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2008年8月28日 (木)

社会保障のあゆみ

きのう(27日)の午後、
ひだまりの里病院(民医連加盟)の
職員学習会に行ってきました。


Img_2356

 はじまる前の風景。

 最終的には
 60名近くの参加
 だったそうです。



14時半から1時間、
社会保障の歴史が主題でした。

民医連がつくった『明日をひらく社会保障』という
テキストの全体連続学習会の2回目ということです。
テキストのⅢ章~Ⅵ章をもとに、私なりの
話をつけくわえて、話をしてみました。

が、もともと専門外なので、
にわか勉強でした、はい。
でも、自分自身のレベルアップには
確実になったと思います。
25条の歴史的背景についての
認識が明確になりました。

範囲自体がなかなか膨大だったので、
内容もかなり大胆に省略しながら、
そして早口にもなったと思います。

日本の社会保障のあゆみの部分は、
地元岡山のたたかい、朝日訴訟に
力を入れて話をしました。



以下、講義の概要です。




一。世界における社会保障の歩み(Ⅳ章)
 
1。社会保障の出発点-最初の生活保障の形態「救貧法」
  
◇1601年の「エリザベス救貧法」(テキスト91P「注」参照)など
   
*きわめて不十分な内容ながら、働けない労働者への救済
    (まだ「人権」という観点ではなく、支配階級からの「おめぐ
    み」という特徴)。

 
2。労働者の増大・資本主義の発展とともに
  
◇生産手段から切り離された「労働者」とは?
   
*「労働力」を資本家に売る以外に生活の手段がない人びとの増大

     
「資本主義が発展してくると、失業と貧困、病気やケガの
     多発、労働災害の発生なども広がってきました。賃金労
     働者は、自分自身の労働力を雇用主に売り、賃金を得て、
     それで生活しなければなりません。しかし、傷病、障害、
     高齢、失業などによって、自分の労働力を売る可能性を
     失った労働者は、生きていくことができません」(テキスト92P)

   
*19世紀当時(イギリス)、雇用主(資本家)は、労働者の生活
    や健康などには無関心だった

     
「住民の健康は国民的資本のきわめて重要な要素である
     にもかかわらず、遺憾ながらわれわれは、資本家たちが
     この宝を保存し大切にする用意がまったくないことを認め
     ざるをえない」(『タイムズ』
1861年11月5日)

     
「多くの工場、倉庫、授産所、作業所などの現状から、なん
     と数知れぬほどの病気や死や悲惨が生み出されているこ
     とであろう。・・・人びとは酒の力を借りなければ仕事をやり
     おおせず、それが彼らの健康のレベルを下げ、身持ちを崩
     させ、刻々と、早過ぎる墓場行きへと駆り立てる。
雇用者が
     これらを配慮することは稀である
。労働者たちととり交わし
     た雇用契約書には、健康的な作業室などという条項はどこ
     にもない。雇用者は賃金を支払うことが雇用契約上の自分
     たち側の責務のすべてであると考えている。そしてこの
賃金
     と引き換えに、男女の労働者たちは労働と健康と、そして生
     命を提供しなければならないのである

      
(F・ナイチンゲール『看護覚え書』「換気と保温」より、
                               
1860年、現代社)

  
◇病気、ケガ、そして失業。「労働力」を失った労働者は、生きる
   すべをなくした。
   
*自己責任主義。「すべり台社会」(「もやい」の湯浅誠さん)その
    ものだった。
   
*労働者たちは、自己防衛策として「共済組織」を自主的につく
    りだしていった(自分たちの賃金を少しずつだしあって。しかし、
    「自己負担」であることに変わりはない)

 
3。労働運動の発展、たたかいの中から生まれた生存権思想・
   社会保障制度
  
◇国家が基本的人権を支える責任がある
   
*病気やケガ、失業などは、個人責任ではなく、大きな背景と
    して資本主義制度の仕組み(資本家どうしの激しい競争の弊
    害)そのものによって生み出されるという考え方。

     
「労働者は、失業、貧困、疾病などの発生が自然法則であ
     るとか、個人の責任であるという資本家からの思想攻撃に
     たいし、失業、貧困などの基本的な原因は資本主義制度
     そのものにあることをつねに明らかにし、ここから、それら
     の場合の生活保障について資本家とその国家が責任をも
     つことをつよく要求してたたかってきた。
      
また労働者は社会の富を生み出しているにもかかわらず、
     傷病、老齢、障害、そして失業などの場合にあらかじめ備
     えることができないほどの低賃金しか受けていないことから、
     労働者が資本家と国の負担で社会保障を受けるのは当然
     の権利
だと主張してたたかってきている」
       (柴田嘉彦『世界の社会保障』新日本出版社、
1996年)

  
◇たたかいの成果としての社会保障制度
   
*労働者は、労働組合をつくり、経済闘争とともに、政治闘争へ
    とたたかいを発展させる
    
・ストライキなどのたたかいの増大、労働者政党の議会進出など

     
「現実的には、社会保障制度は、…国家独占資本主義の立
     場からの政策の推進と、これに反対する、労働者・国民の立
     場(生存権の実現、全面的な生活保障の確立をめざす)から
     の闘争との
相互の力関係のなかでその内容が決定されてき
     ている
」(柴田・前掲書)

   
*社会保険(保険料を主要な財源にする-ただし労働者の負担
    が相変わらず大きい)
   
*社会扶助(国、地方公共団体の税収入による一般財源からの
    支出、つまり公的負担)

   
*支配階級の体制維持のための「譲歩」としての側面-ムチとアメ

     
「社会保険と社会扶助は、資本家階級がすでに弾圧の方法
     だけでは労働運動とたたかえなくなり、結局のところ自己の
     完全な支配権を維持するという目的のために、個々の譲歩
     をする戦術に移行することを余儀なくされた段階で実現した」
                                (柴田・前掲書)

     
「労働者・国民のたえまない闘争のなかで、給付内容の引上
     げ、保険対象事由の新設、増加、適用者の規模の範囲の拡
     大、雇主と国による費用負担割合の増加、保険業務の管理
     への被保険者の参加など、1歩1歩、改善の成果をあげなが
     ら、社会保険は多くの国で普及するようになった」

     
「社会扶助は、救貧制度に比べ、より広範な対象者に、権利
     としての性格をもった給付をおこなう、1歩前進した制度だと
     いえる」(柴田・前掲書)


   
*1917年のロシア革命
   
*ILO(国際労働機関)の創設
   
*ドイツのワイマール憲法→ファシズムの台頭により消滅
   
*アメリカのニューディール政策(テキスト95P「注」)
     
1929年の世界恐慌-失業、飢餓、病気、欠乏、貧困・・・。
      大混乱に。
     
・労働運動の激増、たたかいの発展
     
・資本主義国で初めての社会保障法の成立へ(1935年)
   
*イギリス「べヴァリッジ報告」(1942年)
     
・世界に影響をおよぼした社会保障制度の骨格プラン
     
・制度としての社会保障が体系化され、内容も一定程度、明確に
     
・「ゆりかごから墓場まで」
   
*世界人権宣言(1948年)




二。日本国憲法と社会保障の理念(Ⅲ章)
 
1。人類のたたかいの成果を受けついで

    
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多
    年にわたる自由獲得の努力の成果
であって、これらの権利
    は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、
    侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」
                                    (97条)

 
2。13条、25条、土台としての「平和的生存権」
  
◇13条-「個人の尊重」「生命、自由、幸福追求」

  
◇生存権としての25条

    
「戦後憲法の輝かしい25条は、高野岩三郎たちがたどって
    きた歴史(ワイマール憲法の流れ-長久)と、GHQ内のニュ
    ーディーラーたちがその夢を託して日本にやってきた道とが
    合流するところで生まれた…25条は、その意味で、文字通
    り世界史的産物であった」
    
(二宮厚美『憲法25条+9条の新福祉国家』かもがわ出版、2005年)

   
*その先駆性

  
◇前文の平和的生存権、そして9条「戦争放棄・戦力放棄」
   
*戦争国家としてのナチスドイツによる社会保障攻撃(ワイマ
    ール憲法下で勝ちとられた諸制度を戦争の資金調達などの
    目的に利用)は、戦争・ファシズムが、社会保障とまったく対
    立することを示した典型。日本も同様な歴史(テキスト108P)。
    9条と25条は一体。

  
◇国家が基本的人権を支える=社会権の規定
   
*25条、26条、27条、28条

 
3。憲法を読むためには想像力が必要

    
「多数派の側にいる人間が憲法を理解するためには、常に
    弱者に対するイマジネーションを働かせる
必要があります」

    
「強者と弱者は、常に立場が入れ替わる可能性があります。
    ・・・そういう
可能性に対するイマジネーションを持っていない
    と、憲法はいつまでたっても他人事で終わってしまいます」
       
(伊藤真『高校生からわかる 日本国憲法の論点』
                         トランスビュー、2005年)




三。日本の社会保障のあゆみ(Ⅴ章)-朝日訴訟を中心に
 
1。第2次世界大戦終了までのあゆみ(テキスト102~109P 省略)
  
◇基本的に社会保障としてはきわめて不十分な制度
   
*明治以降の急激な資本主義化と支配階級の弾圧の強さ、
    対外侵略戦争へ

 
2。敗戦後-日本国憲法の制定
  
◇1946年に憲法が公布(47年施行)
  
◇占領初期の段階で、社会保障制度の骨格が整う
    (テキスト
110~112P)
   
*しかし、これはいわば「上からの改革」で、「権利をたたかい
    とる」という主体性の獲得は、「朝日訴訟」という大国民運動
    の登場をまつこととなる。

 
3。朝日訴訟-社会保障闘争のあけぼの
  
◇1957年に「朝日訴訟」開始(朝日訴訟とは-テキスト114~115P)
  
◇1958年には、労働組合(総評など)を中心に、「中央社会保障推
   進協議会(中央社保協)」が結成される(今年で結成
50周年)。

  
◇以下は、『人間裁判-朝日茂の手記』(大月書店、2004年)より

    「私は、(これだ! これをやらなければならない。泣きねいりし
    ていては、いつまでたっても救われない)と心の中で叫んだ。い
    ままで、どんなに多くの人びとが法律のことを知らないために、
    低い生活保護基準に苦しめられ、そのまま泣きねいりしたこと
    であろう。私たちの療友も、古い田舎の慣習にとらわれたり、
    家の面子(めんつ)にこだわったり、虚栄のため、受けられる
    保護も受けず、また、受けたとしても、ただ、
お上からのお恵
    みとして受け取り、民主憲法で保障された当然の権利として考
    えていた人は少なかったのではなかろうか
」  (朝日茂手記)

    
私の怒りは、決して私1人だけの怒りではない。多くの貧しい
    人びと、低い賃金で酷使されている労働者の人びと、失業した
    人びと、貧しい農漁村の人びと、この人びとはみんな私と同じ
    ように怒っているはずだ。
600円が1000円に引き上げられずと
    も、あるいは、なんとか個人的に解決する方法がないとはいえ
    ないが、
こんなことをしていてはいつまでたっても、貧しい人び
    と、弱い人びとは浮かばれない
。生活と権利を守ることは、口
    先だけでいくらいっても守れるものではないのだ。
闘うよりほか
    に、私たちの生きる道はないのだ
」       
(朝日茂手記)

    
「政府は、軍国主義復活、核武装へと、着々と安保体制を遂
    行し、ごまかしの社会保障、医療合理化による低医療費政策
    を強引におしすすめている。
     
…池田自民党のはなやかな経済成長のかげに、われわれ
    被保護者には矛盾のトゲが痛いほどささっている。社会保障
    の拡充などというのは選挙のときだけで、
まさに弱い病人は
    早く死ねという政治なのだ

     
こんなことをあれこれ寝ながら考えていると書かずにいられ
    なくなり、ついつい起き上がって訴えの手紙を書きつづけるの
    が常であった。まわりの人びとは、『朝日さんはそんなにせん
    でも、じっと寝とりゃあいいのに』と心配してくれるが、私はどう
    してもやらずにはいられない。
重症者の、せめてりんごの1つ
    も食べさせてほしいという、このささやかな願いが、いまだに認
    められないでいるのだ。『こんなバカな話があるだろうか-』こ
    の怒りが、私の残り少ない生命の炎をかきたてている

                                (朝日茂手記)

    
「憲法を暮らしに生かす運動は、憲法の諸条項・人権とそれ
    に違反する現実とのギャップがあからさまになるとき、その
    ズレのなかから国民的高揚を迎える…。
朝日訴訟の場合に
    は、一方での憲法で保障された文化的最低限の生活保障
    原則と、他方での非人間的な劣悪きわまる生活保護基準の
    現実、この両者間のあまりの落差・矛盾・ズレが憲法を暮ら
    しに生かす運動に火をつけたのである。21世紀の社会保障
    運動はこの運動視点に学び、一方での高まる権利水準、他
    方での劣悪・貧困な無権利的生活の現実、この両者のギャッ
    プに着眼した権利保障運動に取り組んでいかなければなら
    ない
。朝日訴訟が示した社会保障運動の力の源泉は、この
    点にあると考えられる」
                
(二宮厚美「朝日訴訟が現代に問うもの」)

    
「生粋の庶民といってよい朝日茂さんが、なにゆえに、歴史
    上数ある英雄も顔負けの勇気と果敢な意志、不撓不屈の粘
    りをもって、その短い後半生を『権利は闘いとるもの』という
    理念に捧げたのか。その力の源は、要するに、
一方での人
    間らしく生きる権利にたいする深い洞察と、他方での『合法的
    殺人』と呼ぶべき非人間的な生活を強いる国家権力に対する
    怒り、この二つに求められる
。朝日さんは、普遍的人権に対
    する洞察と確信が非人間的生活を強制する権力と衝突し、そ
    こに発する火花を生きる力として50年の人生を生き抜いた。
    これは、21世紀に生きる一人ひとりの個人が、いかにして生
    きるべきかを問うときに、一つのヒントを提示するものにほか
    ならない」                    (二宮厚美、前掲)

  
◇1審判決(1960年10月、浅沼判決)
   
*25条の具体的権利性を明確に述べた
   
*「最低限度の水準は決して予算の有無に
よって決定される
    ものではなく、むしろこれ
を指導支配すべきものである」

  
◇朝日訴訟の運動形態も、学ぶべき宝がたくさんある
   
*個人的たたかいから、組織的たたかいへ
    
「どうして個人の力のみで闘えようか。組織の支援なしには、
    とうてい勝つことはできなかったであろう」(朝日茂手記)
   
*労働者階級も、「自分たちのたたかい」として全面支援

 
4。その後の社会保障運動の経過は省略しますが…

    
「現実的には、社会保障制度は、…国家独占資本主義の立
    場からの政策の推進と、これに反対する、労働者・国民の立
    場(生存権の実現、全面的な生活保障の確立をめざす)から
    の闘争との
相互の力関係のなかでその内容が決定されてき
    ている
」(柴田・前掲書)

     
…という原則的な法則はかわっていない。

   
◇労働運動、革新自治体の発展による社会保障の前進
    (老人医療の無料化など)
   
80年代以降の臨調「行革」路線による社会保障への攻撃、後退




四。わが国の社会保障のあらましと特徴(Ⅵ章)
  
◇各自、読んでいただいて、制度に強くなってください。
  
◇EU(とくに北欧など)の社会保障の理念と制度は、参考になる
   ので、ぜひ詳しい学習を



さいごに:「医療者としてのプロ」になるとともに、患者さんや自分の
      人権を守る「主権者としてのプロ」として成長することの大切さ。

      
「自分自身の幸せ」と「他者あるいは社会全体の幸せ」を
      重ねあわせて。



以上。





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