2009年1月16日 (金)

たくさんの自分と一貫した自分

最近読み終えた本。
なんか最近、本を読む集中力が弱っている。
まだ正月ボケが続いているのかもしれない。

『21世紀に語りつぐ社会保障運動』
 (篠崎次男編著・小川栄二・松島京共編、あけび書房、2006年)


若い世代に語りつぎたい社会保障運動論として
つくられた本。
ただ、1章ごとの字数が限られているため、
学びごたえ、読みごたえとしてはイマイチの印象。

取り上げられているのは、
小児マヒワクチン獲得運動、朝日訴訟、
老人医療費無料化運動、沢内村、
森永砒素ミルク中毒事件、被爆者の医療問題。

老人医療費無料化運動の記述のなかに、京都の蜷川知事の
話が紹介されていたが、とても面白く興味深い。
『小説 蜷川虎三』という本があるらしい。これは読んでみたい。



『生涯人間発達論』(服部祥子、医学書院、2000年)

精神医学者の立場をベースに、
人間の一生涯を8つの区分にわけ、それぞれの段階の
発達の普遍的で一般的な特徴を明らかにしようとしたもの。
まあ、医学書の部類に入ります。

かなりの飛ばし読みだったけど、
2080年までを人生の射程においている
私にとっては(本気です)、
やはり最後の段階の「成人後期」(65歳~)が
いちばん興味深く読めた。
そして最後の事例の元校長先生の話は泣けた。

日野原重明さんが立ち上げた「新老人の会」は
75歳からなので、まだまだ65歳で「後期」と定義
づけるのはどうかと思いましたが、まあ一般的には
そうなんだろうと思う。
50歳~65歳を「成熟期」としている点は、
そのとおりだと思う。
50代ですかね、やっぱり。あと16年か…。


青年期のところで説明されていた、
「自我同一性」という概念は、いま大事な問題だと思う。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 自我同一性とは、自分自身が独自のもので、内的不変性
と連続性を維持する能力(心理学的意味での個人の自我)
とその感覚(自信)のことをいう。人間は各自「私は○○であ
る」と自分の名前を言いあらわすとともに、「△△家の息子」
「日本国民としての自分」「日本人としての自分」「女性として
の自分」「看護師としての自分」というように、家族、国籍、民
族、性別、職業等からみた自分をたくさんもっている。そして
他者や社会や歴史と相互にかかわりながら生きる中で、たく
さんの自分を時や場所に応じて使い分けたり秩序づけたりす
る。しかも同時に、ひとりの人間として多面的な自分を統合し、
一貫した自分という存在を確認しながら生きる。これが同一
性である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「自分自身が独自のもの」というのは、
プラスに働けば、自己肯定感につながる感覚となる。

ただ、今の日本では、独自性が大きく個性的な
ひとりひとりの人間を消耗品的なモノ扱いにし、
簡単に「すげ替える」行為がまかりとおっている。
(「非正規切り」だけの問題ではなく、いろいろな分野で)


他者や社会とつながることで、「たくさんの自分」をつくる
ことは、苦しく悩むこともあるが、喜び、生きがいにつながる。
そして、未来に向かっては「一貫した自分」という
ことを確認しながら生きられること。

大事な問題である。





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2008年12月24日 (水)

絶望を希望にかえること

最近読み終えた本。
結局、「住まい」学習はまだ継続しています。


『アラスカ 風のような物語』(星野道夫、小学館文庫、1999年)

寒さ大嫌いの私は絶対に行こうとは思わないけれど、
アラスカの大自然、動物たちの生きる姿は
やはりスゴイなと思う。
写真が多く、ゆったりとした気分で読めます。


『若者たちに「住まい」を!-格差社会の住宅問題』
        (日本住宅会議編、岩波ブックレット744、2008年)


まさに今の情勢にふさわしいタイトル。
4人の筆者が、若ものと住まいをめぐっての、
現状、課題、政策について述べています。

とくに第4章の「若者の住宅問題をどう解決するか」は、
若者の住宅政策の貧困と、打開の方向が
提案されていて、勉強になります。


『地場工務店とともに-健康住宅普及への途』
                   (山本里見、東信堂、2006年)


シリーズ刊行している、居住福祉ブックレットの6。

オール電化住宅が、健康に及ぼす良い影響に驚きました。
見方ががらっと変わりました。

「地場工務店は予防医学の町医者」という著者の、
すばらしい勉強熱心さに敬服します。
家を建てるなら、良質な地場工務店がおすすめか!?


『子どもの道くさ』(水月昭道、東信堂、2006年)

居住福祉ブックレットの7。

子どもの道くさ(小学生対象)に、本格的に
科学の光があたりました! そのことにまず感動。

著者は、子どもの道くさを実際に調査・研究し、
「道くさの型」を9つに分類しています。
子どもの道くさの意義を発達過程のなかで
とらえ、その意義を語ります。

そして、
「子どもの健全な発達には、彼らがまちで健全に道くさを
展開できるということが大事なのである。子どもの道くさを
可能とし、それを許す地域の環境があることが、子どもの
発達を支える居住福祉環境となっている」と強調します。

子どもを巻き込む犯罪が報道されるなか、
「管理・規制」を強める大人社会。
著者はその弊害点を指摘し、
解決するための方策も提案しています。

何より、「あー、それそれ、やってたなー」と
自分が小学生の気分に戻れる道くさ紹介が面白い。

大人になったみなさんの、「道くさ観」が一変すること
間違いありません。


『精神科医がめざす近隣力再建』(中澤正夫、東信堂、2006年)

居住福祉ブックレット10。

近所づきあいや、子どもの集団遊びがなくなった現代社会の
「住まい方」について精神科医の立場から考察をしています。

近所づきあい、私もほとんどできていません…。


『住むことは生きること-鳥取県西部地震と住宅再建支援』
                     (片山善博、東信堂、2006年)


居住福祉ブックレット11。

2002年6月に鳥取で行なわれた、
日本居住福祉学会主催「第1回・居住福祉推進フォーラム」
での、片山鳥取知事(当時)の講演とシンポジウムをまとめたもの。

とても、とても感動しました。

鳥取西部地震が起きたのは2000年10月6日。
翌日から被害調査に現地に入った片山知事は、
「災害にあった人たちに本当に必要なものは何だろうか、
何を求めているのか、一番大切なものは何か」ということを
把握しようと考えました。

そして住民にたいする聞き取りなどでわかったこと、それは、
「今後ここにちゃんと住み続けることができるのか」という
「いい知れぬ不安」だったと言います。


その時、分かったのです。住宅というものが、被災地を
復旧する一番のキーワードなんだと
。道路とか河川、橋
だとかの災害復旧も大きな柱としてもちろん当面の課題
ですが、今回の災害の復興には、住宅を建て直す、これ
を復興、復旧することこそが最大の仕事なのだと、その時
私は直感したのです」


また、役場の女性職員が、目の前の被災者さんの生活を救えない
無力感に涙を流し、その話を聞いていた片山知事も思わず涙した話は、
行政の長としての使命感のようなものを感じさせてくれます。

その後、片山知事は、
全壊した家には上限300万円、修繕には上限150万円の
支援ということを、地震の10日後には発表します。
日本では、前例のない住宅再建への公的な支援でした。

阪神大震災のときでも、「住宅は私有財産だから」という
理由で、直接支援の制度はついにできませんでした。
鳥取のこうした対応に、国は当初ものすごい反対をしたそうです。
しかし、片山知事は、
「人が住み続けられる地域を守ることは、
きわめてパブリック(公的)なこと」と言い切ります。

また、
災害復興に当たって何が一番重要かと問われれば、もう
迷わず、それは出来る限り元通りにしてあげること、元通り
に近づけてあげること、このことに尽きると思います。

 よく大火があったり、地震があると、この際だから今まで
出来なかった街づくりをしようと、区画整理をしたり再開発を
したりしがちですが、私は、それは間違っていると思います。
 …復興というのは、100年後、200年後の人のためにする
んじゃないのです。
災害復興は目の前で被害に遭った、今、
ここにいる本当に困窮を極めている、泣いている、その一人
ひとりのお年寄り、住民の皆さん、そういう人たちのために
するべきであって、100年後や200年後の人のためじゃな
いのです
。その辺が都市計画や街づくりと災害復興を混同
して考えがちなのです」

とも強調します。

阪神大震災の復興計画との違いを痛感しました。
鳥取の場合には、地震後の孤独死や自殺は
1件もなかったそうです。
つまり行政の姿勢の問題です。雲泥の差です。
それを学べる本でもありました。

さいごに、興味深かった話を紹介します。
「住宅再建支援」を発表してからの、人びとの反応です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 住宅再建支援の発表を受けて、事態がずいぶん変わっ
てきたからです。被災地にすごく元気が出てきたのです。
 それまで、これから自分たちはどうなるのかと不安にから
れていた被災者たちに、何か元気が蘇ってきたのです。
 <行政がそこまで手助けしてくれるんなら、自分たちも、
さぁこれから頑張ろうじゃぁないか>という意欲が湧いてき
たわけです。
 後で聞いた話ですが、現地でずっとメンタルケアをして
いただいている、精神科のチームのお医者さんから、
 「
とにかく住宅再建支援のメッセージを発したことが、
最大のメンタルケアでした

 とおっしゃっていただきました。
 「ああ、そういう効果があったのかなぁ」
 と私は思いました。
 災害で皆が不安な時は、大げさではなく、絶望しかねない
のです。絶望するかもしれない人たちがいっぱいいるんです。
 
その絶望を希望に変えるということ。これが災害の復興に
あたっては、ずいぶん大切なことだな、と私はその時に知り
ました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今年もあと1週間。
雇用情勢は最悪の事態となっています。
派遣や非正規労働者が大量に首を切られ、
「いい知れぬ不安」をもっています。
「うつ病」が増えているともいわれています。

政治が今しなければならないこと、
それは「けっしてあなたたちを見捨てません」というメッセージを
送ることだと思います。具体的政策をたずさえて。

「絶望を希望に変えること」、
それが政治の責任ではないでしょうか。





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2008年12月19日 (金)

リーダーシップ論

きのう(18日)、相方が家に持って帰ってきた
『看護実践の科学』(看護の科学社)という雑誌の
1月号を、ドラマ「風のガーデン」をみながら、読んでいたbook

特集は、
看護の変革期 いま求められるリーダーシップ」である。

看護という仕事は、いうまでもなく集団労働である。
そして、高い目的意識性、使命感を必要とする。
あるいみ、私たちの運動体とよく似ている。
したがって、看護の人づくり、集団づくり、リーダーシップ論は、
たいへん参考になる、と私は思っている。

ということで、いつもこの雑誌には目を通している。

総論「組織の発展に寄与できるリーダー像」(江幡恵子)
から、いくつか抜粋。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

リーダーシップとはリードすること、つまり「目的を実現する
ために、個人や集団を動機づけてあるべき方向へ向かわ
せるための影響力の行使」ということだといわれている。
つまりどれだけ人を巻き込む力があるかということであり、
そのとき必要なのは「どこへ」「何のために」「何を目指して」
というビジョンが明示されていること、必要な人々にその
ビジョンの意味をきちんと伝えていく力があることである。
変革的リーダーシップ理論においても、
リーダーに最も重要
な要素は、リーダーの掲げるビジョンである
としている。この
ビジョンなしにリーダシップは語れないのである。


特に新しいやり方をとり入れたり、組織改革などの大きな
変化を起こす場合や新しい問題に対して、関係者はやろうと
することに不安を抱くのが普通である。リーダーが多面的な
配慮をし、
自分の言葉でビジョンをどこまで明確に説得できる
かが決めて手になる
。その意味では、リーダーには高度な
コミュニケーションスキルと説得力が必要になる。


リーダーにとってコミュニケーションは優先順位の高い仕事
である
。コミュニケーション不足やエラーは直接業務に支障
をきたし、スタッフのモチベーション低下やチーム内の沈滞
ムードの要因にもある。逆に良好なコミュニケーションであ
ればチームは活気づき、スタッフは生き生きと働き、仕事の
質も効率も上がるだろう。


うまくいかないのは当然であると言いわけができてしまうよう
な問題を成功に導くには、やる人の強い意欲や高い使命感
のようなものが必要になる。つまり動機づけ(モチベーション)
が成果の鍵を握ることになる。
部下への動機づけはリーダー
の重要な責務である
。ただし対象とする人の特性や仕事の質
によって有効な動機づけの方法や内容は異なってくる。


リーダーの資質とは、「早い段階で大きな試練にぶつかり、
リスクを取り、その失敗や成功から学んだ体験を持つ者と
いうことであり、リーダーの育成には困難でもやりがいのある
仕事を任せることが重要である」

失敗に対して寛容になること、失敗から学ばないことに対して
厳格になること



リーダーを育てる環境としては、管理者は部下を信頼し、「人
は自ら育つ」という前提でスタッフにかかわる、つまり
権利委譲
すること
が重要であり、任された仕事を安心してのびのびと実
践できる環境を整えることが重要である。つまり、スタッフ個々
の自立と自律を支援することがリーダーの育成には必要であり、
リーダーは次のリーダーを育成する必要がある


「変革型組織」とは、1人のカリスマ的リーダーが短期的な変革
を行なう組織ではなく、次々と変革型リーダーが生み出され、
常に変革が起こっている組織のことをいう。そしてそこには
チー
ム意識をもち、自分の頭で考え行動する意欲の高い積極的な
部下を育てるリーダーシップ
が存在するのである。


組織のリーダーはまさに文化の創造者である。新しい管理者に
替わったときに、何だか組織の雰囲気が変わったとか、前の
やり方と変わったと感じることがあるだろう。それはリーダーの
交代によって組織文化が変わったためである。
リーダーは自ら
の価値観をもって、組織の方針を言葉や行動でメンバーに伝え
る役割を果たしている


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


もちろん、一般論として、こうしたことを言うのはたやすい。
問題は、実践、なのである。

学習運動も、例外ではない(涙)。
がんばろう。自戒をこめて。


ところで、集団やリーダーシップに関わって、
おもしろそうな看護関係の本を、また1冊買ってしまった。

お正月にでも読もうと思う。




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2008年12月17日 (水)

ルリユールおじさん

今年は絵本を集めるぞ!と思っていたけど、
結局7~8冊しか買うことができなかった。

もちろん、買った絵本はどれもイイ。
大人こそ読むべき内容のものである。

最近、そんな絵本に、また出会った。
『ルリユールおじさん』(いせひでこ作、理論社、2006年)である。

舞台はパリ。
木や植物が大好きな少女と、
「ルリユール」と呼ばれる本の製本、装幀を
手仕事で行なう職人(アルチザン)のおじさんとの
出会いとふれあい。

少女の大好きな植物図鑑が、とうとうこわれてしまった。
本屋には、新しい図鑑がたくさんあったが、
少女は、「この本をなおしたい」と、
街の人にたずねながら、おじさんのところへたどりつく。


20081216122109
 そこで、出会った、
 「おじさん」の
 数々の手仕事。
 再生されていく本。

 2人のやりとりが
 やさしく、ふんわりと
 していて、いい。

その「おじさん」も、父の手仕事をみて育った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「名をのこさなくてもいい、ぼうず、いい手をもて」

「とうさんの手は魔法の手だね」


修復され、じょうぶに装丁されるたびに、
本は、またあたらしいいのちを生きる。

本には大事な知識や物語や人生や歴史が
いっぱいつまっている。
それらをわすれないように、未来にむかって
伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ひと言ひと言が、とても包容力のある言葉で
つづれてている絵本である。

そして、生まれかわった、「わたしだけの本」。


20081216122003

 その本の表紙には、
 少女の大好きな
 アカシアの木。

 そして少女の名前。



さいごのページも、なんともいえず感動的。

人間の手仕事のすばらしさ。
「手は魔法」。ほんとにそう思える。

そして本を通じて「伝わるもの」…。



おすすめですshine





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2008年12月12日 (金)

爆弾よりも住宅を!

最近読み終えた本。
「住まい」本です。とりあえず、書いときます。

で、学習協の会報では、本を1冊ずつ紹介する形で
書きましたが、ブログでは、この問題を連載の形で、
さらに広く深く考えて書こうかなと思っています。
ただし、来年なります(笑)。年末は余裕がありません。

では、とりあえず読んだものを。


『住宅貧乏物語』(早川和男、岩波新書、1979年)

『住居医学(Ⅱ)』(筏義人・吉田修、米田出版、2008年)

『日本の住まい変わる家族-居住福祉から居住文化へ』
            (袖井孝子、ミネルヴァ書房、2002年)

『すまい考今学-現代日本住宅史』(西川夘三、彰国社、1989年)

『人は住むためにいかに闘ってきたか-〔新装版〕欧米住宅物語〕
                      (早川和男、東信堂、2005年)

『居住福祉学と人間-「いのちと住まい」の学問ばなし』
      (早川和男・野口定久・武川正吾編、三五館、2002年)

『居住福祉資源発見の旅-新しい福祉空間、懐かしい癒しの場』
(早川和男、居住福祉ブックレット①・東信堂、2006年)



このほかに、エンゲルスの『住宅問題』(全集⑱)も、
ざっと目を通し、いくつか視点をもらいました。

あと、『若者たちに「住まい」を!-格差社会の住宅問題』
(日本住宅会議編、岩波ブックレット、12月9日刊行)は、
今日手に入れたので、週末に読もうと思います。

まだ「住まい」本で読みたいものが結構ありますが、
うーん、来年のミニ講座の勉強も始めないと
恐ろしいことになるので、悩ましいところです。

しかし、「派遣切り」「人員削減」が大規模に行なわれている
なかで、この問題はがぜん、クローズアップされてきたように
思いますし、そうさせなければなりません。

「住まいは基本的人権、福祉の基礎」です。
公的なセーフティーネットが必要です。
そのためには、人々のたたかいが必要です。

1989年の10月7日、アメリカの首都ワシントンで、
「住宅デモ」という行動が、96団体の幅広い共同で、
なんと25万人の参加で行われたそうです。

そのときに住宅デモの最大のスローガンは、
爆弾よりも住宅を!」。

集会に参加したワシントンDCの市長は、
「1年に3000億ドルもの大金を防衛費に費やすのでは
なく、それをホームレスの人びと、高齢者、知恵遅れの
子どもたち、そしてすべてのアメリカ人に分配すべきだ」
と発言したそうです。
     
(以上は、『人は住むためにいかに闘ってきたか』による)

あたらないミサイル防衛の実験に何十億も使うのであれば、
グアムの米軍住宅建設に2800億円(1戸あたり8,000万円)も
使う税金があれば
(『思いやり予算と米軍天国』による)
まともな「住まい」を国民すべてに保障すべきです!

ちなみに、
11日、厚生労働省は、寮から追い出される派遣労働者にたしての
住居・生活支援を発表したようです。
たたかいが生み出した成果の1歩です。

この問題はまだまだこだわっていきたいと思います。




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2008年11月29日 (土)

ことばへの信頼

最近読み終えた本。

『子どもとことばの世界-実践から捉えた乳幼児のことばと自我の育ち』
                      (今井和子、ミネルヴァ書房、1996年)


子どもの発達とか、保育とか、子育て本は、好きで読む。
私にとっては癒し本になっている。
この本も、そんな軽い気持ちで読んだけど、
学ぶところが非常に多かった。

とくに、子どもの発達をことばのかかわりの中で
考えているところが特徴であり、興味深いところ。


「子どもが未知のことばを獲得し語彙(ごい)を豊かにして
いくことは、まさにその子のイメージの世界が豊かになって
いくこと、つまりは、イメージを創る力が育っていくことであ
るのかもしれない」(61P)


「子どもは、おとなのことばを聞きながら、自分と人とが、
ことばによってつながれていることを実感し、ことばへの
信頼を育み、自分を語ってくれるおとなへの信頼を深め
ていきます。そういう意味ではことばへの信頼は、人へ
の信頼につながるのだと思っています」(66P)


「過去、現在から未来へ、時の流れの中で自分が一貫し
た自分であることを自覚できるようになってくると、子ども
たちは、自分の未来(明日)にむけての自分の考え(つも
り)をことばで表現し、そのことばにむかって自分の行為
を方向づけていくようになります」(
72P)


昨年の漢字が「偽」であったり、
振り込め詐欺の氾濫であったり、
極めつけは麻生首相の言葉(思想)の貧困。

ことばへの信頼は、人や社会への信頼につながる。
私たち大人の、「ことば」が問われているのだ。


『いまこそ「資本論」』(嶋崇、朝日新書、2008年)

最近、マルクスや資本論に関わる本を、
一般の書店で見かける機会が多くなった。
これもその1冊。で、パラパラと読んでみて、
面白そうだったので買ってみた。

で、非常にまじめな本である。
資本論を誰にでもわかりやすく解説していきたい、
という思いは伝わってくる。
学習運動も、学ぶべき姿勢である。

「ん?」という箇所があったり、
変革のための書物であるという観点が弱かったり、
資本論への見方がせまいところもあるが、
読んで損はない、と思う。

全三部を新書1冊でかけぬける。
うーむ、ある意味すごい。


『何があっても生きてろよ。』(西谷昇一、サンマーク出版、2008年)

これも本屋で見つけたもの。
期待したほどフィットしなかったけど、
共感できる部分もたくさん。

著書は、代々木ゼミナールの英語教師。
たしかに、こんな講師だったら、人気あるだろうなぁ。


『講座「家族・私有財産および国家の起源」入門』
                (不破哲三、新日本出版社、1983年)

来年のミニ講座の予習。
古典そのものは読んでいたが、こちらはまだだった。

25年前の著書であるので、
その当時の認識の限界がちらほらと。
しかし、面白い。

そして、学ばねばならないものが
恐ろしくあることを認識。やばい。

こうして、自分の「無知さかげん」を自覚するのが、
学習のひとつの側面、だと思う。
知れば知るほど、「知らないこと」が増えていく。
だから、やめられないのだ。





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2008年11月13日 (木)

『名作の戦争論』

私の「あこがれの人」の一人、
川田忠明さん(日本平和委員会常任理事)の最新刊、
『名作の戦争論』(新日本出版社)が今月出版されました。

さっそく読んで見たところ、
今年の読んだ本のなかで、『寡黙なる巨人』(多田富雄)と
同じぐらいの刺激と感化を受けました。
ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。


川田さんは、戦後60年の2005年、
69期岡山労働学校と16期倉敷労働学校で、
連続して「戦争を『想像する力』、平和を『創造する力』」
というテーマで記念講演をしていただいたときに、
初めてお会いしました(それ以来会う機会は残念ながらない)。
移動の車の中で、いろいろとお話ができたり、
特別に10人程度での交流会をもうけたときに、
川田さんご自身のお話をいろいろうかがって、
「めっちゃ賢い人」「文化性豊かな人」という強烈な印象をもち、
憧れの気持ちをもったのをよく覚えています。

さらに、サッカー観戦や、クラシック音楽を聞くことなど、
私との共通点があったことも、とても嬉しい出来事でした。

ところが、ところが、この本を読んでみると、
川田さんのアートへの造詣や洞察力は、まったく
けた外れであることを認識しました。

さらに、私が
「運動におけるサイエンスとアート」と
表現して、
問題意識をもっている課題についても、
本書は多くの示唆をあたえてくれました。

「同時に大切なことは、それらの作品によりそうだけではなく、
私たちの活動においても美を意識することである。むろん行
動や主張の中身が第一義的に吟味されなければいけないこ
とはいうまでもない。だがそれを包む外見に、私たちはもっと
鋭敏であってもようはずだと、自戒をこめて強調したい。
どこ
まで遠くの人々に、どれだけ多くの人々に、そのメッセージを
届けることができるかは、その外見の魅力に少なくない部分
が左右されるからである

 問題は、そうした戦術的な面だけにとどまらない。運動とい
うものが人間の集団的作業であり、ゆるやかではあるが一
定のコミュニティーを形成するものであるだけに、そこには、
広い意味での文化が発生する。各国の運動が、それぞれに
異なる外見をもつのは、その文化的差異にもとづくものだ。
それゆえ、
私たちは自らの運動の文化をどのように創造する
のかに、より多くの関心と労力をはらってもよいのではないだ
ろうか

 本書は、そうした議論と検討の必要性を間接的に主張して
いるのである」(「『まえがき』として」より)

「誰もが曲のメッセージ以前に、その格好よさにひきつけら
れている。しかし、ここが非常に大事な点だと私は思う。
メッ
セージは、その外形において、これを受け止める側を感性
的に引き付ける力を持たなければならない
からだ。アートと
して、それだけの水準をもっていなければならない。しかも
この曲のカッコよさは、表面を磨き上げたスマートさではなく、
この現実世界とつながったところで火花を散らしている彼ら
のメッセージが装うべき、必然的な形態なのであ
る。『この
メッセージは大事だから、みんなで歌いましょう』だけではな
く、『カッコイイと思ったけど、実は中身はこうなのか』といった
心の捕え方
が、巨大な広がりを創っていくうえでは重要だと
思う」(「対抗する叫びの魅力」より)


本書は、さまざまな芸術作品のなかに、
その作者の意識的、あるいは無意識的なメッセージ、
あるいはその時代と格闘している姿を洞察しています。

こうした中身自体が、相当面白いうえに(かなり内容レベルは高い)、
川田さんの人間性が垣間見れ、本当に興奮しながら読みました。
そして、それぞれの作品への多少の知識や見聞があれば、
より感銘をもって受けとめることができます。

欲をいえば、たくさんの若い人に読んでもらいたい
内容なので、難しい漢字にはもっとルビがあればよかったかな。
私も読めない字が結構ありました(笑)。



もっともっと芸術文化に貪欲に生きようと、
思いをあらたにしました。





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2008年11月12日 (水)

『上田対談集』メモ(下)

『上田耕一郎対談集』(大月書店)メモ、つづき。


「『では
民主連合政府はいつできますか』という質問が
くると、『あなたがたが、あなたがたの職場や学校、町
や村で多数を結集できたときです』とぼくはいうんです

自覚的民主勢力がいるところでまず多数をとるぐらい
にならないと民主連合政府などできっこないんですね。
そういう意味でもこれは共同の事業であり、国民の政
府なんだということです」(40P)

「それぞれの人が、どこで政治にぶつかるかというと、
生活がちがうようにぶつかり方もさまざまです。たとえ
ば砂川の農民が基地拡張問題にぶつかると、あれだ
けの闘争をやりました。自分の生活と社会や政治が
どんなに密接につながっているかということを知るの
は、体験と勉強なんだけれども、そこのつながり方と
いうのが、実際の生活のなかでは幕におおわれてい
てわかりにくくなっています。
その幕を自分でとったり、
人がとってくれたり、幕をとらざるをえない事件にぶつ
かったりということで青年の目ざめがすすんでゆく
。そ
の機会が今の社会は非常に多いといえます」(84P)

「まわりの人たちの多数を獲得するというけど、これは
たいへんですね。一人ひとりの人間は、それぞれの歴
史をもち、それぞれの思想をもち、それぞれの家庭を
もち、希望をもっているわけだから、
そういう個性をもっ
た、それぞれの人の思想を変えるという仕事は、それ
こそこちらも真剣にとりくまないとできないことです

 民青は勉強しないとか、民青にはいるとどうも大学も
落ちそうだとか、これではだれも民青へきませんね(笑)。
民青にはいると政治的な視野がひろくなるし、人間的に
も信頼があり、幅がひろくなる、たたかいの先頭に立っ
て立派に活動するだけでなく、勉強もできる、知識も深
いと、やっぱりああいう人間にならなきゃいかんという
ふうに、民青の活動をすすめていくことが大切だと思い
ます。(中略)労働組合運動でも、そういう政治闘争でも、 
それから生活を守る問題でも、仕事をするうえでも、み
んなに信頼される活動家にならないと、ほんとうに一人
ひとりの人を変える仕事はできません。
 ですからそういう仕事の先頭にたつわれわれは、なか
なかかたいへんなことになる。勉強もしなきゃならないし、
たたかわなければならない。しかし、同時にわれわれだ
けの仕事じゃなくて、いまの世の中が大きく変わってき
つつあるし、いろんな矛盾があわられているわけだから、
その一つひとつの問題を深くとらえて、はじめにいった
ように、それぞれの青年の生活の目標や生きがいが、
じつは日本を変える仕事とむすびついているということ
を、ことばじゃなくて、深くわからせる仕事ですね。そう
いう厚みのある闘争をぜひ組織していってほしいと思
います(117~118P)

ほんとうに言論と思想の力が必要で大事です。現在
の革新統一戦線をつくる、民主連合政府をつくる、日
本の世の中を変えるとかいうのも、けっきょくはやはり
言論と思想の力、理論の力、そういうものを主体とした
運動が媒体になるでしょう。その媒体が、やっぱり『赤
旗』というわけです」(237P)

「視聴覚の媒体機関というのは活字よりも即効性があ
る。しかし
私たちの理論を、体系的にわかっていただく
というためには、どうしても活字媒体でなければなりま
せん
。私たちは、これを基本にすえたいと思います」(239P)

マルクス、エンゲルスのいろんな文献を読んでいくと
ぼくが少なくともそれまでに読んだ、いろんな哲学書や
思想書と比べて、
人間に対する要求がいちばんきびし
いのです
。とにかく、その社会の矛盾を科学的に分析
し、見つめて、それを実際に変革するためにたたかう
ことを、人間に要請する理論、哲学であるわけです

そういうことは、いろいろといままで若い頭で読んだ本
と比べて、いちばん要求するものも高いし、いちばん
包括的な理論だと、抗しがたい力でつよく印象づけら
れました」(245P)





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2008年11月11日 (火)

『上田対談集』メモ(上)

数日前、自宅の本棚の中から、
『上田耕一郎対談集』(大月書店、1974年)をみつけたflair

まったく別の本を探していたのだけれど、
たまたま目に入り、「おっ」と手に取った。
上田さんの著書は古いものをのぞけば、
たぶんだいたい読んでいるのだけれど、
これは読んでいない本であった。

もう30年以上前の本である。
そして、私の生まれた年に出版されている(笑)。
かなり幅広い方々との対談集である。
これは読まねばなるまいと思い、さっそく読んでみる。

すると、面白い面白い。
まだ参議院議員になる前で、
赤旗編集局長と政策委員長を兼務するという
今から考えるととんでもないことだけど、
その時期のうえこーさんの元気っぷりが炸裂していた。

あと、「民主連合政府」の話題が多かった。
なるほどこういう雰囲気だったのか、と思った。


重要と思ったところに線を引きながら読んだのだけど、
そのなかから主なものをメモしておきたい。


前後の文脈も大事なのですが、
とくに解説なしでメモしていきます。



「ぼくは戦争中、カントばかり読んでいて、『純粋理性批判』を
ドイツ語で読んだり、カントの倫理学関係の本なども相当あ
さって読みました。なぜ、よくもわかりもしないのに、カント哲学
に打ち込んでいったかとうと、ひとつは、思索することの厳密さ
というものがあって、正確なものを求めていた気持に合ったの
ですね。もうひとつは、
きわめて倫理的なんですよ、彼の哲学
は。
当時、戦争の問題と自分の問題を考えると、最後は認識
の問題よりも生き方の問題であり、倫理の問題になってきた
んですね」(8P)

「『自然弁証法』では、自然は実在であるということからはじま
るでしょう。われわれ理科の学生というのは、実験するとき、
自然を実在だと思わなければ実験できないわけですよ。しか
し、哲学を考えるときは、そういうこととは別のことを考えてい
る。ところが
『自然弁証法』というのは、まことにきっぱり、自然
は実在であるという。ぼくは観念論の認識論をやっていたから、
なにが実在であるか、わからなかったけれども、とにかく、疑う
ことのできない真理に触れているのだという感じがありました
」(8P)

「そういう市民運動というのは、当時のとりくみとしては珍しい
ものだったし、成果も大きかったんだけれども、それを理論的
にまとめて、どこかに発表するとかいう仕事をしなかった。やっ
ぱり、それをしないと全体の運動にならない。
運動の経験とい
うのは、本当にそのなかから教訓を引き出して一般化する、
理論化する必要があります。それではじめて全体の教訓、財
産になるわけで、進んだ経験をどこかでやっていても、ただそ
れだけだったら、それだけのことに終わっちゃうわけですね
」(23P)

「論争というのは真剣勝負でね、書いたことにはすべて責任を
とらなければならないし、誤ったことを書けばかならずやられる
しね。
深く、多面的に考えぬくことになる。鍛えられますよ。だか
ら、いいことだと思いますね。論争というのは
」(24P)

「ぼくが感じていることの一つは、
創造的な理論活動ということ
になれば、どんな問題でも新しい問題と格闘しなければ意味
がないということ
ですね。そうしてはじめて、つぎこんだエネル
ギーが、マルクス主義の理論戦線に、小さな石であってもつけ
加えることになり、小さな前進であっても運動に貢献することに
なるわけですから」(26P)

「もう一つ理論活動の問題でいつも考えることの一つは、
問題
の系譜を自分のものにすること
です。レーニンが、理論家とい
うのはその問題の系譜をよく知っていることが非常に大事なん
だと言っているのがあるんですよ。
その系譜のなかではじめて
その問題に接近する態度と方法もわかるし、歴史的なパース
ぺクティブも出てくる、問題の重さというものもつかまえられる

だから、政策活動でも、理論問題でも、ある新しい問題があっ
たときに、それは今までのマルクス主義の理論史や運動史、
広くいえば国際的にも、それから日本の運動史、理論史のな
かで、どういう理論的、あるいは実践的系譜をもっていたかと
いうことをまず調べますね」(26P)

「ぼく個人の場合をいうと、
自分が感じるもの、考えるもの、疑
問をいだくもの、これを非常に大事にしなければならないと思う。
自分が感じたものを主観的に大事にするというのではなくて、
それが、ある客観性がある場合、それを追求する責任がある
ということです
。ただ、そういうアンテナや触覚が正しいもので
あるかどうか、運動の要請にこたえたものであるかどうかという
ことが問題ですが、そういう人間が、たとえばきみのいったよう
な、大衆の生活にも、運動の局面にもいつも敏感に理解もし、
感じもできる立場に身を置いていないと、正しいアンテナが働か
なくなる。それから、党本部のなかだけで仕事をしていると、よ
ほど自覚をしていないと一般の人たちの思想や感情と離れる
危険もある(笑)」(27P)

「教育も問題では、『科学と思想』四号の吉野源三郎さんと堀尾
輝久さんの対談の中で“なるほど”と思ったことの一つなんです
けど、国民の学習権というのは、具体的には子どもと青年の権
利のこと、おとなとはちがった子ども、古い世代をのりこえる新
しい世代の権利を保障することだというんですね。教育は次の
世代をにないうる人々をつくることでしょう。今の世代を乗りこえ
る人間にならなけりゃならん。そうだとすると、
本当の意味での
国民の教育権、学習権とは、前の世代を乗りこえうるような能
力を、新しい世代が身につける権利でもあるわけです
。もしもそ
れを古い世代が自分の枠のなかにこどもの教育を押しこめるこ
とがあれば、それはこどもの権利を侵害することであり社会の
発展そのものを押しとどめることにほかならないという問題にな
るわけで、深い問題だなと思いましたね。
 たしかにおとな、古い世代が新しい世代を教育するのだけれ
ども、
教育とは、われわれを乗りこえる力を新しい世代にもって
もらうことなんだというするどい自覚をもって
、それこそ民主主義
的ナ教育をやらないと世の中は発展しない」(35P)



明日はメモの(下)。





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2008年11月 5日 (水)

不勉強だから…か。

最近読み終えた本。

『社会進歩と女性』(不破哲三、新婦人内日本共産党後援会、2008年)

とっても勉強になったのですが、
一番印象に残ったのは、冒頭で不破さんが、
新婦人の方々から何べんも講師依頼があったが、
「不勉強の分野なので」と断わり続けていた、ということ。

お、お、お、お・・・。
そういう理由で講演を断わっていたら、
私なんてどこでもしゃべれませんよ(笑)。
不勉強だらけですよ。
不破さんの「不勉強だから」というレベルって・・・。

(しゃべったことが活字になる人の言葉の重みですけど)

おまけに、集中的に勉強した、とあるけど、
それがどのような量と質の勉強だったのか…。
私の常識をはるかに越える気がしています。

どんな問題、分野についても、
「根本的に事につうじる努力」という姿勢を、
あらためて学ばせていただいたように思います。



『学びあう 女と男の日本史』(歴史教育者協議会編、大月書店、2001年)

歴史を学ぶというのは、非常にリアルで
面白いなと、あらためて。

固定観念として持っていたものが
いろいろと崩されました。
中世では夫婦別姓も一般的だったとか、
すし職人はもともと女性の職業だったとか。

「性別による労働編成は、時代によって変わるし、
その意味づけも変化する。性別分業は、あくまでも
社会的に決められることであって、『女のほうがも
ともと~だから』とか、『男のほうがもともと体力が
あるから』といった要因で決まるものではない」(73P)
ということが、リアルな歴史研究から実感できます。

時代によって、おかれている立場によって、
家族のあり方、男女の役割、恋愛の姿、
いろいろ違うという点が、ほんとうに興味深いです。

近代、現代の女性たちのたたかいの姿も、
ぜひ知ってもらいたい事実です。



『女性白書2008』(日本婦人団体連合会編、ほるぷ出版、2008年)

これまた、たいへん勉強になりました。
資料もめちゃめちゃ豊富で使える!

「働く貧困層」といった場合、その多くは女性なんですよね。
その点をもっと強調しなければと改めて再確認。

不破さんの本を読んで、この問題での視点が
しっかりしていたので、相乗効果で理解が深まりました。

あらためて驚いたのは、出産前に働いていた女性の
なんと7割が出産を機に退職しているという事実。
先進国で飛びぬけたM字型雇用。
ルールなき資本主義をあらためて、女性も男性も
働きやすい職場環境にすることが、この問題の解決への道です。

私もよく知っている三宅良子さん(DCI日本支部副代表)も、
執筆者の1人として参加されています。

子どもの権利条約にかかわる内容ですが、日本政府の対応にアゼン。
この問題にかぎらず、国連の勧告を無視する、適当に対応する
日本政府の態度には、心底頭にきます。大人でないですよ。


余談。最後の「2007年の年表」を読んでいたら、
こんな面白い記事が。

7月6日
「米アリゾナ大学などの研究チームが行った、アメリカと
メキシコの大学生計400人を対象にした調査(1998年~
2004年、17歳~29歳の大学生の女性210人、男性186人
の日常会話を、2~10日間録音)
で、『女性は男性より
おしゃべりだ』という俗説に反し、日常会話で発する言葉
の数ではほとんど差がないことが分かる
。同日付の米科
学誌サイエンスに発表」

「俗説」におかされている私には、にわかにこれは信じがたい!(笑)
私の経験にもとづくと、女性のほうがおしゃべりです(一般的には)。
日本でも同じ調査を誰かにしてもらいたい(笑)。




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