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2008年2月29日 (金)

「果てしない痛み」

最近読み終えた本。
今日は書きたいことが山ほどあります。
ので、長くなります。最初に表明しておきます(笑)。


『NHK知るを楽しむ 人生の歩き方
 2月「野村克也 逆転の発想」 3月「石川文洋 戦場を撮る・人間を撮る」』
                                (NHK出版、2008年)


本屋でたまたま見つけたもの。
野村克也と石川文洋という、
「1冊で2度おいしい」中身にひかれた。
石川文洋さんの分は、これからの放映予定となっている。

文洋さんも良かったのですが、
やっぱりノムさんのほうが印象深く残りました。
少年時代の極貧生活。
プロ野球に入るまでの苦労や、
南海に入団してからのエピソードの数々も
すばらしくおもしろい。

また、解説者になってから、
「さまざまな分野の本を読むようになった」という。

「評論をやるには一定の判断基準が必要になる。
そのためには
知識の幅を広げて、自分なりの思想、
哲学を持たなければならない
と思った」

思想や哲学をもつには、「知識の幅を広げる」こと。
野球専門ではあかんということです。共感!

そして、ID野球について。

「つまりは『頭を使って野球をしろ』ということなんです。
たとえばピッチングならば、
目的意識のない球は投げ
るなということ
。…我々が入った頃は『気合いだ、根性
だ!』っていう精神論の時代でしたからね(笑)特別な
根拠もなく、何となく投げていたことが多かったように
思います…キャッチャーには『根拠のないサインは出
すな。こういう理由があるから内角、こういう場面だか
ら変化球と、根拠をもったサインを一球一球積み重ね
ていけ』と厳しく指示することにしています」

これは、私たちの活動にも言えることだと思う。
目的意識のない会議、根拠のない課題提起、
つまり「なんとなく」「今までやってたから」というケースが
多すぎるような気がします。

最後のページの野村哲学も良い。

「野球人である前に一人の人間としてどう生きるか、
が重要ですからね。『人間はなぜ生まれてくるのか、
何のために生まれてくるのか、考えたことあるか?』
なんて質問を選手たちに投げ掛けることもあるんで
すよ。・・・選手たちに考えさせるんですよ。野球は
やっぱり『人』。団体競技でチーム最優先であること
は前提としてありますが、そのためには個人ひとり
ひとりの生き方や価値観が大切になってくる。自分
がどう生きるべきかを考えれば、野球観もおのずと
変わってくるはずですよ」


『きのこ雲の下から、明日へ』(斉藤とも子、ゆいぽおと、2005年)

原爆小頭症。
母親の胎内で被爆した、もっとも若い被爆者です。
1945年8月の時点で、3か月とか、5か月だった小さな命。
原爆による放射線は、容赦なくその小さな体を貫きました。

特徴は、出産時とても小さく、成長は遅く、
知的障害をもっていること。

原爆による障害であることは明らかであるにも
かかわらず、原爆が「うつる」と言われた時代、
障がい者への差別や偏見もあった時代です。
20年間にわたり、原爆小頭症の子どもたちのことは
おおやけになりませんでした。

1965年6月に、作家の山代巴さんらの「広島研究の会」が
9名の原爆小頭症児をみつけだし、同じ痛みをもつ親子が
初めて集うことになりました。

「きのこ会」という会が生まれたのです。

「きのこ雲の下に生まれた子どもたち。たとえそうで
あっても、落ち葉を押しのける『きのこ』のように、す
くすくと逞しく育ってほしい…」
という思いがこめられた名前です。

井上ひさしさんの『父と暮らせば』のお芝居で、
美津江役を演じた斉藤とも子さんが、原爆小頭症と出会い、
自らの使命として、「きのこ会」の歩みと、その家族の
40年を綴った1冊です。

私自身、こうした人たちの存在は、
これまでまったく知りませんでした。
いや、どこかで文字として読んだかもしれまでんが、
記憶にとどまることはなかったのです。

しかし、この本を読み、
あらためて原爆のことについて考え、
向きあうこととなりました。

きのこ会の家族の人生や生活が丹念に
書かれています。
そして、あらためて感じたこと…。

それは、被爆者の方々の人生や生き方から、
私たちはとても多くのことを学ばされる、ということ。

原爆は、“人間らしさ”とはもっとも対極にある、
「悪魔の兵器」と呼ばれるものです。
その原爆とのたたかいを一生宿命づけられた
人びとの苦悩や、それでも前を向いて生き続ける姿。

“人間”を押しつぶすものとのたたかいのなかに、
人間らしさ、の本質がにじみ出てくるのではないでしょうか。
それをしっかり受けとめたいと思います。

また、エピローグでの、斉藤さんの最後の言葉。

「きのこ会が遺してくれたもの。
いのちをかけ、身をもって示してくれた、
原爆が人間に与える、果てしない痛み。
そして、人は人によって、生かされるのだということ」

来月の倉敷医療生協労組での、
「みんなの学校」4回目の講義のために
読んだ本ですが、この「果てしない痛み」が、
講義の、ひとつのキーワードになると思います。
そして、もう一つの柱は、被爆者の人生やたたかいから
学ぶこと。講義のイメージが、ほぼ固まりました。


『朽ちていった命-被曝治療83日間の記録』
       (NHK「東海村臨海事故」取材班、新潮文庫、2006年)


1999年9月30日。
茨城県東海村で起こった臨界事故。

ウラン燃料の加工作業を行っていた、
大内さんと篠原さんは、中性子線をまともに
あび、被曝。

被曝量が8シーベルトをこえた場合の死亡率は100%。
大内さんの被曝量は20シーベルト前後だったという。

83日後に大内さんが亡くなるまでの、
壮絶なたたかいを追ったドキュメント。

東大病院で、現代医学の総力をかけ、
集団的な治療体制をもってしても、
放射線に貫かれ朽ちてゆく、
人体を再生することはできなかった。

驚いたのは、被曝後6日目、顕微鏡に
写しだされた大内さんの染色体写真(本に写真がのっている)。

まったくバラバラに破壊されているのだ。
染色体がバラバラに破壊されるということは、
今後新しい細胞がつくられないことを意味している。
被曝した瞬間、大内さんの体は、「生命の設計図」を
失ってしまっていたのだ。

血液を専門として20年になる、平井医師にとっても、
大内さんの染色体は、
これまでの知識と経験をはるかに超えるものだったという。

「病気が起きて、状況が徐々に悪くなっていくのでは
ないんですね。放射線被曝の場合、たった零コンマ
何秒かの瞬間に、すべての臓器が運命づけられる。
ふつうの病気のように血液とか肺とかそれぞれの検
査値だけが異常になるのではなく、全身すべての検
査値が刻々と悪化の一途をたどり、ダメージを受けて
いくんです」

3年ほど前に読
んだ、『原爆投下・10秒の衝撃』(NHK出版)
という本を思い出し、ひっぱり出してみた。

原爆が爆発するまえ、
0秒から100万分の1秒のあいだに、
猛烈な核分裂により、「中性子の雨」が、
爆心地付近の人々に、ふりそそいだという。

中性子は大内さんのケースのように、
染色体をこなごなに破壊する。
家の中にいてもダメで、日本家屋は中性子を
半分ほどしかさえぎらないという。

「この中性子こそが、原爆の最初の攻撃の矢となった。
中性子は人体に多大なダメージを与える。中性子は
あらゆる物質を通り抜け、地上に達し、あらゆるものを
突き抜ける。家の中にいても、避けることはできない。
また、中性子は、空気や水、土などあらゆる物質の
原子核にぶつかり、核反応を引き起こし、新たな放射
線を生み出す」
人々が原爆の閃光を見る前に爆弾から放たれた放
射線は、爆心地の人々に死の刻印を押した

               (『原爆投下・10秒の衝撃』)

「あの日」。熱線や爆風の以前に、
広島の爆心地の人々は、中性子という
「人間の生命」そのものを粉々に破壊する
放射線をあび、死を運命づけられた。

その意味が、大内さんの染色体の写真を
みて、本当に恐ろしいイメージとして浮かびあがってきた。

大内さんは、被曝後、最初の数日は、
看護師さんや医師ともコミュニケーションがとれ、
元気に会話もできた。
しかし、「死の刻印」を押された大内さんの体は、
すさまじい勢いで朽ちてゆく。
さまざまな治療がほどこされるが、それも焼け石に水、
という状態となる。

放射線のおそろしさを、これほどリアルに実感できる本は
おそらくないだろう。

巻末に「解説」の一文を寄せている
柳田邦男さんは、こう書いている。

「私にとっては、核兵器による被爆も原発事故による被曝も、
同じ視野の中にあった。その経過の中で、私は大量の放射
線が人間にもたらすものについて、わかったつもりになって
いた。そのわかったつもりを打ち砕かれたのが、本書によっ
てだった。
 ・・・大内氏の体内では、放射線被曝の瞬間に、細胞を秩
序立てて再生してゆく“生命の設計図”を秘めた染色体が、
専門家の知識と経験をはるかに超えるほどのひどさで、め
ちゃくちゃに破壊されていた。
 ・・・最先端の薬や技術を総動員しても、あらゆる臓器、組
織、機能が総崩れになっていくのを食い止めることができな
い。その凄まじい病態・病状の記述に私は息を呑むと同時
に、ハッと気がつくことがあったのだ。
 ・・・
大内氏の83日間の凄絶な闘いのディテール(細部)を
知った上で、原爆被爆者たちの病状の記述を読み返したと
き、簡潔な医学的記述の向こう側にあった重症被爆者たち
1人1人の死に至るまでの、むごいとしか言いようのないプ
ロセスが、突如物凄いリアリティをもって見えてきた


広島や長崎の爆心地付近で奇跡的に助かった
人びとに、「死の刻印」は容赦なかった。
大内さんのように最初は元気に歩けたり、話ができていた
人が、急に嘔吐や下痢をしはじめ、あっというまに亡くなってゆく。

核兵器・放射能の恐ろしさを、これでもかと、思い知らされる1冊だった。
なお、直接的な放射線被曝の他に、
放射性物質を体内に取り込む内部被曝の問題については、
『内部被曝の脅威』(ちくま新書)をぜひ読んでほしい。


『全員勝ったで!-原爆症近畿訴訟の全面勝訴を全国に』
    (原爆症認定近畿訴訟弁護団、かもがわブックレット、2006年)


原爆症認定集団訴訟の問題について
整理がつき、よくわかります。

放射線影響研究所の前進がABCCだったとは。
そして、その放影研のデータや論拠をもとに、
厚生労働省が被爆症認定を行い、
被爆者をバッサバッサと切りすてる・・・。
なんなんだ!この国は!

被爆者を先頭にしたたたかいのなかで、
「新しい基準」がつくられようとしていますが、
まだまだたたかいは続くことが予想されます。

被爆者は、原爆・核兵器とたたかいながら、
この国ともたたかわなければならない。
憤りを感じる。


『ヒバクシャの心の傷を追って』(中澤正夫、岩波書店、2007年)


私は、2005年の8月に、
広島・長崎の世界大会に行き、9日間をとおして、
現地を歩き回り、また文献も読みあさった。

そのとき、被爆者の人びとの手記もたくさん読んだ。
何度も涙がでた。そして、被爆者の「心の痛み」についても
ある程度理解していたつもりでいた。

が、この本は、そうした私の浅い理解に
痛烈なパンチをあびせかけた。

「果てしない痛み」の意味が、ぼんやり見えてきた。

実際は見ているはずなのに、記憶を封じ込めている
「記憶の欠損」。
「見捨て体験」「感情の麻痺」という“心の傷”も、
手記や文献などを読んで知ってはいたが、
それがどういう精神的な立体構造のなかで起こって
くるのかということについて、この本では深く掘り下げている。

著者は、精神科医。
精神分野の著書もたくさんある。
その著者が、これまでの先行研究を土台に、
ヒバクシャの心の傷の変化に焦点をあて、
追っている。

読むのはかなりしんどい。
とくに3章の「見捨て体験とその記憶の再現」は、
ずっと泣きっぱなしで本を読んでいた。

心の傷は、もちろん人それぞれ違いがあるが、
特徴的な共通性もある、という。
しかも、月日がたつにつれ、
微妙に内容が変化し続けている。

最初は、PTSDにつきものの「フラッシュバック」であり、
「あの日」の情景が浮び上がってくる。
次第に、「自分が助けられなかった、見捨てた人びと」
という個人的なエピソードが加わる。
そして、人の死や苦しみを見ても「何も感じなかった」という
感情麻痺から、「自分が生きていることの罪」の意識が
強くなる、という。それは無意識の自己防衛でもあったのだが。

そして、被爆者が今、当面しているのは、
「生きていることの罪」意識よりも、
「ここまで生き残ったことの意味」を問う作業だという。

また、「サイレント・マジョリティ」。
今も原爆の体験を語れない多くの被爆者の存在の
なかにこそ、心の被害の本質がある
、と指摘している。

被爆者の心の傷は、緩和されることはなく、
より深化している。
私たちが、その「心の傷」を本当のところで
理解することは、難しいかもしれない。

が、著者の中澤さんのように、
その「心の傷」に寄り添うことはできるはずだ。

そして、運動をし続けること。
それが私にできることだと思う。



・・・うーむ、何を整理したいのか、
自分でもわからなくなってきた。
まだ、学んだことを消化しきれていない。
とりあえず、このへんで終わりにしときます。

「みんなの学校」4回目の講義までに、
なんとかまとめる作業をしたいと思う。



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コメント

既にご承知のこととは思いますが、3月9日(日)午後1時半から岡山市勤労者福祉センター4階会議室にて、「原爆訴訟を支援する岡山の会」の第2回総会が開催されます。昨年1月に会を立ち上げ、岡山訴訟の原告・川中優子さんの認定を勝ち取るべく、500人の支援する会会員を目指して取り組みを始めましたが、この1年間での加入会員数は、未だ200人に達していないのが実情です。5回にわたる公判もなかなか傍聴者が集まらず、原告の川中さんの心細さを思うと、私自身、内心忸怩たるものがあります。そこでお願いなのですが、N久さんの周りでまだ支援する会に加入しておられない方々に、是非とも加入を勧めては頂けないでしょうか? 年会費1000円で、ニュースが届き、署名や裁判傍聴、国会要請行動など、その人の条件に合った活動で、強制はありませんが、とにかく会員を増やして、裁判の勝利を保証する力のある「支援する会」にしていくことが、急務です! 私のような何処のイヌの骨とも判らぬプー太郎が、偶々参加した労働学校でチラシを配った位では、なかなか会員は増えませんが、N久さんのように高名にしてお顔の広い方の訴えであれば、自ずと結果は違ってくると思います。どうか宜しくお願いいたします。

投稿: S本Y郎 | 2008年3月 2日 (日) 18時03分

情報をひとつ
今週金曜日7日午後6時半から広島平和研究所報告会「市民に対する軍暴力」があります。
「日本軍はなぜ民間人を殺したのか」田中利幸教授
報告1,「沖縄戦と集団自決」林博史教授
報告2,「犯罪と責任」田中利幸教授
会場,広島市まちづくり市民交流プラザ
会費無料,定員100人
申込は広島平和研究所
林教授の話がたのしみです。


投稿: あきやん | 2008年3月 2日 (日) 20時18分

S本さん、ありがとうございます。

9日の総会は参加したいと思っています。
まだ川中さんのお話は伺ったことがないので。
微力ながら運動の力になれるように、
がんばりたいと気持ちを新たにしているところです。


あきやんさん、ありがとうございます。

とても学びたいテーマの研究会ですね。
残念ながら行くことはできませんが(涙)。
3月23日の県民集会も、行きたいのですが、
今度も無理っぽい感じです。う~。

投稿: 長久 | 2008年3月 4日 (火) 09時13分

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