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2008年12月 7日 (日)

旅と読書はおんなじ

加藤周一さんが亡くなられました。
まだまだお元気だと勝手に思っていたので、衝撃でした。

加藤さんの著書は、恥ずかしながら、
まったくと言ってよいほど読んでいません。
(9条に関わるパンフレットのたぐいなどは別として)
まとまった著書で読んだものといえば、
『読書術』(岩波書店・同時代ライブラリー139、1993年)ぐらいです。

10年ほど前に読んだのですが、いつも事務所の
本棚には置いていました。
かなり得るところの多い著書ですが、今パラパラとめくってみて、
「ふしぎな世界への旅」という一文にとても共感(同感)したので、
それをご紹介します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
私は学生のころから、本を持たずに外出することは
ほとんどなかったし、いまでもありません
。いつどんなこ
とで偉い人に「ちょっと待ってくれたまえ」とかなんとか
いわれ、1時間待たされることにならないともかぎりま
せん。そういうときにいくら相手が偉い人でも、こちらに
備えがなければいらいらしてきます。ところが懐から1
巻の森鴎外をとり出して読みだせば、私のこれから会う
人がたいていの偉い人でも、鴎外ほどではないのが普
通です。待たされるのが残念などころか、かえってその
人が現われて、鴎外の語るところを中断されるのが、
残念なくらいになってきます。なにも偉い人にかぎらず、
この人生に私たちを待たせる相手は、いくらでもあるで
しょう。その相手が歯医者でも、妙齢の婦人でも、いや、
すべてこの国のあらゆる役所の窓口でも、
私が待たさ
れていらいらするということは、ほとんどありません
。次
の急な約束がひかえていないかぎり、また、待つ場所が
肉体的苦痛を与えるような場所でないかぎり、私はいつ
も血わき肉おどる本をもっていて、その本を読むことは、
歯の治療や、役所の届け出や、妙齢だが頭の鋭くない
婦人との会談よりは、はるかにおもしろいからです。
 しかしなんといっても、自宅を別にすれば、外出して本
を読む機会がいちばん多いのは、交通機関のなかだろ
うと思います。ことに旅へ出かけるとき、なにかの読み
ものを持って行く人は多いでしょう。
 旅で本を読むのは、ただ乗りもののなかでひまな時
間が多いからというだけではありません。
読むことと旅
をすることとのあいだには、いかにも深い因縁がありま
。旅は私たちを、いつも見慣れた風景や、知人の顔
や、生活や、またある程度までは、いつも経験している
心配ごとや、希望からさえも、多かれ少なかれ切り離し
て、見慣れないもう1つの世界へ連れて行きます。同じ
ように、
本を読むということは、活字を通していくらかの
想像力を働かせ、私たちの身のまわりの世界から、多
かれ少なかれ違う別のもう1つの世界へはいって行くこ
とです
。その世界では、美男美女が、この世のものなら
ぬ恋をしているかもしれないし、英雄・豪傑が、血わき
肉おどる冒険をしているかもしれません。また鳥ならぬ
身の飛びたちかねる遠い国の奇妙な風俗や、天の川の
かなたの宇宙や、目には見えぬ究極の世界のふしぎが
あるかもしれません。いずれにしても、
旅へ出かけるこ
と、本を開いて最初のページを読むことは、身のまわり
の世界からの出発です。旅と読書はそもそもはじめから、
気分のうえでよく重なっているのです


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私も、外出するときは、必ず本bookを持っていきます。
本がないと、なんとなく不安になります。これはもう中毒です。
加藤さんにはまったく及ばないですけど。

「知の巨人」と言われた加藤さん。
まだまだご活躍してほしかったです。




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