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2008年3月21日 (金)

3章難しい~(涙)

晩、古典講座『空想から科学へ』
4回目がありました。

「資本主義の発展と矛盾」ということで、
テキストの3章を、3分の2程度やりました。

参加は5名と、ちょっともちなおしました。

が、講義内容はボロボロでした!
ここは一番たいへんだろうなーと
思っていたのですが、やっぱり消化しきれて
いなく、説明の不正確さや不十分さが露呈
していたように思います。

参加者のみんなで討論して解決! という
ところも。みなさんに助けられながら講義してます。

もっと正確に古典を読み込まないと
いけないですねー(涙)。


以下、恥ずかしいけど、講義内容をご紹介。

ほとんど、『月刊学習』不破解説にそって、
レジュメをつくってみました。

はじめに:エンゲルスとマルクスの「資本主義の根本矛盾」に
      ついての定式(表現)の違い

一。史的唯物論を出発点に
 
1。生産関係が社会の基礎

   
「生産が、そして生産のつぎにはその生産物の交換が、
   すべての社会制度の基礎」

 
2。資本主義社会のなかに、矛盾解決の手段(力)が

   
「あばき出された弊害を取り除くための手段もまた、変化した
   生産関係のそのもののなかに―多かれ少なかれ発展して―
   存在しているにちがいないということを意味する。この手段は、
   けっして頭のなかで考案すべきものではなくて、頭をつかって
   現存の生産の物資的事実のなかに発見すべきものである」
                               (テキスト3章)

   
「大工業はいっそう全面的に形成されてくるにつれて、資本
   主義的生産様式がそれを閉じこめている束縛と衝突するよ
   うになる」(同上)

二。「社会的生産と資本主義的取得との矛盾」という定式
 
1。生産が、個人的生産から、社会的生産へ
  
◇資本主義以前
   
*生産手段にたいする労働者の私的所有を基礎とする小経営
   
*労働手段(土地・農具・仕事場・手工具)は、個人の
    労働手段であり、個人的使用だけを目あてにし、した
    がって、小型なものだった。だからこそ個人所有だった。
   
*その生産手段を集積・拡大し、生産力を飛躍的に増大
    させたことは、資本家階級の歴史的役割だった。

  
◇生産そのものを、社会的行為に変えた

    
「いまでは工場から出てくる紡糸や織物や金属製品は、
    多数の労働者の共同の生産物であり、それらが完成す
    るまでには、かれらの手をつぎつぎに通らなければなら
    なかった。かれらのうちのだれ一人として、それはわた
    しがつくったものだ、それはわたしの生産物だ、というこ
    とはできなかったのである」(同上)

 
2。分業の発達について
  
◇社会内部の分業(無計画的)
   
*社会全体の必要な労働を、それぞれが手分けして行うこと
   
*しかし、それは個々の生産者がバラバラに行っている
    もので、社会全体からみれば無計画的に生産が行われる。
   
*分業が広く行われるようになると、生活に必要な生産物の
    ほとんどは「商品」という形で、他人の労働生産物を「買う」
    という形態が支配的となる。
  
◇個々の工場のなかにも、「計画的な分業」がもちこまれた
   
*計画的な分業は、自然成長的な分業よりも強力であった。
    生産物を安く生産。
   
*社会的生産は古い生産様式全体を変革した
   
*しかし、

     「社会的生産そのものは、商品生産の新しい形態として
     発生したので、商品生産の取得形態は、ひきつづき社会
     的生産にとっても完全に効力をもっていた」(同上)
     
「社会的な生産手段と生産物は、これまでどおり個人の
     生産手段と生産物であるかのように扱われた」

 
3。「衝突」-エンゲルスの資本主義の根本矛盾の定式
  
◇「社会的生産と資本主義的取得との矛盾」
   
*生産手段と生産物は、本質的に社会的になっている。つま
    り、労働者みんなで生産手段を使い、労働者みんなによって
    生産過程での分業が行われている。
   
*しかし、
     
「このような生産手段と生産は、各人が自分の生産物を所有
     し、それを市場にもちだすというような、個々人の私的生産を
     前提とする取得形態のもとにおかれる」
     
「生産様式はこの前提を廃棄しているにもかかわらず、それ
     はこのような取得形態のもとにおかれる」
   
*すべての衝突の萌芽
     
「この矛盾のなかに、現代のすべての衝突がすでに萌芽とし
     てふくまれているのである」
     
「社会的生産と資本主義的取得とが両立できないこともいっそ
     うはっきりとあかるみに出てこないわけにはいかなかった」

三。この矛盾の二つの現象形態
 
1。資本家と労働者の対立
  
◇賃労働の形態は、最初はかぎられていた
  
◇資本主義の発展により、それが生産全体の原則になり、
   基本形態となった。
   
*「封建制度の崩壊、封建領主の家臣団の解体、自分の
    家屋敷からの農民の追い出しなどによって」、労働者は
    巨大な数に増加した。
   
*階級的な分離の完了、そして対立

     
「一方では資本家の手に集積された生産手段と、他方では
     自分の労働力以外にはなにも持ち物がないようにされた生
     産者とのあいだの分離が完了した。社会的生産と資本主義
     的取得との矛盾が、プロレタリアートとブルジョアジーの対立
     として、あかるみに出てきた」(同上)

 
2。経済体制に混乱をひきこむ
  
◇社会的生産の無政府状態(社会的コントロール・規制がない
   状態のこと)という指摘

     
「各人は、めいめいに、たまたま自分がもちあわせている生
     産手段をもって、自分の特殊な交換の欲求のために生産す
     る。だれにも、自分の品物と同じ種類のものがどれだけ市場
     に出てくるか、そのうちいったいどれだけが使用されるかわか
     らないし、まただれにも、かれの個人的生産物が実際の需要
     を見いだすかどうか、自分のかけた費用を回収できるかどうか、
     わからないのである。そこにあるのは社会的生産の無政府状
     態である」

   
*マルクスは、つくった商品が、市場で「買い手」をみつける
    までの過程を「命がけの飛躍」と名づけた。
   
*商品生産のこの法則性は、個々の生産者にたいして「競争の
    強制的法則として作用する」。「生産物が生産者を支配する」(テ
    キスト)。つくったモノが「おれの買い手をしっかりみつけないと、
    あんたは没落するぞ」と脅迫する。
   
*資本主義以前の社会では、この法則は「ねむっていた」

  
◇生産の無政府状態は、個々の生産施設の社会的生産の組織化を
   推進する

  
◇競争の法則が無慈悲に貫徹する
   
*「古い平穏な固定状態」から、「労働の分野は戦場になった」
    「敗者は排除される」状態へ。
   
*そして、
    
「社会的生産と資本主義的取得との矛盾は、いまや個々の工場
    における生産の組織化と社会全体における生産の無政府状態と
    してあらわれる」

四。富の蓄積と貧困・抑圧の蓄積
  
◇フーリエが発見した「悪循環」-貧困は、過剰や豊富そのものから
    生まれる
  
◇労働者の増大とともに、さまざまな形態での抑圧の進行
   
*機械とその改良による労働者の駆逐
   
*いつでも利用できる「産業予備軍」(失業者のこと)の形成
   *
「産業予備軍」の圧迫のもとでの、現役労働者の過重労働と労賃
    の低賃金への押さえ込み
   
*労働者の生産物である機械が、労働者を奴隷化する道具へ転化
    させられる
   
*労働力の容赦ない浪費

     
「こうして、ある人びとの過重労働は他の人びとの失業の前提
     となり、新しい消費者を求めて全地球上を追いまわす大工業は、
     国内では大衆の消費を飢餓的な最低限度に制限し、それによっ
     て自分の国内市場をほりくずす、というふうになるのである」(同上)

     
「一方の極での富の蓄積は、同時に反対の極での、すなわち
     自分の生産物を資本として生産する階級の側での、貧困、労
     働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積なのである」
                              (『資本論』新書版④)

五。恐慌の周期的爆発が“生産力を資本から解放せよ”と迫る
 
1。巨大な膨張欲求と、それを消費する市場との矛盾
  
◇個々の資本家は、生産拡大への「強制命令」を受ける
                           ―無政府状態が推進力
  
◇しかし、市場には、それに応えるだけの購買力がない
   
*「市場の膨張は、生産の膨張と歩調を合わせることができない」
   
*衝突は避けられないし、資本主義的生産関係そのものが変わら
    ないかぎり、衝突はくり返される。周期的な恐慌として爆発する。

 
2。恐慌の意味
  
◇「生産様式は、交換様式にたいして反逆する」
  
◇資本主義には、巨大な生産力を管理する力がない

     
「一方では、資本主義的生産様式には、これ以上これらの生
     産力を管理する能力がないことが確認される。他方では、こ
     れらの生産力そのものは、ますます力づよく、この矛盾の廃棄、
     資本というその性質からの解放、社会的生産力としてのその
     性格のじっさいの承認をせまるのである」(テキスト3章)

六。生産力“反逆”の時代の資本主義
 
1。生産力を社会的なものとして扱う諸形態
  
◇“反逆”をしずめようとする形態
   
*「株式会社」ー生産の組織化が拡大
   
*「トラスト」―独占資本主義に転化させる原動力に
   
*「国有化」ー国家が生産の管理にのりだす。現代では国家の
    経済への介入が大規模かつ多面的に導入され、国家独占資
    本主義の体制へ。

 
2。この諸形態の発展的な意義
  
◇「ブルジョアジーがなくてもよい」ということ
  
◇資本関係は極端化する
   
*国家でさえ、資本家の代表者として、国民を搾取する
  
◇衝突解決の「形式上の手段、その手がかり」

七。マルクスがとらえた根本矛盾との定式の違いをみる
 
1。資本主義的生産様式の根本に、剰余価値の問題
  
◇剰余価値の問題を、矛盾の根本にすえる
   
*生産のための生産、利潤第一主義

     
「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである。とい
     うのは、資本とその自己増殖とが、生産の出発点および終結
     点として、生産の動機および目的として、現われる、ということ
     である。生産はただ資本のための生産であって、その逆に、
     生産諸手段は生産者たちの社会のために生活過程をたえず
     拡大形成してゆく手段なのではない、ということである」(『資本論』)

 
2。資本家と労働者の対立の位置づけについて
  
◇矛盾の主要な内容をさす問題でって、二次的なものではない

 
3。恐慌の発現する矛盾のとらえ方
  
◇マルクスは「剰余価値の追求」「労働者階級の購買力をせまい
    限界内におしとどめる」
  
◇エンゲルスは、究極には「生産の無政府状態」


次回(4/4)は、資本主義をのりこえる社会への展望と、
それを補強する意味で、マルクスの「未来社会論」を学びます


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コメント

先日は、遅れて行ってすみません。途中からの参加で、今一話の流れが掴めていなかったのかも知れませんが、やはり参加して良かったです。M宅さんの、いつも細かいところに気がつく性格は、僕のような教条主義者には、良い刺激ですが、体調が悪いときは、ちょっと疲れます。一番難しいテーマだったようですが、終わったあとのおしゃべりで、ちょっとホッとしました。 4日の学習会と5日のお花見にも、是非参加しようと思っていたのですが、昨日になって急な用事が入り、参加できなくなりました。ごめんなさい。 できれば、妻と娘と中国の友人を誘って、3人だけでも参加させていただければ、と考えています。

投稿: S本Y郎 | 2008年3月23日 (日) 23時51分

S本さん、ありがとうございます。
古典講義は、こちらの不勉強もあり、
聞くほうもたいへんだろうと思います。

花見残念ですが、ご家族の方の参加は
大歓迎ですので、都合がつけば、ぜひ。
お待ちしています!

投稿: 長久 | 2008年3月24日 (月) 09時10分

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