2008年12月 2日 (火)

76期の修了式

先週の土曜日(29日)は、
76期岡山労働学校「活憲教室」の修了式がありました。

Dscn4892

 1人ひとりが、今期学んだことや
 労働学校を受講しての感想を
 4分間で発表しました。



今期の修了発表の特徴だと思ったのは、
「活憲教室」ということもあって、学んだことを
どう活かしていくのか、実践とのかかわりを意識しながら
参加者が学びを深めていった、ということです。

19歳のある受講生(女性)は、毎回の講義の
あと、実家の母親に電話して「憲法はこうなんよー」と
話をしていたことを明かしてくれました。

また、同じように、20歳の受講生(こちらも女性)も、
学校の友人の家に木曜日の講義の帰りによって、
労働学校で学んだことをあれこれしゃべる生活を
していたことを発表で語っていました。

学んだことを周りに伝える。
学習における大事な姿勢を、2人の受講生の発表から、
参加者みんなが考えることができました。

また、もうひとつの特徴として、
憲法9条とともに、それ以外の条文を学ぶ大切さと、
独習の必要性について、
多くの参加者が語っていたことです。
独習の必要性への認識は、最近の労働学校の雰囲気に
なりつつあります。しつこく言ってきたこともあると
思いますが、学ぶ意欲が非常に高くなっています。


あと、50代で初めて労働学校に参加した
岡山医療生協のMさんは、
「憲法が大好きで、憲法をもっと学べると思って、
興味本位で参加したが、とても勉強になって、ますます
憲法が好きになった。また、こんなに若い人がまじめに
勉強していることに感動した。こんな場があるなんて
知らなかったし、驚いた」と語っていました。


労働学校は、約2か月間、10回以上のカリキュラムが
あるからこそ、学びも深まり、交流も深まり、
参加者の感動的な変化・成長があります。
これは、単発の学習会ではまず味わえない、
労働学校の誇れる特長でもあります。

こうした貴重な場を、もっともっと広げたい、と思います。
来年は、労働学校の飛躍の1年になるよう、
全力で取り組みをすすめていきます。

76期に参加されたみなさん、おつかれさまでした。
ありがとうございました。





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2008年11月28日 (金)

活憲教室しめくくり

きのう(27日)は、76期岡山労働学校「活憲教室」
第8講義でした。といっても、講義ではなく、最初から、
みんなでグループトークをひたすらやりました。

まず、小さい紙に
①「今期学んだこと」「印象に残ったこと」
②「自分にできること」「これからしたいこと」「今やっていること」
を各自具体的にどんどん書いていきます(1枚にひと項目ずつ)。

それをグループ内で発表しながら
ペタペタ模造紙に貼っていって、分類していきます。
そして、ひたすら「あーだ、こーだ」と話し合います。

各自、ほんとうに多彩な話ができたようです。


そして、いったん休憩して、グループ発表となりました。


Dscn4889

 グループ発表の
 ようす。

 意外と盛り上がるんですよ
 これが。



一番多かったのは、「もっと憲法を学んでいきたい」
という意見。自分の言葉で語るということを念頭に。
そして、活憲のために「したいこと」も、各自の色が
出ていて面白かったです。

やっぱり今期は教室のネーミングがよかったですね。
自分でいいますが。
「活憲」がばしっと共通テーマとして受講生の学びの
スタンスとしてありましたから。

また、9条が大切なのはもちろんのこと、
他の条文を学ぶ醍醐味をみなさん味わった教室だった
ようです。そういう感想が多く聞かれました。


グループ発表後は、きのうの参加者で、
土曜日の修了式に唯一これないFくんが
ミニ修了発表をしました。

なんと水島から毎週1時間かけて通ってきている
Fくんは、
「労働学校は興味本位できたけど、とても楽しく、
また勉強になった。またぜひ来たい。憲法というと
9条、という感じだったが、他の条文も大事だと
わかった。すごく視野が広がった。これからも勉強
していきたい。活字の大切さも学んだ。ふらふら
遊ぶだけでなく、紹介された本も来年はどんどん
読んでいきたい。いろんな人の話も聞きたい。
ありがとうございました」
という発表で、参加者から拍手で修了の祝福がありました。

いいですね、こういう雰囲気ってtulip

さて、今週土曜日は修了式です。
受講生のみなさんのどんな発表が聞けるのか、
とても楽しみです。



【きのうの感想をいくつか】

「ただ聞いて知るというだけではなくて、自分たちで
学びを深めることができたと思います。今回も面白
い学習ができました。学んだことを活かしていこうと
思います」

「私は、もっと外へ広げることをしないといけない。
自分の言葉でしゃべりたい。みんな『学びたい』と
思っているのは、すごくうれしかった」

「今期をふりかえると、あっという間でした。今後もっと、
憲法についてのみならず、いろいろ学んで生きたいです」

「憲法の学習のつもりで参加した労働学校でしたが、
色々な人の色々の意見が聞けて深まりました」

「今日の講義で、学んだことや印象に残ったことに
ついて、いろんな人の考えを聞けて良かったです。
こうやって、色んな人と意見交換をしたりする場って、
本当に大事だなと、今日改めて思いました」

「今日は色んな人の意見が聴けて、楽しかったです。
労働学校が終わるのはさみしいです」





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2008年11月21日 (金)

主権者は君だ!

きのう(20日)は、76期岡山労働学校の
第7講義でした。参加は17名。

テーマは、「
主権者は君だ!-憲法どおりの社会をつくろう
でした。講師は私が担当しました。


Dscn4888 今期は、毎回のように、
 通し受講をしていない人が
 ひょっこり参加することが
 あります。きのうも2人、
 飛び入り参加でした。

 通し受講は19名ですが、
 参加人数でいうと、40人
 ぐらいになるのかなぁ。

「学ぶ場」として労働学校が定着している
証しなんだと思います。


講義は、憲法どおりでない社会になっているのは
なぜかという側面から、自民党政権の最近の
改憲に動きと流れをみながら、
この国の政治に、「憲法を守る意志」がまったくない
ことが、全体の雰囲気にも大きく影響している
ということを話をしました。

また、「憲法を暮らしの中に生かそう」というスローガンを
かかげた60年~70年代の革新自治体の話もしてみました。

そして、今の日本の政治のバックにいるものとして、
財界の政治支配、その具体例として、経済財政諮問会議、
政党通信簿の話を具体的資料を示して話をしました。
そして、対米従属の異常な姿も。

次に、改憲の流れをとめたのは国民の運動であったこと、
7000をこえた「九条の会」の広がり、そのなかでも、
今年になってできた、「教育・子育て九条の会」
「子どもの本九条の会」「渓流九条の会」などを紹介して、
九条の会のもつ意味を話しました。

余談として、ジュリーこと沢田研二さんが、
「我が窮状」という歌をNHKで歌ったこと、
その歌詞の一部を紹介して、知識人・文化人・芸能人などが、
「9条を守ろう」を声をあげていることも紹介しました。

最後に、1人ひとりが主権者として成長するために、
憲法の理念をフィルターとして社会や目の前の現実をみること、
朝日茂さんの生き方から何を学ぶのかということ、
そして「ことば」への信頼を取り戻すためにも、
徹底的な学習と、言葉の力を私たちがつけていくことの
大切さを語ってみました。



【参加者の感想】

「経済財政諮問会議が、そんなにおおっぴらにやって
いるってことにびっくりしました。やっぱりお金持ちの
人に有利な社会なんだなーと思った」

「憲法どおりの社会になるため、するためには、やはり
ひとりひとりが主権者としてかしこくなることが大切だと
痛感した。でも、どういう方向や価値観で学ぶかで向く
方向も大きく変わるのだと思う。自ら学ぶことを大切に
していきたい」

「9条だけでなく、25条も素晴らしい。でもそれ以外の
条項だって、とても価値のあるもの。それらを『ことば』
としてとらえ、それが最高法規として定められている
という背景にせいいっぱい思いや考えを、また『ことば』
でめぐらすプロセスを、しっかりと大切にしていきたいと
改めて思ったし、それには独習が不可欠だとチクチク
感じました。精進精進~」

「知れば知るほど憲法は奥が深いなと思うと同時に、
自分は学習が足りないなとすごく感じました。これからは、
本を常に持ち歩こうと思いました」

「憲法は頭で理解するだけではなく、行動することが
大切。憲法を生かして、活動するいろいろな人の顔が
浮かんでくる学習会でした」

「これからの時代、“言葉”が通じるかどうか、とても
大きなことだと思っている。インプットするだけでなく、
アウトプットを試すうえでも、言葉を磨きたい」




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2008年11月14日 (金)

労働学校講師デビュー

きのう(13日)は、76期岡山労働学校の
第6講義
「人間らしく働くために-27条・28条をたかくかかげて」
でした。参加は16名。

講師は、県医労連の書記次長で、
学習協の事務局次長もしている岩本陽輔さん。
30歳の若手講師として、労働学校初お目見えです。


Dscn4887
 講義全編にわたって
 パワーポイントを使っての
 お話でした。
 よくできたグラフなど、資料も
 豊富で、とてもわかりやすい。
 準備に時間かかったろうなぁ。
 感謝感激。


岩本さんは、自分も入職1年目のときに
誘われて労働学校を受講したこと、
学ぶことはほんとうに素晴らしいということを
力説されてから、講義を始めました。

講義は、27条の人間らしく働く権利、
28条の団結権の話を中心に、
「人間らしさとはどういうことだろうか?」という
疑問も投げかけながら、
現在の政治が働く貧困層を生み、
医療を壊している状況についても説明されました。

水曜日の医労連の統一ストの話、
蟹工船の話など、話題も豊富でした。

そして最後に医療生協の職員時代に
研修のときに出会った人の話、
生活保護を受けている人の家に伺ったときの衝撃の
話から、医労連、労働組合の役割を語りかけ、
最後は岩本さんの“熱”が参加者に
びんびんと伝わる内容でした。

ふだんは“おとなしめ”の岩本さんは、
講義になると“熱い男”に変身します(笑)。
そして、よく勉強しています。すばらしい。



以下、参加者の感想です。


「岩本さんには何度かお会いしたことがありま
すが、意外とというか、熱のこもった講義でした」

「人間らしく働くこと=人間らしく生きること。本当
にその通りだ!!と思いました。自分も労働組合
に属する中で何ができるのか、何をしないといけ
ないのか、しっかり考えて学ばなければいけない
と改めて感じ、反省し、はげましてもらった様に思
いました。みんなが安心して働きつづけ生活でき
る社会を目指していきたいです」

「パワーポイントを使っての講義はとてもわかり
やすかったです。岩本さんの最後の思いを聞いて、
絶対、民医連の看護師として働きたいという思い
がより強くなりました」

「『人間らしくはたらく』、この人間らしさとは、どうい
うことなのか・・・みんなで話しあってみたいですね。
好きな仕事ができている人はどのくらいいるんだ
ろーと考えてしまいます」




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2008年11月 7日 (金)

24条は盛り上がる

きのう(6日)は、76期岡山労働学校の
第5講義「
24条の成り立ちと意味-男女平等の課題を考える
でした。参加は盛り返して17名。
講師は私が担当しました。


Dscn4883

 グループ討論の様子。

 24条の話は、
 自分の体験で話せるので、
 とても盛り上がります。
 話がつきないようでした。


24条をめぐっては、さまざまな角度からの
切り口が考えられますが、
主にはベアテさんの話と、
経済的な女性差別の話をメインにしたつもり
だったのですが、
みなさんの関心はジャンダー問題に集中した
ようであります。

風邪と準備不足で、言い忘れたことが
山ほどあり、「あーしまったぁ」と後悔した
夜でありました。


以下、講義の概要です。

 第24条

 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有
  することを基本として、
相互の協力により、維持されなければならない。

  ②配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び
  家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳両性
  の本質的平等
に立脚して制定されなければならない。

 第14条

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的
  身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、
  差別されない。(2項、3項は省略)



一。24条の成り立ち-ベアテ・シロタのたたかい
 
1。憲法制定までの経過
  
1945年 8月15日 終戦、日本は連合国(GHQ=実質はアメリカ)の
               占領下に。
        
9月27日 幣原首相、マッカーサー元帥と会談。「5大改革
               指令」を受ける。
       
10月27日 憲法問題調査委員会第1回総会。松本烝治国
               務大臣を中心に草案作成作業に着手
  
1946年 2月 1日 毎日新聞、日本政府案をスクープ。GHQ民生局
               毎日スクープを翻訳、到底受け入れられないと
               注釈をつけマッカーサー元帥に報告。
        
2月 2日 ホイットニー民生局長、マッカーサー元帥にGHQ
               での憲法草案作成について意見上申。
        
2月 3日 ホイットニー民生局長が、ケーディス大佐らに民
               生局による草案作成を命令。
        
2月 4日 民生局員25人を各小委員会に分け、草案執筆
               作業に着手。
        
2月12日 GHQ案最終稿完成。マッカーサー元帥に提出、
               承認を受ける。
        
2月13日 ホイットニー民生局長ら外務大臣官邸に出向き、
               吉田外務大臣、松本国務大臣らに、草案を手渡す。
        
2月22日 幣原首相、マッカーサー元帥と会談。日本政府、
               
GHQ案受け入れを閣議決定。
        
3月 4日 日本政府修正案をGHQに提出。対訳検討に入る。
        
3月 5日 修正案を否定され、GHQ原案で対訳作業を徹夜
               で完成。
        
3月 6日 日本政府の憲法改正草案発表。マッカーサー元
               帥直ちに承認表明。
        
4月10日 第22回総選挙(はじめての普通選挙)
        
6月20日 第90回帝国議会衆議院本会議に「帝国憲法改
               正案」提案。
               
この間の議会論戦でさまざまな修正。
       
10月29日 衆議院本会議で可決成立。
       
11月 3日 「日本国憲法」公布
  
1947年 5月 3日 「日本国憲法」施行



2。ベアテ・シロタ・ゴードンさんのこと
 
◇日本での10年間(5歳~15歳)の生活
  
*日本の女性の姿をよく知っていた
 
◇GHQ民生局のメンバーとして再来日(22歳)、そして・・・。

   
「私は、自分の名前が読み上げられた時、『これは凄いことになっ
   た!今、私は人生
のひとつの山場にきている』と感じた。…全力を
   尽くしてあたらねばならないという、
強い使命感が、私の沸き立つ
   ような興奮を抑え、冷静にさせていた」

   
「毎日スクープ(日本政府の考えていた案)…その中には女性、母
   親、家庭、児童と
いう言葉は全く発見できなかった。私は、女性が
   幸せにならなければ、日本は平和に
ならないと思った。男女平等
   は、その大前提だった」

   
「私は方針を立てた。まず日本の女性にとって、
どんな条項が必
   要なのか?そのためには、手本に
なる憲法を見つける必要があ
   ると思った。…外出
許可を貰って、ジープで都内の図書館や大学
   を巡
った。…アメリカ独立宣言、アメリカ憲法、マグ
ナカルタに始
   まるイギリスの一連の憲法、ワイマ
ール憲法、フランス憲法、スカ
   ンジナビア諸国の
憲法、それにソビエト憲法…」

   
「英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、スペイン語、日本語。私
   は自分が読める
六か国語を駆使し、人権に関する条文で役に立
   ちそうな箇所を、片端から抜き出しメ
モをつくった」

   
「私は、各国の憲法を読みながら、日本の女性が幸せになるには、
   何が一番大事かを
考えた。それは、昨日からずっと考えていた疑
   問だった。赤ん坊を背負った女性、男
性の後をうつむき加減に歩
   く女性、親の決めた相手と渋々お見合いをさせられる娘さ
んの姿
   が、次々と浮かんでは消えた。子供が生まれないというだけで離
   婚される日本
女性。家庭の中では夫の財布を握っているけれど、
   法律的には、財産権もない日本女
性。『女子供』(おんなこども)と
   まとめて呼ばれ、子供と成人男子との中間の存在で
しかない日本
   女性。これをなんとかしなければいけない。女性の権利をはっきり
   掲げ
なければならない…」
       
(ベアテ・シロタ・ゴードン『1945年のクリスマス』、柏書房)

  
◇彼女が考えた条項(資料⑫)

  
◇ドラマチックな憲法の制定過程


    「これらの条項が、どんな資料から引用され、ベアテさんの胸中
    でどう組み立てられていったのか、そして文案がいかに無残に
    カットされていったかのプロセスは、まさに1つのドラマである。
    それは言い換えれば、女性の権利をめぐって展開された、女
    性の執念と男性優位社会との戦いでもあった」
       
(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』、創元社)



二。24条の意味
 
1。「家」制度の否定
  
◇戸主を中心とする戦前の「家」制度の否定
   
*戸主(男)は、「家」の統率者であり、財産は戸主に継承され、
    家族構成員の家籍変動に対する同意権、居住指定権、入籍
    の拒否及び家籍からの排除権をもっていた。つまり婚姻や離
    婚、養子縁組には、戸主の同意がなければ行なうことはでき
    なかった。また、子の親権は戸主、すなわち父親にあった。

   
*現民法にも、その当時の残滓(ざんし)があり、夫婦別姓問題
    など社会的な課題となっている。

  
◇家族のなかの「個人」と「両性の平等」を何よりも尊重する

 
2。ジェンダー視点で24条の積極的価値を考える
  
◇ジェンダーとは、社会的・歴史的につくれた男女の「役割」「資質」
   
*「男らしさ」「女らしさ」・・・あなたはどう考えますか?(資料⑫)

  
◇男性支配の否定その①「家庭内暴力」
   
*現在日本には、夫などから「命の危険を感じる程度の暴力」を
    受けている女性が、
180万人いると推定されている。
   
*2001年に制定されたDV(ドメスティック・バイオレンス)防止法
    は、60年以上前から24条によって要請されていた。
   
*24条は家族という「私的」関係における暴力を否定しているが、
    そのこととの関連で考えると、9条は「公的」な暴力(軍隊や戦争)
    を禁止しているともいえる。戦争におけるジャンダー視点も必要。
    米海兵隊による女性にたいする性犯罪など。

  
◇男性支配の否定その②「経済的格差」
   
*夫婦のあいだの経済的な格差が、家族における夫の支配行為の
    現実の手段となったり、夫の支配を助長したり、可能にしたりしている。
   
*憲法14条は、「政治的、経済的、社会的関係」すなわち公的領域
    における性差別を禁止している。



三。男女平等の課題-21世紀は女性の世紀に
 
1。女性差別撤廃条約を起点とした、女性の社会進出の時代へ
  
◇女性差別撤廃条約(1979年)とは(資料⑤~⑧)

  
◇職場での平等を確立する問題
   
*同一労働同一賃金
   
*均等待遇(雇用にかかわるすべての問題での平等)
   
*「間接差別」を認めない(雇用形態の問題など)

  
◇女性の社会進出のための、社会的条件をととのえる

 
2。女性の人権の課題(資料⑨~⑪)
  
◇女性の仕事をめぐって
  
◇現代日本の経済社会のあり方が強い規定要因に
   
①女性の手から仕事(経済的自立の条件)を奪い、女性を家庭に
    追いやる力。
   
②働き続ける女性に対しては、彼女たちを低賃金に追いやる力

    
→これによって生まれる男女の経済的格差が、家庭の中に
     男性優位を生み出すひとつの土壌となっている。

  
◇主犯は大企業・財界の利益至上主義に
   
*男性を長時間労働、職場へしばりつけることと、「女は家庭」は
    結びついている



さいごに:21世紀は、女性の能力が全面的に花開く時代。
      
男は敵ではなく、「誰もが人間らしく生き、働ける社会」を
      目指してともに歩み、たたかうパートナー。



以上。


受講生の感想。

「24条の『男女』ではなく『両性』って書いてあることに

初めて気づきました。あたしは、両親に女の子らしく
しなさいと言われて育ったので、ジェンダーに興味が
ないわけではないのですが、もっと考えていかなくては
ならないんだなぁーと思いました」

「普段の何げない会話の中で『女だから…』『結婚した
から…』とか...なんかひっかかるなーと思うことが
あります。まだまだ24条の目指す社会ではないけど、
ずっとベアテさんや先輩方が闘ってきたように、これ
から自分が変えていくんだ、という志で暮らしていきた
いと思います」

「今回の講義はとても興味深く聞くことができました。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんは22歳で“両性の平等”
という偉大な憲法をつくって、すごいと思いました。
ジェンダーにとらわれない生き方をしようと思っても、
周りの目を気にしてしまう」

「男女平等とは、大切な仕事だと思っているけど、自
分の身についているかというと、意識できていない事
の方が多いように思った。『ジェンダー』という言葉は
よく聞くけど、学校現場等での方向性は疑問に思う
ことが多いナと思う。そこだけにとらわれないという
ことが大切なんだと学んだ。社会保障も不可欠!」

「24条の成り立ちの話が聞けて、大変良かった。ジェ
ンダーの視点の重要性がわかった。もっと女性が社
会進出できる世の中をつくっていきたい」






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2008年10月31日 (金)

命の格差とたたかう

きのう(30日)は、76期岡山労働学校
第4講義でした。参加は12名と低空飛行のままでした(涙)

きのうのテーマは「
命の格差とたたかう-25条を活かす」。
講師は、医療ソーシャルワーカーの米田信敏さんでした。


Dscn4872

 米田さんは、
 岡山社保協の事務局長も
 されています。





講義では、米田さんの職場のリアルな事例を
あげながら、25条どおりではないこの国の
実態、医療制度、社会保障の歴史、税金の使い道まで、
かなり幅広くお話が展開されました。

青年や高齢者の貧困、子どもの貧困、
格差の現実など、なかなかしんどい内容
でしたが、米田さんのときおり冗談を交えた
お話で、とても充実した学習となりました。

「総選挙は、25条を活かす政治を実現する
大きな一歩」としめくくられました。



講義の感想。

「とてもわかりやすい話でした。看護師をめざす
自分にとって受けれる医療をお金があるなしで
制限されるということは、許せないことだと感じ
ました。もっと憲法について勉強しなくちゃいけ
ないなと感じました」

「具体的な事例の紹介が良かったです。アンテ
ナを高く広く持ちたいと思います。数字で説明し
てくれたのもわかりやすく納得できるものでした」

「久しぶりの労働学校でしたが、まさかこんな
楽しいとは思いませんでした。講義の感想は、
リアルな事ばかり、フムフムと聞いていました」




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2008年10月24日 (金)

活憲の視点で読もう

きのう(23日)の夜は、
76期岡山労働学校の第3講義
参加はまたも減って12名!
入れかわりたちかわりメンバーが変わっています。
みんな忙しいんだろうなー。

テーマは、「
憲法の全体像をおさえよう-活憲の視点で」。
講師は私が担当しました。


Dscn4871
 講義終了後の
 討論グループのひとつ。

 笑いがたえません。




講義の概要は、以下のような感じです。



一。活憲の視点で憲法を読むとは?
 
1。伊藤千尋『活憲の時代』(シネ・フロント社)より
  
◇憲法の冊子を買ったベネズエラのお母さん
   
「憲法を知らないで、どうやってたたかえというのか。憲法を
   知らずに、どうやって生きていくのか」
  
◇大統領を憲法違反で訴えたコスタリカの大学生
   
「コスタリカでは小学生でさえ憲法違反の訴訟をしている。
   大学生が憲法違反の訴訟をして何が不思議なの」

 
2。憲法の読み方は、人それぞれでいい
  
◇その人のおかれた環境や立場によって、条文や言葉の重みに
   色合いがつく
   
*こだわりの条文をつくる(ソラで人に語れるぐらいの)
   
*「この条文を必要としている人」へのイマジネーション

  
◇共通する点をおさえることも大事
   
*自己流であると同時に、先週の講義のような歴史的背景や
    骨組みをきちんとつかむ



二。憲法の全体像をつかまえる
 
1。「最高法規」は憲法の自己紹介
  
◇長久独自の読み方の紹介

 
2。第三章「国民の権利および義務」が憲法の柱
  
◇日本国憲法の人間観

 
3。選挙が近いので…主権者としての憲法の読み方も





以上。



参加者には、コスタリカの話が印象深かったようです。
何人かの感想です。


「憲法講座はやっぱりおもしろいと思いました。
おもしろいというのは、読めば読むほど中身が
深くて、よく出来ているということです。コスタリカ
の人たちが、日常的に憲法を生かしていること
は初めて知りました。日本は、憲法を日常的に
生かせる制度が必要だと思いました」

「世界(コスタリカやベネズエラ)の話は、ほんと
おどろきました。日本ではありえない事だと感じ
たし、コスタリカの小学生の話は、憲法を知らな
いとできないこと!はたして、日本の小学生、中
学生、高校生・・・社会人と、どれだけの人が憲
法を身近に感じて生活しているだろうか。今日の
話を聞いて、まず、憲法に興味を持ち、学びた
い!と感じました」

「憲法っておもしろいんだと思いました。読み方に
よって、見方によって、おもしろい。憲法ってすご
いな~」

「憲法の条文1つ1つに興味がわいてきました。
大変おもしろいです」



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2008年10月17日 (金)

歴史のなかの日本国憲法

きのう(16日)は、76期岡山労働学校の
第2講義「
歴史のなかの日本国憲法」がありました。
講師は、労働学校の常連講師である、
元高校世界史教諭の徳方宏治さんでした。


Dscn4862

 参加はまたも
 イマイチの13名。

 来週こそは…!





が、講義はやっぱり面白かったです。
世界史の授業のようで。

徳方さんは、
憲法の世界史的骨組みを歴史にそって
説明され、権力者をしばるものが憲法の本質
ということがわかりやすく理解できました。

また、この憲法は、アメリカ占領軍によって
草案がつくられたことは事実だが、
その背景に日本国民の脈々と受けつがれてきた
たたかいや思想の歴史、また戦後直後には
「憲法研究会」による憲法草案要綱などがあり、
単純にアメリカがつくったものとは言えない、
ということが説明されました。

また、9条の世界史的背景にもふれられ、
カントの「永遠平和のために」や、
9条につながる日本の平和思想の流れなども
強調され、参加者はあらためて日本国憲法の
奥深さにふれることができました。


以下、参加者の感想をいくつか。


「基本的人権の本質ということで憲法の
歴史や成り立ちを学んだ中で、いきなり
出来るものではなく歴史の流れや様々
な人の想いの中から生まれてきたもの
なのだと思いました。大切なものを守り
つづけるために何をしたらよいのだろう
と考えた」

「憲法は、長い歴史の中のたくさんの人
民の闘いから、うまれてきたということを
学びました。『憲法9条の思想水脈』は、
ぜひ読んでみたいです」

「高校の時、世界史を必死に勉強しまし
たが、今回、憲法の流れという視点で
学ぶことができたため、新鮮な感動を
覚えるとともに、偉大な先人たちに感謝
したい」





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2008年10月 9日 (木)

まずは読もう、ということで

今日(9日)は、76期岡山労働学校の第1講義。
「まずはみんなで考えよう-私はこの条文に注目!」
でした。参加はイマイチの14名でした。
みなさんあれこれの都合があったようであります。

今日は講義形式ではなく、
私の大事だと思う条文や、これは!と思う条文を
選んでもらって模造紙にペタペタはり、
みんなであーだこーだと話をしようという回でした。
最後にグループごとに発表をしました。

なかなか白熱トークだったグループもあったようで、
それぞれ憲法への思いが出た討論だったと思います。


Dscn4836
 これは
 みんなうつむいて
 書いている写真
 ですが、
 もっと楽しく活発
 だったんですよ。




後半は自己紹介交流をして、
今期もみなさんなごやかに打ち解けた
ようであります。
今後が楽しみです。




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2008年10月 3日 (金)

憲法9条が世界を変える

きのう(2日)は、76期岡山労働学校「活憲教室」
入学式があり、45名が参加しました。

記念講演は、東京からわざわざ来岡された、
かもがわ出版東京オフィス所長の松竹伸幸さん。

「憲法9条が世界を変える」というテーマで、
90分にわたり、お話をいただきました。


Dscn4830

 松竹さん。

 非常に
 理路整然と
 お話をされます。
 すごいです。





Dscn4833
 なんとか40名は
 こしました。
 青年比率は半分ぐらい。

 広島からわざわざ
 この講演のために
 こられた方も!


松竹さんは、
「憲法を守ろうと語っていくには、自分の体験や
考えにもとづいて、自分の言葉で語っていくことが大事」
と切り出されたあと、

「憲法9条は理想だから守らねばならない、という考え方も
あるし、そうだと思うが、今日の話は、憲法9条が今現実に
果たしている役割や、力をもっていることを、3つの問題で
紹介していきたい」と述べられ、

1、人の命を奪う武器を規制している
2、対テロ戦争を終結させる力をもつ 
3、国連の平和ルールを現実化する力もある

という側面から、具体的な資料にもとづきながら、
非常にリアルに、説得力のあるお話をしていただきました。

小型武器の規制問題で日本が果たした役割や、
アフガンの武装解除で力を発揮した伊勢崎賢治さんのお話、
紛争地をはじめ、国際社会で9条が求められている問題など、
参加者は、初めて聞く話も多く、
大きな刺激を受けたようでありました。


以下、何人かの感想を紹介します。


「『日本人は好戦性がないことが、9条のつくりだした体臭
である』という伊勢崎さんの言葉がスゴイと思いました。
和平の道の中でイニシアチブをとれる要が日本であることを
再認識するとともに、自身の問題意識を強くした」

「自分の中では9条は大切だし守っていきたいという強い
想いは持っているのだけど、その意味や世界の中での
9条を持つ日本の役割など、どうして必要なのかという所を
自分の中でおとし切れてなかった様に思います。
 でも、日本が、日本人が戦火の中で和解や支援に役に
立てていることが知れてうれしく思いました。9条を守る国、
9条を世界平和に活かせる国に日本がなることの第1歩は、
まず、私たちひとりひとりが自分で判断し、自分で行動できる
ために、本当のことをきちんと学び、そういう力をつけていく
事が世界平和のための小さな確実な力になれることかなと
思います。とても勉強になりました」

「今まで聞いたことのない9条の威力を具体的な中味を聞か
せていただき、とても感動しました。何としても9条を広げ
守りたいと思います。世界平和のために」

「松竹さんの講演はとてもわかりやすかったです。改めて、
9条の大きさなどを知ることができて良かったけど、まだまだ
憲法について、9条について勉強不足だなと感じました。
だけど、今回の松竹さんの講演がとてもよかったです」

「今まで9条の学習というと、過去の戦争体験の悲惨さや
追体験を学び、感じる事から平和の尊さを追求、目指す
目的でしたが、今日のお話は、実際に9条が役割を果たし
てきた事実を知ることができ、相手に話す上でもその一つ
一つが、すごい発見であり、伝わるものではと感じました。
自ら学ぶ分野が増えた気がしました」

「憲法9条の輝く魅力に世界が注目し、日本は身近すぎて
気づいていないのだと思った。夢ではなく、本当に現実に
力を持っているということを、いろんなお話のなかで感じた。
9条はキラキラ光ってる! 世界の平和さえも担保する
9条の力に感謝。9条を守り、生かすことを通じて、やっぱり
やっぱりその恩返しにつなげていきたい」

「9条のもつ力を感じた。世界に誇れる、素晴らしいものだと
思った。軍事力ではなく、9条を活かしていくことで世界は
変わるんだと思った」

「9条は素晴らしいという言い方ではなく、世界の平和の
ために何が必要で、求められているかという点で、大変
勉強になる内容でした」



講演のあとの質疑応答でも、
いろいろ面白い、しかし難しい質問でしたが、
松竹さんは非常にわかりやすく答えられて
いて、さすがと思いました。

その後、労働学校の受講の訴えがSくんからあり、
なかなかホンワカした訴えで、これも評判でした。
が、今期は、なかなか運営委員会の体制も弱く。
募集も苦戦していて、通し受講生は現在20名です。

しかし、「活憲教室」の入学式にふさわしい、
すばらしい内容の講演で、
これからの学びに弾みがついたと
思います。本もたくさん売れました。

松竹さんありがとうございました。


受講生は終了後、有志で“なごみ”(喫茶店交流)へ。
私は、松竹さんのご接待(笑)で近くの居酒屋へ。
これまた有意義な時間となりました。
ありがとうございました。





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2008年9月 9日 (火)

76期は活憲教室

第76期岡山労働学校が、
10月2日(木)から開校します!

今期のテーマはすばり、「
活憲教室」。
チラシにある説明文はこうです。

「憲法は、守っているだけでは、その理念から
かけはなれた『日本社会の現実』を変えること
はできません。
 憲法の理念の豊かさを学び、それを日々の
仕事や生活で活かすこと、つまり『活憲』の立
場こそ、目の前の『現実』を変える力になります。
 76期の労働学校で一緒に学びましょう!」

目玉の、入学式記念講演は、
かもがわ出版東京オフィス所長の、
松竹伸幸さん
が、
憲法9条が世界を変える」というテーマで
お話をしていただきます。
みなさん、これは絶対聞き逃せませんsign03

チラシに書いた呼びかけ文です。

「世界では、9条があるからこそ助かっている
命があります。9条に希望を託している人びと
がいます。
 国際政治研究者の松竹さんが、現実の世
界で憲法9条が果たしている役割、活躍ぶり、
そして9条の無限の可能性について、熱く語
りかけます」


では、今期のカリキュラムですtulip


【 第76期岡山労働学校 『活憲教室』 カリキュラム 】


① 10/ 2(木) 記念講演「憲法9条が世界を変える」
            /松竹伸幸(かもがわ出版東京オフィス所長)

10/ 9(木) 第1講義「まずはみんなで考えよう-
                   私はこの条文に注目!」/講師なし

10/16(木) 第2講義「歴史のなかの日本国憲法-97条の意味」
                            /徳方宏治(元高校教諭)

10/23(木) 第3講義「憲法の全体像をおさえよう-活憲の視点で」
                        /長久啓太(県学習協事務局長)

10/25(土) ふれあいコンパ(実費)

⑥ 10/30(木) 第4講義「命の格差とたたかう-25条を活かす」
                     /米田信敏(医療ソーシャルワーカー)

⑦ 11/ 6(木) 第5講義「24条の成り立ちと意味
                   -男女平等の課題を考える」/講師未定

⑧ 11/13(木) 第6講義「人間らしく働くために
        -27条・28条をかかげて」/岩本陽輔(県医労連書記次長)

⑨ 11/22(土) 全国学習交流集会in倉敷「憲法どおりの日本をつくろう」
                       /石川康宏(神戸女学院大学教授)

⑩ 11/23(日) 全国学習交流集会in倉敷
                       「分科会」&「オプショナル学習会」

⑪ 11/24(月) 全国学習交流集会in倉敷「生きる力、学ぶ喜び」
                       /藤野高明(元盲学校社会科教諭)

⑫ 11/27(木) 第7講義「私たちにできること-不断の努力を考える」
                                     /講師なし


⑬ 11/29(土) 修了式&修了コンパ



倉敷の全国集会もカリキュラムに入れました。
集会のテーマの柱のひとつは
「憲法どおりの日本をつくる」というものですので、
『活憲教室』にピッタリです!



banana募集要項bananaは、以下。

期間:08.10.2(木)~11.29(土)
    基本時間:18:30~21:00(終了後有志参加で「なごみ」)

会場:岡山市勤労者福祉センター(岡山市春日町5-6)
    <全国集会は別会場>

受講料:8,000円
     (県学習協会員6,500円、学生3,000円…全国集会は別途実費)
     
単発参加は1回1,500円〔学生600円〕
     入学式と全国集会は1回1,000円

修了資格:全13回のうち、8回以上の出席の方に修了証書をお渡しします






募集はよちよちとスタートを
きったばかりで、これから
一気に押し出しが必要です。

ぜひ、ご参加くださいcherry





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2008年7月14日 (月)

75期修了式

土曜日(12日)は、75期岡山労働学校
修了式&修了コンパがありました。

岡山労働学校では、受講生や運営委員が
労働学校での学びや交流をふりかえり、発表し、
おたがいの思いや成長を確認しあうという
すばらしい伝統が続いています(修了冊子もつくる)。

Img_2002
 この日集まったのは
 18名。

 一人ひとりが、
 労働学校に参加してみて、
 今期学んだことについて
 発表をします。



Img_2003
 毎期、この修了発表は
 それぞれの口から
 労働学校が語られ、
 とても感動的なのであります。

 やっぱり貴重な場なんだと、
 再確認できます。


今期は、若い初受講生が目立ったこともあり、
とても新鮮な雰囲気で2か月ちょっとの
労働学校を過ごすことができたように思います。

そして、その初受講生たちが、
「来期もまた受講したい」ということを
語ってくれるのですから、
こんなに嬉しいことはないのであります。

特に今期は、バラエティー豊かな講師陣が、
それぞれの生き方や考え方、社会問題について
語っていただき、とても刺激いっぱいの
教室になったと思います。

Img_2005
 13回のカリキュラム中、
 8回以上出席の人には、
 修了証書が手渡されました。

 おつかれさま!



Img_2009
 そして、19時からは
 修了コンパに。

 軽食をかこみながら、
 暑中見舞いハガキ交換、
 労働学校クイズなどの
 ゲームで盛り上がり
 ました!



修了コンパ2次会も近くの居酒屋で
行われ、引き続き14名が参加。
わいわいと交流したのであります。

75期岡山労働学校に
参加されたみなさん、
本当におつかれさまでした。
ありがとうございました。


76期岡山労働学校は、
10月はじめに開校予定です。





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2008年7月11日 (金)

いのち輝く社会に

きのう(10日)は、75期岡山労働学校の第9講義、
ついに最終講義となりました。参加は18名でした。

講師は岡山市議の崎本敏子さん。

「いのち輝く社会に」というテーマで、
最終講義にふさわしいお話をしていただけました!


Img_1999 Img_2001






12年間の看護師経験をもち、
21年間、市議会議員として奮闘されてきた
崎本さんの、情熱と人間性あふれるお話でした。

崎本さんは、なぜ自分が看護師になろうと思ったのか、
公害患者さんの苦悩をまのあたりにされた話、
看護学生のとき、実習で社会の矛盾を痛切に感じた
経験などを、まずお話いただきました。

そして、12年間の臨床経験で一番得たものは、
「いのちは何より大切」ということ。
しかし、そのあたり前のことが脅かされている
現実について、薬害問題、お金がないと病院にかかれない、
後期高齢者医療制度などを例に、
崎本さんの経験などもふまえ、わかりやすく語られました。
「Hさんの死」の話が、強烈に印象に残りました。

また崎本さんは、「2・8(ニッパチ)闘争」の話を
紹介され、看護師のたたかいの歴史について語られ、
「あきらめないかぎり、自分の社会も変えられる」と
強調されました。

さいごに、
「今は市議会議員だけれど、私はずっと看護師だと
思っている。ナイチンゲールは患者の生命力の消耗を
最小限にするために環境をととのえることを強調した。
私は、患者さん、市民の命を守るために、議員という
立場で、看護師として働かせてもらっている」という
ことを語られました。


とても感動的な講義でありました。
崎本さんのお話は、いつも背筋が伸びます。


あと、崎本さんは、『夜明けがくる』という
ニッパチ闘争の本を紹介されたのですが、
私もずっと「ニッパチ」をもっと詳しく勉強したいと
思って本を探していたので、「おお!」と思い、
さっそく「日本の古本屋」で検索したら、2冊だけ
ありました!(幸運) さっそく注文しました。

ちなみに、崎本さんの
ブログはこちら→ 
崎本とし子blog
私も毎日みています。



【受講生の感想】

「議員の人生をおくっている、そのよりどころと
して『看護師』がある、ということが感動しました」

「今日、しんどくて労働学校に来るか迷ったけど、
来てよかったと思いました。『あきらめないかぎり、
自分の社会も変えられる』という崎本さんの言葉
がすごく胸にひびきました」

「良いお話が聞けたと思います。今まで学んできた
ことについて、良いまとめになりました。グループ
討論で、さらに深い学びができました。言葉では
うまく表せませんが、労働学校ならではの良い勉
強ができました」

「先輩看護師の話を聞くことが出来てためになり
ました。誰かのためにというすごいポジティブな
思考で議員になり働いているすごい人だなと思い
ました。『お金がないと病院にかかれない』そんな
現代の状況は絶対におかしい!! 命を守るの
が国の責任であるべきだと思う」




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2008年7月 4日 (金)

難しくて刺激的?

きのう(3日)は、75期岡山労働学校の第8講義。
いよいよ大詰めになってきましたが、
テーマは
「知るを楽しむ-本屋さんが語る、読書のススメ」
新岡山書籍の相木孝治さんが講師でした。
参加は久しぶりに回復し、18名でした。

Img_1927 Img_1931










講義は、相木さんの法学部時代の
憲法解釈をめぐっての学びの経験から始まりました。

そして、ヘーゲルの弁証法の概念や、
史的唯物論の基本となる命題が
黒板をめいっぱい使いながら説明がされました。
(レジュメもすごかったけど)

初心者には少し難しく感じられた
講義だったかもしれませんが、
「これをわかりたい。わかったらすごいかも」という
意欲を引き出していただいた講義でもあったようです。

人間の本質は・・・(マルクス)というような話も
面白かったのではないでしょうか。


【受講生の感想文】

「分かりにくい難しい部分もあったが、でも
何となく分かる。動いていく社会。物をみる、
気づく、ことの大切さ。うーん、勉強は大切だ」

「刺激的な講義でした。普段なんとなく考え
てることを、たまにはじっくりゆっくり考えて
みるのって必要だな、と思いました」

「とても難しい話に感じました。分からない
単語が多くて、なかなか話についていけま
せんでした。しかし諦めません。いつの日か
理解できるようになるため、これからも色々
な本を読んで自分の知らない世界にチャレ
ンジしていきます」

「刺激的でおもしろい講義でした。頭の中が
整理できたという感じ。・・・有論、本質論、
概念論のところもよくわかって興味深かった
です。理論的な学習必要だなぁとひしひしと
感じました!」




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2008年6月27日 (金)

知って使おう労働者の権利

きのう(26日)は、75期岡山労働学校
第6講義がありました。
なんと参加は9名!(涙)
きのうは、青年劇場の「族譜」というお芝居が
同時刻に岡山市民会館であり、
そちらに何人か流れたもようであります。
それにしても少なかったので、残念。

テーマは
「いまこそユニオン-労働組合の底ヂカラ」
ということで、
県労会議事務局次長で学習協会長の
伊原潔さんが講師でした。


Img_1869

 プロジェクターを
 つかって説明する
 伊原さん。



労働相談の事例などを
紹介されながら、
労働者の権利、労働組合の力、
職場でこんな問題がおきたとき、
今の労働者が置かれている実態、
などなど、非常に具体的なお話でした。

一人でも入ることのできる
ローカルユニオンのことも紹介され、
「たたかう人生も面白い」と語られました。

リアルな事例が印象的なお話でした。


講義終了後のグループ討論では、
「前に働いてた職場では・・・」
「いまのバイト先でこんなことが・・・」という
話もだされ、盛り上がりました。


【受講生の感想】

「週1日でも6ヶ月働いたら年次有給休暇が1日つく
ことにびっくりしました。2年間は記録をとっていたら
残業代は出るのかと驚きました。パートやアルバイト
でも一般労働者の3/4以上の勤務時間があれば
社会保険に入れることも発見でした」

「そういえば・・・就活中に『面接で給料のことは聞い
てはいけない』と教わりましたが、働く人の権利に
ついては全然知らされていませんでした。不当なこ
とに気づける労働者をつくりたくない思惑がはたら
いている気が・・・権利を使うためにも、しっかり知っ
ておかなければ、と思いました。自分の会社の就業
規則を改めてチェックしようと思います。どきどき…」




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2008年6月20日 (金)

サービスではなく人権

きのう(19日)は、75期岡山労働学校
第6講義。
「公共サービスがあぶない!-雇用破壊と民営化の先に」
というテーマでした。参加は16名。


Img_1855

 講師は、岡山高教組書記長の
 藤原真さん。
 藤原先生も、労働学校の
 常連講師となっています。


 藤原さんは最初に、「最近はまっていること」として、
広島カープについて熱く語られました(笑)。
カープを好きになった経緯や理由が語られ、
プロ野球で唯一の市民球団、広島市が運営する
公共の球団なんだ、というところから、話を始められました。

郵政民営化から2年、何が変わったか・・・。
民営化のうたい文句「小さな政府、小さな自治体」。
民間でできることは民間で。「構造改革」と「規制緩和」。
など、最初に民営化の理由や根拠を検証されました。

また、民営化は企業にとってのビジネスチャンス、
「パブリックビジネス」として位置づけられ、
「構造改革特区」「指定管理者制度」「PFI」「市場化テスト」などの
方法を用いて、どんどんと民営化が
進められていることが、医療や保育、奨学金などを例に
具体的に説明されました。

民営化の「影」は、本当にさまざまな形で
噴出していきているということを、
郵便、保育、耐震偽装、仙台プール屋根落下事件、
学校給食などの例をあげながら語られました。

そして、民営化の最後の市場?~「鉱脈は学校運営にあり」
として、いま公教育が変質してきている問題をあげられ、
じっさい藤原先生が現場で聞かされた言葉として、
「授業はサービス、生徒保護者はお客様」ということがあり、
入学してからは生徒は「商品」として、扱われようとしている
実態が語られました。

教職員評価制度や、学校の統廃合、
臨時教職員のワーキングプア、
リクルート出身校長の話や、
全国一斉学力テストの問題が説明されました。

さいごに、誰のための民営化か、ということが
強調され、憲法で保障された基本的人権を
担うのが公務の役割であり、
教育もサービスではなく、すべての人に保障される
基本的人権のひとつなどだ、ということが
強調されました。

いつものように、
おもしろく、とてもわかりやすいお話でした!


Img_1859

 班討論の様子。





【受講生の感想】

「今日の民営化の話は納得いく話が多かった。
正直、郵政民営化『言ってたとおりになってる
じゃん』と思っていたから、聞きに来てよかった。
民営化があんなにもたくさんあることも知らな
かった」

「『民営化』よく聞くことば。保育園もその話題で
いっぱいです。あらためて、じっくり話をきけて
よかったです」

「民営化は、住民にとって全く利益がない。もう
けるのは企業ばかり・・・。公教育は守らねば…
高教組ガンバッテ下さい。自治体労働者もガン
バレ!」

「教育と福祉に国は力を入れるべきだと思う。
民営化してもいいものと、してはいけないものを
ちゃんと区別しないといけない。少子化、少子
化と言うまえに基盤をしっかりしないと意味が
ないと思う」



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2008年6月13日 (金)

『貧困』がある!

きのう(12日)は、75期岡山労働学校
第5講義
「日本には、『貧困』がある!-私たちにできること」
があり、14名が参加しました(だんだん減っている)。

講師は、われらが(笑)早島町議、
須増伸子さんでした。労働学校では常連講師です。

Img_1811
 ぼくが民青に入った
 とき(18歳)に、専従で
 県委員長をされていました。

 とっても明るい人です。
 元看護師さんです。

須増さんは、
ワーキングプアや、生活保護の実態などを
詳しく紹介されながら、
「人間らしい生活」とは、ということをお話されました。

また、現在日本で貧困と格差が
広がってきた背景についても、
ていねいに説明をされました。

さいごに、雨宮かりんさんの言葉を紹介されたり、
なぜいま『蟹工船』か、ということを話をされました。
9月にある早島町長選挙についても語られ、
「ぜひ応援してね」と結ばれました(笑)。

相変わらず、話がとてもわかりやすく、
ソフトな語り口なので、
参加者にもとても好評でありました。

Img_1814


 グループ討論の様子。





【参加者の感想】

「え!そうだったの?と知らなかった情報も
たくさんあり、深く、そして楽しさも忘れず学
習できました。ありがとうございました!」

「ヨーロッパの様子を聞いて、『すごいなぁ』
と思いました。日本も見習って欲しいです」

「自分の体験を思い出します。給料が入っ
た数日後には、使えるお金は2万円とか。
そこから食費や交際費をださないといけない」

「新しい視点からのお話を聞けて勉強になり
ました。格差がなくなる社会になったらいい
なぁと思いました」

「大企業だけがお金を貯め込んで、世間に
まわっていないのが問題だと思います」



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2008年6月 5日 (木)

すごいたたかいダ!

今日(5日)は、75期岡山労働学校の第4講義。
参加は16名でした。講義がすごく良かっただけに残念・・・。

テーマは、
「社会と生き方、自分づくり②-学ぶこととの出会い」
ということで、
講師は江草ケイ子さん(新婦人岡山県本部会長)でした。


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江草さんは、
山陽放送に1963年にアナウンサーとして入社。
そのときの職場の状況や、
会社の異常な社員教育(組合攻撃、アカ攻撃)、
そして労働組合との出会いについて語りました。

山陽放送の異常な弾圧やイジメ、人権侵害は、
若い受講生にとって、信じられないようなことばかり。
しかし、実際に江草さんの経験されてきた
事実は、非常にリアルで説得的なものでした。

江草さんは、学習運動に誘われるままに参加するなかで、
目からウロコの体験の連続だったことを話し、
また組合の先輩方の人間性にふれるなかで、
「私はしゃべる機会になりたかったわけではない。
人間性や社会の真実を報道する自分の生き方を
つらぬくために、組合に入ろう」と決意。

そして、山陽放送の労働組合に加入。
しかし、会社は江草さんにたいし、
アナウンサー部からの、見せしめ的な配置転換を行いました。
他にも、労働組合活動家への狙い撃ち的な攻撃は続き、
しかも山陽放送は「弾圧のデパート」と呼ばれるような
異常な攻撃がくりひろげられたことをリアルに話されました。

しかし、けっして筋をまげなかった江草さん。
「その根底には、とことん学習活動を重視した
労働組合での学びがあった」と話されました。

また、これは自分たち山陽放送だけの問題だけではなく、
日米の支配層が文化・マスコミを右傾化しようと
激しい攻撃をかけてくるなかでのたたかいなのだということを
学習の中からつかんでいったことも紹介されました。

基礎的な学習をキチンとしてきた
人たちは、どんな困難や苦労や失敗があっても、
その中から必ず前進につながるものを見て、
そのことを過小評価せず、決してあきらめない、
ということも力説されました。



他にも、貴重なお話がたくさん聞けたのですが、
全部は紹介しきれないほどです。

受講生は、“あの”山陽放送の異常な弾圧攻撃や、
それに屈せず自分の生き方を貫き、
凛として歩んできた江草さんのお話を、
吸い込まれるように、聞いていました。

「まるで映画を1本みたかのような話でした」という
運営委員の言葉が印象的でした。

私たちの大先輩方のたたかいの歴史は、
ほんとうに貴重なものであり、
いま困難にぶつかっている若者を励ますものです。

もっと多くの若い人に、
聞いてもらいたい話でした。
やっぱり闘いの歴史はすごい!



【受講生の感想】

「今日の江草さんの講義を聞くまで、こんな
社員教育があったなんて知りませんでした。
すごい、むちゃくちゃだなと感じました」

「とても共感をもってお話を聴くことができま
した。色々なことを感じ、思い出すことができ
ました。『自分らしく生きたい!』という思いを
守り続けることはたやすいことではありませ
んが、それが生きるということなんじゃないか
な?と思う」

「いつお会いしてもキラキラ元気な江草さん。
今日のお話でその元気の理由が少し分かり
ました。もっとお話を聞きたいです。自伝を
書いてほしい!」



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2008年6月 2日 (月)

盛り上がる ふれコン

土曜日(31日)は、75期岡山労働学校の
交流企画「
ふれあいコンパ」。
略して「ふれコン」。
今期はじめての交流企画であります。

1次会のラガーには、19名が参加。

Img_1786

 縦長の
 個室でありました。

 みなさん、かなり
 楽しそうでした。

 しりとり自己紹介も
 盛り上がりました。


Img_1789
 このお二人は、かなり陽気に。
 つーか、飲みすぎでないのぉ?


私も若い人と楽しくお話ができて、
とってもよかったです。

ちと飲みすぎて、日曜は頭が少し痛くなりました…。
先週はまったくお酒を飲んでいなかったので、
肝臓がびっくりしたかもしれません。

2次会にも17名が参加し、
とにかく、しゃべる食べるさわぐ。

11時20分頃にはお開きとなりました。
参加されたみなさん、おつかれさまでした。



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2008年5月30日 (金)

圧巻のお話

きのう(29日)は、75期岡山労働学校の第3講義。
参加は17名と、また少なくなってしまいました。

が、講義内容は期待通り、
圧巻のお話でした。

テーマは
「社会と生き方、自分づくり①-生きがいを求め続けて」
講師は、DCI岡山セクション代表の三宅良子さん。

埼玉で高校の国語教員として働かれながら、
組合運動、男女平等を求める課題の追求、
子どもの権利条約、ジェンダー問題についてなど、
幅広く活動されていました。
現在は岡山に在住しながらも、
多方面に、パワフルに活動されている方です。

Img_1785_2 Img_1784








埼高教の委員長、全教の副議長も歴任されている、
すごい方なのであります。

で、きのうの講義も、
戦前戦後の自分史から、男女同権を求める活動、
ジェンダー論、生きがいとは、などなど、
配ったレジュメにほとんど目をとおさず、
すばらしい勢いで語られました。

これだけ縦横無尽に話ができる人は、
なかなかおりません。感服します。
また、内容も、青年向けの非常にわかりやすい、
そして背中を押してくれる内容で、大好評でした。

「決められたレールの上を進む生き方ではなく、
おかしいことには断固おかしいと言える生き方を。
そして、自分の人生を自分で切り拓くこと、課題を
追い続けることこそが、生きがいにつながる」
というエールを送られました。

また、後期高齢者医療制度など、現在の社会状況にふれ、
「ほんとうに腹が立つことばかり、こんな世の中の
まま私は死ぬことはできない。120歳まで生きるつもり」
と述べ、そのあふれ出るパワーは、受講生におおいに
刺激を与えたのでありました。



受講生の感想

「三宅さんみたいに年を重ねてゆきたいと
思っています。元気が出ました!」

「三宅さんの、自分たちが主体になって変え
ていくんだ、そのことに年齢は関係ないんだ、
という生き方には、あらためて楽しい思いを
させられました。久々に、おいしい空気をすっ
た気分」

「楽しく、胸がすっきりするようなお話でした。
今の日本、普通のことが受け入れられない
社会ですが、みんなが生きていける世の中
にしたいです。自分のカラを破って頑張らねば!」

「『生きがいを社会進歩に』という目標を持ち、
29年前に民主運動に加わりました。昨年11月
に7年半のブランクの後、再び、生きがいを見
つけたくて、民主運動に復帰しました。今日の
話は自分の人生を振り返る事もでき、非常に
いい話でした。やっぱり労働学校に入って良かっ
たです」

「戦前、戦後の話を大変興味深く聞かせて頂き
ました。特に、戦後直後から10数年間の状況
は、よく知らなかったので、おもしろかったです。
学校内での民主主義の討論は、今の時代でも
あるべきです」

「『女らしいとはこう!』『男らしいとはこう!』と
ガチガチに決められた社会は、女性にとっても
男性にとっても生き難いと思います。『変だっ』
『嫌だっ』と思うことにはぶつかっていこう、と思
えた元気のでるお話でした」




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2008年5月23日 (金)

人間らしい苦痛とは

きのう(22日)は、
75期岡山労働学校の第2講義でした。

テーマは、
「コペル君の苦しみ-人間だけが感じる、人間らしい苦痛」
ということで、私が講師を担当しました。

参加は22名と持ち直しましたup
単発での初参加も3名あり、
かなり活気diamondがありました。

Img_1774

 講義終了後の
 グループ討論の
 様子。

 ワイワイでした。



講義は、『君たちはどう生きるか』の6章・7章を
中心に、コペル君の経験をたどりながら、
「人間だけが感じる、人間らしい苦痛とは」
「痛みが教えてくれること」
「誤りから立ち直ることができるのが、人間だ」
などについて考えていきました。

ちょっと、受け取られ方に“狭さ”があった
ところもあり、説明不足を反省しました。


終了後の「なごみ」(21時~。喫茶店交流のこと)
にも17名が残って参加。
いろいろ感動的なお話も聞けた(私個人にとってですが)
交流となりました。
しあわせな夜でした。



講義の感想をいくつか。


「コペル君の体験談をきいていると、自分も
同じ体験があったなと思い返したりしました。
後悔した後に、様々な事を学んでも、次に
同じ過ちをやってしまうと、くやしく感じること
も多々ありますねぇ。
 でも、自分がくやしいとか、悲しいことを感
じたり、少し経った後でも気づけることって、
今日話を聞いているなかで、大切だなって
感じます。この本を読みたいと思いました」

「後悔から学ばなければ自身が前に進まな
いなと本当に思いました」

「人間は弱い部分があるから辛いことや後悔
することはたくさんあるけど、それと向きあえ
るのは、人間がもっている強さだな、と思いま
した」




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2008年5月16日 (金)

コペル君のへんな経験

きのう(15日)は、75期岡山労働学校
第1講義があり、17名が参加しました。
残念ながら人数は少なかったのですが、
まったく新しい人が単発参加で来てくれたりしましたhappy01

講義は
「コペル君のへんな経験-ものの見方の大転換」
ということで、
私が担当しました(今期はあと第2講義のみ担当します)。

『君たちはどう生きるか』の第1章と3章を中心に、
コペル君のものの見方の大転換をつうじて、
社会科学の初歩の初歩を学びました。

*なぜラッシュがおきるのか?
 職場(生産手段)と働く人が離れている。自宅では働けない。
 みんな、朝、「生産手段のもとに出勤」するから。
 それが労働者の特徴。生産手段をもっていない。

*自分中心のものの見方からを変えてみること
 社会的視野、社会的役割から、自分をとらえなおす

*どんなモノやサービスでも、背景には無数の人びとの労働がある
 コペル君の発見した「粉ミルクの秘密」
 「おにぎり」=米の価格は今?
  →生産者価格はペットボトル1本90円台。水より安い。
 チョコレート(カカオ豆)は「どこで、誰が、どのように」つくっているか?
  →西アフリカ。児童の奴隷的な強制労働。
 携帯電話は?→多くの派遣労働者などが関わっている
 モノの背景にある、人びとのつながり、働き方、生活を想像する力を

*資本主義社会が、人間らしい関係にならない理由
 無数のつながりをつくりあげたが、それは、商品やサービスの
 「売買」という形でつながれ、つくられている。
 「売る」「買う」ことが第1の目的になる生産関係。


てな話をおりまぜながら、してみました。


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 講義終了後の
 グループ討論の様子。





受講生の感想。

「コペル君のものの見方は、やっぱり面白い
なあと再認識しました。僕も、同じようなこと
をたまに考えます。ちょっと違うけど。
 チョコレートの話は、深く考えさせられまし
た。本当に幸福な社会とは、一体どんなもの
だろうと、今の自分の生き方に少し疑問を
感じました」

「今日の講義は楽しかった。あんな風に社会
を見た事なかったんで、役に立ちました。
…いつも『独りだ』とヒクツになることがあるの
で、『私も大勢の人に支えられている」という
何かプラスのイメージが湧きました。聞いてよ
かったです」

「『本当に人間らしい関係』ってどんなものだろ
う。個人対個人のレベルではよく考えるけど、
もっと広げて考えてみたいなと思いました。
 うちの会社で毎日作られている商品はどこ
にいっているのかなー」




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2008年5月 9日 (金)

75期がスタートぉぉ

きのう(8日)は、
75期岡山労働学校「社会と生き方を考える教室」
の入学式でした。

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 きのうの
 入学式のようす。

 参加は26名でした。


現在、受講生は26名、+運営委員4名の計30名。
今後、もう少し増えそうですので、
目標の受講生30名も不可能ではありません!
前期の受講生数より前進しました!

しかも、今期は現在のところ
9名の初受講生(うち20代が8名)がいて、
かなりフレッシュなメンバー構成となっています。
きのうは「はじめまして」の会話があちこちで
かわされる、新鮮な入学式になりました。

運営委員会の募集活動の奮闘の結果です。


さて、記念講演は、
岡山民俗学会名誉理事長の立石憲利さんが、
「人間らしさとコミュニケーション~民話をつうじて考える」
というテーマでお話をしていただきました。

Img_1748

 立石憲利さん。

 
 半世紀にわたり、
 全国各地で約7000もの
 民話を採録。

 岡山を中心に、全国各地で
 民話の語り部活動を
 精力的に行っています。


立石さんは、「桃太郎」などの昔話をおりまぜながら、
昔話を語り聞く親子の関係から、愛情と自立の問題、
また、肉声や息づかい、目と目をあわせて
コミュニケーションをとることの重要性を強調されました。

また、民話の採録に関しては、さまざまなエピソードを例に、
「相手との信頼関係をじっくりつくることが土台」と語られ、
信頼関係をつくるには、「相手の良いところを褒める」ことが
大切なことだと話されました。

労働学校については、さまざまな考え、経験、職場の
人たちが、さまざまにふれあいながら、学びあうことの
重要性を語られました。

立石さん独特の、やわらかく、ユーモアたっぷりの、
また奥深い内容の話しに、参加者は聞き入りました。


記念講演終了後は、
岡山労働学校恒例の「自己紹介交流ゲーム」で
盛り上がりました。

Img_1753
 どんな人でも
 なごやかに交流できる
 すぐれものの交流ゲーム。
 きのうも教室のあちこちで
 会話がはずみました。


立石さんの、入学式にふさわしいお話と、
交流ゲームで盛り上がり、
75期はとても良いスタートをきりました。

これから毎週木曜日+企画。
全13回のカリキュラム。楽しみです。



入学式の参加者の感想。


【記念講演について】

「昔話を通じて親と子が触れ合い、愛情を伝える
ことができるということに感激しました」

「とても楽しかったです。こんな世界も大切ですね☆」

「いい話を聞かせてもらって、父母のこと、祖父母のこと、
近所のおばあちゃんのこと、友達のこと、近所のお兄
ちゃんのことなど、いろんな人のことが思い出されました」

「人の目を見て話をするということは、今の若い人の
多くが苦手なことだと思った。1人ひとりがバラバラに
されているなかで、今、本当に相手のことを信頼できる
人間関係が必要だと思いました。それができる社会に
していなかいといけません」

「やはり、愛情のある中での他者とのコミュニケーション
がかかせないことなのだと改めて感じました。心を通わ
せることがその人のその人らしさを培うのだと思いまし
た。すてきなお話が聞けてよかったです」


【入学式の感想】

「自己紹介もあったり、楽しかった☆」

「なごやかな雰囲気で、これからの労働学校が
ますます楽しみになりました」

「自己紹介交流よかったです!」

「楽しくてよかったです」

「いい入学式でした」

「自己紹介交流が良かったです」



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2008年4月19日 (土)

プレ講演会

きのう(18日)晩、75期岡山労働学校の
プレ講演会が行われました。

講師は、1年ぶりの中田進さん(関西勤労協講師)。

「人間らしく、自分らしく-若者の現実と未来」というテーマで、
憲法、歴史、現在の日本と世界の情勢について、
文字通り、縦横無尽に語られました。


Img_1722
 参加はちょうど50名。
 満員御礼とはいきません
 でしたが、労働学校に
 来たことのまったくない人が
 10名ほど参加してくれ、
 新鮮な学習会となりました。

 最年少は18歳!



Img_1725
 講師の中田進さん。

 いつものように
 ユーモアたっぷりの
 お話でした。
 すごいなー。
 


1時間40分の講義のあと、
質疑応答、労働学校の宣伝をして、終了。

参加者から大好評の学習会となり、
労働学校への期待も一気に高まった
ように思います。本もたくさん売れました。
きのう受講を申し込まれた方も3名いました。

3週間後の開校にむけて、
募集もいよいよ山場をむかえます。
このプレ講演会を力にして、
労働学校の魅力を広げたいと思います。



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2008年4月 3日 (木)

75期まであとひと月!

75期岡山労働学校「社会と生き方を考える教室」が
5月8日(木)から開校します。

4月に入り、募集活動もピッチを
あげていこうという段階です。
今日からFAXニュースも出し始めました。
その名も、「春ウララ 学びの花を咲かせよう」。

75期の内容と、4月18日(金)のプレ講演会を
以下、ご紹介します。


【75期岡山労働学校プレ講演会present
*4月18日(金)18:30~
*講演「人間らしく、自分らしく-若者の現実と未来」
*講師:中田進さん(関西勤労者教育協会講師)
*会場:岡山市勤労者福祉センター4F
*参加費:1,000円(学生は400円)

 若者の働き方や、日本の社会と政治の
 おかしさをテンポ良くときあかします。

 抜群のわかりやすさとオモシロさで有名な
 中田さんの講演。今度こそ満員御礼fullを出したい。
 ぜひおこしください。


【75期岡山労働学校 『社会と生き方を考える教室』ribbon
① 5/ 8(木) 記念講演
  
「人間らしさとコミュニケーション-民話をつうじて考える」
              /立石憲利
(岡山民俗学会名誉理事長)


② 5/15(木)第1講義
  
「社会と生き方、自分づくり①-生きがいを求め続けて」
                
/三宅良子(DCI岡山セクション代表)


5/22(木)第2講義
  「コペル君のへんな経験-ものの見方の大転換」
                   /長久啓太(県学習協事務局長)


④ 5/29(木) 第3講義
  「コペル君の苦しみ-人間だけが感じる、人間らしい苦痛」
                                /長久啓太


⑤ 5/31(土) ふれあいコンパ


⑥ 6/ 5(木) 第4講義
  
「社会と生き方、自分づくり②-学ぶこととの出会い」
               
/江草ケイ子(新婦人岡山県本部会長)


⑦ 6/12(木) 第5講義
  「日本には『貧困』がある!-私たちにできること」
                         /須増伸子(早島町議)


⑧ 6/19(木) 第6講義
  「公共サービスがあぶない!-雇用破壊と民営化の先に」
                     /藤原真(岡山高教組書記長)


⑨ 6/22(日) 1日レクレーション(内容未定)


⑩ 6/26(木) 第7講義
  「いまこそ、ユニオン-労働組合の底ヂカラ」
                 /伊原潔(岡山県労会議事務局次長)


⑪ 7/ 3(木) 第8講義
  「知るを楽しむ-本屋さんが語る、読書のススメ」
                        /相木孝治(新岡山書籍)


⑫ 7/10(木) 第9講義
  「社会と生き方、自分づくり③-いのち輝く社会に」
                         /崎本敏子(岡山市議)


⑬ 7/12(土) 修了式&修了コンパ


期間:2008.5.8(木)~7.12(土)
*時間:
18:30~21:00(終了後有志参加で「なごみ」)
会場:岡山市勤労者福祉センター
受講料:10,000円(県学習協会員は8,000円、学生は4,000円)
    
単発参加は1回1,500円〔学生600円〕、入学式のみ1,000円


今期は、完全1話完結の入門的な教室です。
どれもオススメの講義ばかりsign03
ぜひご参加ください!




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2008年3月31日 (月)

運営委員会研修会

きのう(30日)は、75期岡山労働学校の
運営委員会研修会
をおこないました。

ほんとうは合宿にしたかったのですが、
やはり難しく、1日のみとなりました。

会場は、倉敷芸文館の和室。
午前中のみ借りて、840円という格安料金でした。

Img_1710
 ふだんとは違う場所で学ぶことで、
 集中力が増すのです。
 和室はなごむネェ。


内容
は、「学習運動と労働学校の役割と魅力」
ということで、1時間少々話をして、
その後感想交流をしました。

岡山県学習協の歴史と物語(1963年~現在)、
学習運動とはそもそもどんな運動か、
そのなかにおける労働学校の位置づけ、
労働学校運動の魅力と運営委員会の役割、
運営委員に求められる資質とは、

てな感じの内容でした。

ベテランの運営委員も、
初心者マークの運営委員も、
学習運動と労働学校のそもそも論を
きっちり確認することで、運動の目的や
自分たちの役割を自覚することができます。
感想交流を聞いていて、それを改めて感じました。

もっとひんぱんに、
そして対象も広げて、
こうした学習会をやって
いければと思います。


終了後は、倉敷で昼食をとりながら、
感想交流の続き。
「なぜ労働学校に来たのか」「運営委員になぜなったのか」
「労働学校の魅力や存在価値は」という質問が初運営委員から
なげかけられ、それぞれ思い出しながら、交流をしました。

やはり、初顔が入ると刺激と
緊張感が生まれてよいですなぁ。

4月の2つの企画と、
5月開校の労働学校の募集を成功させるために、
団結してガンバロー!rock




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2007年12月10日 (月)

74期労働学校の修了式

土曜日(8日)は、74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
修了式&修了コンパがあり、16名が参加しました。

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 2か月間にわたる労働学校
 でしたが、中身はたいへん好評で、
 受講生のみなさんから口々に
 語られる言葉は、とても感動的な
 ものでした。





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 一人ひとりが、3分~4分で
 今期の修了発表を行いました。

 こちらは
 運営委員長のN崎さん。 



「毎回楽しみにきていた。知ることが本当に
多かった。日本の戦争について知れば知る
ほど、今普通に送れているの生活が幸せな
ことなのだと気づく。『ハルモニからの宿題』
という本を読んだが、一人ひとりが何をした
らいいのか、深く考えさせられた。何かやら
なければと思った」

「入学式の女子大生の真剣に学んだことを
伝えようとする姿勢がいまでも印象に残って
いる。長年活動をしてきて、知っているつもり
だった日本の戦争について、まったく知らな
かったということがわかった。学び続けること
が大事だなと思う」

「一般のメディアでは知ることができないこと
を、この労働学校では知ることができる。戦
後何十年たっても、日本の社会はあまり変
わってないのではないか、とも思う」

「津山から通ってくるのはたいへんだったけ
ど、たいへん勉強になった。私は情報を出し
てばかりで、自分が学習していないと思った。
労働組合でも、若い人たちは、『なぜ労働組
合が平和活動をしなければいけないのか』と
いう疑問をもっている。しっかり語っていきた
い」

「教育の大事さをあらためて感じた。他の国
の人は、自分の国の歴史についてよく知って
いるけど、日本人は、日本が起こした戦争に
ついて、ほとんど知らないでいる。入学式の
学生の話には感動した。人の痛みのわかる
人になりたいし、そういう社会にしたい」

「今まで歴史は大嫌いだったけど、それが変
わった。暗記ものだった歴史の背景やつなが
りを知ればおもしろいことがわかった。知らな
いことがたくさんあって、興味関心をもつこと
の大切さを学んだ」

「みんなの成長が感じれた。私も負けないよ
うにがんばりたいと思った。岡山の戦争の
歴史も語り継いでいけるようにしたい」

(など、私のメモ書きより)

そして、修了発表のさいご、運営委員長の
N崎さんの話しは、感動的で、胸をうたれました。
以下メモより。

「私はまだ自分の思っていることを的確には話せ
ない。思い起せば2か月前、入学式の女子大生
の話しは、彼女たちの言葉で、熱く伝わってくる
もので、『私はどうなのか』とつきつけられた思い
がした。労働学校期間の生活は、家が遠いし、
帰りが遅くなるので正直しんどい部分もあった。
今まで、見ている側だったのが、主体的にやる側
になって、たいへんさがわかった。自分には『長』
がつくものはできないと思っていた。けれど、それ
は思い込みだったのかなと思う。中盤ぐらいでは、
『なにもかも中途半端ではないか』と悩む日々が
続いた。でも、あるとき、『やるしかない!』と思っ
た。それは私のたどりついた答えで、おいつめら
れてのやるしかない、ではなく、前向きな、希望と
してのやるしかない、だった。原動力となったのは
『信頼』ということ。他者を信頼することが、自分を
信頼することにつながった」

こんなことを話すなんて、
まったく想像できなかった。
N崎さんおつかれさま、ありがとう。


Dscn3407
 続いて、
 修了証書の授与に。

 みなさん、たいへん 
 おつかれさまでした。





Dscn3413
 そして、そのまま
 修了コンパへ。

 クリスマスカードの交換や
 労働学校クイズで
 激しく盛り上がりました。


今期参加された多くのみなさん、
ほんとうにありがとうございました。

ぜひ労働学校で学んだことを
職場や地域で生かしていってください。
そして、また来年5月開校の75期で
お会いしましょう!!


Dscn3420
 修了コンパ2次会の様子。
 会場を変えて、居酒屋に。

 2次会からの参加をふくめ
 こちらも16名の参加でした。





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2007年12月 7日 (金)

がんばる運営委員たち

今夜は労働学校の運営委員会があった。

今期は4人のメンバー(うち初運営委員2名)で
募集をふくめると約4か月間、活動してきた。

Dscn3395_2 
 今日の会議で今期は17回目。
 毎週木曜日の労働学校
 にくわえ、毎週必ず(金か月に)
 運営委員会議をするので、
 週2回は労働学校デー。
 ハードな日々が続く。

しかし、この濃密な労働学校づくしの数か月は、
運営委員会の団結をつくりだす。

労働学校の運営委員の仕事は
とにかく多岐にわたり(受講生への声かけ、
毎週のニュースづくり、当日の運営など、もちろん募集も)、
団結なくして乗りこえられないという必然性がある。

最初の会議のギコチナサにくらべると、
終盤になると、明らかに雰囲気が違う。
自分のことをしっかり語るし、遠慮なく
バトルがくり広げられる。

そして、今期の運営委員長のN崎さんは、
見事な成長ぶりで、労働学校で存在感を
しめすまでになった。
(N崎さんは、11月号の『友』の「かがやい
ています」コーナーに登場しています)

N崎さんは、私が指定した「課題図書」も
しっかり読んできて、感想を運営委員会で
語っていた(独習交流を会議の冒頭にしている)。


人が変わるって、やっぱステキなことだ。
労働学校の力はすごい。


さて、明日はいよいよ、修了式。
楽しみだ。



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 私はいつも
 この位置から
 議論を聞いています。

 たまに発言します。




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2007年12月 6日 (木)

変えるのは私たち

74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
第9講義(最終講義)が今夜、ありました。
参加は15名。うーん、残念!


Dscn3390_2 


 






講義は「
靖国問題と政治対決-変えるのは私たち
というテーマ
で、私が担当しました。

しめくくりにふさわしい講義になったかどうかは、
参加者のみなさんに聞いてみないとわかりません(笑)


以下、講義の概要。


一。「戦後」は、まだ始まったばかり
 
1。冷戦構造の崩壊で表面化した戦後責任問題
  
◇冷戦時代は被害者個人個人が、責任追及に名乗り出る
    ことは困難だった
   
*たとえば、韓国ではじめて元「慰安婦」として名乗り
    出てきた金学順(キム・ハクスン)さんのカム・アウト
    は、韓国社会の民主化と女性の権利の高まりなしに
    はありえなかったといわれている。
   
*戦後半世紀、冷戦構造が保護膜、バリアーとなって、
    日本は侵略戦争と植民地支配の被害者に直接告発
    されることなくすんでいたということ。
    
・韓国は朝鮮戦争、反共軍事政権
    
・中国は内戦
    
・東南アジアは疲弊、ベトナム戦争
    
・アメリカは反共の砦として日本を育てるために、戦後
     賠償を最小限にさせる

  
◇90年代以降に噴出してきた、アジアからの、謝罪・賠償を求める声
   
*「戦争を知らない世代」の人は、こうした声に当惑したり、
    反発を覚える人も出てくるのはある意味普通の感覚。
     「
なんで今ごろになって」「何べん謝ればいいんだ」
     「そんな昔のことを言われても、自分には関係ない」
     「自分の身に覚えのないこと」
     
1995年の高市早苗議員の「自分は戦争当事者とは
      いえない世代だから、反省しろと言われても反省で
      きない。反省するいわれもない」という発言も、まった
      く理由のないところからでたものではないといえる。

 
2。応答可能性(responsibilityレスポンシビリティ)としての責任
  
◇すべての人間関係の基礎には、言葉による呼びかけと
   応答の関係がある
   
*「呼びかけを聞いたら、応答する」というのは、最低限の
    信頼関係の基礎
   
*相手からの呼びかけを無視することは自由であり、犯罪
    でもないけれど、当然、それによってなんらかの結果(信頼
    関係が傷つくなど)が生じる。
   
*他者の呼びかけに応答することは、プラスイメージで、人
    間関係を新たに作り出す、あるいは維持する、あるいは作
    り直す行為、他者との基本的な信頼関係を確認する行為
    であると考えられる。

 
3。「日本人としての」戦後責任
  
◇応答可能性としての戦後責任
   
*アジアの人びとの呼びかけ(謝罪や賠償の要求)に、日本
    政府は「応答」しているだろうか。(呼びかけられているのは、
    日本人個人ではなく、日本政府)
   
*石川ゼミも参加した水曜集会での、日本大使館の風景が、
    ある意味象徴的
   
*「呼びかけ」をされているということは、「関係をつくりなおし
    たい」という意志が「まだ」あるから。救いはそこにある。私
    たちは、どう応答するのか。

  
◇日本政府をつくっているのは誰か-「私はカンケイナイ」と言えるか
   
*「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を
    通じて行動」(憲法前文)
   
*私たち一人ひとりに、応答可能性としての戦後責任が課せられている

  
◇自国の戦犯を自分たちで裁いてきたドイツ
   
*ドイツでは、ニュンベルク裁判、そして占領各国による継
    続裁判が終わってからも、ナチ犯罪を自ら追及し続け、90
    年代にいたるまでに、10万件をこえる容疑を捜査し、
6000
    件をこえる有罪判決を下してきている。
   
*日本は、どちらもゼロ。日本人自身が行った裁きとしてはゼロ。
   
*『あたらしい憲法のはなし』は戦争責任について書かれているか

 
4。靖国問題と政治対決
  
◇いぜん、靖国派が多数をしめる福田内閣(資料参照)
   
*しかし、世界的には孤立。対面的にはとりつくろいをせざるをえない。
  
◇近々行われるであろう、総選挙では、こうした政治に終止符
   をうつ絶好のチャンス


二。「痛み」を「想像する力」を
 
1。「痛み」は数値化できない
  
◇アジアの人びとが、日本の戦争によって受けた「痛み」への想像力
  
◇あらゆる戦争被害者の「痛み」

 
2。「弱者の痛み」への「連帯」はあらゆる分野での課題
  
◇貧困と格差、過労死、メンタル、雇用差別、女性差別、
   パワハラ・セクハラ…
   
*「痛み」への想像力と連帯…人間だけができること

    
「痛みが結ばれる時、痛みは無駄でなくなる。痛みの壁は
   想像する力によって越えられる。痛みの向こうに、痛みに連
   帯する未来の人間性への希望が見えてくる
     (
『痛みの声を聴け』外須美夫、克誠堂出版、2005年)


さいごに:ヴァイツゼッカー演説と、日本国憲法前文
      
学びと行動を一人ひとりが主体となって
                   -「知った」だけで終わらせない


以上。


参加者の感想。

「『自分には関係ない』『もう謝罪はしている』と言う
人の多くは、冷たい人なわけではなく、『ある意味
普通の感覚』をもっているという見方で接していき
たいと思いました。知らないから誤解や偏見が生
まれる。もっとたくさんの人に事実を知らせて、一
緒に考えていきたい。そして、最終的には、本当に
私たちの願いを実現できる“代表者”を選べる日本
に・・・」

「痛みを想う、想像する。過去に目を閉ざす者は、
現在にも盲目となる。日本国憲法前文が生かされ
る日本にしたい。知っただけでなく、生かしていき
たい」

「想像しようとしない人が多いような気がします。特
にアジアの人たちに対しては。にしても、福田さん
もタカ派だったとは!いくら表面だけをとりつくろっ
ても、日本はアジアの中で孤立していくのではない
でしょうか」


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2007年11月30日 (金)

餓死した英霊たち

きのう(29日)は、74期岡山労働学校の第8講義。
参加は18名でした。

「餓死した英霊たち-兵士は美しく死んだか」というテーマで、
講師は岡山高教組書記長の藤原真さんでした。

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世界史教諭の藤原さんですが、高教組の専従となって、
現場から離れてはや2年半。
「労働学校は現場復帰にむけたリハビリになるんです」と
いつものように、にこやかな感じで講義はすすんでいきました。
(講義テーマはそれと反比例するのだけれど)

講義のさいごに「おまけ」として、
戦争について考える映画を5本紹介していただき、
結構盛り上がりました。
ガンダムが以外でした。これは見なくては。


以下、講義の概要。


◇はじめに…死について考える
 *あなたの身の回りの「死」…親族、友人、ペット、有名人
 *「死」に意義を見出すのは人類だけ…ネアンデルタール人の昔から
 *戦争における「死」…大量かつ日常的、特に戦場では

◇英霊という思想
 *思想としての「英霊」
  ・聖戦、英霊、顕彰とは

◇餓死した「英霊」
 *太平洋戦争の死者数
  ・軍人軍属230万人
  ・うち、鉄砲や爆弾によって殺された数→約90万人
      餓死した数(広義の餓死者ふくむ)→約140万人
                            戦死者の約6割

 *英霊の死の実相
  ・「餓島」…ガダルカナル島
   「今度のガ島での敗戦は、戦によったのではなく、飢餓の自滅
   だったのであります」(ガ島撤退を指揮した今井均大将の回顧録から)

  ・インパール作戦(1944年)
   ミャンマーから大河を渡り、山脈を越えて、インドに侵入する作戦
   鉄道なし・昼間の行動困難・大河と密林と山脈
   敗北・退却・飢餓地獄

  ・この他、フィリピン方面、中国方面でも餓死による大量死

 *何が大量餓死をもたらしたか
  ・作戦優先、補給軽視、情報軽視
  ・作戦参謀の独善、横暴
  ・日本軍隊の特質…精神主義、白兵主義、人権無視、降伏禁止

◇「美しい死」という幻想
 *小林よしのり『戦争論』より

 *戦争による死は、単なる死ではなく、命を奪うこと・命が奪われること。
  彼らは決して、純然たる自発的な意思をもって命を「捨てた」わけでは
  ないはず。
 *死に対する無責任な価値付けこそ、死者への冒涜。
  価値付けではなく、教訓を引き出し、奪われる命を守ることが求めら
  れているのでは。
  すべてではないが、歴史を学ぶとはそういうことではないか

◇おわりに…『骨のうたう』(竹内浩三)


「おまけ」…戦争について考える映画など
 ・『プライベート・ライアン』
 ・『西部戦線異状なし』
 ・『チャップリンの独裁者』
 ・『スターウォーズ』エピソードⅠ~Ⅲ
 ・『機動戦士ガンダム0080  ポケットの中の戦争』


以上。


受講生の感想。

「日本の軍隊の特質って、他の国では考えられない
事だろうと思う。本当に考えられない。人間を人とし
てあつかわない。信じられない。教育の大切さをつ
くづく思う」

「お話がわかりやすかった。『千鳥ヶ淵に行きました
か』という朗読劇を思い出した。戦争で死ぬというの
はどういうことなのか。死に方にもいろいろあって、
どんな死に方も美しくはないけど、餓死は本当に『お
国のため』に必要だったのか? よくない上層部の
人っていうのは、いつの時も現場の人のことを考え
ないものだなぁと思った。それにちゃんと疑問をもて
るかどうかは、やっぱり教育の力によるかなと思う」

「教育の大切さを改めて考えました。命をこんなに粗
末にしていた時代には絶対に戻したくないです。
 『餓死』という事実を知らないと、『美しく死んだ』とい
うイメージが入りこんでしまう。若い未来があった青年
が死んだことは本当に悲しい事実。…『あの戦争が
正しかった』ことを主張するために、戦死者を利用す
るのはやめてほしいです」

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2007年11月24日 (土)

自民党はなぜ憲法改正か

おととい(22日)は、74期岡山労働学校の第7講義。
参加は15名と、残念ながら回復せず。
それぞれ理由はつかめているのだけど。

「自民党は憲法をどう変えようとしているのか」というテーマで、
県学習協講師の坪中明久さんが講師を担当しました。


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今期のテーマは「日本の戦争教室」ですが、
過去の歴史の反省のうえに、憲法が生まれたという背景と、
現在の自民党やアメリカの改憲動向について結びつけながら、
講義はすすみました。


以下、講義の概要。

1.まず、自民党の新憲法草案を検証しよう
 ①先の戦争への反省と不戦の決意がない…前文
 ②自衛隊(最小限の実力組織)を自衛軍に(軍隊)に…9条・76条の3
 ③立憲主義がゆがめられ、国が国民を支配、しばるものに
                           …12条・13条・73条の6
 ④政党に一定の要件を課し、自由な活動を制約している…64条の2
 ⑤内閣総理大臣に大統領的役割をあたえている…72条
 ⑥地方自治をはじめ、国の財政負担減、住民負担増を求めている
                                  …91条・92条
 ⑦改憲しやすいようにハードルを下げている(現憲法は硬性憲法
                                      …96条

2.だれが、何のために改憲をもとめているのか
 (1)ロイヤル陸軍長官からフォレスタ国防長官への覚書(1948年2月28日)
 (2)アーミテージ元米国務副長官の語録(2000年10月11日~)

3.戦争準備はどこまできているのか
 (1)法律上は?
 (2)自衛隊と米軍の協力関係、一体化は?

4.これから私たちがめざすこと
 (1)国民投票で、憲法改定反対の過半数の国民の支持をかちとること
 (2)アメリカいいなりの大本にある「日米安全保障条約を廃棄し、対等・
   平等の「平和条約」を結ぶこと
 (3)(東)アジアの平和と互恵の共同体づくりに力をつくすこと


以上。


受講生の感想文。

「国民生活切捨て、小さな政府づくりで、道州制の
問題がとりざたされていますが、そのことは憲法改
悪の先取りだと思いました」

「憲法や9条は変えたらいけないと思うけれど、どう
いうことが書いてあって、どこをどう自民党案として
変えられているのか、よく知らなかったので、資料を
しっかり読んでみようと思いました。日本はきちんと
日本の立場で戦争反対、戦争の放棄を訴えていけ
るくらいの国になってほしいし、していきたいと思い
ました」

「新憲法草案のなかみをじっくり読むと、恐ろしくなり
ます。『憲法変えてもいいんじゃない?』という人もこ
れを知ると絶対反対すると思います。知らないという
ことは恐いです」


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2007年11月16日 (金)

日本軍と毒ガス戦

きのう(15日)は74期岡山労働学校
第6講義があり、14名が参加。

ガクンと参加者が減ってしまいました。
が、毎期こういうことは1度か2度あります。
ここから盛り返すかどうか、来週が問われます。

義は、「日本軍と毒ガス戦-今も残るつめあと」ということで、
岡山・十五年戦争資料センター事務局長の上羽修さんが
講師を担当されました。

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ご自身の緻密な研究蓄積のうえに、
9月に放映されたNHKのドキュメンタリーなども
つけくわえながら、「さすが」のお話でした。
日本でこの問題をこれだけ話せる人はそんなにいません。

それだけに、参加が少なかったのが残念でした。


以下、講義の柱のみご紹介。

1.毒ガス戦が本格化した第一次世界大戦
 
(1)毒ガス戦の開始
 
(2)毒ガス使用禁止国際条約
   
◎第一次世界大戦以前、日本が加入していた毒ガス
    使用禁止の国際条約
    
①「毒ガスの禁止に関するハーグ宣言」
    
②「陸戦の法規慣例に関する条約
   
◎ヴェルサイユ平和条約 
   
◎ジュネーブ議定書
   
◎「化学兵器禁止条約」
 
(3)日本の毒ガス開発
  
◎欧州での毒ガス戦と開発競争に日本軍は大きなショックを受けた
  
◎「宇垣軍縮」(1925年、21個師団のうち4個師団を廃止)で削減
    できた予算を軍装備の近代化にまわす
  
◎生産
   
主に陸軍で生産:陸軍造兵廠忠海(ただのうみ)
   製造所(1929、大久野島)、塡実:曽根製造所


2.日中戦争での毒ガス使用
 
(1)徐州会戦・安慶作戦:
 
(2)武漢攻略作戦:中支那派遣軍は、3ヶ月間に375回以上毒ガスを使用。
 
(3)南昌攻略作戦(1939.3)の修水渡河作戦
 
(4)致死性毒ガスの使用(1939-41)
 
(5)掃討作戦での毒ガス使用
   
◎「冬季山西粛正作戦」(1942.2)
   
◎河北省北坦村事件(別紙)

3.東南アジア・太平洋戦線 1941-1945 
  
・対米英開戦にさいし、進攻兵団にかなりの規模の毒ガス戦
   資材が配備された。
  
・実際の使用は、①圧倒的に不利な戦況のとき、「敵」の位置が
   不明なとき、極めて限定的だった。
 
◎大本営陸軍部は毒ガス戦の方針を転換 
  
~背景に「アメリカの若者の人命喪失を少なくするため、先制的に
   毒ガスを使用するべき」というアメリカの軍と世論の高まり~
  
①米英の化学戦遂行能力は絶大
  
②日本軍の化学戦準備は極めて貧弱
  
③日本の国防圏はガス攻撃に弱い小島嶼が多く、本土も空襲に
   さらされる
おそれがある
 
◎先制使用論の台頭
 
◎報復的毒ガス戦の計画策定
 
◎先制的使用論へ
  
∇日本本土上陸作戦での使用計画
  
∇化学戦統括部隊の毒ガス戦のための標的研究報告


5.戦後に残された問題
 
(1)軍事裁判
   
∇極東国際軍事裁判(1946.5.)で免責
 
(2)毒ガスの廃棄と被毒事件の発生
   
∇国内
   
∇中国


6.現在の課題
 
(1)化学戦を抑止するもの
 
(2)「化学兵器禁止条約」(1997年発効)と核保有国の思惑
 
(3)アメリカによる日本の毒ガス使用免責にともなう課題

参考資料

 ◎吉見義明『毒ガス戦と日本軍』、2004、岩波書店
 
NHK HTV特集
   「裁かれなかった毒ガス作戦~アメリカはなぜ免責したか~」


以上。


受講生の感想を3つほど。


「日本の犯した戦争犯罪が、今もなお、新しい被害者を
生み出し続けているという事実を知った以上、『あの戦
争』を過去の『歴史』としてしまうわけにはいかないと思
う。岡山連隊の一個中隊が参加していたこと。加害兵
士の方の掘り起こしで、4人の証言が得られたこと貴重
ですね」

「日本が中国に毒ガス戦をしていたことはあまり知らな
かったが、いまだにその被害にあっている人がいて苦し
んでいる事実に、日本は戦後の後始末をきちんと責任
もってするべきだと思う。また、アメリカのエゴによる日
本の毒ガス使用免責の『ムジュン』を感じます」

「毒ガスの話は海南さんの『苦い涙の大地から』という
ビデオを見た時に初めて知りました。私より若い人達が
日本軍の残した毒ガスで今でも被害を受けているという
事は知っておくべきことだと思います。日本政府の補償
がないのもおかしい。責任をとるべき!岡山の人の証
言はリアルでした。戦争を身近に感じます」



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2007年11月12日 (月)

恒例ふれあいコンパ

同じく土曜日(10日)の晩は、74期岡山労働学校の
交流企画「ふれあいコンパ」。

19時から、18名が参加して、「手練」という居酒屋で
にぎやかに行われました。

「しりとり自己紹介」で盛り上がったり、
相変わらずY先生の爆裂(爆笑)トークに大笑いしたり。

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わたしも「年末年始チュニジアに行くぞ!」と
自己紹介で宣言しました。行くんですよ、チュニジア。

続く2次会へも13名が参加。
23時頃まで飲み会は続いたのでありました。

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2007年11月 9日 (金)

沖縄戦とは何だったのか

きのう(8日)は、74期岡山労働学校の第5講義が
あり、19名が参加しました。


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「沖縄戦とは何だったのか-歴史から消せない事実」
ということで、講師は私が担当しました。

やはり、思い入れが強いのか、15分オーバーで、
しかもあとからふりかえれば、「あれもこれも言えなかった」と
いうことが多く、まだまだ力不足でした。
でも、参加者のみなさんにはある程度伝わったようでした。


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 今回の講義は、
 琉球新報社が
 2005年にだした
 『沖縄戦新聞』を
 使いながら、
 沖縄戦の全体像を
 追っていく形にしました。





以下、講義の概要。



はじめに:『新しい歴史教科書』(市販本)における沖縄戦の叙述
      
点ではなく、線で沖縄戦を学び、考える
      
『沖縄戦新聞』(琉球新報社、2005年)も使いながら



一。沖縄戦の基本的性格
 
1。日本軍にとって沖縄は「捨て石」に
  
◇本土での決戦作戦計画「帝国陸海軍作戦計画大綱」
                             (
45年1月21日決定)
   
*沖縄や硫黄島を含む小笠原諸島は、本土決戦の準備が
    整うまで「米軍に出血を強要する持久作戦」と位置づけられた。
  
◇「もう一度戦果を挙げてからでないとー」
   
*天皇が拒んだ終戦(2月14日の時点)

 
2。国内では唯一の軍民混在の壮絶な地上戦
  
◇硫黄島でも地上戦は行われたが、住民はあらかじめ
   強制疎開させられていた
  
◇約20万の沖縄戦戦没者のうちの約半数が住民
   
*沖縄戦における戦没者数(援護資料。朝鮮人は不明)
    
・県外出身日本兵 65,908人
    
・沖縄県出身 軍人・軍属 28,228人
    
・一般住民(戦闘参加者ふくむ。推定) 約94,000人
      
→日本側戦没者合計 188,136人(うち沖縄出身者122,228人)
    
・米軍 12,520人


二。沖縄戦への道(1944年3月~1945年2月)
 
1。沖縄にやってきた日本軍-軍隊のいなかった島に
  
◇第32軍の創設-航空基地建設とその防衛が主な任務
   
1944年3月に第32軍創設-南西諸島の防衛を担当
   
*沖縄に本格的な飛行場建設はじまる
   
*次第に本格的な実戦部隊も配備されてくる
    
-中国戦線を経験した精鋭部隊が主力に
    
-が、沖縄戦目前に、最精鋭部隊(第九師団)を台湾へ抜かれてしまう
   
44年10月上旬までには、主な飛行場のほぼ基本的な施設は完成
    
→が、これらの飛行場は結局日本軍に使われずに、
     米軍に占領されることになる

  
◇徴用と供出-住民を総動員して、全島要塞化
                         (住民をスパイ視する背景にも)
   
*飛行場建設や陣地構築などの労働力として、
     現地住民を徴用-1日平均5万人
   
*土地・資材・食料なども強制的に供出させる
                         (住民との関係もしだいに悪化)

 
2。サイパン島の陥落-沖縄戦の悲劇の予兆
  
44年7月、サイパン島(マリアナ諸島)が陥落
   
*米軍の沖縄上陸が必至の情勢に
   
*サイパン島陥落の意味-本土爆撃が可能に
  
◇サイパンでの悲劇は、沖縄戦の予兆
   
*日本軍の「玉砕」
   
*約2万人の日本人がいたが、約半数が犠牲に
    
・住民虐殺、住民スパイ視、投降阻止、自決強要、壕追い出し、
     食料の強奪・・・沖縄戦でおこったこと
のほとんどすべてがおき
     ていた。「集団自決」も。


     <「集団自決」は、他の地域でも起きていた>
     
・サイパンだけでなく、テニアン、フィリピン、旧満州でも。日
      本軍が敗北していくなかで、日本住民が日本軍と一緒にい
      た地域で起こっている。日本軍がアジアの民衆に行った残
      虐行為が、日本人の「集団自決」を引き起こす大きな要因
      となっている。日本軍全体の体質に関わる問題でもある。

  
◇沖縄住民の疎開はじまる
   
44年7月、沖縄住民10万人を本土と台湾への疎開させる方針が決定。
    
・疎開は基本的には戦場で邪魔になる者を立ち去らせることが目的
    
・しかし、現地住民の根こそぎ動員との矛盾も
   
*学童疎開船、対馬丸が米軍潜水艦の攻撃を受け撃沈
    
・乗船者1788人のうち、学童775人ふくむ1418人(氏名判明分)が犠牲に

 
3。「10.10空襲」
  
◇約9時間にわたり、5次にわたっての大規模な空襲
   
*米軍機のべ1396機が出撃。5百トン以上の爆弾を投下。
   
*飛行場や港湾などの軍事拠点だけでなく、民間施設への無
    差別爆撃も。那覇の
9割が焼失。
  
◇守備軍への信頼もゆらぐ

 
4。根こそぎの戦場動員
  
◇軍は住民の北部疎開要求-実態は役に立たないものを
    放り出す棄民政策
   
*避難者は約8万人と推定(うち、餓えやマラリアで約2万人が死亡と推定)

  
◇本土からの増援部隊の可能性もなくなり、すべて現地でまかなう必要に
   
*沖縄住民(主に17歳~45歳の男子)にたいして大規模な防衛召集
   
*防衛隊は沖縄戦の戦闘協力の主役
    
・約2万5000名が召集され、うち1万3000名が戦死している(学徒隊
     の戦死者の10倍以上)。にわか兵。多くはまともな武器を持つこと
     もできなかった。
    
・一家の戸主であった人も多く、軍隊の一員であると同時に、他面
     では住民のリーダーであるという二重の性格をもっていた。戦場
     での住民の行動に大きく影響をおよぼした存在(「集団自決」に関
     与、あるいは集団投降を説得など)でもある。
   
*が、この「防衛隊」についての研究は資料はまだまだ不足しているの
    が現状。

  
◇学徒2千数百人を動員(現在の中学生~高校生にあたる年齢)
   
*男子学徒は鉄血勤皇隊や通信兵として(弾薬運びや実際の戦闘にも)
   
*女子学徒は看護要員として
   
*動員された者の約半数あるいはそれ以上が命を失う



三。沖縄戦の実相(1945年3月~7月)
 
1。圧倒的な兵力の差
  
◇アメリカ軍は艦艇数1500、兵員54万8000人(うち
上陸部隊18万人)の
   沖縄
攻略部隊を組織し沖縄に向かった。3月26日、慶良間諸島の座
   間味島など数島に
上陸。4月1日には守備陣
の薄い本島中西部で、飛
   行
場のある読谷村と嘉手納町を狙って上陸し、日本軍が
水際作戦を
   放棄したため、
米軍はその日のうちに北・
中飛行場を確保した。

 
2。慶良間諸島への米軍上陸
  
◇最初の「集団自決」
   
*軍の強制が背景に
    
・手榴弾を配る
    
・投降を許さない
    
・住民を一か所に集める
   *日本軍がいなかった島では米軍が上陸してきても大勢
の住民が
    投降して助かって
いる。

 
3。沖縄本土への米軍上陸
  
◇無血上陸-日本軍はすでに撤退、取り残された村民

  
◇明暗分けた2つのガマ
   
*チビチリガマ
    
・住民83名が「集団自決」
   
*シムクガマ
    
・ハワイ移民帰りの2人が投降を説得。避難していた
1,000人が
    集団投降。

  
◇米軍上陸により本島は南北に分断

  
◇伊江島での戦闘は沖縄戦の縮図といわれている

 
4。南部撤退
  
◇日本軍の総攻撃の失敗
   
*多くの住民が巻き添え
   
*沖縄戦は事実上敗北

  
32軍、首里司令部を放棄
   
*南部へ撤退、持久戦方針へ
   
10万人以上の住民が戦闘に
巻き込まれることに

 
5。地獄の戦場-軍民混在のなかの悲劇
  
◇日本軍による住民虐殺、壕追い出し。「集団自決」。
   米軍による無差別攻撃。
  
◇魂魄の塔には、4万体もの身元のわからない遺骨が
  
6月23日に32軍牛島司令官の自決によって、組織的戦闘は事実上終了
   
*沖縄県ではこの日を「慰霊の日」として、独自の休日としている


四。沖縄戦以後-米軍による基地化
 
1。本土爆撃の出撃拠点として基地を整理・拡張

 
2。敗戦後も米軍の占領下に
  
◇以後、27年間も
  
1972年の復帰で沖縄に適用されたのは「平和憲法」ではなく、
   「安保条約」だった。
   
*沖縄の「痛み」を想像できない日本人の弱さは今も続いている

 
3。沖縄の人びとの戦争責任を追求することの弱さも
  
◇日本軍に協力した沖縄の人びとの責任
  
◇沖縄と日本(ヤマト)の対立軸の影で
   
*それが基地温存の問題にもつながっている



五。沖縄戦から、私たちは何を学ぶべきか
 
1。沖縄戦の証言の重さを受けとめて
  
◇こうした沖縄戦の実相が公に知られてくるのは、戦後数十年たってから

    
「体験者は、まず語りたがらない。思い出すのさえ大変な苦痛
    をともなうのである。戦場の実相というものは、人間が人間でな
    くなってしまう極限状態である。そこから生きのびてきた人にとっ
    て、それはまさに地獄の記憶である。死者にとっての地獄でなく、
    生きのびてきた人びとの、その『生きざま』の中に地獄があった
    のだ。誰しも思い出したくもないし、まして平気で他人に語れる
    話ではない。たいていの証言者がその夜は一夜寝つかれなかっ
    たと告白するものだ。ある大学教授は、自分の戦場体験を妻に
    語っただけで、1週間も精神異常状態におちいって寝込んでしま
    ったという。沖縄の戦場というのは、まさにそういう想像を絶する
    生き地獄であったのだ。
     
だから、聞くほうもそれだけの覚悟がいる。語る側も聞く側も、
    どちらも心の中で血を流しながら真相に迫っていくというのがい
    わゆる『戦争体験の継承』の実際なのである」
        
(『改訂版 沖縄戦-民衆の眼でとらえる〔戦争〕』
                         大城将保、高文研、
1988年)

   
*9月29日の県民大会で自分の体験をはじめて公で語った吉川さん

 
2。軍隊の本質
  
◇住民を守らなかった軍隊
   
*「国体護持」=天皇制を守るために
   
*日本軍の構造的特質

 
3。戦場での行動・判断の分岐点-私たちが考えるべき問題
  
◇日本軍のなかにも、住民の生命を守ろうとした人もいた

    
「戦争によって増幅されたとしても、一人一人の将兵に責任
    はないのだろうか。日本兵による残虐行為には、それをおこ
    なった日本兵個人がひどい人間であったというケースもけっ
    して少なくないと思われる。たとえば、子どもや老人を含む
    住民から食糧を奪い取ったり、彼らを壕から追い出したりす
    るような行為にあっては、軍のあり方という問題だけに帰す
    ることはできず、その兵士の人間性が問われなければなら
    ないだろう。残虐行為をおこなわない良心と人間性を日常か
    ら培う努力をしているかどうか、一人一人の責任も問わざる
    を得ない。戦場において誰もがレイプするわけではない。レ
    イプをする将兵としない将兵がいる。子どもから食糧を奪う
    ような兵士がいれば、朝鮮人軍夫とわずかなおにぎりを分け
    合う兵士もいる。逃げたら家族みんな死刑だと脅す将校がい
    れば、家族のもとへ帰れと防衛隊員を逃がす将兵もいる。
     
戦争における残虐行為について議論すると、戦争になった
    ら、あるいは戦場ではみんなそうなってしまうのだというような
    説明の仕方がよくされる。たしかに戦争は人の持つ攻撃性や
    残虐性を極度に煽(あお)り増幅させてしまうのだが、そうで
    あったとしても将兵たちの判断と行動のベースになるのは日
    ごろから培ってきた一人一人の人間性である。戦場での将兵
    はけっして日常と切り離されたところにいるのではなく、その
    日常の人間性が反映しているのである。
     
・・・戦場における人々(軍人も民間人も)の意識も行動も多
    様である。もちろん、彼らがおかれていた条件もさまざまであ
    ったし、日々刻々変化していた。ということは一人一人の判断
    が求められる場が多かったということを意味する。そのことは
    一人一人の責任をも問われることを意味している」
           
(『沖縄戦と民衆』林博史、大月書店、2005年)

  
◇戦争に駆り立てようとする人、それに抗(あらが)う人
   
*沖縄戦を貫く1つの大きなテーマでもある
                  -「命の尊厳」をめぐっての対決
   
*私たち一人ひとりの日常の行動、価値判断を磨くことの重さ



さいごに:沖縄戦を知ることは、現在の沖縄の置かれている
      現実を知ることにつながる


以上。


受講生の感想いくつか。

「証言することの辛さ、重みを強く感じました。
忘れてはならない歴史です」

「今、“日本軍の強制で集団自決はなかった”
など、報道によって聞えてくるけど、きちんと
学べば学ぶほど、真実が見えてきて、知らな
かったらまちがった真実に誘導されることの
恐さも感じました。
 沖縄の人たちの生きながらに地獄を体験さ
れたことにも心が痛むけれど、家族に愛情ゆ
えに手をかけるということがどういうことなのか
を考えるととても辛い。
 戦争というものが人の心をどう変えてしまう
のか見極めつつ、自分の人間性はどうなのか
見つめなおさなくてはと思います」

「想像以上の沖縄戦の悲惨さに言葉を失い
ました。そしてあまりにも沖縄のことを知らな
すぎた自分が沖縄の人に申し訳ないと思う。
日本国民はもっともっと沖縄の歴史を学ぶべ
きだと思う」

「沖縄戦のむごさ、日本人と軍隊と沖縄…
グルグル考える。抗う人になりたい」

「沖縄戦の話を聞くと本当に心が重い。でも、
今につながっている事なんだと思う。少しでも
実践していくことが大切」



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2007年11月 2日 (金)

韓国現代史

きのうは、74期岡山労働学校の第4講義。
参加は18名でした。なかなか20名にいきませんなぁ。


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義は、「韓国現代史-日本の植民地支配からの苦悩のあゆみ」
ということで、私が講師を担当しました。

にわか仕込みの勉強でしたが、
主に、南北分断にいたる経過、朝鮮戦争、
日韓基本条約の問題にポイントをあてて、
話をしてみました。

おとなりの国である韓国の現代史は、一般の人よりは
意識の高いであろう労働学校の受講生にとっても、
知らないことだらけであったようすでした。


以下、講義の概要(長いです)。


はじめに
 
*こんなに似ている私たち-北朝鮮・韓国・中国、そして日本
  
DAYS JAPAN』06年11月号より
 
*関係ないですが、大好きな番組-『関口知宏の中国鉄道大紀行』
 
*岡山空港からソウルまで、1時間35分。毎日とんでますョ!



一。日本の植民地支配の歴史(1910~1945)
 
1。韓国併合
  
◇武力の脅しによる併合。独立運動を力で弾圧(1919年3月1日)。

 
2。植民地支配の実態
  
◇皇民化政策-創氏改名、日本語教育、宮城拝礼、
            神社参拝を押しつける。
  
◇1940年代、日本の労働力不足を補うために、
    朝鮮人を日本へ強制連行(少なくとも70万人といわれる)。
  
◇「日本軍」の兵士・軍属として朝鮮人を徴兵。南方などの
    戦地へ送り込まれた。
  
◇日本軍「慰安婦」



二。南北分断と朝鮮戦争(1945~1953)
 
1。解放と38度線
  
◇1945年8月15日 日本ポツダム宣言受託(無条件降伏)
   
*ポツダム宣言の中に、
     「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク」とある。
   
*カイロ宣言(43年11月、米・英・中)では、併合状態におかれ
    ている朝鮮の独立がうたわれている。
    →ポツダム宣言の受諾は、植民地支配からの解放を意味。

  
◇建国のための自治組織
   
*解放の日、ソウルでは「朝鮮建国準備委員会」が組織される。
    この建国準備委員会は、朝鮮民衆の意志を代表するもので、
    呂運亨(ヨ・ウニョン)を
指導者に、わずか半月のあいだに全
    国の主要都市145か所に支部
を設置する。この組織に参加
    した人びとは、治安と行政をととのえ
て社会を安定させようとした。

  
◇「朝鮮人民共和国」の宣言と挫折
   
*建国準備委員会は、9月6日にソウルで全国人民代表者会
    議をひらき、「朝鮮人民共和国」の成立を宣言。
   
*この朝鮮人民共和国は、民族の主権を確立した民主主義国
    家の建設をうたい、それを実際にすすめていくための閣僚名簿
    を発表した。その陣容は、主席李承晩(イ・スンマン)、副主席
    呂運亨、国務総理許憲(ホ・ホン)、それに金九(キムグ)、
    曺晩植(チョ・マンシク)、金日成(キム・イルソン)など、日本の
    支配とたたかった民族主義者や共産主義者を網羅したものだった。
   
*しかし、アメリカとソ連は、日本が降伏したのち、
朝鮮半島を北
    緯38度線で分割、軍事占領すること
を決めていた。8月8日、
    日本に宣戦布告したソ連
軍が満州(中国東北部)へ進行、さら
    に南下するス
ピードが速く、驚いたアメリカが朝鮮での権益を確
    
保しようとして、38度線での分割占領をソ連に提
案した。
     
≪終戦のタイミングが、分断へ影響≫
      
もし日本が、ポツダム宣言を8月の最初の数日
に受け入れて
      いれば、ソ連の参戦はなかったと
思われる。結果、分断もな
      かったかもしれない。
   
*9月8日、アメリカ軍が仁川に上陸。朝鮮人民共和国を政府とし
    て認めず、軍政の施行、朝鮮総督府の旧機構や法令の存続を
    布告。朝鮮人の自主的な建国の動きを否定した。また、呂運亨
    たちを共産主義者だとして排除していく。そして、初代大統領と
    なる李承晩ら、親日派と次第に協力関係を築いていく。
   
*ソ連軍の方は、8月24日に平壌(ピョンヤン)に進駐し、朝鮮半
    島北部全域の占領を布告。その際、すばやく土地改革などの社
    会改革を
実行し、日本統治時代の残滓(ざんし)を一掃していく。
    
また、建設準備委員会をあらためた人民委員会を正式な
組織と
    して認め、金日成を指導者としてかつぐ。

  
◇「冷戦」の産物としての分断国家
   
*アメリカとソ連の対立が決定的になるにつれ、アメリカは朝鮮を
    反共の砦として利用することを決め、親日派の復活、勢力拡大
    を後押しする。そして
1948年5月には、「新米反共」の李承晩らを
    もりたてて、「南」だけの単独選挙が
強行され、8月15日に「大韓
    民国」という単独国家が樹立されて
しまう。
   *この過程で、「南」では、民衆の武装闘争など、統一朝鮮の実現
    を求めるはげしい反米・反李承晩闘争が起こる。
1948年4月3日
    からの済州島(チェジュ島)の武装蜂起は代表的なもの。鎮圧の
    ために米軍政は警察や右翼組織を送りこみ、1954年9月21日ま
    でに3万人が、完全に鎮圧された1957年までには8万人の島民が
    殺害されたとも推測されている。
   
*「南」で単独政権が樹立された結果、「北」でも単独政権が樹立
    されることになり、48年9月9日、ソ連の強い後押しのもと、「朝
    鮮民主主義人民共和国」が創建され、金日成が首相となる。

  
◇敗戦国と解放国の明暗
   
*戦後、日本と同じ敗戦国のドイツは、連合国によって分割占領
    された。ところが、日本は実質アメリカの単独占領に。もし日本
    本土の占領にソ連軍が参加していたならば、分断日本が形成さ
    れる可能性もあった(実際に、スターリンは北海道の占領統治を
    要求していたが、アメリカが難色をしめしたため、現実化しなかった)。

    
・シカゴ大学のカミングス教授の言葉。
     
「ある日、私のクラスの生徒が手を上げて、どうして朝鮮は
     1945年に分割されたのか、なぜ日本はドイツのように分割
     されなかったのか、と質問した。私はたいていの場合、生徒
     の質問にはすぐに答えられるのだが、そのときは言葉を失っ
     てしまった。なぜなら、アメリカ人として、第二次世界大戦で
     日本と戦った国の人間として考えると、その方が“正当な”解
     決策であったのだ。日本人はこんなことは聞きたくはないと思
     うが、朝鮮よりも日本を分割する方が正当な処置であったは
     ずだ」
     
(『NHKスペシャル 朝鮮戦争分断38度戦の真実を追う』
         
饗庭孝典・NHK取材班、日本放送出版協会、1990年)

   
*当時、朝鮮の子どもの間で歌われて広がった言葉
   
 「米国の奴らを信じず、ソ連の奴らにだまされるな。
                         日本の奴らが起きてくる」
    
・大国のはざまで翻弄される朝鮮の人びとの苦難を言いあらわしている。


 2。朝鮮戦争
  
◇南北の対立の激化
   
*南北分断国家の成立後、「北」「南」ともにみずからを朝鮮半島
    を代表する正統政府であると公言し、相手を正式な政府とは認
    めず、それぞれ米・ソのかいらい政府であると非難。
   
*「南」の李承晩は政府樹立後まもなく「国家保安法」を公布して
    反対勢力を弾圧し、また「北伐(北進武力統一論)」をとなえて
    “左翼狩り”をくりかえした。大韓民国建国後から
1949年までの
    逮捕者は47万8000人、刑死・獄死者は9万3000人にのぼった。
   
*「北」の金日成は「南」の革命に期待をつなぎながらも、武力に
    よる「南」の“解放”を準備する方向にかたむいていった。

  
1950年6月25日-朝鮮戦争はじまる
   
25日未明、北緯38度線の軍事境界線近くで「北」の朝鮮人民軍
    と「南」の韓国軍とのあいだで大規模な武力衝突がおこり、朝鮮
    人民軍は38度線をこえて南下。ソウルをまたたくまに占領する
    (6/28)。攻撃の準備や規模、作戦など、朝鮮人民軍がソ連の
    事前の承認と援助を受けていた。
   
*これにたいし、アメリカ軍は「北」の「侵略」を非難し、ソ連欠席中
    の国連安全保障理事会の決議をえて、「国連軍」(約
20か国)を
    組織し、反撃を開始する。


      
「しつこい砲声がやんで、人びとの顔には安堵感がありあり
      と見受けられたが、一夜のうちに世の中がひっくりかえってし
      まったのだ。私たちは良かれ悪しかれ一晩にして、大韓民国
      ではない別の国の人間になってしまったのである。
       
・・・街にはすでに赤い旗を振って万歳(マンセー)と叫ぶ人
      がいて、学校のポールには、話でだけ聞いていた人民共和
      国国旗が風にはためいていた。ミアリ峠を越えて東小門(トン
      ソムン)に向かうと、戦車、自動車、馬車が目につき、歩兵が
      群れをなしている。彼らは硬い西北の訛りではなるが、私た
      ちと言語・風俗・血統を同じくする民族であり、見たところなぜ
      か敵兵という感じがしない。どこか遠く家を離れていた兄弟が、
      久しぶりに故郷を訪ねてきたような感じなのだ。彼らが穏やか
      に笑って話をするのを見ると、誰も敵愾心を起こしはしない。
       
これは私が、ただ大韓民国に対する忠誠心が足りないから
      ではないだろう。昨日見た国軍と彼らとどこが違うというのか。
      違うといえば、彼らの服装が少しばかり変わっているだけ。な
      ぜ、一方だけが味方で、もう一方は敵になってしまうのか。い
      つから彼我の間に、そのように憎しみあい、銃剣を取って死
      の場所で相対しなければならなくなったのか。互いに抱き合
      い、兄よ、弟よといい合わねばならぬ立場にいるのに、いまは
      誰のために何のために戦うのか。私は道の真ん中にはたと
      座り込んで、地面を叩いて慟哭したい気持ちだった」
                       ≪
1950年6月28日の日記より≫
      
(『ソウルの人民軍-朝鮮戦争下に生きた歴史学者の日記』
            
金聖七著、李男徳・舘野晢訳、社会評論社、1996年)

  
◇朝鮮戦争の流れ
   
*朝鮮人民軍は、破竹の勢いで南進するが、9月15日のアメリカ
    軍の仁川(インチョン)上陸が戦局の転機となって、「国連軍」は
    一気に北へ押し返す。
   
*ソウルを奪還し、さらにソ連国境付近まで北上。しかし、「北」を
    支援する中国人民支援軍が参戦して、戦線は再び南下。こう着
    状態にはいる。
   
1953年7月27日に38度線の板門店(パンムンジョム)で
「休戦協
    定」が結ばれる。以後、今日まで休戦状態が半世紀
以上続いている。
   
*朝鮮戦争で、アメリカは原爆の使用を検討。が、ソ連による
日本
    への報復核攻撃の可能性、また国際的な反対世論もあり、使用
    はできず。

  
◇朝鮮の人びとの被害
   
*死者200数十万~300万人、離散家族1000万人以上
   
*戦争の勝敗がつかなかったことで、「南北」の分裂は決定的に
   
*同じ民族のあいだでの憎しみの増幅

 
3。朝鮮戦争への日本の協力
  
◇当時、日本占領が任務だった米第8軍を朝鮮に投入することを決定
   
*マッカーサーを国連軍最高司令官に
   
*戦争勃発から1週間で、在日米軍はあいついで出撃。さらに、米

    国から送られくる部隊は、大部分が日本に立ち寄り、訓練を重
ね、
    軍事物資などの補給を受けてから、出撃をしていった。
   
*米軍は、日本政府につくってあった「特別調達庁」をフル活用。命
    令一つで必要なものを日本で調達する機関として、朝鮮戦争への
    協力体制をしいた。

  
◇各分野での戦争協力-占領下での戦争協力
   
≪米軍の出撃と兵站をささえた国鉄の輸送協力≫
   
*朝鮮戦争に出撃する米軍部隊の輸送から、戦争訓練場までの
    往路の輸送、弾薬や軍需品の貯蔵地から輸送港湾間のピストン
    輸送、アメリカ本国からの増派部隊の輸送、戦傷病者の搬送など、
    米軍をはじめとした「国連軍」の国内輸送に決定的な力を発揮した。
   
≪傷病兵治療と日赤看護婦動員≫
    
*米軍および「国連軍」兵士のぼう大な傷病者が、続々と日本に
     後送されてくる。
    
*米軍や英軍などは、日本の病院を没収し、自国の医師・看護
     婦を派遣し、基本的には自前病院を持ち対応したが、福岡の国
     連病院などに日赤の看護婦が強制動員されていた事実もあっ
     た。「生きていた赤紙」。
   
≪国連軍の朝鮮上陸作戦を保障した機雷掃海≫
    
*マッカーサー命令で海上保安庁保有の掃海艦艇が朝鮮半島
     に出撃し、元山上陸作戦時の掃海作業で、一隻が触雷・沈没
     し、乗員一人が死亡(
25歳の青年)、重軽傷者18名を出してい
     る(50年10月17日)。
   
≪その他のエピソード≫
    
*佐世保港に潜水艦防衛網の設置
               -日本が戦場になる可能性を示唆している
    
*岩国基地からも毎日のように戦闘機・爆撃機が出撃していた

  
◇朝鮮戦争の時期、日本国内では
   
1950年 レッドパージで共産党および支持者を弾圧
     
警察予備隊の創設し、日本防衛の任務に。
      
52年に保安隊、54年に自衛隊へと改組)
   
1951年9月 サンフランシスコ平和条約(西側の一員として国際復帰)

  
◇確認できること
   
①朝鮮の南北分断は、直接的ではないが、日本の植民地支配
    に原因があること
   
②朝鮮戦争の際、アメリカの出撃基地として日本がフル活用されたこと
   
③朝鮮戦争の際、国内の治安対策として、警察予備隊が創設されたこと
   
④日本もさまざまな形で戦争に参戦していること
   
⑤いわるゆ「朝鮮特需」により、経済復興が急速にすすんだこと

   
*初代駐日アメリカ大使となったロバート・マフィーの回想
    
「朝鮮戦争が起こったのは、日本人にとってまるで、思いがけな
    い幸いであった。というのは、お陰で彼らはアメリカその他の国
    連軍が必要とした補給物資や役務を提供するために、彼らの粉
    々にこわれていた産業を最大速度で再建することができたから
    である。韓国が
1950年6月25日に、ソ連製の戦車100台を先鋒と
    する6万の北朝鮮兵士によって侵略された時、マッカーサーは当
    時日本に駐留していた戦争態勢の軍隊で使えるものはすべてこ
    れを前線に送りだした。元帥は日本政府が安全で秩序整然たる
    基地を提供してくれるものと確信していた。それに日本人は、驚
    くべき速さで、彼らの四つの島を一つの巨大な補給倉庫に変えて
    しまった。このことがなかったらば、朝鮮戦争は戦うことはできな
    かったはずである。
     
日本人は、われわれを助けるために兵隊を補給するよう要求
    されもしなかったし、そんなことは許されもしなかった。けれども日
    本人の船舶と鉄道の専門家たちは、彼ら自身の熟練した部下と
    ともに朝鮮へ行って、アメリカならびに国連の司令部のもとで働い
    た。これは極秘のことだった。しかし、連合国軍隊は、この朝鮮を
    よく知っている日本人専門家たち数千人の援助がなかったならば、
    朝鮮に残留するのにとても困難な目にあったことであろう」
                           (『軍人のなかの外交官』)

   
*占領下ではあったとはいえ、かつて日本の植民地としての悲
    劇を味わった隣国朝鮮のさらなる惨劇に対して、日本人の関
    心は、けっして高くはなかったし、戦争に加担した加害の意識
    も低かった。それが、現在の北朝鮮バッシングにもつながる意
    識を生み出しているように思えてならない。



三。軍事政権下の韓国(1953~1987)
 
1。李承晩政権時代〔~60年〕
  
◇親日派で政権を固め、徹底した反共政策を行う。それが韓国社
   会の
基本枠組みとなって長い間浸透する。

  
◇経済的には低迷1960年の一人あたりの国民所得は79ドルだった。

  
◇改憲を繰り返して政権を維持。選挙のたびに不正を働く。73~85
   
歳まで、12年間の長期政権となったが、60年に「4・19学生革命」
   によって大統領を辞任、ハワイへ逃亡する。

 
2。朴正熙(パク・チョンヒ)政権時代〔61年~79年〕
  
◇李承晩が大統領を辞任したのもつかの間、61年5月16日、朴正
   熙ら軍部によるクーデターが起こる。朴正熙は自ら創設した国家
   再建最高会議議長に就任し、政権を掌握した。63年には大統領
   選挙で勝利、以来、79年に側近に暗殺されるまで、18年にわたり
   権力の座に居座り続けた。

  
◇「勝共の近道は経済建設だ」-経済再建を重視

  
◇思想・言論弾圧、映画・文化の検閲を強化。あら
ゆる面において、
   軍隊式のやり方で、国民に同じ
ことを反復させた。「勤勉・自助・
   協同」をモッ
トーとした「セマウル運動(新しい村づくり運動)」
で農
   漁村を近代化し、国民生活は向上。

  
◇日韓国交正常化と、あいまいになった過去の清算
   
*大統領に就任した朴正熙は、64年3月から、経済発展に必
    要な外資を確保するために日韓会談を推進した。経済発展を
    優先させたい朴正熙は、経済資金が得られる日韓基本条約
    の締結を急いだ。植民地支配への謝罪と補償を要求する反対
    勢力を押し切って、政治的な決着をはかった。金のために「民
    族の主体」を売ったとして、野党をはじめとする反対勢力から
    「物乞い外交」と批判された。

    
〔韓国政府の思惑〕
     
・経済復興、近代化をすすめることで、
権力基盤を固めたい。
      そのためには
日米からの資金援助が不可欠。
    
〔日本政府の思惑〕
     
・新たな投資先として韓国市場に進出
したい。国交正常化が不可欠。
    
〔米国の思惑〕                
     
・東アジアで確固とした反共体制を構築したい。ベトナム戦争。

   
*日韓基本
条約は7条からなる。第2条では、両国は日韓併
    合(1910)以前に朝鮮、大韓帝国との間で結んだ条約に結
    ばれたもの全てをもはや無効であることを確認し、第3条で
    は日本は韓国が朝鮮にある唯一の合法政府であることを確
    認し、国交を正常化した。
   
*この条約によって国交正常化した結果、日本は韓国に対し
    て多額の経済援助を行った。植民地支配の補償請求につい
    ては、資金供与(無償援助3億ドル、長期低利借款2億ドル、
    民間借款3億ドル)をする代わりにいっさいの請求権を放棄
    する内容で政治決着がはかられる。これがその後、個人補
    償への障害となる。
   
*条約には、日本の植民地支配にたいする謝罪の言葉はなかった。

   
*韓国内で起こった学生を中心とした日韓条約反対運動を力で鎮圧。

  
◇ベトナム戦争への参戦
   
*韓国軍兵士の死者5000人、枯葉剤の被害者は8万人とも。
   
*韓国軍によるベトナム人民の虐殺事件も

 
3。全斗煥(チョン・ドファン)政権時代(80年~87年)
  
◇民主化闘争への弾圧続く。光州事件(80年5月、光州市民への虐殺)。
   
80年~83年は国民を強く抑え、民主化運動を行った学生や、
    運動家を
軍隊に入れて思想改造を行うなど、強く弾圧した。
    しかし、83年から
は、これらの弾圧が一定成功したのに加え、
    5年後に開催されるソウル
オリンピックに向けたイメージづくり
    のために、しだいに軟化していく。

  
87年6月、学生を中心とした民主化闘争は、「ネクタイ部隊」と
   いわれるホワイトカラー層の加勢を受け、ピークに達し、「6・29
   民主化宣言」の発表を余儀なくされる。これにより大統領の直
   接選挙制などの民主化政策が前進していく。



四。変わる韓国-民主化の流れ(1987~2007)
 
1。盧泰愚(ノ・テウ)政権時代〔88年~92年〕
  
◇この人も軍人出身。はじめて直接選挙で選ばれた大統領。

  
88年のソウル五輪。高度成長、海外旅行の自由化、社会

   義国との国交樹立ラッシュ、南北朝鮮の国連同時加盟な
ど、
   時代の変化が伝わりはじめる。

 
2。金泳三(キム・ヨンサム)政権時代〔93年~97年〕
  
32年ぶりの非軍人出身の大統領に。「文民政府」を強調。
   
*政治腐敗の追求などで積極的政策
   
*「歴史の立て直し政策」。光州事件の見直しなど。
   
97年の金融危機で韓国経済は大打撃

 
3。金大中(キム・デジュン)政権時代(98年~02年)
  
◇民主化闘争のシンボル的存在。
   
73年に日本で拉致、殺害されかける。
   
*金融危機によるIMFの規制緩和政策を受け入れ、
    貧富
の格差の拡大をまねく。

  
◇対北朝鮮への「太陽政策」
   
*経済的協力
   
2000年に初の南北首脳会談

  
2002年のサッカーW杯の成功、日本文化の解禁

 
4。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代(03年~)
  
◇韓国現代史の見直し
   
*真実・和解のための過去史整理委員会が2005年12月に始動。
   
*日本の植民地支配から、盧泰愚政権までの間に行われた、
    抗日
独立運動、朝鮮戦争前後の民間人の集団虐殺事件、
    不当な公権力
による人権侵害、国家の正当性を否定する
    テロ行為など、韓国現
代史全般に対する真相究明をするこ
    ととなる。現在も進行中。



さいごに:韓国現代史の底流には、いつも人びとの“たたかい”があった。
      
過去の歴史の共有は、21世紀の課題として残っている。

【韓国を知るためのオススメの文献】
 
『なるほど!これが韓国か』(李泳采/韓興鉄、朝日新聞社、2006年)
 
『変わる韓国』(面川誠、新日本出版社、2004年)
 
『となりの韓国人-傾向と対策』(黒田福美、講談社文庫、2006年)




以上。


受講生の感想。

「知らなかったことが多かった。民衆の人々のたたかい
があったのだと初めて知った。隣の国の事をもっと知ら
なくてはと思う」

「やっぱり日本がかつておこした戦争はとんでもない犯
罪だと思った。この教室ではいろいろなことを教わる。
ありがたい。韓国の大統領は7人しかいないことも知ら
なかった」

「おとなりの国なのに、知らないことばかりでした。という
か、日本の歴史もよく知らず、外国の歴史はほとんど
知らないと気づきました。勉強します!」

「韓国のこと本当に知りませんでした…。すごくパワーの
ある国民性だと感じました。韓国だから…、北朝鮮だか
ら…と決めつけたり思いこむ前にもっと知らなきゃいけ
ないことがありますね。日韓条約の問題点が分かって
スッキリしました」


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2007年10月26日 (金)

アジアの独立と日本の戦争

きのう(25日)は、74期岡山労働学校の第3講義
「アジアの独立は日本のおかげか?」が行われました。
参加は19名。うーむ少しずつ減ってきている。分析が必要だ。

講師は3回連続で元高校教諭の徳方宏治さん。
今回も豊富な知識を駆使され、わかりやすい講義でした。


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以下、講義の概要。


1.はじめに
 ①毛沢東いわく 中国革命の成功は日本のおかげ
   →日本があまりにもムチャクチャをした結果、
    共産党が勢力を伸ばしたという逆説的表現
 ②日本は「アジアの解放」を戦争の目的にしたのか?
  中国や朝鮮の独立運動を押さえ続ける日本がアジアの
  独立を望むわけがない。
 ③知識人が受け止めた日中戦争と「アジア・太平洋戦争」の違い
  *日中戦争 どのようにとりつくろっても侵略戦争
  *大東亜戦争 欧米列強の植民地支配に苦しむ東南アジアの
   人々を解放する戦い
 ④日本の戦争目的は最初から混乱していた
  「自衛のため」? 「アジア解放のため」?
  *「自衛」と「解放」が、そもそも矛盾している

2.大東亜共栄圏という構想
 ①日本は満州事変が勃発すると日満一体を、ついで日満華一体をとなえ、
  日華事変が進展すると東亜新秩序建設を唱えた。 八紘一宇の精神。
  松岡洋右「皇国外交の指針」(1940.8)
   大東亜共栄圏に加えるべき地域
   南洋諸島・仏印・タイ・マレー・英領ボルネオ・蘭印・ビルマ
   オーストラリア・ニュージーランド・インド

 ②その本音は
  1941.11.20 「南方占領地行政実施要項」
   (ア)占領地に軍政を施行する
    軍政の三大原則 1)治安の回復 2)重要国防資源の急速獲得
     3)作戦軍の自活確保  →アジアの解放などどこにもない!
   (イ)「原住民に対しては皇軍に対する信いの観念を助長せしむる
      ごとく指導しその独立運動は過早に誘発せしむることを避くる
      ものとす

  1942.3.14 海軍の「占領地軍政処理要項」
    「(原住民対策には)また民族運動を誘発せしむることなからしむ
    る様留意す」

 ③しかし、日本は表向き欧米帝国主義からの「東亜の解放」をとなえ、
  現地で独立運動が高まっていることから、「大東亜」地域の独立問題
  を取上げざるをえない。
   (ア)香港、マレー半島 大東亜防衛の拠点として直接支配
   (イ)フィリピン・ビルマ 民衆が大東亜共栄圏建設に協力するなら
     ば独立を与えてもよい。
   (ウ)インドネシア 日本の植民地化の方針
     →豊富な天然資源があったため
   (エ)仏領インドシナはフランスと日本が共同で住民を支配し続けた

3.日本の植民地支配の実態
 ①文化的側面の例として言語
  日本語教育を通して皇民化政策を推進

 ②経済的側面
  (ア)日本の東南アジア支配の最大の目的は石油などの重要国防
    資源の獲得。
  (イ)占領地で日本の必要作物の栽培 あまりうまくいかず
  (ウ)米について 
    東南アジアは世界的な米の輸出地であった
     ビルマでは米の生産量が日本の政策の結果激減
     ベトナムでは200万人の大量餓死者

 ③強制労働、性奴隷、捕虜虐待・・・
  泰緬鉄道の建設 捕虜が多数犠牲に(約4万2千人)
  フィリピンでの性奴隷問題

  「大東亜共栄圏」の実態は「大東亜共貧圏」であった。

4.戦局の転換からくる日本外交の見直し
 *アジアの民心を引きつけるための積極的施策
  大東亜会議にむけて
   かいらい政権をつくらせる

  大東亜会議(1943.11.5~6)の開催
   →結局は日本のパフォーマンスだった
   日本にとって重要な地域の独立は認めなかった

5.大戦末期の東南アジアの対日抵抗運動
 ①生活苦による現地住民の自然発生的な抵抗運動
 ②連合軍側の旧宗主国の支援を受けた抗日ゲリラ
 ③共産党指導の抗日運動
 ④日本軍の補助兵士として組織した集団の反乱

6.東南アジア諸民族の独立
 ①ビルマ 日本による見せかけの独立に反発 
       共産党などによる抗日運動
  44.8 反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)の結成
       議長アウン・サン
  45.3 AFPFLの一斉蜂起 国軍も反乱開始 イギリス軍と協力
  45.6.15 イギリス軍、PBF ラングーン入城 日本支配の終焉

 ②ベトナム べトミン(ベトナム独立同盟) 大衆を基盤として支持拡大
  45.8 日本の克服、べトミンによる全国蜂起の呼びかけ
     9.2 ベトナム民主共和国の独立宣言 ホー・チ・ミン大統領

 ③インドネシア
  45.7.17 日本政府はインドネシアの「独立付与」を正式決定
     8.15 日本の降伏 反日抵抗組織の青年グループはインド
          ネシア人自身での独立宣言をスカルノ・ハッタに求める。
     8.17 日本から付与されたものではない自らの意思による
          独立宣言によってインドネシア共和国の成立

おわりに
 ①戦後の現地に残留した日本人
  (ア)独立国の旧宗主国との戦いで独立戦争の参加。
    独立に貢献した人々。
  (イ)BC級戦犯として裁かれた「日本兵」(朝鮮人や台湾人を含む)
 ②日本の支配によって欧米植民地支配の基盤が崩された
  →戦後の旧宗主国の再支配に対して猛烈な抵抗運動がおこる
 ③大東亜共栄圏構想は戦後の東南アジアという地域概念の基盤となった。


以上。


ほんとうに、複雑な地域性や歴史をもつ地域ゆえに、
先入観を排して、事実をまず一つひとつ押さえることの大切さを
感じた講義でした。

徳方先生、3回連続の講義、本当にありがとうございました。
しっかりバトンを引き継いでがんばります。


受講生の感想。

「『アジア解放の戦争だった』と主張する根拠を理解
できたと思う。同時に、その根拠が全く根拠のないも
のであることも、よくわかった。
 アジア諸国が宗主国の下で統治者の一部がどの
ような行動をとったとしても、国民と国土にとんでもな
いダメージを与えた事実が明らかなのだから」

「『大東亜共栄圏』にしても、『テロとの戦い』にしても…
同じようなうさんくささを感じる。
 いいことを掲げても、実際にやっていることを知ると、
『共栄』という言葉をものすごーく白々しいものに感じ
てしまいました」

「大東亜共栄圏ではなく、日本以外の人々にとっては
『大東亜共貧圏』だったということが一番印象に残り
なるほどそうだ!と思いました」

「他国を支配するには、言語、文化を支配すると効果
的なんだと思った。教育は大切。文化も…。
『命がけでアジア諸国民の独立のために戦った』という
日本人はいるか?という言葉が一番説得力がありま
した」


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2007年10月19日 (金)

日中戦争から太平洋戦争へ

きのうは、74期岡山労働学校「日本の戦争教室」
第2講義が行
われ、21名が参加しました。

講師は先週に引き続き、元高校教諭の徳方宏治さん。
「近代日本の対外戦争(2)-日中戦争からアジア・太平洋戦争」
というテーマでした。

さすが徳方先生!の中身で、私も知らないことだらけでした。
まだまだ勉強不足であります。
ハル・ノートがくる前に、すでに御前会議で開戦決定がなされ、
真珠湾攻撃への作戦が始まっていたとは。


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以下、講義の概要。


1.抗日民族統一戦線の成立と日中戦争
 ①国共の抗争から抗日民族統一戦線の結成へ
  南京国民政府(蒋介石)にょる共産党攻撃
   →1934~36共産党の長征
  1935 共産党の「八・一宣言」
  1936 西安事件(張学良が蒋介石監禁)
  1937 第二次国共合作 抗日民族統一戦線の結成

 ②日中戦争(1937.7) 盧溝橋事件→日中全面戦争
  日本軍華北・華中制圧、南京占領(南京虐殺事件)
  蒋介石の国民政府は南京→武漢→重慶へと首都を移して抵抗
    共産党の八路軍、新四軍
  中国民衆のさまざまな抵抗
  日本軍は主要都市を制圧したものの支配地は「点と線」にとどまる
    日本資源不足に悩む  その打開を目指して新たな戦争へ


2.アジア・太平洋戦争へ
 ①北進論と南進論
  北進論-ソ連を攻撃して、シベリアの資源を獲得
  南進論-東南アジアに進出して資源を獲得
  北進論の挫折 ノモンハン事件 日本軍の惨敗

  強まる南進論

 ②1939.9 第二次世界大戦勃発とドイツの優勢
  日本では「今こそドイツと提携して東南アジアのイギリス・
  フランス・オランダの植民地を一挙に日本の支配下に
  おくべき」等の議論が優勢になる。

 ③日米開戦に向かって
  1940.9 日独伊三国同盟の成立
  1941.4 日ソ中立条約
         日米交渉開始
       6 独ソ戦開始
       7 日本軍、南仏印進駐
         アメリカ、在日日本資産の凍結、対日石油輸出の全面禁止

  なぜ、日本とアメリカは戦争を始めたか
   ≪日本≫資源を東南アジアに求めたい
         アメリカと戦うならば今しかない
   ≪アメリカ≫すでに連合国支援、反独の立場は鮮明
           中国、東南アジアへの日本の利益拡大は許さない
           日米交渉進展せず

 ④いつ、日本はアメリカとの開戦を決めたか 
  41年に 7/2  9/6  11/5  12/1  4回の御前会議  
  11/5の御前会議で実質的な開戦を決定
  この日を境に陸海軍は戦闘態勢に完全に移行
  11/26 千島列島エトロフ島の単冠湾から海軍機動部隊が
         真珠湾攻撃に向けて密かに出発
         同日ハル・ノートが駐米日本大使に手交。
  11/28 外務省、ハル・ノート全文の翻訳を関係方面に配布


3.アジア・太平洋戦争の開始
 ①1941.12.8
  午前2時15分 日本軍、マレー半島への上陸を開始(対イギリス)
  午前3時19分 日本軍真珠湾攻撃開始(対アメリカ)
   (ア)アジア・太平洋戦争はイギリスとの戦争から始まった
   (イ)多くの日恩人は日米開戦を喜んだ

 ②日本の相次ぐ戦勝 1941.12~1942.6ころまで

 ③大東亜共栄圏の構想
  日本、満州、中国にくわえ、占領地、さらに将来はオーストラリア、
  ニュージーランド、インドまで圏内にいれる構想をもっていた。


4.戦局の転換
 ①ヨーロッパ
  1941.6 独ソ開戦
   スターリングラード攻防戦(42.9~43.3)
   ドイツ敗北

  1943.9 連合軍、イタリア攻撃 
         ムッソリーニ失脚 イタリアの降伏

 ②アジア
  アメリカの戦争体制の立ち直り 対日反抗の開始

  1942.6.4 ミッドウェー海戦 米軍の勝利
    日本 「赤城」「加賀」「飛竜」「蒼竜」に4空母、1巡洋艦、
        322機の航空機、3500名の兵員を失う。
  1942.8~43.2 ガダルカナル島での攻防戦
    2万5000人の戦死・餓死者

 ③中国
  日本は蒋介石政権のある重慶を占領しようとするが果たせず。
  1944年以降は中国の反抗作戦 日本は守勢に追い込まれる

 ④朝鮮
  大韓民国臨時政府(重慶)は1941年12月に日本に宣戦布告
  韓国光復軍、朝鮮独立軍などの抗日戦争


5.敗戦に向けて
 43.4.18 山本五十六連合艦隊司令長官の死
 43.5.12~5.29 アッツ島の攻防 5.30玉砕
 43.12 学徒動員開始
 44.7~10 ビルマ方面でのインパール作戦
         7万2000人の死者を出して失敗
 44.7~9 サイパン島の攻防 3万余の兵士と、1万人の市民の死
         「バンザイクリフ」 捕虜わずか1000人
         以後アメリカB29による日本本土爆撃開始
 44.10 アメリカ軍、フィリピンのレイテ島上陸
       神風特攻隊の出陣
 45.3  硫黄島の日本軍全滅
 45.4.1 アメリカ軍、沖縄上陸開始 沖縄戦
        日本軍の戦死者約11万人 市民10万

 本土空襲
 1944.11以後本格化 主要都市が焦土と化した
 1945.7 ポツダム会談 米・英・ソ
        7.26 ポツダム宣言 日本に無条件降伏要求
        日本は黙殺
 45.8.6 広島に原爆投下
    8.8 ソ連の対日参戦
    8.9 長崎に原爆投下 
    8.14 日本政府はポツダム宣言を受諾
    8.15 天皇の「玉音放送」 戦争の終結

 8月15日
  日本は多くの人が終戦記念日という
  中国は「抗日戦争勝利日」
  韓国は「光復の日」

 侵略戦争は2千万人をこえるアジア諸国民と
 3百万をこえる日本国民の生命を奪った



以上。


受講生の感想をいくつか。

「世界地図で見ると、侵略していった地域の広さに
びっくりしました。日中戦争からの詳しい歴史を学習
したのは初めてで、今日はよくわかりました。
日本人は思慮深くないと思います。勝てる見込みも
ないのに無鉄砲すぎると思います。
世界の歴史の中から、第二次世界大戦を見直すこ
とができました」

「戦争初期の相次ぐ勝利で民衆が舞い上がって、
和睦ができない状態であったことをはじめて知った。
日本の国民性としてマスコミにあおられる体質は
現在も昔も変わらないので、国民に真実を知らせる
運動が大切だと感じた」

「“ハル・ノート”より前に開戦が決定されていたことを
初めて知りました。靖国史観とか戦争したい人たちに
とって都合がいいことって、『無知』の部分に入り込む
のだと実感。恐いなぁ。だから真実を知るってすごく
大事。イタリアのことももっと知りたくなりました」


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 講義終了後の
 グループ討論の様子。








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2007年10月12日 (金)

明治維新から満州事変まで

きのうは、74期岡山労働学校「日本の戦争」の第1講義、
「近代日本の対外戦争(1)-明治維新から満州事変まで」
行われ、26名が参加しました。

受講生25名中、21名が参加という、かなり高い出席率でした。
みなさんの学習意欲の高さを感じます。
他、単発参加2名、運営委員が3名でした。

講師は、元高校教諭(世界史)の、徳方宏治さん。
第1~3講義まで担当していただいています。

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きのうの講義は、
日本の侵略の歴史の前半部分、
明治維新から満州事変までを、一気に学びました。

「15年戦争」部分は、まだ学ぶ機会もあると思いますが、
この時期の日本の侵略と戦争の歴史については、
ほとんどみなさん学べていないのが現状。
驚きとともに、「なぜ」が広がる講義でもあったようです。


以下、講義の概略。


1.70年戦争という見方
  *1874年(明治7年)の台湾出兵から1945年(昭和20年)の
   敗戦までのほぼ70年間、日本は戦争に明け暮れた。

2.開国と明治維新
 ①開国
  *1853 ペリー来航
  *1868 明治維新
  *日本が独立できた理由

 ②明治維新でつくられた政府
  *天皇を頂点とし、資本家・地主が支配階級として労働者・
   農民を支配する。急速な工業化。強力な軍隊作り。

 ③明治国家の進む道
  (ア)欧米列強と同様の侵略国家になるか
  (イ)アジアの人民と連帯して非侵略国家になるか
    →近代日本は(ア)の道をつきすすんだ

3.侵略の始まり(台湾・朝鮮)
 ①台湾出兵
  *1871年(明治4年)台湾に漂着した琉球民が殺害されたのに
   対して、3600人の日本軍派兵。
  *背景…国内士族(旧武士)の不満をそらす。「安全弁戦争」
  *琉球(沖縄)領有の布石、さらに台湾領有の野望

 ②朝鮮への侵略開始
  *幕末から征韓論。武力で朝鮮を開国しようとする主張。
  (ア)当時の朝鮮
  (イ)1873年通商を拒否していた大院君が退き高宗が政治を担当、
     閔氏一族が実権
  (ウ)1875年 江華島事件
     1876年 日朝修好条規(江華条約)
     日本が朝鮮に押しつけた不平等条約

 ③1894~95 日清戦争
  *朝鮮支配をめぐる日本と清の争い
  (ア)1894年 朝鮮で大規模な農民反乱 甲午農民戦争
  (イ)開戦に先立つ日本の朝鮮王宮軍事占領事件
  (ウ)日清戦争の開始→日本の勝利
    下関条約で遼東半島・台湾・澎湖島を獲得
    台湾・澎湖島獲得の意味→「大東亜共栄圏」の原型
    台湾の抵抗
  (エ)日清戦争は日本と清国との戦争だけでなく、日本軍と
    朝鮮農民軍との戦いでもあった。

4.日露戦争と韓国併合
 *朝鮮・満州をめぐる日本・ロシアの対立
 ①開戦前
  (ア)1899 義和団の乱 鎮圧の先頭に日本軍・ロシア軍
  (イ)反乱後ロシアは満州に兵力増強、韓国支配をめざす
    日本と対立激化
  (ウ)国内での開戦論・反戦論
  (エ)日英同盟

 ②1904~05 日露戦争
  *陸・海で日本軍の連戦連勝
   ロシアでは第1次ロシア革命、日本は戦力消耗で戦争継続困難
  *1905年 ポーツマス条約

 ③日本の韓国併合への過程
  (ア)日本は韓国政府に日本への服従を迫る文章を次々に押しつけ、
    外交権を奪い、韓国軍隊を解散させ、日本が韓国の警察権を握る。
    義兵による抗日闘争激化
  (イ)1909年 安重根による伊藤博文射殺事件
   1910年韓国併合 朝鮮総督府設置
    日本による朝鮮の植民地化の完成

5.中国への侵略開始
 *次の目標は中国
 *中国はヨーロッパ各国によって半植民地化され、日本はなかなか
  つけ込めなかった。そこへ思わぬチャンス=第1次世界大戦

  ①第1次世界大戦と日本
   *アジアのドイツ植民地攻撃
   *1915年 中国へ「21か条要求」

  ②しかし、大戦後は経済不況に苦しむ

  ③支配層は国内の危機を大陸への侵略の強化によって解決
   しようとした。その先頭に軍部、関東軍。

6.15年戦争のはじまり
 ①満州事変
  1931.9 柳条湖事件→関東軍の軍事行動
  1932.3 満州国建国宣言
  1933.3 国際連盟脱退

 ②国内ではファシズムの進行とテロリズム



以上。


受講生の感想文をいくつか。

「学校の社会の時間では1行で終わってしまう中身を
学習ができました。明治維新後7年で戦争を始めた
のはびっくりしました。戦争の多さには驚きです」

「『70年戦争』って概念は新鮮でした。戦争のはじめ
方がくわしく知れたのが良かったです。戦争するため
なら何でもいいという考え方が、今も昔も日本のトップ
の考え方なんだなと」

「日本はずっと侵略をしていた国だけど、侵略された
ことはない。侵略をうけた中国や朝鮮の民衆が激しく
抵抗した気持ちが理解できていない状態は良くない
と思った。韓国へ旅行に行った友人がツアーのガイ
ドが安重根の銅像について何の説明もしなかった、
という話を聞いたことを思い出しました」



終了後、有志参加の喫茶店交流「なごみ」には、
約半数が参加し、「この秋したいこと」というテーマで
楽しく交流しましたー。

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 この交流も、 
 労働学校の
 魅力のひとつ。









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2007年10月 4日 (木)

74期がスタート!

今日、第74期岡山労働学校「日本の戦争教室」が開校されました。

入学式記念講演は、
「『慰安婦』と心はひとつ 女子大生はたたかう」というテーマで、
神戸女学院大学・石川康宏教授のゼミナールの3年生ゼミの
お二人、児玉さんと宮崎さんをお迎えして、行われました。

参加は74名!
 (74期にピッタリの人数だなぁ)
会場いっぱいの参加者で、熱気むんむんでした。

児玉さん、宮崎さんのお二人は、

なぜ自分たちがこのゼミで『慰安婦』問題を学ぼうと思ったのか、
実際にゼミで学んだこと、
東京の「女たちの戦争と平和資料館」や
靖国神社に行き、見てきたこと、感じたこと、

そして、9月に、韓国に訪問し、
「ナヌムの家」や資料館で学び、
ハルモニたちとの交流や
水曜集会で何を訴えたのか、

などなど、この半年間の学びを
スライド写真をふんだんに使いながら語られました。
「日本の加害の事実を学ぶこと」の意味が、
お二人の学びを通じて、
リアルに伝わっていた、と思います。


Dscn3135



 こんな感じです。








感想でも多くだされていましたが、
「自分の言葉で伝える」という彼女たちの姿勢は、
ほんとうに見ていてすばらしく感じました。


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 講演中の
 お二人。








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 参加者も
 みなさん
真剣に
 聞き入って
 いました。





さまざまな葛藤や悩みなどの経験なども
率直に語られ、それを乗りこえてきた
強さが印象的でした。

終了後、
韓国の水曜集会で実際にかかげた
横断幕を披露していただきました。


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 いや~、これを
 持ってきて
 もらえるとは
 思いませんでした。

 感動です。




参加者の感想文もどれも良かったのですが、
そのうちのいくつかをご紹介します。

「学ぶって変わることなんだと、お2人を見て改めて
思いました。日本人の女の子がハルモニと連帯でき
るということは、日本と韓国の未来の可能性を示して
いるな、と思います。
 お話を聞いていて、涙がでてしまいましたが、2人
が本当にハルモニに共感し、伝えたい思いがあった
から、だと思います。
 『侵略戦争を隠して未来が見えますか』すごく『ああ、
そうだなぁ』と思わされました。自分とほとんど歳が変
わらない学生さんが頑張ってることに勇気をもらいま
した。私もしっかり社会に参加したいです」
                     (20代、女性)

「知らない歴史をたくさん知りました。毎週水曜に日
本大使館前で、抗議集会を続けていることは、知り
ませんでした。日本に住んで、何も考えずに過ごし
ていると、そんな大切な情報は入ってこないなと思い
ました。
 講師のお二人の話を聞いて、大切だなと思ったこ
とは、『自分の目で、耳で、リアルな物事を見聞きす
る』ということです。韓国に行って、強い意志が持て
たという話が、とても心に響きました。何をするにも
一番大切なことだと思います。自分もそんな強い意
志を持って、いろんなことにチャレンジしていきたい
です」                 (30代、男性)

「本日の講演を聞いて、同年代の子たちが、こんな
に一生懸命になって勉強していることに感心しまし
た。自分自身、勉強したほうではないので、本当に
今日の講演は自分にとって大きなものになりました。
 興味や関心を持てたことが今日の収穫です。自分
も兵庫県内の大学に通っていたのですが、同じ県内
の大学にこんなに良い大学、良いゼミがあることは
知りませんでした。今日の児玉さん、宮崎さんに負け
ないように、個人的にも、政治や国際関係、社会に
ついて勉強していこうと思いました。ありがとうござい
ました」                (20代、男性)

「事実の重みをしっかり受けとめれる人間でありたい
と思う。自分の言葉で語ることの魅力、パワーを彼女
たちから学んだ。『戦争』を語りつぐ、というのは、い
ろんな視点から語りつぐ必要があるし、その広げ方
のヒントを、考えさせられた」    (30代、女性)

「若い女性がこのような問題に興味をもって、学んで
おられることに驚きました。
 『慰安婦』のことは知っていましたが、確かに見て
見ぬふりをしていた自分を反省しました。自分が知る
こと学ぶことだけでなく行動を起こそうと決意したおふ
たりは素晴らしいと思います」       (女性)

「女子大の学生がイアンフ問題を真剣に学ぼうとして
いるという事実を目の前にして、感動しています。
希望を持つことができました」   (40代、男性)

「半年の間に勉強されたことの大きさを感じました。
『知って終わりだった』ことから、『知ったことを伝え
ていかないといけない』という考えに変わったという
お話に感動しました」        (50代、女性)

「うたに託して

“学んだことを”“伝えたい” 女子大生は たたかうという

ハルモ二とピースサインでハイ、ポーズ!若い感性が写っている

“つないだ手がちっちゃかった”
                 ・・若きらとハルモ二の思いが重なりており

Tシャツのハングルがたたかっている 
                  『ハルモ二たちの戦争は終わっていない』 

『ハルモ二を苦しめているのは日本社会、そして一員である私たち』 
                           会場に流れる若きらの声

 素敵な学習会でした。若い彼女たちが学んだことを
一生懸命伝えてくれる姿は清々しいです。
 
考えながら、言葉を選びながら、誠実に真摯に答え
ているお二人に、しばしば胸があつくなりました。平和
は私たちの手で創り出すもの・・・彼女たちを前に、あら
ためて心に刻みました。ありがとうございました」
                         (女性)


まだまだたくさんの感想文が
寄せられました。ありがとうございました。


74期の通し受講生も25名となり、
「日本の戦争教室」は、大成功のスタートを
きりました。

入学式のエピソードは他にも
たくさんあるのですが、
とても書ききれません。

3人の受講生による「受講の訴え」も、
とても、すばらしいものでした。

もちろん、運営委員の奮闘も。


忘れられない入学式、になったと思います。
参加されたみなさん、
なにより講師に来てくださった児玉さん、宮崎さんに、
感謝のひと言です。

ありがとうございました。


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2007年8月13日 (月)

74期岡山労働学校

10月4日(木)に開校する74期岡山労働学校のお知らせです。
今期のテーマは昨年の72期に引き続き、「日本の戦争教室」。

昨年のカリキュラムではふれられなかった問題を中心に
とりあげて、学んでいきます。

入学式記念講演は神戸女学院大学の石川康宏さんの
3年生ゼミのお二人をおよびし、
『「慰安婦」と心はひとつ-女子大生はたたかう』(仮題)というテーマで行います。

9月の韓国訪問のホットなお話も聞けると思います。
記念講演の反応は上々で、期待が高まっています。
大宣伝をして、100名以上の参加をめざしたいと思います。

通し受講の申込もすでに相次いでいます。
今期は数の面でも爆発! させたいと思います。


では、74期カリキュラムをご紹介します。

【第74期岡山労働学校『日本の戦争教室』カリキュラム】

①10/ 4(木) 記念講演
 「『慰安婦』と心はひとつ-女子大生はたたかう(仮題)
                            /児玉晴佳さん・宮崎裕子さん

②10/11(木) 第1講義
 「侵略戦争への道(1)-明治維新から満州事変まで」
                            /徳方宏治(元高校教諭)

③10/18(木) 第2講義
 「侵略戦争への道(2)-日中戦争から太平洋戦争へ」/徳方宏治


④10/20(土) 映画鑑賞
 「日本の青空」/三木記念ホール(実費負担)

⑤10/25(木) 第3講義
 「アジアの独立は日本のおかげか?」/徳方宏治

⑥11/ 1(木) 第4講義
 「韓国現代史-日本の植民地支配からの、苦難のあゆみ」
                       /長久啓太(県学習協事務局長)

⑦11/ 8(木) 第5講義
 「沖縄戦とは何だったのか-歴史から消せない事実」/長久啓太

⑧11/10(土) ふれあいコンパ

⑨11/15(木) 第6講義
 「日本軍と毒ガス兵器-今も残るつめあと」
             /上羽修(岡山・十五年戦争資料センター事務局長)

⑩11/22(木) 第7講義「自民党は憲法をどう変えようとしているのか」
                           /坪中明久(県学習協講師)

⑪11/29(木) 第8講義
  「餓死した英霊たち-兵士は美しく死んだか」/藤原真(県高教組書記長)

⑫12/ 6(木) 第9講義
  「靖国問題と政治対決-変えるのは私たち」/長久啓太

⑬12/ 8(土) 修了式&修了コンパ




【募集要項】
*期間2007.10.4(木)~12.8(土) 時間18:30~21:00
*会場:岡山市勤労者福祉センター(岡山市春日町5-6) 
*受講料:10,000円(県学習協会員は8,000円、学生は4,000円)
       単発参加は1回1,500円(学生600円) 入学式のみ1,000円
*お申込み・お問合せ先:岡山県労働者学習協会(岡山市春日町4-26)

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2007年7月 8日 (日)

「ドキドキできた場所」

きのう、73期岡山労働学校「哲学教室」
修了式があり、17名が参加しました。

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17時半すぎて、修了式の開始。
1人3分間の「修了発表」です。
今期を受講しての思いがそれぞれの言葉で語られました。


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どの人の「修了発表」もすばらしく、
労働学校の魅力が語られたと思います。

私もとったメモから、かいつまんで、紹介します。

Yさん
「72期から参加しているが、若い人だけでなく、年配の方も
参加しているので、安心。どれもおもしろい講義だった。
現象だけでなく、本質をみること、人を信頼することが大事。
人から学ぶ、人とのつながりを大切にしたい。来期も来ます」

Nさん
「今期は3回だけの参加だったけど、その中で考えたこと。
アウシュビッツの話を聞いて、戦争について考えた。
今の日本、たいへん問題だらけ。でも、こんなものかと思っていた。
流されていた感じがする。
ちょっとテレビを消して、考える時間がみんなに必要だと思う。
中田進さんの特別講義は目からウロコが落ちた。
自分のためだけでなく、誰かのために行動できるようになりたい」

Tさん
「哲学は難しいイメージだったけど、学びやすかった。
より物事を深く、本質的に考えることができた」

Tさん
「初めて受講した。いろいろと勉強になったし、
紹介された本なども読んでみたい。
来期は職場から、2人、3人と引き連れてきたい。
職場で9条の会を立ち上げた。職員や親の人にも、
ぜひ来期の『日本の戦争教室』に来てもらいたい」

Kさん
「チラシをみて、カリキュラムにひかれ、初めて受講した。
生きにくい社会の中で、自分がどう生きるのか考えたかった。
“唯物論者の態度”ということが印象に残った。
自分を見つめなおすいい機会になったし、
学ぶこと、出会うことを、これからも大事にしたい」

Kさん
「今期はほとんど来れなかった。
労働者は忙しく、ゆとりがなくなってきている。
そういう中で、労働者が学んでいくことが大事だし、
労働学校の存在は貴重だと思う」

Iさん
「若い人が多く、楽しかった。
新しいことがたくさん知れてよかった」

Oさん
「哲学というイメージに偏見があった。ああいえば、こういう、みたいな。
もともと勉強は好きだったし、楽しく学べた。
印象に残ったのは、やはり特別講義の中田進さん。楽しかった。
最後の講義も印象に残った。誰かのために何かをすること」

Mさん
「70期から来ている。須増さんの講義は哲学らしかったが、
今期の学習は未消化ぎみ」

Nさん
「哲学はやっぱり難しいと思ったが、
来期もちゃんときて、勉強したい」

Yさん
「最近、10年分の不幸がのしかかったような状態だったが、
労働学校は自分にとってセラピー効果があった。
みんなで貯金をして、アウシュビッツに修学流行に行こう!」

Hさん
「本当は自分はこういう場は苦手。しゃべるのも。
これまで、自分の生活は、家と会社の往復だった。
労働学校は、ドキドキできた場所。
来期もドキドキしたくなったら来ます」

運営委員Tさん
「今期は初受講の人が多くて、楽しかったし、
2か月間でみんなの表情とか変わっていったのがすごいと思った。
私自身ももっと勉強しないといけない。
アウシュビッツにも行ってみたい」

運営委員Tさん
「今期は早く感じた。今回の哲学教室は、入りやすかった。
受講生も、個性豊かな人が多く、みんなに助けられた。
なんで私はこんなに長く労働学校をやっているのか。
世の中のこと、働く意味が学べるし、いろんな人から吸収できる。
この学校に来るまでは、いまが楽しければいいじゃん、だった。
労働学校に育ててもらった。私の居場所でもある。
私のいいところも、悪いところも、ちゃんと言ってくれる。
もっと広げたいので、来期もよろしく」


今期の一番印象に残った受講生は、
46歳のHさん(男性)です。

家具職人のHさんは、新婦人の活動家のお姉さん(だったと思う)に
「行ってみたら」と言われ、恐る恐る受講された人です。
こういう場所はまったく初めての方。

最初は本当にこわばった顔で、不安な感じがにじみ出て
いたのですが、回を重ねるごとに、みんなと打ち解けはじめ、
最後にはワンポイント講座(講義の前に15分間しゃべるコーナー)で
自分のことをしっかり語っていだだけました。
2か月間での変化がはっきり見れた人です。

きのうの修了発表でも、
「労働学校はドキドキできた」という名言が飛び出しました。

そのHさんの「修了アンケート」を紹介します。
 【印象に残った講義やお話は?】
  どの講義もすばらしかった。自分に色々な変化を
  あたえてくれてありがとう。

 【ずばり、労働学校の魅力はここ!】
  色々な人が、主義・主張・感じ方をぶつかりあう事。
  自分の意見を大事にし、人の意見を大事にする。

 【労働学校に来て変わったこと】
  あまり無関心な自分が、言葉をさがして、
  なにか言わなくちゃと思って意見を書く。

 【労働学校と言えば!○○さん】
  みんなドキドキさせてくれて、とても楽しかった。

 【これからの労働学校に期待すること】
  みんな1人1人違って、もっともっと変わった人と
  話をしてみたい。もっともっと広げてください。


Hさん、ありがとうございました。
来期もよろしくお願いします。


修了発表が終わると、
修了証書の授与に。


Dscn2285

 今期は24名中、
 14名が修了しました。

 あつかれさまでした。



会場をそのままに、今度は修了コンパに突入!


Dscn2286

 わきあいあいと、
 軽食を食べながら、

 短冊に願い事を書いたり、
 労働学校クイズで盛り上がったり。




Dscn2294


 みんなで記念撮影!







21時に、修了コンパも終わりました。
みんなの笑顔が輝いた、修了式でした。

なんと来期の受講申込みがすでに8人の方から!
今期成功の証。来期への期待でもあります。
来期「日本の戦争教室」は、爆発的に受講生を広げるつもりです。
ご期待ください。そして、ご協力ください。


つづいて、
コンパ2次会は近くの居酒屋に行き、15名が参加。


Dscn2296


 約2名が、飲んだ飲んだ。


 




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 自分でソフトクリーム
 つくれるんだって!

 なかなかうまく
 できませんでしたが。







73期、これにて終了。

おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。



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2007年7月 6日 (金)

ついに最終講義

きのうは73期岡山労働学校の最終講義
参加は20名。
「自分らしさを育てる-人間の社会性について」というテーマで、
講師は私が担当しました。


Dscn2276










講義準備はかなり「やばい」という状況で、当日にレジュメをつくり、
2時間前に完成し、ぶっつけ本番という感じでしたが、
意外にも、私の3回の講義の中では一番好評みたいでした。
これだから講師活動は不思議です。


以下、講義の概要です。



一。自分らしさとは
 
1。個性とはなんだろう
  
◇辞書で確認
   
「他の人とちがった、その人特有の性質・性格」(『岩波国語辞典』)

   
「一般的にはすべてのものの個物的存在について、他と区別され、
   それが独自にもつ特徴をいう。人間についても同様な意味であり、
   個性の伸長・発展ということがいわれるのは、同じく個々の人間の
   もつその特徴を、
身体上の運動能力にしろ精神上の感性または
   思考能力にしろ、各自のそなえた能力を、十分に発揮すること

   意味している。しかしどの個人にしても、社会と切りはなされて存
   在できないから、かならず社会から制約を受ける」
                         (森宏一編集『哲学辞典』)

  
◇他の動物の「個性」を考える
   
*ネコの「個性」
   
*アリの「個性」
   
*カタツムリの「個性」

    
人間は、「大人」になるための期間が長い。それは、「本能」より
    も、「学習」により大きな比重があるから。人間ほど「個性」に幅
    の広さと深さのある生きものはいない。人間らしい個性。

 
2。集団の中でこそ、個性が育つ
  
◇人間は、かならず集団で生きている
   
*家族、職場、交友関係、社会活動、社会…etc
   
*仮に、ひとり無人島で暮らしていたら、その人の「人間らしい
    個性」の発揮ということが、問題になるだろうか

   
集団の連帯のなかで、その人がその人でなければ仲間にそう
    することができないような独特なやりかたを発見すること
、そこ
    にこそ個性は育つのではないだろうか。

   
*「つながりあって、ハッピーになる」(金森俊朗)
   
*「あてにし、あてにされる」関係のなかで

     
「『成長』というのは、ぼくらのテーマです。成長というのは身
     長が伸びることではなく、年齢が増すことでもないですね。成
     長とはなんでしょうね。ひとつは受容力が伸びることでしょう
     か。現場でいろんなことが起こっている、そのことの全体がみ
     えて、
その人が悲しい顔からうれしい顔に変われるようにして
     いける力
というのが、ぼくたちの成長でしょうね
      
成長を可能にするのは何かというと、ほかの人とのかかわ
     りが必須
ですね。部屋を閉め切って50年たって自分は成長す
     るのかというと、それでは成長しない。人間がヒヤシンスと違
     うところでしょうね。成長するためには、窓を開けて外に出て
     人と交わっていく。…そのためにずい分傷つき、痛めつけられ
     るということになるかもしれない。そしてもうひとつ、
成長という
     のは自分が自分を面白いというふうに思えていくこと
でしょう
     ね。成長というのは医療者のそしてケアそのもののテーマなん
     です。でも、成長とは何かというと、やっぱりぼくには全体像が
     まだとらえられないっていう感じですね」
             
(徳永進『話しことばの看護論』、看護の科学社)

  
◇その集団の「質」も問題になってくる
   
*「人間らしい個性」をつぶす本質的性格をもった集団もある
   
*環境に順応しつつ、環境を変えていく
     
「環境が人間をつくるだけではない。その環境は人間がつくる。
    つまり、人間は環境にむかってはたらきかける。そこに、人間の
    主体性が発揮される。個性はそこに形成されていくのだ」
           (高田求『新人生論ノート』、新日本出版社、1979年)



二。現代社会が求める「個性」とは?
 
1。個性にも「勝ち・負け」が?
  
◇競争に勝つための、商品としての「個性」

    
「いま他人と自分を差異化できる『個性』が求められています。
    これは、他人にはない特別な才能、競争したときに圧倒的に
    つよい能力のことを指しています。これは競争社会のなかで
    人間を労働力商品としてみた場合です。新自由主義の社会で
    は、
商品となる『個性』をもつための競争に走らされています
                                   (佐貫浩)

   
*企業社会で。利潤をあげるための「能力」=「個性」
   
*学校教育で

    
いまの学校教育で「いわれている学力は、競争のなかで他者
    に勝る『個性』をつくりだすためのものです。それは他者に優
    越する学力でしかありません。しかし
本当の学力とは、単に知
    識を覚えるだけでなく、その知識を使って自分を表現し、他者
    とつながり、自分たちの生き方や社会のありようを創りだす力

    量だと思うのです」                  
(佐貫浩)

  
◇人間の「個性」はもっと多様なはず
   
*可能性は無限大

 
2。「自己責任」で個性は育つか?

    
「『自己責任』がもとめられる社会では、自分の困難を打ち
    明けても、共感されず、それが弱さとして嘲笑されるような
    環境があります。だから、自分を表現できないのです。表現
    できないからつながれない
」                           (佐貫浩)

   
*「あてにし、あてにされる」関係を壊すのが「自己責任」

 
3。そういう社会のあり方を変える
  
◇個性を輝かせる土壌を豊かに



三。自分らしく輝いて(おまけ)-日野原重明さんに学ぶ
 
1。齢にいのちを注ぐ
   
    
「いのちに、齢を加えるのではなく、
                  
齢に、いのちを注ぐようにしなさい」

  
◇年齢を重ねるということは、私たちに与えられた“時間”という
   器のなかに、“いのちを輝かせる材料”をつめこんでいく
ということ。

  
◇日々の経験、学び、出会い、別れ、喜怒哀楽…どんな1日にも、
   “いのちを輝かせるための素材”はころがっている。

 
2。ほかの人のために時間をつかう-自分らしさを育てるために
  
    
「寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけ
    につかうのではなく、すこしでもほかの人のためにつかう人
    間になれるようにと、私は努力しています。なぜなら、
ほかの
    人のために時間をつかえたとき、時間はいちばん生きてくる

    からです。時間のつかいばえがあったといえるからです」
                               (日野原重明)

    
「ほかの人のために時間をつかうとなると、それを強く意識し
    て、そうする努力をしないかぎり、自分のことだけで1日をつ
    かいはたしてしまいます」(同上)

    
「ほかの人のために自分の時間をつかうということは、自分
    の時間がうばわれて、損をすることではないのです。それど
    ころか、ほかのことでは味わえない特別な喜びで心がいっぱ
    いに満たされるのです」(同上)

    
「人と人とが思いやりをもってはげましあい、支えあっていくこ
    とが、人生のなかでじつはいちばんすてきなことなのです。
    間ってすごいものだなあと私が心から思うことは、人間には思
    いやりの心というものがあって、見も知らない人のためにも自
    分の時間をつかえるというところなのです
。そんなことは動物
    にはできません。人間だけにできることです」(同上)

 
3。学ぶこと、出会うこと

  ◇自分らしく生きるために、多くの出会いを


以上。




講義のあとの感想交流も、いい雰囲気でした。
みんな活発に、いいたいことが言える雰囲気っていうか。
感想交流で笑顔がたえないんですよ。ほんと。

労働学校って、すごいチカラをもっていて、
最初の方の教室の雰囲気と、きのうのような最後の方の雰囲気が
まるで違うんです。2か月間で。

「労働学校ってどんなところだろうか」
「硬い雰囲気のところだろう」
と緊張して受講していくる人たちが、
回を重ねるごとに、お互いを知るようになって、
老若男女の壁をこえ、まとまりができてくるんですよね。
顔つきもなんだか変わっている(いい方に)。

こういう学びの雰囲気っていうのは、
他ではなかなか味わえない、と思います。
これは、自画自賛してもいい、労働学校の特長だと思います。

きのうの様子をみていて、あらためて、
「ああ、ぼくってやっぱり労働学校が好きなんだなー」
と思ってしまいました。
受講生のみなさんに、感謝、感謝です。

土曜の修了式が楽しみです。


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2007年6月29日 (金)

アウシュビッツに行って

きのうは73期岡山労働学校の第7講義
講師は高教組書記長で、世界史教諭の藤原真さん。
参加は19名。


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「世界を学ぶ哲学-歴史・人間・文化」というテーマで
お話いただきました。
昨年末、全教青年部が企画したアウシュビッツ(ポーランド)への
ツアーに参加。そこで見てきたこと、考えたことを
中心にお話をしていただきました。
写真をふんだんに使っての講義は、たいへん好評でした。

それにしても、やはりアウシュビッツは、
写真を見て、話を聞くだけでも、
あまりのコトの重さに、たじろぎます。
でも、私も1度は行ってみたい。


以下、講義の概要。

【アウシュビッツの伝言】

 ○ポーランドについて

 ○アウシュビッツへ
  ・ビルケナウ(アウシュビッツ第2)にて
  ・アウシュビッツ(アウシュビッツ第1)にて

 ○オシフィエンチム国際青年会館
  ・「次の世代への忠告」
  ・「寛容性と民主主義を維持する集団」を育てる

【ワルシャワの不屈】

 ○ワルシャワへ
  ・ゲットーとユダヤ人
   「コルチャック先生」
   ワルシャワ・ゲットー蜂起
  ・ワルシャワ蜂起と街の壊滅
  ・「すべては未来のために」 世界遺産ワルシャワの「誕生」

【日本に帰ってきて】
 ○「日本人らしさ」の氾濫
  ・藤沢周平は怒ってるぞ!・・・たぶん。
  ・「美しい国」って何だよ。

 ○「日本人らしく」生きていくためには
  ・反省することが「自虐」なのか
   →「心に刻む die Erinnerung」
    ・・・「ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを
                   信誠かつ純粋に思い浮かべること」

  ・学ぶこと、考えること、伝えていくこと


以上。


受講生の感想

「久しぶりに学生にもどったようでした。世界史(今日学んだこと)を
あらためてじっくり聞く中で、なんて人間はざんこくなのか、と1番に
思った。『ひとりひとりが未来のかけ橋』この言葉が心に残りました」

「アウシュビッツの話を聞いて再び衝撃を受けました。今の私にで
きることは、この出来事を心に刻むことです」

「“未来へのかけ橋”ステキな響きとともに胸にきました。私(たち)
自身がかけ橋となって世界を広げること=学ぶこと、につながる
ような気がした」



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2007年6月22日 (金)

74期の記念講演決まる

74期岡山労働学校は、「日本の戦争教室」。
昨年秋に好評だった教室の第2弾です。

そして、
10月4日(木)の入学式・記念講演の
内容が決まりました!


神戸女学院大学、
石川康宏教授の3年生ゼミの
学生さんのなかから2人をお招き
して、
「慰安婦」問題についての学びや経験を、お話して
いただくことになりました!(講演タイトルはまだ未定)

今年の4月からこの問題を本格的に学び始め、
9月に「ナヌムの家」に行く学生さんの、
ホットなホットなお話を聞くことができます。

全体のカリキュラムは決まり次第またお伝えしますが、
記念講演は、必ずや全体の学びを
引きしめてくれるものになるはずです。

ご期待ください。

「行く」と決断してくれた学生さんに、感謝、感謝です。

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2007年6月21日 (木)

コトの本質を見抜く

きょうは73期岡山労働学校の第6講義がありました。
参加は18名(先週よりは若干回復…)。

テーマは
「コトの本質を見抜く-使える弁証法」
講師は、わたくし、長久が担当しました。
(今日は教室風景の写真をとりわすれました)


以下、講義の概要。

一。コトの本質を見抜くために-カテゴリーの理解
 1。本質と現象

 2。原因と結果

 3。一般と個別

二。弁証法のおさらい
 1。「どうせ」という時、私たちはどういう見方になっているか

 2。ものごとを、運動・変化のなかでとらえる-弁証法
  ◇静止・固定は相対的、運動は絶対的

  ◇ものごとの中には、つねにその内部に相反する要素や傾向がある

  ◇この事物内部の矛盾こそが、発展の原動力となる

  ◇経験・理論の絶対化の危険

三。発展のすじ道について
 1。弁証法的な否定
  ◇肯定をふくんだ前進的な否定

 2。量的変化と質的変化
  ◇質とは何か

  ◇量とは何か

  ◇質と量のつながり

  ◇量の変化が、質の変化に転化する(発展)


以上。


弁証法を講義するときは、「例え話」が命。
概念の説明だけでは、ほぼ、理解できません。

弁証法の講義は、本当に難しく、失敗の連続です。

でも、今日の例えは、なんとなく感触がありました。
ふむ、量的変化の積み重ねですかね。


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2007年6月14日 (木)

変化をつかむ

きょうは73期岡山労働学校の第5講義
講師は早島町議の須増伸子さん。参加は15名。
うーむ、減った。雨がふっていたのもあるのだろうか。

Dscn2166










しかし、参加者どうしのコミュニケーションというか、
わきあいあい度は、確実にアップしていて、いい雰囲気。
これも、量的変化の積み重ねの結果、ということですね。

そして、労働学校の優位性というか、その特質は、
この「期間の長さ」ということでしょう。
1回だけの学習会や、数回の講座では、
参加者どうしの交流はなかなか難しい。
「2か月間、10回程度の講義」という「量」が、
「質」にあたえる影響というのは大きい。

この「連帯感を感じながら学ぶ」という雰囲気がうまく育てば、
学びに与える効果は、けっして小さくありません。
もっと県内各地に、こうした学校をつくりたいです。


それはさておき、
今日のテーマ
は、「現実をとらえるすじ道(2)-変化をつかむ」です。

講義の概要。

1。世界のあり方は2つの考え方
 *形而上学
 *弁証法

  弁証法的唯物論

2。弁証法の諸法則
 *対立物の統一と闘争
 *否定の否定
 *量的変化と質的変化
 
  人間の認識も浅い真理から深い真理まで発展していく

  やっぱり実践が大切-未知への絶えざる挑戦


という感じでした。

「例え」で話されたエピソードなどは、
「ふんふん」と納得できるのだけれど、
弁証法のさまざまなカテゴリーに慣れていない参加者は、
なかなか理解するのに悪戦苦闘している様子でした。

弁証法は、奥が本当に深いし難しいけど、
その法則を理解しておくのと、していないとでは、
まったく物事を認識する力や、本質をつかむ力が
ちがってきます。

何回でも、くりかえし、身につくまで、
絶えざる学習が必要なのであります。

さて、私も来週の弁証法講義第2弾までに、
あらためて学びなおさないと!


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2007年6月11日 (月)

歴史に学び、歴史をつくる

きのうは73期岡山労働学校の特別講義がありました。
講師は関西勤労者教育協会の中田進さん。

参加は35名でした(少なくて残念!取り組みが弱かった…)。
なんと! おとなり広島や、高知からも参加がありました。
遠いところ、本当におつかれさまでした。


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 開始1時間ほど前には、
 突然のどしゃ降り雨。

 なんてこった。
 でもみなさん、そんな中、
 本当によく足を運んで
 いただきました。

「歴史に学び、歴史をつくる-社会発展史入門」というテーマでした。
 *社会の法則性
 *社会とは何か
 *社会発展の原動力・・・階級闘争
 *21世紀にいきる私たち

という感じで、13時10分ぐらいから、16時半まで、
なんと3時間20分の大講義でした(途中2回休憩はさむ)。


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 ユーモアたっぷりの
 中田進さんの講義は、
 大好評でした。





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16時半から17時までは質疑応答の時間でしたが、
ほぼ中田さんの「補講」のようになり、
4時間ずーっと中田さんのお話でした。

「えー4時間!?、それは長いわー」と思われるかもしれませんが、
中田さんの講義は、とにかくわかりやすく、おもしろいので、
「あっ」というまに時間がたってしまいます。

中田節健在! って感じでした。
感服いたしました。

中田さんの本も計13冊売れました。
今期初受講で、学童保育指導員のKさんも
いたく感動したようで、2冊買って、サインももらっていました。


以下、参加者の感想をいくつかご紹介します。


「学習には体力が要る、という指摘にハッとした」

「とてもおもしろく、勉強になりました。今まで知って
いる歴史とは違う、労働者を中心にした歴史でよく
わかりました。憲法のすばらしさもわかり、これを
変えてはならないと思います。作られた時もその後も
アメリカの影響は大きいと思いました」

「変わる方向に生き方を重ねる、印象的な言葉でした。
変化をリアルに実感し、想像力を働かせる必要性を
感じました。とても面白く、楽しい時間をありがとうござ
いました」

「4時間があっという間で、とてもおもしろかたです。
“歴史に学び、歴史をつくる”というタイトルの通り、
何かを“する”ためには、“学ばなければ”ならない
と改めて思いました」

「先生のお話、楽しく聞かせていただきました(わか
りやすかったです)。でも、大事なところ、ここはゆる
さないところは、強調されていて、そこのところは、
私も腹が立つことや、知らないこともいっぱいあり、
すごく勉強になりました」

「ずっと昔からの社会の発展の流れがよくわかり、
その中での矛盾や問題がとてもわかりやすかった。
本当に今も昔も明るいキザシが見えにくい中で、
これからどう社会が発展していくのか、自分がどう
いう社会にしたいか歴史を学ぶ中で自分も考え、
まわりにも問いかけながら、未来あるこどもたちに
どういう社会・日本を手渡していきたいのか、毎日
忙しいけど、その中でも少しずつ前に進んでいきた
いです。今日はなんだか元気をもらえたように思い
ます」

「今回の講義を聞いて、正しい歴史の真実を知るこ
とをしなければならないと思いました。学習→教材、
空間、体力。こつこつ無理しないで続けていきたい。
そして、憲法を絶対に守らなければならないと思い
ました。中田進先生ステキですね!」

「労働者一人ひとりの私たちが、学習をして、声を
出していく事が大切だと感じました。社会発展の話で、
原始共産制→資本主義までの経過、抵抗の中から
の団結、たたかいなどの流れがよくわかりました」

「とてもおもしろかったです。土台と上部構造の関係
がよくわかりました。知らない間に洗脳されているん
ですネ。かたよった学習をこれからも続けてゆきた
いと思います」

「テンポの良いお話で、大変おもしろく聞かせて頂き
ました。今日のお話を聞いて、たとえ小さな一人の力
でも、もっと前向きに頑張ろう、と思えてきました。ま
だ、どうしたらいいのか、手段などはよく分からないけ
れど、元気な気持ちになれたような気がします。あり
がとうございました☆」

以上。


今度、中田さんをお呼びするときは、
ぜひ200人は集めたい、と思います(決意)。


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2007年6月 8日 (金)

運命のわかれ道!?

きのうは73期岡山労働学校の第4講義がありました。
講師はわたくし、長久が担当しました。
22名の参加でした。

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きのうのテーマは
、「運命のわかれ道!?-占い・血液型性格判断」

以下、講義の概要。

一。観念的世界観の起源
 
1。自然の脅威=説明できず(不安)
  
◇自然科学が未発達だった頃

 
2。“霊魂”観念の形成
  
◇夢に出てくるふしぎ

    
◆はるか昔の人びとのこうした考え方は、それ自体、
     ものごとの原因や真理をつきとめようとする努力の
     反映でもあったのです。
    
◆しかし、いったんできあがった観念的世界観は、手
     を変え品を変え、また時の支配階級に利用されなが
     ら、歴史的に形成・分化してきたのです。

二。現代日本に氾濫する占い・オカルト
 
1。非常事態の子どもの幽霊観

 
2。交通事故と星座の関係?
  
◇警察のホームページに・・・

 
3。占いに頼りすぎると・・・
  
◇「判断材料のひとつ」としているだけなら問題はないが・・・

  
◇占い師は「人生コンサルタント」のはずだけど・・・

 
4。細木数子、江原啓之を持ち上げるマスコミの責任


 5。なぜ、占い・オカルトに心ひかれるのか

  ◇人間の認識の過程で

  
◇社会的な背景

 
6。もし○○なら・・・○○するはずだけど・・・、と考えてみる


三。血液型性格判断

 1。血液型性格判断が大好きな日本人
  
◇1980年代になると、京都のある保育園で、血液型でクラス分けを
   する保育園が出てきた。血液型でそれぞれに違う色の園児服を着せる。

  
◇血液型には、差別や戦争と関わった暗い歴史がある

  
◇日経新聞のコラムに血液型性格判断批判

 
2。人間観の貧困-そのいきつく先は
  
◇一つの判断材料・視点だけで、その人を判断できるのか?

  
◇日常にひそむ、決めつけ、先入観

  
◇絵本『わたし』のもつ豊かな人間観

四。原因にこだわる心を
 
1。「客観的命題」と「主観的命題」を区別して考える
  
◇自分の好みで決められる問題と、決められない問題

 
2。主体性の獲得こそ必要
  ◇
人生、4つの大事(安斎育郎さんの問題提起)
   
①どんな価値のために生きるのかを自分なりに発見する
   
②価値実現のために主体的に生きる
   
③自然や社会のしくみについて科学的認識を習得する
   
④自分の価値観を相対化する

【参考文献】
『だまされない極意』(安斎育郎、日本機関紙出版センター、2005年)
『「科学する心」を育てる:』(安斎育郎、保健医療研究所、2000年)
『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(香山リカ、幻冬舎新書、2007年)
『科学と非科学の間』(安斎育郎、かもがわ出版、1995年)
『「血液型性格判断」の虚実』(草野直樹、かもがわ出版、1995年)
『霊・因縁・たたり』(柿田睦夫、かもがわ出版、1995年)

『暦・占い・おまじない』(草野直樹、かもがわ出版、1996年)



以上。

講義のあとのグループ討論もかなり盛り上がってましたねー。
みなさん、関心の高いテーマだったようです。

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2007年6月 1日 (金)

事実を大切にする

きのうは73期岡山労働学校の第3講義
講師は労働学校常連講師、早島町議の須増伸子さん。
参加は17名でした。

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「現実をとらえるすじ道-事実を大切にする」というテーマでした。
相変わらずのわかりやすい講義でしっかりまとめて
いただきました。


以下、講義の概要。

*はじめに-現代若者をとりまく哲学・価値観
 ・「美しい日本」、「歴史教科書」
 ・「自己責任論」
 ・「青春を鮮やかに、潔く美しく生きろ」
 ・「親学」
 ・ニート、フリーター、派遣社員、貧困、未婚、少子化、過労死、リストカット

*哲学とは

*哲学の根本問題
 ・哲学は、二つの大きな陣営に分かれる
 ・世界の根源は何か?
 ・物質と精神、どっちが先?

  唯物論-物質を根源的と考える
        働くものの哲学
  観念論-精神を根源的と考える
        観念論の落とし穴
        「べきだ」「はずだ」「気のもちようだ」「今どきの若い者は・・・」

  物質とは・・・
  精神とは・・・

 唯物論に立つ人の態度は
  ①独断、先入観、幻想からではなく、事実をしっかりふまえ、
   そこから出発すること
  ②どのような神秘をも仮定せず、心がけの問題に解消したり
   せず、物事の客観的は本質、私たちがおかれている客観
   的な状態にしっかりと目を向けること
  ③正しい認識に導かれた実践こそが、幸せな暮しを実現し、
   社会を変える原動力になること

*人間は真の自由をつかめるか?
 ・人は誰でも自由を欲する
 ・必然的な法則を科学的に認識し、実践することで自由は拡大する

*唯物論は実践の科学-世界を変えるために
 ・実践が現実を変える
 ・実践は人間の認識を発展させ、さらに発展した認識は実践を発展させる

*人間は真理をつかめるのか?
 ・真理は実践によって検証され、より真理にちかづく

*おわりに
 「きけわだつみのこえ」日本戦没者の手記
 「戦場で心が壊れて」ベトナム戦争の元海兵隊員アレン・ネルソン
 「生きさせろ」雨宮処凛


以上。



参加者の感想

「自分の哲学を持っていないと世の中に流されること、社会を
正しくとらえることが大切なことがわかりました。『戦前の方が
よかった』という歴史の逆行がおきているのが恐ろしいと思い
ました」

「今日の講義は聞いていて楽しかったです。唯物論と観念論の
違いを初めて知りました。もっと詳しく知りたくなったし、唯物論
のことを聞いて、現実をしっかりとらえることは大切なことだと
思いました」

「唯物論の話がおもしろかった。物事を正しく、正確にとらえる
こと、客観的な事実に目を向けること、など自分もそういう風に
生きていきたい。出来ない時もあるけど・・・」


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2007年5月24日 (木)

脳と体のふしぎ!

きょうは73期岡山労働学校の第2講義がありました。
講師は県学習協会長でレントゲン技師の伊原潔さん。
「人間という奇跡(2)-脳と体のふしぎ」という題でお話していただきました。

参加は20名。


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伊原さんは全編にわたって画像を使いながら説明。
主に脳の仕組みと働きを中心にお話をされたのですが、
知らないことばかり、興味津々の話が続きました。
脳の緻密な構造はすごい。

さらに、伊原さんのお仕事でもある
CTやMRIの画像を使っての立体的な説明は
非常に新鮮な学びとなりました。

やっぱり医療労働者のプロはすごいです。


以下、参加者の感想をいくつか。

「実際のレントゲン写真なども紹介していただき、
とてもわかりやすく、おもしろかったです。少し
脳科学の本でも読んでみたくなりました」

「人体の不思議を改めて学びました、いつもすば
らしいナと思うのですが、画像付きで、リアルで
興味深かった。脳の働きで、物事を考えていくこと
を考えれば、脳って神秘だと思いました!」

「脳と身体について、今日は興味しんしんに聞か
せてもらいました。私は片付けが苦手なので、
『忙しいときこそ、片付け』と心にとめて、明日から
やってみようかと思いました。脳をこれからも大
切にしなくっちゃと・・・」

「体のしくみを知ることが、自分の生活を変える
きっかけになると思った。大きく言えば、人生も
変わっていくのでは!?」


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2007年5月18日 (金)

地球・生命の大進化

きのうは73期岡山労働学校「哲学教室」の第1講義がありました。

テーマは
「人間という奇跡(1)-地球・生命の大進化」ということで、
県学習協講師の坪中明久さんに講師をつとめていただきました。


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参加は18名。
46億年の地球と生命の歴史を1時間15分でかけぬけるという、
無理難題を坪中さんに押し付けてしまいましたが(私にはできません)、
見事、力作のレジュメ&資料をもとに、わかりやすい講義となりました。

以下、内容の柱。

はじめに-哲学とは

(1)地球の誕生から生命の源まで
 宇宙がうまれて137億年、地球は46億年まえに誕生
  奇跡①ドロドロの地球→磁場の誕生
  奇跡②地軸の傾き→四季の誕生。 月→潮の満ち引き。
  奇跡③衝突の減少で冷えた→水蒸気が分解されずに海に
  奇跡④オレンジ色の太陽→冷えすぎない温度に保った
  奇跡⑤水+玄武岩+熱→陸地(花崗岩)ができた
  奇跡⑥過酷な環境→化学反応で生命(を形づくる物質)誕生
  奇跡⑦画期的な光合成→酸素(嫌気性生物には環境破壊)

(2)生物の大飛躍-原生代から古生代へ
 超氷河期、生物の爆発(カンブリア紀の大爆発)
  奇跡⑧オゾン層による紫外線カット→生物の上陸
  奇跡⑨腐食した植物+砂・泥→土となり、本格的に陸上に

(3)大陸の分裂と恐竜の時代

(4)氷河期のはじまりと哺乳類の時代(新生代)
 人類の誕生-アフリカ
 30万年前頃にホモ・サピエンス(=知恵ある人)の登場

 地球が生まれて46億年、生命が生まれて38億年。
 だから人類が生まれて700万年はほんの一瞬のできごと

  中島みゆき「瞬きもせず」

 人間は、自らを客観視できるおそらく唯一の生物。
 自分というものがどうやってこの世に誕生したのか、考えてみよう。

 「勝ち組・負組み」という人間観の愚かさ

 ホモ・サピエンスの使命



以上。


班討論のときにも参加者から活発な質問が
出されるなど、たいへん好評の講義でした。

坪中さんありがとうございました。


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2007年5月10日 (木)

哲学教室はじまる!

第73期岡山労働学校「哲学教室」に入学式があり、
単発参加ふくめ28名が参加しました。

押さえでは35人ぐらいかなと思っていたのですが、
当日になってこれなかった人が結構いたようです。残念。

入学式では、前半に受講生同士の交流があり、
雰囲気もなごやかに。

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そして後半は記念講演
「憲法9条の哲学」
講師は広島県労学協の二見伸吾事務局長でした。

「イマジン」の歌からはじまり、「ねがい」の歌で
しめられた講演は、ずんずんとせまってくる迫力があり、
あらためて日本国憲法9条のもつ可能性について、
参加者の確信となり、感動をひろげました。

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二見さんは近々『ヒロシマにきく憲法の心』(だったかな・・・)という
本を学習の友社から出すそうで、
今日の講演の内容がほぼ入っているそうです。
夏までには出版されるそうなので、ぜひお買い求めください!

記念講演を力にして、来週からの労働学校も
1回1回成功させていきたいと思います。

がんばるぞー。

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2007年3月12日 (月)

第73期 岡山労働学校

岡山県労働者学習協会が主催する、
第73期岡山労働学校が、5月10日(木)より、開校します!

今回の労働学校は、
哲学教室です

記念講演に、広島労学協事務局長の二見伸吾さんをむかえ、
「憲法9条の哲学~ヒロシマから世界へ」というテーマで行います。

また、6月10日(日)には、関西勤労協講師の中田進さんを
むかえて、特別講義「歴史に学び、歴史をつくる~社会発展史入門」
を予定しています。

以下、全カリキュラム&募集要項をご紹介します。


【第73期岡山労働学校『哲学教室』カリキュラム】

①5/10(木)記念講演「憲法9条の哲学-ヒロシマから世界へ」
 *二見伸吾(広島労学協事務局長)


②5/17(木)第1講義「人間という奇跡(1)-地球・生命の大進化」
 *坪中明久(県学習協講師)


③5/24(木)第2講義「人間という奇跡(2)-脳と体のふしぎ」
 *伊原潔(県学習協会長)


④5/31(木)第3講義「現実をとらえるすじ道(1)-事実を大切にする」
 *須増伸子(早島町議)


⑤6/ 2(土)ふれあいコンパ


⑥6/ 7(木)第4講義「運命のわかれ道!?-占い・血液型性格判断」
 *長久啓太(県学習協事務局長)


⑦6/10(日)特別講義「歴史に学び、歴史をつくる-社会発展史入門」
 *中田進(関西勤労協講師)


⑧6/14(木)第5講義「現実をとらえるすじ道(2)-変化をつかむ」
 *須増伸子


⑨6/21(木)第6講義「コトの本質を見抜く-つかえる弁証法」
 *長久啓太


⑩6/28(木)第7講義「世界を学ぶ哲学-歴史・人間・文化」
 *藤原真(県高教組書記次長)


⑪7/ 5(木)第8講義「自分らしさを育てる-人間の社会性について」
 *長久啓太


⑫7/ 7(土)修了式&修了コンパ

【募集要項】
時間:18:30~21:00(6/10の特別講義のみ13:00~17:00)
会場:岡山市勤労者福祉センター(岡山市春日町5-6)
受講料:10,000円(県学習協会員は8,000円、学生は4,000円)
     単発参加は1回1,500円(学生600円)、入学式・特別講義は1,000円

申込み先:岡山県労働者学習協会まで


・・・いまなぜ哲学学習か?

リテラシーという言葉が最近よく使われるようになりました。
さまざまな情報や環境を自分で判断し、読みとく力のことです。
「いったいこの先どうなるのか」
「問題がありすぎて、何から手をつけたらいいのか」
といった状況の中で、まさに、社会や時代、
そして自分自身を読みとく力となるのが、哲学の学習です。



今期の労働学校の
募集目標は40名!
3年ほど前にやった哲学教室は20人だったので、倍の目標です。

チラシはすでに完成済。
さらに今回は、街頭で労働学校のチラシをまきまくろう計画を
たて、はがきサイズのチラシも作成。これから大量宣伝に入ります!


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2006年12月18日 (月)

労働学校ついに終わる

先週の土曜日、72期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
修了式&修了コンパが行われ、18名が参加しました。

感想をひと言でいうと… みんな輝いてました!

修了式では、1人3分で今期の感想を発表しました。
それぞれの言葉で語られる72期労働学校。
「あー成功したんだなぁ」と実感できる瞬間でありました。

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日本の戦争についての事実はほとんど知られていなく、
毎回の内容は、受講生のみなさんは衝撃の連続でした。

こうしたことを、「自虐的だ」と言う政治家もいますが、
私たちは、過去の日本人の行った戦争を、
しっかり受けとめ、それを未来へつなげることができると
あらためて確信しました。

また、教育基本法が変えられたくやしさで目に涙を浮かべながら
感想を語ってくれた方など、それぞれの決意が語られた
修了式でもありました。新しいたたかいは、すでに始まっています。


なお、受講生のみなさんの修了レポート集を現在作成中です!
その内容を、後日、具体的にブログにご紹介したいと思います。


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修了証書をもらいよろこぶHさん。






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修了コンパの風景





修了式&修了コンパが終わったあと、21時過ぎより、
居酒屋へ移動し2次会が行われ、15名が参加しました。
もうすっかり受講生どうしも打ち解け、話に花が咲き、
美味しいお酒が飲めました。

みなさん、本当におつかれさまでした!

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2006年12月16日 (土)

学ぶ姿に励まされ

きょうは17時半から岡山労働学校の修了式&修了コンパがあります。
「日本の戦争教室」もいよいよ締めくくりです。

今期も、いろんな方の「学ぶ姿」に励まされました。


いつも明るい笑顔で周囲をなごませてくれていた、看護教諭の
Yさん
忙しい中、講義はほとんど出席し、こちらのほうがビックリ。
ふれあいコンパでの爆弾発言にもみんながビックリ(笑)。

公民館職員で、「ぜひ公民館でもこういう講座をしたい」と語っていた
Kさん
体の調子がイマイチだったにも関わらず、「毎回楽しみにしています」と
がんばって来てくれていました。

二児の母親でありながら、なんとか家庭のやりくりをして、
ほぼ毎回通ってくれていた
Sさん

最後のなごみ(喫茶店交流)で「やっぱり学ぶことっておもろいわ」
と今期の感想を語ってくれた
Mさん
いつも他の曜日に残業して、労働学校に参加してくれています。

毎週、笠岡から1時間以上かけて来る、いいアニキ的存在の
Yさん

学生でありながら、労働学校の常連である4人の
大学生たち

他にも、
たくさんの方の「学ぶ姿」が、労働学校にはあります


そして、今期私が一番印象に残ったのは、
初めて労働学校に参加した主婦の
Kさんです。

岡山市民のつどいに参加したときに、労働学校のチラシを見て
参加してくれたKさん。講義は1回欠席した以外は、すべて参加。
いつも真剣に講義を受ける姿勢が印象的で、
日本の侵略戦争について学びたい、知りたい、という熱意が伝わってくる方でした。
第8講義には、友人まで誘ってきてくれたり、最後の9講義には、
体調不良にもかかわらず、参加してくれました(涙)。


こうした受講生のみなさんの姿、「そこまでして来てくれているのか」という
受講生のみなさんの「努力」に出会うとき、
労働学校はその期待にこたえなければならないし、
より力となる、より魅力ある学校にしなければと思うのです。


今晩の修了式、楽しみです!

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2006年12月 8日 (金)

東京裁判と戦争責任

きのう、岡山労働学校の第8講義、
「東京裁判と戦争責任について」が行われ、19名が参加しました。
講師は元高校教諭の徳方宏治さんでした。今期2回目。

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そして、きのうも受講生が初参加の人を連れてきてくれました(涙)。
今期はこうした広がりがあるのが特徴です。

講義のあとの討論も非常に活発で、時間が足りない様子です。
やはり日本の侵略戦争の問題は、
もっともっと学びの場をつくる必要があるなぁ。


さて、講義の概要です。

*東京裁判とはどんな裁判だったか
 第2次世界大戦で勝利した連合国が、戦後、2つの国際軍事裁判を開く
  ・ニュンベルク裁判-ドイツのナチス幹部を裁く
  ・東京裁判-日本の中心的な戦争指導者(A級戦犯)を裁く

 2つの裁判に共通する特徴
  ①戦争犯罪の範囲を広げた(とくに2つめと3つめ)
   ・通例の戦争犯罪→禁止されている兵器の使用、捕虜への虐待
   ・平和に対する罪→侵略戦争の計画や開始
   ・人道に対する罪→ジェノサイド、一般市民に対する虐殺

  ②戦争指導者の個人責任が問われた

*東京裁判の問題点と意義
 ・問題点
  ①事後法だということについて
  ②「勝者の裁き」について
   →問題点
    ・戦勝国の戦争責任は不問であった
    ・日本の植民地支配についても審判の対象外となった
    ・昭和天皇の戦争責任が回避された
    ・731部隊などの犯罪が裁かれなかった
    ・準A級戦犯の釈放(アメリカの対日政策の変化)
    ・人肉食などの問題は公表がためらわれた
  ③BC級戦犯の問題、「日本人」として罪に問われた朝鮮人・台湾人
  ④「勝者の裁き」論をどう考えるか

 ・意義
  ①日本が行った戦争の実態を明らかにしたこと
  ②国民は東京裁判を通して、日本の戦争の実態を知った
  ③裁きの対象となった罪のなかの、通例の戦争犯罪や
    人道に対する罪は、戦後、国際紛争の裁判で不十分ながら生かされる
  ④戦争における個人責任を追及したこと

*私たちは東京裁判をどう歴史のなかに位置づければよいのか
 私たち自身による戦争責任の追及が必要
  ①アジア・太平洋戦争のどこに責任があるのか
    アジア諸国を侵略し、多大の苦痛を与えたこと
  ②誰に戦争責任があるのか
   ドイツ-明確。ナチス。
   日本-不明確。天皇を頂点とする政府・軍部・政党、それらと結びついた
        資本家・地主、それに踊らされた国民
       それぞれが、それぞれの段階で戦争責任がある

   ・ここでの問題
    確かにA級戦犯は裁かれねばならない
    では、天皇はなぜ裁かれなかったか
    踊らされた国民はアジアの諸国民に対して無罪なのか?
     知ろうとしなかったではないか
      戦争の本質を見抜いて反戦運動をたたかった人たち
     「踊らされた」教訓を戦後どう生かすか?

   ③どういう形で責任をとればいいのか
    ・戦後補償、誠意ある謝罪
    ・戦後に生まれた人たちの戦争責任とは
     おじいさんの世代の出来事に対して、孫の世代が
     無関係でいることはできない
     過去の負の事実から目をそむけない-相手は忘れない
     戦争のない世の中をめざす-そのために考え、行動する


以上。1時間15分の講義でした。
私もとても勉強になりました。


【受講生の感想(一部)】

「戦後に生まれた自分たちの戦争責任ということを初めて考えた」

「今日はじめて気づいたこと。戦勝国の戦争責任は問われていない。
 戦後生まれの我々が背負わねばならない責任がある、てこと」

「やっぱり教育が大事だと思う。こういうことをもっと学校で教える
 ようにならないとだめじゃ!」

「東京裁判の話を聞いて、過去と向きあうこと、どこに責任が
 あるかを考えさせられました」

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2006年12月 1日 (金)

東南アジアでしたこと

きのう、岡山労働学校の第7講義
「日本は東南アジアで何をしたのか」が行われました。
講師は県高教組書記次長で、世界史教諭の藤原真さんでした。
さすがの「授業」ぶりでした。やっぱり知識量が違います。

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参加は14名とちょっとさびしかったのですが、
きのうは、単発で参加されている人が
初参加の友人を連れてきてくれました!
突然でしたし、こういうのは嬉しいですね、ほんとに。

さて、講義のおおまかな概要です。

*はじめに
 アジア太平洋戦争はマレー半島で始まった
 アジア太平洋戦争の性格
 日本はアジアを「解放」したか

*日本人の「東南アジア観」
 開国後、東南アジアに渡った人々
 岩倉使節団の報告
  ①近代化のモデルは欧米
  ②東南アジアは文明とは無縁のなまけものの人びと(南洋怠惰観)
  ③日本の富強のための東南アジア資源着目論
 日本人は、東南アジアの人びとを見下していた

*日本は東南アジアで何をしたのか
 ①マレーシア・シンガポール
   イギリス軍と交戦、日本軍がマレー半島全土を占領
   シンガポール→「昭南島」
   華僑(中国系住民)にたいして「大検証」=虐殺行為
   マレー人と華僑の溝をつくったのも日本
 ②インドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア)
   ベトナム北部の大飢餓→原因はコメの強制的供出と軍用作物の栽培
 ③タイ
   東南アジアで唯一独立を維持
   実質的には日本軍が駐留し、支配下に
 ④ミャンマー(ビルマ)
   南機関(日本の諜報機関)
   日本のビルマ占領、傀儡政権など
 ⑤泰緬鉄道
   タイとビルマの間、総延長400キロを1年ちょっとでつくる
   アジアの強制労働者と連合軍捕虜が動員される
   膨大な犠牲「枕木1本に死者1人」
   岡山在住の永瀬隆さんによる個人的な「戦後賠償」行為
 ⑥資源の収奪と経済生活の破壊
   「重要国防資源」の獲得のため、東南アジアの貿易体制を破壊
   「軍票」の発行→激しいインフレーション
 ⑦インドネシア
   民族運動の弾圧と「皇民化政策」
   徴用と強制労働 「ロームシャ」
 ⑧フィリピン
   バターン死の行進
   日本軍による強姦、掠奪
   「フィリピンの歴史における暗い時代は日本占領の時代」

*日本の敗戦と各国の独立
 それぞれの独立の原動力は民族の主体的な力

*戦後賠償
 冷戦の開始によって、戦争責任追及弱まる
 サンフランシスコ平和条約
  連合国の賠償放棄、希望により「役務」の提供で賠償支払い
 「賠償から商売へ」
  侵略戦争への反省なし
  賠償は日本製品市場の開拓、経済進出の機会に

*おわりに
 東南アジア侵略の「負の遺産」
 結果論としての独立
 「開発」「援助」という視点…現代も変わっていない?「東南アジア観」


藤原先生、ほんとうにお忙しい中、ありがとうございました。


*受講生の感想(一部)

「東南アジアでの日本の蛮行を知り、驚きました」

「こういう歴史は、中学・高校でもっとしっかり教えるべきだと思いました」

「日本人の東南アジア観について、改めて考えさせられました」

「びっくりすることが多かった。今も日本人は東南アジアの人を
苦しめているのだと思った」


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2006年11月27日 (月)

中世の喫茶店を手伝う

きのうの日曜日、岡山労働学校のレク企画があり、
井原市美星町の
「中世夢が原」に行ってきました。

参加は7名+子ども2名と少なかったですが、
なかなかおもしろい体験もあり、満喫しました。

岡山から車で1時間20分、
「中世夢が原」の門をくぐると・・・そこは中世でした。

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いなか汁づくりに精をだす。
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そして昼食!いなか汁&おにぎり。
「あーあったまる!」「サツマイモが甘い!」と大満足。
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さて、私たちが昼食をとっていた場所では、
地元のつきたて「いなきねもち」(つぶあん入りのおもち)が
売られていたのですが、お昼すぎて来場者も増え、
職員(ボランティア?)の方も忙しそう。明らかに手が足りない。

そして…
なぜか運営委員が売り子に変身!
「おもちどうですか~」「いらっしゃいませ!」「あ、天文台はあっちです」

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さらに…
となりにあった喫茶店もまったく人が足りない。
中世はやはり働き手が現代より少ないみたいです。

ここでも運営委員がいつのまにかお店の人に変身!
私も生まれて初めて喫茶店のお手伝いをしました。

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喫茶店のほうがひと段落すると、
職員の方から、みかん、おもち、コーヒーをいただき
「ほんとに助かったわ~」「ありがとー」と感謝されてしまいました。
バイト代はやっぱり現物支給。中世ですから。

午後からは藍染体験。
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完成!
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小雨が降るなかでしたが、
いなか汁を食し、よく働き、手仕事の世界にもふれ、
いい日曜日を過ごした参加者は
満足顔で中世をあとにしたのでありました。

おわり。

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2006年11月25日 (土)

悲しみを吸収する靖国神社

きのう、岡山労働学校の第6講義、
「靖国神社ってどんな神社?-その役割をみる」が行われました。
参加は16名。講師は先週に引き続き、わたくし長久が担当しました。

【講義のおおまかな概要】
靖国神社の概要
 東京の九段にある
 合祀とは

その歴史
 明治政府と天皇制
 国家神道の成立
  他の宗教の上に君臨する事実上の国教
  神社の再編-特別な地位としての靖国神社
  その他の宗教、思想の自由は弾圧
  教育にみる国家神道
 1869年「東京招魂社」→1879年「靖国神社」に
  陸・海軍省が所管する「国家機関」
  総合的な軍事施設としての性格

死者の選別
 天皇陛下のために死んだ人のみ-合祀の明確な基準

その役割をみる
 福沢諭吉が靖国提唱?
 「死んで靖国で会おう」
 靖国の精神-国民感情を国家が収奪する
  悲しみから喜びへ
  遺族の悲しみさえ奪う靖国神社
 昭和天皇は20回も参拝をしている

戦後はどうなったか
 GHQの「神道指令」
 単立の宗教法人に
  合祀は続ける-厚生省が戦死者名簿を集約・提供していた
 A級戦犯の合祀(1978年)によって外交問題に発展する
 最近発見された「富田メモ」について
  しかし、侵略戦争の最高責任者は誰か?

靖国問題①-日本の戦争をどうとらえるのか
 靖国神社の2つの使命
  1)英霊の顕彰(ほめたたえる)-追悼ではなく、顕彰施設
  2)英霊が生まれた時代である近現代史の真実を明らかにする
    自存自衛の戦争、アジア解放のため
 大切なのは、殺された人の感情
  日本はアジアで何をしたのか
  「遊就館」にかけているもの-アジアの人びとの視点
  アジアの人びとは、首相の靖国参拝をどうみるか

靖国問題②-個人の思想や信教の自由への侵害
 戦後も、遺族の意志とは関係なく合祀
  ある仏教徒の合祀取り下げ願い
  他宗教も、朝鮮や台湾の人も
  憲法19条、20条の侵害
 政教分離原則の違反
  20条3項

「戦争をする国」としての精神的準備
 小泉首相は6年連続参拝
  今年の8月15日に参拝した国会議員
  外務大臣・麻生太郎の発言
 安部首相語録-首相になる前の本音

とめよう、「戦争のできる国」への道
 憲法・教育基本法の改悪と、靖国問題は連動している
  自衛隊のイラク派兵で、「国家のための犠牲」が想定される状況に
  だからこそ、「犠牲者の論理」「死の意味」を政治家が語り始めている
 しかし、孤立しているのは靖国推進勢力のほう
  アメリカからの靖国批判
  日本の財界からの注文

憲法を生かす政治-私たちの立つ位置


以上、1時間15分の講義でした。

「A級戦犯の合祀」「中韓との関係」の問題で語られやすい
靖国問題ですが、ほんとうはもっと複雑で根深い問題をふくんでいます。


さいごに、参加者の感想を。

「靖国神社の戦争における役割が、よくわかりました。“悲しみを吸収するところ”」

「靖国神社の深ーい意味がわかり驚きました」

「靖国が個人の信教への侵害をしていることなど、奥深く知ることができた」

「靖国神社の本当の姿が今日はよくわかりました。人の気持ちや想いまで
あやつってしまうおそろしさを感じました。自分で行ってみて考えたいです」

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2006年11月17日 (金)

日本軍「慰安婦」問題を学ぶ

きのう、岡山労働学校の第5講義、
「日本軍『慰安婦』問題を考える」があり、19名が参加しました。
講師はわたくし、長久が担当しました。
「慰安婦」問題をまとまって講義するのはこれが初めてでした。

【講義のおおまかな概要】
日本軍「慰安婦」という呼び方について

設置の理由と経過
 確認される最初の慰安所は1932年の上海で
 1937年の日中戦争開戦から大量設置の時代へ
 日本軍兵士の強姦が多発-反日感情の高まり、治安維持に支障
 南京事件前後-大量設置の指示
 性病の予防という目的も
 中国全域に「慰安所」の設置ひろがる
 「兵士100人につき1人の割合で慰安隊を輸入す」(軍医部長の発言)
 陸軍省は組織的に「慰安所」設置を指示
 しかし実際に強姦は減らず-強姦によって強姦を予防するという矛盾
 東南アジア・太平洋地域へも拡大
 なぜ強姦が多かったのか-日本軍の特異な体質も

女性たちはどのように徴集されたか
 日本人は売春婦が多かった-実態は貧しい家庭の出身の女性たち
 朝鮮からの「慰安婦」徴集が一番多かった
  その多くは、だまされて連れていかれたケース-背景に貧困
  朝鮮総督府も関与し、かなり大規模に徴集が行われている
 中国や東南アジアでは、軍が直接「慰安婦」徴集の指揮をとった
  フィリピンやインドネシアでは、暴力的に連行するケースが多い
 慰安婦の総数はどれくらいだったのか
  正確な総数をだすことは難しい-資料不足
  限られた資料から推測すると最低でも5万人(吉見義明氏の計算)
  8万~20万という数字も決して多すぎる数字ではない
  また、「数がどれくらいか」ということがこの問題の本質でもない

「慰安所」の実態-「慰安婦」たちが強いられた生活
 写真で見る「慰安所」「慰安婦」
 元「慰安婦」の証言-1人ひとりの女性の人生がどうなったのか
 なぜ彼女たちは長い間沈黙していたのか、ということにも想像力を
 病死・自殺、心中の強要なども

「慰安婦」問題をめぐる経過と日本政府の対応
 日本軍「慰安婦」問題・関連年表をみる
 「河野談話」とは
 教科書攻撃と政治家たちの妄言-「慰安婦」の存在を歴史から消し去る
 それを許しているのは日本国民

私たちに問われていること
 元「慰安婦」たちの声を受けとめること-証言をぜひ聞いて
 日本の侵略戦争の問題を学び、それをこれからに生かすこと
  日本の政治を変えること
 いま日本の若者のなかに、新しい動きが起こっている


かなりおおざっぱにまとめると、こんな感じでした。
資料もたくさんつけておいたので、
わかりやすかったようでした(自分で言うなよ)。

グループ討論が終わったあとに、ある保育士さんが、
「今日は本当に聞けれてよかったです。ありがとうございました」
と、目をキラキラさせて言いに来てくれました(涙)。

参加されたみなさんも、この問題について漠然としたイメージはあっても、
こうしてまとまって講義を聞くのは初めての人ばかりで、
重たい衝撃を受けていた様子でした。
そして、「自分に何ができるんだろう…」と、自問する姿が。

さて、これをどう次の行動につなげるか、ですね。
自分もふくめて、しっかり考えていきたいと思います!

写真は討論の様子です。
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2006年11月13日 (月)

労働学校ふれあいコンパ

先週の土曜日に、岡山労働学校のふれあいコンパがありました。
今期はじめての交流企画です。

1次会は「べんがらてい」というお店でした。
案内がなければたどりつけないような狭い路地にありました。

1次会は19時からはじまり、総勢21名が参加。
67歳のおじいちゃん(?)から、21歳の女子学生まで、
老若男女、職種もバラバラの雑多集団です。
「いったいどんな集まりなんだ?」とお店の人には思われたことでしょう。

運営委員長のあいさつから始まり、Y岡さんの乾杯でスタート。
食べて、しゃべって、飲んで…。やっぱりコンパは盛り上がりますな。

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はらはらドキドキの30秒しりとり自己紹介では、
それぞれの労働学校への「関わり」を短く披露したり、
「いま片想い中です!」などの暴露話にもりあがったり。
みなさんかなりハイテンションでした。

私はというと、飲み放題メニューに「久米島の久米仙」(泡盛)が
あることに感激し、ごっくん、ごっくん、ごっくんと、勢いよく
飲んでしまい、1次会からかなりいい気分に…。
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2次会は「ハートランド」というお店でだいたい23時までいました。
こちらは15名の参加。

2次会を終えて、さらに3次会のカラオケに消えていく人たち…。
わたしはそそくさと電車で帰ったのでありました。

参加されたみなさん、おつかれさまでした。

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2006年11月 9日 (木)

中国人強制連行

さきほど岡山労働学校の第4講義、
「日本は中国で何をしたのか②-中国人強制連行」が終わりました。
講師は先週に引き続き、上羽修さん(岡山・15年戦争資料センター事務局長)でした。

かいらい国家「満州国」へ、華北から300万人といわれるような人びとを
強制的に連行(拉致同然で)し、炭鉱などで働かせる。
あまりにも過酷な労働で、どんどん中国の人びとは死んでゆく。
死体が山のように積み重なり、「万人坑」と呼ばれた。

この「満州」への強制連行に味をしめた日本政府は、
戦争末期に、日本本土への中国人強制連行を行う。
その数、約4万人。うち約7000人が亡くなっている。
秋田の花岡では連れてきた中国人による蜂起が起こっている(花岡事件)。
岡山の玉野にも、133名の中国人が強制連行で連れてこられている。

あまりにも過酷でむごい実態に、
「信じられない」「重い」「ショック」と口々に語る受講生。
たしかにこういう話の連続で、聞くのはしんどい。
でも、しなければいけない。
日本人が真実と向きあうとき、それは避けられない。
そして
、それが今期の労働学校の目的だから。

とても貴重な話だったのに、17名の参加で、少なく、残念でした。
もっとこういう機会をつくらねば

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2006年11月 2日 (木)

三光作戦の実相に衝撃受ける

さっき岡山労働学校の第3講義が終わりました。
今日は「日本は中国で何をしたのか①-三光作戦」でした。19名の参加でした。
講師は岡山県十五年戦争資料センター事務局長の上羽修さん。

中国の華北部での日本軍の儘滅作戦、掃討作戦がどうして行われたのか。
岡山の110歩兵連隊もこの掃討戦に参加し、住民虐殺を行っている。
中国の被害者の声や作戦に参加した兵士からの聞き取りなど、
上羽さんでしか話せないようなことばかり。
プロジェクターに映し出される資料や映像、音声が、戦争をぐっと身近に感じさせます。
そして、歴史の事実を削除しようとする岡山県議会の陳情・・・。

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受講生の感想をいくつか。
「岡山編成部隊、鳥取のシュミレーションと、身近に戦争を感じました。VTR、資料、写真など、とてもリアルで、確かな事実なのに、ない事にする歴史観が信じられません。被害者が事件の継承を現在も続けているのに対し、加害者の私達が何もしらないでいるのは、罪だと思います」
「岡大にあった基地の話や、岡山の部隊が作戦に参加していた話を聞いて、戦争の歴史を少し身近に感じました。歴史を勉強するというのはこういうことを言うのかなと思いました」
「日中戦争で死の恐怖を植えつけられてしまった中国人女性の『殺さないで』と泣き叫ぶ声にひどくショックを受けました。戦争によって一体何人の人を苦しめ続けているのだろう…。考えれば考えるほど、胸が痛みます」


さて、学習内容はとても充実したものになったのですが、
今日は大きな失敗をしてしまいました。ああ・・・。気分が重い。

また反省して、来週から出直しだぁ。
このブログも休日はお休みです。

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2006年10月30日 (月)

運営委員は忙しい

今日の夜は岡山労働学校の運営委員会がありました。

今期は3名の運営委員会です。
労働学校は、若い青年たちを主体にした学校運営をおこなっていて、
募集から毎週のニュースづくり、司会、受講生への働きかけ、
討論のリードにいたるまで、あやゆることを中心的に担っているのが
労働学校の運営委員会です。

開校してからは毎週木曜日+週1の運営委員会で、
平日は2回もつぶれるのです。
しかも3人ともいろいろな分野で活躍中ということで、
そのタイヘンな中、こうして毎週集まってくるのですから、
その努力は本当にスゴイものです。

毎回の会議はまず「学習」の時間からはじまります。
私が用意した新聞記事や論文を読んでいきます。
今日は、民主青年新聞9月18日付、「多読的読書のすすめ」を読み合わせ。

①読書力は多読で身につく、②多読で自分の考え方を磨く、
③多様な世界を知り、自分を豊かにする
という「多読のすすめ」に運営委員は
「うーむ」「できとらんなー」と頭をかかえつつ、論議をしていくのでありました。
続いて、各自の「今週の独習」を報告します。
なかなかできていないことも多いのですが、それぞれが今週読んだ本や論文を
会議で報告し、それぞれ刺激しあうことにしています。

会議は続いて前回の労働学校のふりかえりや、受講生の様子、
気になったことなどを話し合います。
そして次回の労働学校の運営やニュースの担当を確認し、
今日は約1時間半で終了しました。
いろいろ脱線話も多いけど、あれやこれや話をしていると、
なかなかどうして、楽しいもんです(難儀なことも多いが)。

そして運営委員長のT口さんは、帰りがけにちょっと最近不安定ぎみの
運営委員に声をかけ、「ちょっとご飯でも食べに行こう」と誘い、一緒に帰っていきました。
自分自身もスーパーハードな毎日を送っていても、
まわりの人のサポートができるT口さん、リッパです。
これからも頼りにしてますよ。

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72期岡山労働学校「日本の戦争教室」

いまやっている主な活動である労働学校をご紹介します。

労働学校とは、県学習協が主催する学校のことで、
「哲学」「経済学」などの基礎理論や、
情勢にかかわるテーマで開校しています。

ここ数年の教室内容は、
67期岡山労働学校 「憲法教室」 (04年5月開校)
68期岡山労働学校 「哲学教室」 (04年10月開校)
69期岡山労働学校 「戦争と平和教室」 (05年5月開校)
70期岡山労働学校 「働くひとの経済学教室」 (05年10月開校)
71期岡山労働学校 「社会と生き方を考える教室」 (06年5月開校)
となっています。
そして、今月12日に開校したのが「日本の戦争教室」です。

今期のテーマはズバリ日本の侵略戦争です。
カリキュラムは以下のようになっています。
①10/12(木)記念講演「教育と戦争-いま考える教育勅語と愛国心」
②10/19(木)第1講義「侵略戦争への道-日本の近現代史から」
③10/26(木)第2講義「日本の植民地支配の実態-朝鮮・台湾」
④11/ 2(木)第3講義「日本は中国で何をしたのか①-三光作戦」
⑤11/ 9(木)第4講義「日本は中国で何をしたのか②-中国人強制連行」
⑥11/11(土)ふれあいコンパ
⑦11/16(木)第5講義「日本軍『慰安婦』問題を考える」
⑧11/24(金)第6講義「靖国神社ってどんな神社?-その役割をみる」
⑨11/26(日)特別企画
⑩11/30(木)第7講義「日本は東南アジアで何をしたのか」
⑪12/ 7(木)第8講義「戦争責任をめぐって-東京裁判を中心に」
⑫12/14(木)第9講義「みんなで考える、これからの日本とアジア」
⑬12/16(土)修了式&修了コンパ

72期の受講生は26名+運営委員3名です。
いろんな職場の仲間や、学生も5名来ています。

これは第1講義の様子です。
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今期はテーマに関心があって参加した人が多く、
出席率も高めです。
また学校の様子など、随時紹介していきま~す。

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