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2008年7月11日 (金)

久しぶりの読書記録

最近読み終えた本。

最近、どうも理論書を読めていない気がする。
やばいやばい。



『シスター寺本松野-その看護と教育』
    (聖母女子短期大学同窓会・小玉香津子・寺本松野、
                    日本看護協会出版会、
2003年)

ソワニエ「読書日記」の12冊目。


以前紹介した『看護のなかの死』の著者、
寺本松野さんの
教え子たちが中心に、
「寺本看護」や「シスターの人間性」

ついて掘り起こし、その意味を考えている1冊。


これはすごい本です。
やっぱりこの人は
すごい看護師。
『看護のなかの死』では、出会った患者
さんやその死、
ターミナルケアが本の主題でしたが、この
本は、
寺本さんの教え子たちが、それぞれに非常に
リアル
で具体的な思い出や経験を語っていて
30人ほどがそれ
ぞれの寺本松野を語っています)、
寺本さんの「看護の心」
がより立体的に
浮かびあがってくる感覚でした。

読んだあ
との感動的な余韻、
看護という仕事の“すごさ”“すばらしさ”を実感できます。

寺本さんは、ナイチンゲール看護にも精通し、
とくに『生活援助』という基本看護を徹底的に
重視されていました。あと、環境整備も。
寺本さんの清拭やベッドメーキングの
神業的(「魔法」「マジック」という表現も)すごさも、
口々に語られます。


プロとしての厳しさと責任、看護師としての生活態度、
患者さんへの深い愛情、人間的感性の豊かさ、
患者さんの立場に徹底して立つ姿勢、
「痛み」への想像力、観察力と洞察力、判断力・決断力、
つねに学習を怠らない姿勢、ユーモア、
教えられることがたくさんあります。


本の最後に、2001年7月20日に行われた、
フローレンス・ナイチンゲール記章受賞記念講演
「質問の価値-私への3つの質問」(寺本松野)が

収録されていますが、
これも心をうつ言葉にあふれ
ています。

「大事な患者さん達と共に生きること。ある時、
私はこう聞かれました。『今日のあなたを育てた

のは家庭教育ですか学校の教育ですか、宗教
です
か?』。その時、私はすぐ答えることができ
まし
た。『私を育てたのは病院達です。病気の
人達が
私を育てたんです』」
という寺本さんの言葉が、印象に残っています。


『チベット問題とは何か-現場からの中国少数民族問題』
                (大西広、かもがわ出版、2008年)


今月はじめの学習会のために読んだ本。
知らないことだらけ。
しかし、中国政府の少数民族政策は、
じつは手厚かったというのは、発見でした。

いよいよ来月はオリンピック。
さて、どうなるでしょうか。
無事に成功することを祈ります。


『ビルマとミャンマーのあいだ-微笑の国と軍事政権』
                 (瀬川正仁、凱風社、2007年)


これも、学習会のために読んだ本。
すごく面白かったです。
ビルマ(ミャンマー)の雰囲気がよくわかります。

言論・表現の自由のなさでは、北朝鮮なみですが、
みんな「軍事政権は嫌い」というところは、
北朝鮮と少し違うところでしょうか。
あと、多民族国家、多宗教国家だったんですねぇ。
知りませんでした。


『おしえて、ぼくらが持ってる働く権利』
 (清水直子著、首都圏青年ユニオン監修、合同出版、2008年)


この手の本のなかでは、
一番分かりやすく、実践的。
4コマ漫画が良い。

なにより、リアルな相談活動にもとづいているので、
とても説得力があります。
学校の教科書でこういう本を使うべきですね。


『凛として看護』(久松シソノ著・川島みどり編、春秋社、2005年)

ソワニエ「読書日記」の13冊目。

著者の久松シソノさんの紹介。1924年、長崎市で生まれる。

看護婦として長崎医科大付属病院で働いているときに
原子爆弾
の投下にあい、直後から永井隆博士とともに
救護活動にあたっ
た。長年にわたり看護の仕事を続け、
定年後も平和の語り部として戦争の悲惨を訴え続けている。
2005年、第40回フローレンス・ナイチンゲール記章受賞。


長崎で被爆したとき、まだ22歳だったにもかかわらず、
婦長
として仕事をされていたそうです。
同僚や仲間が亡くなる中で
の献身的な救護活動は、
ほんとうにすごい。
永井隆さんは、長
崎ではとても有名な方ですが、
永井さんの存在も久松さんにとっ

とても大きかったことがわかります。


平和の尊さ、命の尊さを、この経験をつうじて痛切に
実感された久松さんは、被爆者として平和の語り部として、
いまも奮闘をされています。被爆者が「あの日」の体験を
語るということは、とても難しく、心の傷を開くものでもあります。
しかし、「原爆をなくすため」「平和を次の世代に」という
久松さんの思いの強さが、その行動の原動力となっています。



『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』(吉田守男、朝日文庫、2002年)

戦争問題や沖縄での私の師匠、あきやんさんに
教えられて読んだ本。

京都や鎌倉、奈良へ、空襲がなかったのは、
貴重な歴史的文化財の保護のための
アメリカの配慮だった、というイメージが
やはり根強く残っていますし、私も先入観で
そういうことだろうと思っていました(倉敷なんかも)。

しかし!
京都は、原爆投下の都市候補の一番目にあげられ、
終戦まで一貫して投下目標として狙われていたのです。
それを裏付ける根拠も、リアルに示されていました。
背筋が寒くなりました。

鎌倉や奈良も、アメリカのリストの順番が単に
低かったというだけで(人口などの理由)、
終戦までに順番がまわってこなかったという
だけのこと。

それにしても、アメリカの空襲計画はじつに
綿密で計画的。
とにかく衝撃な事実が多かったです(書ききれない)。

ある意味一番驚いたのは、
広島、長崎に原爆が投下された直後から、
新潟では「次は新潟に投下される」という
予知・推測がたてられ(それまで空襲が
なかった都市に原爆が落ちたという推測から)、
市内から市民を非難する政策がとられ、
8月12日には、市民の9割が中心部から避難を
していたという事実。
(実際、新潟は途中まで候補地のひとつでした)
そんなことがあったとは・・・。


とにかく驚くことの多い本でした。
いやはや。


『指揮官たちの特攻』(城山三郎、新潮文庫、2004年)

城山さんの本をもう少し読もうと思って、
吟味して選んだ本だったけど、
うーむ、もうひとつ。

なんでもうひとつなのかは、整理できないけど。


『少女パレアナ』(エレナ・ポーター、村岡花子訳、角川文庫、1986年)

先月、細谷亮太さんの本を読んでいて知った本。
これは感動しました。最後は泣けました。

どんなことにも“喜び”や“いいこと”をさがす
ゲームをする少女パレアナは11歳。
その少女が、まわりの人びとを次々と変えていく
さまは、本当に感動的です。

「気のもちよう次第」という主観的観念論とも
とられてしまう部分もあるかもしれませんが、
いや、これはそうではありません。

“いいこと探し”は努力の積み重ねで
見えてくるものであり、それは人間関係において
とても重要で、大切な姿勢…。

私たちの運動も、“いつもいいことさがし”で
いきたいものです。

この小説は、今回一番のオススメですかね。


『組織を強くする 技術の伝え方』
          (畑村洋太郎、講談社現代新書、2006年)

これもなかなか面白かったです。

学習運動なんかは、まさにこうした技術を
伝えるプロ集団にならなければいけない、と思います。

いままで考えていたことが、言語化され、
整理できたと思います。やはり一番重要なのは、
伝える側が、相手の立場にたっているかどうか、
ということなのでしょう。

私も、学習会などでは、参加者の構成、年齢、
職種、問題意識、学習会の時間帯などによって、
いろいろ伝え方に工夫をしています。

正しいことならば、つねに相手に届くかといったら、
そうではないのです。





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