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2008年3月14日 (金)

倉敷。そこはアートな町。

きのう(13日)は、重税統一行動があって、
私も倉敷の税務署に申告するために行きました。

それで、倉敷へ行くのだったら、
全国集会(11/22~24)のための下見を、
ついでにしてしまおう!と思い、
朝の9時過ぎから倉敷へ行ってきました。

春闘はきのうが全国統一行動の日で、
労働組合のみなさんは朝から
行動されているはず・・・と少し心苦しさを
感じながらも、「いや、倉敷へ遊びに行く
わけではない。全国集会のための仕事だ。
これがボクのたたかいだ」と、勝手な論理を
頭のなかで描きつつ、倉敷の町を
思いっきり楽しんでいたのでありました(笑)


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 まずは
 倉敷労働会館へ。

 2日目の分科会や、
 夜の交流会の
 会場となります。

 やっぱり古いな~。
 (失礼!)




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 一番大きな部屋。

 青年交流会も
 ここでやります。

 イス机なしの
 詰め込みならば、
 300人はいける。



他にも、労働会館のほとんどの
会議室を見せてもらい、写真におさめる。


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 こちらは、
 3日目の全体集会の
 会場の、
 倉敷芸文館。

 880席ですよ!
 ひょえ~。
 埋めたら快挙だな。




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 倉敷の観光といえば!
 やはりこの美観地区。
 
 倉敷駅から南へ歩いて
 10分ほどで、
 美観地区のこの
 入口にきます。





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 入口からしばらくは、
 観光客相手の
 お店が続く。
 
 まだ朝10時だったので、
 観光客も少ない。

 





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 でた!
 大原美術館。
 大原孫三郎の
 偉大な仕事のひとつ。

 世界的に有名な
 美術館で、
 見ごたえはたしかに
 そこいらの美術館とは
 違いますね。

 入場料1,000円。
 行くなら、2時間は
 みといたほうがよいです。
 この日はスルー。




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 大原美術館の
 すぐそばに、
 アイスクリーム売りが。

 そこへなにやら
 園児集団が…。
 午前中の散歩だろう。
 こんなところを散歩する
 なんて、優雅な人間に
 育つに違いない。



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 いや、ふつーの
 子どもたちでした(笑)。

 アイスクリームに
 まぶりつく。








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 ここは、
 「石とガラスの灯
 -凸凹屋」
 というお店。

 こんなお店が
 いつのまにやら
 できていたかー。

 倉敷ガラスとは
 ちょっと違うのかな?
 入らなかったので
 よくわかりません。






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 こちらは
 日本郷土玩具館。

 昔入った記憶がある。













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 街のスケッチを
 する青年。

 こういう風景が
 みられるのは
 倉敷の良さですね。












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 美観地区でも
 一番の
 写真スポット、
 中橋の上から。






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 中橋をわたると、
 すぐにあるのが、
 この倉敷考古館。

 一度入ってみたい
 のだけけど、
 残念ながら今日も
 スルー。





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 ここでも
 絵を描く人が。

 白壁(しらかべ)の街は、 
 人の心を
 なごませるの
 だろう。

 トラックが写真に
 入ってしまった。
 残念!







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 ここは
 木のおもちゃ
 伊勢屋さん。

 ここも入った
 ことはないが、
 興味あり。

 木は良い。




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 備前焼のお店。
 
 美観地区にも、
 備前焼のお店は
 たくさんあります。







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 和紙工芸のお店。
 「風の館 うえのや」

 ここも、今度いちど
 入ってみたい。
 (スルーばっかり
  じゃないか!)
 




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 最近できたらしい、
 「桃太郎の
 からくり博物館」

 かなり大仕掛けの
 セットがたくさん
 あるらしい。
 子どもは喜びそうだ。




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 地酒もあります。
 おみやげにどうぞ。









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 ぐるっと美観地区を
 まわり、いよいよ
 今日最大の目的である、
 「倉敷民藝館」へ。

 入館料は700円と
 ちと高めだった。






Img_1665_2
 民藝館のなかから
 外をながめる。

 この倉敷民藝館は、
 大原家の米蔵を改築し
 つくられたもの。
 1948年に開館。

 日本では、東京にある
 「日本民藝館」に続き、
 全国で2番目につくられた
 民藝館である。

 1万数千点の、全国や
 世界の民藝品を所蔵。


で、民藝館は、雰囲気もとても質素で、
心地よく、置かれている展示品も、
さりげない美しさや強さを感じました。

30~40分ほどで見てまわり、
最後の民藝ショップで、
おもしろそうな本を見つけたので、
さっそく購入しました。
その内容のおもしろかったこと!!(最後に紹介)


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 民藝館を出て、
 1本北よりの道に。

 ここは結構有名な
 町家喫茶「三宅商店」
 と、「桜草」という
 お食事のお店。
 だんだん観光客が
 増えてきた。




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 観光案内で有名な
 倉敷川沿いから
 北へゆくと、
 落ちつきを感じる
 古い街並みが。
 
 私はこの通りが
 好きなんですよね。






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 おいしいものブティック
 「平翠軒(へいすいけん)」
 
 相方と倉敷へくると
 かならず寄るお店。

 2Fは喫茶店に。
 雰囲気いいですよ。










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 地酒の酒造場。

 貫禄だね~。













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 お昼近くに
 なったので、
 ランチに。

 カレーのお店。
 ひよこ豆カレーを
 食べる。店内も
 とっても雰囲気が
 よく、リラックス。




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 ランチが終わると、
 カレーのお店の正面に、
 「倉敷クラシカ」という
 お店があったので
 入ってみる。

 倉敷の古い写真など
 が絵葉書になって
 いたりする。2枚購入。




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 今度は、カレーの
 お店の隣にある、
 美観地区唯一の
 本屋さんへ。

 といっても、
 古本屋さんです。
 「河上肇自叙伝」が
 気になったが、
 結局購入せず。



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 やはり、
 この通りは、
 歩いていて
 気持ちが良い。






13時すぎに、倉敷公民館へ。
重税反対統一行動の倉敷会場。
集会後、税務署までデモ行進をし、
しずしずと申告をすませる。

時間は15時に。
雲行きがあやしそうだったので、
急ぎ足でアイビースクエアのみ
見てまわる。


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 かつて
 倉敷紡績の
 工場があった
 ところが、
 見事に衣替えを
 しているところ。





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 敷地内には、
 記念館や結婚式場
 など、いろいろな
 施設があるが、
 ホテルとしても
 営業している。




16時少し前に、倉敷の下見は終了。
帰宅したのであります。

美観地区は、まだまだ知らないところ
ばかりだなぁ、と実感。行きたいところも逆に増えました。
今度は丸1日かけて、ゆっくりまわってみたい。


で、家に帰って、倉敷民藝館で買った本を
読みました。これが良かった!


『民藝とくらしき』(金光章、吉備人出版、2002年)

著者は、いまの岡山県民藝協会会長。
建築士の方です。ラジオ放送が元になっている本です。

知らなかったことが多く、
「へー!」「すごい!」の連発でした。

いままで、倉敷は、
「白壁の町」「大原美術館」と思っていましたが、
じつは、「民藝の町」が本質なんだということが
わかりました。これはすごい発見でした。

「民藝(みんげい)」とは、「民衆的工藝」の略で、
柳宗悦(やなぎむねよし-1889~1961)という
人が名づけた造語です。

民藝とは、庶民が普段使う、日用の工芸品のこと。
しかし、柳さんは、その地域の庶民の伝統と暮らしの
息づかいのなかに、「モノの美しさ」としての民藝品を
見い出し、名もない職人さんがつくったモノのなかに、
心の通いあいや人間的な美がある、と考えたのです。

お皿や陶器、織物、履物、家なども民藝に入ります。
材料が天然材であること、手仕事によること、
伝統にそった技術でつくられること、が3条件です。

また、美術や芸術を意識しすぎていて、
過度の装飾や自己満足の美も、民藝ではありません。
「売る」目的が第一にくる大量生産品などと、
まったく対極の考え方で、「使う人のこと」を何よりも
第一に考えた日用工芸品が、民藝、ということになります。

「毎日一緒に暮らす食器や、衣類や家具・住宅に、
用に親切な、誠実な美しさを持ったモノを選び、そ
れらに囲まれた悦びの中で日々暮らそうというのが
民藝です。もしそういう民藝品に囲まれて毎日を過
ごすなら、自分自身の心情も自然に、誠実で健全
になっていくのではないでしょうか」

その柳宗悦の民藝にたいする考え方、
「用の美」にもっとも共感したのが、
当時倉敷紡績社長の、大原孫三郎だったということです。

昭和初期、民藝の真髄を啓蒙しようと活動を
はじめた柳宗悦は、収集した各地の民藝品を
常設展示できる「民藝美術館」の建設をめざします。

しかし、国などからは相手にされず、
建設のメドはたたなかったといいます。
そんな時、寄付を申し出たのが、大原孫三郎
だったそうです。寄付金は10万円。
現在のお金に換算すると2億円以上になるそうです。

大原美術館建設のために投じたお金が
5万円だったそうですから、いかに大原孫三郎が
この「民藝館建設」に熱意をもって共感していたかが
わかります。

孫三郎の死後、大原家を継いだ、大原總一郎も、
柳宗悦を敬愛し、全面的な支援を続けます。
そして、戦後すぐに、倉敷に「民藝館」をつくる構想を
もち、柳宗悦門下の外村吉之介をまねき、
初代館長として「倉敷民藝館」が完成します。

じつは!この倉敷民藝館と、沖縄の伝統的織物で
ある芭蕉風(ばしょうふう)の意外な結びつきも書かれてあって
びっくりだったのですが、ここでは省略します。
沖縄は民藝品の宝庫として、
柳さんや大原總一郎は熟知していたそうです。

初代館長の外村吉之介は、
民藝品の収集、民藝文化の啓蒙などを活発に展開。
また、倉敷の街並みの保存にも奮闘し、
「外村が倉敷にこなければ、あの街並みは残って
いなかったと言うことができる」とも著者は言っています。

倉敷民藝館そのものも、大原家の米蔵を改築したもので、
いまでいう古民家再生の倉敷第1号だったそうです。

こうした先達の努力の積み重ねによって、
倉敷は「民藝の町」として全国に先んじる町と
なったのです。
その歴史の重みを知り、倉敷の街に
息づいている心に、感銘しました。

大原孫三郎や總一郎の、教養文化の高さと、
企業家としての社会的責任や道義を貫く姿勢も、
素直に、すばらしい、と思います。

また、この本を通じて、
「アート」とは何か、についての考えも
深まったように思います。

民藝の心は、何よりもまず、
「使う人、相手のことを考える心」だということです。
それが、モノの健康的な美しさや安心感を
あたえるということ。

たんに芸術的な技術や水準を高めること、
自己満足のアートではあかん、ということです。

私は昨年から、「私たちの運動には、
サイエンスとアートが必要だ」と言うように
なりましたが、そのアートとは、
「相手のことをまず第一に考えること」であり、
相手と心を通わせるための「技」である
ということなのです。

これは、なんでも相手に迎合する、
という意味ではなく、
人と人とのコミュニケーションとしての、
アート(技)なんだということです。

そして、名もない人びとの労働のなかにこそ、
アートがあるんだなぁ、と(涙)。

倉敷の民藝の「伝統に流れる心」にふれることができ、
あらためて学ぶこと、考えたことがたくさんありました。
とても、とても、得たものの大きな1日でした。


全国集会は、倉敷の民藝の心(アート)、
そして、理性的に自分や社会をみつめるサイエンスを
たくさんの仲間たちと生み出す集会にしたいと思います。

ぜひ、倉敷へおいでください!
大原美術館もいいですが、倉敷民藝館もおすすめです。



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