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2008年8月 5日 (火)

夜明けがくる

『夜明けがくる-立ち上がる看護婦たち』
   (新潟県職員労働組合編、労働旬報社、1968年)
を読み終える。

一気に読んだ。
涙、涙、である。

看護婦の「2人夜勤」体制、「月8日以内」の夜勤制限を求めた、
歴史的たたかいの生々しいドキュメント記録である。

(勝利のわずか3か月後に出版されている)

冒頭の木村栄子さんの死は、読むのが苦しい。
2人目の子どもの出産時の死。
無制限の夜勤は、「異常分娩」をもたらし、
看護師の命をも、奪うものであった。

「木村さん、あなたがいまそこに眠っていることを、
私たちはどうしても信ずることができません。
 ・・・看護婦が仕事をしながら2人目を生むという
ことが、どんなに大変なことか。そのことをいま、
あなたが語りかけているようでなりません。あなた
が看護婦になられて15年、人の寝るときにおきて
働く生活が、どれだけあなたの身体をむしばんで
いたことか。
 
私たちはあなたに誓います。必ず夜勤を制限させ、
看護婦の職業を、何人子供を生んでも勤められる
職業として確立することを。
 私たちはあなたの死を無駄にしません。
安らかに
眠ってください」  (労組分会長の弔辞)

新潟県立病院(17の病院)における看護婦夜勤制限の
たたかいは、こうした現実を土台にして、はじまった。


この新潟発の「ニッパチ」獲得実力闘争は、
豊かな教訓を残してくれているように思う。

指導部と組合員の関係性。
団体交渉のあり方。
仲間を信頼することの尊さ。
たたかいの主人公は誰なのか…。

労働組合が独自に「2人夜勤、月8日以内」という
「勤務表」をつくり、実力行使で夜勤制限を勝ちとるという
独創的なたたかいもすごい。
そして、「空白」穴埋めの支援も感動的だ。
県内の他の病院、県外からも支援の手があがり、
「組合ダイヤ」は見事完成。
ストライキは患者さんに迷惑がかかるが、この実力行使は、
逆に患者さんに喜ばれるものであった。
歴史的な「組合勤務表」に入る日、看護婦たちは、
2人になったら、患者さんに「どんな看護」をするか
(1人夜勤ではできなかったこと)を、びっしりとメモ書きし、
夜勤に入ったという(涙)。

また、1968年2月10~11日の看護婦大集会、
21日の7時間におよぶ歴史的な団体交渉は
圧巻である。ふるえるほど胸をうつ。
現場の「真実の声」をつきつけることの力。
団結とは、こういうものなんだと教えてくれる。

その団体交渉を、誌にして掲載した
横山さんの文章を紹介。

≪私たちこそ医療の守り手≫

1968年2月21日
新潟県病院事業管理者、病院局長室
すすり泣きの声がもれ
沈黙がつづいた
ある看護婦は訴えた
1000たらずの未熟児を
苦労して2500にまでしたが
人不足のもたらすラッパのみで
死なせてしまったと
屈強な男達まで
目がしらをおさえてはなさない
ただひとり
表情をかえない男がいた
その名は井村繁樹
新潟県が福祉県なら
誰より、涙を流してよいはずの
その男の肩書は
新潟県病院管理者、病院局長
そして「制度が」「基準では」と
くりかえす
日本の医療を
写真にとれば
この光景が写るだろう
日本の政治が
そこにくっきり写っている
次々と訴える医療事故
これに答える「制度」と「基準」

いつしか夜勤のつらさ忘れ
患者のことだけを訴える
白衣の勇者がそこにいた
われらは必ず勝利して
必ず患者を守るのだ…




そして、実力ダイヤの行使から3日目、
世論の圧倒的支持を背景に、知事の判断もあり、
「2人夜勤、月8日以内」の措置をとらせる全面勝利を
勝ちとったのです。

新しいたたかいは、新しい言葉を生む」という
フレーズも、とても共感します。
「ニッパチ」も、まさにこのたたかいから
生まれた言葉です。

勝利から2か月後、新潟の勝利を報告し、
全国に広げるための活動者会議の席で、
新潟の代表はこう報告したそうです(一部)。

「どうして豆腐が石に勝ったのか、そのわけを、私たちは
こう考えています。
 
だれもが否定できない医療破壊の事実の前に立って、
人間的な怒りをかきたてたこと、病院の看護婦でなく、患
者の看護婦としてそれを告発してたたかったこと。仲間を
信頼し、組合を信頼し、患者を信頼してたたかえば、豆腐
が石に勝つことが出来るんだと確信しました

 また吉田病院のある患者は、次のような手紙をよせて
います。
 ・・・それまで、リンゲルなど点滴や検査のため、朝4時
ころから起こされていましたが、2人夜勤に入ったとき(闘
争)、それが6時ころになり、気も休まり眠れました。何と
いっても2人の看護婦さんがいて夜でも安心していられま
した。看護婦さんが私たちを守ってくれる。看護婦さんの
力づよさを感じました・・・。
 
だれが医療の破壊者であり、だれが医療の守り手であ
るか、それが県民と患者に示されたとき、私たちは勝利
したのです




私は長らく、この新潟の「ニッパチ」闘争をもっと詳しく
知りたいと思っていたので、読んでとてもすっきりました。
そして、その後、新潟のたたかいが、どのようにして
全国に広がっていったのかを今度は知りたいと、
新たな問題意識がめばえました。

現代に通じる教訓が満載。
紹介しきれません。
あらゆる労働運動に生かせるものです。
そして、看護師さんにこそ、ぜひ読んでほしい。

ただ、40年前の本なので、
古本(ネットでどうぞ)でしか手に入りません!
でも、ぜひ一読を!



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