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2008年10月15日 (水)

みんなの学校 2期スタート

きのう(14日)の晩、倉敷医療生協労組の
青年部が中心となっている「みんなの学校」の
2期目がスタートしました。

今期のテーマは「ものの見方と人間らしさ」です。

きのうの第1回の参加者は残念ながら4名と
少なかったのですが、
それはそれで中身の濃い話になり、
とても面白かったです。


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 横断幕を
 とってみた。




きのうの講義は、「働くことを哲学する-人間らしさとは」
という内容でした。

まあ、そういう人数でしたので、
1時間半のうち、1時間は「働くこと」を
めぐっての交流・雑談になりました。

それぞれなぜその仕事を選んだのか?
働くなかでの模索や悩みなども出され、
かなり良い交流になったのではないかと思います。

で、残り30分で、
社会的な視野からの「働くこと」について
話をしてみました。

「いままで考えもしなかったことだった」
「視野が広くなった」という感想でした。



以下、講義の概要です。




一。あなたにとって、「働くこと」とは?
 
◇職業選択の自由(憲法22条)がもたらした「新たな問い」




二。その商品(サービス)の向こうに-社会を支える無数の人びと
 
1。私たちの生活は、無数の人びとの労働によって支えられている
  
◇『いっぽんの鉛筆のむこうに』(谷川俊太郎文ほか、福音館書店)
  
◇しかし、それはなかなか目に見えない
                    (「食」などは目に見えたほうが良い)
  
◇たとえば、今日1日の生活を想像してみよう
   
*朝、顔を洗うために「水」を使う。その水はどうして自宅までやってきた?
   
*朝ごはんやお昼ご飯、その食材はいったいどんな人がつくったのか?
   
*電気は誰が? ガスは誰が? 着てる服は? 靴は?
   
*自転車は、バスは、バイクは、車は? 信号機は? 看板は?
   
*机は、イスは、紙は、パソコンは?
   
*病院の建物は? 医療器械・器具は?


     「君が生きてゆく上に必要な、いろいろな物をさぐって見ると、みん
     な、そのために数えきれないほどたくさんの人が働いていたことが
     わかる。それでいながら、その人たちは、君から見ると、全く見ず
     知らずの人ばかりだ。この事を、君は、へんだなあと感じたね。
      
広い世間のことだから、誰も彼も知り合いになるなどということは、
     もちろん、出来ることじゃあない。しかし、君の食べるもの、君の着
     るもの、君の住む家、・・・すべて君にとってなくてはならないものを
     作り出すために、実際に骨を折ってくれた人々と、そのおかげで生
     きている君とが、どこまでも赤の他人だとしたら、たしかに君の感じ
     たとおり、へんなことにちがいない」
               
(吉野源三郎『君たちはどう生きるか』、岩波文庫)

  
◇「私」の生活を支えている人びと(つまりお世話になっている人)の
   生活を想像する
   
*たとえば、お米。たとえば、携帯電話。たとえばコーヒー。
   
*生活はどうか? 病気にかかりやすい環境か? 働き方はどうか?

 
2。働くことの喜びを奪うもの
  
◇働くことは、もっとも人間らしい営みであるはず・・・
   
*働くことは、①自分や家族の生活を支える、②他人(社会)の生活や
    仕事を支える、喜びを増やす、③自分の能力が高まる、④働くことを
    通じて結ばれる豊かな出会い・人間関係、⑤自分や社会の未来を創
    造していくこと…など、多面的な「喜び」がある。

   
*しかし、働き方は、社会のありようによって規定される

  
◇いまは資本主義社会
   
*その大きな特徴は、ほとんどの労働生産物が『商品』として生産され
    るということにある。
   
*商品とは、簡単に言えば、他人に売るためにつくるもの
   
*昔は商品経済は部分的だった(つまり大方のものは自給自足していた)
   
*分業の発達→専門性の高まり→さまざまな自由の拡大

  
◇資本主義社会の宿命
   
*人びとの無数のつながりは、商品やサービスの「売買」という形で
    つながれ、つくられている。
   
*「売る」「買う」ことが、第1の目的になりやすい生産関係ということ。
   
*会社の利益が最優先され、働く人の命や健康は後回しになりやすい。

   
*しかし、実際に社会を動かしているのは、働く人びと
    
・「社会の主役は誰か」をイタリアのゼネラルストライキにみる


さいごに-「寿命」とは何かについての、日野原重明さんの言葉から


     「わたしがイメージする寿命とは、手持ち時間をけずっていくという
    のとはまるで
反対に、寿命という大きなからっぽのうつわのなかに、
    せいいっぱい生きた一瞬一瞬をつめこんでいく
イメージです。・・・時
    間というには、ただのいれものにすぎませ
ん。そこにきみがなにをつ
    めこむかで、時間の中身、つまり時間の質がきまります


     
「寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけにつか
    うのではなく、す
こしでもほかの人のためにつかう人間になれるよう
    にと、私は努力しています。なぜ
なら、ほかの人のために時間をつ
    かえたとき、時間はいちばん生きてくるからです。
時間のつかいばえ
    があったといえるからです」

            『十歳のきみへ-九十五歳のわたしから』より
              
(日野原重明、冨山房インターナショナル、2006年)




以上。



「みんなの学校」今後の予定は、

第2回 10月31日(金)「サラバ、決めつけ・先入観-ものの見方の出発点」
第3回 11月14日(金)「変化とつながり-木を見て、森を見失わず」
第4回 11月25日(火)「労働者と労働組合の視点-要求?団結?青年部?」

となっています。





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コメント

「みんなの学校」っていいひびきですね。
受けてみたいですね。
鹿児島では、なかなかまとまった学習会が開けてないので、なやましいところです。

投稿: 鹿児島K | 2008年10月16日 (木) 23時25分

Kさんありがとうございます。

なかなか人集めに苦労していますが、
楽しい雰囲気で学べています。
こんな学校があちこちで開かれれば、
けっこう大きな力になるのですが。

投稿: 長久 | 2008年10月17日 (金) 07時54分

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