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2008年2月 8日 (金)

マルクス、エンゲルス入門

今日の晩は、古典講座『空想から科学へ』
第1講義がありました(全5回)。
講座の講師は私が担当しています。

参加は6名でした。
ほとんど宣伝してなかった結果です(涙)

が、細々とでもこうした学習会を
続けていくことが、学習協の存在価値の
ひとつだと思っています。
学習協にしかできない講座なので。

今日は、
「科学的社会主義とは~マルクス・エンゲルス入門」
ということで、
『空想から科学へ』の内容には入らず、
主にマルクスやエンゲルスの人となりや
生涯をたどる学習となりました。


以下、講義の概要(例のごとく長くてすみません)。



一。私たちの知性が問われる時代
 
1。多数者革命の時代に
  ◇
多数者革命とは?
   *
より多くの人の力で、世の中を良い方向に変えていく。
    この意味は、「100人が1歩ずつ」ということでなく、そ
    れぞれが、それぞれの持てる力を発揮し(3歩がんば
    れる人は3歩がんばろうということ)、その個々の力を
    たばねて、大きな力にする、ということ。
   
*自分がいる国、地域、職場、学園で、大多数の人びと
    の利益と合致する方向で、具体的に問題を解決し、そ
    して根本にある政治や経済のしくみを変えていくこと。

 
2。学習の課題は、現実の中から提起される
                   -現実を変えるのは知性の力
  
◇現実は、つねに動いている
   
*したがって、新しく生起してくる様々な問題にたいして、
    私たち1人ひとりが、その中にある法則性を探り、原因
    や課題を明確にし、解決のための行動・提起をしなけれ
    ばならない。

     
「この国が、孤立するアメリカへの追従をやめ、世界に
     誇れる役割を果たすためには、何より、私たちの力が
     強くならねばなりません。その力の核心は、話し合う力、
     語る言葉の力、説得の力であり、その根底にある知性
     の力です。改革者たろうとする者の知性の力が、いま
     時代によってためされている」

     
「『独習』の必要性を強調したのは、このたくさんの人た
     ちが、『毎日必ず自分で学び』、さらに力をたくわえ、そ
     の力をもってまわりの人にはたらきかけるなら、日本社
     会の明るい方向転換をグッと手前に引き寄せることが
     できると思うからです」
     (石川康宏『現代を探求する経済学』新日本出版社、
2004年)

 
3。科学的社会主義の学習とはどういうものか-『科学の目』の獲得
  
◇科学的社会主義の理論とは
   
*人類が積み上げてきた知識の、価値あるものすべてを吸
    収しようと、進化し続ける理論であり、その『科学の目』で、
    社会と自然、そして自分自身をとらえ、実践していく羅針盤
    となるもの。21世紀をたしかに進むための力をもった理論。

   
*私自身の学びの経験から-世界観の大転換

  
◇資本主義ではアカン-社会主義思想の原点

    
「農奴制が打倒されて、『自由な』資本主義社会がこの世
    にあらわれたとき、この自由が勤労者の抑圧と搾取との
    新しい制度を意味することが、すぐさまあきらかになった。
    この抑圧の反映として、またそれにたいする抗議として、
    ただちにさまざまな社会主義学説が発生しはじめた」
     
(レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』)

   
*社会主義・共産主義を『願望』から、『科学』とするために

    
「社会主義を科学にするためには、まずそれが実在的な
    基盤の上にすえられなければならなかった」
                   (エンゲルス『空想から科学へ』)

  
◇人類知識をどん欲に吸収しつづけた
   
*マルクス・エンゲルスは、どういう学習をしたのか(別紙資料)

    
「マルクスの学説が最も革命的な階級の幾百千万の人の心
    をつかむことができたのはなぜか、という質問を諸君がだす
    なら、諸君の受けとる答えはただ一つ、次のものであろう。そ
    うなったのは、マルクスが、資本主義社会のもとで獲得された
    人間知識のしっかりした土台に立脚していたからである、と」
                      
(レーニン『青年同盟の任務』)

  
◇“科学”である、ということ。

    
「その科学を展開している古典を読むのに、小説を読んだり
    テレビ・ドラマを見るような具合ですますわけにはゆかないこ
    とは、当然です。古典をつらぬく論理をたどり、それを受けと
    めてみずからのものとする努力が、求められます。そのこと
    は、科学的社会主義の理論を身につけようとするものが、誰
    でも覚悟すべき苦労だといえるでしょう。
     
こういう意味の『とっつきにくさ』を恐れて、古典への取り組
    みを避けようとすることは、科学となった社会主義、つまり科
    学的社会主義そのものを避けることにほかなりません。私は、
    読者のみなさんに、人類の英知の集大成である社会主義の
    科学をわがものとする大いなる意欲をもって、古典に勇敢に
    挑戦することを、おすすめしたいと思います」
            (不破哲三『古典への旅』新日本新書、1987年)



二。科学的社会主義の創始者たちの素顔と歩み
 
1。マルクス(1818~1883)
  
◇生涯の概観(資料参照)
  
◇1835年、高等中学校卒業のさいのマルクスの課題作文
   *
「職業の選択にさいしての一青年の考察」

    
「人間の本性というものは、彼が自分と同時代の人々の完
    成のため、その人々の幸福のために働くときにのみ、自己
    の完成を達成しうるようにできているのである」
    
「われわれが人類のために最も多く働くことのできる地位を
    選んだとき、重荷もわれわれを屈服させることはできないで
    あろう。なぜなら、その重荷は万人のための犠牲にすぎな
    いからである」

   
*マルクスは、青年時代のこの志を、生涯を通じて実践した人でもある

  
◇大学時代の学習態度(資料参照)

  
◇「根本的に事につうじる」努力
   
*たとえば、『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』への、
さま
    ざまな国際論説の寄稿準備の努力。

    
「具体的事実の全面的で具体的な研究を何よりも重視した、
    二人の徹底的な科学的態度」(不破哲三『古典への旅』)

   
*『資本論』への道

    
「マルクスは、『資本論』で、経済学上のいろいろな概念や
    命題をとりあげるとき、本文や注で、それが、『いつ、どこ
    で、だれによって、はじめて明らかに語られたか』をしめし
    ている場合が多いのですが、この注をみると、マルクスが、
    いかに広範に各国の経済学の文献を読み、研究していた
    かがわかります。たとえば、商品論では、貨幣形態がより
    発展した価値形態にすぎないことを最初に指摘した文献と
    して、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』があげられ、分
    業論でも、プラトンやクセノフォン、イソクラテスなど紀元前
    の古代ギリシャの著作があげられています。マルクスが大
    英図書館の資料の山のなかから発見するまで、おそらくだ
    れの目にもとまらなかったであろう無名の小冊子が、その
    経済学研究上の重要な意味を発掘されたという場合も、少
    なくありません。
     
…マルクスは、現代社会とそこにいたる歴史の事実にもと
    づく研究という点でも、経済学についての人間の探求と思索
    の展開という面でも、当時の条件のもので可能なかぎり、す
    べてを調査し研究して、大著『資本論』を書きあげたのであ
    って、マルクスの天才の『創造的思考』の自己運動でこれを
    生みだしたわけではけっしてありません」
     
(不破哲三『現代に生きるマルクス』新日本出版社、1984年)

 
2。エンゲルス(1820~1895)
  
◇生涯の概観(資料参照)
  
◇『イギリスにおける労働者階級の状態』
   
*青年エンゲルスがみた労働者とその家族の生活
   
*エンゲルスのブルジョアジーにたいする宣戦布告宣言(序文)

    
「エンゲルスよりも前にプロレタリアートの苦難をえがいて、
    これを助ける必要を指摘した人びとはきわめてたくさんいた。
    エンゲルスがはじめて語ったのは、プロレタリアートは苦難し
    ている階級であるばかりでなく、プロレタリアートがおかれて
    いる恥ずべき経済的地位そのものが、さからいようもなく彼
    らを前進させ、自分の終局的解放のためにたたかわせると
    いうことである」
    
「1845年の前でも後でも、労働者階級の惨苦をこれほどま
    でにまざまざと、真にせまってえがいたものは一つもあらわれ
    ていないのである」   
(レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』)

  
◇「ほんとうの百科辞典」(マルクス評)

    
「ほんとうの百科事典で、昼でも夜でも、酔ったときでもしら
    ふのときでも、いつでも仕事をすることができ、書くのはは
    やく、悪魔のようにわかりがいい」
                
(マルクスの友人あての手紙のなかから)

   
*20数か国語に精通する語学力、「将軍」とあだ名がつくほど
    の軍事学の力、自然科学の研究も
   
*マルクスの経済学研究の、事実上ただ一人の相談相手

  
◇20年にわたるマスクスへの援助
   
*マルクス家の貧しさ
   
*エンゲルスの「ビジネス生活」による経済援助
                    -マルクスの経済学研究の支え

    
「序文もきのう校正して返送した。つまり、この巻は完成した
    のだ。ただ君に感謝する、これができたということを! 僕
    のために君が身を犠牲にしてくれなかったら、僕はこの途方
    もない大仕事を三巻にすることはできなかったのだ。僕は君
    を抱きしめる、感謝にあふれて!」
            
(マルクスからエンゲルスへの手紙、1867.8.16)

   
*20年間の往復書簡は1344通

    
「20年にわたって二人はまれに、ときどき、短時間しか会わ
    なかった。しかし二人の交際はとだえることはなかった。…
    二人は、毎日のようにたがいに手紙を書いたが、うちではモ
    ールと呼ばれていた父が、エンゲルスの手紙にむかって、書
    いた当人がまるで目の前にいるかのように、『いや、そうじゃ
    ない』、『そうだ、まったくそのとおりだ』などと語りかけていた
    ことが、幾度もあったのを、いまでもおぼえている。なかでも
    いちばんよくおぼえているのは、モールがエンゲルスの手紙
    を読んでたびたび笑いもしたが、ときには涙が彼の頬をぬら
    していたことである」     
(マルクスの四女エリナの回想)

  
◇マルクスの葬儀での、エンゲルスの弔辞

  
◇マルクスの長女ジェニーの「告白張」



さいごに:私たちとは、どんな存在であるのか
                   …この古典講座で明らかにしたい

    
「マルクスとエンゲルスの労働者階級にたいする貢献は、短
    い言葉で表現すれば、つぎのようにいうことができよう。彼ら
    は労働者階級に、自己を認識し、自覚することを教え、夢想
    を科学にかえた、と」 
(レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』)

次回(2/22)予告「空想的社会主義‐何を学び、何を乗りこえたか」



【参考文献-紹介したもの以外に】
 
◆土屋保男『マルクスへの旅』(新日本出版社、1984年)
 
◆土屋保男『マルクス、エンゲルスの青年時代』(新日本出版社、1995年)
 
◆不破哲三『エンゲルスと「資本論」』(新日本出版社、1997年)
 
◆服部文男『マルクス探索』(新日本出版社、1999年)


以上。


講義のあと、感想交流をひととおりして、
終了しました。

ジェニーの告白張をみて、
「エンゲルスの方が人間的だ」
「歯医者がきらいだったと知って、
エンゲルスがぐっと身近になった」
など、面白い感想も聞かれました。


では、参加者の感想文をいくつか。

「マルクスのすごさは、全く新しいことを思いついた、
ところじゃなく、今まで人類が築いてきた価値ある
ものを貪欲に吸収したところにあったんだな、と
思いました。マルクス自身が常に現実から出発する
人だったんだろうな…」

「マルクスの学ぶ姿勢に感動しました。知性という
ことについて関連すると思いますが、マルクスの
学ぶ姿勢は事実と体験にもとづくということで、
このことが説得力につながるのだと思います」

「人物像にせまった学習ははじめてです。新鮮な
感じで今まで知らなかったことがわかったのが良
かった。…多くの古典は本当に読むたびに新たな
発見があるなあと再度実感できました」



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