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2008年5月30日 (金)

同じ年なんですよっ

今日(30日)の午後は、ソワニエ看護専門学校へ。
7回目の講義。
今週のハードな仕事が影響し、かなりヘロヘロでした。
が、学生さんは真剣に聞いてくれていました。
ありがたや・・・。

読書日記では、
私の尊敬する医師の1人である、
鳥取の、「野の花診療所」の徳永進さんの
『老いるもよし』という本を紹介。

また、その本の中に出てきた絵本、
『おぼえていろよおおきな木』(佐野洋子)を
使いながら、「あたりまえにそこにある」
「あたりまえにそこにいる」「あたりまえに○○ができる」
ということの意味と大切さを考えてみました。

学生さんはしっかりと
受けとめたようでありました。


本講義は、『君たちはどう生きるか』の4章部分。
浦川君の豆腐屋にコペル君がお見舞にいく話です。

それにちなんで、
「貧困と健康」についてつっこんで話をしてみました。
『健康格差社会』(近藤克則)の話とか、
『学習の友』4月号歯科の先生が書いた
「歯の健康格差」の話とか。


あと、ナイチンゲールの『看護覚え書』の言葉を紹介。
生活環境や労働環境を視野に入れる大切さについて述べました。

「貧しい縫製工や印刷工、その他こういった職業の
人びとが生活のために働く場所
は・・・

「(居住について)貧しい労働者たちは、およそこれ
以上の過密状態は想像できないほどぎゅうぎゅうに
詰め込まれている

「このような場所で、しかも無理な姿勢運動不足
短い食事時間と栄養不足長時間にわたる過酷な
労働
不潔な空気といった状況下にあって、彼らの
大多数が胸部疾患、それもたいていは肺結核で若
死するという事実は、これはいったい不思議といえ
るであろうか? それに加えて、これらの作業には
暴飲という悪い習慣が共通して見られる。人びとは
酒の力を借りなければ
仕事をやりおおせず、それが
彼らの健康のレベルを下げ、身持ちを崩させ、刻々
と、早過ぎる墓場行きへと駆り立てる。雇用者がこ
れらを考慮することは稀である

        
(『看護覚え書』1章、「換気と保温」)



授業では言いませんでしたが、
こうしたナイチンゲールの叙述や観点は、
エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』と
共通していることに気づきます。

おまけに、ナイチンゲールとエンゲルスは、
ともに1820年生まれ。同い年なんです!
すごいでしょ。


授業では、日本の長時間労働が、いかにヨーロッパと
比べて異常か、その長時間労働が健康におよぼす
影響などについても話をしてみました。

あと、「ものを生みだす働きの尊さ」について、
最後に強調して終わりました。


学生さんの感想文は、どれもたいへん
おもしろい。疲れはこれでふっとぶupのであります。



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圧巻のお話

きのう(29日)は、75期岡山労働学校の第3講義。
参加は17名と、また少なくなってしまいました。

が、講義内容は期待通り、
圧巻のお話でした。

テーマは
「社会と生き方、自分づくり①-生きがいを求め続けて」
講師は、DCI岡山セクション代表の三宅良子さん。

埼玉で高校の国語教員として働かれながら、
組合運動、男女平等を求める課題の追求、
子どもの権利条約、ジェンダー問題についてなど、
幅広く活動されていました。
現在は岡山に在住しながらも、
多方面に、パワフルに活動されている方です。

Img_1785_2 Img_1784








埼高教の委員長、全教の副議長も歴任されている、
すごい方なのであります。

で、きのうの講義も、
戦前戦後の自分史から、男女同権を求める活動、
ジェンダー論、生きがいとは、などなど、
配ったレジュメにほとんど目をとおさず、
すばらしい勢いで語られました。

これだけ縦横無尽に話ができる人は、
なかなかおりません。感服します。
また、内容も、青年向けの非常にわかりやすい、
そして背中を押してくれる内容で、大好評でした。

「決められたレールの上を進む生き方ではなく、
おかしいことには断固おかしいと言える生き方を。
そして、自分の人生を自分で切り拓くこと、課題を
追い続けることこそが、生きがいにつながる」
というエールを送られました。

また、後期高齢者医療制度など、現在の社会状況にふれ、
「ほんとうに腹が立つことばかり、こんな世の中の
まま私は死ぬことはできない。120歳まで生きるつもり」
と述べ、そのあふれ出るパワーは、受講生におおいに
刺激を与えたのでありました。



受講生の感想

「三宅さんみたいに年を重ねてゆきたいと
思っています。元気が出ました!」

「三宅さんの、自分たちが主体になって変え
ていくんだ、そのことに年齢は関係ないんだ、
という生き方には、あらためて楽しい思いを
させられました。久々に、おいしい空気をすっ
た気分」

「楽しく、胸がすっきりするようなお話でした。
今の日本、普通のことが受け入れられない
社会ですが、みんなが生きていける世の中
にしたいです。自分のカラを破って頑張らねば!」

「『生きがいを社会進歩に』という目標を持ち、
29年前に民主運動に加わりました。昨年11月
に7年半のブランクの後、再び、生きがいを見
つけたくて、民主運動に復帰しました。今日の
話は自分の人生を振り返る事もでき、非常に
いい話でした。やっぱり労働学校に入って良かっ
たです」

「戦前、戦後の話を大変興味深く聞かせて頂き
ました。特に、戦後直後から10数年間の状況
は、よく知らなかったので、おもしろかったです。
学校内での民主主義の討論は、今の時代でも
あるべきです」

「『女らしいとはこう!』『男らしいとはこう!』と
ガチガチに決められた社会は、女性にとっても
男性にとっても生き難いと思います。『変だっ』
『嫌だっ』と思うことにはぶつかっていこう、と思
えた元気のでるお話でした」




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2008年5月29日 (木)

そ、そしたら、まあ!

きのう(28日)の晩は、
岡山医療生協労組へ。

いつもなにかとお世話になっている労働組合だが、
今年は勤通大労組コースを16名受講している。

「勤通大の月1回の学習会をしていきたい。
ついてはしょっぱなの契機づけの話をしてほしい」
と頼まれ、ちょっとしたレジュメをつくって行った。

ちなみに、I塚書記長は、
労組コースのテキストについて、
「これは勉強になる」「実践的にも使える」と
お褒めの言葉をいただいた。

学習会の参加は5名と少なかったのだが、
*自分の言葉で語ることの意味と大切さ
*そもそも労働組合の役割とは
 ・『学習の友』5月号の槙野理啓論文を読み合わせ
*学ぶ時間はつくることができる

というような柱で、かなり具体的なアドバイスや
学習方法、独習方法について話をした。

そんでもって、『友』の拡大月間が始まることもあり、
参加していたなかの3人が未購読者だったので、
『友』の魅力をかなり具体的に語った。
とりあえず3人にとってほしいと思いながら・・・。

そ、そしたら、まあ!

議論は私の思ってもみない展開に・・・!
おお!!!!
まだ本決まりでないので、ぬか喜びできませんが、
一生懸命語ったカイがありましたhappy02

詳しくは、またご報告します。



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2008年5月28日 (水)

『学習の友』6月号

『学習の友』6月号の主な記事の紹介。

【特集 食の安全と日本の農業】
 *安全な食品を食べたいけど、どうすれば・・・(森吉秀樹)
 *農をいとなみ、食をまもる(福島県農民連女性部、宮城農民連、
   全農協労連、生協労連、横浜・港湾労働組合)
 *目で見る学習-輸入食品はアブナイ?(石黒昌孝)

【その他の記事】
 *翼をおもいっきり広げて(野村昌弘)
 *みんなが幸せになるために-最低賃金と派遣労働(大木寿)
 *社会を丸ごと健康に-メタボよりメチャド(服部真)
 *チャップリンとディーセント・ワーク(筒井晴彦)

【連載】
 *歴史を考える<第2回>(村本敏)
 *労資関係と暮らし改善の道<第6回>(辻岡靖仁・田中紘一)
 *ものの見方と人間らしさ<第2回>(長久啓太)
 *キラリ憲法<その10>(三上満)


うーむ、今月号も盛りだくさんですねぇ。
「メタボよりメチャド」も面白かったですし、
「キラリ憲法」の満さんの文章は「さすが!」とうなりました。

私のものの見方連載は2回目。
まとまりはイマイチですが、読んでみてくださいませ。

さて、いよいよ6月の拡大月間に。
増やすぞ~。今日から走りだします。





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2008年5月27日 (火)

衝動買い…

県学習協の会報ができて、これから郵送の準備に。
そんな忙しいなか、
今日(27日)の午前中、つまりさっき、
丸善に絵本を買いに行った。

今週のソワニエの授業にどうしても
必要な絵本だった。

『おぼえていろよ おおきな木』(佐野洋子作・絵、講談社)
がそれだった。

すごーく味のある絵本だった。
コミカルな絵がメチャ笑えるのだが、
とても教えられる内容をふくんだ絵本。


ついでに、絵本コーナーを見ていたら、
おもしろそうな絵本が2冊、目につき、
衝動買いをしてしまったsweat02

『おじさんのかさ』(佐野洋子作・絵、講談社)

とにかく面白い。「あほや・・・」と笑いながら絵本をめくる。
いい。主人公のおじさんの様子が。顔の表情が。
自分にとって大切な物って、たしかにこういう
かんじあるよなーって、へんな共感もしたりして。


『てとてとてとて』(浜田佳子さく、福音館書店)

手のすごさを教えてくれる絵本を、
また見つけてしまった。

そうだねー。拍手も手を使うねぇ。
楽器にもなる。

手と手をつなぐことが最後に強調されていて、
とてもステキな絵本でした。


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絵本って、やっぱ幸せな気分になる。
なぜ、大人はもっと絵本を読まないのだろう。




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2008年5月26日 (月)

オススメは『活憲の時代』

最近読み終えた本。

『看護のなかの死』(寺本松野、日本看護協会出版会、1985年)

ソワニエ読書日記6冊目。

看護師、寺本松野の代表的著作。
いまも、ターミナルケア(終末期看護)の“はしり”として
読み継がれている名著であります。
(そんなことはモチロン知らなかったけど)

しっとりとした文体のなかに、
人間が人間を看護する意味の尊さとすごさが
にじみでてきます。

人間の“死”と向きあいながら、何を考え、
何を思い、何を学んだのか。
シスター寺本の謙虚な姿勢は、とても胸をうたれます。

でもやっぱり、“死”はつらい。
読んでいて、何度もうるっとくる本です。



『日本人の目から見たチベット通史』(小松原弘、東京図書出版会、2005年)

福祉保育労の学習会で
チベット問題をしたときに、参考にした本。
松竹伸幸さんのブログで知りました。

チベットの文化や歴史は、
まったく無知でありましたので、
知らないことばかりでした。

複雑な歴史と民族問題をかかえる
地域ということだけは、よくわかりました。



『活憲の時代-コスタリカから9条へ』
         (伊藤千尋講演集①、シネ・フロント社、2008年)


『シネ・フロント』という映画雑誌(相方がとっている)に
掲載された伊藤千尋さん(朝日新聞記者)の講演録を
まとめたもの。

雑誌掲載のときも読んでいたので、
復習という感じではあったのですが、
この人の講演は、ほんと元気になります。
「ぼくもやるぞーっ」って感じに。

これからますます、憲法は“使う時代”に
なります。また、そうしなければなりません。

『白バラの祈り』、『シッコ』に関わる講演も、
勇気をもつことにたいして、背中をポンポンと押される
気分になります。
ぜひ、一読をオススメします。



『永遠英和のために』(カント、池内紀訳、集英社、2007年)

カントの有名な平和のための考察と提言。
その新訳です。
18世紀に書かれたとは思えない先見性。

カントって、ドイツ古典哲学の人で、
物自体がどうしたこうしたという話や(観念論のお話)、
太陽系が塵から生まれたということを
提唱した人、というイメージがあり、
じつに色んな顔をもっているんだナーと、
すごく興味がわいてきました。





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パワーアップの源

今年の沖縄旅がついに決定!
9月に相方との日程調整がつき、
行けることになりました。

もちろん、今年初。
毎年2~3回沖縄へ旅をしている
私たちにとっては、年1回というのは、
“異常事態”ではありますが(忙しすぎる)、
そのぶん、楽しんできたいと思います。
(台風typhoonだけが心配…)

不思議なもので、
旅が決まると、
「では、9月までに全国集会のオルグを
気合い入れてがんばらねば」とか、
「リフレッシュした力で、全国集会まで
一気につっぱしろう!」とか、
仕事のやる気もパワーアップされるのです。

そんなものですね。
今年は夏恒例の1人旅も
できそうにないし。
楽しみがないとね。



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2008年5月23日 (金)

実行すべし。すべし。

今日(23日)の午後は、
ソワニエ看護専門学校の第6講義。
本日も41名全員出席。

講義前半は、読書日記の紹介。
『看護のなかの死』という本でした(またブログでも紹介します)。
これは、すごく反応が大きかった。
今年のこれまでで、一番だと思います。
学生のみなさん、『読みたい』と思ったら、
すぐ実行すべし。期待しています。

本講義の内容は、
『君たちはどう生きるか』の第3章。
コペル君が、「粉ミルクの秘密」から、
「人間分子、網目の法則」を発見するところです。

目には見えないが、無数の人びとと、
つながりあい、支え合いながら、「社会」「私」は
成り立っている。

「モノ」の背景に、どんな人びとの仕事や生活が
あるのか。それを想像することの意味。

社会を「支えている多くの人」たちの、
命と健康を「支える」のが、看護労働の役割の
ひとつですよ、てなことを話してみました。




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人間らしい苦痛とは

きのう(22日)は、
75期岡山労働学校の第2講義でした。

テーマは、
「コペル君の苦しみ-人間だけが感じる、人間らしい苦痛」
ということで、私が講師を担当しました。

参加は22名と持ち直しましたup
単発での初参加も3名あり、
かなり活気diamondがありました。

Img_1774

 講義終了後の
 グループ討論の
 様子。

 ワイワイでした。



講義は、『君たちはどう生きるか』の6章・7章を
中心に、コペル君の経験をたどりながら、
「人間だけが感じる、人間らしい苦痛とは」
「痛みが教えてくれること」
「誤りから立ち直ることができるのが、人間だ」
などについて考えていきました。

ちょっと、受け取られ方に“狭さ”があった
ところもあり、説明不足を反省しました。


終了後の「なごみ」(21時~。喫茶店交流のこと)
にも17名が残って参加。
いろいろ感動的なお話も聞けた(私個人にとってですが)
交流となりました。
しあわせな夜でした。



講義の感想をいくつか。


「コペル君の体験談をきいていると、自分も
同じ体験があったなと思い返したりしました。
後悔した後に、様々な事を学んでも、次に
同じ過ちをやってしまうと、くやしく感じること
も多々ありますねぇ。
 でも、自分がくやしいとか、悲しいことを感
じたり、少し経った後でも気づけることって、
今日話を聞いているなかで、大切だなって
感じます。この本を読みたいと思いました」

「後悔から学ばなければ自身が前に進まな
いなと本当に思いました」

「人間は弱い部分があるから辛いことや後悔
することはたくさんあるけど、それと向きあえ
るのは、人間がもっている強さだな、と思いま
した」




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2008年5月21日 (水)

にわか勉強で

今日(21日)は、晩、
福祉保育労岡山支部の執行委員会へ。

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 会場は岡山市内の
 K保育園。

 11名の参加でした。
 初参加の人も2名。



今日の学習会のテーマは、なんと、
「チベット問題と北京オリンピック」でありました。

2か月前、A保育園のO原先生から、
「この問題を詳しく知りたいので」ということで要望があり、
にわか勉強してみました。

で、にわか勉強なりに、話をしてみました。
内容はにわか勉強なので(しつこい?)、
控えさせていただきます(笑)。

が、やはりこの問題は、
中国側の問題が大きいと学んであらためて痛感した
しだいであります。歴史的にも、今日的にも。
それを乗り越える、中国の人びとの底ヂカラを期待します。

あと、オリンピックの精神についても少し
勉強しましたが、これはなかなか面白かったです。

終わったあとの質問では、
「独立と自治はどう違うのか?」
「1国2制度とは何か?」
というするどい質問が出ました。
たしかにイメージがつきにくい問題かもしれませんね。


学習会終了後は、いつもの会議に。
各分会の状況や問題が交流され、
貴重な情報収集となりました。

そうか、あの旭川荘でも、
職員募集してもこない状況になっているのかぁ。
福祉、介護、保育は、慢性的な人不足時代に
突入しています。労働条件が悪すぎるのです。
国がお金をかけないからです。


あと、来月の定期大会で、
新執行委員長にA保育園のMさんが
選ばれることになりそうです!
いよいよ世代交代です。すばらしい。
また、組織拡大の意識も強まっている感じです。
私も側面から応援したいと思います。




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2008年5月20日 (火)

やるぞぉぉ。

きのう(19日)の学習協常任理事会で、
「6月に『学習の友』の拡大月間を提起したい」と
提案し、500部への回復をめざし、
1か月間奮闘することになりました。

全国集会の開催県として、このまま
ジリジリと『友』が減った状態では
あかんと思ったのであります(単純)。

会議では、「一般的な提起や要請では増えない」と
指摘され、あれやこれや具体的な方策について
話し合われました。
それをもとに、今、月間運動の具体化を計画中です。

目指すは約60部の増。
徹底的に学習協会員に依拠した運動にするつもりです。
『友』は最近とても読みやすく、使いやすいものに
なっています。内容をどんどん押し出していきます。

労働者教育協会では、11月の全国集会までを
『友』の拡大運動期間とし、部数の回復を
目指しています。

今回の拡大月間は、それに呼応する形ですが、
全国集会の県内への浸透を一気にすすめるためにも、
相乗的な運動になるようにしたいと思います。
『友』を増やしながら、全国集会へ!


来月はさらに忙しくなりそうです!




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2008年5月19日 (月)

第3回実行委員会

今日(19日)は、
全国学習交流集会in倉敷(11月22日~24日)の
現地実行委員会の3回目の会議がありました。
参加は13名でした。

じつは、内容に関わって、先週からかなーり
ドタバタ(?)していたのですが、
今日の会議で変更案を提案し、ほぼその線で
準備できると思います(たぶん)。
また正式に決まり次第、お伝えしたいと思います。

ちょっと残念なところもあるのですが、
全体の内容はさらにバージョンアップして
お届けできると思います。ご期待ください!

あと、準備スケジュールや、
分科会の準備などについて議論しましたー。

次回は6月30日(月)です。




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2008年5月18日 (日)

県立美術館の建築家

きのう(17日)は、午後から、
久しぶりに1人で街にでかけた。
純粋な遊び時間である。

シネマクレールで、
『トゥーヤの結婚』という中国映画をみたあと、
すぐ近くの
岡山県立美術館へ。

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 県立美術館が、
 今年、20周年
 らしい。





その20年を記念して、
県立美術館の建築を設計した、
建築家・岡田新一の建築展(?)をしていた。

建築大好きの私としては、「見逃せない」と思い、
足をはこんだ。

岡田新一の代表作は「最高裁判所」。
私はいったことはないのだけれど、
大きな写真パネルに展示される最高裁判所は、
すごい威厳を感じさせる。
逆にそれは司法の権威の象徴とも思える。

岡田の特徴は、石材の使用。
たしかに県立美術館も石材が多い。
あらためて、そういう目で美術館の建物を
眺めることができたのは、今回の収穫だった。

またあらためて、建築とは、
理論と哲学がなければできないもので
あることを実感した。
いろいろなコンペに出展すためにつくった模型や
試作品の数々も展示されていて、興味深かった。

ただ、岡田新一の建築は、私にはイマイチ
相性が悪いようで、最高裁の建物も、
県立美術館も、あまり好きにはなれない。
崇高すぎる感じがするのだ。

また、展示物のなかに、
日本のあり方への提言的なものもあり、
道州制につながるような本州「輪切り」提案があり、
まったく共感できない部分もあった。

いずれにせよ、
たまにはこうしたものに触れ、
刺激を受け、あれこれ考えるのは、とても良い。

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 県立美術館の中。

 空間が広いのは
 好きなんだけどね。

 あと、この
 澄んだ空気感は、
 とても気持ちいい。











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2008年5月16日 (金)

子どもの貧困問題を

今日(16日)の午後は、ソワニエ看護専門学校へ。
5回目の今日は、
『君たちはどう生きるか』の第2章を中心に。

読書日記では、『沖縄が長寿でなくなる日』を紹介。
「平均寿命」の都道府県格差、そして世界の平均寿命
なども見ながら、いろいろと考えていきました。
沖縄の厳しい現実は、やはりほとんど知られていません。

講義後半では、
浦川君「油揚事件」をつうじて、ちょっと強引に、
「子どもの貧困」問題を考えてみました。
今週読んだ週刊東洋経済の「子ども格差」を
さっそく活用。

子どもを大切にしない国になっている。
親の貧困が、世代をこえて子どもの人生に直結している。
シングルマザーの現状、保育や学童保育、
あまりに高い学費問題なども見ていきました。


しかし、あまり手ごたえは感じず…。
(感想文はまずまずなのだが)
悩む日々であります。



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コペル君のへんな経験

きのう(15日)は、75期岡山労働学校
第1講義があり、17名が参加しました。
残念ながら人数は少なかったのですが、
まったく新しい人が単発参加で来てくれたりしましたhappy01

講義は
「コペル君のへんな経験-ものの見方の大転換」
ということで、
私が担当しました(今期はあと第2講義のみ担当します)。

『君たちはどう生きるか』の第1章と3章を中心に、
コペル君のものの見方の大転換をつうじて、
社会科学の初歩の初歩を学びました。

*なぜラッシュがおきるのか?
 職場(生産手段)と働く人が離れている。自宅では働けない。
 みんな、朝、「生産手段のもとに出勤」するから。
 それが労働者の特徴。生産手段をもっていない。

*自分中心のものの見方からを変えてみること
 社会的視野、社会的役割から、自分をとらえなおす

*どんなモノやサービスでも、背景には無数の人びとの労働がある
 コペル君の発見した「粉ミルクの秘密」
 「おにぎり」=米の価格は今?
  →生産者価格はペットボトル1本90円台。水より安い。
 チョコレート(カカオ豆)は「どこで、誰が、どのように」つくっているか?
  →西アフリカ。児童の奴隷的な強制労働。
 携帯電話は?→多くの派遣労働者などが関わっている
 モノの背景にある、人びとのつながり、働き方、生活を想像する力を

*資本主義社会が、人間らしい関係にならない理由
 無数のつながりをつくりあげたが、それは、商品やサービスの
 「売買」という形でつながれ、つくられている。
 「売る」「買う」ことが第1の目的になる生産関係。


てな話をおりまぜながら、してみました。


Img_1762


 講義終了後の
 グループ討論の様子。





受講生の感想。

「コペル君のものの見方は、やっぱり面白い
なあと再認識しました。僕も、同じようなこと
をたまに考えます。ちょっと違うけど。
 チョコレートの話は、深く考えさせられまし
た。本当に幸福な社会とは、一体どんなもの
だろうと、今の自分の生き方に少し疑問を
感じました」

「今日の講義は楽しかった。あんな風に社会
を見た事なかったんで、役に立ちました。
…いつも『独りだ』とヒクツになることがあるの
で、『私も大勢の人に支えられている」という
何かプラスのイメージが湧きました。聞いてよ
かったです」

「『本当に人間らしい関係』ってどんなものだろ
う。個人対個人のレベルではよく考えるけど、
もっと広げて考えてみたいなと思いました。
 うちの会社で毎日作られている商品はどこ
にいっているのかなー」




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2008年5月15日 (木)

チュニジアの11日間(20)

1月6日(チュニジア11日目)の後半。
ついに連載の最終回である。

アフリカ大陸最北端のブラン岬から南へ
少し下がったところに、
チュニジア第4の都市「ビゼルト」がある。


Img_1354



 そこは、
 港町
 であった。










Img_1355




 「チュニジアの
   ヴェネチア」
 との異名をもつ
 街でもあるらしい。

 それにしても、
 天気がよい。
 空が青い。

 カスバ(要塞と居住地
 があわさったようなと
 ころ)の城壁が見える。








Img_1356




 近寄ると、
 かなりの
 迫力。
 
 







Img_1361



 なんと、この中に、
 住まいがある。

 住んでるんですよ!
 マジで。

 こんなところに
 住めるなんて、
 どんな気分なんでしょ。









Img_1359





 目の前には、
 こんな風景が。
 
 なるほど、
 ヴェネチアかも
 しれない。
 (行ったこと
 ないけど)











Img_1364


 カスバの
 東端まで
 やってくる。

 中に入るぞ。









Img_1363







 気分はもう
 中世である。

 













Img_1365







 カスバの
 中から
 港をながめる。














Img_1366



 カスバの
 屋上(?)に。

 眺めがよい。
 
 砲台らしきものが
 残っていた。



 むこうは
 地中海。









Img_1369

 街並みも
 美しい。

 高い建物が
 ないのが良い。

 ほんとうに、
 ヨーロッパ
 のような所。





Img_1371




 カスバ見学を
 終えて、
 戻る途中。
 
 おお!
 やっぱり
 チュニジアンブルー
 は晴れていたら
 映えるね~。

 これ、家かなぁ。









Img_1374


 昼食の時間。

 魚料理のお店を
 探し、ここに入る。








Img_1375
 「どんな料理が
 あるのか?」と
 訪ねていると
 (私ではないが)、

 「こっちへこい」と
 厨房に案内され、
 料理の説明を受ける。
 日本ではありえない。




Img_1377

 チュニジア料理の
 数々。

 おいしそー。
 もう懐かしい味に
 なってしまったけど。






Img_1380



 この色!
 食欲をそそる。

 お腹へってきた。






Img_1381
 でた!クスクス。

 この旅行中、
 いったい何度
 食べたでしょうか。

 上にのせるもので
 そのお店の
 特色が出る。




Img_1382
 お店のおじさんが、
 魚料理を食べやすい
 ようにしてくれる。
 こうした親切心は、
 チュニジア人は
 すごい。

 大満足の昼食!
 これがチュニジア
 最後の食事でした。



Img_1385
 満腹になり、
 外にでる。

 チュニジアの
 タクシーを
 パチリ。

 みな黄色い。
 そして、
 運転は荒い。





Img_1386


 お土産用に
 大量の
 ピーナツを
 (だったけ?)
 買い込む。







昼食後、ミニバスに乗って、
チュニス国際空港にむかう。

いよいよチュニジアと
サラバせねばならない。


Img_1388
 ミニバスの車中、
 シニアボランティアの
 おくさまが、
 趣味の腹話術を披露。
 ほんとうに、
 チュニジアで出会った
 日本人の方々は、みな、
 おもしろい人たちでした。


Img_1393
 そして、ついに
 空港に
 きてしまった。

 なごり惜しいが、
 Nさんともお別れ
 せねばならない。




どんなにお礼をしても、しすぎることのなくらい、
この旅の全行程にわたって、
Nさんにはお世話になった。

彼女がいなかったら、
こんなにステキな旅にはならかなったに
ちがいない。
訪れる街やスポットのチョイスも、
ほんとうに選びぬかれたものだった。

また、ここはアフリカなのである。
言葉も、文化も、まったく違う異国の地で、
安心して旅ができたことは、とても幸せなこと。
あらためて、感謝したい。


Img_1400

 Nさんと笑顔で
 お別れをし、
 とうとう、チュニジアを
 発つときがきた。







Img_1401


 さようなら。

 ほんとうに、
 思い出に残る、
 ステキな旅でした。





【おまけ】

アラブ首長国連邦のドバイ国際空港で。
世界一デカイ空港らしい。


Img_1408


 こんな人が、
 携帯をもって
 闊歩(かっぽ)していた。

 さすがドバイ!
 ドバイといえば
 オイルマネー!
 お金もちなんだろーなー。







Img_1410


 もちろんマックもありますよ。
 買ってないけど。






Img_1413



 真夜中だったのに、
 すごい熱気でした。

 あらゆる人種の
 るつぼと化してました。






ドバイ経由で、関西空港へ。

無事、13日間(チュニジアでは11日間)の
旅行が終わりました。



【さいごに】

私にとっては、2度目の海外であり、
もちろん距離は最長の旅行でした。

いろいろ感じたことや考えたことは、
連載でちょこちょこ書いてきたので、
くりかしませんが、
見るもの、聞くもの、食べるもの、
まったく新しいものとの出会いは、
ほんとうに楽しく、刺激的なものでした。

また、異なる文化・風習にふれられたことも、
貴重な経験となりました。

なにより、圧倒的な自然の迫力、美しさ。
やっぱりアフリカでした。
生涯、忘れないでしょう。

そして、チュニジアで出会った
いろーんな人たち。みなさんに感謝の気持ちです。

旅をプロデュースしてくれたNさんに、
さいご、改めてお礼をのべて(ありがとうございました!)、
連載を終えたいと思います。




完。





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2008年5月14日 (水)

笠岡勤通大3回目

きのう(13日)は、18時から笠岡市職労
勤通大労組コースの3回目の学習会がありました。

Img_1758

 事務所の風景。





5名が参加して、テキスト第3章を学習。
職場の実態とあわせて、
労働組合の基本的な要求を考えていきました。

とくに、青年職員の職場のあれこれを
聞きまくり、すすめていきました。
最後にかなーり面白い質問も。

次回はテストの答えあわせと4章を学びます。


で、笠岡往復の電車の中で、
岡山駅で買った『週刊東洋経済』5/17号の
「子ども格差」特集を読んでいたのですが、
暗たんたる気持ちになりました。
子どもたちに、狂った社会のしわよせがいくのが
一番つらいです。



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2008年5月13日 (火)

他人・長寿・崖っぷち

最近読み終えた本。


『他人の中のわたし-精神科医のノートから』
             (中沢正夫、ちくま文庫、1995年)


お気に入りの中沢先生の本。
患者さんとのやりとり、人生模様(?)をていねいに
描いている本で、とても読みやすい。
友人である椎名誠さんの解説つき。


『沖縄が長寿でなくなる日-<食、健康、生き方>を見つめなおす』
           (沖縄タイムス「長寿」取材班編、岩波書店、2004年)


ソワニエ「読書日記」の5冊目。

沖縄の働き盛り男性の死亡率は全国最悪。
男性の平均寿命はかつて全国1位だったが、
いまは急落し、2000年には26位。
食の欧米化(とくにアメリカ型ファーストフード)。外食率の高さ。
とくに40~50代は、全国平均の約2倍の肥満者。
たばこや飲酒への寛容さ。それによる健康悪化。

失業率は全国平均の約2倍。
借金問題で裁判所とかかわった沖縄県民は約1万3000人。
県民100人に1人は深刻な借金問題をかかえている。
農業経営の厳しさから、農家の自殺も多発。
自殺者の割合は、全国で10番目。
福祉や介護の社会的基盤の弱さ。


「癒しの島」と宣伝され、
沖縄ブームは今も過熱する一方だ(私もその1人だが)。
美しい海や自然、「おばぁ」のやさしい笑顔がイメージづけされ、
「あたたかく、やさしい、癒しの島」の現実は、
イメージとはまったく異なる一面をもっている。

加えて、「長寿県」としてもクローズアップされる
沖縄だが、その「長寿」を支えてきたものは
いったい何なのか、これからの具体的課題まで
ふみこんで考える内容になっています。

米軍基地の居座りと経済問題は切り離せないし、
沖縄の現実はじつに複雑な側面をもっている。

気楽に「沖縄移住が夢だ」なんていえないよな~。

目次を紹介。
 第1章「食は、いま」
 第2章「生活習慣の変化」
 第3章「本当に癒しの島か」
 第4章「ゼロからの復興」
 第5章「お年寄りは幸せ?」
 第6章「新しい生き方」



『崖っぷちに立つあなたへ』(落合恵子、岩波ジュニア新書、2008年)

4月に出版されたばかりの
落合さんの最新刊。

内容は、落合さんの青年期の自分史。
親と子、家族、母子家庭での苦労を中心に、
しっとりした文体で綴ります。

相変わらず読みやすい。
そして、「はじめに」でいきなり涙腺がゆるむ。
落合さんのお母さんも、すごい人です。


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2008年5月12日 (月)

労働者教育協会の総会へ

土・日(10日~11日)は、
労働者教育協会の第48回総会に参加しました。

土曜の11時から全労連会館で始まりました。
いつものようにギリギリセーフの到着で、
午前中は提案報告、午後はおもに討論の時間でした。

Img_1755

 山田敬男会長のあいさつ。








いろいろな運動の最前線で奮闘されている
人の発言からは、さまざまなことが学べます。
私にとって、貴重な場です。

11月の全国学習交流集会in倉敷の成功へ
むけても、嬉しい発言が続く。

私は、全国集会の開催県という立場上、
もちろん発言するつもりでしたが、
まったく準備ができていなかったので、
2日目にすることとしました。

会議は午後5時に終了したが、
私は財政小委員会の委員に任命されてしまったので、
それからさらに2時間、7時過ぎまで会議という
苦役を強いられました(笑)。

7時半頃に宿に行ってみると、
まだ懇親会へ行っていた人々が帰ってきません。
「ま、しょうがない」と風呂に入り、
巨人・中日戦をテレビで見て、
さらにはNHK土曜ドラマ「トップセールス」まで
見てしまいました。これは毎週見ているので。

10時頃、ようやく懇親会メンバーが帰館。
2次会まで行っていたようでした。
そんなことなら、途中から合流すべきでした。
ざんねん。

「トップセールス」を見終わると、
宿での懇親会に参加。
この日は12時半頃でお開きとなりました。


日曜日は、9時半から討論再開。
私の発言はなぜかトリにまわされ、
最後の最後でした。

この日は、M竹さんが会議に参加されていて、
久しぶりにお顔を拝見しました。かっこよい。

私は、倉敷集会の訴えを
させてもらいました。
時間が限られていたので、
言いたいことの7割程度しか言えませんでした。
やっぱりしっかり準備してきて、
1日目に発言すればよかったなと反省。

正午で総会日程はすべて終了。
新しく事務局長に二見さんが選出されました。

激しく動いている情勢のなかで、
学習運動も、日々、
自己革新していかなければなりません。

がんばるぞい。

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 帰りの新幹線の中から。

 夕焼け空。






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2008年5月 9日 (金)

がんばれ現役労働者

おととい、きのう、きょうと、
岡山医療生協労組の昼休み学習会
東中央病院へ行ってきました。

30分弱で「後期高齢者医療制度・ナースウェーブ
について話すという恐ろしい仕事をやってきました。

時間が時間なので、後期高齢者医療制度のことは、
多田富雄さんの怒りの言葉(
毎日新聞4月11日)を紹介することに
主眼をおきました。



また今日は、その昼休み学習会を
13時ちょうどに切り上げ、
ソワニエ看護専門学校での4回目の講義が
13時10分からという綱渡り連続講師でした。

ソワニエでは、
きのう紹介した多田さんの『寡黙なる巨人』を、
授業の半分を使って紹介。
学生さんはみな、大きな刺激を受けたようでした。

本授業では、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)の
1回目。コペル君の名前の由来がわかるところでした。

しかし、授業が終わってから
「先生の声は子守唄のように聞えるわぁ」と、
ある学生から言われ、心で泣いたのでありました。
午後の授業ということもありますが、
やはりさらなる修練が必要なようです。がんばらねば。
もちろん、良い感想を伝えてくれる学生さんもいるのですが。


ところで、『寡黙なる巨人』は、
東中央病院の学習会のときに、
「読んだ人いますか?」と聞くと、誰一人、手をあげる
人はいませんでした。3回で100名近い参加者でしたが。
療法士さんもふくめ。

逆に、ソワニエでは、「この本は1度読んだことがあります」
という学生さんが1人(しかも18歳)。
また、「じつは友人に連休中にかりた本で、読もうと思う」
という学生さんが1人。
これにはビックリしました。


現役労働者のみなさん、
学生さんに遅れをとっていますよ!
がんばってください!



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75期がスタートぉぉ

きのう(8日)は、
75期岡山労働学校「社会と生き方を考える教室」
の入学式でした。

Img_1752

 きのうの
 入学式のようす。

 参加は26名でした。


現在、受講生は26名、+運営委員4名の計30名。
今後、もう少し増えそうですので、
目標の受講生30名も不可能ではありません!
前期の受講生数より前進しました!

しかも、今期は現在のところ
9名の初受講生(うち20代が8名)がいて、
かなりフレッシュなメンバー構成となっています。
きのうは「はじめまして」の会話があちこちで
かわされる、新鮮な入学式になりました。

運営委員会の募集活動の奮闘の結果です。


さて、記念講演は、
岡山民俗学会名誉理事長の立石憲利さんが、
「人間らしさとコミュニケーション~民話をつうじて考える」
というテーマでお話をしていただきました。

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 立石憲利さん。

 
 半世紀にわたり、
 全国各地で約7000もの
 民話を採録。

 岡山を中心に、全国各地で
 民話の語り部活動を
 精力的に行っています。


立石さんは、「桃太郎」などの昔話をおりまぜながら、
昔話を語り聞く親子の関係から、愛情と自立の問題、
また、肉声や息づかい、目と目をあわせて
コミュニケーションをとることの重要性を強調されました。

また、民話の採録に関しては、さまざまなエピソードを例に、
「相手との信頼関係をじっくりつくることが土台」と語られ、
信頼関係をつくるには、「相手の良いところを褒める」ことが
大切なことだと話されました。

労働学校については、さまざまな考え、経験、職場の
人たちが、さまざまにふれあいながら、学びあうことの
重要性を語られました。

立石さん独特の、やわらかく、ユーモアたっぷりの、
また奥深い内容の話しに、参加者は聞き入りました。


記念講演終了後は、
岡山労働学校恒例の「自己紹介交流ゲーム」で
盛り上がりました。

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 どんな人でも
 なごやかに交流できる
 すぐれものの交流ゲーム。
 きのうも教室のあちこちで
 会話がはずみました。


立石さんの、入学式にふさわしいお話と、
交流ゲームで盛り上がり、
75期はとても良いスタートをきりました。

これから毎週木曜日+企画。
全13回のカリキュラム。楽しみです。



入学式の参加者の感想。


【記念講演について】

「昔話を通じて親と子が触れ合い、愛情を伝える
ことができるということに感激しました」

「とても楽しかったです。こんな世界も大切ですね☆」

「いい話を聞かせてもらって、父母のこと、祖父母のこと、
近所のおばあちゃんのこと、友達のこと、近所のお兄
ちゃんのことなど、いろんな人のことが思い出されました」

「人の目を見て話をするということは、今の若い人の
多くが苦手なことだと思った。1人ひとりがバラバラに
されているなかで、今、本当に相手のことを信頼できる
人間関係が必要だと思いました。それができる社会に
していなかいといけません」

「やはり、愛情のある中での他者とのコミュニケーション
がかかせないことなのだと改めて感じました。心を通わ
せることがその人のその人らしさを培うのだと思いまし
た。すてきなお話が聞けてよかったです」


【入学式の感想】

「自己紹介もあったり、楽しかった☆」

「なごやかな雰囲気で、これからの労働学校が
ますます楽しみになりました」

「自己紹介交流よかったです!」

「楽しくてよかったです」

「いい入学式でした」

「自己紹介交流が良かったです」



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2008年5月 8日 (木)

『寡黙なる巨人』

ときどき、“ものすごい本”に出くわす時がある、
たんに「勉強になった」「これは良書だ」という
評価をするのもはばかれる、
圧倒的な迫力で胸に迫ってくる本だ。

『寡黙なる巨人』(多田富雄、集英社、2007年)

は、そういう本だった。
「読んでほしい」というのが、一番の感想である。

私のヤボな解説は最小限にして、
引用を中心に紹介することにしたい。

著者は、世界的な免疫学者の多田富雄さん。

1934年生まれ。千葉大医学部卒。
若くして免
疫学で世界的な業績を上げ、東大教授に。
国際免
疫学会連合会会長もつとめ、
世界をかけめぐり
仕事をするかたわら、
能や鼓を楽しむ文化人でも
あった。

その多田さんに、まったくい思いもかけぬ人生

転機が襲いかかった。2001年5月2日、脳
梗塞。
それから、多田さんの苦闘の日々が始まっ
た。


以下、本より引用。小見出しは本の小見出し。

発端その前夜
「私にとって忘れられない恐ろしいことが起こったのは、
満67歳の誕生日を迎えてまもなくのことだった」


死の国からの生還

「もう大丈夫、と声をかけようとしたが、なぜか声が出な
かった。なぜだろうと思う暇もなく、私は自分の右手が動
かないのに気づいた。右手だけではない。右足も、右半
身のすべてが麻痺している。嘘のようなことだが、それが
現実だった。
 
訴えようとしても言葉にならない。叫ぼうとしても声が出
ない。そのときの恐怖は何ものにも比較できない。

 
・・・私は頼りないうめき声で助けを求め、身もだえする
ほかなかった。これは大変なことになってしまったと思った
が、訴える術(すべ)がなかった。どうなることか、考えが
まとまらず、私は声にならない声ですすり泣くしかなかった」



多田さんは、脳梗塞により、
右半身麻痺と言語障害が残った。


地獄の始まり

「私はまもなく、今まで何気なくやっていたことができなく
なっていることに気づいた。たとえば唾(つば)を飲み込
むこと。医師に『ごくんと唾を飲み込んでください』などと
いわれても飲むことができない。その
ごくんができない
だ。だがら涎(よだれ)がとめどなく流れる。いつもだらし
なく涎をたらしている。
 
咳払いすることもできない。喉の奥に痰(たん)のような
ものが絡んでも、咳払いして排出することが不可能だった。
 
・・・うがいをすることもできない。水を飲み込まずに口に
含んだままにすることができないから、歯磨きをしても口
をすすげない。あるとき水を口に含んだとたん、目の前が
真っ白になって激しく咳き込んだ。
 
・・・嚥下がうまくいかないとは、どんな苦しみなのかは、
障害をもった人しかわかるまい。痰が絡んでも出せない
のは、地獄の苦しみなのだ

 
一例をあげよう。まず水が一滴も飲めないのだ。喉がか
らからに渇いても、水を飲むことができない。湿ったもので
喉を潤すこともできない。医師からは注意されていたが、
ある朝不用意に水を飲もうとした。そのとたん激しくむせ、
頭が真っ白になった。驚いたことに
私は数㏄の水に溺れた
 
水だけではない。己の唾液でむせるのだ。不用意に唾を
飲むことはできない。失敗すれば激しく咳き込み、後まで胸
のあたりに痰が絡む。そればかりか肺炎の危険がある」


つらい日常

「私のように日の当たるところを歩いてきたものは、逆境に
は弱い。何もかも心を萎(な)えさせる。妻が席をはずして
一人になると、涙が止まらなかった。感情失禁ということもあ
って、よく泣いた。不安で気が違いそうになることもあった

夜半に目覚めて、よじれて動かない右手右足を長いこと動か
そうと試み、どうしても動かないと知ってひそかに泣き続けた
こともあった」


多田さんは、あまりの辛さに、何度も「死」を意識する。
しかし、「死の誘惑」から救ってくれたのは、
妻や家族・友人たちの支えだった、と書いている。



沈黙の世界

「一言も言葉をしゃべれないまま、2か月をこの病院で過ごし
た。初めは、そのうち声くらいは出るだろうと思って高をくくっ
ていたが、それは完全な間違いであることがわかった。3週
目ごろから、言語の訓練が始まった。
 
母音に始まり、マ行の練習、そんな簡単なことができない
ので、私は絶望した。発音では鏡を見ながら練習する。
初め
て鏡を見せられて、私はあっと息を飲んだ。これが私なので
あろうか。鏡に映っているのは、ゆがんだ無表情の老人の顔
だった。

 
右半分は死人のように無表情で、左半分はゆがんで下品に
引きつれている。表情を作ろうとすれば、ますますゆがみはひ
どくなった。顔はだらしなく涎をたらし、苦しげにあえいでいた。
これが私の顔か。
 
・・・びっくりして発音の練習どころではなかった。それは恐怖
に近かった


二週間後

ある日のこと、麻痺していた右足の親指が、ぴくりと動いた
予期しなかったことで、半信半疑だった。何度か試しているうち
にまた動かなくなった。かすかな頼りない動きであったが、初め
ての自発運動だったので、私は妻と何度も確かめ合って、喜び
の涙を流した。
 
自分の中で何かが生まれている感じだ。それはあまりに不確
かで頼りなかったが。希望の曖昧な形が現わてきたような気が
した。とにかく何かが出現しようとしていた」


鈍重な巨人

「私の手足の麻痺が、脳の神経細胞の死によるもので決して
元に戻ることがないくらいのことは、良く理解していた。麻痺と
ともに何かが消え去るのだ。普通の意味で回復なんてあり得
ない。神経細胞の再生医学は今進んでいる先端医療の一つ
であるが、まだ臨床医学に応用されるまでは進んでいない。
神経細胞が死んだら再生することなんかあり得ない。
 
もし機能が回復するとしたら、元通りに神経が再生したから
ではない。それは新たに創り出されるものだ
。もし私が声を取
り戻して、私の声帯を使って言葉を発したとして、それは私の
声だろうか。そうではあるまい。私が1歩を踏み出すとしたら、
それは失われた私の足を借りて、何者かが歩き始めるのだ。
もし万が一、私の右手が動いて何かを摑むんだとしたら、それ
は私ではない何者かが摑むのだ。
 
私はかすかに動いた右足の親指を眺めながら、これを動か
している人間はどんなやつだろうとひそかに思った。
得体の知
れない何かが生まれている
。もしそうだとすれば、そいつに会
ってやろう。私は新しく生まれるものに期待と希望を持った。
 
新しいものよ、早く目覚めよ。今は弱々しく鈍重(どんじゅう)
だが、彼は無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているよう
に感じた。私には、彼が縛られたまま沈黙している巨人のよう
に思われた



自分のなかに、「新しい人間」(多田さんはそれを『巨人』と
名づけた)が出現してくる、という感覚は、実際に多田
さんのような体験をした人でないと、わからない、と思う。
また、医学者であった多田さんだからこそ、こうした
自分の体験や感情を、豊かな知識と筆力で表現できている。
私は、読みながら何度も、そうした描写に唸(うな)った。



訓練開始

私は、ここで初めてリハビリは科学であることを理解した。漫
然と訓練を重ねるのとまったく違う。実際の経験によって作り
出され、その積み重ねの上に理論を構築した、貴重な医学な
のだ。私が医学生のころはなかった新しい学問である。
 
科学といったとのは、たとえばどの動作にはどの筋肉が有効
な収縮をするのか、麻痺し
筋肉に、どうすれば刺激を入れるこ
とができるかを、解剖学的、生理学的な知識をもとに
徹底的に
解明する。使えない筋肉はどの筋肉か、それを代償できる筋肉
はどれか。それ
を有効に使う方法、などの知識が要求される。
たとえば麻痺側ではなくて、反対側の運動を
起こさせることに
よって、麻痺した筋肉に予想を超えた運動を誘発したりする。
 
優秀な療法士は、合理的な指導や科学的な裏づけをもとに、
あらゆるトリックを駆使して、不可能だった運動を可能にする。
目的を知悉(ちしつ)した、熱意のある訓練が必要なのだ」


ただ、多田さんは発症後、病院を3つ渡り歩いており、
1つ目と2つ目の病院では、リハビリ医学の水準と
設備がまったく不十分だったことも記している。
3つめの病院で、多田さんはリハビリのもつ科学性を
はじめて実感したという。
病院によってこうも違うのか、と、私も思わざるえなかった。



初めての1歩

「平行棒の間ではなんとか移動することができたが、そこから
出るともう駄目だった。右足は伸びずに、左足一本で立ってい
る。これでは支え無しには立てない。
 
・・・こんなことでは歩けない。毎日同じことの繰り返しに、絶
望しかけたときのことだ。もう訓練を始めて1ヶ月半もたった
頃である。金沢でいわれた半年の期限は過ぎてしまった。
 
しかしその日は違っていた。いつものように、平行棒の間で
もがいて立ち上がろうとすると、不思議な力が私を貫いた
。大
臀筋(だいでんきん)が緊張して、突然右脚が伸びた。そう思
う間もなく、大腿四頭筋も腓腹筋(ひふくきん)もピンと張り切っ
て、床を蹴っていた。
ゆっくりと、1歩を踏み出し、そして歩い
。私が半年振りで、自分の足で地上を歩いた1歩であった。
 
あの巨人が目覚めたのだ。あの鈍重な巨人が、ようやく1歩
歩き出したのだ。涙が両眼にあふれて、何も見えなくなった


歩くということ

「なぜ歩くということにこうもこだわるのだろうか。自分は障害
者である。どうしても車椅子からは自由になれない。そうだとし
たら、歩けなくてもいいではないか。もう半年も1歩も歩かずに
生きてきた。歩くのを諦めたって生きていける。
 
苦しいリハビリを毎日しなくても、ほかに快適な生き方があ
るはずだ。電動車椅子に乗って動けばいいのだ、と思う人も
いると思うが、そうではないのだ。
どんなに苦しくても、みんな
リハビリに精を出して歩く訓練をしている。なぜだろうか

 
それは人間というものが歩く動物であるからだ。直立二足
歩行という独自の移動法を発見した人類にとっては、歩くと
いうことは特別の意味を持っている。
 
四百万年前人類とチンパンジーが分かれたとき、人は二
足歩行という移動方法を選んだ。それによって重い脳を支
え、両手を自由に使えるようになった。この2つの活動は

いに相乗的に働き進化を加速させた。歩くというのは人
間の
条件なのだ。
 
・・・その証拠に車椅子で町へ出かけてみよう。すべては

間が立った目線から眺めるようにできている。マーケッ
トへ
行っても、飾られた商品は車椅子からは見えにくい。
下に並
べられた魅力のないものばかりが眼に入る。町では
人の顔
さえも見る機会がない。
 
ある日散歩の途中、交差点で信号待ちをしているとき、
ため
しに支えてもらい立たせてもらった。立って眺めた
町の風景が、
車椅子で見るのと、なんと違って見えたこ
とか。私は立ったま
ま、その懐かしい風景に見入った」

「何よりも、頭で考えなければ歩けない。どの筋肉を使ってい
るか、姿勢は教えられたようにまっすぐか。右に曲がっていな
いか。背筋は伸びているか。うつむいていないか。いちいち自
分で考えながら修正する。考えないで歩けば、足が絡んだり
倒れたりする。反射で自動的にできそうなことが、無意識では
できない。
歩くという何気ない作業が、こんなにも複雑な手続き
で行われていることを初めて知った

 
人間は幼児のとき何度も倒れながら直立歩行を学ぶ。立ち
上がるだけでも、脚の沢山の
筋肉のみならず、重心をとり平
衡感覚を全身の筋に覚えさせる大変な学習だ。だからその後
は、複雑な手続きを意識しないでも歩けるようになる。随意運
動を指令するのは大脳だが、脳梗塞ではその指令を出す大
脳皮質の運動野が傷害されることが多い。運動の細かなス
キルは、小脳に記憶として刻みつけられるが、それがやられ
るともっと重大な障害が起こる」


湯島の梅

「こうして重度の障害者としての生活が始まった。それは発作
前とは全く違う営みである。違う人が生まれたのだ
。もう前の
自分に返ることはない。私は半身麻痺と言語障害を抱えて、
新しい人として誕生したのだ。
 
・・・私は思い出した。金沢の夕日の光景に、突然私が感じた
巨人の姿は、確実に動き出している。それはまだ20歩も満足
には歩けないが、朝起きて初めて背筋を伸ばすとき、そして杖
に持ち替えて体をゆっくりと立ち上がらせるとき、そしておぼつ
かない1歩を踏み出すとき、私は新しい人間が私の中に生ま
れつつあるのを感じている。
のろまで醜い巨人だけれど、彼
は確かにこの世に生を受けた
。この様子では、なかなか育た
ないだろう。
 
それでもいいのだ。私は私の中に生まれたこの巨人と、今
後一生つき合い続け、対話し、互いに育てあうほかはない。私
は自分の中の他者に、こうつぶやく。
何をやっても思い通りに
は動かない鈍重な巨人、言葉もしゃべれないでいつも片隅に
孤独にいる寡黙な巨人、さあ、君と一緒に生きてゆこう
。これ
から娑婆(しゃば)ではどんな困難が待っているかわからない。
でも、どんな運命も一緒に耐えてゆこう。私たちは1人にして2
人、分割不可能な結合双生児なのだから。そして君と一緒に
これから経験する世界は、2人にとって好奇心に満ちた冒険の
世界なのだと。
 
妻が、1人でうなづいている私に、そっと彼女のショールをか
けてくれた。そうだ、もう1人同行してくれるものがいるではない
か。さあ生きようと私は思った」

以上が、本の前半の手記「寡黙なる巨人」より。


回復する生命-その2
「入院中は毎日のスケジュールに従っていればよかっ
たが、
退院後のリハビリはつらい。週4日、雨の日も
雪の日も、妻
に車椅子を押させて病院に通う。そして
強制的な機能訓練
だ。
 
私は一生懸命やっているつもりだが、なかなか歩け
るよう
にはならない。こんな苦しいリハビリの訓練を
続けるのは何
故だろうかと、時々考える。リハビリなんかやめて、電動車
椅子にバリアーフリーの部屋、介護保険などを使って、安楽
に暮らせばいいではないか。
 
でも私はそうはしないつもりである。いくらつらくても、私は
リハビリを楽しみにしている
。週に4日間、歩行訓練と言語
機能回復のために、病院に通うのが日課になった。私にも
家人にも大変な負担だ。
そんなことをしても、目立ってよくな
る気配は見えない。エンドレスの、不毛の努力をなぜ続けて
いるか

 
その理由を書こう。
 
私には、麻痺が起こってからわかったことがあった。自分
では気づいていなかったが、脳梗塞の発作のずっと前から、
私には衰弱の兆候があったのだ。自分では健康だと信じて
いたが、本当はそうではなかった。安易な生活に慣れ、単
に習慣的に過ごしていたに過ぎなかったのではないか。何
より生きているという実感があっただろうか。
 
元気だというだけで、生命そのものは衰弱していた。毎日
の予定に忙殺され、そんなことは忘れていただけだ。発作は
その延長線上にあった

 
それが死線を越えた今では、生きることに精いっぱいだ。
もとの体には戻らないが、毎日のリハビリ訓練を待つ心が
ある。
体は回復しないが、生命は回復しているという思いが
私にはある
。いや、体だって、生死を彷徨っていたころに比
べれば少しはよくなっている。
 
今日はサ行の構音が幾分聞き取れたと言語聴覚士が言っ
たとか、今週は麻痺した右の大臀筋に力がはいっていたと
理学療法士にほめられたとか、些細なことが新しい喜びな
のだ。
リハビリとは人間の尊厳の回復という意味だそうだが、
私は生命力の回復、生きる実感の回復だと思う

 
まだ1人で立っていることさえままならないが、目に見えな
い何かが体に充ちてきている
。目に見える障害の改善は望
めない。でも、何かが確実に回復していると感じる。
どうもそ
れは、長年失っていた生命感、生きている実感らしい

 
・・・私の場合は、脳神経が侵されたのである。症状はよく
なるはずはない。毎年咲く花とは違う。でも長年失っていた
生命力が見えない速度で充実し、回復しようとしているのを
感じている。そんな力は、皮肉なことに体が丈夫なころには
感じることはなかった。
 
つらいリハビリに汗を流し、痛む関節に歯を食いしばりな
がら、私はそれを楽しんでいる。失望を繰り返しながらも、体
に徐々に充ちてくる生命の力をいとおしんで、毎日の訓練を
楽しんでいる」


こうして、リハビリに生きる力と人間としての
尊厳を感じとった多田さんだったが、
2006年、長期リハビリの日数制限という
診療報酬改悪が。



憂しと見し世ぞ

「それなのに小泉改革は、無情にもこうした障害者のリハビ
リを、最長でも180日に制限する『診療報酬改定』を2006
年に開始した。改革の名を借りた医療の制限である。・・・都
立病院などでは約7割の患者が治療を打ち切られた。リハ
ビリを打ち切られた患者の中には、機能が落ちて寝たきり
になり、実際に命を落とした人もいる。
多くの障害を負った
患者が、希望を失い、『再チャレンジ』を諦めざるを得ないと
いう非常事態に陥った。

 
私は新聞に投書したり、総合雑誌に書いたりして、この非
人間的暴挙を告発した。社会では最弱者の、障害を持った
患者が窮地に陥っていることを訴えた。同じ苦しみを実感し
ていた関西のリハビリ科の医師グループと、『リハビリテー
ション診療報酬改定を考える会』を作って、反対の署名を集
めることになった。
 
・・・ところが、受け取った厚労省は何の反応も示さなかっ
た。48万の国民の声は無視されたのである。
 
・・・長期にわたるリハビリを、なんとしても介護保険に強制
的に追いやろうとする厚労省の魂胆に、私は深い疑問と不
安をもっている。
 
・・・これは立派な国家犯罪である。私はまだまだ闘わなけ
ればならない

こうして私の中に生まれた『巨人』は、いつの間にか、政府
と渡り合うまで育ってくれた
。死ぬことばかり考えて、生きる
のを恐れていたころとは違う。
今は何も恐れるものはない。
命がけなら、私にもできることはあるだろう。厚労省に44万
人の署名を持って乗り込んだのだ。失うものは何もない

 
『巨人』は、相変わらず動作は鈍いし、歩くこともできない。
原稿を書くのも人の十倍の時間がかかる。まだ声は数音節
しか続かないし、発音は不明瞭だ。日常生活では相変わら
ず口数の少ない『寡黙なる巨人』に過ぎない。
 
でも私は彼を信じている。重度の障害を持ち、声も発せず、
社会の中では最弱者となったおかげで、私は強い発言力を
持つ『巨人』になったのだ。言葉はしゃべれないが、皮肉に
も言葉の力を使って生きるのだ

 
・・・今、厚労省の役人に負けてはいられない。これも弱者
の人権を護る戦いなのだ
。私は自分の中の『巨人』にこう語
りかける。今しばらくの辛抱だ。これまでの苦痛に比べたら、
何ほどのことがあろう。戦え。怒れ。のた打ち回れ。『寡黙
なる巨人』は声で答えることはできないが、心に深くうなずく
ものがあった」



いま、多田さんは、
後期高齢者医療制度についても
激しい闘志をもち、
「言葉の力」で、たたかいを挑んでいる。

「怒りに身が震えます。体さえ動けば1300万人の後期高
齢者と、その予備軍を結集し、『老兵連』を集めて反乱を
起こしたいぐらい。力はないが数はあるぞとデモしたい。
言い換えで誤魔化されるほど、後期高齢者は落ちぶれて
はいない」(『毎日新聞4月11日夕刊)


このすさまじい闘志を、
私たちはしっかり受けとめなければ、と思う。


長くなりました。



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2008年5月 7日 (水)

「ケイタはおっさん」

この4連休は、
3日に憲法のつどい、
4日・5日は姪っ子・甥っ子たちと遊び、
6日は午前中少し仕事をし、午後は家の掃除。

まったく平和なお休みでありました。

ところで、3歳になる甥っ子は、
かなりヤンチャになり、
手が出る、足が出る、言葉もたくみになってくるで、
その成長ぶりに心がなごむ。

ただし、「手でたたく、足でける」は、毎度注意して、
絶対に容認せず。
「手は“なでなで”するものです!」と毎回さとすが、
あまり効果なし(涙)。

私がたたかれて「えーんえん」と泣いたふりをすると、
「ケイタがうそ泣きしよるー」と笑い、
しまいには、「うそ泣きしてー」と喜ぶのだった。
完全に遊ばれていた。
しめくくりは、「ケイタはおっさん」のひと言である。
たしかにおっさんかもしれないが…。

まぁ、最後の帰り際に「そろそろ帰ろうかなー」というとき、
「まだ帰ったらいけんよー」と必死で訴え、
別れるときは、涙を見せてくれたので、
許してやろう。

そんな休日でありました。



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2008年5月 6日 (火)

チュニジアの11日間(19)

1月6日、ついにチュニジア11日目、である。

Img_1302



 チュニス
 での朝。

 ついに 
 最後の
 1日だ。




この日も、チュニジア在住のシニアボランティアの
方々をふくめ、9名で行動。

向かったのは、チュニジアで唯一の世界“自然”遺産の
イシュケル国立公園。

この自然公園は、ヨーロッパの渡り鳥たちが、
越冬のためにやってくる貴重な生息地で、
多様な生態系がみられ、世界遺産にも登録された。

温暖で豊富な湿地帯であるこのイシュケル国立公園は、
1980年代の最盛期には180種類、
30万羽の渡り鳥がやってきたそうだ。

しかし、最近は環境変化による生態系の
減退により、危険遺産ともなっているらしい。残念だ。

Img_1304

 公園の入口。

 ここで
 ミニバスを
 降りて、
 歩いて
 見晴らしの
 いい所まで
 登っていく。



Img_1310


 登った所で、
 資料館が
 あり、入る。

 この国立公園
 に関する説明
 
と展示があり、
  あれこれ見る。



Img_1312


 湖のほうを 
 眺めてみる。

 ここに
 渡り鳥が
 くる。






Img_1317_2




 
 うーむ。青い。
 すばらしい。


 空気が澄んでいた。












Img_1318



 しばらく
 歩いていくと、
 鳥の群れを
 発見!







Img_1320


 鳥たちが
 水面を
 駈けてゆく。

 ザザザ…
 という音が
 聞えた。




Img_1321




 みんなで
 気持ちよく
 歩く。

 天気も快晴。 





Img_1325
 チュニジアは
 ほんとうに
 南北で景色が
 まったく違う。

 あのサハラ
 砂漠と同じ
 国とは
 思えない
 湿地帯だ。



イシュケル国立公園をあとしに、
ふたたびミニバスで移動。

Img_1331



 羊たち。










Img_1334





 たぶん、地元の
 サッカーチームの
 練習を見ている
 人たち。

 チュニジアは
 サッカーが
 一番人気の
 スポーツです。








次に訪れたのは、
アフリカ最北端のブラン岬。

Img_1341

 ここが
 アフリカの
 最北端
 らしい(笑)。

 まったく
 実感が
 ないけれど。





Img_1344 



 海がとても
 キレイだった。

 この向こうは
 ヨーロッパかぁ。
 いつかは
 行ってみたい。

 
 みんなで記念写真
 などを撮る。










ということで、
最終日の前半は、
天気にもめぐまれて、
とても気持ちのよい
旅でした。

さて、後半は、
このブラン岬のすぐ近くの街、
ビゼルトへ。


つづく。




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2008年5月 2日 (金)

平積みされる『蟹工船』

今日の読売新聞より。

蟹工船の「新しい読みなおし」。
私も刺激されて最近また
読んだのだけれど・・・。

書店で平積みにまでなっているとは!
文学のもつ力、
多喜二の透徹なまなざしの力ですね。

そして、働く若者たちの、“ほんものをつかむ力”か。

「蟹工船」再脚光…格差嘆き若者共感、増刷で売り上げ5倍


 
プロレタリア文学を代表する小林多喜二(1903~1933)の
「蟹工船・党生活者」(新潮文庫)が、
今年に入って“古典”とし
ては異例の2万7000部を増刷
、例年の5倍の勢いで売れて
いる。
 
過酷な労働の現場を描く昭和初期の名作が、ワーキングプ
ア」が社会問題となる平成の若者を中心に読まれている

 
「蟹工船」は世界大恐慌のきっかけとなったニューヨーク株式
市場の大暴落「暗黒の木曜日」が起きた1929年(昭和4年)に
発表された小説。オホーツク海でカニをとり、缶詰に加工する
船を舞台に、非人間的な労働を強いられる人々の暗たんたる
生活と闘争をリアルに描いている。
 
文庫は1953年に初版が刊行され、今年に入って110万部
を突破。
丸善丸の内本店など大手書店では「現代の『ワーキン
グプア』にも重なる過酷な労働環境を描いた名作が平成の『格
差社会』に大復活!!」などと書かれた店頭広告を立て、平積
みしている

 
多喜二没後75年の今年は、多喜二の母校・小樽商科大学な
どが主催した「蟹工船」読書エッセーコンテストが開催された。
準大賞を受賞した派遣社員の狗又ユミカさん(34)は、「『蟹工
船』で登場する労働者たちは、(中略)私の兄弟たちがここにい
るではないかと錯覚するほどに親しみ深い」と、自らの立場を重
ね合わせる。特別奨励賞を受けた竹中聡宏さん(20)は「現代
の日本では、蟹工船の労働者が死んでいった数以上の人々が
(中略)生活難に追い込まれている
」「『蟹工船』を読め。それは、
現代だ
」と書いている。
 
また一昨年、漫画版「蟹工船」が出版され、文芸誌「すばる」が
昨年7月号で特集「プロレタリア文学の逆襲」を組むなど、再評
価の機運が盛り上がっている。
 
新潮社によると、購読層は10代後半から40代後半までの働
き盛りの年代が8割近く。同文庫編集部は「一時期は
“消えてい
た”作品なのに」と驚きつつ、「
ここまで売れるのは、今の若い人
たちに新しいものとして受け入れられているのでは
」と話している。

2008年5月2日15時13分  読売新聞)



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100万回ですよ

今日(2日)は、午後から、
ソワニエ看護専門学校の3回目の講義。

冒頭に「読書日記」を紹介。

そして今日はなんと、
絵本、『100万回生きたねこ』(佐野洋子・講談社)を
読んで、
「“100万回生きたねこ”を読むとく」という
とんでもない(笑)内容の授業でした。

2週間前の講義の最後で、この絵本を読んでもらい、
小課題を出しました。

①なぜ“ねこ”は100万回も生き返ったのか?
②なぜ“ねこ”は、最後、生き返らなかったのか?
③絵本を読んでの感想や気づいたこと、疑問に思ったこと。

という3つの課題をだし、
先週までに提出してもらい、
それをもとに授業をすすめるという方式でした。
各自が書いたものを、すべての人が
見て共有できるように、書き写したものを全員に
配りました。

予想できたことですが、
学生さんたちが出してきた課題を読んで、
私もこの絵本の読み方が、より豊かになりました。

なかには「これはすごい“気づき”だ!」とヒザを
たたいて喜んだ内容もありました。

授業では、
*いろんな状況・感情を読みとく力
*寿命とは?
*人間にとって“過去”のもつ意味

というポイントで、話をすすめていきました。


講義の感想文を読むと、1冊の絵本なのに、
人によって受けとり方、感じ方がこんなにも違うことに
驚いた、という意見が圧倒的。
人と意見を交し合うという経験が圧倒的に少ない
世代だからでしょうか。かなり新鮮だったようです。



では、私のレジュメの部分のみ、以下ご紹介します。


三。この絵本を通じて、考えたいこと
 
1。いろんな状況・感情を読みとく力
  
◇読む人の「年齢・経験・環境」によって、受けとるものが違ってくる絵本
   
*読み手の想像力を広げてくれる中身

  
◇質問にたいしての「正解」はありません(そういう絵本ではない)。
   
*ただし、1回読んだだけで、「スラスラ書いた」人は、
    注意してください。
   
*逆に、ウンウンとうなって考えた人は、これからもその姿勢を
    大事にしてください。

  
◇たとえば、設問①への答えも、それぞれ共通点もあれば、まったく
    違う受けとめ方や、違う角度から考えた人もいます。

  
◇さらに、いろいろな「気づき」も

  
◇ナイチンゲールのきびしい指摘(『看護覚え書』15章「補章」より)

    
「この世の中に看護ほど無味乾燥どころかその正反対のもの、
    すなわち、自分自身はけっして感じたことのない他人の感情の
    ただなかへ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事は
    ほかに存在しないのである」

    
「看護婦のまさに基本は、患者が何を感じているかを、患者にた
    いへんな思いをして言わせることなく、患者の表情に現われるあ
    らゆる変化から読みとることができることなのである」

    
「患者の顔に現われるあらゆる変化、態度のあらゆる変化、声
    の変化のすべてについて、その意味を理解すべきなのである。
    また看護婦は、これらのことについて、自分ほどよく理解してい
    る者はほかにはないと確信が持てるようになるまで、これらに
    ついて探るべきなのである。間違いを犯すこともあろうが、そう
    している間に彼女は良い看護婦に育っていくのである。一方、
    患者の表情や様子を何ひとつ観察しようとしない看護婦や、ま
    た何か変化がありはしないかと思いもしないような看護婦は、ま
    るでこわれやすい陶磁器の管理をしているようなもので、何も得
    られない道を歩みつづけ、けっして看護婦にはなれないであろう」

  
◇感性はきたえるもの

    
「私はいつも少女時代に読んだ『赤毛のアン』を思い出します。
    グリーンゲーブルズの叔母さんの家で過ごすアンが、見るもの
    聞くものすべてに驚き、感激します。またなにごとにも『なぜ? 
    どうして?』と不思議がり、多感な少女として成長していくのです
    が、あのアンのような想像力と好奇心をずっと持ち続けたいと、
    もう七十歳をすぎた今もいつも思っています。
     
でも、ただ心がけるだけでは、感性は鍛えられません。日常
    出合う事象のすべてを、漠然と見たり聞いたりするのではなく、
    その底にあるものを感じとり、意味を見いだすような習性を身
    につけてほしいと思います。そして言葉に表現しましょう。
     
…看護師という職業は、…実に多様な人を相手にしています。
    複雑な人々の気持ちに直接かかわらなくてはならないのです。
    見たり感じたりしたことを、ありのままの言葉によって表現する
    訓練をしておかないと、相手の気持ちを想像する力も萎えてし
    まうのです。なぜなら、想像も言葉によっているのですから」
                      
(川島みどり『新訂 キラリ看護』)


 
2。「寿命とは何か」(日野原重明さんの考えに学ぶ)
  
◇『十歳のきみへ-九十五歳のわたしから』より
     
(日野原重明、冨山房インターナショナル、2006年)

    
「わたしがイメージする寿命とは、手持ち時間をけずっていくと
    いうのとはまるで反対に、寿命という大きなからっぽのうつわの
    なかに、せいいっぱい生きた一瞬一瞬をつめこんでいくイメー
    ジです」

    
「時間というには、ただのいれものにすぎません。そこにきみ
    がなにをつめこむかで、時間の中身、つまり時間の質がきま
    ります。きみがきみらしく、いきいきと過ごせば、その時間はま
    るできみにいのちをふきこまれたように生きてくるのです。
     
時間を生かすということは、うらを返せば、死んでいる時間と
    いうものもあるということでしょうね。いのちをふきこまれないか
    ぎり、時間は、またその積み重ねである年齢は、死んでいるも
    同然だということです」

    
「なにもしなくても、人はだれでも年をとっていきます。からだは
    どんどん成長して、おとなの外見になり、やがては老いて、ちょ
    っとこわいですけれど、いつの日か死をむかえます。それは誰
    もが共通してたどる道です。そこに時間が流れています。
     
ただし、その道をどんなふうに歩いていくか、時間のなかにな
    にをつめこんでいくかは、1人ひとりちがいます。ここに、きみに
    いのちをふきこまれて生きてくる時間と、むだに過ごして死んだ
    も同然の時間とがあるわけです。
     
・・・そして、できることなら、寿命というわたしにあたえられた時
    間を、自分のためだけにつかうのではなく、すこしでもほかの人
    のためにつかう人間になれるようにと、私は努力しています。な
    ぜなら、ほかの人のために時間をつかえたとき、時間はいちば
    ん生きてくるからです。時間のつかいばえがあったといえるから
    です」

 
3。“ねこ”にとって、「100万回生きたという、“過去”」のもつ意味
  
◇過去は、現在の生き方によって、その意味を変えてくる
   
*なぜ「おれは100万回も・・・」と言わなくなったのか。人生の量と質。
   
*最後に初めて心から泣いたねこが、感じたこと。(長久の想像)



以上。


来週からは、5回にわけて、
『君たちはどう生きるか』をテキストに、
またコペル君との旅をはじめます。


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2008年5月 1日 (木)

思考の冒険に、いざ!

最近読み終えた本。

『免疫の意味論』(多田富雄、青土社、1993年)

免疫学からみた、「自己」と「非自己」とは…。
その観点が新鮮でした。

人間の免疫機能の精巧さとそのネットワーク、
多様性に心底驚く。

が、全体として医学書的な雰囲気で、
(著者ははかなりやさしく書いているつもりだと思うが)
かなり難易度の高い本でありました。
すでに15年前の本でもあるので、最新の免疫に関する
理論を知りたいとも思いました。

ところで、世界的な免疫学者の多田さんですが、
2001年に脳梗塞で倒れ、重度の障害者に。
そのリハビリ記である『寡黙なる巨人』という本を
いま読んでいる最中なのですが、これは、
はっきり言ってものすごい本です。また後日紹介します。


『赤ちゃんの手とまなざし-ことばを生みだす進化の道すじ』
                    (竹下秀子、岩波書店、2001年)


簡単にいうと、
類人猿(チンパンジーやオラウータンなど)の赤ちゃんと、
人間の赤ちゃんの発達過程の比較研究によって、
人間の赤ちゃんの発達の特性を探っている本です。

いろいろと面白い発見がありました。

まず、人間の赤ちゃんが、類人猿の赤ちゃんよりも
得意な(発達が早い)姿勢があります。
それは、“あおむけ”と“おすわり”です。

“あおむけ”の利点は、
他者との対話的なコミュニケーションが可能になること、
「見られ-見る」という関係が成り立つことで、
他者の顔を識別したり、表情で気分を読みとったりする
ことが可能になります。
また、アイコンタクトしながら言語をかわしたり、
物を媒介にしたコミュニケーションの多様性が、
言語発達に関係するらしいです。

これに対して類人猿は、母親への「しがみつき」は
早くから発達します。つまりずっと母親に抱きついて
過ごすわけですが、これでは、母親と「目と目をあわす」
機会が少ないのです。また、手も自由になりません。

“あおむけ”姿勢や“おすわり”の得意な
人間の赤ちゃんは、手を使う自由と機会が拡大します。

“あおむけ”姿勢は、早くから、親から遊びのおもちゃを
与えられたり、“おすわり”は、より2本の腕を意識的に
使いながら、物をいじくることを覚え、1歳ごろからは、
それを道具として使いはじめることができるそうです。

人間は、生まれてからほぼ1年たつと、
 ・直立2足で歩く
 ・物を道具として使い始める
 ・言葉でコミュニケーションするようになる
という発達が見られます。

これらの行動は、いずれも人間と他の動物を峻別する
特性だと考えられているのですが、そのいずれもが
1歳代に発達してくるそうです。

人類進化数百万年の過程を、
赤ちゃんは、生後1年で“かけぬける”わけです。
すごいね…。


『新訂 キラリ看護』(川島みどり、医学書院、2008年)

ソワニエ用「読書日記」、2冊目。

93年に出版されたものの新訂版です。
旧版も2年前に読んでいますが、
新しくいろいろ補筆されています。

看護入門書として、ベストセラーの1冊であり、
すぐれた看護哲学の本でもあります。


『看護を語ることの意味-“ナラティブ”に生きて』
              (川島みどり、看護の科学社、2007年)


ソワニエ用「読書日記」、3冊目。

川島さんの本は、知的刺激が随所に得られるので、
ほんとうに得した気分になります。

「看護への情熱」がほとばしり出る本です。
私たちの運動へ生かせる共通性も
たくさんあるのですが
(「技能の技術化」「実践の言語化」という話など)、
メチャ長くなるのでやめておきます。


『生命(いのち)の感受性』(落合恵子、岩波書店、1995年)

気分転換のために読んだ1冊。
日記風のエッセイです。

やはり、この人の文章、好きだなー。
しなやかで、さわやかで、しっとりで。

共感した言葉。

「自らの感受性と論理性・・・。このふたつ、まったく別もの
のように、andで結んで語ることに、わたしは抵抗がある。
感受性と論理性は分かち難く結ばれた同根の枝ではない
かと思う。あるいは、1枚の葉の表と裏。いや、そうではな
い。もっと密接なもの、もっと重なり合ったものだと思う」

「この感受性と論理性が、『一体化したもの』を磨き、水や
りをし、さらに深めていく・・・。そんな作業を、わたしはわた
しの加齢の時と呼びたいし、そう呼べるような暮らしかたを
したい。丁寧に、けれどラジカルに」


『古典への招待 上巻』(不破哲三、新日本出版社、2008年)

「月刊学習」の連載時も目を通していたが、
雑誌連載は、あいだ、ひと月のスパンが空いてしまうので、
前号までの流れはスッパリ忘れてしまっていて、
1話完結型の読み方になりがちだった。

が、こうして1冊にまとめてもらって、
いろんな注なども加筆されているので、
一気に読むと、文献ごとのつながりや、
マルクス、エンゲルスの理論形成
(上巻では“疾風怒濤の発展”という色合いが強い)
の流れが頭にスッと入ってきて、
とても勉強になった。

ほんとうなら、紹介されている古典をわきに置いて、
文献にあたりながら読めばいいのだけれど・・・。
いつの日か(笑)、「歴史のなかで読む」という読み方を
実際に自分でもやってみたいと思うが、
いまはとりあえずその力量がない。

“革命三部作”もじつは読んだことがない。
パラパラとめくったことはあるけど。
まだまだ未開の領域である。

そういえば、さっき紹介した落合恵子さんの
本の中に、
まだ読んでいない本がたくさんあるということは、思考の
冒険のための未知の地が、わたしのために用意されてい
ることだ
」 というフレーズがあった。

まだまだ未踏の地ばかりの「古典への旅」。
30代のうちに大旅行へ出かけるぞ、
という野望をもたなければ。



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79回メーデーでした

きょう(1日)は、79回の岡山県中央メーデー。

Img_1747













いつもの旭川河川敷にて。

暗いことを言うのはイヤなのだが、
確実に参加者が少なくなってきている。
(主催者発表600人)

平日の午前中という条件はあるだろう。
職場の厳しさの反映という側面もあると思う。
でも、少なくとも専従になった10年前は、
この倍の人数は、いたと思う。
やっぱり数が集まらなければ、元気がでない。

「結果だけ見て、ものを言うのは簡単だ」
と言われるかもしれないが。




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