2008年5月15日 (木)

チュニジアの11日間(20)

1月6日(チュニジア11日目)の後半。
ついに連載の最終回である。

アフリカ大陸最北端のブラン岬から南へ
少し下がったところに、
チュニジア第4の都市「ビゼルト」がある。


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 そこは、
 港町
 であった。










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 「チュニジアの
   ヴェネチア」
 との異名をもつ
 街でもあるらしい。

 それにしても、
 天気がよい。
 空が青い。

 カスバ(要塞と居住地
 があわさったようなと
 ころ)の城壁が見える。








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 近寄ると、
 かなりの
 迫力。
 
 







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 なんと、この中に、
 住まいがある。

 住んでるんですよ!
 マジで。

 こんなところに
 住めるなんて、
 どんな気分なんでしょ。









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 目の前には、
 こんな風景が。
 
 なるほど、
 ヴェネチアかも
 しれない。
 (行ったこと
 ないけど)











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 カスバの
 東端まで
 やってくる。

 中に入るぞ。









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 気分はもう
 中世である。

 













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 カスバの
 中から
 港をながめる。














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 カスバの
 屋上(?)に。

 眺めがよい。
 
 砲台らしきものが
 残っていた。



 むこうは
 地中海。









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 街並みも
 美しい。

 高い建物が
 ないのが良い。

 ほんとうに、
 ヨーロッパ
 のような所。





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 カスバ見学を
 終えて、
 戻る途中。
 
 おお!
 やっぱり
 チュニジアンブルー
 は晴れていたら
 映えるね~。

 これ、家かなぁ。









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 昼食の時間。

 魚料理のお店を
 探し、ここに入る。








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 「どんな料理が
 あるのか?」と
 訪ねていると
 (私ではないが)、

 「こっちへこい」と
 厨房に案内され、
 料理の説明を受ける。
 日本ではありえない。




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 チュニジア料理の
 数々。

 おいしそー。
 もう懐かしい味に
 なってしまったけど。






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 この色!
 食欲をそそる。

 お腹へってきた。






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 でた!クスクス。

 この旅行中、
 いったい何度
 食べたでしょうか。

 上にのせるもので
 そのお店の
 特色が出る。




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 お店のおじさんが、
 魚料理を食べやすい
 ようにしてくれる。
 こうした親切心は、
 チュニジア人は
 すごい。

 大満足の昼食!
 これがチュニジア
 最後の食事でした。



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 満腹になり、
 外にでる。

 チュニジアの
 タクシーを
 パチリ。

 みな黄色い。
 そして、
 運転は荒い。





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 お土産用に
 大量の
 ピーナツを
 (だったけ?)
 買い込む。







昼食後、ミニバスに乗って、
チュニス国際空港にむかう。

いよいよチュニジアと
サラバせねばならない。


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 ミニバスの車中、
 シニアボランティアの
 おくさまが、
 趣味の腹話術を披露。
 ほんとうに、
 チュニジアで出会った
 日本人の方々は、みな、
 おもしろい人たちでした。


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 そして、ついに
 空港に
 きてしまった。

 なごり惜しいが、
 Nさんともお別れ
 せねばならない。




どんなにお礼をしても、しすぎることのなくらい、
この旅の全行程にわたって、
Nさんにはお世話になった。

彼女がいなかったら、
こんなにステキな旅にはならかなったに
ちがいない。
訪れる街やスポットのチョイスも、
ほんとうに選びぬかれたものだった。

また、ここはアフリカなのである。
言葉も、文化も、まったく違う異国の地で、
安心して旅ができたことは、とても幸せなこと。
あらためて、感謝したい。


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 Nさんと笑顔で
 お別れをし、
 とうとう、チュニジアを
 発つときがきた。







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 さようなら。

 ほんとうに、
 思い出に残る、
 ステキな旅でした。





【おまけ】

アラブ首長国連邦のドバイ国際空港で。
世界一デカイ空港らしい。


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 こんな人が、
 携帯をもって
 闊歩(かっぽ)していた。

 さすがドバイ!
 ドバイといえば
 オイルマネー!
 お金もちなんだろーなー。







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 もちろんマックもありますよ。
 買ってないけど。






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 真夜中だったのに、
 すごい熱気でした。

 あらゆる人種の
 るつぼと化してました。






ドバイ経由で、関西空港へ。

無事、13日間(チュニジアでは11日間)の
旅行が終わりました。



【さいごに】

私にとっては、2度目の海外であり、
もちろん距離は最長の旅行でした。

いろいろ感じたことや考えたことは、
連載でちょこちょこ書いてきたので、
くりかしませんが、
見るもの、聞くもの、食べるもの、
まったく新しいものとの出会いは、
ほんとうに楽しく、刺激的なものでした。

また、異なる文化・風習にふれられたことも、
貴重な経験となりました。

なにより、圧倒的な自然の迫力、美しさ。
やっぱりアフリカでした。
生涯、忘れないでしょう。

そして、チュニジアで出会った
いろーんな人たち。みなさんに感謝の気持ちです。

旅をプロデュースしてくれたNさんに、
さいご、改めてお礼をのべて(ありがとうございました!)、
連載を終えたいと思います。




完。





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2008年5月 6日 (火)

チュニジアの11日間(19)

1月6日、ついにチュニジア11日目、である。

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 チュニス
 での朝。

 ついに 
 最後の
 1日だ。




この日も、チュニジア在住のシニアボランティアの
方々をふくめ、9名で行動。

向かったのは、チュニジアで唯一の世界“自然”遺産の
イシュケル国立公園。

この自然公園は、ヨーロッパの渡り鳥たちが、
越冬のためにやってくる貴重な生息地で、
多様な生態系がみられ、世界遺産にも登録された。

温暖で豊富な湿地帯であるこのイシュケル国立公園は、
1980年代の最盛期には180種類、
30万羽の渡り鳥がやってきたそうだ。

しかし、最近は環境変化による生態系の
減退により、危険遺産ともなっているらしい。残念だ。

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 公園の入口。

 ここで
 ミニバスを
 降りて、
 歩いて
 見晴らしの
 いい所まで
 登っていく。



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 登った所で、
 資料館が
 あり、入る。

 この国立公園
 に関する説明
 
と展示があり、
  あれこれ見る。



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 湖のほうを 
 眺めてみる。

 ここに
 渡り鳥が
 くる。






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 うーむ。青い。
 すばらしい。


 空気が澄んでいた。












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 しばらく
 歩いていくと、
 鳥の群れを
 発見!







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 鳥たちが
 水面を
 駈けてゆく。

 ザザザ…
 という音が
 聞えた。




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 みんなで
 気持ちよく
 歩く。

 天気も快晴。 





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 チュニジアは
 ほんとうに
 南北で景色が
 まったく違う。

 あのサハラ
 砂漠と同じ
 国とは
 思えない
 湿地帯だ。



イシュケル国立公園をあとしに、
ふたたびミニバスで移動。

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 羊たち。










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 たぶん、地元の
 サッカーチームの
 練習を見ている
 人たち。

 チュニジアは
 サッカーが
 一番人気の
 スポーツです。








次に訪れたのは、
アフリカ最北端のブラン岬。

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 ここが
 アフリカの
 最北端
 らしい(笑)。

 まったく
 実感が
 ないけれど。





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 海がとても
 キレイだった。

 この向こうは
 ヨーロッパかぁ。
 いつかは
 行ってみたい。

 
 みんなで記念写真
 などを撮る。










ということで、
最終日の前半は、
天気にもめぐまれて、
とても気持ちのよい
旅でした。

さて、後半は、
このブラン岬のすぐ近くの街、
ビゼルトへ。


つづく。




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2008年4月25日 (金)

チュニジアの11日間(18)

チュニジア10日目(1月5日)のつづき。

世界遺産、ドゥッガを16時すぎに出発し、
首都チュニスへと向かう。

チュニジア最後の夜は、
チュニスで過ごしました。

旅のはじめにチュニスに来た時は、
メディナ(旧市街)に寄れなかったので、
18時にチュニスに着くと、すぐにメディナへと向かう。
ちなみに、チュニスのメディナも世界遺産である。

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 この街の
 雰囲気。
 チュニスに
 帰ってきた。

 相変わらず
 男たちは
 カフェで
 たむろ。何を
 話してんだろ。




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 メディナの
 入口に立つ
 通称
 フランス門。

 チュニスの
 メディナを
 とりかこむ
 城壁の
 一部分だ。




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 裏から見た
 フランス門。

 照明にライトアップ
 されていて、
 絵になりますなぁ。










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 メディナのなかを歩く。
 そろそろ店じまいを
 始めているお店も
 多かったけど、
 まだまだ活気があった。

 いくつかのお店で
 買物をしようと試みるが、
 「これは!」という
 ものがなかった。
 結局、あまりお土産らしい
 お土産は買わなかった旅
 だった。
 サハラ砂漠の砂は持って
 帰ってきたけど(笑)



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 こちらは
 メディナの
 中にある
 グランド
 ・モスク。

 すごい
 雰囲気。





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 ちょっと離れた
 ところから
 ふたたび
 グランド・モスクを
 眺める。

 チュニジアでも、
 聖地ケロアンの
 モスクに次いで、
 2番目に古い
 モスクだそうだ。

 チュニジア全土から
 信者が来るそうだ。








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 女性陣は
 買物上手であった。

 友人Tは、
 値切り交渉も 
 かなり上達していた。









チュニスのメディナは、
歴史の重みを感じる街並みが
続いていた。

そこで暮らしや商売を営む人びとの
顔にも、「ここに住む誇り」のようなものが
あったような気がする。

こういう「街への愛着と誇り」という
気持ちは、日本では
急速に失われている、と思う。
無計画な都市計画や道路建設、
なんでも効率が優先される社会は、
街の雰囲気や文化を壊し、人びとの
生活まで変えてしまう(良くも悪くも)。

自分の住んでいる国や街の歴史を
生きいきと語ることのできるチュニジアの
人びとを羨ましく思う。

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 メディナ見学を
 終えて、
 チュニスの市街地へ
 ふたたび戻る。

 ここは
 とあるスーパーの中。

 お菓子です。
 これをお土産に
 買いました(笑)






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 デパート
 なども
 あります。

 やはり
 都会です。







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 2回目の
 大聖堂。







 横ぎる
 路面電車。









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 日本の都会
 とは明らかに
 違う雰囲気。

 灯りの質が
 違うのが
 おおきいかも。

 やさしく、疲れ
 ない灯りです。



夜のチュニスを歩き、
とても気持ちがよかった。
最後の夜、という気分も
あったかもしれない。

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 ホテルにて
 少し遅い夕食を
 いただく。






最後の晩餐、Nさんと私たち3人で、
チュニジア旅の思い出などを語り合った。

やはり、サハラ砂漠が一番印象深い
思い出となったように思う。


チュニジアの旅も残り1日。
最後の日も、すばらしい所にたくさん
行けました。

連載もあと2回で終了です。
ご期待ください。




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2008年4月 8日 (火)

チュニジアの11日間(17)

「チュニジアの11日間」も
残すところあと2日間、となった。

1月5日(チュニジア10日目)も朝6時起床。
パン、ヨーグルト、コーヒーと、朝食をNさん宅でいただく。

6時50分には出発!
久しぶりにミニバスでの移動となる。
運転手モアッツも相変わらずの大声。元気であった。
この日は、在チュニジアの
ジュニア&シニアボランティア4名が合流し、
8名での旅となる。

午前中は長距離移動。
11:40にブラレジア遺跡に到着する。

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 ここもローマ遺跡群の
 ひとつで、
 モザイク芸術が有名だとか。

 敷地もかなり広い。












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 地下にかなり
 保存状態のよい
 モザイクがあるそう。

 さっそく階段を
 降りて地下へ。









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 はい、地下です。

 よくこんなのつくったね。













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 この床に、
 モザイクが
 敷きつめられている。

 みんなで見学する。










Img_1187

 絵の説明を
 受けている。

 2日目に行った
 バルドー博物館にも、
 モザイクはたくさん
 展示されていたが、
 やはりこうした場所で
 実物を見ると、
 なかなか感動的だ。

 保存状態が良いのにも
 おどろき。




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 こんな
 作品とか。










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 こんな作品も。

 これは
 ヴィーナス
 なんだって。








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 ブラレジア
 では、羊が
 ウロウロ
 していた。








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 こちらは、
 ブラレジアのなかにある
 劇場跡。












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 ローマ人は、
 文化水準も
 高かったに
 ちがいない。

 





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 ブラレジア見学を終え、
 昼食に。

 いのししのお肉を
 いただきました。





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 15時。
 つづいて訪れたのは、
 ドゥッガ遺跡。

 これもローマ遺跡で、
 世界遺産に登録されている。

 









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 ここにも
 劇場が。
 景色も
 すばらしい。

 どんな劇場
 だったんだろ。
 音響装置も
 あったとか。



Img_1215




 神殿。

 








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 みんなで
 集合写真。

 が、
 神殿は半分。
 顔は見えない。
 チュニジアの
 案内の人に
 撮って
 もらったの
 だけれど…。



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 それにしても、威厳と
 歴史を感じさせる
 建物である。
 
 












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 神殿の内側から
 撮ってみる。














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 ドゥッガ遺跡の
 街があったところ
 らへん。

 階層ごとに
 住む場所も
 区別されていた。

 かなりの密集ぐあい
 ではある。







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 ここは浴場
 だったところ。

 温水と冷水、
 いまでいう
 サウナや
 スポーツジム
 まであった
 とか。
 ほんまかいな。
 ローマ人すご。



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 しかし、
 天気が
 良かった。

 青と緑と
 遺跡。

 すばらしい。






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 こんなちょっと
 した地下道路も。

 ワクワクするね~。











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 これは
 共同トイレ。

 ちゃんと
 下水設備の
 ようなものが
 あって、
 水で流れる
 ようになって
 いた。
 恐るべし。



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 買春施設
 だったところ。
 (たしか)
 当時の
 男女関係の
 あり方も
 いろいろ
 説明を受ける。





Img_1255




 ドゥッガの猫。

 当時も猫は
 人間と一緒に住んで
 いたのだろうか。









ブラレジア、ドゥッガと見学し、
ローマ国家の繁栄ぶりと
文化・技術水準の高さに改めて驚いた。

もちろん身分制度が基礎にあって、
奴隷労働があったのだろうけど。

ローマ人は、こんなアフリカまで
やってきて、自分たちの都市をつくり、
生活を楽しむことをやってのけた。

その力は巨大だが、
ローマ帝国は結局滅びた。
いまのアメリカの現実とローマ帝国の歴史を
重ねる人も多い。
その結果がどんなふうになるにせよ、
私たちが、こうした遺跡や歴史から学ぶことは
限りなくたくさんある。

世界史はあんまり得意ではないのだけれど、
人間の歴史はじつにドラマティックで、
深みがある。もっと学んでいきたいと思う。

チュニジアは、そうした人間の歴史を肌で感じる
貴重な場所がたくさんあるのだ。



さて、ドゥッガをあとにし、
首都チュニスへと戻る。


続きは次回。




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2008年3月27日 (木)

チュニジアの11日間(16)

1月4日、チュニジア9日目。
7時に起床し、スープとパン、ヨーグルトの朝食。
ありがたい。

で、この日は、Nさんのチュニジアでの
職場である、養護学校の学内見学の日。
ふだんの仕事風景をみさせてもらう。

Nさんの自宅から徒歩5分で学校に到着。
8時半ちょっと前だった。

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 学校もやはり
 チュニジアカラーで
 ございますな。








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 朝礼らしき行事で
 何人かの先生方に
 あいさつをした後、
 Nさんの職場、
 リハビリルームへ。

 リハビリ用具などが
 置かれていた。




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 朝の書き物を
 てぎわよく書いている
 Nさん。

 日によって、
 誰のリハビリか、
 メニューは、
 など考える。





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 学校内をウロウロ。

 白が基調の、
 とてもキレイな
 学校でした。








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 こんな
 室内広場(?)も。

 日光が入るのが
 よいねー。





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 学校のほとんどの
 教室を見学させて
 もらう。
 いろんな教育
 メニューが
 あるんだなぁ。

 コーランを覚える
 教科もあった。


子どもたちは、私たちのことが珍しいので、
キョロキョロ見たり、恥ずかしがったり。
反応がおもしろい。

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 ふたたび
 リハビリルームに
 戻る。

 男の子の
 リハビリ中。
 地道な作業だが、
 これがスゴイ力を
 もっているのだ。


そうこうしていると、
「入院明けの子どもの見舞いに行こう」という話が。

11時から、10人ぐらいの子どもたちと、
先生方数名と私たちで、ある男子生徒の自宅に
お見舞いにいくことに。

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 ぞろぞろと歩く。
 子どもたちは
 とても楽しそうだ。

 わいわい。








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 途中、地元の
 スーパーに寄る。

 なんで寄ったのかは
 忘れました。

 品揃えは抱負ですが、
 野菜とか、新鮮なものは
 少なかったような・・・。



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 男の子の自宅に到着!
 みんなで部屋の中で
 くつろぐ。

 チュニジアの
 一般家庭の家に
 行くことができたのは、
 貴重なことだった。



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 ティーとお菓子を
 いただいて
 しまいました。

 チュニジアの家庭の
 ティーセットは
 どこもなかなか
 すばらしいものでした。



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 お見舞いが終わり。
 外に。

 男の子の自宅前で。






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 帰りもゾロゾロと
 帰る。

 道路横断はもちろん、
 車の間を
 走り抜ける!

 これが基本です。



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 ふたたび学校に。

 今度は別の
 生徒さんの
 手作業でのリハビリ。
 糸を編む。





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 右は、近くの高校に
 通う学生さんが、
 ボランティアで
 手伝い(?)に。
 
 けっこう開放的な
 学校で、いろんな
 人がくるみたい。
 友人Tと日本語教室。


楽しい時間はまたたく間にすぎ、
生徒さんと記念写真をとったり、
校長先生とも写真をとり、
14時すぎには下校。
だいたいこの時間にはみな帰るそうです。
早い! すばらしい!

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 昼食をこの
 お店でGET。

 さわやかな
 青年店員さんが
 サンドイッチ風
 ピザパンを
 つくってくれた。



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 じゃーん!
 これだ。

 べりーぐっど。
 Nさん宅で
 いただきました。





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 しばらく家で
 ゆっくりして、
 15時半ぐらいに
 ふたたび外へ。

 歩いて10分ほどで
 砂浜に。もち地中海。
 夏はここで思う存分
 泳げるのだとか。
 うらやましい。

その後、コルバの市街を歩いて見てまわる。
お店や市場、スーパーなどなど。
いちいち見るものが新鮮でおもしろい。

で、この日の夜は、
Nさん勤務の養護学校の校長先生の
ご自宅におよばれし、夕食をいただくことに!

その前に、学校長のお兄さんやお母さんが
いるお宅に訪問した。
ここは、Nさんがチュニジアに来たときに、
自分の住まいが見つかるまで
ホームステイした家で、みなさん大歓迎で
むかえてくれました。

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  左から2人目が
 校長先生の
 お母さん。

 すごい包容力の
 ありそうな女性
 でした。
 ここでもティーと
 お菓子を
 いただきました。

そして!いよいよ校長先生(名前はラミアさん)の自宅に。
ダンナさんのムハンマド、そして二人の子どもさんの4人家族。

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 おぉぉぉ!!
 チュニジア料理って
 感じの
 ごちそうメニュー
 でありました。

 パンをちぎって、
 各皿にある料理に
 つけて一緒に食べる。
 おいしぃー。


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 ムハンマドと。
 このダンナさんは、
 すばらしく気遣いの
 できる人でありました。
 食べ方のご指導(笑) 
 から、「もっと食べろ
 食べろ」と次々と
 勧めてくれ、さらに
 果物の皮までむいて 
 食べさせてくれました。

一般的に、チュニジアの男性は、
「家事はいっさいしない」という人が多いらしいのですが、
このムハンマドは、チュニジア男性では
かなーり珍しいタイプですね。驚きました。
知的な感じのする校長先生とお似合い夫婦だなーと。

あんまりムハンマドが「もっともっと」と勧めるので、
私もガツガツを食べてしまい、かなり満腹に。
ごちそうさまでした。

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 子どもたちも
 とーっても、
 カワイかったです。

 ステキな家族で
 ありました。




こんな感じで、
この日はコルバで、比較的ゆったりした
時間を過ごしました。

普段の人びとの生活風景も少し味わえて、
チュニジアのまた違う顔を知りました。

いよいよ、旅も、
残すところ2日間、となりました。





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2008年3月19日 (水)

チュニジアの11日間(15)

1月3日(チュニジア8日目)の後半です。

聖都ケロアンのメディナ(旧市街)の
なかを見学です。30分ほどしか時間が
なかったので、あんまりみれませんでしたが。

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 ここでも
 チュニジアンブルー。

 よい。












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 うさぎ!

 売られて
 ゆーくーよー(涙)。
 





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 ケロアンは
 カーペットが
 産業のひとつ。

 ところせましと
 カーペットが。





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 白いドアが
 独特のセンスを
 かもしだしている。

 商店街は
 やはり活気があった。

 私は結局この旅では
 買い物はあまりしなかったの
 だけれど、一緒に行った
 友人Tは、積極的に
 買い物にチャレンジしていて、
 もうこの頃には値引き交渉も
 上手になっていた。





Img_0992 でんでん太鼓
 らしきものが。

 不破さんも本で
 「なぜでんでん
 太鼓がここに」と
 18番の謎解きを
 していたっけ。
 この謎、
 解けたのかなぁ。



Img_0993

 これはたしか
 メディナを区切る
 壁、だったと思う。

 いい天気である。







Img_0998
 こんなステキなホテルで
 昼食をとったのであります。

 ヨーロッパ人もたくさん
 いました。たぶん
 ドイツかフランス。
 この旅では、ヨーロッパの
 人をたくさんホテルの食事の
 ときに見かけ、じっくりと
 バイキングでどんな料理を
 とっているかチャックしましたが、
 やっぱり肉とかタンパク質系を
 てんこ盛りにお皿にのっけてる
 人が多かったですねー。
 だからあの体格ですわ。はい。




Img_1000

 わたしくのお皿。
 野菜をたんまりとります。

 




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 ケロアンを13時
 すぎに出発。

 北へ北へと
 車は走りました。

 北部はやはり
 南部とは景色が違う。
 緑が増えます。



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 2時間ほど移動し、
 着いたところは、
 ここ。

 ザグーアンの
 水道橋という
 遺跡です。





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 なんとこれも
 ローマ遺跡です。

 数十キロ先の
 水源から、
 街へ水を供給する
 水道橋だったとか。
 びみょーに傾斜が
 あるそうです。




Img_1023

 近づくとこの大きさ。
 
 ローマ人の“水”への
 こだわりは相当なもの。
 そして、紀元前に
 これだけのものを
 つくっちゃう建築技術。
 おおおおそるべし。

 なんか人や家畜もこの
 水道橋を歩いたそうです。
 高くてこわいけどな。
 ボロボロになりながらも、
 延々と続いていました。




Img_1025

 わおー。

 これは
 美しい、と
 表現できますな。






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 水道橋をみたあと、
 コルバのNさん宅へ
 向かう。

 Nさんとは2日ぶり
 である。



コルバのNさん宅に16時半頃到着。
ここで、3日間旅をご一緒していただいた
G夫妻とお別れとなる(G夫妻はチュニスにお住まい)。

G夫妻のおかげて、もちろん言葉の面でも
助かったのだけれど、そのお人柄は本当に
すばらしく、いつも楽しい夫婦(めおと)漫才を聞かせて
いただいたし、教養も広く、いろんなことを
教えていただきました。ありがとうございました。
出会いに感謝、ですね。

Img_1039 Nさん宅での夕食。
 たまご野菜丼!
 みそ汁!

 チュニジア料理や
 ホテル食事が
 多かったので、
 これはめちゃ
 嬉しかった。
 おいしかった。


この3日間の出来事やエピソードを
楽しく報告する。
チュニジア話に花がさく。

そして、この日の夜は、
Nさん宅の大家さん(隣にいる)の家に
よばれることに! ドキドキ。

Img_1040
 大家さんちの
 客間(?)
 いや、リビングか。

 部屋も白いよ~。
 きれいだね~。

 大家さんの
 オクサマがまず
 出迎えてくれた。
 
 平均的チュニジア人
 だった。つまり、
 人なつっこく、
 よくしゃべる。


新婚とのきの夫婦の写真も
見せてくれた。
あう! 美しい。
いまはちょっとポッチャリ(失礼!)

Img_1041
 飲み物とお菓子もいただく。
 そうこうしてると、
 ダンナさん帰宅。
 こちらもすばらしく
 大声と笑顔の似合う
 ダンナさんでありました。

Nさんのことをいつも気にかけてくれ、
面倒見のよい大家さんということが
よくわかりました。
まー、となりにこんな家族がいたら
楽しいでしょう。たしかに。

さて、明日はNさんの職場訪問です。
楽しみでござる。




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2008年3月 9日 (日)

チュニジアの11日間(14)

1月3日の朝。
チュニジア8日目である。
いよいよ旅も終盤にさしかかりつつあった。

Img_0925





 ホテルから
 朝の空を
 ながめる。





いつものように、動き出しは早かった。
6時に起床し、7時には朝食。8時に出発した。
この日も、引き続きの5人旅である。

まずは、泊まったマハディアの街の見学である。

Img_0942 マハディアの
 メディナ
 (旧市街)
 の入口の門。

 つくられた
 当初は、
 要塞の一部
 だったらしい。

 たしかに
 ごつい。



Img_0938


 これは
 メディナの
 なかにある、
 グランド・
 モスク。






Img_0939


 地中海の
 みえる所に。

 左の建物は
 有名なカフェ
 だとか。







Img_0941


 朝早かったので、
 ほとんどお店も
 空いていなかった。

 メディアの中を
 少しブラブラと
 歩いて、
 ふたたび門から
 外へ出る。






次に向かったのは、
ケロアンという、内陸部に位置する町。
アラブ王朝時代には、首都として栄えた町らしい。
10時すぎに、ケロアンに到着。

ケロアンは、
イスラム世界ではとても重要な町で、
メッカ、メディナ、エルサレムに次いで、
4番目に位置づけられる聖都。

したがって、歴史のある貴重な建物も多く、
町は世界遺産に登録されている。

Img_0943
 まず、
 アグラブ朝の
 貯水池、
 といわれる
 ところ。

 現在でも
 ケロアンの
 水源として
 使われている。




Img_0944





 おお!
 朝からどんより
 していた空が晴れて、
 きれいな雲が。

 やっぱ雲は
 すばらしい。












Img_0945

 貯水池の建物の
 近くに、着飾ったらくだと
 おじさんがいたので、
 「これは写真に
 おさめないと!」と思い、
 近寄ると、ポーズを
 決めてくれた。
 なんてやさしい人だ、
 と思っていると、
 「はい」と手を差し出された。

 なんだ、商売でしたか。
 1/2ディナールを献上。 




Img_0946

 続いてやって
 きたのは、

 シディ・
 サハブ霊廟。

 つまりモスク
 なんですが、 
 美しい建物
 として有名。



Img_0947





 シディ・サハブ霊廟
 のなかに入る。

 雰囲気は
 たしかに神秘的。













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 壁の装飾も
 きらびやか。









Img_0951






 室内も
 この美しさ。
















Img_0954


 中庭(?)に。

 上に見える
 のは空と雲
 だけ。

 すごいね。






Img_0956
 その中庭で、
 香水をふりかけて
 くれる人がいた。
 私も香水を
 ふりかけてもらう。
 宗教的な風習だろう。

 が、ここでも、お金が
 必要だった…。
 1ディナール献上。

さて、シディ・サハブ霊廟を出て、
次は、グランド・モスクへ。

Img_0964


 聖都の
 グランド・
 モスク
 だけあって、
 かなりの威厳。

 風格ただよう。






Img_0965









 礼拝堂の正面。
 でかい。
 
 北アフリカ
 最古のモスク
 だとか。








Img_0973





 ま~、
 こうした建物を
 つくる
 エネルギーって
 すごいもんです。

 イスラムの力を
 感じます。









Img_0970



 礼拝堂の中も
 撮ってみた。

 もちろん
 異教徒は
 入れない。

 カーペットが
 敷き詰め
 られている。










Img_0967

 中庭を眺める。

 床はぜ~んぶ
 大理石だそう
 です。
 巡礼期になると、
 巡礼者で
 あふれるん
 だろうなぁ。



ということで、グランド・モスクは、
イスラム教の力強さを
肌で感じるところでありました。

時刻は、11時半。
私たちは、メディナのなかの
繁華街を見学することに。

Img_0978




 この門から
 なかに入る。










つづきは次回!



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2008年3月 4日 (火)

チュニジアの11日間(13)

1月2日(チュニジア7日目)のつづき。

シェニニ見学をおえた私たち5人は、
ふたたびタタウィンの町へ戻った。

G夫妻の要望により、
「ガゼルの角」というお菓子屋さんに寄ることに。

Img_0812

 お菓子屋さんの
 前に4DWが
 着いた。







Img_0815
 お菓子の工房に
 入ることができる。

 チュニジアのお菓子は、
 基本あまい。しかも、
 しつこい甘さだ(笑)。

 そういえば、Nさんが
 エピソードとして言っていた。
 日本のせんべいを
 チュニジアの人に
 食べさせたところ、
 まったく受けつけず、
 「なんで菓子なのに塩味
 なんだ!」とびっくり
 されたという。



Img_0820

 店内は、
 観光客や地元の人で
 混雑していた。







Img_0825

 店を出て、通りを
 ながめていると、
 携帯電話を見ながら
 歩いているおじさんが
 いた。

 ミョーにおもしろい
 絵だったので、
 おもわず写真に。

 もう、こうした風景は
 世界共通ということか。




お菓子屋で買い物をすませて、
次は北へ移動する。
今日の移動距離はハンパでない。
たぶん300キロ以上はあったと思う。

4WDは、直線だと100キロを軽くオーバーして
走る走る(普通の道を)。

途中、メドニンという町を通った。
チュニジア南部の交通の要所である。大きな町だ。

G夫妻が、
「S水さんに電話しておこう」と、連絡をとった。
S水さんとは、メドニン在住のシニアボランティアの
女性である。メドニンでたった1人の日本人だとか。

「S水さんGです。いまメドニンの町に入ったのよ。
今日は通過するだけだけど…」
てな会話が交わされたのだが、
S水さんは、「なんでそれを早く言わないの!いまどこよ!」と、
メドニンに寄りなさいオーラを発せられた。

そのオーラに負けて(笑)、急きょメドニンで昼休憩することに。
こんな急な予定変更も、旅のおもしろさであります。

Img_0828
 S水さんと、
 G夫人。

 どちらも
 すばらしく快活な
 女性です。

 「エジプトの米が
 手に入ったの」
 と闇市のような
 交換が交わされる(笑)

 チュニジアにいる日本人に
 とって、「良質な米の確保」は、
 かなりの重要課題である。




Img_0829

 S水さんの案内で、
 市内観光に歩く。

 チュニジアの街中には、
 かならずこうした
 モニュメントがある。






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 ここは、 
 クサール・メドニンの
 入口。

 








Img_0832



 穀物倉庫群の
 跡が、
 市場に
 なっている。

 






Img_0836



 やはり、
 不思議な
 光景である。









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 メドニンの
 街中を
 どんどん歩く。

 なかなか
 活気がある。







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 どこでも
 野菜や
 果物が
 てんこもり。









Img_0839




 モスクも。

 うーん、
 やっぱり
 青空に映えるなぁ。














Img_0845



 ふたたび
 市場へ。

 チュニジアでは
 あまりデパート
 らしきものはなく、
 個人店が
 密集している
 感じです。











Img_0852





 ひひーん。

 ・・・とは
 鳴かなかったけど、
 馬です。













Img_0859

 S水さんの案内で、
 チキンのお店へ。

 地元の方の
 オススメだけあって、
 とってもおいしい
 チキン料理でした。



S水さんふくめ、6人で昼食を楽しみ、
いろいろおもしろいお話も聞かせていただきました。
笑いっぱなしだったような気がします。

また、S水さんは、血糖値(血圧だったかな…?)が
とても高くて医師にも注意されていたらしいのですが、
チュニジアで、寝る前にチュニジアのオリーブオイルを
必ずスプーン1杯飲むことにしていて、
なんと血糖値が劇的に下がったとか。

Gさんいわく、オリーブオイルは、体の不純物を
排出してくれる役割があって、寝る前に飲むとかなり
効果的なんだとか。
S水さんの経験を「メドニンの奇跡」と言っていました(笑)
オリーブおそるべし! ですね。

S水さんは、たった1人で、メドニンの町で
たくましく生きておられる様子が伝わってきました。
いやはや、とてもすばらしい出会いでした。

Img_0862

 メドニンを13時
 20分に出発!

 途中の道で、
 羊たちをのせた
 ISUZUのトラックを
 発見。





Img_0873
 ゆく道の
 両側には
 延々と
 オリーブ畑が
 続く。

 チュニジア
 最大の農産物。

 中南部での
 栽培が多い。



Img_0879


 いつのまにか
 夕方に。

 陽が沈む








Img_0886


 なんかすごい。

 自然の美しさ
 は、想像力を
 こえますな。








Img_0892



 日本で 
 この「色」は
 なかなか
 お目にかか
 れない。







Img_0893
 やっと本日のホテルに
 到着!18時過ぎてました。

 ドライブ時間約5時間!
 一気にチュニジア中部に
 戻ってきました
 疲れた~。


ここは、マハディアという地中海に面した
中都市。ヨーロッパ人の観光地でもあります。

ホテルにはヨーロッパ人がウヨウヨ…。
かなりゴージャスなホテルだったのですが、
オフシーズンであるため、安く泊まれるそうであります。

Img_0896
 ホテルでの食事。バイキング。
 まー、すごい料理の
 品数とゴージャスさでした。
 ほとんど写真に納めましたが、
 ここでは省略します。

 この真ん中の男性は
 もちろんホテルの人ですが、
 「こんにちは」と日本語で
 満面の笑みで話しかけて
 きてくれました。


私たちも調子にのって、
「こんにちはノーノー、こんばんわ」と、
日本語のレクチャーを…(笑)。

Img_0905

 ケーキが並ぶ。

 これでもデザートの
 一部分。

 うーむ、危険だ。 
 体重が…。



この日の夜も、G夫妻と一緒の
楽しい晩餐となりました。

移動距離の長い1日でしたが、
やっぱり充実していました。

チュニジアは、ほんとうに、すばらしい。
そして、人との出会いは、やっぱり楽しい。


つづく。




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2008年2月25日 (月)

チュニジアの11日間(12)

1月2日(チュニジア7日目)の朝。
6時起床、7時前にはホテルで朝食をとる。

Img_0764_4



 今日は
 天気が
 よさそうだ。


 月が見えた。















Img_0765

 えらくシンプルな
 朝食となった。

 パン、ハム、トマト、
 コーヒーなど。





Img_0766


 朝日で
 きれいだなぁ。





8時にG夫妻とともに、出発。
今日も4WDで5人旅である(運転手さん入れたら6人か)。

30分ほど車にゆられて、
今日最初の目的地、
クサール・ハッタダに到着する。

ここは、かつて穀物倉庫として
使われていた場所である。

Img_0771




 なかに入ると、
 猫が
 出迎えてくれた。




 おはよう
 ございますニャン。










Img_0772


 こういう
 建物群です。

 どことなく
 かわいらしい。








Img_0774


 クサールの
 中に
 入ってみる。


 猫が案内役。





 こっち、
 こっち。







Img_0776





 ここも
 いいでしょ。




 ないすぽーず
 だが、
 もっと笑顔が
 ほしい(笑)








Img_0779




 中央の
 白い建物は
 モスク。








Img_0785
 クサールは
 穀物貯蔵庫と
 して使われて
 いたが、人の
 住居としても
 使われていた
 そうだ。

 今、ホテル
 として使う
 ために改修中。



Img_0791




 にしても、
 今日は空が
 青い!!

 青すぎる!

 気持ちいい~。













Img_0794

 30分ほどで
 見学終了。

 さて、次に向かった
 場所は…。





Img_0796

 シェニニ、
 と呼ばれる
 山の上の
 村である。

 現在も少数
 だが人が
 住んでいる。





Img_0797

 気合いを
 入れて、
 登り道を
 歩いてゆく。

 しかし、
 空が青い。






Img_0798

 ふりかえって
 景色を
 ながめる。

 こんな所に
 住むって
 どんな
 感じなんか
 なぁ~。




Img_0800


 8合目付近に
 モスクあり。

 白く美しい。









Img_0801



 山の
 てっぺん
 まで登ると、
 裏側の景色が
 見わたせた。







Img_0802






 

 絶景でした。















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 よく見ると、
 段々畑のように
 なっている。









 そして、
 道を歩く人。
 





Img_0808



 下山(?)
 する。










Img_0810





 もちろんここにも
 土産物屋さん。

 観光客いるところ、
 商売あり。













すばらしい景色を満喫し、
シェニ二をあとにした一行は、
ふたたびタタウィンの町へ戻る。

つづきは次回。




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2008年2月21日 (木)

チュニジアの11日間(11)

1月1日(チュニジア6日目)の後半。

ドゥーズをミニバスで出発した一行は、
小休憩をとりながら(タメズレッド)、
マトマタ(チュニジアのへそあたりに位置する)
という町を目指した。


Img_0714





 タメズレッドで
 とった1枚。


 女性が歩いて
 いた。
 勝手にとって
 すみません。











Img_0719

 マトマタには、
 先住民である
 ベルベル人の
 住まいがある。

 このように、
 穴をほり、
 中で生活を
 している。





Img_0721


 部屋の中。
 壁は白い。

 暑い夏は
 すずしく、
 寒い冬は
 あたたかい。






Img_0725




 こちらは
 台所。










Img_0722

 一緒に住んでいると
 思われるネコ。

 そんなに見つめられても、
 何もでないよ。






Img_0729





 ベルベル人の
 住居付近から
 まわりをながめる。

 ロバが
 たたずんでいた。











ふたたびミニバスで移動し、
『スターウォーズ』のロケ地となったという
場所を訪れる。


Img_0731

 ここが
 そうらしい。

 映画を
 見ていない
 からなんとも
 言えない。





Img_0732
 スター
 ウォーズ
 Bar
 とある。

 なんでも
 商売にして
 しまうのが
 資本主義
 である。





Img_0733


 上からみた
 穴居住宅。

 ここは
 ホテルとして
 活用されて
 いるらしい。




ざっと見学したあと、
ここで悲しいお別れとなる。

私たち3人(私、相方、友人T)と、
チュニジアでシニアボランティアをしている
G夫妻の5人で、
さらにチュニジア南部をまわるために、
4WDにのりかえることに。

あとのみなさんとは、
基本的に、ここでお別れとなる。
バレーボール仲間の岡山3人組も、
2日の飛行機で帰らないといけないので、
ここでお別れとなる。

5日間、旅をともにした
人たちと別れるのは寂しかったが、
また会う機会もあるかもしれない。
Nさんとは、3日の晩に、ふふたび落ち合う。

14時半、4DWに乗って、マトマタを出発する。
ドライバーはもち、現地の人(名前はたしかジュジャンさん)である。
これからの行程は、Nさんといったん別れたので、
G夫妻の語学力を頼りに、旅を続けた。
ほんとうに助かりました。

今日泊まるタタウィンという町に行く途中で、
何か所か、写真ポイントに連れていってもらう。


Img_0738
 山あいの集落。
 パシャパシャ写真を
 とってみる。

 運転手さんいわく、
 「アジア系でも、日本人
 はすぐにわかる、
 とにかくカメラ好きだ」
 という。
 「スゴーイ」という
 日本語も運転手さんは
 使いこないしていた。

 たしかに、どこでも
 デジカメをひっさげて、
 「すごーい」と写真を
 とっているのが日本人
 かもしれない。





Img_0740


 町を通過。

 白い建物は
 もちろん
 モスク。









Img_0741
 チュニジア
 でも、南部は
 こんなふうに
 荒涼とした
 大地が続く。

 北部とは
 かなり
 雰囲気が
 ことなる。






Img_0745

 運転手さんが、
 「ここはいいぞ」と
 車をとめた。






Img_0743

 見晴らし
 バツグン。

 広がる
 風景に
 アフリカを
 感じる。





くねくねとした道をずいぶん走って、
17時、本日のホテルに到着。
今日は早めに着いたので、ゆっくりできそうだ。

タタウィンのサンゴホテル、だそうだ。


Img_0746


 プールが
 あった。

 このホテルは
 なかなか
 泊まり心地が
 よかった。






Img_0752

 ベッドルーム
 のほかに、
 こんな部屋も。

 この旅で
 一番広かった。

 ゆったり
 できました。





Img_0759

 夕食はやはり
 バイキング。

 こんなケーキ
 もありました。

 1月1日、
 ですからね。




夕食は、G夫妻との話が楽しかった。
大阪人であるG夫妻は、
ユーモアセンス抜群で、話上手。
夫婦漫才をみているようだった。

ダンナさんが、チュニジア産のオリーブを
世界的に売り込むための戦略を練る
お仕事(ボランティア)をチュニジアでされている。
オリーブの効用や、ご夫婦の人生経験のお話、
いろんな外国の話まで、話題はつきることがなかった。

普段の生活のなかではめったに起こらない、
こうした楽しい出会いがあるからこそ、
旅は、やっぱりやめられない。




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2008年2月16日 (土)

チュニジアの11日間(10)

1月1日の夜が明けた。
チュニジア6日目の朝。

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 初日の出を、
 と思って
 早く起きた
 けど、
 残念ながら
 地平線
 付近はくもり。

 




Img_0670



 ま、きのうの夜に
 満天の星空が
 みれたから、
 贅沢はこれ以上
 言いません。



 月が見えた。











Img_0671


 ドゥーズにいる
 ジュニアボランティアの
 Sさんが、なんと凧を
 持ってきていた。

 そうだ、正月だもんね。

 となりの
 オーストラリア(たしか)の
 カップルも珍しそうに
 凧を見上げている。





Img_0672
 この日は
 風がほとんど
 なかったので、
 走り続け
 ないと凧が
 すぐに落ちて
 しまう。

 らくだくんも
 凧に
 興味津々?



Img_0673

 宿営地の
 中で煙が
 モクモク。

 なにやら火を
 起こしている
 らしい。






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 パン作成中。

 小麦と塩
 オンリーの
 シンプルな
 ものとか。
 (たしか)





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 なんと
 焚き火の
 灰で焼く
 という。

 灰を
 パン生地に
 かけてゆく。





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 えいやっと
 裏返し…。

 









Img_0684


 途中の過程を
 かなり省略
 しましたが、

 みごと完成!








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 みんなに
 振舞われる。

 これは
 おいしい!






ちなみに、朝食はちゃんと別に
用意がしてあって、
例のごとく、山盛りのフランスパンと
ミルクコーヒーをいただきました。

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 さて、
 9時20分に
 宿営地を出発!

 ふたたび
 らくだに乗って
 ドゥーズの町へ
 戻ります。

 また頼むよ、
 らくだくん。









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 やっぱり
 曇ってると
 砂漠の
 景色も
 イマイチ
 だな~。

 きのうは
 ほんと晴れて
 良かった。




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 らくだには
 約1時間
 40分乗る。
 けっこう長い。

 らくだにも
 それぞれ違い
 があって、
 相性が悪いと
 かなりお尻が
 痛くなる。


Img_0702
 なんとかドゥーズに
 無事到着!

 サハラ砂漠ツアーの
 参加者17名で記念写真。
 とてもとても楽しい
 砂漠ツアーになりました。



ドゥーズの町で、着替えや荷物整理など。
若干、時間があったので、
町をぶらぶらしてみることに。

Img_0704



 街中で
 たたずむ馬。










Img_0707

 市場は
 けっこう
 にぎやか。

 色とりどりの
 果物や野菜が
 並んでいる。







Img_0708



 こちらは
 ロバくん。

 もう、こうした
 動物たちは
 そこらじゅうにいます。

 人のよき
 パートナーですな。






 

Img_0709
 ドゥーズのジュニアボランティアの
 Sさん、Aさんが、なんと!
 出発する私たちに、
 卵料理とお雑煮の差し入れを
 つくってきてくれました。

 感激!うれしー。
 お餅食べれるなんて。



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 HAPPY
 NEW
 YEAR
 2008

 す、
 すばらしい。
 この遊び心。





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 こちらは
 お雑煮。

 たいへん
 おいしく
 いただき
 ました!





Sさん、Aさんにかぎらず、
青年海外協力隊のメンバーは、
みなさん心遣いがとてもできる人たちです。
そして、自分をしっかりもっていることも、感じました。

もちろん、話をいろいろを聞くと、
チュニジアでの苦労(言葉や文化、考え方の違いなど)は
並大抵のものではない
そうですが(かならず泣くそうです)、
その努力には、本当に頭がさがります。

ほんとうの国際貢献とはなんなのか、
彼女らの努力に学びたいと思います。


さて、12時ちょうどにドゥーズを出発。
後半は次回に!




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2008年2月 9日 (土)

チュニジアの11日間(9)

31日(チュニジア5日目)のサハラ砂漠ツアー。
らくだに乗って、いよいよ出発!

乗ったらすぐに、らくだは慣れた様子で
「おっこらせっ」と立ち上がる。

高い!

ゆっさ、ゆっさ、と歩き出す。
でも、なんとかなりそうだ。

ちなみに、チュニジアらくだは、
ひとこぶらくだ、だそうです。
もちろん、らくだを先導する現地の人と
一緒に行きます。

Img_0604
 こんな感じで
 連れ立って
 歩きます。

 写真はすべて
 らくだに乗り
 ながらとった
 もの。

 天気もよい。




Img_0606

 最初は
 あまり砂丘と
 いう感じでは
 なかったが、
 しばらく
 すると風景は
 見事に
 砂漠~って
 感じに。




Img_0609


 結構
 高低差の
 あるところも
 ゆく。

 ひょえ~。







Img_0611

 とにかく、
 天気が
 良かった!

 前日まで
 天気予報は
 イマイチ
 だったので。
 ラッキー。




Img_0612



 左が私。

 こんな写真も
 とれるんです。









Img_0614
 砂漠は、まるで
 別世界でした。
 いるだけで
 気持ちよかった。

 もちろんキビシイ
 環境ではありますが、
 美しさもあわせもつ
 ところでもあります。

 ちなみに、らくだに
 乗っているとき、
 ちょうど夕方4時と
 なり、日本では
 2008年が明けた。
 「おめでとうございます」
 の言葉が交わされる。
 不思議な感覚だった。




Img_0617

 中間地点
 ぐらい。
 まだまだ
 歩きます。

 季節に
 よっては、
 砂嵐がすごい
 らしい。




Img_0618


 この日は前日
 降った雨で、
 砂が若干
 湿り気味で、
 砂風にこまる
 ことは
 なかった。





Img_0624

 途中、360℃
 地平線が
 見える所が
 あったり、
 らくだの群れ
 に出会ったり。
 
 もうすぐ
 到着です。




Img_0626
 宿営地に
 ついた~。
 なんか
 あちこちが
 痛い。
 ふんばって
 乗ってたから
 かな~。

 らくだくんも
 おつかれ。



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 雲が
 美しい。

 圧巻。









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 砂漠、

 らくだ、

 雲。


 
 絵になる。












Img_0633


 ここが本日の宿営地。
 テントがいくつも
 設置されている。






Img_0635

 4人ひと組で入る。
 毛布や寝袋などの
 準備をしていく。







Img_0638
 しばらく
 すると、
 陽が落ちて
 きたので、
 夕日を見に
 行くために、
 少し歩く。

 砂漠の砂は、
 すごーく
 こまかい。

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 大晦日、
 砂漠での
 夕陽である。

 こんなことは
 もう一生、
 ないかも
 しれないな。

 きれいだ。




Img_0640

 雲も夕陽の
 色が投影
 されていて
 すばらしい。

 あー、
 ほんと
 天気が良くて
 えがった~。




Img_0645

 陽が沈む。

 夕陽を
 みながら、 
 07年も
 よい1年で
 あったと、
 思いを
 めぐらせる。




Img_0647


 刻々と色が
 変わってゆく。

 世界やっぱり
 美しく
 できている。







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 「いっちょやるか」

 「はっけよい!」

 砂漠で日本の国技を
 楽しむ人たち。
 さすが体育会系!




Img_0651


 すっかり
 暗くなって
 きた。

 宿営地に
 戻ろう。







Img_0653



 らくだくんも
 食事の時間。

 








Img_0655



 やっぱり
 砂漠には
 きみが
 似合うよ。







日が暮れると、一気に冷え込むのが砂漠である。
宿営地のなかの大きなテントのなかで
夕食をいただく。
スープやパン、クスクスなどであった。
同行していた人たちと、いろいろな話をしながら、
楽しい時間がすぎてゆく。

ふだん味わえない雰囲気と時間の流れの中、
大晦日の晩がふけてゆく。

食事を終えて、テントを出ようとすると、
「わー!」「すごーい!」という歓声が聞える。
先にテントを出た人たちの声だ。
なにやら星がすごいらしい。

急いで外に出てみる。


…雲がまったくない!

そして、ほんとうに文字通り、

満天の星空。

写真で再現できないのが残念だが、
空が星でぎっしり埋まっている。
こんなにはっきりとした天の川も見たことがない。

神様は信じない私だけれど、
こんなステキな夜をプレゼントしてくれた
砂漠の神様に感謝したい気分だった。

広大な宇宙を感じながら、
「ああ、生きててよかった」と思う(笑)

ずっと見ていても、
まったくあきることがなかった。

Img_0661

 しばらくすると、
 キャンプファイヤー
 が始まった。

 そして、太鼓の
 リズムにのって、
 踊れや歌えやの
 大騒ぎとなる。



Img_0664

 そう、やっぱり
 言葉は
 通じなくても、
 音楽は世界共通!

 私もがんばって
 踊ってみる(笑)。
 



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 まだまだ続く。





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 現地の人たちも
 ノリノリだった。

 この日は人数が
 多かったしね~。
 
 




でな感じで、延々とキャンプファイヤーは
続いたのであります。

いつ寝たかは忘れました。
12時前には寝ましたけど。
砂漠の夜は、かなーり冷えたけど、
まずまず寝れたと思います。


なにより、最高の大晦日でした。

あの砂漠の美しさ、
きっと忘れることはないでしょう。


ついに31日、終了。




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2008年2月 7日 (木)

チュニジアの11日間(8)

31日(チュニジア5日目)の朝、
4WDに乗り込んだ私たちは、
トズールを出発した。

前日は暗くなってからのトズール入りだったので、
街の外の様子はわからなかったが、
なるほど、砂漠のなかの町といわれるように、
車で少し走ると、すぐに荒涼とした風景が広がっていた。

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 大地が
 どこまでも
 ひろがる。









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 なんと!
 らくだ注意
 の看板が。








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 驚いている
 間もなく、
 本物の
 らくだが!

 でも、野生
 ではない
 そうです。





車で30分ほど走り、
ジュピカという村に。

数十年前に、大洪水があり、昔の村は
水没してしまったが、わずかに形跡が残っているそうだ。
洪水後がまだ生々しい、渓谷の村である。

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 観光客
 相手の
 土産もの
 店がならぶ。








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 ちょっと
 歩くと、
 見晴らしが
 よくなった。








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 ジュピカの
 旧村跡も。









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 さらに渓谷
 を歩いて
 いく。

 ガゼルだ!
 …つくりもの
 ですが(笑)







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 村の少年たち。

 子どもも、
 観光客相手に
 売り子をしていた。

 けっして生活は
 ラクではない。










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 さらに歩いていくと、
 自然の池が。

 なかなか透明度も
 あって、美しい。

 でも、こんなところに
 池があるなんて。







ジュピカを観光したあと、
ふたたび4WDに乗って移動する。

ちなみに、この4DWの運転手の人が
むちゃおもしろいおじさんだった。

デコボコの近道に急に入ったと思ったら、
ラジカセ全開で音楽を流し、「ふんふん」歌い出す。
こっちは、デコボコ道で「うわー」とか、「きゃー」とか
言っているのに(笑)。

でもって、岡山から来たバレーボール3人組も、
その勢いに乗っかって、一緒に歌い出す(笑)。
でもって、私もこの際とばかりに歌い出す。

ということで、4DWのなかは、大合唱に。
もちろん、アラビア語の歌なので、
テキトーなんですけどね。
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 さて、次に着いた
 のは、ミデスと
 いうこれも渓谷。

 もうここまで来る
 と、アルジェリア
 との国境はすぐ
 そこだ。

 で、この渓谷は
 映画、『イング
 リッシュ・ペイ
 シェント』の撮影
 場所にも使われ
 た所だそうだ。

 たしかに見覚え
 がある。





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 この渓谷は
 ものすごく深い。

 私は高所恐怖症の
 ため、こんなに
 近づいて見ることは
 できない。

 離れたところから
 写真をとるだけだ。

 だって、落ちたら
 いやですもん。







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 染織された
 ものが
 干して
 あった。







さて、渓谷をあとにし、ふたたび4WDで
来た道を引きかえす。

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 途中、
 タメルザ
 という
 所の旧村が
 見える
 ホテルに
 寄ったり。





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 アフリカ~
 って感じの
 展望所に
 立ち寄っ
 たり。







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 4WDは
 飛ばす
 飛ばす。

 かなり
 恐い。






トズールへ戻り、ミニバスに乗り換えて、
今度はドゥーズという町をめざす。

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 こんな
 感じで
 ロバや
 馬はよく
 見かけます。







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 これは、 
 北アフリカ
 最大の
 大塩湖。

 季節に
 よって湖の
 色が変わる
 という。





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 ここでとれた
 塩は、
 ヨーロッパ
 などへ
 輸出されて
 いるそうだ。

 湖の真ん中
 あたりに
 その製造工場
 があった。









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 こんなことをして遊んでみる。

 車がまったく通らない、
 直線道路だからできること。






さて、いよいよ本格的な砂漠の町、
ドゥーズへ到着した。町からすぐ南へいくと、
サハラ砂漠が広がっているそうだ。

ここで、サハラツアー(1泊)の準備のために、
ミニバスをおり、準備をする。

時間が少しあったので、町のスーク(市場)へ
行ってみる。

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 青空と
 雲が
 キレイだ。

 天気がよく 
 なってきた。







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  スークには
 いろいろな
 お店が
 並んでいる。









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 チュニジア国旗を
 とってみた。

 青空に映えるね。














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 バレーボール3人組は、
 このスークで地元の
 衣装を買い込み、
 すっかり現地人化していた。

 すばらしい。





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 昼食は、
 Nさんが
 買出しに行って
 くれ、いただく。

 このパンも
 美味しかった。





さて、14時を過ぎた。
いよいよこの旅行のメインイベント、
サハラツアーである。
ここドゥーズにいるジュニアボランティアの
人も合流し、総勢17名でのツアーである。

ドゥーズの町からミニバスに乗りこむと、
すぐにサハラ砂漠の突端に着いた。

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 そこには、
 らくだが、
 「さあ、のれ」
 とばかりに
 待ち構えていた。

 よし、
 さあ、のるぞ。

 









砂漠の圧巻景色は次回・・・!




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2008年2月 2日 (土)

チュニジアの11日間(7)

30日(チュニジア4日目)のつづき。

スベイトラのローマ遺跡へ行く。
チュニジアに残る一番新しいローマ遺跡とのこと。
時間はこのときすでに14時40分。

ちなみに、スベイトラは、かなり内陸部に位置し、
首都のチュニスと南部にあるサハラ砂漠までの
距離の、ちょうど中間地点ぐらいにある。

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 これが
 スフェトゥラの
 (当時の名称)
 遺跡。

 ビザンチン帝国
 (東ローマ帝国の
 別名)により
 造られたものが
 多いという。

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 そのビザンチン
 帝国は、すぐに
 アラブ軍によって
 この地を追われた
 そうな。

 戦争ばかりの
 時代ですな。



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 歩いて行くと、
 だんだん
 神殿に近づいて
 きた。





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 左から、
 ミネルバ、
 ジュピター、
 ジュノ、
 が祀られて
 いるという。

 なんか、
 ローマ遺跡
 って感じだ
 な~。



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 どの神殿も、
 中まで入れます。









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 でもって、
 神殿の中から
 とった写真。










ここの遺跡群は、とにかくだだっぴろく、
その後もウロウロと歩いて見学するが、
見れたのは半分程度であったと思う。

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 これは
 劇場跡。

 ローマ人は
 基本、
 お風呂と
 劇が好き
 なんですな。




さて、スベイトラを約1時間かけて
見学したあとは、またミニバスで移動。
一気に南下する。

約3時間後、トズールという町に着く。
ここが本日の宿泊地である。
トズールは、すでにアルジェリア国境に近く、
砂漠の中の大きなオアシスの町とのこと。

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 もちろん
 もう真っ暗。

 なにやら
 ネオンが
 きらびやかな
 街ですな。



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 ここも。

 じつはここ、
 市庁舎らしい。
 …ハデだ。





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 ホテルにチェックイン
 してすぐに、街を
 少し歩いてみる。
 これはモスク。
 やはりどこにでもある。

 歩くと、砂漠の街という
 雰囲気を感じる。
 なぜなら、町中に砂と
 粘土を混ぜ合わせて
 つくった日干しレンガの
 建物が多いからだ。
 赤レンガでなく、
 白レンガである。




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 ホテルに帰って、
 19時半頃から
 夕食をいただく。

 ホテルは
 どこでも必ず
 バイキング。




夕食を終えると、
「みんなでY本さんの工房にいきませんか」となる。

Y本さんは、ここトズールで、JICAの
シニアボランテイアをされている日本人の方。
私たちの団体(?)が来るとのことで、
ホテルに顔をだしてくださっていた。

そのY本さんが行っているボランティアとは、
ここトズールの特徴である
日干しレンガづくりの指導。

日本では焼物のお仕事をされていたそうで、
その技術を活かし、ここチュニジアで
安価で耐久性もあるレンガ造りを研究している。

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 ホテルから10分ほど
 歩くと、Y本さんの工房に。

 工房に行くあいだにも、
 
Y本さんからいろいろ
 現地のお話を聞かせて
 いただく。

 工房では、 
 日干しレンガづくりの
 ことをあれこれと
 伺うことができた。




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 これは小さな
 焼き釜。

 電気釜ですな。
 たしか。









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 「へー」
 「なるほどー」
 を連発しながら
 話を聞く。

 レンガ造りの
 自作DVDまで
 いただく(有料)。



Y本さんのことにかぎらず、こうして現地に根づき、
さまざまな活動や生活をされている
人の話を聞くことができたのは、今回の旅の
大きな特徴だった。

それは、旅行会社などの観光ツアーでは
けっしてできない、貴重な体験だった。
Nさんのツアーコンダクター並みの力量と
人徳のたわものでもある。ほんとうに感謝!

さて、ホテルへ帰ったのはすでに22時前。
次の日も早いので、そそくさと眠りにつく。


で、31日(チュニジア5日目)の朝。
前日は暗くなってからトズール入りしたので、
トズールのメディナ(旧市街)などは見学
できなかった。

そこで、私たち3人とジュニアボランティアのSさんの
4人で、ちょっと集合時間より早く準備して、
ホテルからすぐ近くのメディナへ行ってみた。

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 メディナの
 なかは、とても
 ひっそりと
 していた。






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 日干しレンガの
 建物が並ぶ。

 日干しレンガの
 特徴は、色だけでなく、
 レンガ自体を
 組み合わせて模様を
 つくっているところにある。







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 こんな感じに。











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 しずかなメディナの
 中を歩くのは、
 とても、
 気持ちがよかった。

 








さて、7時半。集合時刻となった。
この日も総勢14人での行動。

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 が、今日は
 ミニバスではなく、
 このトヨタの4WDに
 7人ずつ分乗して
 2台で移動。
 (運転手は現地のプロ)

 

いったい、行き先は・・・

次回をお楽しみに。



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2008年1月30日 (水)

チュニジアの11日間(6)

30日(チュニジア4日目)も6時前に起床。
ホテル出発が7時半と早めだったため。

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 スースの
 ホテルの部屋から。

 今日も曇りもよう
 だなぁ。






朝食をとり、ホテルを出発。
今日も総勢15人、ミニバスでの移動である。

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 9時、
 エル・ジェムという
 町に着く。

 お目当ては、
 なんといっても
 このコロセウム
 (円形闘技場)
 である。



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 ローマ時代に、剣闘士や
 奴隷、罪人や猛獣などの
 戦いを見物するというもの。
 
いまでいうなら
 競技スタジアムである。


 ローマ帝国は、各地に
 こうした円形闘技場を
 つくっているが、
 ここエル・ジェムの闘技場は
 チュニジアに25ある
 コロセウムのなかで最も
 保存状態がよく、
 1979年には世界遺産に
 登録されている。



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 それにしても、
 これだけ巨大な
 建造物をつくる力は、
 やはりすごいものがある。

 が、それが奴隷労働で
 担われたということも、
 忘れてはならない。







Img_0427 




 なかに入ってみる。

 少し雨が
 ふっていた。




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 闘技場全体が
 見おろせる、
 一番高いところまで
 登ってみる。





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 このコロセウムは、
 現在でも数万人を
 収容することができるそうで、
 毎年夏には
 フェスティバルが
 行われているとか。






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 ふたたび
 降りてみる。

 今度は
 地下へ向かう。








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 闘技場の中央に
 こうした地下通路や
 部屋がある。

 いやはや、驚きだ。





Img_0444_2 



 下から上を見上げる。

 ここの地下は、
 剣闘奴隷や猛獣の
 部屋であったと
 思われる。

 スパルタクスも
 こんなところに
 いたのかなー。






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 なにやら上で
 日本語ガイドの
 声が。

 他にも日本人
 観光客が
 いるということだ。




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 ふたたび
 地下から地上へ。
 










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 風格が
 ただよう。

 




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 コロセウムに
 別れをつげる。

 さようなら。





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 ミニバスで移動。

 こんな感じの道を
 ひたすら走る。










次の目的地、スベイトラに着いたのは13時だった。
ここもローマ遺跡の観光が目的だが、
とりあえず昼食をとることに。

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 この建物の
 レストランで
 いただくことに。





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 もちろん最初は
 どっさりとパンが。

 こうしたものを 
 つけて食べる。




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 メイン料理。
 七面鳥(?)
 だったかな…。
 忘れました(涙)。

 ちなみに、
 チュニジアの
 パスタはどこへ
 行ってもゆで過ぎで
 味はイマイチでした。

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 やっぱり猫が。

 そんなに
 見つめられても、
 あげられません。






さて、昼食をいただき、
ローマの廃墟都市、スフェトゥラ(当時の名称)遺跡へ。

そのもようは次回。



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2008年1月24日 (木)

チュニジアの11日間(5)

29日(3日目)の後半。

タックルーナを出発し、
1時間半ほどでスースに着く。


スースは、チュニジア第3の都市であり、
地中海沿いに面した美しいビーチ、
古い街並みの美しさなどから、
チュニジアでの有数の観光地だそうだ。
じっさい、バスから外をながめると、
ヨーロッパ人と思われる人がたくさん歩いていた。

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スースの街を案内して
 くれたのはこの方。


 スース在住の
 JICAのシニアボランティアの
 方である。


 話上手な方で、街の様子や
 人びとの生活のことなどを
 詳しく説明していただく。
 ありがたいことです。




Img_0338_2 




 そして、その方の案内で
 スースの美味しい大衆食堂に
 案内していただく。









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 注文はNさんはじめ、
 女性陣におまかせする。
 例のごとく、まず、
 パンが籠満杯にやってくる。
 となりにあるハリッサという
 香辛料をつけて、
 料理がくるまで食べて待つ。





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 これはチキン料理。







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  ここにも猫が。

 「メシをくれ」と
 待機している様子。






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 ピザを食べる。








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 ここのクスクスは
 量が多い。

 みんなで
 「おいしい」「おいしい」と
 言いながら食べる。





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 これは・・・
 たぶんオジャ。

 これもイケタ。
 パンにつけて食べても
 おいしい。




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 中央はお店の青年。
 女性陣のハートを
 つかんだ、
 チュニジアの“ハニカミ王子”。






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 昼食をすませ、
 スースの中心部の
 観光へ。

 ここはハシェド広場。
 ここから、メディナ、
 とよばれる旧市街に。
 ちなみに、ここスースの
 メディナは、1988年に
 世界遺産登録がされた。




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 まず向かったのは、
 リバド要塞である。

 8世紀にアラブ人が
 侵攻の前線基地として
 つくったという。

 ここの塔に登れば、
 スースの街がきれいに
 見渡せるとのこと。









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 リバドの中に入る。

 うーむ、
 タイムスリップした
 ような雰囲気だ。

 そして、さっそく
 写真中央に見える
 塔に登ってみる。





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 くねくねと回る
 せまい階段を登る。

 そして、下を見下ろす。

 おおー。






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 旧市街の街並み。

 すごい密集度。









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 すぐ近くにある
 グランド・モスクも
 見おろせた。

 港も見える。 






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 ふたたび南側を
 ながめてみる。

 空と街の
 コントラストが 
 すばらしい。





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 リバドからでると、
 少年たちが
 サッカーをやっていた。

 世界遺産のなかで
 サッカーとは。







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 こんどはメディナの
 なかの商店街(?)をゆく。

 活気がある。
 そして、
 「コンニチワ」
 「ジャポン?」など、
 とにかく声をかけられる。









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 お肉屋さん。

 イスラムは豚は
 ダメなので、
 羊や鳥が一般的。

 









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 香辛料なども
 豊富にならぶ。










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 どうしても
 食べ物のお店に
 カメラが向くな~。













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 まだまだ歩く。









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 道ギリギリを
 「どけどけ」とばかりに。
 
 すごい。









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 南にだいぶ歩くと、
 少し落ち着いた
 雰囲気に。







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 城壁が残る街並み。

 歴史だ。









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 そしてやっぱり猫。
 どこにでもいます。

 
 正面の猫の上、
 鉄網に挟まるように
 白い猫がいるの、
 見えますか?


 こちらを見るように、
 顔だけだしてます。
 やはり日本人は
 めずらしいのか(笑)









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 そして、ふたたび
 商店街を
 歩く、歩く。












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 かなり薄暗く
 なってきた。

 グランドモスクに
 灯りがともる。








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 モスクは、
 イスラム教徒にとって、
 とても神聖な場所。

 ちょうど、礼拝の時間となり、
 続々と人が入っていく。

 異教徒は礼拝の
 時間は入れない。

 でも、礼拝の雰囲気を
 外から少し感じることができた。







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 人びとのすぐ側に、
 宗教がある。

 そして、生活の隅々にまで
 それが浸透し、
 人びとの行動に
 影響を与えている。

 それは、私たち日本人に
 とって、なかなか実感できない
 ことでもあるけれど、
 そうした世界を知ることは、
 とても貴重な体験だ。





メディナ観光を終え、
バスに集合し、ホテルへと向かう。

スースは、とても歴史的な雰囲気を
残すと同時に、人びとのパワーを感じる街だった。


泊まったホテルはヨーロッパ人がほとんどで、
料理もヨーロッパの人びと向けのものが
多かった。やはり観光地だ。


チュニジア3日目もこうして終了。
29日も、刺激いっぱいの1日だった。

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2008年1月22日 (火)

チュニジアの11日間(4)

29日(チュニジア3日目)がやってきた。
6時半起床。前日はかなり冷えた。

朝食はNさんが買ってきてくれたパンとヨーグルト。

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 出発前、バスをまっているときに、
 すぐ向かいにある高校の学生さんと
 思わぬ写真撮影会となる。




この日も総勢15名での行動。
朝、チュニスでシニア組他を乗せたミニバスが
コルバのNさん宅にやってきた。

8時半出発。

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 ミニバスの前の席で
 みなさんに朝のあいさつをする
 Nさん。元気いっぱいである。



この日は、コルバから南西へ少しいったところに
ある町、ナブールへ。
ここは陶器の町として有名。

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 案内された
 陶器のお店に入る。

 その前を子どもが
 走る。
 パシャリ。





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 陶器を実際につくっている
 人もお店の中に。








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 ずらっと陶器が並ぶ。
 チュニジアの
 ほとんどの家庭に
 ここナブールの 
 焼き物があるという。





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 らくだ。

 その目は・・・。






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 ナブールの陶器を
 中心とした
 お土産物街も行く。
 ちなみに、日本人で
 ある私たちに
 かけられる言葉は
 「コンニチワァ」が
 多いのだけれど、
 ときに、「ナカタ!」も。
 中田英寿、偉大なり。


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 30分ぐらい、
 こうしたところを
 見て歩く。

 こういう場所は、
 とにかく活気がある。

 集合時間厳守で
 バスに戻る。


次に向かったのは、さらに南西の方向にある
タックルーナというところである。

山の上に、北アフリカ地域の先住民である
ベルベル人の居住地があるという。そこへ向かう。

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 見えるかな~。

 山の頂に
 かすかに建物が…。

 下の方でバスをおり、
 徒歩で登っていく。




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 だんだん見晴らしが
 良くなってくる。

 見渡す限り、
 大地、である。
 アフリカらしい風景。
 



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 植えられている木は、
 すべてオリーブ。
 チュニジア最大の
 農作物である。

 オリーブについては、
 またふれる機会が
 あると思う。



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 ベルベル人の
 居住地に着く。

 すごい高台にある。





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 お宅も少し
 のぞかせてもらう。







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 見晴らしは最高。
 
 しかし、住むのは
 大変そうだ。






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 人がいれば、
 犬もいる。

 世界共通である。

 猫もいた。
 にわとりもいた。








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 山の上に、
 観光客相手だと思われるが、
 喫茶店があった。

 みんなで休憩する。










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 なかなかステキな
 造りをしていた。






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 これはリラックスできる。








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 ここで注文する。












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 なぜか
 炭酸飲料を
 飲んでみる。










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 女性陣はチュニジアや
 ボランティア事情の話に
 花が咲く。
 


タックルーナを出発したのが12時半。

今度は、チュニジア第3の都市であり、
国を代表する観光地である、スースへと向かった。


次回は29日の後半を。




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2008年1月19日 (土)

チュニジアの11日間(3)

チュニジアでの2日目(28日)、
バルドー博物館以後を一気にご紹介します。

次に向かったのは、カルタゴ(カルタージュ)。
チュニスの中心部からだと、20~30分ほどだろうか。

カルタゴの歴史は、約2800年前まで
さかのぼらなければならない。

フィニキアの王女エリッサがこの土地にやって
きたのが起源とされる。
以後、地中海交易で栄えた国で、
ローマ帝国と3次にわたるポエニ戦争をたたかい、
滅ぼされたのが紀元前146年とされる。

Img_0175_2  さて、まず向かったのは、
 「トフェの墓」と呼ばれるところ。

 
この日ご一緒だったシニア
 ボランティアのご夫婦の愛犬、
 “はな”ちゃんである。
 見てのとおり、こてこての日本犬で
 あるが、なんでも海外生活の方が
 長いとか。負けた。


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 「トフェの墓」とは。

 カルタゴでは、都市の繁栄や
 戦争の勝利祈願のために、
 2歳ぐらいの幼児を殺し、
 神に捧げるという生贄(いけにえ)の
 習慣があったという。

 その共同墓地である。




Img_0174
 一つひとつが、
 捧げられた幼児のお墓。
 毎年1人が生贄にされ
 ここに埋葬されたという。

 今では考えられないが、
 当時の人びとの
 世界観が反映して
 いるのだろう。


カルタゴはローマ帝国によって徹底的に
破壊されたので、この「トフェの墓」は、
現存する数少ないカルタゴ遺跡でもある。


次に向かったのは、そのローマ帝国の
力の一端をかいまみれる「アントニヌスの共同浴場」である。

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 向かう途中。

 このカルタゴ周辺
 は、チュニジアでも
 有数の高級住宅が
 集まった街だそうだ。

 どの建物も
 大きくてキレイである。

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 これが、
 アントニヌスの
 共同浴場。
 海を背景に建てら
 れた公共浴場。
 
 生まれて初めて、
 ローマ遺跡とご対面。

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 2世紀、ローマの
 五賢帝のひとり、
 アントニヌス建設。
 当時、建物は2階建て、
 更衣室、温浴風呂、
 水風呂、サウナ、
 プール、噴水、談話室、
 トイレなど、100をこえ
 る部屋が左右対称に
 配置されていたという。
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 壁にはフレスコ画、柱
 には彫刻、床には色鮮
 やかなモザイクが敷き
 詰められ、かなり贅沢
 な造りだったらしい。

 円柱の高さは15メー
 トルというからすごい。
 一大施設である。

Img_0192

 ローマ人の
 風呂へのこだわりは
 想像以上だ。

 つーか、これ
 ほんとに風呂!?

 でかすぎでしょ。


写真では表現できないが、ほんとうに敷地は広い。
ここでも、「すげーなぁ」を連発しながら、
写真をバシバシととる。
ちなみに、共同浴場の敷地の東側に大統領官邸があり、
そこへカメラを向けることは厳禁とのこと。
たしかに、よーくみると、銃をもったような警備の人が
ちらほらとみえる。あぶない、あぶない。

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 さて、また移動である。
 移動はこのミニバス。

 15人でも、
 かなり余裕があった。





Img_0205

 ミニバスは斜面を
 上へ上へとあがってゆく。

 ここは、「ビュルサの丘」
 とよばれる高台である。

 かつて、カルタゴの中心が
 この丘にあったとか。

 見晴らしがよく、
 市街を見おろせる。
 当時もこうしてカルタゴの街を
 見おろしていたのかもしれない。





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 雲がきれいだった。







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 丘のうえには、
 サン・ルイ教会という
 大きな教会もあった。







Img_0209
 さて、時間も13時となり、
 昼食に。
 連れていってもらったのは、
 ちょっとおしゃれなレストラン。

 地中海のスズキと思われる
 魚料理をいただきました!
 パンはもちろんてんこ盛り。 



昼食をいただいたあとは、
「シディ・ブ・サイド」へ。

チュニジアでもっとも美しい街並みとされるところだ。
カルタゴからすぐ近い。

街のはずれの駐車場でバスからおろされ、
「これに乗って中心部までいきます」とのこと。

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 なんとカワイイ!

 乗りますとも。 







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 何歳になっても、
 こういう乗り物は
 楽しいものである。

 が、この日は少し
 寒かった・・・(笑)。




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 シディ・ブ・サイドの
 街中へ到着!

 “はな”ちゃんも
 おおはりきり!?

 おみやげ屋さんが
 並ぶ。



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 観光客も多い!
 大半がヨーロッパ人
 ですね。

 坂をのぼって歩く。





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 シディ・ブ・サイドの
 特徴は、白壁の
 家並みに、
 チュニジアンブルーと
 形容される鮮やかな
 青色のドアや窓枠で、
 街が統一されている
 ところ。



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 歩いていて
 気持ちのいい街だ。








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 そして、ネコも街に
 とけこんでいた。












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 この植物は・・・

 ブーゲンビリアか。











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 これもなかなか
 おしゃれである。

 住んでますからね。
 人が。









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 ここも個人宅ぽい。
 こそっと写真に
 とらせてもらう。

 









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 晴れていたらもっと
 ステキだったに違いない。

 地中海をのぞむ
 こうした景色は、
 ここがアフリカだということを
 忘れてしまう。









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 だいぶ歩いたので、残り時間、
 みんなで休憩することに。

 階段のうえの
 有名なカフェへ入る。

 







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 中の様子。ここで、
 チュニジアでよく飲まれ
 ているというミントティー
 を初めて飲む。

 ・・・これは甘い。シニア
 ボランティアの方は、「こ
 れはまだ甘くないほう」
 と言っていた。うっそー。



シディ・ブ・サイドの街を歩き終わると、
すでに15時半。

ふたたびミニバスに乗り、
チュニスへ移動する。
シニア組他のみなさんたちとは、チュニスでいったん別れる。

「岡山県人会」の7名は、今夜はNさん宅にお泊りである。

Nさんの赴任地は、首都チュニスから車で
1時間程度の地中海に面した小さな町、コルバである。

ミニバスがコルバに着いた18時頃、
すでに空は暗くなっており、少し雨もふっていた。
けっこう冷えた。

Nさん宅に到着。一瞬、「すごい大豪邸に住んでるな~」と
思ったが、あとから聞けば、本体は大家さんの家で、
そのとなりのスペースを借りていたのだった。

そして、岡山からやってきた6人に
Nさんから手づくりチュニジア料理がふるまわれた。

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 どれも美味しかった。
 そして何より、Nさんの
 おもてなしの心に泣けた。

 夜は、Nさんのチュニジア
 生活の話をいろいろと
 聞くことができた。

 こうして、はるか遠い地に
 やってきて、言葉も文化も
 宗教もまったく異なる生活の中、
 たくましく生きる姿は、
 まぶしく見えた。 



もちろん、最初はとまどうことばかりだったという。
しかし、その荒波を乗りこえた“強さ”を、
話や雰囲気から感じることができた。

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 みんなで
 チュニアジアのテレビを
 見る。

 もちろん、岡山から来た
 6人には、言葉は
 まったくわからない(笑)




こうして、28日はあっという間に
終わっていった。



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2008年1月17日 (木)

チュニジアの11日間(2)

チュニジアで28日(金)の朝がきた。

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 ホテルでの朝食。




じつは、今回、岡山からチュニジアに
遠路はるばる来たのは私たち3人だけではない。

Nさんの大学時代の友人であり、
バレーボール仲間でもある3人の女性が、
私たちより少し遅く、27日の夜中、
チュニジア入りしていた。

で、同じホテルに泊まっていたので、
朝食のときに顔あわせ。
Nさんふくめ、総勢7名での朝食だった。

Nさんの友人3人は、いずれも学校関係で
仕事をしているとのことだが、
いずれもすばらしくおもしろく、個性的な人たちだった。
チュニジアに来た理由は私たちと同じで、
「Nさんがチュニジアにいるあいだに行かねば」
とのこと。Nさんの人徳はすばらしい。

そして、私たちと別組3人の計6名+Nさんは、
チュニジアでの「岡山県人会」として行動することになる(笑)

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 これはチュニスで泊まったホテル。
 外見はゴージャス!

 ふつうのホテルですけど。
 落ち着く雰囲気でした。





ホテル前には、20数名乗りのミニバスが待機していた。
これに7人で乗り込む。

チュニスの街中をミニバスが走る。
見るものすべて、新鮮だ。

途中、同じくチュニジアでボランティアをしている
シニアの方々およびその家族のみなさんが合流する。
チュニジアでの日本人ボランティアは結構多く、
そして日本人ネットワークをもっている。

Nさんと私たちの今回の旅に、
さまざまな人が加わる。

結局この日は15名での行動に。
Nさんの人徳はやっぱりすばらしい。
そして、旅のコースや計画も、
すべてNさんの立案である。

まずこの日向かった先は、チュニジア観光でははずせない、
バルドー博物館。

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 バルドー博物館の入口。

 館内は1ディナール(約100円)
 払えば、写真撮影OK。

 バルドー博物館は、北アフリカを
 代表する考古学博物館との
 呼び声もあるほど、貴重な
 展示物がたくさんある。

 もとは宮殿だったところらしい。



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 この日は、フランス語の
 ガイドさん付き。
 
 が、当然私たちは
 フランス語など
 わからないので、
 Nさんが通訳してくれる。
 あっぱれ。すごい。




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 これはカルタゴ時代の
 出土品だとか。
 カルタゴとは、紀元前に
 チュニジアの地にあった
 国で、ローマ帝国に滅ぼされた。


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これは・・・

 忘れた。



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 中庭っぽいところ。

 



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 こんなところに
 住むってどんな
 気分だろう。






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 別の部屋。

 おお!
 美しい!







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 ・・・。













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 そして、バルドー博物館
 の最大の魅力は、
 このモザイク芸術。

 
モザイクとは、大理石、
 陶器、ガラスなどを
 小片にして、それを
 はめ合わせて
 絵画を描き出すもの。


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こんな感じ。

 紀元前のメソポタミアが
 発祥地といわれている。

 
しかし、
 こまかい作業である。

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 右がフランス語の
 ガイドさん。

 
体格がよい。







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 とにかく天井高いし。

 広いし。

 床にはモザイク。







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 こんな部屋も・・・。

 部屋自体が芸術だ。







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 そして床には
 やっぱりモザイク。

 これは星座を
 描いていた。





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 これもすべてモザイク!

 巨大だ。

 そしてどれも
 芸術的である。 




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 壁にもたくさん。

 「はー」
 「ほー」
 「すげー」
 という言葉をたくさん
 発した気がする。







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 あっという間の
 1時間半だった。

  博物館をあとにする。







まだまだ28日はつづきます。




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2008年1月15日 (火)

チュニジアの11日間(1)

さて、今日からチュニジアの旅報告を
順次アップしていきたいと思います。

そもそもチュニジアに行こうと計画を
立て始めたのは約1年前。
岡山の友人Nさん(女性)がJICAの
青年海外協力隊
チュニジアに赴任していて、
「Nさんがいるあいだにぜひ行こう」となったのでした。

Nさんは、リハビリをお仕事にしている人で、
チュニジアでも養護学校でリハビリのボランティアを
しています。

今回の旅行は、私と相方、そして、
共通の友人Tの3人で行ってきました。

では、さっそく初日から・・・。


26日(水)夜。

仕事を夕方に終え、
19時頃岡山駅から新幹線に乗り新大阪、
そして関西空港へ。


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 さすがに
 夜遅くとあって、
 ひっそりとした
 関空のなか。






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 関空から
 ドバイへ。

 いざ飛びたたん!





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 機内食が出た。
 お味はイマイチ。

 贅沢いいません。




約12時間のフライトのすえ、アラブ首長国連邦の
ドバイ国際空港へ。あーつかれた。


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 おお~!
 ドバイの街が
 かすかに見える。

 石油の富で
 すごいことに
 なっているとか。




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 乗り継ぎ時間が
 3時間あったので、
 ちょっとゆっくり。

 飲み物にフルーツ。
 もう円は使えない。
 ドルでのお買い物。


売店でネパール人の店員さんに
日本語で声をかけられる。
にこにこいい笑顔である。
ちなみに、このネパール人の
店員さんは、帰りにもドバイ空港で偶然に会うことができ、
向こうもこちらのことを覚えていて、
声をかけてきてくれた。不思議な出会いだった。


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 それにしても、
 ドバイ空港は
 すごい活気!

 あらゆる人種が
 勢ぞろいしている
 国際空港でした。

 

再びドバイ空港を飛び立ち、
途中リビアのトリポリというところに
1回寄って、いよいよチュニジアのチュニス空港へ。
このフライトは9時間でした…。さすがに疲れたぁ。

そして、ついにチュニジア到着!
丸1日かかりました。


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 チュニジアの
 首都、チュニスの
 国際空港。





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 きた~。

 チュニジアに。









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 現地時間は 
 すでに17時前。
 (27日)

 日本との時差は
 8時間。
 日本ではもう
 夜中ということです。








チュニス空港でNさんと1年半ぶりぐらいに
再会する。変わらず元気そうだった。

2台のタクシーに分乗してホテルへ向かう。
が、私の乗ったタクシーは恐ろしく運転の
あらい人で、普通道路を100キロ近くで
飛ばす飛ばす。車線変更も車間距離も
考えられない感覚で行う。生きた心地がしなかった。

ちなみにチュニジアは、
運転マナーという点では、はちゃめちゃな
国であった。だいたい信号が少なすぎる。
シートベルトは気分次第でつけてる感じ。
私はこの国では運転できないと思った(笑)。

さて、チュニス中心部のホテルに着いた。


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 ホテルの部屋から
 外をながめる。

 ここチュニスは
 ヨーロッパに近い
 こともあり、
 街もヨーロッパ風な
 感じがする。

 







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 ホテルの部屋でNさんと今晩と
 明日のことなど打合わせ。

 お金のことも教えてもらう。

 うえは
 10チュニジアンディナール。
 (約1,000円)

 1ディナール100円と
 覚えればよい。
 紙幣の紙質はやはり日本の
 紙幣が上のようだ。




Nさんは今晩はもろもろの用事で
一緒に行動できないため、
われら3人(私、相方、友人T)での行動となる。

すっかり暗くなったチュニスの街へ。
あたりまえだが外人さんしかいない。
少し緊張していた。


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 まず目についたのが
 カフェの多さ。
 そしてその中での
 男性率の高さ。

 これはまたいずれ
 説明したいと思う。




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 こちらは
 大聖堂。
 すごい威厳を
 ただよわせていた。

 メイン道路の
 ブルギバ通りにある。




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 こちらも
 ブルギバ通りに
 ある国立劇場。

 きらびやか。






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 これは時計塔。

 基本キレイな
 街です。
 チュニス中心部は。





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 ブルギバ通りの
 遊歩道。
 ひろーい!





さて、ドキドキの街探索をひとまず終え、
夕食へ。
Nさんに教えてもらったお店にいくことにする。


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 日本語で書いた
 メニューがある唯一の
 お店と聞き、入る。
 右のおじさんの積極的な
 勧誘にもあう。








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 地元の人もたくさん
 来るような大衆店。
 左のおじさんが
 一生懸命メニューを
 教えてくれた。
 途中でも、
 「おいしいか?」
 と何度も訪ねてくれた
 人なつっこい人だった。

メニューを決めるのに、
結局言葉の壁もあり時間がかかったが、
注文した料理は以下のもの。


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 右上はクスクス。
 世界一小さな
 パスタの上に
 いろいろ乗せてたべる。

 その左はオジャ。
 友人Tは
 「これおいしい!」と
 食べていた。


下はブリック。
ブリック用クレープに卵、パセリ、ツナなどを
包んで揚げたもの。

どれも美味しく、初日の晩餐としては
まんぞくの出発でした。

ちなみに、チュニジアの料理店では、
注文料理以外に、まずフランスパンがどさっと
テーブルに置かれ、ハリッサという香辛料につけて
食べながら料理を待つのが基本(これは無料)。

しばらくしたらその方式にも慣れたが、
最初は「こんなにパンが!」と驚いた。
チュニジアの主食は基本パン。
したがって、どこでも安い。
フランスパン1本19円だそうです。

夕食を食べ終え、ホテルに戻り、
23時頃には就寝。長い1日が終わった。




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