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2008年7月10日 (木)

吉野ヶ里遺跡

6日(日曜日)、福岡から佐賀に向かう途中、
「吉野ヶ里遺跡を一度訪れてみたい」と思い
計画し、行ってきました。

Img_1943
 鳥栖(とす)駅で
 乗りかえる。

 J2のサガン鳥栖の
 ホームスタジアムが
 見えた。
 そういえば、最近
 Jリーグの生観戦から
 遠ざかっている…。




Img_1945



 吉野ヶ里公園駅で下車。
 30度をラクにこえる暑さの
 なか、徒歩15分、
 吉野ヶ里遺跡をめざす。
 
 まったくすばらしい晴天。
 雲がきれいだった。










Img_1949


 昼食を
 レストランですませ、
 さあ、入場口へ。

 日曜日なのに、
 観光客は結構まばら…。




Img_1950
 吉野ヶ里遺跡は、
 紀元前3世紀から、
 3世紀ごろまでの
 約600年続いた
 弥生時代の、
 貴重な遺跡が発見
 されたところ。
 建物はすべて
 復元されたものです。



Img_1951
 まず最初に、一番
 北にあった、
 「北墳丘墓」に。
 冷房が効いていて
 よかった(笑)。
 ここは、集落の中でも
 歴代の王の眠る墓でした。
 ここは今年になって
 オープンした施設だとか。



Img_1954

 こんなかんじで、
 大きな坪の中に、
 銅剣やガラス管玉などと
 一緒に埋葬されたらしい。

 これはもちろん
 つくりものです。



弥生時代にも身分階層はあったみたいだけど、
生産手段は稲作が始まっていたので土地だと思うんですが、
(他にも狩猟や貝なども)
その所有関係はどうだったのか、イマイチわからなかった。
余剰生産物の管理、という側面がまだ強かったのか?
階級社会とは言えないかもしれない。
日本の歴史をもっと勉強せねば、と思いました。

Img_1956


 外に出たら、
 そこは
 弥生時代だった。

 昔の夏も、
 こんなに暑かった
 のだろうか。




Img_1957



 こんな感じで、墳墓(ふんぼ)が
 たくさん発見されたそうです。

 甕棺(かめかん)というらしい
 ですが、棺おけのような
 坪の中に入れるというのが、
 独特だと思いました。






Img_1958


 こちらは、
 食料や物品を
 入れる倉庫。

 高床式です。






Img_1959



 こちらは、
 「北内郭」といわれる
 ところで、
 環濠集落の政治の
 中心地であり、
 神聖な場所だったとか。

 たしかに厳重に壕や柵で
 まわりから隔離されている
 感じでした。






Img_1960
 これが「北内郭」の
 セントラルビル(?)

 当時の最高技術が
 結集されているらしく、
 16本の巨大な柱に
 支えられていて、
 弥生時代最大の
 建物だとか。



Img_1961

 中に入れる。

 こんな感じで、
 まつりごとや、
 収穫の日を
 決めていたとか。





Img_1962

 でも、収穫の日を
 決める最終手段は
 これらしい。

 つまり神のお告げを
 聞く。

 建物の最上階です。



Img_1964


 次に「南内郭」へ
 行ってみる。

 集落のほぼど真ん中に
 あり、物見やぐらも
 4棟も建っている。




Img_1965

 物見やぐらからの
 眺望。

 北内郭方面を
 眺める。

Img_1966



 空が広いなー。

 暑いなー。







Img_1967


 こちらは
 「倉と市」とよばれる
 場所で、
 倉庫群と、
 周辺の集落との交易
 の場所だったらしい。





Img_1968





 物見やぐら。

 絵になる。












Img_1969




 こちらは庶民の
 家が点在する
 「南のムラ」。

 



他にも、さまざまな出土品を展示している
展示室を見学したり、
とても興味深く見学することができました。

弥生時代といっても、
生産技術や生活様式、風習・文化まで、
かなり高度なものをもっていたことが
よくわかりました。

吉野ヶ里遺跡は、まだ施設の拡張工事が
行われている最中であり、
今後もさまざまな発見や展示の充実が
あると思われます。


炎天下のなか歩きまわったりしたので、
かなりバテましたが、
日本の歴史にふれられる貴重な遺跡や
展示があり、とてもためになりました。

吉野ヶ里には結局4時間近くおり、
夕方になって佐賀市内に入りました。

夜のビールがおいしかった…。





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コメント

はじめまして。私は長久さんと同じ名字で、同じ歳で、しかも同じ立場というか、考えというか、つまり党員です。祖父の出身は広島にちかい岡山ですから、もしかしたら一族かもしれませんね。ときどき面白く読んでいます。わたしは今、関東に住んでいますが、いつかどこかでお会いする日があるかもしれませんね。

投稿: 長久ま | 2008年7月10日 (木) 12時06分

は、は、は、はじめまして長久さん!(笑)

この世にびっくりする出会いは数多くあるかも
しれませんが、これは心底びっくりです。

私、いままで「同じ名字の他人」に会ったこと
ありませんからね(覚えている範囲で)。
しかも、歳も立場(?)も一緒だなんて。

ちなみに、私の家系は富山(父方)で、
母方が岡山なので、縁あって今岡山にいるので
あります。

ぜひ、お会いできる日がくることを祈ってます。
ブログは不思議な出会いを生みますね・・・。

投稿: 長久 | 2008年7月10日 (木) 12時37分

そうですか。私も同じ名前の他人に会った事はないのですが、私の住んでいる家の近くの100円ショップには、「長久」の印鑑が売っているのです。意外とメジャーな名字だったりして。ではまた。

投稿: 長久ま | 2008年7月10日 (木) 22時44分

100円ショップに「長久」の印鑑…。
見てみたいですね~。感動ものですね。
貴重な情報、ありがとうございます(笑)。

投稿: 長久 | 2008年7月11日 (金) 08時14分

SAGA行ってこられたんですね。

実は私もSAGAフリークでして。
前の前のワールドカップのころですからもう7年ほど前になりますか,日高教の定期大会が唐津で開催され,皆とは別行動でバイクで参加。なぜバイクかというと,帰りに吉野ヶ里に行きたかったからです。
平日の吉野ヶ里はガラガラで,ゆったり巡って写真をとりまくり(当然即教材に),「とんぼ玉作り体験」なるものをして帰ってきました。
それに味を占め,11月には家族とSAGA再訪。A国際バルーンフェスタ(だったと思う)に行って珍しい熱気球の爆発事故を目撃,その後唐津に行き,唐津くんちをナマで見ました。とても味のある素敵なお祭りで,必ずもう一度,と妻1号と約束しています。

ちなみに,本場呼子のイカのお造りも食べました。透き通ったイカが呼吸するたびにきれいな模様がグリグリ動いてびっくり感動。味は…普段食べるイカと違いすぎて,覚えていません^^

投稿: ワラセンセイ | 2008年7月14日 (月) 19時14分

それから,前のエントリについて。
岡山高教組,建物古くて悪かったな!
(笑)

来年の秋には,見違えるような美麗な書記局に移転予定なので,乞うご期待。
「自社ビル」ではありませんが。

投稿: ワラセンセイ | 2008年7月14日 (月) 19時20分

ワラセンセイ、ありがとうございます。
そして、失礼しました(笑)

そうですか、SAGAフリークでしたか。
いや、ほんとうに佐賀はもう一度、旅行で
行ってみたいと強く思いました。

佐賀の自治労連の方からあのあと、
「イカの活き造りは唐津が元祖です」と
連絡があり、ますます唐津に行ってみたく
なりました。イカ、本当に絶品でしたので。

書記局、お引越しするんですねぇ。
来年秋ですか。楽しみですね。

投稿: 長久 | 2008年7月15日 (火) 09時20分

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