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2008年11月29日 (土)

ことばへの信頼

最近読み終えた本。

『子どもとことばの世界-実践から捉えた乳幼児のことばと自我の育ち』
                      (今井和子、ミネルヴァ書房、1996年)


子どもの発達とか、保育とか、子育て本は、好きで読む。
私にとっては癒し本になっている。
この本も、そんな軽い気持ちで読んだけど、
学ぶところが非常に多かった。

とくに、子どもの発達をことばのかかわりの中で
考えているところが特徴であり、興味深いところ。


「子どもが未知のことばを獲得し語彙(ごい)を豊かにして
いくことは、まさにその子のイメージの世界が豊かになって
いくこと、つまりは、イメージを創る力が育っていくことであ
るのかもしれない」(61P)


「子どもは、おとなのことばを聞きながら、自分と人とが、
ことばによってつながれていることを実感し、ことばへの
信頼を育み、自分を語ってくれるおとなへの信頼を深め
ていきます。そういう意味ではことばへの信頼は、人へ
の信頼につながるのだと思っています」(66P)


「過去、現在から未来へ、時の流れの中で自分が一貫し
た自分であることを自覚できるようになってくると、子ども
たちは、自分の未来(明日)にむけての自分の考え(つも
り)をことばで表現し、そのことばにむかって自分の行為
を方向づけていくようになります」(
72P)


昨年の漢字が「偽」であったり、
振り込め詐欺の氾濫であったり、
極めつけは麻生首相の言葉(思想)の貧困。

ことばへの信頼は、人や社会への信頼につながる。
私たち大人の、「ことば」が問われているのだ。


『いまこそ「資本論」』(嶋崇、朝日新書、2008年)

最近、マルクスや資本論に関わる本を、
一般の書店で見かける機会が多くなった。
これもその1冊。で、パラパラと読んでみて、
面白そうだったので買ってみた。

で、非常にまじめな本である。
資本論を誰にでもわかりやすく解説していきたい、
という思いは伝わってくる。
学習運動も、学ぶべき姿勢である。

「ん?」という箇所があったり、
変革のための書物であるという観点が弱かったり、
資本論への見方がせまいところもあるが、
読んで損はない、と思う。

全三部を新書1冊でかけぬける。
うーむ、ある意味すごい。


『何があっても生きてろよ。』(西谷昇一、サンマーク出版、2008年)

これも本屋で見つけたもの。
期待したほどフィットしなかったけど、
共感できる部分もたくさん。

著書は、代々木ゼミナールの英語教師。
たしかに、こんな講師だったら、人気あるだろうなぁ。


『講座「家族・私有財産および国家の起源」入門』
                (不破哲三、新日本出版社、1983年)

来年のミニ講座の予習。
古典そのものは読んでいたが、こちらはまだだった。

25年前の著書であるので、
その当時の認識の限界がちらほらと。
しかし、面白い。

そして、学ばねばならないものが
恐ろしくあることを認識。やばい。

こうして、自分の「無知さかげん」を自覚するのが、
学習のひとつの側面、だと思う。
知れば知るほど、「知らないこと」が増えていく。
だから、やめられないのだ。





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『学習の友』12月号

『学習の友』12月号のご案内。

【特集 はじめての団体交渉】
 *団体交渉・労働協約・ストライキのイロハ(盛本達也)
 *団体交渉・ストライキでこんな要求を勝ちとった(各地の経験から)
 *日本の労働組合運動と団体交渉・ストライキ(西村直樹)
 *目で見る学習 誌上模擬団交(広島県労学協+編集部)

【新連載】
 *社会保障入門 第1回「社会保障とは何か」(公文昭夫)
 *伊藤千尋の世界 第1回「踊りのある生活」(伊藤千尋)

【連載】
 *人間関係でお悩みのあなたへ
  ・第2回「あなた自身の力をつける」(吉儀和平)
 *やっぱり労働組合だ
  ・魅力ある組合活動をすすめるためには

【その他の記事】
 *政府・財界の景気政策と労働者の景気政策(中島康浩)
 *あきらめと希望の間で(野村昌弘)
 *民間委託の公正なルールを(大木寿)



今月も盛りだくさんですね。

団体交渉は、大事な基本的人権のひとつ。
憲法に「団体交渉」という言葉が書いてあるのがスゴイ。
これは他の先進国の憲法にはあまりないのではないでしょうか。
(調べてないけど)

伊藤千尋さんの記事も面白いです。
世界を知る旅に、行こう!





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2008年11月28日 (金)

活憲教室しめくくり

きのう(27日)は、76期岡山労働学校「活憲教室」
第8講義でした。といっても、講義ではなく、最初から、
みんなでグループトークをひたすらやりました。

まず、小さい紙に
①「今期学んだこと」「印象に残ったこと」
②「自分にできること」「これからしたいこと」「今やっていること」
を各自具体的にどんどん書いていきます(1枚にひと項目ずつ)。

それをグループ内で発表しながら
ペタペタ模造紙に貼っていって、分類していきます。
そして、ひたすら「あーだ、こーだ」と話し合います。

各自、ほんとうに多彩な話ができたようです。


そして、いったん休憩して、グループ発表となりました。


Dscn4889

 グループ発表の
 ようす。

 意外と盛り上がるんですよ
 これが。



一番多かったのは、「もっと憲法を学んでいきたい」
という意見。自分の言葉で語るということを念頭に。
そして、活憲のために「したいこと」も、各自の色が
出ていて面白かったです。

やっぱり今期は教室のネーミングがよかったですね。
自分でいいますが。
「活憲」がばしっと共通テーマとして受講生の学びの
スタンスとしてありましたから。

また、9条が大切なのはもちろんのこと、
他の条文を学ぶ醍醐味をみなさん味わった教室だった
ようです。そういう感想が多く聞かれました。


グループ発表後は、きのうの参加者で、
土曜日の修了式に唯一これないFくんが
ミニ修了発表をしました。

なんと水島から毎週1時間かけて通ってきている
Fくんは、
「労働学校は興味本位できたけど、とても楽しく、
また勉強になった。またぜひ来たい。憲法というと
9条、という感じだったが、他の条文も大事だと
わかった。すごく視野が広がった。これからも勉強
していきたい。活字の大切さも学んだ。ふらふら
遊ぶだけでなく、紹介された本も来年はどんどん
読んでいきたい。いろんな人の話も聞きたい。
ありがとうございました」
という発表で、参加者から拍手で修了の祝福がありました。

いいですね、こういう雰囲気ってtulip

さて、今週土曜日は修了式です。
受講生のみなさんのどんな発表が聞けるのか、
とても楽しみです。



【きのうの感想をいくつか】

「ただ聞いて知るというだけではなくて、自分たちで
学びを深めることができたと思います。今回も面白
い学習ができました。学んだことを活かしていこうと
思います」

「私は、もっと外へ広げることをしないといけない。
自分の言葉でしゃべりたい。みんな『学びたい』と
思っているのは、すごくうれしかった」

「今期をふりかえると、あっという間でした。今後もっと、
憲法についてのみならず、いろいろ学んで生きたいです」

「憲法の学習のつもりで参加した労働学校でしたが、
色々な人の色々の意見が聞けて深まりました」

「今日の講義で、学んだことや印象に残ったことに
ついて、いろんな人の考えを聞けて良かったです。
こうやって、色んな人と意見交換をしたりする場って、
本当に大事だなと、今日改めて思いました」

「今日は色んな人の意見が聴けて、楽しかったです。
労働学校が終わるのはさみしいです」





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2008年11月27日 (木)

県立美術館が…

今日は『友』配りの日。
県立美術館の付近をとおると、
こんなことになっていた。

20081127131425_4   

 車の中から
 携帯で撮影。

 なにやら 
 色とりどりの
 布が
 垂らされている。



伝統工芸展らしい。行ってみたい。
12月7日まで。うーむ、時間がとれるかなぁ。




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やっぱり麻生だわ

20日(木)の経済財政諮問会議で、
麻生首相がこんな発言をしていたそうな。
きのう議事録がHPに公開されて、わかったそうです。
誰でも読めます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(麻生議長) 67歳、68歳になって同窓会に行くと、よぼ
よぼしている、
医者にやたらにかかっている者がいる
彼らは、学生時代はとても元気だったが、今になるとこ
ちらの方がはるかに医療費がかかってない。それは毎
朝歩いたり何かしているからである。
私の方が税金は
払っている。たらたら飲んで、食べて、何もしない人の
分の金を何で私が払うんだ
。だから、努力して健康を
保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティ
ブがないといけない。予防するとごそっと減る。病院を
やっているから言うわけではないが、よく院長が言うの
は、「今日ここに来ている患者は 600人ぐらい座ってい
ると思うが、この人たちはここに来るのにタクシーで来
ている。あの人はどこどこに住んでいる」と。みんな知っ
ているわけである。あの人は、ここまで歩いて来られる
はずである。歩いてくれたら、2週間したら病院に来る
必要はないというわけである。その話は、最初に医療
に関して不思議に思ったことであった。それからかれこ
れ 30年ぐらい経つが、同じ疑問が残ったままなので、
何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少
なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる
方法がないだろうかと思う。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここに貫徹しているのは自己責任の考え方。
もちろん、自分の健康を保つ努力は必要である。
しかし、努力できないやつには金を使うな、
そんな弱肉強食の世の中でよいのだったら、
政治なんかいらないのだ。なんのための政治だよ。

努力したくても、さまざまな理由でできない人もいる。
労働や生活の背景があって健康を壊す人もいる。
スタートラインから排除されている人もいるんですよ。

ほんとうに、この人には想像力が欠如している。
1日でも早く辞めさせなければならない。




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2008年11月26日 (水)

青年部って?

きのう(25日)の晩は、倉敷医療生協労組の
みんなの学校の4回目(最終回)でした。

テーマは、
労働者と労働組合の視点-要求?団結?青年部?」でした。

20081125193816
 参加は4名。
 残念ながら最終回も
 だいたい同じメンバーでした(笑)
 でも、声かけをしての結果
 ですので、おつかれさまです。


講義では、労働組合の社会的役割や、
青年部とはそもそもどんなものか、という
話がメインになりました。

講義終了後は、いろいろ組合活動の
状況や苦労が話し合われ、
今後の「みんなの学校」の方向性についても
少し検討しました。

ともあれ、学習の場が継続的に必要、ということでは
認識は一致しています。地道にがんばりましょう。

参加されたみなさん、おつかれさまでした。




以下、講義の概要です。




一。あたりまえすぎる存在だから、見えないことがある
 
1。『おぼえていろよ、おおきな木』(佐野洋子)
 
 ◇あたりまえの存在ほど、ありがたみが見えにくい。
    否定面ばかりが目につく。
  
◇署名はあるわ、集会はあるわ、団体交渉、会議、そして毎月
    天引きされる組合費…
   
*「おぼえていろよ!」と切り倒す前に
   
*もし、労働組合がなかったら、どうですか?

 
2。労働組合を「つくる」って?
  
◇*『仲間がいるからがんばれる』(『学習の友』95年1月号)より



二。では、労働組合とは、そもそもなんでしょうか
 
1。その役割
  
◇人間らしく生きるため、人間らしく働くため
   
*資本主義社会のなかで、資本家(経営者)と、労働者は、
    お互いの存在がなければお互いが存在できない関係に
    あるが、利害は本質的に対立する関係にある。
   
*そして、労働者は、資本家と比べれば、圧倒的に立場が弱い
    
→自分たちの生活、労働条件の向上、仕事の質の向上の
     ために“たたかう”組織。
これが出発点であり、基礎となる。

  
◇労働組合の役割を考えるとき
   
*1人称の幸福(人間らしさ)追求-自分
   
*2人称の幸福(人間らしさ)追求-家族や友人、知人、職場の仲間
   
*3人称の幸福(人間らしさ)追求
                  -知らない人だけど、同じ人間、同じ労働者

     
「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする
    権利は、これを保障する」
         (日本国憲法第
3章「国民の権利と義務」のなかの第28条)

     
→日本国憲法は21条で「結社の自由」が保障されている。そして
      さらに、労働組合だけに、28条でこうした「特権」があたえられて
      いる。なぜか?
     
→他人のために自分の時間をつかうのは、“自分の時間が奪わ
      れる”ことか?
     
→他人の不幸せを“ほっとけない”と思える感性。人間や労働組合
      の本質。

 
2。“ことば”への理解
  
◇「組合用語」をあらためて考える
   
*だんけつ?
   
*ようきゅう
   
*だんこー?
   
*さ、さ、さ、産別統一闘争?????



三。では、青年部って?
 
1。青年部が、青年部らしくあるためには…

    
「私たちは、どんなことにしろ、そのものの意味を知らなけ
    れば、それを大切にしたり愛したりすることは出来ない。現
    実を理解しなければ、それを愛し、そこに働きかけてゆく人
    間の歴代の努力のうけつぎ手として今日生きているよろこ
    びや感動を味わうことも出来ない。知は愛の母、というレオ
    ナルド・ダ・ヴィンチの言葉は真実にふれている。現実を知
    るということと、現実はこんなものだと分るということとは全く
    別である。こんなものなら、どうして現実はこんなものとして
    しか現れないか、こんなものである現実に飽かず何故人間
    は営々と努力しているか、そこにまでふれて理解しなければ
    なるまい。周囲の世相が急流のように迅(はや)ければ迅い
    ほど、私たちの知識や理解力は深められなければ、やって
    行けなくなって来ていると思う」

                    (宮本百合子「若い娘の倫理」)

   
*青年部は、“労働組合の”青年部、ということに大事な意味がある

 
2。労働組合青年部の役割をいくつか整理すると
  
◇青年職員の労働条件、人間らしい生活のために行動する。青年
   職員のなかで、あてにし、あてにされる関係をつくりだす。要求実現。

  
◇徹底的に「学ぶ」。労働組合のこと。主権者として成長する学習。
   専門職としてのレベルアップ。しかし、仕事の学習は別にして、社
   会のしくみとか平和問題とか、労働組合の学習は、自然発生的に
   は青年の「要求」とはなりにくい。意識的に持ち込む。

  
◇自分の職場だけでなく、青年労働者全体を視野に入れ、人間が
   大切にされる社会や平和の実現のために組織の力を発揮し、団
   結(新しい力を生みだす)をひろげていく。

   
【青年部が輝くための基礎的活動】
   
*青年職員の不満や悩み、願いを「聞く力」「受信する力」
   
*そしてそれを「要求」へと高める力
    
・「聞く力」の基礎は調査活動(労働時間や有休チェック、パワハラ
     チェック、「やりたいこと」「仕事の悩み」なんでも書いてアンケート
     など。ときには直接調査も)
    
・労働条件や社会的課題に対しての「願い」。専門職集団としての
     要求も。
    
・ほんねトークを意識的につくりだす

  
◇レク活動の位置づけについて
   
*「集まる」ことの大切さ。敷居が低い。肩ひじはらない交流。
   
*ただし、レク活動に比重が傾きすぎると、逆に結集が広がらない

  
◇労働組合運動に、新しい文化を創りだす青年部に
   
*いつの時代でも、新しい文化をつくりだす中心は、若い世代
   
*労働組合運動も人間集団の集まりである以上、広い意味での
    文化が発生する。先達の歴史を受けつぎつつ、新しい活動のあ
    り方、スタイル、外見を創りだすことが、多くの青年の感性に響
    く活動となり、共感の幅が広がる。



さいごに:「納得と共感」、そして「感動」が、青年部を輝かせる力



以上。





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2008年11月25日 (火)

2度目のオペラ

土曜日(22日)は、人生2度目のオペラ鑑賞でした(1人で)。

川田さんの『名作の戦争論』に刺激を受けて、
何かみようかな、と思って調べたら、
モーツァルトの代表的なオペラ『フィガロの結婚』が
やっているではないですか。
10日前に電話して、チケットがあったので、
さっそく行ってみました。

20081125082617 
 数年前に、
 これもモーツァルトの
 オペラですが、
 『魔笛』を見ました。

 その『魔笛』と双璧を
 なす人気作品が、
 この『フィガロの結婚』です。

 話の内容は、
 たいしたことないのですけど。
 初上演は1786年。 
 フランス革命の3年前です。





20081122144851_2

 開演前。

 久しぶりの生舞台。
 わくわく。






で、観賞の感想はというと、
私はやっぱり『魔笛』のほうがいいかなー、と。
曲も話の中身も。

でも、伯爵のばかっぷりはかなり笑えます。
200年以上前に見ていた人たちも、
こうして上流階級の姿を笑ったのでしょうか。

演奏や歌の良し悪しを評価できるほど
精通していないので、オペラ自体の評価はできないのですが、
やっぱり会場がオペラ用でないので、
音響がイマイチだったように思いました。

しかし、川田さんの本にもフィガロの結婚の
ことが少し書かれていて、それを読んで行って
いたので、興味深く聞くことができた部分がありました。

とくに、最後の、伯爵夫人の「赦(ゆる)しの歌」は
本当にすばらしかった。
そしてフィナーレの歌も。

モーツァルトの旋律は、本能に響きますね。
やっぱり天才です。

20081122184612

 オペラ鑑賞で満足したあとは、
 仕事だった相方と合流して、
 近くの焼き鳥屋へ。

 鳥、おいしかったなー。
 しあわせな1日でした。

 目の前に泡盛があったけど、
 この日はビールと焼酎でした。






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2008年11月22日 (土)

複雑な気持ちの3連休

この3連休は、ほんらいならば、
全国集会の予定でした。

11月は、いろいろ活動しながらも、
どこか心に空白ができていたように思います。
目の前の目標が突然なくなると、こういう
心もちになるのだと実感した日々でした。

この3日間がすぎれば、少しそういう
気持ちも落ち着いてくるのではないかと思ってます。



さて、そんな3日間の予定ですが、
今日は午前中ちょいと仕事をして、
15時から市民会館で芸術鑑賞note

明日は小学生のめいっこと
ちょっと遠出car

あさっては1日、倉敷市議選の
選挙のお手伝いmaple、という予定です。

いろんな複雑な気持ちを抱えながらも、
前向きに楽しみたい3日間です。




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2008年11月21日 (金)

主権者は君だ!

きのう(20日)は、76期岡山労働学校の
第7講義でした。参加は17名。

テーマは、「
主権者は君だ!-憲法どおりの社会をつくろう
でした。講師は私が担当しました。


Dscn4888 今期は、毎回のように、
 通し受講をしていない人が
 ひょっこり参加することが
 あります。きのうも2人、
 飛び入り参加でした。

 通し受講は19名ですが、
 参加人数でいうと、40人
 ぐらいになるのかなぁ。

「学ぶ場」として労働学校が定着している
証しなんだと思います。


講義は、憲法どおりでない社会になっているのは
なぜかという側面から、自民党政権の最近の
改憲に動きと流れをみながら、
この国の政治に、「憲法を守る意志」がまったくない
ことが、全体の雰囲気にも大きく影響している
ということを話をしました。

また、「憲法を暮らしの中に生かそう」というスローガンを
かかげた60年~70年代の革新自治体の話もしてみました。

そして、今の日本の政治のバックにいるものとして、
財界の政治支配、その具体例として、経済財政諮問会議、
政党通信簿の話を具体的資料を示して話をしました。
そして、対米従属の異常な姿も。

次に、改憲の流れをとめたのは国民の運動であったこと、
7000をこえた「九条の会」の広がり、そのなかでも、
今年になってできた、「教育・子育て九条の会」
「子どもの本九条の会」「渓流九条の会」などを紹介して、
九条の会のもつ意味を話しました。

余談として、ジュリーこと沢田研二さんが、
「我が窮状」という歌をNHKで歌ったこと、
その歌詞の一部を紹介して、知識人・文化人・芸能人などが、
「9条を守ろう」を声をあげていることも紹介しました。

最後に、1人ひとりが主権者として成長するために、
憲法の理念をフィルターとして社会や目の前の現実をみること、
朝日茂さんの生き方から何を学ぶのかということ、
そして「ことば」への信頼を取り戻すためにも、
徹底的な学習と、言葉の力を私たちがつけていくことの
大切さを語ってみました。



【参加者の感想】

「経済財政諮問会議が、そんなにおおっぴらにやって
いるってことにびっくりしました。やっぱりお金持ちの
人に有利な社会なんだなーと思った」

「憲法どおりの社会になるため、するためには、やはり
ひとりひとりが主権者としてかしこくなることが大切だと
痛感した。でも、どういう方向や価値観で学ぶかで向く
方向も大きく変わるのだと思う。自ら学ぶことを大切に
していきたい」

「9条だけでなく、25条も素晴らしい。でもそれ以外の
条項だって、とても価値のあるもの。それらを『ことば』
としてとらえ、それが最高法規として定められている
という背景にせいいっぱい思いや考えを、また『ことば』
でめぐらすプロセスを、しっかりと大切にしていきたいと
改めて思ったし、それには独習が不可欠だとチクチク
感じました。精進精進~」

「知れば知るほど憲法は奥が深いなと思うと同時に、
自分は学習が足りないなとすごく感じました。これからは、
本を常に持ち歩こうと思いました」

「憲法は頭で理解するだけではなく、行動することが
大切。憲法を生かして、活動するいろいろな人の顔が
浮かんでくる学習会でした」

「これからの時代、“言葉”が通じるかどうか、とても
大きなことだと思っている。インプットするだけでなく、
アウトプットを試すうえでも、言葉を磨きたい」




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2008年11月20日 (木)

おいおいの発言

麻生首相がまたもや大問題発言。
過去の妄言暴言ふくめ、史上最低の総理大臣でしょう。
こんな人を総裁に選んだ自民党も同罪です。

先日のANNの世論調査では、内閣支持率29.6%と急落。
もう、自民党は麻生で選挙できる状況ではないと思う。
自民党が分裂しますよ、分裂。

そして、日本医師会は、それでも自民党を
支持するのだろうか?



◆19日の全国知事会での首相発言要旨(東京新聞から拝借)

 
(出席知事の医師不足に関する発言に対し)医者の
確保をとの話だが、自分で病院を経営しているから言
う訳じゃないけど、大変ですよ。
はっきり言って、最も社
会的常識がかなり欠落している人が多い
。ものすごく  ←おまえが言うか!
価値判断が違うから。それはそれで、そういう方をどう
するかという話を真剣にやらないと。全然違う、すごく
違う。そういうことをよく分かった上で、これは大問題だ。
 
小児科、婦人科(の医師不足)が猛烈に問題になって
いるが、これは急患が多いから。急患が多いところは皆、
人が引く。点数が入らない。点数を変えたらいいんです。
これだけ激しくなってくると、医師会もいろいろ、厚生省
も、五年前に必ずこういうことになりますよと申し上げて、
そのまま答えがこないままになっている。
 
これはちょっと正直、これだけ激しくなってくれば、責任
はおたくらの話ではないですか。おたくってお医者さんの

しかも、お医者の数を減らせ減らせと言ったのはどなた
でしたか、と申し上げて。党としても激しく申し上げた記
憶がある。臨床研修医制度の見直しについてはあらた
めて考え直さなきゃいけない。




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組織拡大なるか?

きのう(19日)の晩は、福祉保育労岡山支部
執行委員会に。参加は13名。最近は新しい人たちも
加わっているので、つねに10名をこえる参加で、
私が関わり始めた4年前とは会議の雰囲気が全然違います。

来年1月ぐらいに、保育の学習会を労組主催で行い、
民間保育の未組織の人にも幅広く声をかけていくことになった
ようであります。いよいよ組織拡大か!


20081119185921_2 きのうは、講義形式ではなく、
 いろいろ普段思っていることや
 疑問を出し合おうという
 時間になりました。
 3つほど悩みや質問が出て、
 みんなで考えていきました。
 私も少しコメントしました。

 こういうことを出し合える場が、
 もっともっと必要ですね。

 写真は会場となった倉敷のW保育園。





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2008年11月19日 (水)

はやく春がこないかなぁ

寒波がやってきた。
冬は大嫌いなのである。早く春cherryblossomがこないかなぁ。
いつもこの季節になると、
こんなに気が早いことを考えてしまう。

D1000003 きのう(19日)は早く家に帰ったので、
 珍しく晩ご飯をつくる気になる。
 ご飯を窯でたき、みそ汁をつくってみる。
 豆腐としめじのあんかけは
 2日前に相方がつくったもの。
 キムチをご飯に添えて食べる。
 うむ、うまい。


D1000004

 職場では、私の足もとを
 電気ストーブがてらしている。
 ああ、寒い、寒い。






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2008年11月18日 (火)

アイデアは浮かんでくるが

きのう(17日)の夜は、
県学習協の常任理事会があった。

もう来年春までの運動を視野に入れて、
いろいろ組み立てていかねばならない。

あれこれ企画もしている。
1月と2月の企画はほぼ決まった。

そして今年に続き、自分の勉強のために、
古典講座をしようと思う。
今度はエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』。
はっきりいって力量不足だけど、
この古典を導きとして、現代の家族や女性の課題を
考えていくものにしたい。たぶん4回ぐらいでやります。

他にも、いろいろアイデアは浮かんでくるのだけど、
どうそれを総合的な学習運動のなかで位置づけて、
組織と運動を強くする方向へ向かっていけるか。
難しいtyphoon
勤通大や『友』の課題もある。
77期の労働学校(来年5月開校)は必ず成功させなければならない。

うーむ、うむ、うむ。
とりあえず、年末は集金だ(笑)。





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2008年11月17日 (月)

携帯写真から初投稿

いままで、写真の投稿はすべて
デジカメからでしたが、はじめて
携帯の写真で撮ったものを投稿してみます。


D1000001_2 






 きのう道で
 出会った犬。











D1000002



 9月の沖縄旅行から。
 水納島で。

 向こうに見えるのは、
 伊江島。
 










そん色なく、キレイにうつるもんだなー。



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変化とつながり

金曜日(14日)は、倉敷医療生協労組の
みんなの学校(2期目)の3回目。
参加は4名と少なかったですが、中心メンバーと
いろいろ今後についての話もできて良かったかと。

テーマは「
変化とつながり-木を見て、森を見失わず」です。

つまりは弁証法の話なのですが、
いつも講義構成に悩まされます。修行不足です。
それだけ弁証法は奥が深くて、学ぶ範囲も広い。
唯物論はスパッと言えるんですけどね。


以下、講義の概要です。



一。ものごとは、どういうあり方をしているか
 
1。動いている
  
◇法則がある
  
◇物質は、運動している
   
*物質とは。私たちの意識とは独立に存在し、私たちの感覚の
    源をなし、感覚を手がかりとして、認識できるもののこと。自然、
    人間、社会も物質。
   
*物質の存在形態として、“つねに動いている”ということを確認
     しておきたい。
   
*あるものが運動しているということは、そのものがそのもので
    ありながら、同時にそのものでなくなっていくということ。自分も
    他人も、職場も社会も。
  
◇「どうせ…」という言葉に象徴される私たちの認識
   
*しかし、私たちは、ものごとを固定的にみたり、変化しないもの
    と決めつけることが多くある。「どうせ○○だから」という具合に。
  
◇そして、「今までこうだったから…、こうだろう」(経験の絶対化)と
    いう見方も。
   
*自分や他人の過去の経験を、時、所、条件からきりはなして
    固定化し、その尺度ですべてをはかろうとする(ラクだから)。
    しかし、現実は新しい要素を付け加えながら、つねに変化している。
   
*『生きるってすばらしいね』(望月春江、日本看護協会出版会)から
    
・脳死宣告を受けた女性とその家族の体験
    
・「病院の中の医師たちの機械的ともいえる言葉」
    
・「当分変化はおきません」「偶然でしょう」
  
◇運動・変化・発展と連関の法則をあきらかにした理論が、弁証法
    といわれるもの。
   
*ドイツの哲学者ヘーゲルが弁証法の哲学者としては有名

 
2。変化、発展の法則
  
◇量と質
   
【質とは何か】
   
*あるものを他のものから区別して、そのものたらしめている本
    質的な諸性質の総体のこと。つまり、「これはどんなものか?」
    と問われたときに、「これこれこんなものだ」と答える、その「こ
    れこれ」の全体がその事物の質。
   
【量とは何か】
   
*ある事物、あるいはそれを構成している諸要素のあり方を、程
    度の面からしめすもののこと。「多い・少ない」「大きい・小さい」
    「長い・短い」「重い・軽い」「広い・狭い」「遠い・近い」「早い・遅い」
    「深い・浅い」などなど。つまり、「どれだけあ
るか?」と問われて、
    「これこれだけある」と答える、その「これこれ」が、事物の量にあ
    たる。
   
【質と量のつながり】
   
*質と量はバラバラにきりはなされて存在できるものではない。つ
    ねに結びついて存在している。つまり、ある質にはかならず一定
    の範囲の量が対応している。
    
・ものづくりの量と質
    
・一流のスポーツ選手の「質」は、必ず、並外れた練習「量」と結び
     ついている。
   
*たとえ事物の量が変わっても、それが一定の範囲をこえないう
    ちは、事物の質は変わらない。しかし、量の変化が一定の限度
    をこえると、それは事物の質をも変える。
   
*たとえば、「薬」の質は、かならずその「量」と結びついている。適
    切な「量」と結びつかない「薬」は、「薬」ではなくなる。まったく効果
    のないものになってしまったり、逆に人間にとって「害毒」になる。
   
*あるいは、「いい看護」をするための「質」を問題にするときにも、
    「量」の問題と
切り離せない。たとえば、働く時間が極端に長かっ
    たりすれば、それは看護師の疲
労をもたらし、看護の質に影響す
    る。また、「何人の患者さんを、何人の体制でみ
る」という人数の
    問題も、看護の質に関わってくることは明らか。「いい看護をす
る」
    という質を問う場合には、必ず量の側面も問題にしなければならない。

  
◇量の変化が、質の変化に転化する(発展)
   
*ものごとの発展は、まずものごと内部の量の変化からはじまる。
    それはすぐにものごとの質を変えはせず、したがってなかなか表
    面には目立たない。ゆっくりと、長期間、こうした状態での変化が
    進行していく。
   
*そして、それがある段階に達したとき、飛躍的なかたちで質の変
    化がひきおこされる。これが、ものごとの発展過程の法則的すじ道。
   
*したがって、私たちは、めだたない量の変化をけっして軽視しては
    ならない。そのつみかさねが、やがて質の変化をひきおこす。


     ・自分の変化、自分がいる環境の変化
     
・みんなの学校の量と質
     
・労働組合を強くするために

 
3。肯定をふくんだ前進的な否定-「○か×か」「黒か白か」ではなく
  
◇発展の原動力としての弁証法的矛盾・・・対立物の統一と闘争
   
*資本家と労働者
   
*自分のなかの矛盾
   
*他人のなかの矛盾
   
*労働組合の発展の原動力とは?
  
◇発展とは、古い質が、新しい、よりいっそう高度な質に変化すること。
   
*そのさい、古い質は「否定」される。しかしそれは、古い質のなか
    にあった、積極的な内容、未来につながる要素を肯定し、新しい
    ものに引き継ぐという「否定」となる。ものごとを全面的に否定して
    しまうと、発展はない。
   
*ものごとを断面的にきりとって、その瞬間において黒白をつける
    ことはできるが、変化というのは、うねうねと黒も白もふくみつつ続
    くものであり、その中途半端さを洞察する力を身につけることも大事。

    
・ものごとを評価するとき、総括するとき
    
・人の成長



二。つながりのなかで見る
 
1。連関(つながり)を認識する
  
◇物質的なつながり
   
*そのものがまったく独立して存在しているということはない
  
◇働く人びととのつながり
  
◇1人ひとりは、いろんな「顔」をもつ
  
◇人間への見方
   
*医学の進歩も、個々の身体部位の研究蓄積の成果だが、トー
    タルで患者をつかむ見
方の後退。「連関と相互作用の無限にか
    らみ合った姿」が1人の人間。社会も同じ。

   *民医連医療の生命観

 
2。時間的なつながり、比較のなかでみる
  
◇たとえば、日本の医療・福祉問題で考える
   
*過去の医療・福祉政策はどうだったのか
    
・老人医療が無料だった時代、その要因は何か?
    
・社会保障の歴史を学べば、現代政治がみえる
   
*日本のような先進国の医療・福祉政策はどうか?
    
・各国の事情、その歴史的・政治的背景は

 
3。「変わらない」「孤立している」ものの見方は、誰にとって都合がいいか。

    
「形而上学の見かたは、…私たちがともすれば木を見て森を見
    失いがちになるところから生じてくるものですが、ここで注意する
    必要があるのは、それが政治や経済の上で支配的な地位につ
    いているものの利益と結びついてくるということです。つまり、木
    だけを見て森を見させないこと、現状をどこまでも安定した本質
    的に不変のものであるかのように思わせることは、かれらにとっ
    てつごうのいいことなのです」
     
(労働者教育協会編『新・働くものの学習基礎講座1哲学』
                             学習の友社、
1998年)

  
◇「無関心」「あきらめ」「バラバラ」であれば…
   
*人びとが手をつないで、行動することを恐れる支配者層
   
*自己責任論は、連帯と共同を破壊する
   
*部分をみせて、全体から遠ざける

  
◇しかし、本質的なものは、時代をこえて伝わる
   
*蟹工船ブーム(たたかい、連帯、生き方)
   
*つながれば、元気がでる



さいごに:弁証法的なものの見方をどんな場合でも貫くのは、非常に難しい。
      
だからこそ、不断の学習が必要。




以上。





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2008年11月14日 (金)

物忘れはじまる?

机の上に、
「11/25 13:30~ 支部委員会」と
書いているメモがある。

が、なんの支部委員会なのか、
はたして私に関わりがあることなのか、
またく覚えがない。平日の昼間…。うーむ。
いつ書いたメモなのかも分からない。
手帳にも書いていない。

気持ちわる~。
なんだろーこれ。




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労働学校講師デビュー

きのう(13日)は、76期岡山労働学校の
第6講義
「人間らしく働くために-27条・28条をたかくかかげて」
でした。参加は16名。

講師は、県医労連の書記次長で、
学習協の事務局次長もしている岩本陽輔さん。
30歳の若手講師として、労働学校初お目見えです。


Dscn4887
 講義全編にわたって
 パワーポイントを使っての
 お話でした。
 よくできたグラフなど、資料も
 豊富で、とてもわかりやすい。
 準備に時間かかったろうなぁ。
 感謝感激。


岩本さんは、自分も入職1年目のときに
誘われて労働学校を受講したこと、
学ぶことはほんとうに素晴らしいということを
力説されてから、講義を始めました。

講義は、27条の人間らしく働く権利、
28条の団結権の話を中心に、
「人間らしさとはどういうことだろうか?」という
疑問も投げかけながら、
現在の政治が働く貧困層を生み、
医療を壊している状況についても説明されました。

水曜日の医労連の統一ストの話、
蟹工船の話など、話題も豊富でした。

そして最後に医療生協の職員時代に
研修のときに出会った人の話、
生活保護を受けている人の家に伺ったときの衝撃の
話から、医労連、労働組合の役割を語りかけ、
最後は岩本さんの“熱”が参加者に
びんびんと伝わる内容でした。

ふだんは“おとなしめ”の岩本さんは、
講義になると“熱い男”に変身します(笑)。
そして、よく勉強しています。すばらしい。



以下、参加者の感想です。


「岩本さんには何度かお会いしたことがありま
すが、意外とというか、熱のこもった講義でした」

「人間らしく働くこと=人間らしく生きること。本当
にその通りだ!!と思いました。自分も労働組合
に属する中で何ができるのか、何をしないといけ
ないのか、しっかり考えて学ばなければいけない
と改めて感じ、反省し、はげましてもらった様に思
いました。みんなが安心して働きつづけ生活でき
る社会を目指していきたいです」

「パワーポイントを使っての講義はとてもわかり
やすかったです。岩本さんの最後の思いを聞いて、
絶対、民医連の看護師として働きたいという思い
がより強くなりました」

「『人間らしくはたらく』、この人間らしさとは、どうい
うことなのか・・・みんなで話しあってみたいですね。
好きな仕事ができている人はどのくらいいるんだ
ろーと考えてしまいます」




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2008年11月13日 (木)

『名作の戦争論』

私の「あこがれの人」の一人、
川田忠明さん(日本平和委員会常任理事)の最新刊、
『名作の戦争論』(新日本出版社)が今月出版されました。

さっそく読んで見たところ、
今年の読んだ本のなかで、『寡黙なる巨人』(多田富雄)と
同じぐらいの刺激と感化を受けました。
ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。


川田さんは、戦後60年の2005年、
69期岡山労働学校と16期倉敷労働学校で、
連続して「戦争を『想像する力』、平和を『創造する力』」
というテーマで記念講演をしていただいたときに、
初めてお会いしました(それ以来会う機会は残念ながらない)。
移動の車の中で、いろいろとお話ができたり、
特別に10人程度での交流会をもうけたときに、
川田さんご自身のお話をいろいろうかがって、
「めっちゃ賢い人」「文化性豊かな人」という強烈な印象をもち、
憧れの気持ちをもったのをよく覚えています。

さらに、サッカー観戦や、クラシック音楽を聞くことなど、
私との共通点があったことも、とても嬉しい出来事でした。

ところが、ところが、この本を読んでみると、
川田さんのアートへの造詣や洞察力は、まったく
けた外れであることを認識しました。

さらに、私が
「運動におけるサイエンスとアート」と
表現して、
問題意識をもっている課題についても、
本書は多くの示唆をあたえてくれました。

「同時に大切なことは、それらの作品によりそうだけではなく、
私たちの活動においても美を意識することである。むろん行
動や主張の中身が第一義的に吟味されなければいけないこ
とはいうまでもない。だがそれを包む外見に、私たちはもっと
鋭敏であってもようはずだと、自戒をこめて強調したい。
どこ
まで遠くの人々に、どれだけ多くの人々に、そのメッセージを
届けることができるかは、その外見の魅力に少なくない部分
が左右されるからである

 問題は、そうした戦術的な面だけにとどまらない。運動とい
うものが人間の集団的作業であり、ゆるやかではあるが一
定のコミュニティーを形成するものであるだけに、そこには、
広い意味での文化が発生する。各国の運動が、それぞれに
異なる外見をもつのは、その文化的差異にもとづくものだ。
それゆえ、
私たちは自らの運動の文化をどのように創造する
のかに、より多くの関心と労力をはらってもよいのではないだ
ろうか

 本書は、そうした議論と検討の必要性を間接的に主張して
いるのである」(「『まえがき』として」より)

「誰もが曲のメッセージ以前に、その格好よさにひきつけら
れている。しかし、ここが非常に大事な点だと私は思う。
メッ
セージは、その外形において、これを受け止める側を感性
的に引き付ける力を持たなければならない
からだ。アートと
して、それだけの水準をもっていなければならない。しかも
この曲のカッコよさは、表面を磨き上げたスマートさではなく、
この現実世界とつながったところで火花を散らしている彼ら
のメッセージが装うべき、必然的な形態なのであ
る。『この
メッセージは大事だから、みんなで歌いましょう』だけではな
く、『カッコイイと思ったけど、実は中身はこうなのか』といった
心の捕え方
が、巨大な広がりを創っていくうえでは重要だと
思う」(「対抗する叫びの魅力」より)


本書は、さまざまな芸術作品のなかに、
その作者の意識的、あるいは無意識的なメッセージ、
あるいはその時代と格闘している姿を洞察しています。

こうした中身自体が、相当面白いうえに(かなり内容レベルは高い)、
川田さんの人間性が垣間見れ、本当に興奮しながら読みました。
そして、それぞれの作品への多少の知識や見聞があれば、
より感銘をもって受けとめることができます。

欲をいえば、たくさんの若い人に読んでもらいたい
内容なので、難しい漢字にはもっとルビがあればよかったかな。
私も読めない字が結構ありました(笑)。



もっともっと芸術文化に貪欲に生きようと、
思いをあらたにしました。





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2008年11月12日 (水)

『上田対談集』メモ(下)

『上田耕一郎対談集』(大月書店)メモ、つづき。


「『では
民主連合政府はいつできますか』という質問が
くると、『あなたがたが、あなたがたの職場や学校、町
や村で多数を結集できたときです』とぼくはいうんです

自覚的民主勢力がいるところでまず多数をとるぐらい
にならないと民主連合政府などできっこないんですね。
そういう意味でもこれは共同の事業であり、国民の政
府なんだということです」(40P)

「それぞれの人が、どこで政治にぶつかるかというと、
生活がちがうようにぶつかり方もさまざまです。たとえ
ば砂川の農民が基地拡張問題にぶつかると、あれだ
けの闘争をやりました。自分の生活と社会や政治が
どんなに密接につながっているかということを知るの
は、体験と勉強なんだけれども、そこのつながり方と
いうのが、実際の生活のなかでは幕におおわれてい
てわかりにくくなっています。
その幕を自分でとったり、
人がとってくれたり、幕をとらざるをえない事件にぶつ
かったりということで青年の目ざめがすすんでゆく
。そ
の機会が今の社会は非常に多いといえます」(84P)

「まわりの人たちの多数を獲得するというけど、これは
たいへんですね。一人ひとりの人間は、それぞれの歴
史をもち、それぞれの思想をもち、それぞれの家庭を
もち、希望をもっているわけだから、
そういう個性をもっ
た、それぞれの人の思想を変えるという仕事は、それ
こそこちらも真剣にとりくまないとできないことです

 民青は勉強しないとか、民青にはいるとどうも大学も
落ちそうだとか、これではだれも民青へきませんね(笑)。
民青にはいると政治的な視野がひろくなるし、人間的に
も信頼があり、幅がひろくなる、たたかいの先頭に立っ
て立派に活動するだけでなく、勉強もできる、知識も深
いと、やっぱりああいう人間にならなきゃいかんという
ふうに、民青の活動をすすめていくことが大切だと思い
ます。(中略)労働組合運動でも、そういう政治闘争でも、 
それから生活を守る問題でも、仕事をするうえでも、み
んなに信頼される活動家にならないと、ほんとうに一人
ひとりの人を変える仕事はできません。
 ですからそういう仕事の先頭にたつわれわれは、なか
なかかたいへんなことになる。勉強もしなきゃならないし、
たたかわなければならない。しかし、同時にわれわれだ
けの仕事じゃなくて、いまの世の中が大きく変わってき
つつあるし、いろんな矛盾があわられているわけだから、
その一つひとつの問題を深くとらえて、はじめにいった
ように、それぞれの青年の生活の目標や生きがいが、
じつは日本を変える仕事とむすびついているということ
を、ことばじゃなくて、深くわからせる仕事ですね。そう
いう厚みのある闘争をぜひ組織していってほしいと思
います(117~118P)

ほんとうに言論と思想の力が必要で大事です。現在
の革新統一戦線をつくる、民主連合政府をつくる、日
本の世の中を変えるとかいうのも、けっきょくはやはり
言論と思想の力、理論の力、そういうものを主体とした
運動が媒体になるでしょう。その媒体が、やっぱり『赤
旗』というわけです」(237P)

「視聴覚の媒体機関というのは活字よりも即効性があ
る。しかし
私たちの理論を、体系的にわかっていただく
というためには、どうしても活字媒体でなければなりま
せん
。私たちは、これを基本にすえたいと思います」(239P)

マルクス、エンゲルスのいろんな文献を読んでいくと
ぼくが少なくともそれまでに読んだ、いろんな哲学書や
思想書と比べて、
人間に対する要求がいちばんきびし
いのです
。とにかく、その社会の矛盾を科学的に分析
し、見つめて、それを実際に変革するためにたたかう
ことを、人間に要請する理論、哲学であるわけです

そういうことは、いろいろといままで若い頭で読んだ本
と比べて、いちばん要求するものも高いし、いちばん
包括的な理論だと、抗しがたい力でつよく印象づけら
れました」(245P)





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2008年11月11日 (火)

秋の夕日に

今日(11日)の夕焼けはキレイだな。

Dscn4885

 事務所から
 西の空をみる。

 そして、今日は
 思い切って事務所
 大整理の1日に。

 いらないものを
 どんどん捨てる、
 捨てる、捨てる。

 捨てるというのは、
 気持ちがいいもんだ。







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『上田対談集』メモ(上)

数日前、自宅の本棚の中から、
『上田耕一郎対談集』(大月書店、1974年)をみつけたflair

まったく別の本を探していたのだけれど、
たまたま目に入り、「おっ」と手に取った。
上田さんの著書は古いものをのぞけば、
たぶんだいたい読んでいるのだけれど、
これは読んでいない本であった。

もう30年以上前の本である。
そして、私の生まれた年に出版されている(笑)。
かなり幅広い方々との対談集である。
これは読まねばなるまいと思い、さっそく読んでみる。

すると、面白い面白い。
まだ参議院議員になる前で、
赤旗編集局長と政策委員長を兼務するという
今から考えるととんでもないことだけど、
その時期のうえこーさんの元気っぷりが炸裂していた。

あと、「民主連合政府」の話題が多かった。
なるほどこういう雰囲気だったのか、と思った。


重要と思ったところに線を引きながら読んだのだけど、
そのなかから主なものをメモしておきたい。


前後の文脈も大事なのですが、
とくに解説なしでメモしていきます。



「ぼくは戦争中、カントばかり読んでいて、『純粋理性批判』を
ドイツ語で読んだり、カントの倫理学関係の本なども相当あ
さって読みました。なぜ、よくもわかりもしないのに、カント哲学
に打ち込んでいったかとうと、ひとつは、思索することの厳密さ
というものがあって、正確なものを求めていた気持に合ったの
ですね。もうひとつは、
きわめて倫理的なんですよ、彼の哲学
は。
当時、戦争の問題と自分の問題を考えると、最後は認識
の問題よりも生き方の問題であり、倫理の問題になってきた
んですね」(8P)

「『自然弁証法』では、自然は実在であるということからはじま
るでしょう。われわれ理科の学生というのは、実験するとき、
自然を実在だと思わなければ実験できないわけですよ。しか
し、哲学を考えるときは、そういうこととは別のことを考えてい
る。ところが
『自然弁証法』というのは、まことにきっぱり、自然
は実在であるという。ぼくは観念論の認識論をやっていたから、
なにが実在であるか、わからなかったけれども、とにかく、疑う
ことのできない真理に触れているのだという感じがありました
」(8P)

「そういう市民運動というのは、当時のとりくみとしては珍しい
ものだったし、成果も大きかったんだけれども、それを理論的
にまとめて、どこかに発表するとかいう仕事をしなかった。やっ
ぱり、それをしないと全体の運動にならない。
運動の経験とい
うのは、本当にそのなかから教訓を引き出して一般化する、
理論化する必要があります。それではじめて全体の教訓、財
産になるわけで、進んだ経験をどこかでやっていても、ただそ
れだけだったら、それだけのことに終わっちゃうわけですね
」(23P)

「論争というのは真剣勝負でね、書いたことにはすべて責任を
とらなければならないし、誤ったことを書けばかならずやられる
しね。
深く、多面的に考えぬくことになる。鍛えられますよ。だか
ら、いいことだと思いますね。論争というのは
」(24P)

「ぼくが感じていることの一つは、
創造的な理論活動ということ
になれば、どんな問題でも新しい問題と格闘しなければ意味
がないということ
ですね。そうしてはじめて、つぎこんだエネル
ギーが、マルクス主義の理論戦線に、小さな石であってもつけ
加えることになり、小さな前進であっても運動に貢献することに
なるわけですから」(26P)

「もう一つ理論活動の問題でいつも考えることの一つは、
問題
の系譜を自分のものにすること
です。レーニンが、理論家とい
うのはその問題の系譜をよく知っていることが非常に大事なん
だと言っているのがあるんですよ。
その系譜のなかではじめて
その問題に接近する態度と方法もわかるし、歴史的なパース
ぺクティブも出てくる、問題の重さというものもつかまえられる

だから、政策活動でも、理論問題でも、ある新しい問題があっ
たときに、それは今までのマルクス主義の理論史や運動史、
広くいえば国際的にも、それから日本の運動史、理論史のな
かで、どういう理論的、あるいは実践的系譜をもっていたかと
いうことをまず調べますね」(26P)

「ぼく個人の場合をいうと、
自分が感じるもの、考えるもの、疑
問をいだくもの、これを非常に大事にしなければならないと思う。
自分が感じたものを主観的に大事にするというのではなくて、
それが、ある客観性がある場合、それを追求する責任がある
ということです
。ただ、そういうアンテナや触覚が正しいもので
あるかどうか、運動の要請にこたえたものであるかどうかという
ことが問題ですが、そういう人間が、たとえばきみのいったよう
な、大衆の生活にも、運動の局面にもいつも敏感に理解もし、
感じもできる立場に身を置いていないと、正しいアンテナが働か
なくなる。それから、党本部のなかだけで仕事をしていると、よ
ほど自覚をしていないと一般の人たちの思想や感情と離れる
危険もある(笑)」(27P)

「教育も問題では、『科学と思想』四号の吉野源三郎さんと堀尾
輝久さんの対談の中で“なるほど”と思ったことの一つなんです
けど、国民の学習権というのは、具体的には子どもと青年の権
利のこと、おとなとはちがった子ども、古い世代をのりこえる新
しい世代の権利を保障することだというんですね。教育は次の
世代をにないうる人々をつくることでしょう。今の世代を乗りこえ
る人間にならなけりゃならん。そうだとすると、
本当の意味での
国民の教育権、学習権とは、前の世代を乗りこえうるような能
力を、新しい世代が身につける権利でもあるわけです
。もしもそ
れを古い世代が自分の枠のなかにこどもの教育を押しこめるこ
とがあれば、それはこどもの権利を侵害することであり社会の
発展そのものを押しとどめることにほかならないという問題にな
るわけで、深い問題だなと思いましたね。
 たしかにおとな、古い世代が新しい世代を教育するのだけれ
ども、
教育とは、われわれを乗りこえる力を新しい世代にもって
もらうことなんだというするどい自覚をもって
、それこそ民主主義
的ナ教育をやらないと世の中は発展しない」(35P)



明日はメモの(下)。





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2008年11月10日 (月)

いつものオルガで

土曜日(8日)は、午後、
生協労組中四国地連労働学校で講義。
会場はオルガ会館。

中四国から、単組の役員メンバーが
集まって1日みっちり学ぶ講座です。

私は、午後の3つの分科会うち、初級編で、
労働組合とはなんぞや、という話でした。


Dscn4884
 11名が参加。役員暦を聞くと、
 1年~3年目が半数でした。
 メモをとりながら聞いてくださる
 人もたくさんいて、学ぶ姿勢が
 すばらしいなと思いました。


「みなさんが職場で『語れる』ようになるのが、
今日の学習会の目的です」と切り出して、
休憩をはさんで90分間、労働組合とは、と、
働く人びとの現状、について話をしました。

いつも以上にわき道が多くなった話でしたが、
それはそれで面白く聞いていただいたみたいでした。

最後の質問で、広島からの参加者が、
友人が勤めているところの労働組合では、
政党支持(民主党)の強制がキツクて、それが嫌で
労働組合にかかわりたくない、という話を聞いたが、
どうなのか、と聞かれました。

連合加盟の製造業の大企業の労働組合の
話でしたが、大事な問題だと思いました。
「政党からの独立」が労働組合の
大原則であり、政党支持の強制は不団結を生み、
労働者の最大の力である「数」を結集できない
ということになる、てな話をしてみました。




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2008年11月 7日 (金)

24条は盛り上がる

きのう(6日)は、76期岡山労働学校の
第5講義「
24条の成り立ちと意味-男女平等の課題を考える
でした。参加は盛り返して17名。
講師は私が担当しました。


Dscn4883

 グループ討論の様子。

 24条の話は、
 自分の体験で話せるので、
 とても盛り上がります。
 話がつきないようでした。


24条をめぐっては、さまざまな角度からの
切り口が考えられますが、
主にはベアテさんの話と、
経済的な女性差別の話をメインにしたつもり
だったのですが、
みなさんの関心はジャンダー問題に集中した
ようであります。

風邪と準備不足で、言い忘れたことが
山ほどあり、「あーしまったぁ」と後悔した
夜でありました。


以下、講義の概要です。

 第24条

 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有
  することを基本として、
相互の協力により、維持されなければならない。

  ②配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び
  家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳両性
  の本質的平等
に立脚して制定されなければならない。

 第14条

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的
  身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、
  差別されない。(2項、3項は省略)



一。24条の成り立ち-ベアテ・シロタのたたかい
 
1。憲法制定までの経過
  
1945年 8月15日 終戦、日本は連合国(GHQ=実質はアメリカ)の
               占領下に。
        
9月27日 幣原首相、マッカーサー元帥と会談。「5大改革
               指令」を受ける。
       
10月27日 憲法問題調査委員会第1回総会。松本烝治国
               務大臣を中心に草案作成作業に着手
  
1946年 2月 1日 毎日新聞、日本政府案をスクープ。GHQ民生局
               毎日スクープを翻訳、到底受け入れられないと
               注釈をつけマッカーサー元帥に報告。
        
2月 2日 ホイットニー民生局長、マッカーサー元帥にGHQ
               での憲法草案作成について意見上申。
        
2月 3日 ホイットニー民生局長が、ケーディス大佐らに民
               生局による草案作成を命令。
        
2月 4日 民生局員25人を各小委員会に分け、草案執筆
               作業に着手。
        
2月12日 GHQ案最終稿完成。マッカーサー元帥に提出、
               承認を受ける。
        
2月13日 ホイットニー民生局長ら外務大臣官邸に出向き、
               吉田外務大臣、松本国務大臣らに、草案を手渡す。
        
2月22日 幣原首相、マッカーサー元帥と会談。日本政府、
               
GHQ案受け入れを閣議決定。
        
3月 4日 日本政府修正案をGHQに提出。対訳検討に入る。
        
3月 5日 修正案を否定され、GHQ原案で対訳作業を徹夜
               で完成。
        
3月 6日 日本政府の憲法改正草案発表。マッカーサー元
               帥直ちに承認表明。
        
4月10日 第22回総選挙(はじめての普通選挙)
        
6月20日 第90回帝国議会衆議院本会議に「帝国憲法改
               正案」提案。
               
この間の議会論戦でさまざまな修正。
       
10月29日 衆議院本会議で可決成立。
       
11月 3日 「日本国憲法」公布
  
1947年 5月 3日 「日本国憲法」施行



2。ベアテ・シロタ・ゴードンさんのこと
 
◇日本での10年間(5歳~15歳)の生活
  
*日本の女性の姿をよく知っていた
 
◇GHQ民生局のメンバーとして再来日(22歳)、そして・・・。

   
「私は、自分の名前が読み上げられた時、『これは凄いことになっ
   た!今、私は人生
のひとつの山場にきている』と感じた。…全力を
   尽くしてあたらねばならないという、
強い使命感が、私の沸き立つ
   ような興奮を抑え、冷静にさせていた」

   
「毎日スクープ(日本政府の考えていた案)…その中には女性、母
   親、家庭、児童と
いう言葉は全く発見できなかった。私は、女性が
   幸せにならなければ、日本は平和に
ならないと思った。男女平等
   は、その大前提だった」

   
「私は方針を立てた。まず日本の女性にとって、
どんな条項が必
   要なのか?そのためには、手本に
なる憲法を見つける必要があ
   ると思った。…外出
許可を貰って、ジープで都内の図書館や大学
   を巡
った。…アメリカ独立宣言、アメリカ憲法、マグ
ナカルタに始
   まるイギリスの一連の憲法、ワイマ
ール憲法、フランス憲法、スカ
   ンジナビア諸国の
憲法、それにソビエト憲法…」

   
「英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、スペイン語、日本語。私
   は自分が読める
六か国語を駆使し、人権に関する条文で役に立
   ちそうな箇所を、片端から抜き出しメ
モをつくった」

   
「私は、各国の憲法を読みながら、日本の女性が幸せになるには、
   何が一番大事かを
考えた。それは、昨日からずっと考えていた疑
   問だった。赤ん坊を背負った女性、男
性の後をうつむき加減に歩
   く女性、親の決めた相手と渋々お見合いをさせられる娘さ
んの姿
   が、次々と浮かんでは消えた。子供が生まれないというだけで離
   婚される日本
女性。家庭の中では夫の財布を握っているけれど、
   法律的には、財産権もない日本女
性。『女子供』(おんなこども)と
   まとめて呼ばれ、子供と成人男子との中間の存在で
しかない日本
   女性。これをなんとかしなければいけない。女性の権利をはっきり
   掲げ
なければならない…」
       
(ベアテ・シロタ・ゴードン『1945年のクリスマス』、柏書房)

  
◇彼女が考えた条項(資料⑫)

  
◇ドラマチックな憲法の制定過程


    「これらの条項が、どんな資料から引用され、ベアテさんの胸中
    でどう組み立てられていったのか、そして文案がいかに無残に
    カットされていったかのプロセスは、まさに1つのドラマである。
    それは言い換えれば、女性の権利をめぐって展開された、女
    性の執念と男性優位社会との戦いでもあった」
       
(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』、創元社)



二。24条の意味
 
1。「家」制度の否定
  
◇戸主を中心とする戦前の「家」制度の否定
   
*戸主(男)は、「家」の統率者であり、財産は戸主に継承され、
    家族構成員の家籍変動に対する同意権、居住指定権、入籍
    の拒否及び家籍からの排除権をもっていた。つまり婚姻や離
    婚、養子縁組には、戸主の同意がなければ行なうことはでき
    なかった。また、子の親権は戸主、すなわち父親にあった。

   
*現民法にも、その当時の残滓(ざんし)があり、夫婦別姓問題
    など社会的な課題となっている。

  
◇家族のなかの「個人」と「両性の平等」を何よりも尊重する

 
2。ジェンダー視点で24条の積極的価値を考える
  
◇ジェンダーとは、社会的・歴史的につくれた男女の「役割」「資質」
   
*「男らしさ」「女らしさ」・・・あなたはどう考えますか?(資料⑫)

  
◇男性支配の否定その①「家庭内暴力」
   
*現在日本には、夫などから「命の危険を感じる程度の暴力」を
    受けている女性が、
180万人いると推定されている。
   
*2001年に制定されたDV(ドメスティック・バイオレンス)防止法
    は、60年以上前から24条によって要請されていた。
   
*24条は家族という「私的」関係における暴力を否定しているが、
    そのこととの関連で考えると、9条は「公的」な暴力(軍隊や戦争)
    を禁止しているともいえる。戦争におけるジャンダー視点も必要。
    米海兵隊による女性にたいする性犯罪など。

  
◇男性支配の否定その②「経済的格差」
   
*夫婦のあいだの経済的な格差が、家族における夫の支配行為の
    現実の手段となったり、夫の支配を助長したり、可能にしたりしている。
   
*憲法14条は、「政治的、経済的、社会的関係」すなわち公的領域
    における性差別を禁止している。



三。男女平等の課題-21世紀は女性の世紀に
 
1。女性差別撤廃条約を起点とした、女性の社会進出の時代へ
  
◇女性差別撤廃条約(1979年)とは(資料⑤~⑧)

  
◇職場での平等を確立する問題
   
*同一労働同一賃金
   
*均等待遇(雇用にかかわるすべての問題での平等)
   
*「間接差別」を認めない(雇用形態の問題など)

  
◇女性の社会進出のための、社会的条件をととのえる

 
2。女性の人権の課題(資料⑨~⑪)
  
◇女性の仕事をめぐって
  
◇現代日本の経済社会のあり方が強い規定要因に
   
①女性の手から仕事(経済的自立の条件)を奪い、女性を家庭に
    追いやる力。
   
②働き続ける女性に対しては、彼女たちを低賃金に追いやる力

    
→これによって生まれる男女の経済的格差が、家庭の中に
     男性優位を生み出すひとつの土壌となっている。

  
◇主犯は大企業・財界の利益至上主義に
   
*男性を長時間労働、職場へしばりつけることと、「女は家庭」は
    結びついている



さいごに:21世紀は、女性の能力が全面的に花開く時代。
      
男は敵ではなく、「誰もが人間らしく生き、働ける社会」を
      目指してともに歩み、たたかうパートナー。



以上。


受講生の感想。

「24条の『男女』ではなく『両性』って書いてあることに

初めて気づきました。あたしは、両親に女の子らしく
しなさいと言われて育ったので、ジェンダーに興味が
ないわけではないのですが、もっと考えていかなくては
ならないんだなぁーと思いました」

「普段の何げない会話の中で『女だから…』『結婚した
から…』とか...なんかひっかかるなーと思うことが
あります。まだまだ24条の目指す社会ではないけど、
ずっとベアテさんや先輩方が闘ってきたように、これ
から自分が変えていくんだ、という志で暮らしていきた
いと思います」

「今回の講義はとても興味深く聞くことができました。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんは22歳で“両性の平等”
という偉大な憲法をつくって、すごいと思いました。
ジェンダーにとらわれない生き方をしようと思っても、
周りの目を気にしてしまう」

「男女平等とは、大切な仕事だと思っているけど、自
分の身についているかというと、意識できていない事
の方が多いように思った。『ジェンダー』という言葉は
よく聞くけど、学校現場等での方向性は疑問に思う
ことが多いナと思う。そこだけにとらわれないという
ことが大切なんだと学んだ。社会保障も不可欠!」

「24条の成り立ちの話が聞けて、大変良かった。ジェ
ンダーの視点の重要性がわかった。もっと女性が社
会進出できる世の中をつくっていきたい」






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2008年11月 6日 (木)

病気とは回復過程である

風邪はほぼ完治に近づきつつある。
あとは喉だけである。


ところで、私の病気観は、F・ナイチンゲールの
『看護覚え書』を読んでから、劇的に変わった。

ナイチンゲールは、「病気とは何か」について、
こう定義している。

「まずはじめに、病気とは何かについての見方を
はっきりさせよう。―すべての病気は、その経過
のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、
その
性質は回復過程
であって、必ずしも苦痛をともな
うものではないのである。つまり
病気とは、毒され
たり衰えたりする過程を癒そうとする自然の努力
の現われ
であり、それは何週間も何ヶ月も、とき
には何年も以前から気づかれずに始まっていて、
このように進んできた以前からの過程の、そのと
きどきの結果として現われたのが病気という現象
なのである」(『看護覚え書』)

『ナイチンゲール看護論・入門』(現代社)の著者、
金井一薫さんは、この定義を具体的に解説していて、
たとえば私がひいた風邪で言いうと、

「風邪をひくと鼻水が出ますが、この
鼻水という現象
はまさに『回復過程の現われ』
なのです。なぜなら、
鼻水は鼻粘膜についた多種の病原体や異物を洗い
流そうとする自然の働きの姿だからです。ですから、
鼻水が出るというのは決していやな汚い苦しい現象
などではなく、体内で異物を取り除こうという『治癒過
程』が順調に働いている証拠なのです。それはむしろ
<わが身体よ、おまえは偉い!>と誉めてしかるべ
き現象
だと思うのです。
 また風邪などの時の発熱も、身体内部に起こる重
要な回復過程です。それは、体内に入った病原体を
駆逐するために作られる抗体などの産生を高める
ために必要な現象だからです。要するに
<熱がある>
ということは、身体が自らの免疫力を使って病原体と
闘う体制に入ったというサイン
なのです。それは身体
全体で体内に入った病原体と闘っている姿なのです
から、逆説的ですが、熱が出るということは、体内に
<健康な力がある証拠>でもあるのです。ですから
この時も、私たちは<熱が出た>身体に感謝しなけ
ればならないはずです」

と、いうこのとなのです。

病気になるということは、自分の身体が闘っている
リアルな姿なのだ、という認識は、目からウロコの視点でした。

私たちの身体は、免疫系によって、
ふだんは外敵(病原体)をある程度スムーズに
駆逐するシステムを持っています。
しかし、過労、栄養の偏り、睡眠不足、悪習慣によって、
免疫力が低下し、病気に侵されます。

ナイチンゲールはこう言います。

病気とは、私たちが自ら招いてしまったある状態に
対する、自然の思いやりのこもった“はたらき”である

と考えられないだろうか」(『看護覚え書』)


自分の体が持っている自然治癒力に
最大限の感謝と尊敬をもつ。
そして、その自然治癒力を最大限引き出せる
環境をととのえる。
ナイチンゲールから教えられたことです。


「日々の健康上の知識や看護の知識は、つまり病気に
かからないような、あるいは病気から回復できるような
状態にからだを整えるための知識は、もっと重視されて
よい。こうした知識は誰もが身につけておくべきもので
あって、それは専門家のみが身につけうる医学知識とは
はっきり区別されるものである」(『看護覚え書』)





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2008年11月 5日 (水)

不勉強だから…か。

最近読み終えた本。

『社会進歩と女性』(不破哲三、新婦人内日本共産党後援会、2008年)

とっても勉強になったのですが、
一番印象に残ったのは、冒頭で不破さんが、
新婦人の方々から何べんも講師依頼があったが、
「不勉強の分野なので」と断わり続けていた、ということ。

お、お、お、お・・・。
そういう理由で講演を断わっていたら、
私なんてどこでもしゃべれませんよ(笑)。
不勉強だらけですよ。
不破さんの「不勉強だから」というレベルって・・・。

(しゃべったことが活字になる人の言葉の重みですけど)

おまけに、集中的に勉強した、とあるけど、
それがどのような量と質の勉強だったのか…。
私の常識をはるかに越える気がしています。

どんな問題、分野についても、
「根本的に事につうじる努力」という姿勢を、
あらためて学ばせていただいたように思います。



『学びあう 女と男の日本史』(歴史教育者協議会編、大月書店、2001年)

歴史を学ぶというのは、非常にリアルで
面白いなと、あらためて。

固定観念として持っていたものが
いろいろと崩されました。
中世では夫婦別姓も一般的だったとか、
すし職人はもともと女性の職業だったとか。

「性別による労働編成は、時代によって変わるし、
その意味づけも変化する。性別分業は、あくまでも
社会的に決められることであって、『女のほうがも
ともと~だから』とか、『男のほうがもともと体力が
あるから』といった要因で決まるものではない」(73P)
ということが、リアルな歴史研究から実感できます。

時代によって、おかれている立場によって、
家族のあり方、男女の役割、恋愛の姿、
いろいろ違うという点が、ほんとうに興味深いです。

近代、現代の女性たちのたたかいの姿も、
ぜひ知ってもらいたい事実です。



『女性白書2008』(日本婦人団体連合会編、ほるぷ出版、2008年)

これまた、たいへん勉強になりました。
資料もめちゃめちゃ豊富で使える!

「働く貧困層」といった場合、その多くは女性なんですよね。
その点をもっと強調しなければと改めて再確認。

不破さんの本を読んで、この問題での視点が
しっかりしていたので、相乗効果で理解が深まりました。

あらためて驚いたのは、出産前に働いていた女性の
なんと7割が出産を機に退職しているという事実。
先進国で飛びぬけたM字型雇用。
ルールなき資本主義をあらためて、女性も男性も
働きやすい職場環境にすることが、この問題の解決への道です。

私もよく知っている三宅良子さん(DCI日本支部副代表)も、
執筆者の1人として参加されています。

子どもの権利条約にかかわる内容ですが、日本政府の対応にアゼン。
この問題にかぎらず、国連の勧告を無視する、適当に対応する
日本政府の態度には、心底頭にきます。大人でないですよ。


余談。最後の「2007年の年表」を読んでいたら、
こんな面白い記事が。

7月6日
「米アリゾナ大学などの研究チームが行った、アメリカと
メキシコの大学生計400人を対象にした調査(1998年~
2004年、17歳~29歳の大学生の女性210人、男性186人
の日常会話を、2~10日間録音)
で、『女性は男性より
おしゃべりだ』という俗説に反し、日常会話で発する言葉
の数ではほとんど差がないことが分かる
。同日付の米科
学誌サイエンスに発表」

「俗説」におかされている私には、にわかにこれは信じがたい!(笑)
私の経験にもとづくと、女性のほうがおしゃべりです(一般的には)。
日本でも同じ調査を誰かにしてもらいたい(笑)。




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早く完治しないかなー

きのうは東京日帰りで会議。
なんかビミョーな会議でしたけど。

風邪は回復過程にありますが、
完治はしておらず、ごほごほと
菌を体内から一生懸命吐き出しております。
体はすごいなー。

って、そんなのん気なことを言ってられないのです。
明日、しゃべらないといけないので。

早く治りますよーに…。


そういえば小室哲哉逮捕されたなー。
それは別に驚きではないのですが、
12月15日の毎年恒例のシンフォニーホールでの
cobaのクリスマスコンサートの
ゲストが渡辺美里さんなんですよねー。
そして、代表曲はもちろんマイレボリューション。
小室哲哉の作曲ですよ、これが。
歌ってくれるかしら。歌ってほしい。
聞きたい。




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2008年11月 3日 (月)

風邪をひきそうだけど

1日は、午前中、生協労組おかやまのパート部会
新入組合員研修。オルガホールで。参加者は6名。
いつもの「労働組合とは」というお話。

午後は、めいっこ、おいっこのところへ。
おいっこ(3歳)は、最近、「ずっと啓太くんに会ってないから、
会いたいんじゃ!」と言ったとか。なんと嬉しいことを。
というわけで、約1か月ぶりに子どもらと遊ぶ。
帰り際はやはり「帰ったらいけん!」と引きとめが。
うれしいね~。かわいいね~。

2日は、午前中、
Dscn4877
 
 こんな車にのって、
 キャラバン宣伝。
 政治を変えなきゃね。



午後は、労働学校で出会ったカップル(両方とも運営委員も経験)の
「結婚おめでとうの会」に参加する。
手づくりの心あたたまる会でした。
そこでしこたまビールを飲み、調子を崩す。

夜はすでに頭痛が出てきて、
22時、早々に寝る。

3日(今日)は、朝起きると、扁桃腺がはれていた。
「やばいな~」と思いつつ、
朝9時には某地区委員会へ。

きのうと同じキャラバンカーに乗って、
岡山駅前へ。
10時半から、共産党の志位委員長の街頭演説会。
2千人の参加でした。
私は志位さんの後方面から演説を聞いていました。
党首ということもあって、物々しい警備でした。

午後は、家で寝ます、はい。
なんとか風邪を押さえ込んで、
明日の東京出張にそなえます。



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2008年11月 1日 (土)

哲学はおもしろい

きのう(31日)の晩は、倉敷医療生協労組の
みんなの学校の第2回目。
参加は5名と浮上しませんでしたが、
なかなか濃厚な学習会となりました。

きのうのテーマは、
「サラバ、決めつけ・先入観-ものの見方の出発点」。


Dscn4875

 私のお気に入りの絵本、
 「わたし」も使ってみました。




話のあとの討論では、いろいろと
面白い論議ができたと思います。
「事実をどうみるか」「情報のとりかた」
「変化に気づく感性」「人の見方」などなど。

『慰安婦』本も2冊売れました。



以下、講義の概要です。



一。最近読んだものから
 
1。週刊東洋経済『医療破壊』特集(11月1日付)
  
◇特集内容もすごいが、「編集部から」のひと言に注目したい
   
*「物事を直視することからしか解決方法を探れません」
    「あくまで現実にこだわり続けます」(風間さん)

 
2。日本軍「慰安婦」問題をめぐって
  
◇「事実を知る機会を失ってしまうと、考えることすらできなくなって
   しまいます」
(『女子大生と学ぼう 「慰安婦問題」』あとがき)

 
3。私(私たち)の認識は、ほんとうに対象の真の姿をとらえているのか?
  
◇つねに自分の五感で生の現実をつかみ、考え続ける
  
◇他人のつかんだ事実や考えた理論を貪欲に吸収する
   
*ただし、すべてを鵜呑みにするのでなく



二。なぜ、決めつけや先入観が入り込むのか
 
1。「先入観という便利なメガネ」(臨床心理士・土屋由美さん-資料参照)
  
◇人間の認識過程で「こうじゃないかなぁ」と“あたり”をつける
  
◇「どうせ変わらない」と考えれば、何も努力を必要としない

 
2。たとえば、まわりの「人」をどう見るのか
  
◇血液型性格判断の話-ソワニエ看護学校での、ある学生さんの経験
  
◇ウワサ話-「判断材料のひとつ」程度に
  
◇その人の24時間を知っているわけではない。「いろいろな顔」は知らない。
   
*絵本『わたし』
  
◇相手を「変化する」対象としてとらえる感性

 
3。労働組合や医療生協(職場)にたいして、決めつけや先入観は
  ありませんか?



三。ものの見方をミガクために
 
1。哲学の基本概念をごく簡単につかむ-ものの見方の出発点
  
◇2つの世界観の対立
   
*物資を根源的なものとする立場=唯物論
   
*意識(精神)を根源的なものとする立場=観念論

   
*どちらが大切かということではない

    
物質とは:私たちの意識とは独立に存在し、私たちの感覚の源を
          なし、感覚を手がかりとして、認識できるもののこと
    
意識とは:物質である脳の働き。意識の内容は、外の世界の反映。

  
◇唯物論とは、ものごとの「事実」から出発するものの見方のこと
  
◇ものごとの原因をきちんとつかむ

 
2。関心のウイングをひろげる
  
◇人間、好きな人や対象に対しては関心をもつもの
   
*自分の子ども、好きな人、好きな芸能人
   
*好きな街、自然、風景

  
◇ふだん関心がむかないような人や対象を「観察」してみるトレーニング
   が必要!
   *その際にも、「偏見や決めつけ」に注意を!

  
◇こうした学習会は、関心を広げる最良の場


さいごに:事実をつかむためには努力(時間や労力)が必要
      
そして、事実から遠ざけようとする人たちによって、
      私たちの無知は利用される





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そういえば、航空自衛隊のトップが
とんでもない論文を書いていたことが判明しました。

「歴史の事実」や「真実」と向き合わない人びとが、
この国のそういう立場にいる。恐ろしいことです。

真実を広げるために、学習運動もがんばります。



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