2009年1月19日 (月)

若い人を勇気づけた講演

金曜日(16日)に、県学習協の新春学習会が
行なわれました。参加は15名と、残念ながら
目標に遠くおよびませんでした。
が、学習協の学習会にまったく新しく参加してくれた
人もいて、前向きな点もありました。

この日の講師は江草ケイ子さん。
「学ぶこととの出会い、連帯することの大切さ」がテーマ。
新婦人岡山県本部の会長で、学習協の副会長も
していただいています。

Dscn4902 山陽放送に30年間つとめ、
 労働運動、学習運動の経験を
 もっている方なので、
 とても立ち位置がしっかりしています。



江草さんは、1963年にアナウンサーとして入社してからの
自分の歩みと社会情勢を並列で記したレジュメをもとにお話を
され、15分オーバーの「さわやかな熱弁」をふるわれました。

講義の最後に、「学習や活動のなかで私が得たもの」として、
*ものごとの現象には、必ずそうなる原因があり、背景がある。多面的、
 総合的にものごとをとらえる。-それは人に対する見方にもつながる。
*「雇ってもらっている」のではないという認識

ということに続いて、こう講義をしめくくられました。

「090116_001_2_1.mp3」をダウンロード 

(↑容量の関係で1分少々しかありませんが…。さて聞けるかな?)


Dscn4904
 今回も、
 若い人をとてもとても
 勇気づける、江草さんの
 お話でした。

 ありがとうございました。




【講義の感想いくつか】

「江草さんの講演を聞いたのは、2度目なのですが、
何度聞いても江草さんの生き方はやっぱりすごいなと
思いました。学び続けるということは本当に大事だと
いうことを改めて感じました。正直、今日講演に行くか
行かまいか悩んだんですが、来て良かったです」

「江草さんの生きてきた時代が、とても壮絶で、大変
だったんだなぁと思いました。いろいろな差別をうけて
きても、強く生きていてすごいと思います。江草さんの
生き方は、とても尊敬できるものだったので、参考に
して生きていきたいです」

「今日来たときは仕事の疲労がたまってクタクタに
なっている状況でしたが、江草さんのお話を聞いて、
気持ちがスッキリ元気になりました。特に学習や活動の
なかで江草さんの「私が得たもの」をもう一度、私自身
の中でかみしめていきたいと思いました」

「激動の時代に大変な職場の中で、学習を力に自分の
考えに素直に突き進んだ(!)江草さんの姿勢に、とても
清々しいものを感じました。大変なこともたくさんあったと
思うけど、自分の生き方に誇りをもっておられるから、
大変さよりも明るさが伝わってくるのだと思います。疲れた
時の話しには、とても励まされました!」

「江草さんの魅力の理由がよくわかるお話でした。仕事・
家庭・活動で、江草さんでも情けない気持ちになったり、
『私ばっかり』と思うことがあるんだと、ちょっと親近感を
感じました。その立ち直り方がすごい! なんのために
自分が今動いているのか、どう生きたいのかという原点に
立ち返って考えるのが本当に大切なんだと思いました。
学習ってそうやって全体の中で自分をみつめたり、これ
からの進み方を考えるのに、絶対絶対必要なんだって
大納得のお話でした!」

「元気をだして前に進んでいける源泉が『学ぶこと』という
ことを聞いて、自分を振りかえりました。学習することが
今のこの状況を個々バラバラにみるのではなく、社会全体
の中で、自分たちの位置がみえてくる、やるべきことが
みえてくるという点に励まされました。その当時の時代も
あると思うが、江草さんのようにステキな年齢(トシ)を
つみ重ねていきたい。にこやかな江草さんは魅力的だと
思った」





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2009年1月 7日 (水)

09年最初の学習企画

岡山県学習協の今年最初の企画shineです。
ふるってご参加ください!


【1月16日(金)18:30~】

clover 新春学習会 clover


 *
「学ぶこととの出会い、連帯することの大切さ」
      ~山陽放送のたたかいのなかで~


   講師:
江草ケイ子さん(新婦人岡山県本部会長、県学習協副会長)

   bud  75期岡山労働学校(08年6月)で、受講生に
   bud  新鮮な感動をあたえた江草さんの講義を、ご要望に
   bud  おこたえして新春企画としてお届けします!

 ◎会場:岡山市勤労者福祉センター
 ◎参加費:800円(学生400円)
 ◎主催:岡山県労働者学習協会



【2月15日(日)13:00~16:30】

clover 経済学習会 clover

 
「労働者・国民のたたかいと資本主義」
    ~日本の民主的経済改革を展望して~


   講師:
友寄英隆さん(「しんぶん赤旗」論説委員)

   bud 資本主義もいろいろです。欧州型、アメリカ型、そして
   bud 日本の資本主義。その違いを生み出してきたものは
   bud 何か。労働者・国民のたたかいの意義も明らかに。
   bud また、現在のカジノ資本主義の問題点を解明しつつ、
   bud 「ルールある経済社会」への改革を展望します。
   bud 一流の経済学者がわかりやすく語りかけます!


 ◎会場:岡山市勤労者福祉センター
 ◎参加費:1,000円(学生400円)
 ◎主催:岡山県労働者学習協会


  友寄さんは、雑誌『経済』の元編集長。現在「しんぶん赤旗」に
  「経済時評」を連載中の、めちゃスゴイ経済学者です。
  若い人にもたくさん来てもらいたいけれど、若者は友寄さんの
  名前をほとんど知らない(涙)。どうやって押し出すか。知恵の
  出しどころです。ぜひ一緒に学びましょ~う。





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2008年4月 5日 (土)

5回講座終了。

きのうは古典講座『空想から科学へ』
5回目、最終回でした。
参加は4名とやはり少なかったのですが、
しっかり勉強しました。

最後の講義は
「マルクスの未来社会論」という
題で、資本主義をのりこえる社会発展の展望と、
未来社会の特徴と可能性についての話でした。

21世紀に入って、新しい理論発展が
切り拓かれた分野でもあり、しゃべるほうとしても
たいへんやりやすくなっています。
これまでの分配論中心は、たしかにいま考えると
貧困な未来社会論だったなぁと。

5回の講座を担当してみて、
古典をしゃべる力量の不足を痛感するとともに、
あらためて古典と格闘するなかで、発見がたくさん
あったなぁと思います。

科学的社会主義の理論がつねに時代とともに
進化していくように、私も進化し続けたいと思います。
参加されたみなさん、ありがとうございました。
来年も古典講座やりますよ!(たぶん)


以下、講義の概要です。



一。未来社会の目標とその実現の道
 
1。科学的社会主義以前の、未来社会論の特徴
  
◇フランス革命の頃から、社会主義・共産主義を目指す
   思想や運動はあった
   
*空想的社会主義
    
・頭の中で理想社会を描いて、それを外から社会に持ち込もうとした

 
2。矛盾解決の方法
  
◇利潤第一主義にならざるを得ない生産のあり方の転換
   
*資本主義は効率的な社会なのか(資料)
   
*「自然の復讐」(エンゲルス)

  
◇生産手段の私的所有から、社会的所有へ-「生産手段の社会化」

    
「この解決はただ、現代の生産力の社会的性質を実際に
    承認し、したがって生産様式、取得様式、交換様式を生産
    手段の社会的性格と調和させるということのうちにしかあり
    えない。そしてこのことは、社会がみずから管理する以外
    にはどのような管理も手におえないまでに発達した生産力
    を、社会が公然と、率直に掌握することによってのみ、おこ
    なうことができる」(テキスト3章)

   
*社会化=国有化という単純な議論は禁物
   
*「将来の世代の手を縛らない」というのがマルクスやエンゲルス
    の立場

 
3。変革の主体となるのは誰か
  
◇プロレタリアート(労働者階級)
   
*「没落しないためにこの変革をなしとげることを強要されている勢力」
   
*「自分の鎖のほかに失うものはなにもない」(『共産党宣言』)

    
「絶えず膨張するところの、資本主義的生産過程そのものの
    機構によって訓練され結合され組織される労働者階級の反
    抗もまた増大する」(『資本論』24章)



二。未来社会と人間的発達
 
1。『資本論』なかでの未来社会の特徴づけ(資料)
  
◇生産手段の社会化と人間の自由

  ◇経済の意識的、計画的な管理
  
◇「結合した生産者たち」とは

 
2。マルクスの未来社会論(資料)-「自由の国」と「必然性の国」
  
◇物質的生産の領域は、外的な目的に規定された「必然性の国」に
   属する
   
*人間の労働(生産活動)は、自然との物質代謝の過程
   
*未来社会では、労働が本来の人間的な姿をとりもどす
  
◇「自由の国」が人間の全面的発達の舞台となる
                      -労働時間短縮がその条件

 
3。労働時間の短縮と未来社会-『資本論』の準備草稿から

    
「真実の経済-節約-は労働時間の節約(生産費用の最小
    限〔と最小限への縮減〕)にある。だが、この節約は生産力の
    発展と一致している。だからそれは、享受を断念することでは
    けっしてなく、生産のための力、能力を発展させること、だから
    また享受の能力をもその手段をも発展させることである。・・・
    労働時間の節約は、自由な時間の増大、つまり個人の完全
    な発展のための時間の増大に等しく、またこの発展はそれ自
    身がこれまた最大の生産力として、労働の生産力に反作用を
    及ぼす。・・・余暇時間でもあれば、高度な活動のための時間
    でもある、自由な時間は、もちろんそれの持ち手を、これまで
    とは違った主体に転化してしまうのであって、それからは彼は
    直接的生産過程にも、このような新たな主体としてはいってい
    くのである」 
(『資本論草稿集2』)

   
*活動家にとっても、自由な時間(余暇)の確保は、義務なのです(笑)

    
「時間は、諸能力などの発展のための余地である」

    
「労働時間は、たとえ交換価値が廃棄されても、相変わらず
    富の創造的主体であり、富の生産に必要な費用の尺度であ
    る。しかし、自由な時間、自由に利用できる時間は、富その
    ものである。・・・この自由な活動は、労働とは違って、実現さ
    れなければならない外的な目的の強制によって規制されては
    いないのである」 (『資本論草稿集7』)

 
4。人間の「潜在的な諸能力の開花」の2つの側面(資料)


三。21世紀の時代的特性について

 1。世界は、動いている
  
◇世界の構造的変化-経済的な土台(力関係)の激動
   
*アメリカ経済の地位の変化
  
◇新しい社会を模索する力強い取り組み-南米の変革、EUの挑戦など
  
◇日本も、自民党政治の終焉が近づいている-新しい変革期に

 
2。すべての段階で「国民的合意」によって改革がすすんでいく
  
◇選挙をつうじての国民的選択
  
◇世界的には、国連を中心に

 
3。自分で自分の歴史を意識的につくる時代

    
「21世紀は、『自分で自分の歴史をつくる』人間の力が、20世
    紀よりももっと積極的に、もっと大規模に発揮されなければなら
    ないし、その条件のある時代」
    
(不破哲三「新しい世紀と新しい綱領」民青同盟31回全国大会講演)

  
◇エンゲルスがとらえる「現代」の意義

   
*ドイツのデューリングという論争相手が、「未来社会の人間は、
    われわれの時代を、精神的に未熟で幼稚な『太古』として軽蔑
    的にふりかえるだろう」と、現代を卑下した態度をとったのに対
    して…

    
「この『太古』は、のちのいっそう高度な発展全体の基礎である、
    という理由で、また、人間が動物界から出現してきたことをその
    出発点としており、協同社会をつくった将来の人間がふたたび
    ぶつかることのないようなたいへんな困難を克服してきた経過を
    その内容としている、という理由で、―どんな事情があろうと、将
    来のすべての世代にとっていつまでも歴史上のきわめて興味深
    い一時代であり続けるであろう」
                   (F・エンゲルス『反デューリング論』)


講座を終えるにあたって




以上。






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2008年3月21日 (金)

3章難しい~(涙)

晩、古典講座『空想から科学へ』
4回目がありました。

「資本主義の発展と矛盾」ということで、
テキストの3章を、3分の2程度やりました。

参加は5名と、ちょっともちなおしました。

が、講義内容はボロボロでした!
ここは一番たいへんだろうなーと
思っていたのですが、やっぱり消化しきれて
いなく、説明の不正確さや不十分さが露呈
していたように思います。

参加者のみんなで討論して解決! という
ところも。みなさんに助けられながら講義してます。

もっと正確に古典を読み込まないと
いけないですねー(涙)。


以下、恥ずかしいけど、講義内容をご紹介。

ほとんど、『月刊学習』不破解説にそって、
レジュメをつくってみました。

はじめに:エンゲルスとマルクスの「資本主義の根本矛盾」に
      ついての定式(表現)の違い

一。史的唯物論を出発点に
 
1。生産関係が社会の基礎

   
「生産が、そして生産のつぎにはその生産物の交換が、
   すべての社会制度の基礎」

 
2。資本主義社会のなかに、矛盾解決の手段(力)が

   
「あばき出された弊害を取り除くための手段もまた、変化した
   生産関係のそのもののなかに―多かれ少なかれ発展して―
   存在しているにちがいないということを意味する。この手段は、
   けっして頭のなかで考案すべきものではなくて、頭をつかって
   現存の生産の物資的事実のなかに発見すべきものである」
                               (テキスト3章)

   
「大工業はいっそう全面的に形成されてくるにつれて、資本
   主義的生産様式がそれを閉じこめている束縛と衝突するよ
   うになる」(同上)

二。「社会的生産と資本主義的取得との矛盾」という定式
 
1。生産が、個人的生産から、社会的生産へ
  
◇資本主義以前
   
*生産手段にたいする労働者の私的所有を基礎とする小経営
   
*労働手段(土地・農具・仕事場・手工具)は、個人の
    労働手段であり、個人的使用だけを目あてにし、した
    がって、小型なものだった。だからこそ個人所有だった。
   
*その生産手段を集積・拡大し、生産力を飛躍的に増大
    させたことは、資本家階級の歴史的役割だった。

  
◇生産そのものを、社会的行為に変えた

    
「いまでは工場から出てくる紡糸や織物や金属製品は、
    多数の労働者の共同の生産物であり、それらが完成す
    るまでには、かれらの手をつぎつぎに通らなければなら
    なかった。かれらのうちのだれ一人として、それはわた
    しがつくったものだ、それはわたしの生産物だ、というこ
    とはできなかったのである」(同上)

 
2。分業の発達について
  
◇社会内部の分業(無計画的)
   
*社会全体の必要な労働を、それぞれが手分けして行うこと
   
*しかし、それは個々の生産者がバラバラに行っている
    もので、社会全体からみれば無計画的に生産が行われる。
   
*分業が広く行われるようになると、生活に必要な生産物の
    ほとんどは「商品」という形で、他人の労働生産物を「買う」
    という形態が支配的となる。
  
◇個々の工場のなかにも、「計画的な分業」がもちこまれた
   
*計画的な分業は、自然成長的な分業よりも強力であった。
    生産物を安く生産。
   
*社会的生産は古い生産様式全体を変革した
   
*しかし、

     「社会的生産そのものは、商品生産の新しい形態として
     発生したので、商品生産の取得形態は、ひきつづき社会
     的生産にとっても完全に効力をもっていた」(同上)
     
「社会的な生産手段と生産物は、これまでどおり個人の
     生産手段と生産物であるかのように扱われた」

 
3。「衝突」-エンゲルスの資本主義の根本矛盾の定式
  
◇「社会的生産と資本主義的取得との矛盾」
   
*生産手段と生産物は、本質的に社会的になっている。つま
    り、労働者みんなで生産手段を使い、労働者みんなによって
    生産過程での分業が行われている。
   
*しかし、
     
「このような生産手段と生産は、各人が自分の生産物を所有
     し、それを市場にもちだすというような、個々人の私的生産を
     前提とする取得形態のもとにおかれる」
     
「生産様式はこの前提を廃棄しているにもかかわらず、それ
     はこのような取得形態のもとにおかれる」
   
*すべての衝突の萌芽
     
「この矛盾のなかに、現代のすべての衝突がすでに萌芽とし
     てふくまれているのである」
     
「社会的生産と資本主義的取得とが両立できないこともいっそ
     うはっきりとあかるみに出てこないわけにはいかなかった」

三。この矛盾の二つの現象形態
 
1。資本家と労働者の対立
  
◇賃労働の形態は、最初はかぎられていた
  
◇資本主義の発展により、それが生産全体の原則になり、
   基本形態となった。
   
*「封建制度の崩壊、封建領主の家臣団の解体、自分の
    家屋敷からの農民の追い出しなどによって」、労働者は
    巨大な数に増加した。
   
*階級的な分離の完了、そして対立

     
「一方では資本家の手に集積された生産手段と、他方では
     自分の労働力以外にはなにも持ち物がないようにされた生
     産者とのあいだの分離が完了した。社会的生産と資本主義
     的取得との矛盾が、プロレタリアートとブルジョアジーの対立
     として、あかるみに出てきた」(同上)

 
2。経済体制に混乱をひきこむ
  
◇社会的生産の無政府状態(社会的コントロール・規制がない
   状態のこと)という指摘

     
「各人は、めいめいに、たまたま自分がもちあわせている生
     産手段をもって、自分の特殊な交換の欲求のために生産す
     る。だれにも、自分の品物と同じ種類のものがどれだけ市場
     に出てくるか、そのうちいったいどれだけが使用されるかわか
     らないし、まただれにも、かれの個人的生産物が実際の需要
     を見いだすかどうか、自分のかけた費用を回収できるかどうか、
     わからないのである。そこにあるのは社会的生産の無政府状
     態である」

   
*マルクスは、つくった商品が、市場で「買い手」をみつける
    までの過程を「命がけの飛躍」と名づけた。
   
*商品生産のこの法則性は、個々の生産者にたいして「競争の
    強制的法則として作用する」。「生産物が生産者を支配する」(テ
    キスト)。つくったモノが「おれの買い手をしっかりみつけないと、
    あんたは没落するぞ」と脅迫する。
   
*資本主義以前の社会では、この法則は「ねむっていた」

  
◇生産の無政府状態は、個々の生産施設の社会的生産の組織化を
   推進する

  
◇競争の法則が無慈悲に貫徹する
   
*「古い平穏な固定状態」から、「労働の分野は戦場になった」
    「敗者は排除される」状態へ。
   
*そして、
    
「社会的生産と資本主義的取得との矛盾は、いまや個々の工場
    における生産の組織化と社会全体における生産の無政府状態と
    してあらわれる」

四。富の蓄積と貧困・抑圧の蓄積
  
◇フーリエが発見した「悪循環」-貧困は、過剰や豊富そのものから
    生まれる
  
◇労働者の増大とともに、さまざまな形態での抑圧の進行
   
*機械とその改良による労働者の駆逐
   
*いつでも利用できる「産業予備軍」(失業者のこと)の形成
   *
「産業予備軍」の圧迫のもとでの、現役労働者の過重労働と労賃
    の低賃金への押さえ込み
   
*労働者の生産物である機械が、労働者を奴隷化する道具へ転化
    させられる
   
*労働力の容赦ない浪費

     
「こうして、ある人びとの過重労働は他の人びとの失業の前提
     となり、新しい消費者を求めて全地球上を追いまわす大工業は、
     国内では大衆の消費を飢餓的な最低限度に制限し、それによっ
     て自分の国内市場をほりくずす、というふうになるのである」(同上)

     
「一方の極での富の蓄積は、同時に反対の極での、すなわち
     自分の生産物を資本として生産する階級の側での、貧困、労
     働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積なのである」
                              (『資本論』新書版④)

五。恐慌の周期的爆発が“生産力を資本から解放せよ”と迫る
 
1。巨大な膨張欲求と、それを消費する市場との矛盾
  
◇個々の資本家は、生産拡大への「強制命令」を受ける
                           ―無政府状態が推進力
  
◇しかし、市場には、それに応えるだけの購買力がない
   
*「市場の膨張は、生産の膨張と歩調を合わせることができない」
   
*衝突は避けられないし、資本主義的生産関係そのものが変わら
    ないかぎり、衝突はくり返される。周期的な恐慌として爆発する。

 
2。恐慌の意味
  
◇「生産様式は、交換様式にたいして反逆する」
  
◇資本主義には、巨大な生産力を管理する力がない

     
「一方では、資本主義的生産様式には、これ以上これらの生
     産力を管理する能力がないことが確認される。他方では、こ
     れらの生産力そのものは、ますます力づよく、この矛盾の廃棄、
     資本というその性質からの解放、社会的生産力としてのその
     性格のじっさいの承認をせまるのである」(テキスト3章)

六。生産力“反逆”の時代の資本主義
 
1。生産力を社会的なものとして扱う諸形態
  
◇“反逆”をしずめようとする形態
   
*「株式会社」ー生産の組織化が拡大
   
*「トラスト」―独占資本主義に転化させる原動力に
   
*「国有化」ー国家が生産の管理にのりだす。現代では国家の
    経済への介入が大規模かつ多面的に導入され、国家独占資
    本主義の体制へ。

 
2。この諸形態の発展的な意義
  
◇「ブルジョアジーがなくてもよい」ということ
  
◇資本関係は極端化する
   
*国家でさえ、資本家の代表者として、国民を搾取する
  
◇衝突解決の「形式上の手段、その手がかり」

七。マルクスがとらえた根本矛盾との定式の違いをみる
 
1。資本主義的生産様式の根本に、剰余価値の問題
  
◇剰余価値の問題を、矛盾の根本にすえる
   
*生産のための生産、利潤第一主義

     
「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである。とい
     うのは、資本とその自己増殖とが、生産の出発点および終結
     点として、生産の動機および目的として、現われる、ということ
     である。生産はただ資本のための生産であって、その逆に、
     生産諸手段は生産者たちの社会のために生活過程をたえず
     拡大形成してゆく手段なのではない、ということである」(『資本論』)

 
2。資本家と労働者の対立の位置づけについて
  
◇矛盾の主要な内容をさす問題でって、二次的なものではない

 
3。恐慌の発現する矛盾のとらえ方
  
◇マルクスは「剰余価値の追求」「労働者階級の購買力をせまい
    限界内におしとどめる」
  
◇エンゲルスは、究極には「生産の無政府状態」


次回(4/4)は、資本主義をのりこえる社会への展望と、
それを補強する意味で、マルクスの「未来社会論」を学びます


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2008年3月 7日 (金)

議論沸騰!?

今日は古典講座『空想から科学へ』の3回目。
参加者は3人!
1回目は7人、2回目は5人、今日が3人。
ということは、次回は・・・(笑)

みんなこれない理由はわかっているんですけどね。
しょうがない理由なんで、しょうがないですが。

今日は
「弁証法的唯物論-変革の哲学」ということで、
2章を学びました。
が、あまりまとまりがなかったかなぁと反省。

哲学はやっぱりいろいろ盛り上がって
楽しいですね。かなり議論沸騰しました。


以下、講義の内容。

一。実践・現実把握の武器としての哲学
 
1。『フォイエルバッハにかんするテーゼ』(マルクス、1845年)より
  
◇「新しい世界観の天才的萌芽」
              (エンゲルス『フォイエルバッハ論』まえがき)
   
*若きマルクスのメモ

    
「哲学者たちは、世界をいろいろに解釈してきただけである。
    しかし、大切なことは、それを変えることである」(テーゼ11)

    
「人間の思考が対象的〔客観的〕真理にたっするかどうかと
    いう問題は、なんら観想〔頭のなかで考えるだけ〕の問題では
    なく、実践の問題である」(テーゼ2)

    
「現世的基礎そのものが、まず第一に、それの矛盾において
    理解され、それについでこの矛盾をとり除くことによって、実
    践的に変革されなければならないのである」(テーゼ4)

 
2。『資本論』の基礎には、科学的社会主義の世界観が
  
◇資本主義の法則性とその矛盾を、弁証法を駆使して明らかにする

    
「近代社会の経済的運動法則を暴露することがこの著作の
    最終目的である」

    
「現在の社会は決して固定した結晶ではなくて、変化の可能な、
    そして絶えず変化の過程にある有機体」
                       (『資本論』初版への「序言」)

    
「研究は、素材を詳細にわがものとし、素材のさまざまな発展
    諸形態を分析し、それらの発展諸形態の内的紐帯(ちゅうたい)
    をさぐり出さなければならない。この仕事を仕上げてのちに、
    はじめて、現実の運動をそれにふさわしく叙述することができる」

    
「私は、自分があの偉大な思想家(ヘーゲルのこと-長久)の
    弟子であること公然と認め、また価値理論にかんする章のあち
    こちで、彼に固有な表現様式に媚を呈しさえした」

    
「弁証法は、現存するものの肯定的理解のうちに、同時にまた、
    その否定、その必然的没落の理解を含み、どの生成した形態
    をも運動の流れのなかで、したがってまたその経過的な側面か
    らとらえ、なにものによっても威圧されることなく、その本質上批
    判的であり革命的である」(『資本論』第2版への「あとがき」)

 
3。私たちの運動と哲学
  
◇ただしい(正確な)方針・判断力を培うには?
   
*頭からではなく、事実から出発し、徹底的に事実を収集する
   
*その事実の「連関と相互作用」、うちにある内的な法則性をつかむ
    
-比較・判断・選択・整理・分析・捨象
   
*得られた結果について、仮説・課題をたて実践。ふたたび事実
    に向かう。

  
◇傍観者的な批評は、科学的社会主義とは無縁

  
◇たえず変化・発展する現実。その現実によりせまろうとする哲学。
   
*対象をリアルにとらえる努力の継続が必要ということ。

    
「私たちは、現代の日本、現代の世界を見るときに、どんな場合
    でも、事実を科学の目で見る努力をつくし、それにもとづいて、合
    理的な解決策をたて、積極的な展望を開く努力をします。そして、
    それが、現実の発展で試され、裏づけられれば、より確信的に
    前進できるし、現実の展開が自分たちの出した結論から違って
    くれば、どこに誤りがあったかをまた研究して、現実によりせまる
    方向で認識と方針を前進させる努力をする―科学的社会主義の
    党であるためには、どんな場合でも、こういう態度が求められる
    と思います。…科学的社会主義の党と名乗りさえすれば、いつも
    科学的な答えが出せるというのだったら、だれも苦労はいりませ
    ん。また、科学的社会主義とは、そんな便利な、というか、怠け
    者に都合のよいものではないんですね」
          (不破哲三『世紀の転換点に立って』新日本出版社)

   
*世界や日本の現状だけでなく、私たちのいる地域や職場、
    学校、そして、自分たちの組織や運動、また自分自身のこと
    についても、「事実にもとづき、科学的に考える」ことを、科学
    的社会主義は要求している。そして、そのための、たしかな
    「ものさし」として、哲学が必要だということ。

二。弁証法的唯物論-変革の哲学
 
1。世界を生きいきととらえる弁証法

    
「われわれが自然あるいは人間の歴史あるいはわれわれの
    精神活動を考察すると、まずわれわれの前にあらわれるのは、
    連関と相互作用が無限にからみ合った姿であり、この無限の
    からみ合いのなかでは、どんなものも、もとのままのもの、もと
    のままのところ、もとのままの状態にとどまっているものはなく、
    すべてのものは運動し、変化し、生成し、消滅している」
                                (テキスト2章)

  
◇「今までこうだったから…、こうだろう」はアブナイ
   
*自分や他人の過去の経験を、時、所、条件からきりはなして
    固定化し、その尺度ですべてをはかろうとする(ラクだから)。
    しかし、現実はすでに変化している。

  
◇古代ギリシャの哲学者たちの弁証法-自然をあるがままにとらえる
   
*「素朴な、しかし事柄の本質上正しい世界観」

    
「しかしこの見解は、たとえ現象の全体の姿の全般的な性格を
    非常に正しくとらえているにしても、この全体の姿を構成してい
    る個々の事物を説明するには十分でない。そしてわれわれが
    これらの個々の事物を知らないかぎり、全体の姿もわれわれ
    にとってあきらかではないのである」(テキスト2章)

   
*たとえば、「日本の侵略戦争で2000万のアジアの人の命が
    奪われた」という認識について。これは正しいが、「2000万の
    命」の個々の姿について、私たちが知る努力をしなければ、問
    題の本質にせまれない、ことも事実。

   
*つまり、森をみているが、木はみれていない。個々の木をみな
    いかぎり、その森の立体的・本質的な姿はみえてこない。ぼやっ
    とした理解。

    
「これらの個々の事物を知るためには、われわれは、それらを
    自然的または歴史的連関からとりだし、それぞれ独立に、その
    性状、その特殊な原因と結果などにしたがって、それらを研究
    しなければならない。このことは、なによりもまず自然科学と歴
    史研究の任務である」(同上)

 
2。形而上学的な唯物論の歴史的必然性
  
◇細部に分け入る

    
「自然をその個々の部分に分解すること、種々の自然過
    程と自然対象を一定の部類に分けること、生物体の内部
    をその多様な解剖学的形態にしたがって研究することは、
    最近400年間に自然を認識するうえでおこなわれた巨大
    な進歩の根本条件であった」(テキスト2章)

  
◇木をみて、森をみず、の危険に

    
「しかし、それは同時に自然物や自然過程を個々ばらばら
    にして、大きな全体的連関の外でとらえる習慣、したがって、
    それらを運動しているものとしてでなく、静止しているものと
    して、本質的に変化するものとしてでなく、固定不変のもの
    として、生きているものとしてでなく、死んだものとしてとらえ
    る習慣を残した。…この見方が自然科学から哲学へうつさ
    れたことによって、それは最近数世紀に特有な偏狭さ、す
    なわち形而上学的な考え方をつくりだした」(同上)
    
「形而上学者にとっては、一つの物は存在するか、存在しな
    いかである。一つの物がそれ自身であると同時に他のもの
    であることはできない。肯定と否定は絶対的に排除しあうし、
    同様に原因と結果は硬直した相互対立をなしている」(同上)

   
*あれでなければ、これ。○か×か。白か黒か。
   
*医学の進歩も、個々の身体部位の研究蓄積の成果だが、
    トータルで患者をつかむ見方の後退。「連関と相互作用の
    無限にからみ合った姿」が1人の人間。社会も同じ。
   
*「学問の全体像をつかむ」(池内了、『民青新聞』06.5.22付より)

 
3。弁証法と唯物論の統一
  
◇ドイツ哲学の登場-ヘーゲル弁証法

    
「ヘーゲルの体系においてはじめて-そしてそのことが
    
この体系の大きな功績であるが-自然的、歴史的、およ
    
び精神的世界全体が一つの過程として、すなわち、不断
    
に運動し、変化し、改造され、発展しているものとして
とら
    えられ、叙述され、そして、この運動と発展のうち
にある
    内的な連関を指摘する試みがなされた」(テキスト2章)

  
◇ヘーゲルの限界をのりこえ、科学的世界観の確立
   
*唯物論と弁証法の統一
   
*ものごとをありのままに見れば、弁証法的に動いている。
    また、ものごとの変化・発展をとらえようとおもえば、対象
    の事実をつかむ唯物論的観点が必要。

  
◇真理の相対性について

三。史的唯物論を確立-マルクスの偉大な功績
 
1。弁証法的唯物論を、社会を分析する武器とした
                         -過去だけでなく・現代も
  
◇階級闘争の歴史を、その経済諸関係から説明する

    
「人間の存在をその意識から説明するのではなくて、人間の
    意識をその存在から説明する道が見いだされたのである」
                                (テキスト2章)

  
◇資本主義社会の法則性と矛盾の暴露、新しい社会の必然性

    
「資本主義的生産様式について、一方では、その歴史的連
    関と一定の歴史的時期にとってのその必然性とをあきらか
    にし、したがってまたその没落の必然性をあきらかにするこ
    とであり、他方では、なおつねにかくされたままであったその
    内的性格をも暴露することであった。このことは剰余価値を
    あばき出すことによっておこなわれた」(同上)

 
2。二つの偉大な発見-史的唯物論と剰余価値学説
  
◇科学となった社会主義

    
「いまやなによりもまず問題なのは、この科学のあらゆる細目
    と連関をさらに仕上げることである」(テキスト2章)


以上。


感想文。

「難しいけど・・・やってわかっていけば、おもしろ
いんだろうなぁ~と思う。発展し変化していると
わかっているけど・・・羅針盤にできてるかなぁ~。
みんなであーでもない、こーでもないって言い合っ
ているのがおもしろかった」

「人数は少なかったけど…今日の講義は特に面
白い! 来れなかった人、残念です。『哲学』は
抽象的な学問であるから難しい」



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2008年2月23日 (土)

空想的社会主義とは

きのうは、古典講座『空想から科学へ』
2回目がありました。

仕事の都合や病欠などで、
残念ながら参加は5名と少なかったのですが、
なかなかおもしろい学習会となりました。

きのうは、「空想的社会主義-何を学び、何を乗りこえたか」
というテーマで、『空想から科学へ』の1章を中心に学びました。

最近はいろんなテーマで話をする機会を
いただいているのですが、
科学的社会主義を話すときが
自分自身、いちばん楽しくしゃべれる気がします。

やはり変わり者、ということでしょうか(笑)

参加者のみなさんにもかなり笑って
いただいた学習会となりました。


では、以下、講義の内容です。


はじめに:細部にこだわらず、流れと大筋をつかむ読み方で



一。『空想から科学』とはどんな著作か
 
1。もとになったのは、『反デューリング論』(エンゲルス著)
  
◇『反デューリング論』とはどんな著作か
   
*論争の書であると同時に、科学的社会主義の理論を
    全面的に展開している著作

    
「つまらない相手との論戦の退屈さも、哲学、自然科学、
    歴史の諸問題についてのわれわれの見解の百科辞典
    的な概観をあたえる試みが効果をあげる妨げにはなら
    なかった」
    (エンゲルスからベルンシュタインへの手紙、
1884.4.11)

    
「これはおどろくほど内容のゆたかな、教えるところのお
    おい書物である」
               
(レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』)

 
2。『反デューリング論』の抜粋版-科学的社会主義の入門書として
  
◇フランス労働党の、科学的社会主義理論の普及のため、
   要請にこたえる

  
◇マルクスの紹介

    
「われわれは、このパンフレットにこの本(『反デューリン
    グ論』のこと-長久)の理論的部分からのもっとも適切
    な抜粋をのせたが、それはおそらく科学的社会主義へ
    の入門書となるであろう」
                (フランス語版への序文
1880年より)

   
*実際、ヨーロッパはもとより、世界中でこの『空想から科
    学へ』は紹介・翻訳され、『共産党宣言』とならんで、科学
    的社会主義の普及に大きな役割をはたした。

  
◇日本での普及
   
*1906年(明治36年)に最初の翻訳(訳者・堺利彦)
   
*それから100年のあいだに出版された日本語訳はおそら
    く何十種にものぼり、それだけ多くの人に読みつがれてきた。



二。空想的社会主義の意義
 
1。科学的社会主義の源流のひとつと意義づけられる
  
◇「三人の偉大な空想家」(『空想から科学へ』1)

    
「ドイツの理論的社会主義は、サン・シモン、フーリエ、オウ
    エンという三人の人物、どんなに空想的でユートピア的であ
    ろうと、やはりすべての時代をつうじて最も傑出した思想家
    に属し、今日その正しさが科学的に立証されつつある無数
    の事柄を天才的に予見したこの三人の人物の仕事に、自
    分が支えられていることを、けっして忘れない」
     (エンゲルス『ドイツ農民戦争』
1870年版の序文への追記)

    
「いまではただ微笑をさそうだけの夢想についてもったいぶっ
    てあらさがしをしてまわったり、このような『妄想』にくらべて自
    分たちの気のぬけた考え方の優位性を主張したりすることは、
    三文文筆家(デューリングのこと-長久)にまかせておけばよ
    い。われわれはむしろ、夢想の外皮の下からいたるところで
    姿をあらわしているが、あの俗物どもの目にははいらない天
    才的な思想の萌芽や思想をよろこぶのである」
                           (『空想から科学へ』1)

  
◇ごみばこに投げ捨てるやり方、ではなく
   
*弁証法的否定-肯定をふくんだ否定、発展の契機としての否定

    
「発展の過程における古いものの否定とは、…いっさいを破
    壊し、ご破算にすることではありません。古いもの自身のなか
    から育ってくる力によって、古いもの自身のなかにある積極
    的な要素を吸収し、それを足場とし、素材としておこなわれる
    ものなのです」  
(労働者教育協会編『新・働くものの 学習
    基礎講座1 哲学』学習の友社、
1998年)

   
*私たちの日常生活、日常活動のなかでも、これは大事な
    態度・考え方になる

 
2。フランス啓蒙思想家と、社会主義思想
  
◇フランス革命を思想面で準備した啓蒙思想家たち
   
*封建的な諸勢力の支配を打倒して、ブルジョアジーの支配を
    うちたてた革命
   
*啓蒙思想家たちは、事態の根底にある「物質的な経済的事
    実」ではなく、理性の立場から、封建制社会に批判をくわえた。

    
「宗教、自然観、社会、国家制度などすべてのものに、容赦な
    い批判がくわえられた。すべてのものが理性の審判の前でそ
    の存在の正当性を立証するか、さもなければ存在することを
    あきらめなければならなかった。知性の思考が唯一のものさ
    しとしてすべてのものにあてがわれた」(『空想から科学へ』1)

  
◇「理論的形式上」の後継者として

    
「現代の社会主義は……その理論的形式から言えば、それ
    は、18世紀のフランスの偉大な啓蒙思想家たちがうちたて
    た諸原則をひきつぎ、さらにおしすすめたものとしてあらわれ、
    しかもいっそう徹底させたもの」   (『空想から科学へ』1)



三。3人の空想的社会主義の思想と特徴
 
1。サン・シモン(1760‐1825)
  
◇アメリカの独立戦争やフランス革命に参加
   
*フランス名門貴族の家に生まれる
   
*16歳のとき、軍務につき、アメリカにわたって、独立
戦争に
    参加。人民主権をうたった革命に強い影響を受ける。
   
*フランス革命の最中に土地の売買で儲け、そのお金で学者
    
を集めて新しい社会の研究をはじめる。

  
◇サン・シモンの天才的な洞察
   
*フランス革命を階級闘争-「怠け者」と「働くもの」との階級
    闘争としてとらえた。
    
・現代日本の社会では、階級間の対立ははっきり目に見える
     ものだけれど、当時は「階級」というものを意識することはた
     いへん困難だった。
   
*「働くもの」=「産業者」が社会の管理者にならなければならない
   
*「生産の管理」が行われれば、国家の支配は不必要になると
    考えたこと

 
2。シャルル・フーリエ(1772‐1837)
  
◇「もっとも偉大な諷刺家(ふうしか)」
   *毛織物商のひとり息子として生まれる。
   
*7歳のときに、買った品物に傷があることを正直に客に知ら

    て父に怒られた経験をきっかけに、商売の世界、詐欺とご
まか
    しに満ちている社会に疑問をもつようになったという。
   
*21歳のとき、自分でフランスの商工業の大中心地である
リヨ
    ンに商店を開く。その後も、行商や商店員、あるいは
もぐり仲
    買人など、生活のために商業の分野にたずさわる。
   
*フーリエは、自らの経験にもとづき、商業社会という面から
資本
    主義の害悪を痛烈に批判する、体験的告発者だった。

  
◇フーリエの卓見
   
*「ある社会における婦人の解放の度合いが全般的な解放の
    自然の尺度である」。つまり、女性がどれくらい解放(自由や
    権利を拡大し、社会的な地位を高めているか)されているか、
    ということが、社会進歩の目じるしだ、と語った。
    
・『週刊東洋経済』(08.2.9号「働きウーマン」特集)にみる、世界
     と日本における、女性「解放」の度合い。
   
*社会の歴史発展について、「野蛮-家父長制-未開-文明」と
    いう4段階説をとなえた。資本主義は「文明」段階にあたる。
    
そして、「文明の段階は、未開時代に単純なやり方でおこなわ
    れたあらゆる悪徳を、
複雑な、あいまいな、うらおもてのある、
    偽善的な存在の仕方に高める」と述べた。
    
・今日の新しい奴隷制度ともいうべき日雇い派遣、偽装請負など
     は、その典型例。
   
*また、「文明時代には貧困は過剰そのものから生じる」という、
    弁証法的なとらえ方、恐慌論にもつながる見方をしめした。
    今日の日本社会にもつうじる。

 
3。ロバート・オウエン(1771‐1858)
  
◇人道的な産業資本家として
   
1771年、イギリスの商人の家に生まれる。
   
*フランス革命が始まった1789年には、18歳で早くも紡績
    機械製造工場の共同経営者の1人となる。1792年
には
    マンチェスターの大紡績工場の支配人に。
   
*人道的な立場から、労働者の待遇を改善する経営方式を
    
とりいれる。スコットランドのニュー・ラナークに、
2,000人近
    い労働者が働く大紡績工場をつくり、経営。
大成功をおさめる。
   
*この成功に満足しなかったオウエンは、ニュー・ラナークで
    の成功を、全社会的な規模におしひろげ、新しい社会を建
    設しようと、計画をたてる。その構想を公表し、ヨーロッパ各
    国の政府や支配層に支持を訴える。
   
*さらにすすんで、アメリカのインディアナ州に土地を買って、
    共産主義的なコミュニティ「ニュー・ハーモニー」の建設にの
    りだす。市場経済を排した大きな実験だったが、この計画は
    見事に失敗に終わる。
    
しかしその後も、「イギリスで労働者の利益のためにおこなわ
    れたすべての社会運動、すべてのほんとうの進歩は、オウエ
    ンの名前と結びついている」と賛辞されるほど、労働組合運
    動や協同組合組織の発展などを中心に、多大な貢献をおこなう。

  
◇「性格形成理論」
   
*人間の性格は、生まれつきのものではなく、環境によって
つく
    られる、と説いた。
   
*それを、自分の経営する工場
で実践する。労働時間の短縮、
    
教育施設や幼稚園の設置、年
少者労働や体罰を撤廃し、労
    
働者とその家族にきちんとした家、学校、夜間クラス、無
料医
    療サービス、手ごろな値
段の食料品を提供したといわれている。
   
*結果、オウエンの工場では、それまで道徳的退廃がひどかっ
    た労働者たちが、まじめによく働くようになったといわれ、労働
    条件改善・福利厚生に資金を投じたにも関わらず、利益は多
    かったという。



四。空想的社会主義の弱点と限界
 
1。変革の主体が誰なのか、を明確にできなかった
  
◇「理想社会」を描き、人びとに宣伝し「さあ、ついてこい」という
    ものだった
   
*典型はフーリエの理想村見取り図
                -新聞広告で建設寄付をよびかける

    
「空想的社会主義はじっさいの活路をしめすことができな
    かった。それは資本主義のもとでの賃金奴隷制の本質を
    説明することもできず、資本主義の発展法則を発見する
    こともできず、また新しい社会の創造者となることのできる
    社会的勢力を発見することもできなかった」
    
(レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』)

 
2。マルクスの位置づけ
  
◇『フランスにおける内乱』第一草稿より

 
3。空想から科学へ
   
    
「社会主義を科学にするためには、まずそれが実在的な基
    盤の上にすえられなければならなかった」

  
◇現代の私たちへの教訓を考えるならば
   
*職場や社会を変える運動に参加しはじめた人たちが、最初
    から確固たる見通しや社会発展の法則性について、身につ
    けているわけでは、もちろんない。
   
*職場や社会のなかで、不合理や矛盾にぶつかり、「おかし
    い!」と運動に参加してくる1人ひとりの思想も、「よりよい職
    場や社会をつくりたい」という一般的な段階や、自分の目の
    前の切実な要求という、ある意味では狭い視点から出発する。
   
*さまざまな学習・経験をへて、「どうたたかえば要求が実現す
    るか」「どうしたら仲間がふえるか」「こうした問題が起きてくる
    ような社会のあり方」「日本社会のおおもとにある矛盾は何か」
    ということへの、より科学的な考え方や見地に前進する。
   
*1人ひとりが、理想や願望を頭の中だけで考えるのではなく、
    また「誰かがやってくれないかな」という傍観者的態度でもなく、
    「実在的な基盤の上」にたって、自分と組織の課題を明確にし
    ていく必要がある。
   
*そのために、徹底的に学ぶ活動を重視することが求められている。

次回予告:弁証法的唯物論-変革の哲学





以上。


参加者の感想文。


「3人の偉大な空想家たちの考えたこと、行動
したことが、科学的社会主義の理論の形成に
大きく影響したことはとても重要だと思った。
普段、対人関係とかで『この人はダメだ…』と
思っている人からも学ぶことはたくさんある。
『人間って成長する生き物だから』と励ましあ
っていきたい」

「おもしろかったぁ~。本を読むより話を聞くほ
うが分かりやすかった。弁証法的否定は、頭で
分かっていても現実には…」

「女性の社会進出を社会進歩の尺度にするの
は、現代にも通用する考えだと思いました。
東洋経済読んでみよっと。
全否定はとてももったいないことです。現時点
で否定できることがあるからといって、全否定
するのではなく、克服すべき課題を見つけ、次
への発展方向をさぐる、という姿勢をもちたいです」


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2008年2月 8日 (金)

マルクス、エンゲルス入門

今日の晩は、古典講座『空想から科学へ』
第1講義がありました(全5回)。
講座の講師は私が担当しています。

参加は6名でした。
ほとんど宣伝してなかった結果です(涙)

が、細々とでもこうした学習会を
続けていくことが、学習協の存在価値の
ひとつだと思っています。
学習協にしかできない講座なので。

今日は、
「科学的社会主義とは~マルクス・エンゲルス入門」
ということで、
『空想から科学へ』の内容には入らず、
主にマルクスやエンゲルスの人となりや
生涯をたどる学習となりました。


以下、講義の概要(例のごとく長くてすみません)。



一。私たちの知性が問われる時代
 
1。多数者革命の時代に
  ◇
多数者革命とは?
   *
より多くの人の力で、世の中を良い方向に変えていく。
    この意味は、「100人が1歩ずつ」ということでなく、そ
    れぞれが、それぞれの持てる力を発揮し(3歩がんば
    れる人は3歩がんばろうということ)、その個々の力を
    たばねて、大きな力にする、ということ。
   
*自分がいる国、地域、職場、学園で、大多数の人びと
    の利益と合致する方向で、具体的に問題を解決し、そ
    して根本にある政治や経済のしくみを変えていくこと。

 
2。学習の課題は、現実の中から提起される
                   -現実を変えるのは知性の力
  
◇現実は、つねに動いている
   
*したがって、新しく生起してくる様々な問題にたいして、
    私たち1人ひとりが、その中にある法則性を探り、原因
    や課題を明確にし、解決のための行動・提起をしなけれ
    ばならない。

     
「この国が、孤立するアメリカへの追従をやめ、世界に
     誇れる役割を果たすためには、何より、私たちの力が
     強くならねばなりません。その力の核心は、話し合う力、
     語る言葉の力、説得の力であり、その根底にある知性
     の力です。改革者たろうとする者の知性の力が、いま
     時代によってためされている」

     
「『独習』の必要性を強調したのは、このたくさんの人た
     ちが、『毎日必ず自分で学び』、さらに力をたくわえ、そ
     の力をもってまわりの人にはたらきかけるなら、日本社
     会の明るい方向転換をグッと手前に引き寄せることが
     できると思うからです」
     (石川康宏『現代を探求する経済学』新日本出版社、
2004年)

 
3。科学的社会主義の学習とはどういうものか-『科学の目』の獲得
  
◇科学的社会主義の理論とは
   
*人類が積み上げてきた知識の、価値あるものすべてを吸
    収しようと、進化し続ける理論であり、その『科学の目』で、
    社会と自然、そして自分自身をとらえ、実践していく羅針盤
    となるもの。21世紀をたしかに進むための力をもった理論。

   
*私自身の学びの経験から-世界観の大転換

  
◇資本主義ではアカン-社会主義思想の原点

    
「農奴制が打倒されて、『自由な』資本主義社会がこの世
    にあらわれたとき、この自由が勤労者の抑圧と搾取との
    新しい制度を意味することが、すぐさまあきらかになった。
    この抑圧の反映として、またそれにたいする抗議として、
    ただちにさまざまな社会主義学説が発生しはじめた」
     
(レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』)

   
*社会主義・共産主義を『願望』から、『科学』とするために

    
「社会主義を科学にするためには、まずそれが実在的な
    基盤の上にすえられなければならなかった」
                   (エンゲルス『空想から科学へ』)

  
◇人類知識をどん欲に吸収しつづけた
   
*マルクス・エンゲルスは、どういう学習をしたのか(別紙資料)

    
「マルクスの学説が最も革命的な階級の幾百千万の人の心
    をつかむことができたのはなぜか、という質問を諸君がだす
    なら、諸君の受けとる答えはただ一つ、次のものであろう。そ
    うなったのは、マルクスが、資本主義社会のもとで獲得された
    人間知識のしっかりした土台に立脚していたからである、と」
                      
(レーニン『青年同盟の任務』)

  
◇“科学”である、ということ。

    
「その科学を展開している古典を読むのに、小説を読んだり
    テレビ・ドラマを見るような具合ですますわけにはゆかないこ
    とは、当然です。古典をつらぬく論理をたどり、それを受けと
    めてみずからのものとする努力が、求められます。そのこと
    は、科学的社会主義の理論を身につけようとするものが、誰
    でも覚悟すべき苦労だといえるでしょう。
     
こういう意味の『とっつきにくさ』を恐れて、古典への取り組
    みを避けようとすることは、科学となった社会主義、つまり科
    学的社会主義そのものを避けることにほかなりません。私は、
    読者のみなさんに、人類の英知の集大成である社会主義の
    科学をわがものとする大いなる意欲をもって、古典に勇敢に
    挑戦することを、おすすめしたいと思います」
            (不破哲三『古典への旅』新日本新書、1987年)



二。科学的社会主義の創始者たちの素顔と歩み
 
1。マルクス(1818~1883)
  
◇生涯の概観(資料参照)
  
◇1835年、高等中学校卒業のさいのマルクスの課題作文
   *
「職業の選択にさいしての一青年の考察」

    
「人間の本性というものは、彼が自分と同時代の人々の完
    成のため、その人々の幸福のために働くときにのみ、自己
    の完成を達成しうるようにできているのである」
    
「われわれが人類のために最も多く働くことのできる地位を
    選んだとき、重荷もわれわれを屈服させることはできないで
    あろう。なぜなら、その重荷は万人のための犠牲にすぎな
    いからである」

   
*マルクスは、青年時代のこの志を、生涯を通じて実践した人でもある

  
◇大学時代の学習態度(資料参照)

  
◇「根本的に事につうじる」努力
   
*たとえば、『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』への、
さま
    ざまな国際論説の寄稿準備の努力。

    
「具体的事実の全面的で具体的な研究を何よりも重視した、
    二人の徹底的な科学的態度」(不破哲三『古典への旅』)

   
*『資本論』への道

    
「マルクスは、『資本論』で、経済学上のいろいろな概念や
    命題をとりあげるとき、本文や注で、それが、『いつ、どこ
    で、だれによって、はじめて明らかに語られたか』をしめし
    ている場合が多いのですが、この注をみると、マルクスが、
    いかに広範に各国の経済学の文献を読み、研究していた
    かがわかります。たとえば、商品論では、貨幣形態がより
    発展した価値形態にすぎないことを最初に指摘した文献と
    して、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』があげられ、分
    業論でも、プラトンやクセノフォン、イソクラテスなど紀元前
    の古代ギリシャの著作があげられています。マルクスが大
    英図書館の資料の山のなかから発見するまで、おそらくだ
    れの目にもとまらなかったであろう無名の小冊子が、その
    経済学研究上の重要な意味を発掘されたという場合も、少
    なくありません。
     
…マルクスは、現代社会とそこにいたる歴史の事実にもと
    づく研究という点でも、経済学についての人間の探求と思索
    の展開という面でも、当時の条件のもので可能なかぎり、す
    べてを調査し研究して、大著『資本論』を書きあげたのであ
    って、マルクスの天才の『創造的思考』の自己運動でこれを
    生みだしたわけではけっしてありません」
     
(不破哲三『現代に生きるマルクス』新日本出版社、1984年)

 
2。エンゲルス(1820~1895)
  
◇生涯の概観(資料参照)
  
◇『イギリスにおける労働者階級の状態』
   
*青年エンゲルスがみた労働者とその家族の生活
   
*エンゲルスのブルジョアジーにたいする宣戦布告宣言(序文)

    
「エンゲルスよりも前にプロレタリアートの苦難をえがいて、
    これを助ける必要を指摘した人びとはきわめてたくさんいた。
    エンゲルスがはじめて語ったのは、プロレタリアートは苦難し
    ている階級であるばかりでなく、プロレタリアートがおかれて
    いる恥ずべき経済的地位そのものが、さからいようもなく彼
    らを前進させ、自分の終局的解放のためにたたかわせると
    いうことである」
    
「1845年の前でも後でも、労働者階級の惨苦をこれほどま
    でにまざまざと、真にせまってえがいたものは一つもあらわれ
    ていないのである」   
(レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』)

  
◇「ほんとうの百科辞典」(マルクス評)

    
「ほんとうの百科事典で、昼でも夜でも、酔ったときでもしら
    ふのときでも、いつでも仕事をすることができ、書くのはは
    やく、悪魔のようにわかりがいい」
                
(マルクスの友人あての手紙のなかから)

   
*20数か国語に精通する語学力、「将軍」とあだ名がつくほど
    の軍事学の力、自然科学の研究も
   
*マルクスの経済学研究の、事実上ただ一人の相談相手

  
◇20年にわたるマスクスへの援助
   
*マルクス家の貧しさ
   
*エンゲルスの「ビジネス生活」による経済援助
                    -マルクスの経済学研究の支え

    
「序文もきのう校正して返送した。つまり、この巻は完成した
    のだ。ただ君に感謝する、これができたということを! 僕
    のために君が身を犠牲にしてくれなかったら、僕はこの途方
    もない大仕事を三巻にすることはできなかったのだ。僕は君
    を抱きしめる、感謝にあふれて!」
            
(マルクスからエンゲルスへの手紙、1867.8.16)

   
*20年間の往復書簡は1344通

    
「20年にわたって二人はまれに、ときどき、短時間しか会わ
    なかった。しかし二人の交際はとだえることはなかった。…
    二人は、毎日のようにたがいに手紙を書いたが、うちではモ
    ールと呼ばれていた父が、エンゲルスの手紙にむかって、書
    いた当人がまるで目の前にいるかのように、『いや、そうじゃ
    ない』、『そうだ、まったくそのとおりだ』などと語りかけていた
    ことが、幾度もあったのを、いまでもおぼえている。なかでも
    いちばんよくおぼえているのは、モールがエンゲルスの手紙
    を読んでたびたび笑いもしたが、ときには涙が彼の頬をぬら
    していたことである」     
(マルクスの四女エリナの回想)

  
◇マルクスの葬儀での、エンゲルスの弔辞

  
◇マルクスの長女ジェニーの「告白張」



さいごに:私たちとは、どんな存在であるのか
                   …この古典講座で明らかにしたい

    
「マルクスとエンゲルスの労働者階級にたいする貢献は、短
    い言葉で表現すれば、つぎのようにいうことができよう。彼ら
    は労働者階級に、自己を認識し、自覚することを教え、夢想
    を科学にかえた、と」 
(レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』)

次回(2/22)予告「空想的社会主義‐何を学び、何を乗りこえたか」



【参考文献-紹介したもの以外に】
 
◆土屋保男『マルクスへの旅』(新日本出版社、1984年)
 
◆土屋保男『マルクス、エンゲルスの青年時代』(新日本出版社、1995年)
 
◆不破哲三『エンゲルスと「資本論」』(新日本出版社、1997年)
 
◆服部文男『マルクス探索』(新日本出版社、1999年)


以上。


講義のあと、感想交流をひととおりして、
終了しました。

ジェニーの告白張をみて、
「エンゲルスの方が人間的だ」
「歯医者がきらいだったと知って、
エンゲルスがぐっと身近になった」
など、面白い感想も聞かれました。


では、参加者の感想文をいくつか。

「マルクスのすごさは、全く新しいことを思いついた、
ところじゃなく、今まで人類が築いてきた価値ある
ものを貪欲に吸収したところにあったんだな、と
思いました。マルクス自身が常に現実から出発する
人だったんだろうな…」

「マルクスの学ぶ姿勢に感動しました。知性という
ことについて関連すると思いますが、マルクスの
学ぶ姿勢は事実と体験にもとづくということで、
このことが説得力につながるのだと思います」

「人物像にせまった学習ははじめてです。新鮮な
感じで今まで知らなかったことがわかったのが良
かった。…多くの古典は本当に読むたびに新たな
発見があるなあと再度実感できました」



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2007年12月20日 (木)

古典講座やります

来年、県学習協主催で、
久しぶりに古典講座を行います。
講師はわたしが担当します。


以下、チラシにそって概要をご紹介します。

現代を読みとく、古典の力
 
古典講座-『空想から科学へ』

【古典講座?】
 19世紀、マルクスとエンゲルスは、それまで人
 類が獲得した知識をどん欲に吸収し、科学的
 社会主義の理論の土台をつくりあげました。現
 代を読みとく力となる、彼らの書物を学びます。

【空想から科学へ?】
 科学的社会主義の入門書といわれる、エンゲ
 ルスの著書。科学的社会主義の理論はどのよ
 うな背景をもって生まれたのか?その中身は?
 …奥深い理論の世界にふれれば、目からウロ
 コの連続!?


【カリキュラム】
 ①2/8(金) 
  『科学的社会主義とは-マルクス・エンゲルス入門』
   -科学的社会主義の生まれる時代背景、創始者の素顔を学ぶ導入編

 ②2/22(金)
  『空想的社会主義-何を学び、何を乗りこえたか』
   -3人の偉大な空想的社会主義者。その思想と弱点。

 ③3/7(金)
  『弁証法的唯物論-変革の哲学』
   -科学的社会主義の世界観の源泉をたどる

 ④3/21(金)
  『資本主義の発展とその矛盾』
   -資本主義の運動法則と根本矛盾について

 ⑤4/4(金)
  『特別補講-マスクスの未来社会論』
   -資本主義を乗りこえる社会をマルクスはどう展望したか


【募集要項】
 期間:2008.2.8(金)~4.4(金) <隔週金曜日、全5回>
 時間:18:45~21:00
 定員:20名
 講師:長久啓太(県学習協事務局長)
 会場:岡山市勤労者福祉センター
 受講料:5,000円(県学習協会員は4,000円、学生は2,000円)
      単発参加1,500円(県学習協会員は1,200円、学生600円)
 主催:岡山県労働者学習協会


以上。


私自身、連載ものの古典講義は初めて。
とりあえず、『空想から科学へ』のもとになった、
『反デューリング論』をチュニジアにもっていって
再学習したいと思います。



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