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2008年8月 1日 (金)

九州要請第2弾~旅気分編

7月20日~24日までの、
九州要請行動第2弾の旅気分編です。

21日、鹿児島での青年合宿が正午過ぎに
終わり、その日の残りは自由。
地元の人しかいかにような温泉に入り、
さっぱりしたあと、
南へ向かって車を走らせました。


Img_2021 
 桜島。

 この日は
 もやっと
 してました。

 鹿児島市の
 中心市街から
 みると、
 その迫力は
 すごいです。


さらに車を走らせ、
着いたところは、
知覧の平和公園。

有名な特攻隊の資料館があるところです。
もちろん初めてでしたが、
「美化されている」と聞いていたので、
実際はどんな感じなのか、この目で確かめようと
思ったのであります。


Img_2025


 ここが資料館。
 平和会館というらしい。



もう、駐車場に着いた時点で、
特攻機の実物大模型とかが見えて、
雰囲気が「むむっ」て感じでした。
靖国神社と共通する雰囲気です。

入ってみて、いろいろと展示物などを
眺めていると、明らかに靖国の論理が
いたるところに入り込んでいることを
確認することができました。
(ちなみに館内は撮影禁止だった)

まず、特攻作戦で亡くなった人のことを、
「英霊」と呼んでいます。

また、資料館入口の説明版には、

私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって
生かされ、国は繁栄の道を進み、今日の平和日本が
あることを感謝し
、特攻隊員のご遺徳を静かに回顧
しながら、再び日本に特攻隊をつくってはならないと
いう情念で、貴重な遺品や資料を、ご遺族の方々の
ご理解、ご協力と、関係者の方々のご協力、ご支援で
展示しています。
 特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは、
再びこの国に平和と繁栄が甦ることであっただろうと
思います。
 この地が特攻隊の出撃基地であったことにかんがみ、
雄々しく大空に散華された隊員をとこしえに顕彰し…」

とありました。

まず、最後の部分、特攻隊員の死は、
「雄々しく大空に散華された」ような最後だったのでしょうか?
肉弾作戦ですよ。死の現場を美化しすぎです。

また、死者にたいして、「追悼」ではなく、「顕彰」という
言葉を使っていることも、靖国の論理と重なります。
「顕彰(けんしょう)」とは、つまり「ほめたたえる」ことですから。
特攻隊員の死を「ほめたたえる」ことが、平和を祈念する
ことにつながるのでしょうか?

その論理が、冒頭の、
「私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって
生かされ、国は繁栄の道を進み、今日の・・・」という
部分にもつながってきています。

特攻作戦が始まったとき、すでに日本の敗戦は
確定的だったのであり、降伏の決断が早ければ、
こんな無謀な作戦で若い命を奪い去ることもなかったのです。
「尊い犠牲があり、今日の日本がある」はよく使われる
論理ですが、はっきりって、つながりません。

また、館内の説明では、
この戦争(日本の侵略戦争)の全体像はまるで見えず、
いきなり「沖縄決戦」の説明ではじまるのです。
もちろんアジアの視点などどこにもありません。

また、この特攻作戦は米軍にしっかり探知されており、
米軍艦船に突入する以前にほとんどが打ち落とされたり、
故障で目標に到達しなかったなど、
つまりほとんど「あたらなかった」という事実があるのに、
それも、どこにも説明がありません。

知られたくない事実を隠し、
特攻隊員たちの死を美化する展示は、
いったいどうなのでしょうか。

一番驚いた、館内での説明をご紹介しておきます。

「特攻作戦の特性」を説明した文章です。

「特攻機の特性を端的に言うならば、有人ミサイルである。
無人ミサイルに対し、有人であることの利点は、故障その
他で突入の見込みがない時は、帰還回収が可能であること、
目標の選択が可能であること、敵の妨害をある程度回避
できること、敵の存在が確実であれば、ある程度の索敵
攻撃が可能であること等である。一方
致命的な欠陥は、
搭乗者が確実に戦死すること
である。そして搭乗者の意志力、
技量が目標命中に重大な影響を及ぼす。
 
一機一艦の志を遂げさせるには、前途の利点を発揮し、
欠陥を補う訓練が必要であった
。特攻機を駆使し、体当たり
戦法を成功させるには、かなり高い戦技力が必要であった」

全体的にムチャクチャな内容だけれど、とくに、
「致命的な欠陥」が、「搭乗者の確実な戦死」であるのに、
どうやって、「欠陥を補う訓練」をするっていうんですか!
人命軽視の極みが、この文章にも表れています。

もちろん、特攻隊員の写真や遺書、遺品などを
見ていると、胸にくるものがありました。
ほとんどが、10代や、20代前半までの若い青年たちです。
写真にうつる1人ひとりの顔を見ていると、
「胸中はどんなに苦しかっただろう…」と考えてしまいます。
泣きながら展示を見たり読んだりする人もいました。

しかし、その若い命を奪ったのは、
日本の侵略戦争であり、軍部の人命軽視の
ムチャな作戦だったのです。
そのことの直視しないで、特攻隊員の死を美化する
この平和会館の展示に、私は激しい違和感を
感じずにはいられませんでした。

しかし、人聞きではなく、
それを自分の目で確かめられたことは、
とてもよかったと思います。


さて、知覧をあとにし、さらに南へ。
枕崎まで足を伸ばしてみました。


Img_2028




 ゆく途中で。


 夏らしい。








Img_2032



 岬のような
 ところで。

 立神岩という
 枕崎の
 有名な風景。







Img_2033

 東シナ海
 だと思います。

 澄んだ日は、
 屋久島や
 種子島も
 見えるらしい。

 この日は
 見えなかった。


枕崎からさらに西へ行こうかと思ったけれど、
時間がなさそうだったので、
鹿児島市内に戻りました。


22日は、ほぼ仕事で観光気分はなし。
でも、九州は空と雲がとってもキレイで、
車の運転は気持ちよかったです。

23日、宮崎オルグを終えて、
大分に向かう途中、
ちょっと寄り道して大分県の
佐伯市のとある浜辺に寄りました。


Img_2053

 もう時刻は
 18時頃。

 海で泳げる
 かなーっと
 思ったけど、
 そういう感じ
 のところでは
 ありません
 でした。残念。





Img_2054








 おお、
 なんか
 青がすごい。














Img_2057






 海岸べりを
 歩く。

 もう日暮れである。















Img_2060

 浜辺で、
 足をつけてみる。

 気持ちいい!
 やっぱり海だわ。



しばし、浜辺でぼーっと海を眺め、
波の音を聞く。
ひとときの静寂な時間でした。

その後、別府市内のビジネスホテルへ。
泊まったのは3900円の超お得なお値段の
ホテルだったのだけれど、
なんと温泉の大浴場があり、部屋のバスの
お湯も温泉でした!さすが別府!!

夜は別府の居酒屋でちびりちびりと
ビールを飲みました。
別府は夜もすごく賑やか。
さすが全国的な観光地ですね。


24日の大分オルグを終えて、
帰り道は、
大分の佐賀関というところから、
フェリーで愛媛の三崎というところまで。


Img_2066



 このフェリーで
 約1時間の
 船旅でした。








Img_2068




 さようなら~
 九州~








Img_2072
 やっぱり船旅は
 いいね~。
 いつか沖縄にも
 船で行ってみたい。

 落ちつくんですよね、
 海を見ていると。
 生命のふるさとだから、
 ですかね。




以上、旅気分編とはいえ、
ほとんど風景写真で終わりました…。

あまり地の食べ物とか
食べなかったしなぁ(そういう時間的余裕があまりなかった)。

でも、海をたっぷり眺められたのは、
この九州オルグのお得なところでした。


おわり。





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コメント

知覧に行かれたんですね。「特攻作戦の特性」は本当に馬鹿げていますね。片道分の燃料しか積まれていないのに、「帰還回収」だなんて・・・!
出撃して万一帰還しても、秘密裏に特別施設に監禁されていたことも、勿論明記されていなかったのでしょうね。「往くも地獄、還るも地獄」だったのに・・・(憤りを感じます!)

投稿: S本Y郎 | 2008年8月 1日 (金) 17時07分

S本さん、ありがとうございます。

そうですね、生還者は秘密裏に隔離されていたという
事実も、まったく展示の中には見あたりませんでした。
とにかく歴史の事実を隠しすぎです。

想像以上にひどかったです。
でも、1人ひとりの写真は、
やっぱり見てよかったと思いました。
みんな、ほんとうに若いんですよね。

投稿: 長久 | 2008年8月 1日 (金) 17時37分

 ご苦労様でした。私の本家の当主に、知覧の通信隊で終戦を迎えた人がいます。さよなら~という通信を受け続けたそうです。当時はちょっとした出来事がその人の運命を左右していますね。飛行機の故障で助かったとか?今でもちょっとした出来事で偶然に運動に参加したとか?でも、社会変革の運動に偶然に参加できた我です。もうちょっとがんばってみようかと??
 お疲れ様でした。私も一度は知覧に行きたいと、本家のご当主に言ってあります。そのうち行きます。

投稿: hanaara | 2008年8月 2日 (土) 20時47分

hanaaraさん、ありがとうございます。

そうですか、そんな繋がりがあるんですね。
ぜひ、一度行かれてみてください。

投稿: 長久 | 2008年8月 3日 (日) 17時15分

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