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2008年4月 9日 (水)

世界は動いている、のだ。

きのうは、倉敷医療生協労組・みんなの学校
5回目でした。

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 参加は9名と復活!
 初参加も2名。

 みなさんの感想も
 しっかりしたものでした。
 




きのうは、
「イラク戦争と21世紀の世界-平和運動の大きな流れ」
ということで、かなーりスケールのでかいお話でした。

世界の大きな流れをしっかりつかんでおくことは、
とーっても大事なことです。
日本だけ見いていると、あるいは、「今」だけ
みていると、悲観的な気持ちになりますが、
視野広く、歴史的にものごとをみることで、
自分たちの立ち位置がわかり、活動のエネルギーの
ひとつになると思います。


では、以下、講義の概要です(やはり長いですが)


一。イラク戦争をめぐって-平和運動の新しいウェーブ
 
1。戦争はとめられなかったが
  
◇国連での徹底した議論
   
*国連の安全保障理事会で、これから起きそうな戦争をめ
    ぐって、支持するか支持しないかを、最後まで論争が行わ
    れたのは、国連の歴史上はじめて。
    
・朝鮮戦争は国連軍が出動、ベトナム戦争でも国連は
     事実上無力だった
   
*最後には、アメリカは国連での敗北を事実上認め、安保理
    での採決をあきらめて、国連のお墨付きをえないまま戦争を
    はじめるという道に追い込まれた。

    
「イラク攻撃をめぐっては、アメリカが事実上、孤立している。
    かつてアメリカが、これほど孤立したまま戦争に踏み切る例
    はない。これほど多くの同盟国から、これほど強硬に反対さ
    れたこともない。世界中でこれほど多くの反発や怒り、不信を
    招いたこともない。まだ一発の銃弾も打ち込まれていないの
    に、である」
    
(アメリカの代表的週刊誌『ニューズウィーク』、開戦前の論評)

 
2。世界の政府を動かした背景-人びとのたたかい
  
◇イラク戦争開戦前に起こった世界反戦統一行動
                       (2003年2月15日が最大)
  
◇2002年11月にイタリアのフィレンツェで行われた第1回欧州
   社会フォーラム
   
*閉幕行事として行われたイラク戦争反対のデモ・集会に、イタ
    リアを中心に全欧州から100万人が結集した。
   
*そこで、2003年2月15日に欧州でイラク戦争反対の統一行動
    が呼びかけられ、それが世界的に広がり、世界統一行動が準備
    される。
  
◇03年1月18日、アメリカのワシントンで50万人のデモ
  
◇03年2月15日、何らかの集会やデモが行われた国

   *アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、
    カナダ、チリ、クロアチア、キューバ、キプロス、チェコ、デンマーク、
    エクアドル、エジプト、エストニア、フィリピン、フィンランド、フランス、
    ドイツ、ジャマイカ、日本、ギリシャ、グアテマラ、ハイチ、香港、
    ホンジュラス、ケニア、イギリス、アイスランド、インド、インドネシア、
    イラク、アイルランド、イスラエル、イタリア、レバノン、リトアニア、
    ルクセンブルク、マケドニア、マレーシア、マルタ、モロッコ、
    メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、オランダ、パキスタン、
    パレスチナ、ペルー、ポーランド、プエルトリコ、ポルトガル、
    ドミニカ、レユニオン、ロシア、ルワンダ、南アフリカ、スペイン、
    スロベニア、韓国、スコットランド、シリア、スウェーデン、スイス、
    タイ、東チモール、トルコ、ウクライナ、ウルグアイ、ハンガリー、
    アメリカ、ベネズエラ、ブルガリア
                    
(以上73か国、1000万人以上が参加)

   
*欧州では政府が米政権支持を表明しているイギリス、スペイン、
    イタリアで、15日のデモ参加者がいずれも主催者発表で予想を
    大きく上回った。ロンドン200万人、マドリード200万人、バルセ
    ロナ150万人、ローマ300万人など、いずれも過去の記録を塗
    り替える行動になった。同夜フランスのテレビ・ニュースは「地平
    線のかなたの至る所でデモが繰り広げられました。これが世界の
    世論です。ブッシュ米大統領はますます孤立を深めています」と画
    期的な盛り上がりを報じた。
   
*その他の主な欧州都市のデモ参加者数はベルリン50万人、
    パリ25万人、アテネ10万人、ウィーン3万人、ブリュッセル8万人、
    アムステルダム7万人、オスロ6万人、ストックホルム2万5千人、
    コペンハーゲン1万人、ダブリン10万人、ベルン4万人など。
    各国では首都以外でもデモが行われた。
  
◇3月15日には、イタリアのミラノで70万のデモ
  
◇3月20日に戦争がはじまると、22日にはスペインで100万、ロン
    ドンで100万のデモ、30日にはインドのコルタカで60万のデモ、
    4月12日にはスペインで50万、イタリアで50万のデモ。
  
◇アメリカの覇権にたいする「もうひとつのスーパーパワー」
                  
(米紙ニューヨーク・タイムズ評)の出現。
  
◇これまでにない新しい動き-NATO同盟国、中東イスラム諸国など
   
*NATO同盟国の戦争反対-フランスやドイツを先頭に

    
「国際社会、国連安保理によって容認されないいっさいの軍事行
    動は不当、不法である」「私は(イラク戦争を)認めなかったし、今
    後とも認めない」「単独で戦争することはできるが、単独で平和を
    つくることはもっとはるかに困難だ」「総じて賢明さというのは、国
    際的なルールを持ち、それを守ることだ。これが私の立場だ」
          
(エビアンサミット終了後の仏シラク大統領の記者会見)
    
・その背景には、圧倒的な戦争反対の国民世論

   
【ドイツ】
   
*「ばかげた戦争はやめて」「戦争ノー」。力強い唱和や「わたした
    ちは勝利する」の歌声が気温三度のベルリンの曇り空に響いた。
    米国がイラク戦争を開始した3月20日、ドイツの高校生たちが各
    地で抗議デモをおこなった。
   
*ベルリンのウンターデンリンデン
通りを行進していたステファン君
    
(16)は「まともな理由もなく多くの人を殺すなんてだめだ。こ
うやっ
    て一つ一つのデモが重なっ
ていけば大きな力を持つと思う」
と話し
    た。20日正午にデモに参
加した高校生はベルリンで2万人、
ミュン
    ヘンで5千人、ケルンで2
千人を超えた。ドイツでは夕方に
かけ、
    全国各地で約三百の反戦集
会が行われた。

   
【トルコ】
   
*03年3月1日。イラクへの地上軍侵攻の出撃基地にトルコ領を
    使わせろとの米軍の要求を、トルコ国会が拒否。トルコは半世紀
    前から北大西洋条約機構(NATO)に加盟している米国の軍事
    同盟国。しかも総額で150億ドルの“緊急”援助を見返りにした
    要請を断わってのことだった。
   
*トルコの拒否によって、イラクの北と南からバグダッドを挟み撃ち
    する米軍戦略が挫折し、攻撃開始が数週間遅れた。4万人の米
    兵と装備をトルコ(近海)に待機させ、病院もつくった米軍だが、
    それが議会拒否で引き揚げることになった。莫大(ばくだい)な経
    費の損失、時間のロス。
   
*国会審議中に連日の国会包囲行動。国会が米国の要求を拒否
    した日、議会外で5万人集会。イラク戦争反対が国民の9割だっ
    た世論が、アメリカの圧力をはねのける力となった。どの政党も基
    本的にはアメリカ支持だった姿勢を変えさせた。

   
【エジプト】
   
*エジプトではデモや集会は原則禁止。1981年の故サダト大統
    領暗殺事件以来、非常事態令が続いている。そのカイロで、初
    めての本格的な反戦集会があったのは03年1月18日。世界
    30数カ国で行われた国際行動に呼応したものだった。この時の
    参加者は約1000人で、警戒の治安部隊の方が多い状況だった。
   
*しかし、これ以降は回を重ねるごとに参加者が増え続け、2月
    末には全国から集まった15万人がカイロ国立競技場を埋め尽
    くした。「集会に参加して分かったのは、唯一のスーパーパワー
    (超大国)といわれる米国の力は実際には弱くて、世界でわきお
    こった戦争反対の声の力こそスーパーパワーだということでした。
    特に米政府が『アラブ全体を民主化する』なんていいだしてから
    は、こんな道理のない戦争をたくらむ米国こそ民主化が必要じゃ
    ないかって、さらに力が入りました」。一連の集会に参加してきた
    という女性、ヘイバ・ノウェルディンさん(23)はこう言った。
   
*このエネルギーは、当初デモを弾圧していた政府を動
かす。3月
    5日には政府与
党が加わった集会が開催さ
れ、参加者は100
    万人に
ふくれあがった。開戦前後には、大学教授などの知識

    グループが相次いで戦争
反対の声明を発表し、その
流れはエジ
    プトの裁判官組
合にまで広がった。

   
【イエメン】
   
*アラビア半島南端のイエメン各地でも、3月15日、対イラク戦
    争に反対するデモが行われ、数十万人が参加。与党の国民全
    体会議やイスラム団体、労働組合などが呼びかけた。首都サヌ
    アのデモ参加者は「イラク侵略は自由への侵略だ」「戦争と内政
    干渉反対」などと訴え、市内を約三時間にわたって行進。
   
*同デモではアルイリヤニ・イエメン大統領補佐官が「イラク攻撃
    と同国への内政干渉は人類への侵略。戦争を拒否し、平和的
    解決を望む国連安保理の多数派が体現する国際秩序に制限を
    加えるものでもある」と訴え、米国などを批判した。アルアハマル
    国会議長も声明で、イラク攻撃はイラクのみに向けられたもので
    はないとし、戦争阻止でアラブ指導者が協調するよう訴えた。

   
【パキスタン】
   
*イスラムの古都ラホールのメーンストリートは、米英軍による対
    イラク戦争での破壊、殺りくにたいする人々の怒りに満ちた。3
    月23日、イスラム教政党で野党の統一行動評議会(MMA)が
    呼びかけた反戦集会には参加者15万人と同国最大規模となっ
    た。「燃えるバグダッドをテレビで見た。怒りでいっぱいだ。イス
    ラム教徒が殺される」。バイクのエンジン修理で生計をたてるハ
    ビブラさん(62)が話した。「日本も戦争でアメリカに原爆を落と
    されただろう。アメリカが一番ひどい」。宗教学校マドラサで学ぶ
    サーフラー君(16)は「自分の意志で来た。先生が行けといった
    わけじゃない。アメリカはテロリストだ。ミサイルを次々撃ってい
    る。アメリカとたたかうのはイスラム教徒の務めだ」と言った。プ
    ラカードには「石油と血。どっちに価値があるのか」「新しい世界
    秩序。アメリカ対世界」などの文字が目についた。
   
*国連安保理の非常任理事国パキスタンは、一方で米国の「対
    テロ戦争同盟国」。イラク問題でも米国寄りの態度が米国から
    は期待されていた。しかし、ジャマリ首相はこの間、「戦争を支持
    
するのは非常に難しい」と発言。11日の緊急閣議では、
国民に
    受け入れられない決議
案を支持すべきでないと一致。
カスリ外
    相は22日の会見で
「重要なのは国連安保理がイ
ラクの人々の
    苦しみを早く終
えるようにすることだ」と指
摘。開戦の20日には
    ジャマ
リ首相が、国連安保理の戦争
終結努力を求めた。

   
【チリ】
   
*南米チリ。同国の首都サンティアゴ市内で3月15日、イラクへ
    の武力行使に反対する数千人規模のデモが行われた。参加者
    は「戦争ノー」とスペイン語と英語で書かれた巨大な横断幕を先
    頭に市内の大通りを行進。主催者の代表が大統領府に立ち寄
    り、米国による「対イラク攻撃を断固拒否する」と表明したラゴス
    大統領あての書簡を手渡した。
   
*デモに参加した与党民主主義党のヒラルディ党首は、安保理で
    は「戦争を意味するいかなる決議にも反対する」よう政府に呼び
    かけた。世論調査ではチリ国民の83%がイラクへの武力行使
    に反対していた。

   
【メキシコ】
   
*メキシコ市内では03年3月15日、
イラクへの武力行使に反対
    し、平和的
な解決を求める平和コンサートやデモ
が行われ、計
    3万人が参加。デモ参加
者は「ブッシュ、よく聞け。メキシコ
は戦
    争に反対だ」などのシュプレヒコ
ールを繰り返した。「戦争反対」
    と書き
込んだメキシコ国旗をまとって行進していた大学院生の
    ロシオ・セレナさん(27)は、「政府は紛争の平和的解決を原則
    とする憲法にしたがって戦争反対の投票をすべきです。フォック
    ス大統領がこの立場を最後まで貫くよう私たち国民がさらに圧
    力をかけていきたい」と語った。


    
人びとのたたかいが、政府の戦争反対の姿勢を支える、
     また戦争支持の方針を変えさせる力となった。21世紀の
     新しい世界秩序、平和のルールをつくる力は、1人ひとり
     の声、行動、そしてその結集にあることを鮮やかに示した
     のが、イラク戦争をめぐる世界のたたかいだった。

 3。イラク戦争支持政権の選挙での敗北、派兵部隊の撤退
                             -アメリカの孤立
  
◇選挙による「イラク戦争ノー」

   *04年にスペイン、06年にイタリア、07年にオーストラリアで、
    アメリカとともにイラク戦争を支持、推進してきた政権が選挙
    で敗北、政権を失った。政権交代はしなかったが、オランダ、
    デンマークでも選挙での審判を契機にイラクから自国軍を撤
    退せざるをえなかった。イギリス、アメリカなどでは、与党が
    選挙で敗北。
   
*戦争を推進する政治を、国民世論が許さない、ひっくりかえ
    す力を持っている。
   
*アメリカ主導のイラク駐留多国籍軍=有志連合は崩壊状態。
    最大39か国が参加した多国籍軍は現在21か国に参加が半
    減。駐留継続国の中でも撤退・削減を予定・計画している国
    が多数。「多国籍」とはいえ、いまや兵力の約93%は米兵で、
    実態は米軍そのもの。
  
◇ふくらむ戦費、増える米兵死者
             -アメリカ国内でも「イラク戦争は間違いだった」
   
*アフガンへの報復戦争とイラクへの侵略戦争=「対テロ戦争」
    の戦費としてすでに
69兆円が支出。今後10年間続いた場合、
    その戦費は274兆円に達するという試算も(米議会予算局)。
   
*米兵の死者はすでに4000人をこえる。帰還者のPTSDも深刻。
    07年の陸軍現役兵士の自殺者は121人。これまで90年、91年
    と並んで最高レベルだった06年より20%増。アフガン戦争が始
    まった01年以来ではほぼ一直線に増えている。一方、自殺未遂
    や自傷者の数は07年が2,100人で、イラク戦争開始前の02年
    の350人と比べて6倍にも。
   
*アメリカ国内でも「あの戦争は間違いだった」の世論の高まり

 
4。膨大なイラク民間人死者、「対テロ戦争」でテロは逆に激増
  
◇戦争はいっそう激しくなっている
   
*米軍は07年の1年間に1447回、1日に4回の割合で空爆を実
    施。06年の229回の6倍にも(米紙ワシントン・ポスト報道)。
  
◇イラク民間人の死者、国の崩壊
   
*「イラク・ボディ・カウント」によると、9万人弱。15万人(イラク保
    健省と世界保健機関の調査)、65万人(英医学誌)、100万人(英
    世論調査機関ORB)という推定もある。
   
*イラク難民・避難民はなお、シリアに150万人、ヨルダンに75万
    人。国民の約3分の1の800万人が緊急援助を必要とし、7割の
    国民がきれいな飲料水を供給されていない。失業は昨年末の
    時点で50%に達しているとみられ、電気が家庭に届くのは1日
    に数時間、まったく届かない地域もあるという。
  
◇テロの増加
   ・・・2003年に世界で起きたテロは208件→2006年には14,338件。

二。世界は、動いている。
 
1。軍事同盟の崩壊へ
  
◇第二次世界大戦後、米ソ2つの大国が、軍事同盟をはりめぐら
   せた「冷戦体制」へ
   
*アメリカ側はNATOを頂点に、21の軍事同盟
   
*ソ連はワルシャワ条約機構を筆頭に14の軍事同盟
  
◇世界の軍事同盟網の解体、機能不全、弱体化
   
【東南アジア条約機構(SEATO)】
    
1954年、アメリカが中心となってイギリス、フランス、オーストラ
    リア、ニュージーランド、フィリピン、タイ、パキスタンの8か国が
    調印した東南アジア防衛条約にもとづく軍事同盟。1975年、
    アメリカが後押しした南ベトナム政権の敗北によって、事実上崩
    壊。1977年に解散
   
【中央条約機構(CENTO)】
    
もとは、1955年に発足した中東条約機構(バクダッド条約機構、
    トルコ、イラク、イギリス、イランが加盟、アメリカがオブザーバー
    として参加)。
1959年にイラクが脱退したため、本部をトルコの
    首都アンカラに移し、中央条約機構と改称。1979年1月のイラ
    ン革命で、アメリカが後押ししたパフラヴィ王朝が崩壊したため、
    同年9月に解体
   
【米州相互援助条約(リオ条約)】
    
1947年9月に調印、翌年発行したアメリカと中南米諸国をふく
    む軍事同盟。「米州の一国にたいするいかなる国による武力攻
    撃も、米州のすべての国にたいする攻撃とみなし」、加盟各国は
    攻撃にたいして共同して対処する(第3条)と定め、アメリカが中
    南米やカリブ海地域に軍事介入する口実にされた。しかし、89
    年のアメリカのパナマ侵略批判の決議を採択し機能停止状態に。
    
2001年9月には、メキシコが脱退を表明し、最近手続きを完了。
   
【オーストラリア・ニュージーランド・米国相互安全保障条約(ANZUS)】
    
1951年9月に締結されたオーストラリア、ニュージーランド、米
    国の3か国間の相互安全保障条約。1984年、ニュージーランド
    で、労働党のロンギ政権が成立し、米国の核搭載艦船の入港を
    認めない「非核政策」をとったため、アメリカがニュージーランドに
    たいする防衛義務の停止を発表。3か国の軍事同盟としては
    機能していない
   
【北大西洋条約機構(NATO)】
    
イラク戦争にさいして、フランス、ドイツ、カナダ、ベルギーなどの
    一連の主要国が反対し、分裂状態に。最近、シュレーダー独首
    相は、「NATOは戦略上の協議の場ではもはやない」と指摘し、
    米欧関係の改革について抜本的な見直しを提起。シラク仏大統
    領もこれへの支持を表明するなど、この軍事同盟のあり方につ
    いて、根本から問い直す動きが生まれている。
   
【ワルシャワ条約機構】
    
旧ソ連を中心とした軍事同盟だったが、ソ連の崩壊で解体

  
◇非同盟諸国の運動の前進
   
*国連加盟国192か国のうち、135か国(約7割)が、非同盟諸国
    会議(アジア・アフリカ・ラテンアメリカの国々が主な参加国)に
    参加。世界平和の構築に、大きな役割を持ちはじめている。ち
    なみに、アジア24か国のうち、21か国が非同盟諸国会議に加
    盟。入っていないのは、日本、韓国、中国<オブザーバー参加>
    のみ。

 
2。「戦争のない世界」をめざして-地域別にみる
  
◇EU(欧州連合)-EU憲法の外交路線
    
「平和、安全、地球の持続的開発、諸国民間の連帯と相互尊重、
    自由で公正な通商、貧困の一掃と人権の保護、とくに子どもの
    権利保護、および国際法の尊重と発展、特に国連憲章の諸原
    則の尊重」(第3条4項)

  
◇アジア
   
*ASEAN共同体をめざす動き、さらに、東アジア共同体構想
   
*共同体構築の前提は地域平和-東南アジア友好協力条約(T
    AC)の広がり
    
・ASEAN(東南アジア諸国連合)の平和憲法といわれ、1976
     年のASEAN首脳会議で締結。その後、ASEAN以外の周辺
     諸国にも条約を広げる外交努力を行い、日本も2003年12月
     にようやく加盟した。
    
・条約の内容
     
①独立、主権、領土保全などの相互尊重、②外部からの干渉、
     転覆、強制なしに自国を運営する権利、③相互の内部問題へ
     の不干渉、④紛争の平和的手段による解決、⑤武力行使と武
     力による威嚇の放棄、⑥諸国間の効果的協力
    
・現在の加盟国は24か国、地球人口の57%。
     
マレーシア、シンガポール、ベトナム、インドネシア、ブルネイ、
     ラオス、
フィリピン、カンボジア、ミャンマー、タイ(以上ASEAN)
     
中国、日本、韓国、ロシア、フランス、オーストラリア、インド、
     パキスタン、東チモール、パプアニューギニア、ニュージーランド、
     モンゴル、
バングラデシュ、スリランカ
   
*インド・パキスタンの関係改改善、中国とインドの協調路線、
    北朝鮮をめぐる6カ国協議

  
◇中東
   
*中東非核化構想の動き、各国の民主化へのたたかい

  
◇南米
   
*政治変革(左翼・中道政権への誕生)が面をなして広がっている
    
・ベネズエラ(1998)、エクアドル(2003)、ブラジル(2003)、アルゼ
     ンチン(2003)、
ボリビア(2003)、ウルグアイ(2004)
   
*アメリカによる経済・軍事・外交支配からの脱皮へ
                         -「裏庭」だった大陸の変化
   
*南米共同体の結成(2004年)

  
◇アフリカ
   
*アフリカ連合(AU)
    
・EUをモデルに、政治、経済の統合を促進し、紛争のない繁栄
     したアフリカ大陸をめざす国家連合組織として2002年に発足。
     加盟国人口は8億人。
    
・AUの平和・安全保障理事会での協議や、独自の監視軍を紛
     争地に派遣するなどの努力を続け、域内の紛争解決にあたっ
     ている。


    ◇
仮想敵国をもたない地域的な平和の共同体がつくられ、それ
     が合流して、国連憲章にもとづく平和の国際秩序をめざすとい
     う大きな流れを形成しているのが、今日の世界の姿。

三。異常な対米従属-日本の政治のあり方の転換を
 
1。世界の構造変化が視野に入っていない日本外交
                      -「よくできた米国の従属国」
  
◇イラク戦争をさまざまな面で支援
   
*世界でまっさきに「支持」表明。イラク戦費を支えていた日本
    マネー。自衛隊の派遣(現在も航空自衛隊は派遣継続中)。
  
◇日米同盟絶対路線
   
*外交の最大のものさしは、「日米安保条約」という軍事同盟の
    絶対化。
   
*外交も、内政も、アメリカの顔色をうかがいながら。核兵器廃絶
    問題でも。

 
2。軍事優先の外交、内政の転換を
  
◇イージス艦「あたご」事故から
   
*イージス艦はもともとは空母護衛の軍艦
                       -自衛隊は空母をもっていない
   
*回避義務をおこたる-軍事優先路線のおごり。米軍ともっとも
    緊密な連携をとっているのが海上自衛隊。
   
*引き継がれている米軍の占領意識
                 -やり放題の訓練、日米地位協定の特権
  
◇米海兵隊による暴行事件、凶悪犯罪
   
*沖縄の海兵隊の特殊性。「殴り込み部隊」といわれ、全軍の先
    陣を切って、「敵地」に乗り込み、躊躇なく眼前の人間を殺害し、
    「障害物」を除去して橋頭堡(きょうとうほ)を築くという特別の任
    務をもつ。イラク戦争にも在沖海兵隊の多くが参加。
   
*「殺人を可能とするシステム」の構築。目の前の人を殺すことは、
    普通の人間には抵抗感がある。それを確実に実行できるように
    する訓練と洗脳。攻撃対象の徹底した「非人間化」(自分たちと
    同じ人間と思わないようにさせる)、軍への帰属意識と忠誠心の
    徹底。「最悪の殺人者」を「製造」するのが海兵隊というシステム。
   
*本質的に自国の防衛と無縁な、15,000人におよぶ海兵隊が常
    駐する状態は、世界広しといえども、沖縄以外にない。すぐにで
    も戦闘する準備ができている集団が、これほど密集して一般市
    民の中で暮らしていることの異常。
  
◇日米地位協定と思いやり予算
   
*在日米軍の暴力性、無法性を助長しているのが、日本の異常
    なアメリカへの従属性。不平等な地位協定などにみられる米兵
    への特権、使い放題の水光熱費にみられる財政的「思いやり」
    などが、米兵たちの中に、優越感や支配者感覚を浸透させてい
    ることは間違いない。こうした構造が、沖縄県民や女性にたいし
    ての暴力的蹂躙(じゅうりん)に、米兵が抵抗感を感じない土壌
    を生み出している。

  
◇日本人の平和意識と、政治的反映とのギャップ
   
*日本の平和教育は大きな財産と国民意識をつくりだしてきてい
    るが、それが政治に反映されているかといえば、そうなっていな
    い。選挙などでは、平和問題はなかなか争点になりにくいが、
    主権者である私たちが、しっかり学習し、対米従属絶対の政治
    家を当選させない力をもつ必要がある。
  
◇憲法9条と対米従属路線は、相容れない
   
*日本が対米従属の鎖をたちきり、世界平和の力強い流れに合
    流したとき、憲法9条は、さらに輝きを増す。

さいごに:視野は世界的に、行動は地域から



以上。



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