
 大きな坪の中に、
 銅剣やガラス管玉などと
 一緒に埋葬されたらしい。

 これはもちろん
 つくりものです。



弥生時代にも身分階層はあったみたいだけど、
生産手段は稲作が始まっていたので土地だと思うんですが、
(他にも狩猟や貝なども)
その所有関係はどうだったのか、イマイチわからなかった。
余剰生産物の管理、という側面がまだ強かったのか?
階級社会とは言えないかもしれない。
日本の歴史をもっと勉強せねば、と思いました。

Img_1956


 外に出たら、
 そこは
 弥生時代だった。

 昔の夏も、
 こんなに暑かった
 のだろうか。




Img_1957



 こんな感じで、墳墓(ふんぼ)が
 たくさん発見されたそうです。

 甕棺(かめかん)というらしい
 ですが、棺おけのような
 坪の中に入れるというのが、
 独特だと思いました。






Img_1958


 こちらは、
 食料や物品を
 入れる倉庫。

 高床式です。






Img_1959



 こちらは、
 「北内郭」といわれる
 ところで、
 環濠集落の政治の
 中心地であり、
 神聖な場所だったとか。

 たしかに厳重に壕や柵で
 まわりから隔離されている
 感じでした。






Img_1960
 これが「北内郭」の
 セントラルビル(?)

 当時の最高技術が
 結集されているらしく、
 16本の巨大な柱に
 支えられていて、
 弥生時代最大の
 建物だとか。



Img_1961

 中に入れる。

 こんな感じで、
 まつりごとや、
 収穫の日を
 決めていたとか。





Img_1962

 でも、収穫の日を
 決める最終手段は
 これらしい。

 つまり神のお告げを
 聞く。

 建物の最上階です。



Img_1964


 次に「南内郭」へ
 行ってみる。

 集落のほぼど真ん中に
 あり、物見やぐらも
 4棟も建っている。




Img_1965

 物見やぐらからの
 眺望。

 北内郭方面を
 眺める。

Img_1966



 空が広いなー。

 暑いなー。







Img_1967


 こちらは
 「倉と市」とよばれる
 場所で、
 倉庫群と、
 周辺の集落との交易
 の場所だったらしい。





Img_1968





 物見やぐら。

 絵になる。












Img_1969




 こちらは庶民の
 家が点在する
 「南のムラ」。

 



他にも、さまざまな出土品を展示している
展示室を見学したり、
とても興味深く見学することができました。

弥生時代といっても、
生産技術や生活様式、風習・文化まで、
かなり高度なものをもっていたことが
よくわかりました。

吉野ヶ里遺跡は、まだ施設の拡張工事が
行われている最中であり、
今後もさまざまな発見や展示の充実が
あると思われます。


炎天下のなか歩きまわったりしたので、
かなりバテましたが、
日本の歴史にふれられる貴重な遺跡や
展示があり、とてもためになりました。

吉野ヶ里には結局4時間近くおり、
夕方になって佐賀市内に入りました。

夜のビールがおいしかった…。





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2007年10月 9日 (火)

めいっ子と広島へ

きのう(8日)は、ちょっとしたミニ旅行に。

昨年、沖縄へ一緒に2人旅をした、
10歳のめいっ子と、
今度もまた2人で広島へ行ってきました。

今年の夏はどこにも遊びに連れていけなかったので、
「8日にどこかへ行こう」と約束していたのでありました。

でも、広島に行こうと決めたのは、前日。
かなり行き当たりばったりの日帰り旅になりました。

午前8時に迎えに行き、
そのまま高速道路で2時間。広島に到着。


Dscn3166
 とりあえずやっぱり
 平和公園でしょ。

 広島に着くころには
 雨もあがり、
 逆に暑い!

 この日は30度まで
 あがったとか。




Dscn3167

 やっぱりとりあえず
 平和資料館へ。

 大人50円。
 小人30円。

 3連休だからか、
 人が多い!





Dscn3169


 「島外科」上空
 580メートルで
 炸裂した原爆は、
 
 瞬間、火の玉として
 広島上空にあらわれた。






Dscn3173_2
 展示をみてまわる。

 10歳の彼女は、
 何を感じたことだろう。

 「はだしのゲンは読んだ
 ことあるよ」と言っていた。

 私もあれこれ説明する。
 05年8月の広島での学びが
 確実に生きている。





Dscn3177


 熱線で
 焼け焦げたもの。

 すさまじい。








Dscn3179
 佐々木禎子さん
 自身がつくった折鶴。

 病床で、病気の回復を
 願い、1300羽の
 折鶴をつくったが、
 残念ながら亡くなった。

 めいっ子とほとんど歳は
 変わらない。



ひと通り見てまわり(かなり早足だったけど)、
私もあれこれ語って聞かせたが、
これが少しでも彼女の今後に生きてくれることを願う。

原爆資料館を出て、
「とりあえずお好み焼き食べよう」と、昼食に。


Dscn3180




 腹ごしらえ~。








昼食をたべ、
爆心地点の「島外科」に行ってみる。


Dscn3182 Dscn3183

 










「この上で原爆が爆発したんでー」と説明してみる。



Dscn3184




 お久しぶりの
 原爆ドーム。








Dscn3187
 むむ!
 あれが問題の
 高層マンションか?

 たしかに
 世界遺産でもある
 原爆ドームの
 近くには
 ふさわしくない気がする。





Dscn3188




 平和公園内を
 うろちょろする。

 原爆の子の像。







平和公園をあとにし、今度は宮島に。
「広島に行くんだったら、宮島に行きたい」と、
行きの車の中でめいっ子が言うので、
「では行くか」ということに。

実は、私は宮島には行ったことがない。
恥ずかしながら、宮島は「陸続き」だときのうまで思ってました(笑)。

が、フェリーで行くんですね。行ってみて知りました。


Dscn3191



 フェリーで
 10分で着きました。









Dscn3199

 3連休で
 観光客がたくさん。

 めいっ子は、
 去年も来たことが
 あるそうで、
 「こっちこっち」と
 案内される。




Dscn3200

 土産物屋の
 数にもびっくり。

 世界遺産が
 あるところは強い。

 やっぱり多いのは
 もみじ饅頭のお店。




Dscn3201



 厳島神社に入ってみる。

 色鮮やかな神社です。








Dscn3204



 なかなか絵になります。










Dscn3207



 ちょっと
 見えにくいけど、
 能舞台。

 歴史を感じます。





Dscn3208




 てな感じで、
 世界遺産を
 楽しみました。






「塾が6時にあるから、それまでに連れて帰ってほしい」
との母親からの連絡があり、14時40分に宮島に別れをつげる。

帰りも高速道路をつっぱしり、
無事、5時過ぎには岡山に着いたのでありました。

1日、いろいろと近況をきいたり、
「なんと!」という情報があったりで、
まずまずめいっ子さんも楽しんで
もらえたのではないかと思います。

「また沖縄に行きたいなー」とも言ってたので、
それもなんとか考えてやろうと思います。


おしまい。



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2007年9月23日 (日)

北海道(下)-旭山動物園

北海道の旅、後編。

9月10日(月)

この日はあいにくの雨模様でしたが、
開園してまもなくから、閉演まぎわまで、
1日中、 旭山動物園にいました。

Dscn2737 



 入園して、
 とりあえず
 「もぐもぐタイム」を
 (エサやりの時間)
 チェック。

 





Dscn2741




 とりあえず、
 午前中の人が
 少ないうちに、
 一番人気の 
 「ほっきょくぐま館」に。








Dscn2748
 いた~!

 ホッキョクグマ
 ですよ。

 思ったより
 大きい。
 雄たけびの
 ポーズ。



Dscn2750




 こんな間近に。
 すごい迫力。
 






Dscn2771

 ホッキョクグマ
 が泳いでいる
 ところを
 初めて
 見ました。

 これは感動
 します。




Dscn2775



 溺れている
 わけではない。

 上手にターン
 するんですよ。





Dscn2788
 むらがる
 人間たち。

 ホッキョクグマ
 の
 もぐもぐタイム
 も、しっかり
 見ることが
 できました。




Dscn2826
 続いて、
 これまた
 人気のある
 「あざらし館」
 へ。
 この時点で
 動物園は
 人でごった
 がえしていた。




Dscn2828

 あざらし館と
 言えば!

 この円柱の
 水槽を
 さっそうと泳ぐ
 あざらしを
 見る。





Dscn2835



 泳ぐスピードが
 早いので、

 なかなかうまく
 写真に納まらない。

 スイスイ泳ぐ
 あざらし。






Dscn2841
 つづいて
 ペンギン館。

 見てのとおり、 
 いろいろな
 ところに
 のぞき窓が
 あり、色々な
 角度から
 見られる。




Dscn2842





 うーむ、
 かわいい。










Dscn2855


 この動物園は
 自動販売機
 にも動物が。

 絵はもちろん
 あべひろし。





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 こんな感じで。










Dscn2858


 途中、
 園内にある
 観覧車にのり、
 上から
 動物園を
 ながめてみる。





Dscn2876




 きりん。









Dscn2878




 サイ。

 大きかった。







Dscn2893

 チンパンジー。
 人間に一番
 近い動物。

 雨のせいか、
 室内で
 おとなしかった。





Dscn2896


 これも
 自動販売機。

 この遊び心が
 すばらしい。







Dscn2905

 オラウータン。

 想像以上の
 大きさ。

 見入って
 しまった。





Dscn2911



 ヒョウ。









Dscn2917



 ライオン。

 おたけびが
 すごかった。






Dscn2924



 トラ!

 すごい迫力!







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 トラ
 かっこい~。









Dscn2942


 ぺんぎん館
 の中に
 入ってみる。

 わくわく。






Dscn2976

 ぺ、ぺ、
 ぺんぎんが
 空を
 飛んでいる!

 恐るべし
 旭山動物園!





Dscn2964


 あざらしより
 泳ぐの早い
 かんじ。

 美しい泳ぎ。





Dscn2966



 すごいぞ!









そろそろ夕方になり、
人も少なくなってきたので、
あざらし館、ほっきょくぐま館、など、
ふたたび人気動物のところへ行く。


Dscn2997





 あざらしを下から
 ながめる。

 








Dscn3007


 やっぱり
 すごい迫力。
 
 ほっきょくぐま。








Dscn3009

 こんなふうに、
 各動物のところに
 手づくりの解説が
 あるのが良い。





Dscn3017
 ナイーブな
 ほっきょくぐま
 コユキ。

 いつもと違う
 エサのさんまを
 あげたら
 ショックで
 1週間寝込ん
 でしまったとか。



Dscn3022






 ハッピーの
 喪中。

 こうした
 表現方法も、
 この動物園
 独特です。
 










Dscn3028


 最後に行った
 にほんざる。

 雨でも活発に
 遊んで
 いました。





有名どころを中心に紹介しましたが、
旭山動物園には他にもたくさんの
動物たちがいました。

1日いたので、ほぼ全部見れたと思います。

動物たちのしぐさや見事な動きに感動しっぱなしでした。
また飼育員さんをはじめ、
動物を楽しく見てもらおうと、工夫や遊び心満載の、
その姿勢も、たいへん勉強になりました。


大満足で動物園をあとにし、
この日は旭川でもう1泊。

11日(火)は朝、旭川の街の中の公園にいったり、
旭川ラーメンを食べてから、札幌経由で新千歳空港へ。


まんぞく、まんぞくの北海道旅でした。


おしまい。



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北海道(上)-富良野・美瑛

9月8日~11日まで、北海道に行ってきました。
今回は相方の「旭山動物園に行きたい」という強い希望があり、
いつもならこの時期は沖縄なのですが、
今回は北への旅となりました。
じつは、わたくし北海道は初めて(相方は4回目ぐらいだったらしい)。


では、一気に旅の様子をご報告したいと思います。

Dscn2564

 
9月8日(土)
 岡山空港12時15分発の
 飛行機にのりこむ。
 全日空は久しぶりです。



14時すぎに新千歳空港に到着。
レンタカーをかりて、そのまま今日の宿泊地、
富良野へ向かう。

Dscn2569



 走ること約2時間。
 ライダーたちとすれ違う。






Dscn2572
 富良野で有名な
 お菓子屋さんで
 休憩。

 ここのケーキはたしかに
 おいしかった。

 すでに17時頃。



Dscn2579_2

 夕食前に、
 「優しい時間」という
 倉本総プロデュースの
 観光名所でウロウロ。

 買い物はしなかったけど。



夜はけっこう冷えて、ちょっと風邪の症状が出始めたので、
この日は夕食をホテルでとって、すぐに就寝。


9月9日(日)

朝食をとってすぐに出発。この日は富良野散策を中心に、
美瑛もまわって旭川に向かいました。

Dscn2587


 池のある
 静かな公園に。








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 エサを得るために
 水に顔をつっこむ
 カモ。

 みんな必死に
 生きている。




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 富良野をドライブ。
 玉ねぎ畑が
 多かったです。

 有名な
 ラベンダーは春の
 時期がピーク。



Dscn2600


 富良野は
 盆地のような地形。

 ここはワインになる
 ぶどうの栽培。





Dscn2625



 この公園で
 ちょっと休憩。







Dscn2621




 さっそく間食する。
 ピザセット。






Dscn2632


 そして昼食。

 富良野の
 イタリアンレストラン。 

 パスタランチ。




Dscn2640
 昼食をとったあとも、
 富良野を
 ぐるぐるとまわる。

 ここは「北の国から」
 で使われた五郎の家。
 
 このドラマ、
 見てたなー。

Dscn2645


 だんだんと天気も
 良くなってきた。

 雲がきれいだなー。






Dscn2652



 ドライブが
 気持ちいい。







Dscn2655

 高台から見た
 富良野の風景。

 春はもっと
 ビューティフル
 なんだろうなぁ。







富良野ドライブを堪能し、
今度はとなりまちの美瑛へ。

もうこれは解説なしで景色を見ていただきましょう。
美瑛はすごかった。北海道にきたーって感じでした。

Dscn2665















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美瑛の美しさは、スペシャルでした。

さて、この日は晩になって旭川に入り、
夕食は地ビール館で
ジンギスカンと地ビール各種をおいしくいただきました。


さて、いよいよ明日は、旅のメインの旭山動物園です。


(下)へつづく。


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2007年8月24日 (金)

07夏九州旅④-熊本編

8月6日(月)、九州旅の最終日。
この日は熊本県、阿蘇にむかった。

Dscn2498


 まずは
 九重の
 山並みを
 抜ける。

 快晴だ。







Dscn2501



 ここは
 日本なのか?
 と思う。
 
 小さいけど
 牛さんが
 見える。




途中、阿蘇を一望できる、大観峯(だいかんぼう)という
ところに寄ってみる。

Dscn2508



 奥の山が
 阿蘇山。

 雄大だった。








Dscn2507




 雲が
 美しい。









Dscn2506



 こちらは
 通過してきた
 九重の
 山並み。








本当に阿蘇近辺は
北海道のような(北海道に行ったことないけど)風景で、
ドライブしていて気持ちがよかった。

そして阿蘇の山を車でのぼっていく…。
そして草千里ヶ浜へ。

Dscn2520

 山のうえに
 草原が。

 牛さんに
 遭遇。

 番号がつけら
 れているのが
 ツライ。




Dscn2518



 接近してみた。

 長久と
 申します。







Dscn2516

 さらに
 倍率ドン!

 遠くをみつめ
 きみは
 何を思う…。

 あ、お食事中
 でしたか。




ということで、牛さんと交流を深めたあとは、
阿蘇を下り、昼食へ。

Dscn2539
 手づくり料理
 「しもだ」という
 お店へ。

 たまたまガイドブックに
 のっていたのですが、
 これが大当たり!




Dscn2530
 お店から
 外の風景が
 みられる。
 ガラスもない。

 ちょうど
 雨があがって、
 晴れ!
 緑がピカピカ
 輝いてました。


Dscn2531

 お料理も
 テマヒマかけた
 こだわりの
 一品ばかり。

 もー大満足でした。
 私はハンバーグを
 いただきました。



Dscn2536



 こうしてゆっくり
 自然のなかで
 ランチを食べる
 ことができるのも、
 旅ならでは。

 


昼食をとったあとは、
阿蘇山をぐるっと一周ドライブをして、
そのまま熊本から高速道路で博多駅まで。

1週間にわたる旅は終わったのでありました。

やっぱり旅はいい。
残りの人生(あと67年の予定)で、いろんな旅をして、
たくさんのものに出会いたいと思います。
これは、人間の根源的欲求かな。

当面、次の旅はさっそく9月にあるのであります(遊びすぎ?)。
それは、また今度、ということで。



おわり。

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2007年8月23日 (木)

07夏九州旅③-大分編

8月4日(土)、9時20分に長崎港に着き、徒歩で長崎駅へ。

Dscn2429


 特急「かもめ」に乗って
 博多へ向かう。

 先頭車両にすわる。




博多駅で岡山から新幹線でやってきた相方と合流し、
レンタカーをかりて、出発! 九州旅がはじまった。

目的地は、大分県の鉄輪(かんなわ)温泉。
昼食を博多市内でとり、
高速道路を飛ばして、まっすぐに向かう。

鉄輪温泉は、別府温泉のすぐ北にある、古い温泉地。
宿に到着し、とりあえず温泉街を散歩する。

Dscn2435



 


 温泉とネコ。

 いい組み合せだ。











Dscn2437






 こんどは犬の
 襲撃を受ける(ウソ)。











この温泉街は、湯気がいたるところから湧き上がり、
いかにもという雰囲気。山田洋次さんも推薦の温泉地だそうです。

が、泊まった宿はイマイチだった(よって省略)。



8月5日(日)、鉄輪温泉を出発し、
近くの湯布院へ。車で20分ほど。

Dscn2446



 由布院の
 風景。

 はじめて
 来ました。








Dscn2448



 これが
 かの有名な
 由布岳か。

 たしかに
 すばらしい。







Dscn2455

 由布院の街を
 少しウロウロ。

 ここはとある
 お店のお庭。

 落ち着く。




昼食は由布院を見渡せる丘の上に立つイタリアンレストラン。

Dscn2461 Dscn2458









ピザとお店の番犬(?)。

昼食後は、ウロウロとドライブをしながら
南西方面、九重高原へと向かう。

Dscn2470


 九重やまなみ牧場。

 高原といえば
 牧場でしょう。








Dscn2468 Dscn2465









童心にかえり、楽しみました。

その後も車で九重を走る。
とにかく景色がすんばらしい。

ドライブ、ツーリングには最高ですね、ここは。

Dscn2476





 遠く
 阿蘇の方面を
 眺める。












Dscn2478



 ここは
 本日の
 お宿の
 近く。

 美しい
 日本の風景。




ということで、ドライブがてら、いろんなところに
立ち寄りながら、楽しみました。大分はすばらしいところです。

Dscn2484

 ここが今日のお宿。
 湯坪温泉の
 月乃家旅館。

 落ち着いた雰囲気、
 おいしい食事、
 すばらしい景色。
 また来たくなる
 お宿でした。



いよいよ次の日は熊本、阿蘇へ。
最終日です。


つづく。


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2007年8月17日 (金)

07夏九州旅②-福江島(下)

旅の日記つづき。

福江島2日目(8月2日)はどんよりくもり空。
台風接近中でした。


Dscn2368



 宿の前の海も
 なんとなく
 さびしげ。






この日は、きのう遠くから眺めた大瀬崎灯台に行ってみることに。

車で近くまで走る。


Dscn2384


 往復40分とあるが、
 実際は1時間以上かかった。

 






Dscn2383

 こんな山道を歩く歩く。

 行きは下り道だったので
 ラクだった。







Dscn2370


 途中、こんな蝶に遭遇。

 立派なお姿。







Dscn2371

 あ!

 灯台が見えた!
 あとちょっとだ~。







Dscn2376

 ついに灯台のふもとに!

 東シナ海(?)を一望。
 気持ちよい。
 しかし風強し。






Dscn2378



 下をみれば断崖絶壁だった。
 足がすくむぅ。

 じつは高い所が苦手。
 なら行くなって話ですが。









Dscn2373



 そして、
 絶壁を眺めると
 自分の小ささを
 感じる。


 ちっこいなぁ。





灯台をあとにし、昼食場所を探してウロウロ。


Dscn2388 いかにも大衆食堂風の
 お店をみつけ、

 「みそちゃんぽん」を
 食べてみる。

 おいしくいただきました。

 テレビニュースで
 台風情報をチェック。

そして、疲れた体を休めるのにはやっぱり温泉!
ということで、福江島2回目の温泉に。


Dscn2391  きのうとは違う
 「荒川温泉」という温泉に。

 日本最西端と観光案内
 には書かれていたが、
 「ん?西表島で入った
 温泉の方が西でないか?」
 という疑問がわく。
 ま、どっちでもいいか。

入場料300円。外からビミョーに男湯の中が見える温泉でした(笑)。

風がだんだんと強くなってきたので、まだ14時でしたが、
宿に戻ることに。

その後、宿周辺を散歩したりしました。カニがいっぱい歩いてました。


Dscn2392

 2日目の夕食も
 おいしかった~。

 あとはひたすら
 部屋で読書。





福江島3日目(8月3日)。

台風はなんとか過ぎ去ったようでしたが、
残念ながら天気は晴れず。残念。

民宿の方にお礼を述べ、とりあえず車を走らせて、
高浜海水浴場へ。


Dscn2393

 日本の渚百選に
 選ばれているキレイな
 砂浜も、波が結構あり、
 「遊泳禁止」の看板が。

 台風のばかー!







Dscn2396


 上から見た
 高浜海水浴場。

 晴れていれば
 かなりの
 美しさ。






残念無念で高浜海水浴場をあとにし、
島を時計回りにドライブー。


Dscn2399



 城岳展望台
 からの眺め。












Dscn2410



 島の北東に
 位置する
 堂崎天主堂。

 教会です。







ざっと島をまわった後は、やっぱり温泉!
鬼岳の近くにある「鬼岳温泉」に向かう。
これで福江島にある3つの温泉完全制覇!
ここの温泉は茶褐色で変わってました。


Dscn2416_2 
 温泉内の休憩所で
 コーヒーフロートを
 頼む。

 なんとコーヒーの
 上には
 ソフトクリームが。
 こんなの初めて。
 (味はイマイチだったけど)
 
 リラックスしながら
 藤沢周平を読む。


15時ぐらいになったので、レンタカーをかえし、
今日泊まる予定のビジネスホテルに向かう。

が、ホテルに着いて、ロビーに行くが、人の気配なし。
ウロウロしていると、向かいの商店のおじさんがやってきて、
「いつもこの時間はおらんことが多いよ。
5時ぐらいには帰ってくると思うけど」とアドバイス(?)してくれた。
ありがたい。 が、ホテル家業はそれでよいのかぁ?

しばらく福江市街をうろつくことに。


Dscn2422
 五島の歴史資料館に。
 立派な施設でございました。

 五島のミニ映画もやってました。

 日本地図を最初につくった
 伊能忠敬も五島に来たそうです。
 その経路が資料で残ってました。
 すごい。頭がさがります。 

 1時間ほど、じっくり五島の
 歴史や文化を学びました。


資料館を出て、ホテルに行ってみると、
まだ誰もいない!(17時は過ぎていたけど…)
しょーがないので、夕食を食べるようと、またウロウロ。
ここでも大衆食堂風のお店を発見!


Dscn2423
 このお刺身定食が
 な、な、なんと680円です。

 びば!福江島!
 ありえないお値段です。
 
 チョットのお金で大きな幸せ。



で、ホテルに帰るとやっと帰ってきてました。
さっそく「この近くで洗濯できるとこないですか」と聞いたところ、
「2階に洗濯機あるから使いな」とホテルのおばさん。
タダで洗濯させていただきました。お世話になりました。

この日もホテルで読書しながらゴロリンゴロリン…。


翌朝(8月4日)。
7時20分のフィリーだったので、
6時半にはホテルを出て港へ。


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 朝食は食べないつもり
 だったのですが、
 港で「五島うどん」の名が
 目に入り、
 立ち食い五島うどん。
 
 ラーメンみたいな細い
 うどんでした。




Dscn2425
 高速フェリーで
 いざ長崎へ!

 福江島さようなら~。

 楽しかった!
 島の雰囲気もよかったです。
 
満足な島旅でした。




つづく。


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2007年8月16日 (木)

07夏九州旅①-福江島(上)

7月31日(火)、夏恒例の1週間旅に出かけました。

昨年は9歳のめいっ子と沖縄離島(黒島&波照間島)の
ふたり旅でしたが、今年は前半に長崎県五島列島の福江島、
後半は相方と合流して、九州に戻り大分県近辺をまわってきました。

では、まず福江島まで道のりから・・・。


31日は、午前中、映画『魔笛』を岡山市内で観てから、
新幹線に乗って新山口駅に。

17時半に駅近くの居酒屋で広島県労学協専従の
平野さんと飲み会。今年から専従になった平野さんは
山口大学の学業と専従家業の二足のわらじをはいておられます。
いま全国で一番若い学習運動の専従者だと思います。

Dscn2308 同業者なので話もはずむ。

 途中、東京に「栄転」した 
 二見さんから偶然にも
 電話がある。
 「勤通大二ケタ頼む~」
 という電話でした。

 まだ未達成です。すみません。

さて、楽しい飲み会を終え、私は再び新幹線に乗って博多へ。
博多駅からバスで博多ふ頭へ。
23時半に出発するフェリー「太古」に乗り込みました。

Dscn2312



 フェリーから眺めた
 博多ふ頭周辺。








Dscn2314

 朝に目的地に着く
 このフェリーでは、
 生涯初めての
 船内泊。

 さこ寝だ~わーいわい。

 …でもあんまり寝れず。



Dscn2318



 朝日が昇ってきた。

 五島列島の島々の
 あいだをぬうように、
 フェリーは走る。





Dscn2328


 ついに見えた!
 五島で一番大きな島。

 福江島です。

 9時に到着しました。 
 ばんざーい! 




Dscn2330



 これが乗ってきた
 「太古」のお姿。

 



さて、福江島に到着し、レンタカーを借りにお店へ。
3日の夕方のフェリーで帰ろうと思っていたのですが、
お店の人に、「台風でむりじゃないかな~」と脅される。

そうなんです、大型で強い台風が接近中だったのであります。
結局、4日の朝に長崎に渡る便に変更したのであります。

そんな不安なスタートだったのでありますが、
とりあえず、レンタカーを走らせ、福江島のシンボル、
鬼岳へ向かいました。

Dscn2332



 火山なんですよ。
 この山。

 独特の姿を
 しています。




鬼岳ふもとの駐車場に車を置いて、
5分歩くと、見晴らしのよい展望台へ。

ここの眺めも良かったのですが、欲を出し、
さらに20分ほど歩いて鬼岳の頂上まで!
この日は日差しもあってかなり暑かった。

Dscn2335




 火山の火口か?

 よくわかりません。







Dscn2339_2



 そして頂上付近
 からの眺め。

 福江市街方面。

 気持ちい~い。






午前中の山登りですっかり汗だくになったので、
福江島の富江地区にある「富江温泉センター」に。
さっそく温泉につかったのでありました。
ついでにここで昼食を食べる(親子どんぶり)。

温泉センターでリラックスしていると、
テレビニュースで「赤城農水相辞任」のニュースをやっていた。
そういえば、しばらく「しんぶんA旗」が読めない生活が続く。
島の流れに身をまかせるしかない。

さて、しばし休憩をとったあと、
福江島の景勝地、大瀬崎へと向かう。
狭い道をうねうねと走る走る。

やっとこさ着いた大瀬崎付近で、
いくつかの展望台をまわって、景色を満喫。

Dscn2347




 
 絶壁が連なる。










Dscn2350



 とにかく
 島が多いし、

 海岸線が
 入り組んでいる
 のが五島の
 特徴です。






Dscn2352




 キリシタンの島
 でもある五島。

 祈りの女神は
 南の海を望む。







Dscn2354



 はるか向こうに
 見えるのは
 大瀬崎灯台。

 翌日、
 灯台のふもとに
 行きました。




景色を楽しんだあと、少し北にある小浦海水浴場に寄って、
泳ごうかと思ったけれど、子どもしか泳いでいなかったので、
ちょっとはずかしいのでやめました(笑)。

Dscn2356




 五島の海も
 なかなか
 キレイだ。








ウロウロとドライブを楽しみ、今日のお宿へ。
「民宿浜辺」という名前のとおり、海のすぐそこにある
民宿へ。大宝という地区にあり、福江港からはかなり
離れている島の南に位置します。

Dscn2367

 ふつーの一軒家を
 ちょっと大きくした感じで、
 とても新しく、気持ちよく
 過ごせました。

 民宿の方も親切な方でした。
 おすすめです。



Dscn2363

 部屋のベランダから
 海が見える。

 夜は波の音を
 聞きながら
 眠りに・・・。

 しあわせでした。



Dscn2366


 夕食もお魚中心の
 手づくり料理で大満足!

 1泊2食で
 6,300円。

 よかった、よかった。




という感じで、福江島の1日目は終わったのでありました。


つづく。


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2007年2月27日 (火)

沖縄の旅⑦-ベストショット5

沖縄の旅の連載(?)もこれで最後にいたします。

最後にふさわしく、沖縄でのベストショットから、
5つを選んでご紹介します。
結局、「青い海と空」がすばらしい、ということなのですが。


Dscn1502












八重岳の桜(2月3日)。7分咲きぐらいでしたが、キレイでした。
向こうにかすかに見える島は伊江島。



Dscn1511_1












橋で渡れる小さな島、瀬底島から海を眺める。
陽の光が美しい・・・。



Dscn1517












名護の浜辺からの夕焼け空。
しあわせだ。



Dscn1477





 伊江島、タッチュー
 から島を一望。

 この平ら感がいい。
 










Dscn1562






 青い空。

 青い海。

 沖縄だ。











おわり。


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2007年2月20日 (火)

沖縄の旅⑥-犬と猫

沖縄旅で出会った犬や猫たち。

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 背中に哀愁を感じます。
 きみは、何を思うのか・・・









Dscn1382



 人なつっこい。







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 名護の街角で。







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 レンタカーの上に陣取って
 離れようとしないネコ。
 エンジンかけてもどかないので、
 しょうがなく抱っこしてどいて
 いただきました。




Dscn1445

 そして、このネコは、
 家族(?)であるイヌと
 いっしょに、去っていく
 私たちをいつまでも
 いつまでも見送って
 くれたのでありました…(涙)。




おしまい。


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沖縄の旅⑤-食と器

今回の沖縄旅であらためて感じたことは、
「食器のすばらしさ・美しさが食事をこんなにも楽しくするのか」ということです。

とくに、1日目の晩に行ったお店と、
2日目の晩に行ったお店のあまりの違いに
その思いをたしかにしたのでした。

では、1日目の晩に訪れたお店「読谷物語」をご紹介します。

Dscn1390


 まず、お店の雰囲気が
 すばらしかったです。

 照明の使い方も良かった。





Dscn1391

 見てください、この器の
 すばらしさ。
 わかるかなぁー。
 このお店は地元の読谷村の
 焼物を使っています。





Dscn1392
 ちょっとピンボケしてますが、
 ゴーヤチャンプル。

 このゴーヤの切り方(まっすぐ)と、
 その歯ごたえは、
 まったく感動的でした。
 食べたことないよ、こんなの。



それにひきかえ、2日目の晩のお店は最悪で、
1時間もたたずに出てきました。
食事も器もまったくアイデアなし。
営業妨害になるので、お店の名前はふせておきますが。


また、2日目のお昼に行った森の中の喫茶店も
とっても雰囲気がよく、器もナイスセンスでした。

Dscn1433












そして、最終日のランチも、食事と器の彩りにかんどーです。

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 う、うつくしい・・・






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 こんなパスタの器、
 はじめてでした、





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 魚料理もバツグン!







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 でたー!
 このケーキの器!
 ま、またもやかんどーです。





このランチ、1250円だったのですが、
おもわずお店のおねーさんに、
「メチャメチャおいしいっすねー!」
「これで1250円は安い!」
とお礼をのべてしまいました。

「またいらしてくださいね」と言われたので、
「ちょっと遠いんですが、ぜひまた来ます!」とお返事。
「どちらからですか」と聞かれたので、
「岡山県です」とお返事。
「それはちょっと遠いですね(笑)」と言われてしまいましたが、
本島に来た際には、必ずまた来ますので、よろしくお願いします。


ということで、もちろんいつものように沖縄そばや
沖縄料理も食べたのですが、今回は料理の器の
すばらしさに感動できた旅でもありました。

よかったよかった。


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2007年2月16日 (金)

沖縄の旅④-米軍基地

「バリバリバリ」

突如、爆音が聞えました。

「あっ、きた!」と思い、カメラを上空へ向ける。


Dscn1430_2












これは、北部の東村での出来事。
おそらく、演習か何か。
米軍ヘリは突然あらわれ、すぐに消えました。


今回の旅は、木曜日と、金曜日、
平日の沖縄に2日間いることができました。

平日の沖縄は、
岡山ではけっして聞くことのできない「音」がします。
しかも頻繁に。

戦闘機の「音」。軍用ヘリの「音」。実弾演習の「音」。

たった2日間だけでの体験でも、
ここが本土とは違う「異質なもの」をかかえているということを実感します。


2日目の昼頃、新基地の建設予定地である
名護市の辺野古にも、はじめて行きました。・


Dscn1409_2 
 金網の向こう側が、
 キャンプ・シュワブ、
 米軍基地です。

 ここにしばらくいると、
 「パンパン!パンパン!」と、
 実弾演習の音がしました。
 本当に寒気のする音でした。



そして、この海に、巨大な海上基地を建設しようとしているのです。


Dscn1412_1


 美しい辺野古の海・・・

 「人殺し」のための海
 には絶対させない!





在日米軍基地の75%が集中する沖縄。

私は
「沖縄タイムス」をほぼ毎日、ネットでチェックしています。
ぜひ「お気に入り」に加えて、毎日アクセスしてみてください。
こちら→ 
http://www.okinawatimes.co.jp/

1週間もすれば、「美しい海」「癒しの島」ではない、
もうひとつの沖縄の現実が見えてきます。

とくに、この2月に入ってからの米軍の傍若無人ぶりはすさまじいです。
あまりにもヒドイ。

私はたった2日間の体験でしたが、沖縄は「62年間」です。

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2007年2月10日 (土)

沖縄の旅③-これって…

沖縄には不思議な「つくりもの」が多いのは、ご存知でしょうか。
今回も「えぇぇぇ!!」というものに出会いました。

その筆頭がこれです。

Dscn1418  郵便ポストです。
 ねずみ?
 いや、ネコか?
 いずれにせよ、
 2本足で立つ
 動物です。

 名護市の東の
 ほうで発見しました。

 箱らしき、ものを
 もっていますが、
 向かいに郵便局が
 あったので、
 「小包はこちら」という
 意味だと思われます。


次は、伊江島の「空を飛ぶウミガメ」の展望台です。

Dscn1490

















このような展望台は沖縄の各所に見られます。
マンタ(小浜)、タコ(宮古)、鳥(石垣や久米島)などなど・・・

こうしたビミョーなセンスのつくりもののチャンピオンは
やはり宮古島でしょう。

宮古では、いたるところにマネキン警察官が
立っていて、道行く車を監視しています。
それがまたなんともいえない無表情ぶり。笑えます。
また、巨大な馬の建造物など、宮古島には不思議がいっぱい!

沖縄の旅は、こうした驚きにも出会える刺激的な旅なのです。


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2007年2月 8日 (木)

沖縄の旅②-伊江島(下)

登って、登って…。着きました!
タッチューの頂上の風景。


Dscn1468_2


 


 西方面。
 対岸に
  見えるのは
 本島。







Dscn1470


 
 南方面。
 小さく見える
 島は、水納島
 
(みんなじま)






Dscn1471
 東方面。
 この方面には
 米軍基地
 がある。

 現在も、島の
 面積の35%
 が米軍用地。
 (1957年時点
 では63%が米
 軍用地)



見てのとおり、まっ平らな島です。
それは、飛行場づくりに最適な島だとも言えます。
だから米軍はこの島を重視したのです。

ちなみに、1945年8月9日、長崎に原爆を落とした
ボックス・カー号(B29爆撃機)は、長崎に原爆を落とした後、
この伊江島の飛行場に降りたそうです(すでに米軍が島を占領していた)。


頂上で景色を眺めたのち、今回のお目当てを。
ウロウロと頂上にある岩場を探すと…
あったー! ありました!


Dscn1472_1
 これは、
 
「沖縄の太陽 黒田操子来島記念」の碑
 です。

 岩場の裏にかくれるようにあり、
 前回登ったときははその存在も
 知らなかったので、
 見逃してしまいました。

 しかし、今回はちゃんと見つけることが
 できました。

 

さて、黒田操子さんとは…

「沖縄戦後、
伊江島がもっとも苦しかった1950年代に本土、沖縄、
伊江島の間に熱い血を通わせこの3つのかけ橋となった女子高生、
その人が黒田操子さんである
。当時、沖縄の米軍による土地強奪
の報道は本土ではほとんどなされていなかった。中村哲法政大学
教授の新聞記事によって、孤島苦の極限にあった伊江島の現状を
知り、1955年1月
黒田さんは伊江島の人々に本土からの最初の激
励手紙を書き、以後、島人たちを励まし続けた

 また黒田さんへ島人たちからも多くの訴えの手紙、声が届いた。
彼女は改めて知った伊江島の窮状を、国連やニューヨークタイムス
などマスコミ各社に心をこめた手紙と葉書で訴えていった。黒田さん
の行為は、新聞・ラジオで多くとりあげられ、本土や沖縄でも関心を
高めていった。そしてこの誠実な訴えは全国の多くの人々の心を動
かし側面から激励と援助の手がさしのべられた。黒田さんの呼びか
けで沖縄の子どもに送る本が全国から何千冊もよせられた。また
伊江島の人々の黒田操子さんを招きたいという願いに心をうたれた
大阪工業大学『沖縄学術講演隊』のはからいで当時、沖縄への渡
航は難しい状況の中であったが許可された。
伊江島に滞在した
1956年1月1日から5日間、黒田さんは農民の着物を着て裸足で
子供たちと遊び、島の人々と一体となって民謡を歌い踊った
。島の
お婆さん、おばさん達が次々と黒田さんを抱きしめ、黒田さんの回り
にはいつも村の人たちの群れができ、たえず感動の光景が見られ
たという。黒田操子さんの来島は心の底から笑うことを忘れていた
伊江島の人々の笑顔と人間的な感動、涙をよびおこした。
 ・・・
自身も貧しいなか、昼は工場で働き夜間高校に通いながらも、
人の痛みや苦しみに共感を示し、つねに他人に心を配りながらも
善意の行動を当然のごとく自然に行い手をさしのべるこの黒田さん
の人柄、生きる姿勢は沖縄のみならず、全国の人々の心にも感
動をあたえた
。1959年7月、黒田さんの来島を記念して、黒田さん
を讃えた碑が伊江島の象徴であるタッチュー(城山)の頂上にきざ
まれた」
 (財団法人わびあいの里編『伊江島 平和ガイドマップ解説書』より)


この黒田さんのことは、岡山県平和委員会の元事務局員だった
H田さんから
『沖縄の太陽物語』(大西照雄著)という本を借りて
詳しく知ったのですが(1年ほど前だったかな~)、それ以来、
今度タッチューに登ったらきっと見つけようと思っていたのです。

黒田さんのように、遠く離れていても、
沖縄の人びとの苦しみに想像力を働かせ、
自然に行動に移せるような資質を、私たち本土の人間は
持つ必要があるのだと思います。


さて、タッチューを降りてからは、あまり時間もなくなって
きていたので、自転車をこぎこぎ、伊江ビーチに行きました。

時間があれば、前回訪れて衝撃を受けた「ヌチドゥタカラの家」に
寄りたかったのですが、今回はあきらめることに。

しかし、伊江島に来る機会があれば、かならずここには寄ってください。
この「ヌチドゥタカラの家」は、沖縄の偉大な巨人、
阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)さんがつくった反戦平和資料館です。
HPはこちら→ http://www3.ocn.ne.jp/~wabiai/index.html

阿波根さんは、伊江島の反戦・反基地・土地奪還闘争の中心に
いた人なのですが、阿波根さんのことを書き始めると、
いくらでも書けてしまうのでやめておきます。
また機会があれば書きます。

なにせ、2年前、はじめて伊江島を訪れ、
阿波根さんの実践と思想を知ったときの打ち震える感動といったら!
その勢いにのって、第69期岡山労働学校「戦争と平和教室」で、
「伊江島・阿波根昌鴻のたたかい-命どぅ宝・沖縄反戦の心」という
講義をひとコマつくってわざわざ講義をしてしまったぐらいですから。

阿波根昌鴻さんの2冊の岩波新書は、
全国の平和運動に関わるみなさんの「独習指定文献」です。

『米軍と農民-沖縄県伊江島』(阿波根昌鴻、岩波新書、1973年)
『命こそ宝-沖縄反戦の心』(阿波根昌鴻、岩波新書、1992年)


この2冊を、ぜひ、ぜーひ、お読みください。

あるいは、
『反戦と非暴力-阿波根昌鴻の闘い』(亀井淳、高文研、1999年)
もあわせて読んでもらえれば、より理解が進むと思います。

インドにガンジーがいるように、
沖縄、いや、日本には、阿波根昌鴻がいます。
この阿波根さんの思想は、新基地建設に反対する
名護・辺野古のたたかいに確実に受け継がれています。

この偉大な巨人の思想を深く学ぶことが、いまの平和運動には
求められている気がしてなりません。

さて、いーかげん長くなりすぎたので、やめておきます。
では、さいごに、伊江ビーチのきれいな海と空をどうぞ。


Dscn1483

















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2007年2月 7日 (水)

沖縄の旅①-伊江島(上)

先週末の沖縄本島の旅で、3日目の午前中、
伊江島に行きました。本島北部の本部港から
フェリーで30分の小さな島です。
今回が2回目の来島でした(前回は05年1月)。


Dscn1496


 フェリーから見た伊江島。
 真ん中の小高い山が
 
城山(タッチュー)
 呼ばれています。





朝9:00のフェリーに乗って、9:30に島に到着。
帰りのフェリーは13:00でしたので、わずか3時間半の滞在でした。

港近くのレンタサイクルで自転車をかりて、
まず島の西にある
「ニィヤティヤ洞」に。
この自然壕は、沖縄戦のさなか、住民千人以上の避難場所と
して使われたため、千人洞<ガマ>とも呼ばれています。

中は本当に広い。でも、やっぱり気分のいいものじゃないですね。
わずか数分の滞在でした。       洞窟の中から海が見えます。


Dscn1462Dscn1464_1

 

伊江島には、この他にもたくさんのガマがあるのですが、
沖縄戦で住民百数十人の強制集団死(集団自決)が行われた
アハシャガマというのが島の東部にあります(前回行きました)。


さて、ガマをあとにして再び自転車でのんびりと島をサイクリングです。
天気も良く、気持ちよかった~。


Dscn1456

 伊江島は基本的には農業の島。
 また牧畜も行われていて、
 伊江牛と呼ばれる牛も
 たくさんみかけます。



続いて目指したのは、前回も登った城山(タッチュー)です。
タッチューのふもとまでが結構坂道でキツかった。


Dscn1466  途中、伊江島での沖縄戦の
  壮絶さを唯一残している
  
「公益質屋弾痕跡」に出会いました。

  伊江島でのたたかいは、
  本島同様、壮絶なもので、
  猛烈な米軍の艦砲射撃を
  あび、島は米軍に占領されました。

  伊江島の民間人の
  死者は約1500人だったと
  言われています。
 

さて、タッチューに着きました。
登山口からは急な階段を登って、約5分で頂上です。
5分といえどもあなどるなかれ。本当に急勾配できつい!


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  この山に登ると、
  平坦な伊江島が
  360度、見事に
  見渡せます。
  
  「ぜえ、ぜえ」と息を
  きらせながら、
  登ったのであります。





そして、いよいよ360度のパノラマ!
そして、前回登ったときに見逃していたあの石碑に出会います!

(つづきは明日)

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2006年11月 6日 (月)

松江一のお店

3日・4日と、松江へ小旅行に行ってきました。

島根県学習協のY儀さんに事前に連絡し、
オススメのお店を教えてもらっていたので、グルメな旅になりました。

3日は、まずお蕎麦屋さん「神代そば」に。
「完全手打ち、国内産そば粉のみ使用、生粉打ち、松江の代表的な出雲そばのお店」(Y儀さんの解説)です。
私は「とろろかけそば」を注文しました。
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そばの味がしっかりして、美味しかったです。

続いて、「島根県立美術館」に。
宍道湖ぞいに建っているなかなか現代的な美術館です。
外の芝生などでゆっくり過ごせる開放感は、岡山の美術館にはあまりないものです。
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企画展は「田園への誘い-バルビゾン派を中心に」ということで、
重厚なヨーロッパ絵画が展示されていました。
じっくり鑑賞したあとは、美術館の喫茶などでゆっくり過ごしました。

松江の街を少し観光し、ホテルにチェックインしたあと、18時から、今日一番のお目当てであるお店へ。

Y儀さんが、「松江一の店だと確信しています」と推薦のあった、「やまいち」。
宍道湖や日本海などの地元の食材が豊富で、冷凍や養殖ものは一切使っていないそうです。鮮度も良いのです。
以前、学習協の中国ブロック会議のあとの懇親会で来たことがあり、私は2度目でした。
そして、期待どおり、どれもこれも絶品料理でした。かなり幸せ度が高かったです。
Y儀さん、本当にありがとうございました。
最後に食べた「しじみ汁」と「鮭茶漬け」だけ写真で紹介します。
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4日は、松江城の周囲を散策し、おみやげを買い、昼食をたべて、松江をあとにしました。
これは泊まったホテルから宍道湖を眺めた様子。
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岡山へ向かう途中、大山が綺麗に見えました。
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蒜山高原に寄って、なじみの喫茶店「創(あそぶ)」に行き、リラックス。
蒜山でちょこちょこと買い物をしたあと、帰路につきました。
帰る途中、加茂川のあたりで、車の目の前をイノシシが横切りました。
野生のイノシシの走る姿を初めて見ました…。

2日間とも晴天に恵まれ、美味しいものも食べれて、充実した小旅行となりました。
山陰旅行、年にいっぺんは行きたいなぁ。

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