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2008年7月31日 (木)

『学習の友』8月号

現在全国的な拡大運動中!
『学習の友』8月号の主な内容です。

【特集 戦争と自衛隊-恒久派兵法と名古屋高裁判決】
 *グラビア 踏みにじられた人たち(郡山総一郎)
 *ヒロシマを生きる(岩佐幹三)
 *戦争が打ち砕く青年の夢(薄井雅子)
 *南京大虐殺の地を訪ねて(編集部)
 *どこへゆく自衛隊(編集部)
 *名古屋高裁判決は平和な日本をつくる上で
  どんな意義をもつか(小林武)
 *恒久派兵法の危険性とたたかいの新しい可能性(山田敬男)

【新連載!】
 *ゆきづまる資本主義
  ・第1回 資本主義のしくみと発展の原動力(今宮謙二)
 *働くもののABCシリーズ1「やっぱり労働組合だ」
  ・第1回 労働組合の魅力(高橋勝也)

【その他の記事】
 *シリーズ歴史を考える
  ・第4回 秋葉原事件と現代「スピリチュアル」(村本敏)
 *ものの見方と人間らしさ
  ・第4回 初心を大切にする(長久啓太)
 *3150万秒と、少し(松永亜規子)


私のミニ連載は、無事、4回書くことができました。
ご意見、ご感想をよろしければ教えてくださーい。

全国学習交流集会in倉敷へ向けて、
4ページには松江保健生協の内藤さんが登場!
20年ぶりにひらく労働学校の卒業旅行が
倉敷集会というスバラシイ企画力!
島根のみなさん、おまちしています!


わかりやすく、学習会などでも使いやすい
『学習の友』をひろげましょう!





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リフレッシュの1日

きのう(30日)は、久しぶりに1日休みをとり、
「好きなことをするpresent」ことに徹しました(笑)

この暑さsunのなか、
かなりハードな日々が続いていたので、
リフレッシュが必要だと
緊急判断したのでありました。
バランスを保つために。

朝10時、岡山駅に降りたった私は、
そそくさと駅地下のスターバックスでいきなりの休憩。
私にとって、喫茶店で好きな小説を読むのが、
極上の時間なのであります。いまは藤沢周平を読んでいます。

スタバで時間を過ごしたあと、
オリエンタル美術館の「青い煌き ウズベキスタン」展へ。

Img_2090 ウズベキスタンは、なかなか
 縁遠い国ではありますが、
 イスラム文化の影響が色濃く、
 チュニジア旅を思い出しながら、
 工芸品や装飾品、写真展を
 ゆっくり眺めたのでありました。

 美術館ですごす時間も、大好きです。
 あの空気感が。


1時間ほど美術館で過ごしたあと、
近くのシネマクレールで映画『山桜』を観ました。
藤沢周平の原作なので、安心感があります。
内容も、なかなか良かったー。
あの終わり方が、藤沢作品らしいね。
受け手の想像力をかきたてるのです。

映画をみたあとは、
豆腐屋「おかべ」の極ウマ昼定食(700円)を
食べ、「あー幸せだぁぁぁ」と大満足shine

「さーて、次は喫茶店だ」と思い、
よく行く喫茶店へ。
が、1軒はつぶれていて、
もう1軒は満席! おう!のう!
ということで、表町付近をウロウロして、
初めて入る喫茶店に。イマイチでした(涙)。
喫茶店では、やはり藤沢周平book

14時50分からは、今日2本目の映画(今年計10本目)、
『歩いても 歩いても』を、ふたたびシネマクレールで。
この映画も良かったですねー。
「わかる、わかる」みたいな感じで。

満足して映画館を出て、
岡山駅から早島に帰ったtrainのでありました。

ほんとうに「好きなことだけ」した時間で、
至福の1日でありました。

やっぱり、こんな1日が、
月に1度は必要ですね。


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2008年7月29日 (火)

5回目の会議でした

きのう(28日)は、
全国学習交流集会in倉敷の、
第5回現地実行委員会でした。
日が悪かったthunderようで、参加は9名と少なかったのですが、
参加組織の状況や具体化などの話を中心に行いました。

全体の規模は、
1日目会場が720席。
3日目会場が880席(うち1階席は790席)。

県外参加が350名、県内参加が350名が参加組織の目安です。

岡山県内のこの間の状況などを報告、
チラシなどは配布しつつあるが、
まだ労働組合などの具体的な位置づけにまでは
なっていない状況で、とにかくもっと募集を具体的に
すすめていくことなどが確認されました。

県外の状況は、九州オルグや
労働者教育協会の担当者のこの間の報告なども
話しながら、全体的に集会の内容への
反響が良いこと、期待が高いcancerことなどを
報告しました。

あとは、1日目の文化・交流企画、
2日目の分科会などの話を少しすすめました。
いろいろ貴重な意見が出されました!

大枠は決まっていますが、
これから細部にわたっての仕上げが、
職人技的な技術wrenchが求められます。
もっとたくさんの人の力もかりなければなりません。

次回の実行委員会は、少し間があきますが、
9月8日(月)となりました。
青年実行委員会の立ち上げ、各分科会の準備具体化など、
8月に準備をすすめていきたいと思いますshine




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2008年7月28日 (月)

四国の学習交流集会へ

週末(26~27日)は、高知へ。

第10回、四国ブロック働くものの学習交流集会in高知
でありました。

26日(土)、
特急南風に乗って高知駅に11時半に到着。
駅構内のレストランでカレーを食べ、
12時に駅前集合のバスに乗って会場へ。
着いたのは、国民宿舎土佐。
すんばらしく景色のよい場所でありました。

Img_2087
 でも、学習会会場は、
 ぎゅうぎゅう詰め。
 机もなく、学習会としては
 キビシイ条件。

 しかも暑かったようです。
 話す側の力量がするどく
 問われたのであります。

13時半から集会がスタート。
参加は約80名ほどでした。
この集会は、四国の県労連と学習協が共催し、
毎年各県が持ち回りで、
四国各県からさまざまな労働者が参加。
今回は高知が開催県ということで、
参加の主体は高知でした。

オープニングでおもしろい寸劇をみて、
14時から日亜化学の青年たちのたたかいの報告が。
これはすごかった。ぐいぐいと胸にきました。

15時少し前から、私のお話。
「人間らしく働きたい」というテーマでした。
憲法にこめられている人間らしさへのヒント、
資本主義社会における労働のあり方などを説明したあと、
現在の働き方をめぐっての情勢の話をしてみました。

が!
自分でふりかえってみて、
いまいち参加者とかみあってなかったかなーと反省。
「ああすればよかった、こうすればよかった」と、
久しぶりに大きな落ち込み気分を味わったのでありました。
どよーんrain
でも、倉敷の全国集会は最後に宣伝!
瀬戸大橋を渡って、岡山に大挙して参加して
いただくことを期待しています!

学習会のあとは、分散会。

夜は大交流会。愛媛県労連のTさんがおとなりに。
また、高知のかげ茶さんや、平和委員会のM繁さんとも
いろいろ話をすることができ、楽しかったのであります。
その後は214号室での自主交流会。
高知の看護師さん(元高知労連青年部長)と沖縄話で意気投合。
また、高知県ろーれんずの大宴会とあいなったのでありました。
高知人気質は、やっぱりすごいなー。岡山にこの雰囲気はない。
私は中途でこっそりと抜けて、
24時ぐらいには就寝…。

27日(日)は、
9時から学習会第2弾、「憲法ひとかじり」。
伊藤真さんのビデオや、9条世界会議の報告、
名古屋高裁判決などの意義について学んだのであります。

Img_2089


 会場から
 外をながめる。

 うーむ、青い。



11時半には全体が終了。

13時前に高知駅に到着。
いそいそとおみやげを買って、
南風に乗り込み、岡山へ帰ったのでありました。

高知県学習協のI上さん、お世話になりました。
ありがとうございました。




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2時間だけでしたが

先週の金曜日(25日)、
午後の2時間だけ、平和行進を歩いた。
里庄町役場から、笠岡市役所まで。

Img_2086

 暑かった・・・。

 左の黒のTシャツは、
 生協労組のN書記長。




県内通し行進の、
倉敷医療生協のF田くんは元気いっぱい
声をだし、行進をひっぱっていた。

8月の「あの日」は、もうすぐだ。




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2008年7月25日 (金)

九州要請第2弾~お仕事編

20日~24日まで、
全国学習交流集会in倉敷の要請で
鹿児島、宮崎、大分をまわってきました。

20日、岡山を朝出発し、高速をひたすら
走って、夕方鹿児島へ到着。
走行距離700㌔。でも意外と疲れませんでした。
私は、車の運転は苦にならないようです。

まずは、鹿児島の民青同盟などが
中心となった青年夏季合宿へ合流です。
偶然が重なっての出会いとなった、
Kさんとも会うことができました。
民青の鹿児島県委員長のSさんは、
独特のキャラで周囲を困らせて(?)
いや、和ませていました(笑)


Img_2016
 20日の夜は
 バーベキューをしました。

 わーい。
 夜は遅くまで楽しく交流しました。
 (詳細ははぶく)




Img_2019

 21日は、午前中学習会。
 『学習の友』の中田進さんの
 連載を主に使いながら、
 私がすすめさせていただきました。


当初は全国集会の宣伝だけさせてもらおうと
思っていたのですが、
Kさんが「せっかくなので長久さん、話をぜひ」
ということになったのでありました。

2時間ほど学習をすすめたあと、
みんなで感想交流。
「学ぶことの大切さ、こうした場をつくることの
意味をあらためて感じた」という感想も聞かれ、
とても有意義な学習会、感想交流になりました。

鹿児島で『学習の友』を配布されている
方や、建交労の専従の方も参加されて、意見交換で
とても貴重なお話をきかせていただきました。
ありがとうございました。

もちろん全国集会の宣伝はバッチリでした。
共産党の次期衆院選の比例候補者のYさん(33歳)も、
「倉敷いきます」と別れ際、言われていました。
その言葉を信じて、お待ちしています(笑)

青年合宿のことは、たくさん他にも
書きたいことがあるのですが・・・、泣く泣く割愛。
みなさんとても面白い人が多く、楽しい時間を共有できました。
ありがとうございました!

さて、21日は12時半頃に解散し、
私もフリーになったので、
少し車でドライブがてら、あちこち行ってみました。
その模様は、別バージョン「旅気分編」で
ご報告します。

22日(火)です。

本格的に、労働組合への要請開始です。

もちろん、まずは鹿児島県労連へ。
が、「9時に行きます」とアポをとっていたのですが、
事務所に行っても誰もいない!!
急きょ予定変更で、次にアポをとっていた
鹿児島医療生協労組に、
「ちょっと早いですが、これからいいですか」
と電話を入れ、向かうことに。


Img_2037
 かごしま生協病院に到着。
 なかなか大きな、
 そして中はキレイな病院でした。

 地下にある労組事務所へ。


専従で書記長のHさんが丁寧に対応していただきました。
「9月の定期大会のときに青年部の立ち上げを考えている」
ということで、いま青年たちの活動も上昇気味だそうです。
集会の中身を説明したところ、
「学習を根付かせるきっかにしたい」と話され、
「ゼロということはないです」ときっぱりおしゃって、
「できるかぎり参加してもらうよう、働きかけていきます」
と、なんとも力強い返答をいただきました!

いきなり嬉しい反応にびっくり!
手ごたえを感じたのであります。

続いては、コープ鹿児島労組へ。


Img_2038
 専従のNさんが対応して
 いただきました。
 中身に賛同していただき、
 「労連や単産の要請が
 あると取り組みやすい」
 とのことでした。



Img_2039
 つぎに、建交労の県本部へ。
 青年合宿にも参加されていた、
 専従のIさんが対応していただきました。

 ここの事務所は、
 とても清潔で、ミニアトリエのように
 ステキな手づくりの工芸品が
 置いてありました。
 みな、組合員さんの手づくりだとか。

 まずこれに感動。


さらに、Iさんの学習運動への深い理解、
そして、こちらのこともいろいろと聞いてくださる
姿勢にまたまた感動!

「犬山集会のころから、『友』の編集も青年向けに
工夫がされてきてると感じています」

「学習協が2年に1度、こういう学ぶ場を提供して
もらって、ほんとうにありがたいこと。鹿児島でも
青年たちの学ぶ場をつくる必要を痛切に感じている」
というような、うれしいお話をいただきました。

また、建交労の組合員さんの労働実態も、
ほんとうに切実な事態になってきていることを
教えていただきました。ありがとうございました。


Img_2041
 そして、朝、不在だった
 県労連へ再び訪れる。
 今度はおられました。

 事務局長のAさんが対応
 していただきました。

「県内の労組に呼びかけたい」
「青年に参加してもらいたい」
と、積極的な感じだったと思います。
よろしくお願いします!

ここで昼食をとり、
午後は医労連へ。

写真をとるのを忘れましたが、
市役所近くの医労連へ行きました。

医労連には、
『友』を配布されているKさん、
自治労連のSさんもわざわざ
この要請のために集まっていただいていました(恐縮)。

医労連のI書記長、
自治労連のS事務局長に同時に
集会の中身を説明したところ、
話は思っても見なかった展開に。

とくに、自治労連のSさんは、学習運動に
とても理解が深いらしく、
「Kくん(青年合宿の方)の頑張りに刺激をうけて、
学習協を再開していきたいと思っている。
この集会は、最低でも5~6単組からの
参加を鹿児島で目標にしたい。1人や2人では
あかん。集会に参加した青年たちの力もかりて、
学習協再開の足がかりにできたらいいと思う」
というような、
すごく前向きで積極的な反応に、
こちらがびっくりぎょうてん!

でも、この集会は、たしかにほんらい、
全国の学習運動の前進が最大の目的なので
ありますから、鹿児島のこうした反応は、
本当にうれしく、また岡山の責任も
さらに重く感じ、身がひきしまるのでありました。

いや、でも本当に鹿児島は
どこも反応がよく、
か、かなり、期待できそうです!

よろしくお願いしますnote

医労連への要請が終わり、
ほぼ大きなところはまわれたので、
宮崎への移動を開始。

鹿児島から宮崎は、
なかなか近い。
下道を急がず走っても、
2時間半ほどで行けます。

17時半には、
宮崎県労連へ到着!
予定では23日でしたが、
突撃状態でとびこんでみましたー。


Img_2042
 事務局次長の
 Tさんが対応して
 いただきました。

 「内容はとてもいい」
 「紹介していきたい」
 「問題はお金かな…」
 という感じでした。
 あと、交通手段。
 宮崎から岡山となると、
 なかなか移動手段が
 難しいのであります。

また、県内の労組の情報を
いろいろと教えていただきました。
宮崎は、事前にアポをとっていた
労働組合が少なく、今回の要請行動では
一番「どーなるかなー」と不安な県だったの
ですが、最終的には、主要なところは
ほぼ、まわれた形になりました。
なんとかなるもんですね。行けば。


Img_2045
 宮崎県労編への
 要請を終えて、
 向かった先は、
 宮崎の共産党県委員会。

 前日「講演見に行きます!」
 と連絡しておいたのです。
 そう、86周年の。
 幹部のみなさんと名刺交換を
 して、18時半から
 CS放送を見る。
 われながら、まじめだ(笑)。


さて、次の23日(水)も、朝から始動。
まずは宮崎医労連の事務所がある
井上病院へ。民間の精神科の病院だそうです。


Img_2047
 医労連は専従は
 いないのですが、
 この病院のHさんが、書記長で、
 対応していただきました。
 「呼びかけていきたい」
 とのことでした。



Img_2048
 続いては、
 コープみやざき労組。
 書記長のAさんが対応して
 いただきました。
 同じく、「呼びかけていきたい」
 というような反応でした。



Img_2049
 続いて、宮崎公営企業労働組合という
 ところへ。自治労連加盟労組です。
 県の管轄で、水力発電の管理を
 しているところだそうです。書記長の
 Sさんは、「1人か2人、参加させたい」
 と、積極的な反応でした。



Img_2051
 次は、全医労へ。
 宮崎東病院という空港近くの
 病院へ。役員専従はおらず、
 書記のBさんが対応していただきました。
 「ぜひ参加してもらいたい。個人的にも
 行きたいと思う」とこれまた良い反応!

「さっき、県労連の方からも『いい集会だから
参加を募って』と連絡がありましたよ」というお話。

前日夕方に県労連に行った効果が
すぐにでていました。
やはり、足を運ぶのが、要請の基本ですね。

全医労の次は、
全労働へ。労働基準監督署の職場に突撃!
書記長のUさんが対応していただきました。

「紹介はするが、全労働の中央行動や会議に
出て行くのがせいいっぱいの状況で、なかなか
難しいかも」ということでした。
困難だからこそ、この集会に来てほしいと
思うのですが…。

宮崎最後は民青同盟。
県委員長のBさんと、前日にやっと連絡が取れて、
会えることに。
「10・5の雇用集会もあり、難しいが、相談してみる」
という感じでした。


宮崎の要請を終え、
大分へ移動。これが長い!
190キロもあるのに、下道しか移動手段がない。
なかなか遠い道のりでした…。


さて、24日(水)、最後の要請行動は大分です。

まずは、別府の医労連、全医労を連続して
訪ねました。


Img_2062
 こちらは、全医労の事務所。
 西別府病院というところでした。

 なんとこの日の夜が定期大会で
 バタバタしていたようでありました。
 すみません。
でもしっかり要請!

そして、大分県労連へ。


Img_2063
 大分保険医会館の
 2階に事務所がありました。

 ここで、大分学習協の
 N事務局長と合流。この日、
 一緒にまわってくれるという約束を
 いただいていたのでありました。

 県労連のK事務局長に対応して
 いただきました。
 なかなか困難の多い様子が話から
 聞くことができました。




Img_2064
 県労連をあとにし、
 学習協のN事務局長の車で、
 まず民医連の健生病院へ。

 駐車場から少し歩くと、
 
労組書記長のIさんにばったり。

 立ち話になりましたが、要請。
 Iさんは倉敷集会の認識があり、
 「呼びかけて、参加するようにして
 いきたいと思います」というお話
 でした。期待できます!

続いては国公関係を次々突撃!
全法務、全司法、全労働、全建労と、
(すべて略語ですみません)
立て続けにまわりました。
どこも専従はいないので、書記さんか、
役員の方を呼んでもらって、ということで要請しました。

そして最後に訪れたのは、
「夢・ひこうせん」という、障がい者の作業所施設に
ある労働組合。福祉保育労に加盟しているそうです。
勤通大なんかも受講している労働組合だそうです。
若い役員の方が丁寧に対応してただきました。
いろいろと職場や労組の状況もお聞きできました。

移動中は、大分学習協のN事務局長と
いろいろお話ができ、貴重な話がたくさん
聞けたのも、とてもよかったです。



・・・以上、3県の要請行動の
ごくおおざっぱな紹介でした。
もっと詳しく書きたいこともあるのですが、
今日はこれが限界ですbearing

いろいろと感じ、出会い、
学ぶことができた5日間でした。
なにより、集会への期待の反応は、
私のエネルギーとなりました。

鹿児島、宮崎、大分のみなさん、ほんとうに
ありがとうございました。

九州全県からの参加をめざし、
来月も、長崎、熊本に行くつもりです。
がんばるぞー。おー!rock



この「お仕事編」とは別に、
3県をまわっての「旅気分編」もアップする予定です。
たぶん来週なかばごろ…。





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帰ってきましたぁぁ

きのう(24日)22時、九州から
無事に岡山に帰ってきましたcar

充実の要請行動になったと確信しています。
わが愛車の走行距離は、なんと1600㌔shine

でも、さまざまな出会いや経験ができたので、
心身ともに、あまり疲れてはいません。

この5日間の様子は、
できれば今晩アップしたいと思いますが・・・。

さて、やることがたまっていますcoldsweats01




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2008年7月18日 (金)

行ってきまーす


Img_1837
 明日(19日)は、
 生協労組の学習会で笠岡に。

 20~24日までは、
 全国学習交流集会in倉敷の
 要請で、
 鹿児島、宮崎、大分と
 まわってきます。
 連絡は携帯までお願いします。

 しばらくブログ更新できません。
 次はたぶん25日です。

 写真は、先日、街なかで
 出会った猫ちゃんcat



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夏休み前 最後の授業

今日の午後は、ソワニエ看護専門学校での
13回目の講義。
学生さんにとっては、明日から夏休み、
私の講義が最後の授業だったようでした。

最初、「夏休みにしかできないことをやろうっ」と、
「旅に出よう」なんて言ってしまいましたが、
バイトや課題でなかなか大変なんですよね、実際はtyphoon
でも、旅yachtをしてほしいな、と思います。
貴重な時間なんですから。

「読書日記」では、徳永進さんの『野の道往診』を紹介。
最初、ちょっと騒がしかったのですが、
だんだんと静かに・・・これは本の内容がよいからか・・・と
思ってたけれど、ふと教室をみわたすと、
静かになった理由は、しゃべっていた人が寝たsleepyからでした(笑)
でも、3分の2ぐらいは聞いてくれていた、と思う(たぶん)。

最近の学生はすごくて、寝ながら講義を聞くという
技術をもっているので、寝てると思っていても、
じつはちゃんと聞いていたとか、あるんですよね(笑)。

ここ2日間、テストが続いていて、
相当みなさん寝不足だったこともあったようです。
おつかれさま。


講義では、前々回、前回に出された意見や
質問などに答え、
ほぼそれで時間をつかってしまいましたー。



感想文は、とても泣かせることを
書いてくれる学生さんも結構いて、
この4か月間の苦闘もムダでなかったと
思ったのでありましたshine

夏休み明けに、
あと2回講義をしますが、
内容は、「主権者としていかに成長するか」。
憲法を素材に、考えたいと思いますclub




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電話の対応で

今度いく、鹿児島、宮崎、大分の
労働組合などに電話をかけて、
要請のアポokをとっている。

もちろん、
こちらもまったく初めてなのところなので、
名前と要請内容を言って、
「その日のご都合はどうでしょうか」と聞く。

電話telephoneの受け答えは、
その労働組合の雰囲気を、
部分的にではあるけれど、
表していると思う。

「それは、それは、ごくろうさまです!」と明るく
丁寧に対応してくれるところもあれば、
どんよりとした口調で冷ややかな対応をされる
ところもある。
「こんな感じで組合員にも対応してるのかなぁ」
と、ガックリくる。

もちろん、学習運動はメジャーではない。
見知らぬ人からの電話である。
でも、と思う。

たとえば、面識のない人が、
意をけっして相談の電話をかけてくること
だってあると思う。
対応ひとつで、その労働組合の
温かさ、冷たさを人は直感するのだ。

顔が見えないぶんだけ、
電話はこわい。
私は、電話は、元気に、
明るくhappy01しゃべるように心がけている。





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2008年7月17日 (木)

偶然の糸が結びついて

来週から、また九州に行ってきます。
全国学習交流集会in倉敷(11月22~24日)の要請行動です。
今度は、5日間かけて、鹿児島→宮崎→大分とまわるcar予定です。

佐賀でもいろんな人と会うことができて、
暑かったけど、とても楽しかったのですが、
今度もいろいろな出会いがありそうです。

出会いというのはとても偶然性thunderをもっているものです。
鹿児島では、なんと青年たちの学習合宿に参加してきます。

それは、1枚のハガキloveletterが、学習の友社に
届いたところから始まるのです。
そのハガキには、
「学習の友は1月からとっていましたが、まともに読まず、
そのままにしてありました。もったいないので興味のある
ところから読もうと思いました。そしたら役立つことばかり。
団結・連帯の大切さを学びしました」
と書いてあったそうです。

送ってきてくれたのは、鹿児島の33歳の青年の方でした。
私と同い年です。

さっそく友社のAさんが連絡をとって、見本誌を送った
ところ、すぐに「3人の読者が増えました」「鹿児島市
職組の人と毎月学習会を開くことになりました」と
うれしい報告があったのです(すごい)。

そして、鹿児島で、この週末に、民青の青年たちなどが
中心になって、青年合宿を開くこと、その学習会に
『学習の友』をテキストに使うshineことも報告があったそうです。


・・・というようなことを、友社からの連絡で知りました。

で、今週末から九州オルグ第2弾に行こうと思っていた私は、
当初長崎、熊本をまわろうと思っていたのですが、
「そういえば、鹿児島で青年合宿があったなぁ」と思い出しflair
友社のAさんに鹿児島のその青年の名前と連絡先を聞き、
「おじゃまでなかったら、私も参加させて!」と、
メールを送ったのでありました。

そうしたら、すぐにその鹿児島の青年Kさんから
電話があり、「ぜひ!」ということになったのであります。
Kさんは、私の『友』の連載を読んでいてくれていたので
ありました(うれし涙)。

ということで、この週末は、
鹿児島の青年のみなさんと
一緒に学習と交流をしてきます!

鹿児島のKさんが友社にハガキを送らなかったら、
この出会いは絶対になかったでしょう。
私もたまたま日程がドンピシャあっていたのが幸運でした。
偶然の糸が結びついて、
とてもうれしい機会になりましたapple

宮崎、大分でも、たくさんの人に
出会ってきたいと思います。





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2008年7月16日 (水)

「シーツの道」に涙

最近読み終えた本。

『小林多喜二 時代への挑戦』(不破哲三、新日本出版社、2008年)

私は、なにをかくそう、小林多喜二は『蟹工船』しか
読んだことがない。
だいいち、プロレタリア文学自体がいまだ縁遠い存在だ。

それは、高校時代に尊敬していた現代国語の
先生が「プロレタリア文学は純粋に文学に徹しきれない
ところがある」というようなことを話してたのが印象に
残っているからだった。「そんなものなのかなぁ」と思った。

私に読書の面白さを教えてくれたのは、間違いなく
この先生で、授業もとても面白くて、大好きだった。
だからよけいに、プロレタリア文学には手を出さない
自分がいた。

それは、いまだに変わらない。
ただ、その先生も「『蟹工船』ぐらいは読んで
おくように」と言っていた。それはおぼえている。

その『蟹工船』が今、驚く売り上げをしめし、
小林多喜二は旬である。

前置きが長くなった・・・。
そんな私なので、小林多喜二の作品はまったく
ノータッチ。「多喜二を歴史のなかで読む」と
言われても、作品がイメージできないので、
「へぇ」、と思うしかなかった。
でも、多喜二のやさしさや、人としての真摯さ、
時代と格闘し、常に今の自分を乗り越えていこうとする
姿勢は、率直にすごいなぁ、と思う。


『憲法九条、あしたを変える-小田実の志を受けついで』
               (岩波ブックレットNo.731、2008年)


2008年3月に行われた九条の会講演会の
講演録。呼びかけ人の方々が、それぞれに
小田実さんのことを語っていた。

でも、私は、べ平連のこと、小田実さんの
著書も、よく知らない。だから、イマイチよくわからない。

三木睦子さんのシンプルだけど、わかりやすい言葉に、
一番共感します。


『野の道往診』(徳永進、NHK出版、2005年)

ソワニエ読書日記14冊目。

いつもながら、この徳永先生の感性は、
心底「すごい」と思う。

NHK「きょうの健康」に連載されたものを
まとめたもの。読みやすい、おもしろい。
いろいろと教えられる。

この本は、いろいろな「道」がでてくる。
その着眼点が徳永先生らしい。

野の花診療所での結婚式、
「シーツの道」の話は、涙がでた。
いいなぁ、こんな診療所。




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2008年7月15日 (火)

かえるぞーだるいぞー

暑い夏sunが早くもやってきた。

岡山は3日連続、熱帯夜(25度以上)らしい。
おかげで体がだるぅいbearing
仕事の集中力が高まらない。

こんな日は、早く帰るにかぎる。
幸いなことに、今日は早く帰れそうだ。

おまけに、今日は2つの記念日birthdayである。
ひとつは86周年の。
もうひとつは6周年の。

だから、久しぶりに、ゆっくりしよう。
そうしよう。



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全国集会の成功を!

日曜日(13日)は、
またしても東京日帰り。

朝6時8分の「のぞみ」に乗って、
会場に着いたのはちょうど10時。

学習運動組織の全国連絡会議だった。

Img_2012
 土曜日から
 日曜日にかけて、
 論議が行われた。

 『学習の友』を
 増やさねばならない。
 そういうえば、『論座』が
 休刊するらしい…。

私は、1日目の会議の流れがイマイチわからず
飛び込み、全国集会に向けての発言をした。

現地では実行委員会を重ね、
あとは具体的に仕上げていく段階になっている。
私個人の目標は、「全都道府県からの参加」。
そのカギは九州にあると勝手に情勢判断し、
九州を要請行動にまわりはじめている。
全国集会なのだから、岡山の学習運動はもちろん、
全国の学習運動の前進につながる集会にしたい。
3日間の内容は、かならず大きな感動と確信を
得られるものになっている(具体的に説明)。
ぜひ参加組織を広げてほしい!

てなことを発言しました。

この間、集会への期待をいろいろな方面から
いただき、とても励まされています。
ご期待どおり、いやそれ以上のものを
得ていただく集会に必ずします。
よろしくお願いいたします。


会議は11時半には終了(早かったなぁ)。
有志でごはんを食べに行ったのでありました。





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2008年7月14日 (月)

75期修了式

土曜日(12日)は、75期岡山労働学校
修了式&修了コンパがありました。

岡山労働学校では、受講生や運営委員が
労働学校での学びや交流をふりかえり、発表し、
おたがいの思いや成長を確認しあうという
すばらしい伝統が続いています(修了冊子もつくる)。

Img_2002
 この日集まったのは
 18名。

 一人ひとりが、
 労働学校に参加してみて、
 今期学んだことについて
 発表をします。



Img_2003
 毎期、この修了発表は
 それぞれの口から
 労働学校が語られ、
 とても感動的なのであります。

 やっぱり貴重な場なんだと、
 再確認できます。


今期は、若い初受講生が目立ったこともあり、
とても新鮮な雰囲気で2か月ちょっとの
労働学校を過ごすことができたように思います。

そして、その初受講生たちが、
「来期もまた受講したい」ということを
語ってくれるのですから、
こんなに嬉しいことはないのであります。

特に今期は、バラエティー豊かな講師陣が、
それぞれの生き方や考え方、社会問題について
語っていただき、とても刺激いっぱいの
教室になったと思います。

Img_2005
 13回のカリキュラム中、
 8回以上出席の人には、
 修了証書が手渡されました。

 おつかれさま!



Img_2009
 そして、19時からは
 修了コンパに。

 軽食をかこみながら、
 暑中見舞いハガキ交換、
 労働学校クイズなどの
 ゲームで盛り上がり
 ました!



修了コンパ2次会も近くの居酒屋で
行われ、引き続き14名が参加。
わいわいと交流したのであります。

75期岡山労働学校に
参加されたみなさん、
本当におつかれさまでした。
ありがとうございました。


76期岡山労働学校は、
10月はじめに開校予定です。





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2008年7月11日 (金)

久しぶりの読書記録

最近読み終えた本。

最近、どうも理論書を読めていない気がする。
やばいやばい。



『シスター寺本松野-その看護と教育』
    (聖母女子短期大学同窓会・小玉香津子・寺本松野、
                    日本看護協会出版会、
2003年)

ソワニエ「読書日記」の12冊目。


以前紹介した『看護のなかの死』の著者、
寺本松野さんの
教え子たちが中心に、
「寺本看護」や「シスターの人間性」

ついて掘り起こし、その意味を考えている1冊。


これはすごい本です。
やっぱりこの人は
すごい看護師。
『看護のなかの死』では、出会った患者
さんやその死、
ターミナルケアが本の主題でしたが、この
本は、
寺本さんの教え子たちが、それぞれに非常に
リアル
で具体的な思い出や経験を語っていて
30人ほどがそれ
ぞれの寺本松野を語っています)、
寺本さんの「看護の心」
がより立体的に
浮かびあがってくる感覚でした。

読んだあ
との感動的な余韻、
看護という仕事の“すごさ”“すばらしさ”を実感できます。

寺本さんは、ナイチンゲール看護にも精通し、
とくに『生活援助』という基本看護を徹底的に
重視されていました。あと、環境整備も。
寺本さんの清拭やベッドメーキングの
神業的(「魔法」「マジック」という表現も)すごさも、
口々に語られます。


プロとしての厳しさと責任、看護師としての生活態度、
患者さんへの深い愛情、人間的感性の豊かさ、
患者さんの立場に徹底して立つ姿勢、
「痛み」への想像力、観察力と洞察力、判断力・決断力、
つねに学習を怠らない姿勢、ユーモア、
教えられることがたくさんあります。


本の最後に、2001年7月20日に行われた、
フローレンス・ナイチンゲール記章受賞記念講演
「質問の価値-私への3つの質問」(寺本松野)が

収録されていますが、
これも心をうつ言葉にあふれ
ています。

「大事な患者さん達と共に生きること。ある時、
私はこう聞かれました。『今日のあなたを育てた

のは家庭教育ですか学校の教育ですか、宗教
です
か?』。その時、私はすぐ答えることができ
まし
た。『私を育てたのは病院達です。病気の
人達が
私を育てたんです』」
という寺本さんの言葉が、印象に残っています。


『チベット問題とは何か-現場からの中国少数民族問題』
                (大西広、かもがわ出版、2008年)


今月はじめの学習会のために読んだ本。
知らないことだらけ。
しかし、中国政府の少数民族政策は、
じつは手厚かったというのは、発見でした。

いよいよ来月はオリンピック。
さて、どうなるでしょうか。
無事に成功することを祈ります。


『ビルマとミャンマーのあいだ-微笑の国と軍事政権』
                 (瀬川正仁、凱風社、2007年)


これも、学習会のために読んだ本。
すごく面白かったです。
ビルマ(ミャンマー)の雰囲気がよくわかります。

言論・表現の自由のなさでは、北朝鮮なみですが、
みんな「軍事政権は嫌い」というところは、
北朝鮮と少し違うところでしょうか。
あと、多民族国家、多宗教国家だったんですねぇ。
知りませんでした。


『おしえて、ぼくらが持ってる働く権利』
 (清水直子著、首都圏青年ユニオン監修、合同出版、2008年)


この手の本のなかでは、
一番分かりやすく、実践的。
4コマ漫画が良い。

なにより、リアルな相談活動にもとづいているので、
とても説得力があります。
学校の教科書でこういう本を使うべきですね。


『凛として看護』(久松シソノ著・川島みどり編、春秋社、2005年)

ソワニエ「読書日記」の13冊目。

著者の久松シソノさんの紹介。1924年、長崎市で生まれる。

看護婦として長崎医科大付属病院で働いているときに
原子爆弾
の投下にあい、直後から永井隆博士とともに
救護活動にあたっ
た。長年にわたり看護の仕事を続け、
定年後も平和の語り部として戦争の悲惨を訴え続けている。
2005年、第40回フローレンス・ナイチンゲール記章受賞。


長崎で被爆したとき、まだ22歳だったにもかかわらず、
婦長
として仕事をされていたそうです。
同僚や仲間が亡くなる中で
の献身的な救護活動は、
ほんとうにすごい。
永井隆さんは、長
崎ではとても有名な方ですが、
永井さんの存在も久松さんにとっ

とても大きかったことがわかります。


平和の尊さ、命の尊さを、この経験をつうじて痛切に
実感された久松さんは、被爆者として平和の語り部として、
いまも奮闘をされています。被爆者が「あの日」の体験を
語るということは、とても難しく、心の傷を開くものでもあります。
しかし、「原爆をなくすため」「平和を次の世代に」という
久松さんの思いの強さが、その行動の原動力となっています。



『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』(吉田守男、朝日文庫、2002年)

戦争問題や沖縄での私の師匠、あきやんさんに
教えられて読んだ本。

京都や鎌倉、奈良へ、空襲がなかったのは、
貴重な歴史的文化財の保護のための
アメリカの配慮だった、というイメージが
やはり根強く残っていますし、私も先入観で
そういうことだろうと思っていました(倉敷なんかも)。

しかし!
京都は、原爆投下の都市候補の一番目にあげられ、
終戦まで一貫して投下目標として狙われていたのです。
それを裏付ける根拠も、リアルに示されていました。
背筋が寒くなりました。

鎌倉や奈良も、アメリカのリストの順番が単に
低かったというだけで(人口などの理由)、
終戦までに順番がまわってこなかったという
だけのこと。

それにしても、アメリカの空襲計画はじつに
綿密で計画的。
とにかく衝撃な事実が多かったです(書ききれない)。

ある意味一番驚いたのは、
広島、長崎に原爆が投下された直後から、
新潟では「次は新潟に投下される」という
予知・推測がたてられ(それまで空襲が
なかった都市に原爆が落ちたという推測から)、
市内から市民を非難する政策がとられ、
8月12日には、市民の9割が中心部から避難を
していたという事実。
(実際、新潟は途中まで候補地のひとつでした)
そんなことがあったとは・・・。


とにかく驚くことの多い本でした。
いやはや。


『指揮官たちの特攻』(城山三郎、新潮文庫、2004年)

城山さんの本をもう少し読もうと思って、
吟味して選んだ本だったけど、
うーむ、もうひとつ。

なんでもうひとつなのかは、整理できないけど。


『少女パレアナ』(エレナ・ポーター、村岡花子訳、角川文庫、1986年)

先月、細谷亮太さんの本を読んでいて知った本。
これは感動しました。最後は泣けました。

どんなことにも“喜び”や“いいこと”をさがす
ゲームをする少女パレアナは11歳。
その少女が、まわりの人びとを次々と変えていく
さまは、本当に感動的です。

「気のもちよう次第」という主観的観念論とも
とられてしまう部分もあるかもしれませんが、
いや、これはそうではありません。

“いいこと探し”は努力の積み重ねで
見えてくるものであり、それは人間関係において
とても重要で、大切な姿勢…。

私たちの運動も、“いつもいいことさがし”で
いきたいものです。

この小説は、今回一番のオススメですかね。


『組織を強くする 技術の伝え方』
          (畑村洋太郎、講談社現代新書、2006年)

これもなかなか面白かったです。

学習運動なんかは、まさにこうした技術を
伝えるプロ集団にならなければいけない、と思います。

いままで考えていたことが、言語化され、
整理できたと思います。やはり一番重要なのは、
伝える側が、相手の立場にたっているかどうか、
ということなのでしょう。

私も、学習会などでは、参加者の構成、年齢、
職種、問題意識、学習会の時間帯などによって、
いろいろ伝え方に工夫をしています。

正しいことならば、つねに相手に届くかといったら、
そうではないのです。





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いのち輝く社会に

きのう(10日)は、75期岡山労働学校の第9講義、
ついに最終講義となりました。参加は18名でした。

講師は岡山市議の崎本敏子さん。

「いのち輝く社会に」というテーマで、
最終講義にふさわしいお話をしていただけました!


Img_1999 Img_2001






12年間の看護師経験をもち、
21年間、市議会議員として奮闘されてきた
崎本さんの、情熱と人間性あふれるお話でした。

崎本さんは、なぜ自分が看護師になろうと思ったのか、
公害患者さんの苦悩をまのあたりにされた話、
看護学生のとき、実習で社会の矛盾を痛切に感じた
経験などを、まずお話いただきました。

そして、12年間の臨床経験で一番得たものは、
「いのちは何より大切」ということ。
しかし、そのあたり前のことが脅かされている
現実について、薬害問題、お金がないと病院にかかれない、
後期高齢者医療制度などを例に、
崎本さんの経験などもふまえ、わかりやすく語られました。
「Hさんの死」の話が、強烈に印象に残りました。

また崎本さんは、「2・8(ニッパチ)闘争」の話を
紹介され、看護師のたたかいの歴史について語られ、
「あきらめないかぎり、自分の社会も変えられる」と
強調されました。

さいごに、
「今は市議会議員だけれど、私はずっと看護師だと
思っている。ナイチンゲールは患者の生命力の消耗を
最小限にするために環境をととのえることを強調した。
私は、患者さん、市民の命を守るために、議員という
立場で、看護師として働かせてもらっている」という
ことを語られました。


とても感動的な講義でありました。
崎本さんのお話は、いつも背筋が伸びます。


あと、崎本さんは、『夜明けがくる』という
ニッパチ闘争の本を紹介されたのですが、
私もずっと「ニッパチ」をもっと詳しく勉強したいと
思って本を探していたので、「おお!」と思い、
さっそく「日本の古本屋」で検索したら、2冊だけ
ありました!(幸運) さっそく注文しました。

ちなみに、崎本さんの
ブログはこちら→ 
崎本とし子blog
私も毎日みています。



【受講生の感想】

「議員の人生をおくっている、そのよりどころと
して『看護師』がある、ということが感動しました」

「今日、しんどくて労働学校に来るか迷ったけど、
来てよかったと思いました。『あきらめないかぎり、
自分の社会も変えられる』という崎本さんの言葉
がすごく胸にひびきました」

「良いお話が聞けたと思います。今まで学んできた
ことについて、良いまとめになりました。グループ
討論で、さらに深い学びができました。言葉では
うまく表せませんが、労働学校ならではの良い勉
強ができました」

「先輩看護師の話を聞くことが出来てためになり
ました。誰かのためにというすごいポジティブな
思考で議員になり働いているすごい人だなと思い
ました。『お金がないと病院にかかれない』そんな
現代の状況は絶対におかしい!! 命を守るの
が国の責任であるべきだと思う」




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2008年7月10日 (木)

吉野ヶ里遺跡

6日(日曜日)、福岡から佐賀に向かう途中、
「吉野ヶ里遺跡を一度訪れてみたい」と思い
計画し、行ってきました。

Img_1943
 鳥栖(とす)駅で
 乗りかえる。

 J2のサガン鳥栖の
 ホームスタジアムが
 見えた。
 そういえば、最近
 Jリーグの生観戦から
 遠ざかっている…。




Img_1945



 吉野ヶ里公園駅で下車。
 30度をラクにこえる暑さの
 なか、徒歩15分、
 吉野ヶ里遺跡をめざす。
 
 まったくすばらしい晴天。
 雲がきれいだった。










Img_1949


 昼食を
 レストランですませ、
 さあ、入場口へ。

 日曜日なのに、
 観光客は結構まばら…。




Img_1950
 吉野ヶ里遺跡は、
 紀元前3世紀から、
 3世紀ごろまでの
 約600年続いた
 弥生時代の、
 貴重な遺跡が発見
 されたところ。
 建物はすべて
 復元されたものです。



Img_1951
 まず最初に、一番
 北にあった、
 「北墳丘墓」に。
 冷房が効いていて
 よかった(笑)。
 ここは、集落の中でも
 歴代の王の眠る墓でした。
 ここは今年になって
 オープンした施設だとか。



Img_1954

 こんなかんじで、
 大きな坪の中に、
 銅剣やガラス管玉などと
 一緒に埋葬されたらしい。

 これはもちろん
 つくりものです。



弥生時代にも身分階層はあったみたいだけど、
生産手段は稲作が始まっていたので土地だと思うんですが、
(他にも狩猟や貝なども)
その所有関係はどうだったのか、イマイチわからなかった。
余剰生産物の管理、という側面がまだ強かったのか?
階級社会とは言えないかもしれない。
日本の歴史をもっと勉強せねば、と思いました。

Img_1956


 外に出たら、
 そこは
 弥生時代だった。

 昔の夏も、
 こんなに暑かった
 のだろうか。




Img_1957



 こんな感じで、墳墓(ふんぼ)が
 たくさん発見されたそうです。

 甕棺(かめかん)というらしい
 ですが、棺おけのような
 坪の中に入れるというのが、
 独特だと思いました。






Img_1958


 こちらは、
 食料や物品を
 入れる倉庫。

 高床式です。






Img_1959



 こちらは、
 「北内郭」といわれる
 ところで、
 環濠集落の政治の
 中心地であり、
 神聖な場所だったとか。

 たしかに厳重に壕や柵で
 まわりから隔離されている
 感じでした。






Img_1960
 これが「北内郭」の
 セントラルビル(?)

 当時の最高技術が
 結集されているらしく、
 16本の巨大な柱に
 支えられていて、
 弥生時代最大の
 建物だとか。



Img_1961

 中に入れる。

 こんな感じで、
 まつりごとや、
 収穫の日を
 決めていたとか。





Img_1962

 でも、収穫の日を
 決める最終手段は
 これらしい。

 つまり神のお告げを
 聞く。

 建物の最上階です。



Img_1964


 次に「南内郭」へ
 行ってみる。

 集落のほぼど真ん中に
 あり、物見やぐらも
 4棟も建っている。




Img_1965

 物見やぐらからの
 眺望。

 北内郭方面を
 眺める。

Img_1966



 空が広いなー。

 暑いなー。







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 こちらは
 「倉と市」とよばれる
 場所で、
 倉庫群と、
 周辺の集落との交易
 の場所だったらしい。





Img_1968





 物見やぐら。

 絵になる。












Img_1969




 こちらは庶民の
 家が点在する
 「南のムラ」。

 



他にも、さまざまな出土品を展示している
展示室を見学したり、
とても興味深く見学することができました。

弥生時代といっても、
生産技術や生活様式、風習・文化まで、
かなり高度なものをもっていたことが
よくわかりました。

吉野ヶ里遺跡は、まだ施設の拡張工事が
行われている最中であり、
今後もさまざまな発見や展示の充実が
あると思われます。


炎天下のなか歩きまわったりしたので、
かなりバテましたが、
日本の歴史にふれられる貴重な遺跡や
展示があり、とてもためになりました。

吉野ヶ里には結局4時間近くおり、
夕方になって佐賀市内に入りました。

夜のビールがおいしかった…。





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2008年7月 9日 (水)

未来は安泰?

きのう(8日)は、笠岡市職労
勤通大学習会の5回目がありました。

いよいよテキストも終盤、
5章の「労働組合を強く大きく」でした。

最初に、「そもそも、なぜ労働組合が“強く”、
“大きくなる”ことが必要なのか」ということで、
ざっくばらんにディスカッションしてみました。

そしたら、Y書記長もびっくりの
青年部の方の回答ぶり。
労組コース学習の成果でしょうか。
「笠岡の未来は安泰だね~」なんて。

Img_1989

 学習会の風景。

 半分以上演出入って
 いますが(笑)




ほかにも、5章の中身に関連して
いろいろな疑問や意見を話し合うことができ、
とても有意義な学習会となりました。

なにより、楽しい雰囲気が良いですね。
ここは。



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2008年7月 7日 (月)

えすえーじーえー佐賀!

おととい(5日)から、九州へ。
全国学習交流集会in倉敷(11月22~24日)の
要請行動第1弾なのでありました。
実際は今日(7日)の佐賀だけなのですが。

5日(土曜日)は、福岡県学習協のS事務局長に
会いに福岡天神町へ。

Img_1934_2 

 17時半、
 「福岡県学習会館」へ。

 自社ビルですよ!
 築40年らしいですが(古い)。
 でも、めちゃ一等地にあるので、
 バブル時代、
 「5億円で売ってくれ」と言われた
 とか・・・!
 すげー。




Img_1940
 すぐさま近くの飲み屋へ
 S事務局長(76歳らしい)。
 相変わらずお元気でありました。
 「きみはイカの生き造りは
 食べたことあるかねぇ」とSさん。
 「ありません」と私。


Img_1936
 じゃん!
 頭、動いてました!

 そして、体は
 透き通っていました!
 あわわわわ・・・。

 お味はもちろん最高!
 「玄界灘のイカ」らしい。
 しあわせ!

S事務局長には、九州への要請行動の
ごあいさつ(?)で寄ったわけですが、
とりあえず、当面は福岡以外の
県をまわる予定であります。

Sさんには、「なぜ学習運動の専従に?」
「家族は?」「食事は?」「趣味は?」など、ほぼ私の
質問ぜめの飲み会でありました(笑)

九州大学での学生運動、
民間企業に就職していた3年間のこと、
学習運動への「愛ゆえの批判」(by長久命名)など、
いろいろと楽しくお話を聞くことができました。

「では、場所を変えるか」と、もう1軒連れていって
いただきました。しかも2軒ともオゴリで!
Sさん、ごちそうさまでした。ありがとうございました。
(このブログを見ることはないと思うので、ハガキ書きます)


6日(日曜日)は、福岡から電車に乗って
吉野ヶ里遺跡へ。そして夕方佐賀市内に。
純粋な旅の1日でありました。
この様子は別にアップします。


7日(月曜日)。

佐賀市内を全国集会の要請行動。

まずは佐賀県労連へ。

Img_1972_2
 事前にアポとっていたので、
 事務局次長で専従のIさんが
 対応していただきました。
 佐賀労連や青年部の状況を
 聞きつつ、チラシをつかって
 全国集会の中身を紹介。
 「ぜひ佐賀からも参加を」と
 要請しました。

「青年部活動を起動にのせるために、
いろいろ動き出しているところ」とIさん。
勤通大の基礎コースを受講したことも
あるそうであります。
「とてもいい集会の内容ですね。
加盟労組に紹介していきます」とのことでした。

Img_1974
 続いて佐賀高教組に。
 岡山にも教育会館ありますけど、
 佐賀のほうが断然大きい!
 この3階に佐賀高教組がありました。
 副執行委員長のKさんが対応して
 いただきました。
 また、学習協の全国の会議でも何回か
 お会いしたことのある、書記のNさんにも
 ごあいさつをしました。

「2泊3日はなかなか厳しいなぁ」というKさんのお話
でしたが、集会の魅力をしっかりと伝えてきました。

帰りぎわ、Nさんから、
近くにある全建労の役員さんの職場を
教えてもらい、さっそく行ってみることに。
ありがとうございました!

Img_1973_2 
 そして、さっそく行ってみる。
 佐賀国道事務所。
 4階にエレベーターであがる。
 支部長のKさんがいる職場に
 ずんずん進む。
 知らない職場に行くのは慣れっこ。
 アポなしでもへっちゃらです。
 (向こうは大変だけど)

主旨を伝えると、「こちらに」と小さな会議室へ。
お仕事中なのにありがたいことです。
全国集会の中身を伝えると、
「呼びかけてみます」とKさん。
よろしくお願いいたします。

Img_1975
 続いては、
 建交労佐賀県本部。
 ここはアポとってました。

 ダンプや汲み取り業者の
 みなさんが中心の組合。
 S委員長が対応して
 いただきました。

ここでも全国集会の内容を紹介し、要請。
よろしくお願いします!

ところで、建交労の事務所のすぐそばに、
佐賀民主会館というところがあり、
民青同盟の事務所があることは事前チェックで
知ってたので、行ってみることに。

そしたら、共産党県委員会の事務所の
建物でありました(笑)。
その2階に民青事務所があるでありました。

ついでなんで、共産党へも訪問。
そしたら県書記長のIさんが対応していただきました。
ありがとうございます。
そんでもって、まことにラッキーだったのは、
共産党の事務所に若い女性がいて、「へー」と
思っていたら、民青同盟員で、たまたま事務所に
来ていたとのこと。

書記長のIさんと、その女性に全国集会の
魅力を紹介し、「ぜひ青年に来てほしい」、
と要請したのでありました。
「いい内容ですねー」とかなり前向きな感じ。
よろしくお願いします。

Img_1976 佐賀市内で最後に
 訪れたのは、全労動。
 ハローワーク佐賀に。

 ここはアポなしでしたが、
 書記長のKさんが
 お仕事中でしたが、
 対応していただきました。
 ありがとうございます!

それにしても、ここまで移動はほぼ徒歩。
ラクに30度を越える気温で、
汗ダラダラで佐賀市内をまわりました。
やっぱり次は車にしよーかなー。
難しい判断だ。

佐賀駅に帰ったのは、14時前。
そこから、佐賀自治労連がある
唐津市の事務所に電話を入れました。
「可能なら夕方行きたいのですが・・・」と
電話したら、大丈夫とのことで、
唐津経由で福岡に戻ることにしました。

Img_1977
 「唐津線」というらしい。
 もちろん初めて。
 佐賀から、県北(?)の
 唐津市までを結ぶ
 ローカル線です(2両)。


約1時間ちょっとのローカル線の旅、
いやぁ、すばらしい景色でした。
思わず本読むのやめてしまいました。
田んぼの緑がね。癒される風景ですね。

Img_1978

 唐津駅から徒歩15分。
 地図を見ながら、最後に
 また電話して「事務所どこですか?」と
 訪ねながら、たどり着いたのがここ。
 唐津勤労者福祉会館。
 自治労連や、佐賀地区労連の
 事務所がありました。


書記長で専従のUさんが対応していただきました!
同じように、チラシをつかって全国集会の中身を
説明。どこもそうでしたが、「いい内容ですねー」という
感じの受けとめが多かったので、励まされました。
Uさんも、自治労連や、地区労連の労働組合に
紹介します、とのこと。ありがとうございます。

あと、Uさんは、
「広島の二見さんには、来てもらったことがある」と
おっしゃっていました。なんとなんとです。

あと、関係ないですが、この事務所に来るまでに、
歩きながら駅でゲットした観光チラシを眺めていると、
唐津は城下町の歴史もあり、
とっても魅力的なところが満載の場所じゃないですか!
滞在時間わずか1時間ちょっとなのが残念無念で
ありました。

くやしかったので、自治労連の事務所から
歩いてすぐ(3分ぐらい)のところに、
ナイスな浜辺があるみたいだったので、
「せめて海が見たい」と思い、行ってみました。

Img_1979


 わーい、
 海だぁー。

 玄界灘だー。
 (たぶん)

 きれいだなぁ。






Img_1981



 日曜日と
 今日と、
 すばらしく空が 
 きれいでした。

 右下に
 ちっちゃく
 見えるのが
 唐津城です。











16時半頃の電車で福岡に向かいました。

Img_1983

 車窓からは
 海が・・・。
 暑くてバテバテ
 でしたが、
 この風景を
 見れたのは
 幸せでした。




福岡から新幹線で岡山へ。
そのまま事務所に戻り、
労働学校の運営委員会に途中から参加。

暑い暑い1日でした。
でも、佐賀は良かった。
やっぱり県外オルグは面白い。

今月下中には、九州オルグ第2弾を
計画中です。ますます楽しみです。
うひひ。




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2008年7月 5日 (土)

フラフラでしたが

きのう(4日)は、午前中、
岡山医療生協の
平和サークル“おりづる”
総会が操山の里山センターであり、
講演に行ってきました。

Img_1933
 医療生協の
 組合員さんでつくっている
 平和サークルです。

 きのうの参加は
 25名ほどだったでしょうか。



テーマは「海外派兵恒久法について」という
ことでした。

最初、“おりづる”というサークルの名前が
いいな、と思ったので、佐々木禎子(さだこ)さんの
ことについて話をしてみました。

学習会では、海外派兵恒久法の内容と背景、
また、この間の情勢の大きな変化として
名古屋高裁での歴史的な判決が出たので、
その内容を紹介しました。
 *航空自衛隊のイラクでの活動は9条1項に違反すること。
 *憲法前文の平和的生存権は、基本的人権の基底的権利
  であり、具体的権利性があること。

このスバラシク画期的な判決は、もっと広げなくてはなりません。
しかも、裁判では負けたのに中身では大勝利!
おかげで国は上告できずに判決が確定!

裁判官の勇気と英知に乾杯bar

あとは、軍事費の問題、軍事と環境の問題、
憲法どおりの日本をつくろう、という話をしました。
さいごに、澤地久枝さんの「私のかかげる小さな旗」という
決意を紹介し、
「1人ひとりがゆるがない平和の旗をかかげましょう!」
ということをしゃべってみました。

質問やら感想やらもいくつか出て、答えてみました。

それにしても、里山センターのまわりは、緑深くclub
別世界のように気持ちのよい空間でありました。
1日ぼーっとしたいなぁ。



午後は、
ソワニエ看護専門学校で12回目の講義。
2週続けて全員出席。

読書日記は『凛として看護』という本を紹介しました。
22歳のときに長崎で被爆し救護活動に奔走した、
久松シソノさんという看護師の方の本です。
いまは平和の語り部として
貴重な活動をされています(また詳しく紹介します)。

それに関連して、「原爆と医療従事者」という
ミニ補講をしてみました。
ミニ補講といいながら、
授業の半分をつかったんですけどね。
原爆による「死」と、医療従事者として戦争に
どう向き合うのか、という話をしてみました。

本講義では、
ものの見方の2回目で、
「運動・変化をとらえる」視点の問題について
話をしてみました。



前日、久しぶりに家に帰るのが日付をまたぎ、
なんと2時!
きのうは、夜も、とある「語るつどい」でディープな話を
したので、もー、たいへんでした。
ソワニエの時点でかなりフラフラでしたwobbly


でも、無事に1日終わった。
安堵、安堵。



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2008年7月 4日 (金)

難しくて刺激的?

きのう(3日)は、75期岡山労働学校の第8講義。
いよいよ大詰めになってきましたが、
テーマは
「知るを楽しむ-本屋さんが語る、読書のススメ」
新岡山書籍の相木孝治さんが講師でした。
参加は久しぶりに回復し、18名でした。

Img_1927 Img_1931










講義は、相木さんの法学部時代の
憲法解釈をめぐっての学びの経験から始まりました。

そして、ヘーゲルの弁証法の概念や、
史的唯物論の基本となる命題が
黒板をめいっぱい使いながら説明がされました。
(レジュメもすごかったけど)

初心者には少し難しく感じられた
講義だったかもしれませんが、
「これをわかりたい。わかったらすごいかも」という
意欲を引き出していただいた講義でもあったようです。

人間の本質は・・・(マルクス)というような話も
面白かったのではないでしょうか。


【受講生の感想文】

「分かりにくい難しい部分もあったが、でも
何となく分かる。動いていく社会。物をみる、
気づく、ことの大切さ。うーん、勉強は大切だ」

「刺激的な講義でした。普段なんとなく考え
てることを、たまにはじっくりゆっくり考えて
みるのって必要だな、と思いました」

「とても難しい話に感じました。分からない
単語が多くて、なかなか話についていけま
せんでした。しかし諦めません。いつの日か
理解できるようになるため、これからも色々
な本を読んで自分の知らない世界にチャレ
ンジしていきます」

「刺激的でおもしろい講義でした。頭の中が
整理できたという感じ。・・・有論、本質論、
概念論のところもよくわかって興味深かった
です。理論的な学習必要だなぁとひしひしと
感じました!」




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2008年7月 3日 (木)

世界の人権!?

きのう(2日)は、倉敷医療生協の
くらしき診療所&歯科の職員学習会があり、
14時から行ってきました。


Img_1924

 ここでの学習会は
 3度目です。

 参加は20名ほど
 だったでしょうか。



「チベット問題とミャンマーの問題が知りたい」
という職員さんの声があり、
世界の人権状況もふくめて話をしてほしいという、
なんとも難しい要請だったのですが、
「世界の人権、日本の人権」というテーマで、1時間ちょっと、
またもやにわか勉強でしゃべってしまいました。

チベット問題は、『チベット問題とは何か』(大西広、かもがわ出版)の
助けをかりて、ほぼその線で話をしてみました。

ビルマ(ミャンマー)の問題は、
あまり詳しくはしゃべれなかったのですが、
それなりにできたのではないかと思います。

後半は、国際人権法や日本国憲法の先進性について
話をしてみました。
もちろんこちらも素人話なのですが、
この部分のみ概要を紹介いたします。
間違っている部分があれば、誰か教えてください。

自分自身はとても勉強になりました。
久しぶりに世界人権宣言を読みました。


以下。




三。世界の人権と日本国憲法
 
1。世界の人権を考える起点と国際人権法
  
◇世界人権宣言(1948年)
   
*詩人の谷川俊太郎さんが、子ども向けの訳をつくっている
                                 (資料参照)

  ◇この到達からみて、現在の世界は人権問題で満ちている

  
◇世界人権宣言や、国連憲章などをベースに、「国際人権法」が
   整備されてきている
   
*国際人権法は、国籍の違いなく地球上のすべての人間の
    尊厳を守ることを目的として、つくられている。いわば、人類
    社会のルール、となるもの。
   
*国際人権法の主要条約と呼ばれるものは、以下。
    
・自由権規約(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、1966年)
    
・社会権規約(「経済的、社会的及び文化的権利にかんする国際規約」、
                                          
1966年)
    
・人種差別撤廃条約(1965年)
    
・女性差別撤廃条約(1979年)
    
・子どもの権利条約(1989年)
    
・拷問等禁止条約(1984年)
    
・移住労働者権利保護条約(1990年)

   
*このほか、難民条約、人身売買禁止条約、奴隷制廃止条約なども
    重要。
   
2006年12月に国連で採択された障害者権利条約。日本は批准に
    向け準備中。
   
*このように、国際人権法は、「権利別」というより、「主体別」に人権
    保障の中身を確定することが多い。日本は、7つの主要条約のうち、
    移住労働者に関する条約をのぞけば、すべて入っている。
   
*国際人権法は、人類社会の変化に応じて絶えざる進化を遂げている。

 
2。日本国憲法の開放性・柔軟性、そして先進性
  
◇日本国憲法98条2項
   
*国際人権法の進化の結果が、そのまま国内秩序に編入される
    体制を、日本国憲法はとっている。
   
*優先順位は、「憲法」→「条約」→「法律」となるらしい。
   
*裁判で、国際人権法にもとづいた判例も出てきている

  
◇また、そもそも日本国憲法の人権規定は、世界的にみても先進的なもの
   
*前文の「平和的生存権」は特筆すべきもの。
   
*自由権、社会権もかなり包括的にカバーしている。
   
*理想に燃えていた人びとが憲法をつくった(制定過程はドラマチック)
   
*13条と98条2項は「ドラえもんのポケット」(国際法学者の阿部浩己さん)

   
*しかし、日本国内の人権状況は、はっきり言ってヒドイことになっている
    
・後期高齢者医療制度、働く貧困層、障害者自立支援法、ビラ配りした
     だけで逮捕・・・
    
・国連に怒られている(資料参照)

 
3。「活憲」の時代へ
  
◇権利を知ること、使うこと

  
◇朝日訴訟の教訓-「権利はたたかいとるもの」(朝日茂さん)

    
「生粋の庶民といってよい朝日茂さんが、なにゆえに、歴史上数
    ある英雄も顔負けの勇気と果敢な意志、不撓不屈の粘りをもって、
    その短い後半生を『権利は闘いとるもの』という理念に捧げたの
    か。その力の源は、要するに、一方での人間らしく生きる権利に
    たいする深い洞察と、他方での『合法的殺人』と呼ぶべき非人間
    的な生活を強いる国家権力に対する怒り、この二つに求められ
    る。朝日さんは、普遍的人権に対する洞察と確信が非人間的生
    活を強制する権力と衝突し、そこに発する火花を生きる力として
    50年の人生を生き抜いた。これは、21世紀に生きる一人ひとり
    の個人が、いかにして生きるべきかを問うときに、一つのヒントを
    提示するものにほかならない」
     (二宮厚美「朝日訴訟が現代に問うもの」、『人間裁判』所収)

  
◇コスタリカでは、「活憲」があたり前に行われている
   
*人口約400万のコスタリカで、年間12,000人が「違憲訴訟」を
    起こすという。
   
*大統領に勝利した大学生など

  
◇憲法前文の精神で真の国際貢献を

    
「わたしたちは、平和をまもろうとつとめる国際社会、この世界
    から、圧政や隷属、抑圧や不寛容を永久になくそうとつとめて
    いる国際社会で、尊敬されるわたしたちになりたいと思います」
                               (池田香代子訳)

   
*第2次世界大戦後、63年間、直接の戦争には参加してこな
    かった唯一の先進国としての“ブランド”(ただしアジア諸国に
    ついては、侵略戦争の戦後責任の問題がある)。
   
*経済力もある。「お金」は、使いようによって、人を救う絶大な
    力をもつ。



さいごに:事実を知ること、権利を使うこと



以上。



最後に全国集会in
倉敷の宣伝もしてきました。

ところで、準備するにあたって、

社会権規約の第3回報告書を2006年6月末までに
提出せよと国連の社会権規約委員会から勧告されている
日本政府だけれど、いまだ提出していないのはなぜか?
と疑問に思い、外務省に電話して聞いたら、
「作業が膨大なため」というのが担当者の答えだった。

「ほんとかなぁ」と疑りたくなる。
2001年の総括所見でかなりこっぴどく怒られているし、
後期高齢者医療制度や障害者自立支援法など、
基本的人権の側面からみて重大な問題が起きている
ので、できるだけ遅らせようとしているのでは?と思ったけど、
疑りすぎですかね? 遅れている事実は確かなんだけど。


学習会のあとは、結構質問が出されて、
「さすが倉敷!」と思いました。




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2008年7月 2日 (水)

裁判を傍聴して

きのう(1日)は、岡山でただ1人、
原爆症認定訴訟裁判の原告として
たたかわれている川中優子さんの
裁判を傍聴しに行った。
(私も支える会に入っている)

久しぶりの裁判傍聴だったが、
法廷がエラクきれいな部屋になっていた
(新築なのであたり前か)。

裁判を傍聴して思ったこと。
相変わらず傍聴者に配慮がない。
とくに裁判官は声が小さく、聞きづらいear
傍聴している人に聞えるかどうかなど、
どうでもいいらしい。

また、複雑怪奇な裁判用語も同じだった。
裁判員制度は問題も多いと聞くが、
国民に開かれた、国民にわかる言葉で
裁判が変わるなら、それは大きな一歩だと思う。

裁判の中身も、あきれはてるものだった。
国は認定に関する新基準(これも不十分ではあるが)を
示し、大きく情勢も変わってきている。
大阪高裁の全員勝訴判決も確定している。

が、近藤弁護士が
「岡山の裁判では旧基準でまだ争うつもりか」
と国側に聞いたところ、
国の弁護士(?)は、
「変更はない」と答えていた。

世間には「新基準で救済」と言っておきながら、
個々の裁判では「旧基準で」とは。

国側の人の苦渋の表情が印象的だった。
自分の意見など言えないのかもしれない。
人間の表情は、内面をじつによく表すものだと思った。

この裁判、
情勢は大きく変わりつつあるが、
まだまだたたかいが必要だ。

被爆者のみなさんは、放射能や病気と
闘わなければならないが、
この国の政治ともたたかわなければならない。
ああ。




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2008年7月 1日 (火)

細谷亮太さん再登場!

ソワニエの授業でもつかった、
細谷亮太さんの「子どもの命みつめて」(NHK教育)が、
明日(2日)から
再放送(←番組HP)されます!

興味のある方も、ない方も、ぜひオススメです。
7月の水曜日、全4回。時間は22:25~22:50です。

あと、たまたまですが、
今日の朝日新聞に澤地久枝さんが、
細谷先生のことを書いていました!
「人をつなぐもの」という記事です。
なんと!小田実さんの最後の主治医が
細谷先生だったようです(不思議clubな縁だなぁ)。
俳人仲間の紹介だったそうです。

澤地さんは、細谷先生のことを
これまで「まったく存じ上げなかった」と言い、
こう書いています。

「細谷先生は長年子どものガンの治療にあたって
こられた。おさなくて死と向き合う子どもたちの健気
さ、救えなかった命への無念と悲しみを句やすぐれ
た文章に書いておられ、読むたびに、わたしは涙を
誘われ、生きる初心を学ぶ思いになる。御著書は
入手可能なすべてを求め、くり返し読んですっかり
魅せられてしまった」

この記事を読んで、
なんだか、うれしくなったconfident


ぜひ、番組もご覧ください。



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第4回実行委員会

きのう(30日)は、全国学習交流集会in倉敷
第4回現地実行委員会がありました。
参加は13名。プラス、中央実行委員長の
仲村さん(兵庫県学習協)が特別参加shineされました。

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 会議の様子。






会議では、第2弾チラシもできたので、
それを使って宣伝、要請活動に入ること、
現時点での動きなどについて確認しました。

続いて、仲村さんから、
これまでの全国集会の教訓、
参加者が全国集会に求めていること、
倉敷集会への期待が述べられました。

その後、
1日目の文化・交流企画の内容や、
全体集会の司会、
分科会の具体的な内容と段取り、
夜の交流会の中身と準備、
3日間を通しての運営の細かい点などを
少しずつ協議しました。

一つひとつ、具体的な形になるのは
もう少しかかりそうですが、
おおまかな概要はほぼ固められたと思います。

あとは、細部の仕上げと、
募集です!soccer



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