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2008年1月31日 (木)

『学習の友』2月号

『友』2月号の主な内容をご紹介。

【特集「春闘前進のヒケツは?」】
 *新たな政治変化と地域春闘の可能性(服部信一郎)
 *要求実現のために組合役員・働き手ができること(生熊茂実)
 *08春闘にいかす実践とエッセンス
  -冨名腰勇 泉谷哲雄 藤本健司 根本隆

【その他】
 *目で見る学習「貧困をなくせ」(吉田豊)
 *評価主義と現場主義(大村淑美)
 *映画「母べえ」(富家靖子)

 *連載「労資関係と暮らし改善の道(第2回)-辻岡靖仁・田中紘一
 *連載「いま、働き方・生き方を考える」(第2回)-中田進


そういえば、「母べえ」はもう公開が始まってますねぇ。
見に行かねば。

春闘前進のために、2月号をご活用ください。



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岡山・倉敷に集中

今日の山陽新聞から。

岡山県の人口も減少傾向ということです。
また、岡山・倉敷という中核市の人口比率が
高まっている。これも全国と同じ傾向ですね。


07年岡山県人口195万2160人
05年ピーク2年連続減
 
岡山、倉敷で6割 都市部に集中
 

 
岡山県が30日まとめた2007年10月1日
現在の総人口は、前年比2184人減の195万
2160人で、
05年をピークに2年連続のマイ
ナス
となった。県全体に占める岡山、倉敷市の割
合が初めて6割を超え、県南都市圏への人口集中
が顕著になっている

 
総人口は男性93万6576人、女性101万
5584人。1年間の人口動態は、出生から死亡
を引いた自然動態が1108人減、転入から転出
を引いた社会動態が1843人減。外国人は76
7人増えたが、全体では0・1%減少した。
 
減少幅は前年も3000人近くに上っており、
05年国勢調査で記録した195万7264人を
ピークに人口減少局面を迎えたとみられる。
 
年齢別比率は、15歳未満の年少人口が13・
9%、64歳までの生産年齢人口が62・0%、
65歳以上の老年人口が23・6%。老年人口
比率は前年比0・6ポイント上昇して過去最高に
なった。
 
市町村別では、岡山市が70万428人と、政
令市移行の目安である70万人を突破。倉敷市
(47万2032人)を加えると117万246
0人。合併での増加に人口流入や、他地域での減
少もあって、県全体に占める割合は60・1%に
達した。



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2008年1月30日 (水)

チュニジアの11日間(6)

30日(チュニジア4日目)も6時前に起床。
ホテル出発が7時半と早めだったため。

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 スースの
 ホテルの部屋から。

 今日も曇りもよう
 だなぁ。






朝食をとり、ホテルを出発。
今日も総勢15人、ミニバスでの移動である。

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 9時、
 エル・ジェムという
 町に着く。

 お目当ては、
 なんといっても
 このコロセウム
 (円形闘技場)
 である。



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 ローマ時代に、剣闘士や
 奴隷、罪人や猛獣などの
 戦いを見物するというもの。
 
いまでいうなら
 競技スタジアムである。


 ローマ帝国は、各地に
 こうした円形闘技場を
 つくっているが、
 ここエル・ジェムの闘技場は
 チュニジアに25ある
 コロセウムのなかで最も
 保存状態がよく、
 1979年には世界遺産に
 登録されている。



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 それにしても、
 これだけ巨大な
 建造物をつくる力は、
 やはりすごいものがある。

 が、それが奴隷労働で
 担われたということも、
 忘れてはならない。







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 なかに入ってみる。

 少し雨が
 ふっていた。




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 闘技場全体が
 見おろせる、
 一番高いところまで
 登ってみる。





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 このコロセウムは、
 現在でも数万人を
 収容することができるそうで、
 毎年夏には
 フェスティバルが
 行われているとか。






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 ふたたび
 降りてみる。

 今度は
 地下へ向かう。








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 闘技場の中央に
 こうした地下通路や
 部屋がある。

 いやはや、驚きだ。





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 下から上を見上げる。

 ここの地下は、
 剣闘奴隷や猛獣の
 部屋であったと
 思われる。

 スパルタクスも
 こんなところに
 いたのかなー。






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 なにやら上で
 日本語ガイドの
 声が。

 他にも日本人
 観光客が
 いるということだ。




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 ふたたび
 地下から地上へ。
 










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 風格が
 ただよう。

 




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 コロセウムに
 別れをつげる。

 さようなら。





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 ミニバスで移動。

 こんな感じの道を
 ひたすら走る。










次の目的地、スベイトラに着いたのは13時だった。
ここもローマ遺跡の観光が目的だが、
とりあえず昼食をとることに。

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 この建物の
 レストランで
 いただくことに。





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 もちろん最初は
 どっさりとパンが。

 こうしたものを 
 つけて食べる。




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 メイン料理。
 七面鳥(?)
 だったかな…。
 忘れました(涙)。

 ちなみに、
 チュニジアの
 パスタはどこへ
 行ってもゆで過ぎで
 味はイマイチでした。

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 やっぱり猫が。

 そんなに
 見つめられても、
 あげられません。






さて、昼食をいただき、
ローマの廃墟都市、スフェトゥラ(当時の名称)遺跡へ。

そのもようは次回。



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2008年1月29日 (火)

岐阜民医労で

27日~28日、岐阜へ行ってきました。
岐阜民医労の第1回ユニオンセミナー
第1講義の講師を担当しました。

じつは、岐阜民医労の林さん(書記長)が、
私のブログを読んでくれていて、
「一度岐阜に来てくれませんか」となったわけであります。
もちろん、林さんとはまったく面識がありませんでした。

ブログが物理的な空間距離をこえて、
私の名刺代わりとなってくれていたわけです。
やっててよかった(涙)。

ちなみに、林さんも岐阜医労連のブログを
日々更新されています。ぜひご覧ください。
こちら →
「岐阜医労連ブログ」


さて、27日(日曜)は、午前中の講義だったので、
6時42分岡山発の新幹線で名古屋まで。
名古屋から岐阜はすぐで、岐阜駅に着いたのは
9時ちょうどでした。思ったより岐阜は近い…。

改札口を出ると、
『友』をもった林さんが・・・。
この前の出雲方式です(笑)。

車で会場まで。ケアハウスの交流ホールを
使ってのセミナーでした。

10時から始まり、委員長さんの開会あいさつのあと、
私の講義に。10時10分~12時ちょうどまで、
休憩をはさんでなんと1時間50分も話を
してしまいました。おつかれさまでした。

講義は「知って納得 労働組合の基礎知識」。
さきほどご紹介した岐阜医労連のブログに
セミナーの様子と感想文、レジュメものっていますので、
詳しくはそちらをご覧ください。

12時に終了し、お昼休憩に。
「いまそこユニオン」のDVDを見たり
労金さんの話を聞いたり。
そして岐阜学習協のA池くんの訴えもありました。


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 岐阜労働学校への
 参加の訴えや、
 青年ユニオンのことなど。

 私より若い学習協の
 事務局長です。
 すごいがんばってます。


休憩をはさみ、午後も2本の講義が。
1日3本はきついんじゃないかな~と
思ってたんですが、
第2講義「心も元気 メンタルヘルスの基礎知識」
第3講義「知って活用 春闘と改正パート労働法」
のどちらも、とてもおもしろく、かつためになる話でした。

参加者の方々も集中力がとぎれずに
聞き入っていたように思います。
私も一緒に学習しましたが、とても勉強になりました。


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 こちらは第2講義の
 様子です。




こうして、第1回の
ユニオンセミナーは終了。
充実した内容でした。

参加されたみなさんおつかれさまでした。


セミナーが終わると、
車で移動して長良川沿いにあるホテルへ。
役員メンバー中心の懇親会がありました。

労組役員のみなさんや、
岐阜学習協のA池くんと久しぶりに
いろいろと話ができ、楽しかったです。


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 これは、
 28日の朝、ホテルの
 部屋からの眺め。

 景色のよい
 ところでした。




そして、28日午前中は、岐阜観光をすることに。
前日、「こういうコースがいいわよ」と
教えていただいたルートを忠実にそって、観光しました(笑)



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 これは岐阜大仏。
 鎌倉、奈良に匹敵する、
 日本三大大仏だそうでが、
 あまり知られてはいないとか。

 じっさい、観光客は
 私ひとりでした(涙)。
 朝イチだったこともあると
 思いますが。

 
骨格は木材で
 つくられているそうです。
 たしかに大きい!





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 こちらは、
 岐阜城からの
 ながめ。

 ロープーウェイ
 で登ります。
 長良川と
 岐阜の街並み、
 そして山並み。
 すばらしい。




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 こちらは
 岐阜市の
 中心部方面。








岐阜城は360℃の大パノラマが堪能できる
ところにあり、景色はほんとうに素晴らしいです。
金華山というところの頂上にたっています。

このあとも、ウロウロと街を歩いたりしました。


岐阜は初めてだったので、
ちょっとしたミニ旅行にもなりました。


岐阜のみなさん、
あらためて、ありがとうございました。




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2008年1月26日 (土)

春闘学習討論集会で

今日の午後は、岡山市勤労者福祉センターで、
「2008年国民春闘岡山県共闘委員会結成総会&学習討論集会」
という長い名前の集まりに行ってきました。

目的は2つ。講演を聞くことと、本を売ること。

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 新岡山書籍のI木さんも
 こられていましたが、
 こちらは「学習の友社」
 専門店ということで
 やっております。

 結局、2冊売れた
 だけでしたけど(涙)。

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 講演は、
 龍谷大学の脇田滋教授。

 参加は100名ほど
 だったでしょうか。



脇田さんは、昨年、『労働法を考える』(新日本出版社)を
出されていて、私も非常に刺激を受けた本だったので、
県労会議のグッドタイミングの講師チョイスに感謝感謝でした。

講演テーマは、
「本来の『働くルール』をめざして この国で人間を取り戻すために」
でした。

話の中身も、ほぼ本にそってのものでしたが、
具体的なさまざまな事例やエピソードは、
とても興味深く聞かせていただくことができました。

日本の労働運動の前進のためには、
やはり企業別組合主義の克服は絶対条件であると思います。
そして、非正規労働者などの未組織労働者のために、
自分たちの団結の力を行使する、そしてそれが誇りとなるような
組合運動にしていかなければ、と改めて感じた講演でした。



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「やっぱり前文はすごい」

今日の午前中は、これで3回目となる、
民青同盟の学生班対象の有志学習会

今回も、前回とほぼ同じメンバーで、
岡山大学の4人が集まりました。

さいしょに、予告していた
チュニジア話を写真を見せながら
ざっとしてみました。

で、学習の中身は、前回、
「憲法の9条はある程度知っているけど、
他の条文や全体も学びたい」という声をうけて、
「憲法の心を読みとく」という題で、1時間半ほど
話をしてみました。


以下、中身の概要。


一。日本国憲法のどこが“すごい”か
 
1。世界トップ水準をゆく、豊かな人権規定
  
◇日本国憲法で好きな条文は?

  
◇憲法で、もっとも大事な考え方が書かれている条文は何条か

  
◇日本の戦前の体制との対比で、人権条項もつくられている
   
*政教分離原則、学問の自由、男女平等、
     刑事被告人・被疑者の人権規定
etc

  
◇日本国憲法の柔軟性・開放性-「ドラえもんのポケット」が2つも
   
*13条は、具体的な権利を書いたものではなく、
    一般的で包括的な規定
    
・社会の現実に応じて新たな人権が必要になったとき、それを
     「ドラえもんのポケット」である13条から引き出すことができる。
    
・憲法は、環境権、プライバシー権などの「新しい人権」を、条文
     の追加によってではなく、包括的な人権規定である13条(ある
     いは25条)などの解釈を通じて具体化していく体制を整えている。

   
*もうひとつのポケット-98条2項
    
・国際的な人権の確立・進歩を、日本国内に取り入れることの
     できる開放性をもつ
    
・例えば「子どもの権利条約」や「女性差別撤廃条約」など

 
2。日本国憲法をフィルターにして、現代日本をみる
  
◇日本社会の現実は、まったく憲法どおりではない
   
*憲法遵守義務をもつ権力担当者による「犯罪」とも言うべき社会状況

  
◇理想こそが、現実を変える力をもつ

     
「理想とは、最も現実的な理(ことわり)に基づいて現状を
    分析し、そこから推論してこの現状をどのように、かつどの
    方向にもっていったらいいのかを思い描くことなんですよ」
        
(小森陽一・姜尚中『戦後日本は戦争をしてきた』
                           角川
oneテーマ21、2007年)

 
3。9条と前文の、世界に先がけた「考え方」
  
◇9条-あらゆる戦争の放棄、戦力・交戦権の否定
   
*9条1項は、国連憲章がもとの考えになっている
    
・このレベルの規定は、他の国の憲法にも存在する(資料参照)
    
・しかし、戦争はなくならなかったし、軍隊はなくならなかった
     
→日本国憲法には、戦争や軍隊に関する規定がまったくない

   *9条2項までふみこんだのはなぜか
    
・大きな時代的背景は、甚大な被害と犠牲を生み出した、
     日本の侵略戦争の反省
     
→日本はアジアで何をしてきたのか(資料参照)

      
「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにする
     ことを決意」
(前文)したのが、憲法の原点

    
・また、①天皇制の存続、②沖縄の基地化とのセットで、9条は生まれた
     
→これは、戦後日本の弱点を生み出す要因になった

  
◇前文の考え方
   
*どうやって日本の平和を守るのか-「諸国民の公正と信義に信頼して」
   
*人権として「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに
    生存する権利」(平和的生存権)を規定。しかも、「全世界の
    国民が」としているのがすごい。


二。改憲のねらいと、自民党「新憲法草案」
 
1。いぜん、靖国派が多数をしめる福田内閣

 
2。自民党の新憲法草案
  
◇そのポイント
   
①侵略戦争の反省を前文からスッパリ消している
   
②自衛隊を海外でアメリカと戦争をする軍隊につくりかえる
   
③国民へは責任や義務をおしつけ、基本的人権は「お上の許す範囲で」
   
④憲法改正のハードルを低くし、さらなる改憲をねらう

  
◇「現行憲法が変えられた社会」では、何が起こるのか-想像力を
   
*自衛隊がイラク人を殺せるようになる(アメリカの戦争に加担)
   
*「公の秩序の維持」という名目で、自衛軍が国民に
     銃を向けることが可能。
   
*彼らの言う「愛国心」を強制される。基本的人権も制限。
   
*行政サービスの費用は住民が負担せよ。



さいごに:「信託」(97条)の意味
      
「9条に、いま恩返しを」(堤未果)


以上。


感想交流では、

憲法の前文の考え方のすごさに感動したという
意見が出されました。
また、日本の加害の事実について「たしかに教え
られていないし、知らない」という声が。

ということで、来月は、日本の侵略戦争の
おおまかな全体像について学習することになりました。



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2008年1月25日 (金)

Iくんの講義

今日も岡山医療生協労組の
昼休み春闘学習会に行ったのだけれど、
3ラウンドの1ラウンド目は、
岡山医療生協組織部のIくんが講師をしてくれる
ことになっていたそうで、
「おお!それは聞いてみたい」とIくんの講義を聞くことに。

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 最後尾の席で
 Iくんの講義を聞く。




Iくんは労働学校にきたこともあり、学習協の会員でもある。
また結婚相手のCさんのこともよくしっていて、
2人の「祝う会」のお手伝いもしたことがある。

Iくんは、30歳の若さで、
なんとこの春から県医労連の専従になるという。
すばらしい。

で、今日の講義も、Iくんの熱い気持ちが
表に出た、とてもすばらしいものだった。
話の資料は当然あるのだけれど、
しっかりと参加者のほうを向き、
後半になるにつれ、身振り手振りもくわわり、
語りに語っていた。

若いリーダーの姿に、
おおいに励まされ、刺激をもらった学習会でした。


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福来たかな?

きのうは、18時半から岡山市民会館で行われた、
「新春狂言福来る」に行ってきました。

今年に入り、まだ1本も映画をみれず、
なんか久しぶりに文化にふれた気がします。


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 きのうは、
 「万作・萬斎狂言会」
 ということで、
 狂言界ではもっとも
 有名な親子の揃いぶみでした。

 昨年の「新春狂言」では
 千作さんの笑い声と
 パワーに圧倒されたのですが、
 今年は千作さんの出演は
 残念ながらありませんでした。







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 そして、なんと席は
 1列目のど真ん中。
 始まる前の様子。
 チケット取るのが早かったので、
 「いい席だな~」という
 認識はあったのですが、
 まさかど真ん中とは!




最初に野村萬斎さんが登場し、
この日の演目である、
「舟渡聟(ふなわたしむこ)」と「首引(くびびき)」を解説。

「首引」でのクライマックスである
「えーいさーさー、えいさーさー」というかけ声を
会場のみんなで唱和するなど、
この日はいつもとひと味違う解説でした。

にしても!
1列目のど真ん中なので、
目の前に本物の萬斎が!
…よかったよかった。

本番の狂言もたっぷり笑って、
ナチュラルキラー細胞を今年も生産させていただきました。



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2008年1月24日 (木)

チュニジアの11日間(5)

29日(3日目)の後半。

タックルーナを出発し、
1時間半ほどでスースに着く。


スースは、チュニジア第3の都市であり、
地中海沿いに面した美しいビーチ、
古い街並みの美しさなどから、
チュニジアでの有数の観光地だそうだ。
じっさい、バスから外をながめると、
ヨーロッパ人と思われる人がたくさん歩いていた。

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スースの街を案内して
 くれたのはこの方。


 スース在住の
 JICAのシニアボランティアの
 方である。


 話上手な方で、街の様子や
 人びとの生活のことなどを
 詳しく説明していただく。
 ありがたいことです。




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 そして、その方の案内で
 スースの美味しい大衆食堂に
 案内していただく。









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 注文はNさんはじめ、
 女性陣におまかせする。
 例のごとく、まず、
 パンが籠満杯にやってくる。
 となりにあるハリッサという
 香辛料をつけて、
 料理がくるまで食べて待つ。





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 これはチキン料理。







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  ここにも猫が。

 「メシをくれ」と
 待機している様子。






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 ピザを食べる。








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 ここのクスクスは
 量が多い。

 みんなで
 「おいしい」「おいしい」と
 言いながら食べる。





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 これは・・・
 たぶんオジャ。

 これもイケタ。
 パンにつけて食べても
 おいしい。




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 中央はお店の青年。
 女性陣のハートを
 つかんだ、
 チュニジアの“ハニカミ王子”。






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 昼食をすませ、
 スースの中心部の
 観光へ。

 ここはハシェド広場。
 ここから、メディナ、
 とよばれる旧市街に。
 ちなみに、ここスースの
 メディナは、1988年に
 世界遺産登録がされた。




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 まず向かったのは、
 リバド要塞である。

 8世紀にアラブ人が
 侵攻の前線基地として
 つくったという。

 ここの塔に登れば、
 スースの街がきれいに
 見渡せるとのこと。









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 リバドの中に入る。

 うーむ、
 タイムスリップした
 ような雰囲気だ。

 そして、さっそく
 写真中央に見える
 塔に登ってみる。





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 くねくねと回る
 せまい階段を登る。

 そして、下を見下ろす。

 おおー。






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 旧市街の街並み。

 すごい密集度。









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 すぐ近くにある
 グランド・モスクも
 見おろせた。

 港も見える。 






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 ふたたび南側を
 ながめてみる。

 空と街の
 コントラストが 
 すばらしい。





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 リバドからでると、
 少年たちが
 サッカーをやっていた。

 世界遺産のなかで
 サッカーとは。







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 こんどはメディナの
 なかの商店街(?)をゆく。

 活気がある。
 そして、
 「コンニチワ」
 「ジャポン?」など、
 とにかく声をかけられる。









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 お肉屋さん。

 イスラムは豚は
 ダメなので、
 羊や鳥が一般的。

 









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 香辛料なども
 豊富にならぶ。










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 どうしても
 食べ物のお店に
 カメラが向くな~。













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 まだまだ歩く。









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 道ギリギリを
 「どけどけ」とばかりに。
 
 すごい。









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 南にだいぶ歩くと、
 少し落ち着いた
 雰囲気に。







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 城壁が残る街並み。

 歴史だ。









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 そしてやっぱり猫。
 どこにでもいます。

 
 正面の猫の上、
 鉄網に挟まるように
 白い猫がいるの、
 見えますか?


 こちらを見るように、
 顔だけだしてます。
 やはり日本人は
 めずらしいのか(笑)









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 そして、ふたたび
 商店街を
 歩く、歩く。












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 かなり薄暗く
 なってきた。

 グランドモスクに
 灯りがともる。








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 モスクは、
 イスラム教徒にとって、
 とても神聖な場所。

 ちょうど、礼拝の時間となり、
 続々と人が入っていく。

 異教徒は礼拝の
 時間は入れない。

 でも、礼拝の雰囲気を
 外から少し感じることができた。







Img_0401
 人びとのすぐ側に、
 宗教がある。

 そして、生活の隅々にまで
 それが浸透し、
 人びとの行動に
 影響を与えている。

 それは、私たち日本人に
 とって、なかなか実感できない
 ことでもあるけれど、
 そうした世界を知ることは、
 とても貴重な体験だ。





メディナ観光を終え、
バスに集合し、ホテルへと向かう。

スースは、とても歴史的な雰囲気を
残すと同時に、人びとのパワーを感じる街だった。


泊まったホテルはヨーロッパ人がほとんどで、
料理もヨーロッパの人びと向けのものが
多かった。やはり観光地だ。


チュニジア3日目もこうして終了。
29日も、刺激いっぱいの1日だった。

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2008年1月23日 (水)

たたかえば変わる!?

今週は、岡山医療生協労組の
昼休み春闘学習会
の講師で、毎日かりだされています。

月・火・水と行ってきて、木・金も行きます。
「08春闘-たたかえば変わる」という題で、
県医労連がつくった資料をベースに、
私なりにアレンジしたレジュメでやっています。
時間はわずか30分。かなり早口になります。

この春闘学習会プラス、
今日は同じ岡山医療生協労組の
中央委員会の
前段学習会
として、同じく30分間で、
「『08春闘-たたかえば変わる』は本当か?」という
なかなか刺激的なタイトルで話をしました(笑)。

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 昼休み学習会では、
 現在の社会情勢について
 全般的に話をするのですが、
 中央委員会の学習では、
 医療情勢にしぼって、
 話をしました。



以下、レジュメの概要。

一。「医療崩壊 阻止!」(国民医療推進協議会)
 
1。深刻化する医師・看護師不足、医療崩壊の危機
  
◇国民の命の危機と、医療労働者の疲労
   
*19病院で受け入れを拒否されて流産した妊婦(奈良)
   
*30病院で拒否された意識不明89歳女性死亡(大阪)
   
*消える産科、縮む小児科「いのちの医療」の危機
   
*新人看護師の1年以内の離職者は看護師養成所
    140校分(離職率
9.3%)
   
*「職場実態は『女工哀史』。新人・中堅ともバーンアウト」
                     
(『週刊東洋経済』07 4/28-5/5)
   
*病院の43%が赤字(06年度)。地域医療の危機。

 
2。「よしっ、もう少しだという感じだね」
                   (埼玉県済生会栗橋病院・本田宏副院長)
  
◇医療労働者が声をあげれば、グッと変わる情勢
  
◇国民医療を守るたたかいは、壮大なたたかいに発展してきている

     
「今日、長年にわたる社会保障への財政支出削減策の影響
    により、全国各地域において、生活の安全や信頼が大きく損な
    われる事態となっています。ことに地域医療提供体制では、小
    児医療、産科医療、救急医療体制などにおいて、医療崩壊とも
    いえる状況が明白になりました。(中略)
     
社会保障制度の根幹である国民医療を、より一層充実させる
    ことは、本会の社会的責務であります。そのための活動を全国
    各地から展開していくためにも、会員各位のさらなる協力をお願
    い申し上げます」
     
(日本医師会・唐澤会長、「日医ニュース08.1.5号」年頭所感より)

     
「国民一人ひとりこそ国の財産であり、国家の礎(いしずえ)で
    あります。それ故、憲法25条では、国民の生存権とその保障を
    国の社会的使命として崇高に謳っております
     
われわれ医療関係者は、社会保障を『平時の国家安全保障』
    ととらえ、国民が安全で安心な医療を受けられる充実した医療
    提供体制の確保を求めます。
     
今こそ国民とともに、国民の生命と健康を守るための財源確
    保を求め、地域医療の崩壊を阻止する行動を起こしましょう

    (国民医療推進協議会、医療を守る国民運動・趣意書、2007年11月)

  
◇医労連の運動も元気いっぱい
   *県医労連が行った昨年末の街頭署名では1時間に
    500筆が寄せられる
   
*県医労連の「医師・看護師増員」の陳情が、12月岡山県議会で
    全会派一致採択
    
・国会では07年7月に参議院で請願が採択
    
・岡山県の地方議会でも、28議会中24議会が採択

    
*8年ぶりの診療報酬の引き上げ(0.38%)もこの間の運動の
     成果。医師会や病院団体などの取り組みもいっそう強まろう
     としている。増員署名をいっそう推進しながら、世論を広げ、
     国政を動かしていくことが必要。


二。たたかい前進のために
 
1。みなさん自身が現在の情勢に確信をもつ

 
2。社会保障をめぐるたたかい-財源論に強くなる
  
◇史上最低・最悪の後期高齢者医療制度は「中止・撤回」を
  
◇「医療難民」「介護難民」をこれ以上生み出さないために、
    医療崩壊をストップさせ
るために、社会保障政策の転換を
  
◇財源はある
   
*大企業・大資産家への減税・優遇税制を
やめれば、8兆円の財源。
   
*5兆円の軍事費は半分に。米軍再編への
国民負担3兆円の中止を。
   
*大型公共事業も見直しを。
  
◇アメリカへの協力しか頭にない自公政権
   
*誰のための政治か、だれを助ける政治か
  
◇今年予想される総選挙で「医療・福祉の充実」を大争点に

 
3。たたかいによって人間としても成長できる春闘に

    「ニッパチを単に看護婦の労働条件改善闘争と位置づける
   だけでは一面的だろう。なぜならこの闘いを通して、看護婦と
   して、一人の人間としての自分の生き方を振り返る機会となっ
   たという看護婦たちが多いからである。自分の行動の正当性
   を自分だけが納得するのではなく、市民や職場の同僚に涙な
   がらに訴える過程で、それまでとは変わった自分を発見したと
   いう看護婦たち。看護婦としての良心と患者の生命を守る責
   務がほとばしり出る言葉は、多くの人びとの心を動かしたに違
   いない」
       
(川島みどり『歩きつづけて看護』医学書院、2000年)


以上。


ほんとうに、国民医療を守るたたかいは、
国民的願い・関心事でもあり、医療労働者の切実な要求です。

「たたかえば変わる」という情勢は、ほんとうですョ。



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2008年1月22日 (火)

チュニジアの11日間(4)

29日(チュニジア3日目)がやってきた。
6時半起床。前日はかなり冷えた。

朝食はNさんが買ってきてくれたパンとヨーグルト。

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 出発前、バスをまっているときに、
 すぐ向かいにある高校の学生さんと
 思わぬ写真撮影会となる。




この日も総勢15名での行動。
朝、チュニスでシニア組他を乗せたミニバスが
コルバのNさん宅にやってきた。

8時半出発。

Img_0268


 ミニバスの前の席で
 みなさんに朝のあいさつをする
 Nさん。元気いっぱいである。



この日は、コルバから南西へ少しいったところに
ある町、ナブールへ。
ここは陶器の町として有名。

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 案内された
 陶器のお店に入る。

 その前を子どもが
 走る。
 パシャリ。





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 陶器を実際につくっている
 人もお店の中に。








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 ずらっと陶器が並ぶ。
 チュニジアの
 ほとんどの家庭に
 ここナブールの 
 焼き物があるという。





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 らくだ。

 その目は・・・。






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 ナブールの陶器を
 中心とした
 お土産物街も行く。
 ちなみに、日本人で
 ある私たちに
 かけられる言葉は
 「コンニチワァ」が
 多いのだけれど、
 ときに、「ナカタ!」も。
 中田英寿、偉大なり。


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 30分ぐらい、
 こうしたところを
 見て歩く。

 こういう場所は、
 とにかく活気がある。

 集合時間厳守で
 バスに戻る。


次に向かったのは、さらに南西の方向にある
タックルーナというところである。

山の上に、北アフリカ地域の先住民である
ベルベル人の居住地があるという。そこへ向かう。

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 見えるかな~。

 山の頂に
 かすかに建物が…。

 下の方でバスをおり、
 徒歩で登っていく。




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 だんだん見晴らしが
 良くなってくる。

 見渡す限り、
 大地、である。
 アフリカらしい風景。
 



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 植えられている木は、
 すべてオリーブ。
 チュニジア最大の
 農作物である。

 オリーブについては、
 またふれる機会が
 あると思う。



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 ベルベル人の
 居住地に着く。

 すごい高台にある。





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 お宅も少し
 のぞかせてもらう。







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 見晴らしは最高。
 
 しかし、住むのは
 大変そうだ。






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 人がいれば、
 犬もいる。

 世界共通である。

 猫もいた。
 にわとりもいた。








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 山の上に、
 観光客相手だと思われるが、
 喫茶店があった。

 みんなで休憩する。










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 なかなかステキな
 造りをしていた。






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 これはリラックスできる。








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 ここで注文する。












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 なぜか
 炭酸飲料を
 飲んでみる。










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 女性陣はチュニジアや
 ボランティア事情の話に
 花が咲く。
 


タックルーナを出発したのが12時半。

今度は、チュニジア第3の都市であり、
国を代表する観光地である、スースへと向かった。


次回は29日の後半を。




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本格的なスタート

全国学習交流集会in倉敷(11月22~24日)にむけ、
きのう、第1回の現地実行委員会が行われました。

呼びかけが弱かったため、
参加は10名にとどまりましたが、
会議の内容はとてもいい議論がされたと思います。

まず、全国学習交流集会に参加したことの
ない人がほとんどですので、
「全国学習交流集会とは何か」というところから確認を
していき、犬山集会、神奈川集会に参加したことのある
人から感想なども出してもらい、イメージをふくらませました。

そして、中央実行委員会で議論された集会の目的も確認。
倉敷集会はどんなものをめざすのか、
若い労働者がたくさん集い、学び交流する意義について
活発に意見が交換されました。

3日間の全体の概要やスケジュールなども確認。
会場規模の半数は岡山で組織する必要があることも
議論されました。

また、記念講演や分科会・オプショナル企画についても
若干議論がされましたが、
これから中身については具体化していくことになります。

今後は県労会議や各労組・民主団体との
共同をいっそう強めながら、
さらに実行委員会への参加をふやしていくことが
大事になってきます。

がんばらねばー。



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2008年1月21日 (月)

「新・労組コース」は良い

最近読み終えた本。

勤労者通信大学「新・労組コース」(非売品)

これから募集をしなければならない勤通大のテキスト。
金曜日に届いたので、さっそく週末読んでみました。

予想以上に読みやすく、学びやすくなっていました。
これは自信をもって押し出していけそうです。
イラストもGOOD! 受講料12,000円です。
労働組合運動にかかわっているみなさん、
ぜひまわりの仲間と受講してくださいね。


『理不尽社会に言葉の力を-ソノ一言オカシクナイデスカ?』
                 (小森陽一、新日本出版社、2007年)


言葉は両刃のヤイバ。
それを自覚しながら、とくに組織者は
言葉を磨かなければいけませんね。


『戦後日本は戦争をしてきた』
        (姜尚中・小森陽一、角川oneテーマ21、2007年)


2人とも、知識が幅広い。
とくに、小森陽一は専門外なのに。


『墜-沖縄・大学占領の一週間』(白川タクト、新日本出版社、2007年)

沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件(2004年)を
いろんな角度から掘り下げた1冊。

あらためて、沖縄に陣取っている米軍の
すさまじい治外法権ぶりがわかります。

あの壁、もう撤去されちゃったんだよねー。
大学側にしたら、たしかに「アブナイ大学」と見られて、
学生がこなくなるという死活問題なんだろうけど…。



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家をでると・・・

そこは、雪国であった。

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わが家の
 近く。








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 通勤途中。











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2008年1月19日 (土)

チュニジアの11日間(3)

チュニジアでの2日目(28日)、
バルドー博物館以後を一気にご紹介します。

次に向かったのは、カルタゴ(カルタージュ)。
チュニスの中心部からだと、20~30分ほどだろうか。

カルタゴの歴史は、約2800年前まで
さかのぼらなければならない。

フィニキアの王女エリッサがこの土地にやって
きたのが起源とされる。
以後、地中海交易で栄えた国で、
ローマ帝国と3次にわたるポエニ戦争をたたかい、
滅ぼされたのが紀元前146年とされる。

Img_0175_2  さて、まず向かったのは、
 「トフェの墓」と呼ばれるところ。

 
この日ご一緒だったシニア
 ボランティアのご夫婦の愛犬、
 “はな”ちゃんである。
 見てのとおり、こてこての日本犬で
 あるが、なんでも海外生活の方が
 長いとか。負けた。


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 「トフェの墓」とは。

 カルタゴでは、都市の繁栄や
 戦争の勝利祈願のために、
 2歳ぐらいの幼児を殺し、
 神に捧げるという生贄(いけにえ)の
 習慣があったという。

 その共同墓地である。




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 一つひとつが、
 捧げられた幼児のお墓。
 毎年1人が生贄にされ
 ここに埋葬されたという。

 今では考えられないが、
 当時の人びとの
 世界観が反映して
 いるのだろう。


カルタゴはローマ帝国によって徹底的に
破壊されたので、この「トフェの墓」は、
現存する数少ないカルタゴ遺跡でもある。


次に向かったのは、そのローマ帝国の
力の一端をかいまみれる「アントニヌスの共同浴場」である。

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 向かう途中。

 このカルタゴ周辺
 は、チュニジアでも
 有数の高級住宅が
 集まった街だそうだ。

 どの建物も
 大きくてキレイである。

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 これが、
 アントニヌスの
 共同浴場。
 海を背景に建てら
 れた公共浴場。
 
 生まれて初めて、
 ローマ遺跡とご対面。

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 2世紀、ローマの
 五賢帝のひとり、
 アントニヌス建設。
 当時、建物は2階建て、
 更衣室、温浴風呂、
 水風呂、サウナ、
 プール、噴水、談話室、
 トイレなど、100をこえ
 る部屋が左右対称に
 配置されていたという。
Img_0190

 壁にはフレスコ画、柱
 には彫刻、床には色鮮
 やかなモザイクが敷き
 詰められ、かなり贅沢
 な造りだったらしい。

 円柱の高さは15メー
 トルというからすごい。
 一大施設である。

Img_0192

 ローマ人の
 風呂へのこだわりは
 想像以上だ。

 つーか、これ
 ほんとに風呂!?

 でかすぎでしょ。


写真では表現できないが、ほんとうに敷地は広い。
ここでも、「すげーなぁ」を連発しながら、
写真をバシバシととる。
ちなみに、共同浴場の敷地の東側に大統領官邸があり、
そこへカメラを向けることは厳禁とのこと。
たしかに、よーくみると、銃をもったような警備の人が
ちらほらとみえる。あぶない、あぶない。

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 さて、また移動である。
 移動はこのミニバス。

 15人でも、
 かなり余裕があった。





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 ミニバスは斜面を
 上へ上へとあがってゆく。

 ここは、「ビュルサの丘」
 とよばれる高台である。

 かつて、カルタゴの中心が
 この丘にあったとか。

 見晴らしがよく、
 市街を見おろせる。
 当時もこうしてカルタゴの街を
 見おろしていたのかもしれない。





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 雲がきれいだった。







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 丘のうえには、
 サン・ルイ教会という
 大きな教会もあった。







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 さて、時間も13時となり、
 昼食に。
 連れていってもらったのは、
 ちょっとおしゃれなレストラン。

 地中海のスズキと思われる
 魚料理をいただきました!
 パンはもちろんてんこ盛り。 



昼食をいただいたあとは、
「シディ・ブ・サイド」へ。

チュニジアでもっとも美しい街並みとされるところだ。
カルタゴからすぐ近い。

街のはずれの駐車場でバスからおろされ、
「これに乗って中心部までいきます」とのこと。

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 なんとカワイイ!

 乗りますとも。 







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 何歳になっても、
 こういう乗り物は
 楽しいものである。

 が、この日は少し
 寒かった・・・(笑)。




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 シディ・ブ・サイドの
 街中へ到着!

 “はな”ちゃんも
 おおはりきり!?

 おみやげ屋さんが
 並ぶ。



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 観光客も多い!
 大半がヨーロッパ人
 ですね。

 坂をのぼって歩く。





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 シディ・ブ・サイドの
 特徴は、白壁の
 家並みに、
 チュニジアンブルーと
 形容される鮮やかな
 青色のドアや窓枠で、
 街が統一されている
 ところ。



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 歩いていて
 気持ちのいい街だ。








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 そして、ネコも街に
 とけこんでいた。












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 この植物は・・・

 ブーゲンビリアか。











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 これもなかなか
 おしゃれである。

 住んでますからね。
 人が。









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 ここも個人宅ぽい。
 こそっと写真に
 とらせてもらう。

 









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 晴れていたらもっと
 ステキだったに違いない。

 地中海をのぞむ
 こうした景色は、
 ここがアフリカだということを
 忘れてしまう。









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 だいぶ歩いたので、残り時間、
 みんなで休憩することに。

 階段のうえの
 有名なカフェへ入る。

 







Img_0244
 中の様子。ここで、
 チュニジアでよく飲まれ
 ているというミントティー
 を初めて飲む。

 ・・・これは甘い。シニア
 ボランティアの方は、「こ
 れはまだ甘くないほう」
 と言っていた。うっそー。



シディ・ブ・サイドの街を歩き終わると、
すでに15時半。

ふたたびミニバスに乗り、
チュニスへ移動する。
シニア組他のみなさんたちとは、チュニスでいったん別れる。

「岡山県人会」の7名は、今夜はNさん宅にお泊りである。

Nさんの赴任地は、首都チュニスから車で
1時間程度の地中海に面した小さな町、コルバである。

ミニバスがコルバに着いた18時頃、
すでに空は暗くなっており、少し雨もふっていた。
けっこう冷えた。

Nさん宅に到着。一瞬、「すごい大豪邸に住んでるな~」と
思ったが、あとから聞けば、本体は大家さんの家で、
そのとなりのスペースを借りていたのだった。

そして、岡山からやってきた6人に
Nさんから手づくりチュニジア料理がふるまわれた。

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 どれも美味しかった。
 そして何より、Nさんの
 おもてなしの心に泣けた。

 夜は、Nさんのチュニジア
 生活の話をいろいろと
 聞くことができた。

 こうして、はるか遠い地に
 やってきて、言葉も文化も
 宗教もまったく異なる生活の中、
 たくましく生きる姿は、
 まぶしく見えた。 



もちろん、最初はとまどうことばかりだったという。
しかし、その荒波を乗りこえた“強さ”を、
話や雰囲気から感じることができた。

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 みんなで
 チュニアジアのテレビを
 見る。

 もちろん、岡山から来た
 6人には、言葉は
 まったくわからない(笑)




こうして、28日はあっという間に
終わっていった。



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2008年1月18日 (金)

きたぁぁぁぁー

今日、勤労者通信大学の08年度テキストが
事務所に届いた!

目玉である「新・労組コース」のテキストも。
二見さんの半年間の労働の結晶が(涙)。

さっそく読んで、募集の力にせねば。
まだまだ募集がすすんでいない状況ですからね。

今後はこれを持ち歩いて宣伝するぞぉ。



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2008年1月17日 (木)

チュニジアの11日間(2)

チュニジアで28日(金)の朝がきた。

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 ホテルでの朝食。




じつは、今回、岡山からチュニジアに
遠路はるばる来たのは私たち3人だけではない。

Nさんの大学時代の友人であり、
バレーボール仲間でもある3人の女性が、
私たちより少し遅く、27日の夜中、
チュニジア入りしていた。

で、同じホテルに泊まっていたので、
朝食のときに顔あわせ。
Nさんふくめ、総勢7名での朝食だった。

Nさんの友人3人は、いずれも学校関係で
仕事をしているとのことだが、
いずれもすばらしくおもしろく、個性的な人たちだった。
チュニジアに来た理由は私たちと同じで、
「Nさんがチュニジアにいるあいだに行かねば」
とのこと。Nさんの人徳はすばらしい。

そして、私たちと別組3人の計6名+Nさんは、
チュニジアでの「岡山県人会」として行動することになる(笑)

Img_0123




 これはチュニスで泊まったホテル。
 外見はゴージャス!

 ふつうのホテルですけど。
 落ち着く雰囲気でした。





ホテル前には、20数名乗りのミニバスが待機していた。
これに7人で乗り込む。

チュニスの街中をミニバスが走る。
見るものすべて、新鮮だ。

途中、同じくチュニジアでボランティアをしている
シニアの方々およびその家族のみなさんが合流する。
チュニジアでの日本人ボランティアは結構多く、
そして日本人ネットワークをもっている。

Nさんと私たちの今回の旅に、
さまざまな人が加わる。

結局この日は15名での行動に。
Nさんの人徳はやっぱりすばらしい。
そして、旅のコースや計画も、
すべてNさんの立案である。

まずこの日向かった先は、チュニジア観光でははずせない、
バルドー博物館。

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 バルドー博物館の入口。

 館内は1ディナール(約100円)
 払えば、写真撮影OK。

 バルドー博物館は、北アフリカを
 代表する考古学博物館との
 呼び声もあるほど、貴重な
 展示物がたくさんある。

 もとは宮殿だったところらしい。



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 この日は、フランス語の
 ガイドさん付き。
 
 が、当然私たちは
 フランス語など
 わからないので、
 Nさんが通訳してくれる。
 あっぱれ。すごい。




Img_0125 Img_0127

 これはカルタゴ時代の
 出土品だとか。
 カルタゴとは、紀元前に
 チュニジアの地にあった
 国で、ローマ帝国に滅ぼされた。


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これは・・・

 忘れた。



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 中庭っぽいところ。

 



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 こんなところに
 住むってどんな
 気分だろう。






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 別の部屋。

 おお!
 美しい!







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 ・・・。













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 そして、バルドー博物館
 の最大の魅力は、
 このモザイク芸術。

 
モザイクとは、大理石、
 陶器、ガラスなどを
 小片にして、それを
 はめ合わせて
 絵画を描き出すもの。


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こんな感じ。

 紀元前のメソポタミアが
 発祥地といわれている。

 
しかし、
 こまかい作業である。

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 右がフランス語の
 ガイドさん。

 
体格がよい。







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 とにかく天井高いし。

 広いし。

 床にはモザイク。







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 こんな部屋も・・・。

 部屋自体が芸術だ。







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 そして床には
 やっぱりモザイク。

 これは星座を
 描いていた。





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 これもすべてモザイク!

 巨大だ。

 そしてどれも
 芸術的である。 




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 壁にもたくさん。

 「はー」
 「ほー」
 「すげー」
 という言葉をたくさん
 発した気がする。







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 あっという間の
 1時間半だった。

  博物館をあとにする。







まだまだ28日はつづきます。




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2008年1月16日 (水)

出雲地域労連旗びらき

きのうは島根県の出雲へ講師に行ってきました。

14時50分岡山発の「やくも」に乗り、
18時03分に出雲市駅に到着。

改札口を出ると、『学習の友』を掲げる
S田さんの姿が(初対面なもので)。
ほんとうに『友』を目印にするなんて(笑)。

車で5分ほど行くと、会場に着きました。

この日の主催は
出雲地域労連
08年の旗びらき&春闘情勢学習会でした。

Img_1433

 始まる前の様子。

 講義が始まる
 ころにはほぼ埋まり、
 34名の参加でした。

 若い人も多く、半数が
 女性の参加者でした。


「春闘情勢と私たちのたたかい」と題して、
1時間10分程度話をしました。

「春闘情勢」といえるかどうかわからない
内容でしたが、みなさんよく聞いてくださいました。
参加は医療・福祉関係者が多かったようです。


以下、レジュメの概要。
どこかで使ったものも多いですけど…。



はじめに:簡単に自己紹介


一。「あきらめ感」という見えない敵
 
1。堤未果「手渡せるものとは」(『婦人通信』08年1月号-資料参照)


   「自分の中にある無力感や『変えられないのでは』という
   恐怖に屈して口をつぐんだ時、私たちは初めて負けるの
   だ。そして大人が自ら舞台をおりてしまった時が、子ども
   たちにとって『絶望』の始まりになる。美しい言葉などなく
   とも、私たちがあきらめないことが子どもたちに『未来を
   選び取る自由がある』と示すことになる。次世代に手渡
   せるものとして、これほど貴いものはない」

 
2。あきらめない人間のたたかい-人間裁判・朝日茂(資料参照)

   
「生粋の庶民といってよい朝日茂さんが、なにゆえに、歴
   史上数ある英雄も顔負けの勇気と果敢な意志、不撓不屈
   の粘りをもって、その短い後半生を『権利は闘いとるもの』
   という理念に捧げたのか。その力の源は、要するに、一方
   での人間らしく生きる権利にたいする深い洞察と、他方で
   の『合法的殺人』と呼ぶべき非人間的な生活を強いる国家
   権力に対する怒り、この二つに求められる。朝日さんは、
   普遍的人権に対する洞察と確信が非人間的生活を強制す
   る権力と衝突し、そこに発する火花を生きる力として50年
   の人生を生き抜いた。これは、21世紀に生きる一人ひとり
   の個人が、いかにして生きるべきかを問うときに、一つのヒ
   ントを提示するものにほかならない」
   (二宮厚美「朝日訴訟が現代に問うもの」、『人間裁判』所収)

  
*現状にたいする「怒り」だけでは、たたかいの原動力としては半分の力



二。働く人びとの現状から
 
1。貧困をなくすたたかいを
  
◇つくられた貧困と格差(差別)
   
*働く貧困層の増大。
働いているのに生活保護水準以
    下で暮らす家庭は日本の全世帯のおよそ
10分の1。
    400万世帯とも、それ以上とも言われる。ワーキングプア。
   
*民間労働者給与は9年連続の減
   
*非正規労働者の激増(いまや3人に1人)。若者や女性は2人に1人。
    
・パート、派遣、契約社員、偽装請負・・・「声をあげる」ことの困難さ
    
・年収200万円以下がついに1000万人をこえる
   
*貯蓄残高ゼロ世帯は全体の22.9%(96年は約10.1%)
   
*イギリスのレスター大学の世界幸福度調査で、日本は178か国中
    の90位。1位デンマーク、2位スイス、アメリカ23位、ドイツ35位、
    イギリス41位。先進国の中では日本が最下位。

  
◇カテゴリーとしての「貧困」をみる視点。
   
*一人ひとりの具体的な貧しさと人間の尊厳の破壊をつうじて、
    「貧困」をとらえる。
   
*「数字では見えてこないもの」をみる、意識的努力を。
    「痛み」を想像する力。
    
・「おにぎりが食べたい」と書き残して餓死した北九州の男性
    
・ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが、“人間らしい
     生活”を営むための「7つの指標」をあげている。
     
①十分栄養をとる
     ②衣料や住居が満たされている
     ③予防可能な病気にかからない
     ④読み書きができる
     ⑤移動することができる
     ⑥社会の一員として社会生活に参加できる
     ⑦恥をかくことなく人前に出ることができる

  
◇貧困の罠-私は無関係といえるか(セーフティーネットの破壊)

 
2。長時間労働が蝕(むしば)むもの
  
◇はてしない残業と長時間労働-労働時間の規制緩和と成果主義
   
*日本は残業規制なし。サービス残業のまんえん。ドイツや
    フランスでは年間労働時間は、1600時間前後。日本の平
    均は2200時間。1週間あたり12時間も多く働いている。
    働きすぎ。「カローシ」は国際用語に
    
・男性労働者の平日の平均帰宅時間
     (東京) 20時49分(女性18時52分)
     
ちなみに、スウェーデンは17時11分(女性16時37分)
   
*有給休暇の平均取得率は50%をきる。
   
*約140年前のイギリスの工場監督官の報告
    
「それら(工場法:労働時間を規制する法律)は、彼ら(労働
    者たち)を自分自身の時間の主人公にすることによって、彼
    らがいつかは政治権力を掌握するにいたることを可能にす
    る精神的エネルギーを彼らに与えた」(『資本論』第8章)

  
◇悪化する労働者の健康(資料参照)
   
*50人以上の企業の労働者の健康診断では、90年に23.6%
    だった有所見率は年々増加し、2006年には49.1%と2倍以上。
   
*中小零細企業や自営業者などの健康悪化はさらに深刻。
   
*メンタルヘルス問題

 
3。大企業や資産家は巨大な利益-「利益の寡占化」
  
◇大企業(資本金10億円以上)…97年と比較した06年の数字
   
*経常利益15.1兆円→32.8兆円(2.17倍)
   
*納めた税金(法人税・固定資産税ふくめ)は12.1兆円→13.7兆円
    
・法人税の減税などの効果
   
*株の配当金は約4倍
  
100万ドル(約1億2300万円)以上の金融資産を持つ
   日本国内の「富裕層」は、06年の1年間で5・1%増加し、
   147万人となる(米証券大手のメリルリンチ調査)。増加
   率は、05年(4・7%)を上回る。

 
4。貧困と格差・労働者の状態悪化は、計画的に生み出された
  
◇財界の要求
   
1995年「新時代の日本的経営」→労働者を3つのグループに
  
◇労働法制の連続改悪-どの政党が賛成してきたのか
                             (○=賛成、×=反対)
   
1998年「労働基準法改定」→裁量労働制・変形労働時間制の導入
     
自民○、公明○、民主○、共産×、社民○
   *1999年「労働者派遣事業法改定」 
26業務に限定されていた
     派遣業務を製造・建設など一部を除き自由化
     
自民○、公明○、民主○、共産×、社民○
   *2001年「雇用対策法等改定」→リストラすれば企業に減税
     
自民○、公明○、民主○、共産×、社民×
   *2003年「労働者派遣事業法・職安法改定」
    
→製造業への派遣が可能に。派遣期間の制限も緩和。
     
自民○、公明○、民主×、共産×、社民×



三。政治の罪の告発を-対抗軸としての日本国憲法

 
1。政治の罪の告発を-新しい情勢的変化をふまえて
  
◇小泉自公政権での国民負担増の一覧(資料参照)

  
◇参議院選挙後の新しい情勢
   
*参議院での与野党逆転-悪法の強行採決が難しくなる
   
*「大連立」「政界再編」の動きはあるが、基本的には2010年
    夏まで参議院でこの状況は続く。戦後初の状況。
   
*国民的なたたかいの前進で、政治に声が届く条件が
    切りひらかれている
   
*そして今年予想される総選挙

  
◇暮らしのための財源はある!

 
2。国民支配のグーとパーとたたかう
  
◇力(経済権力・立法権力・警察権力)による支配
   
*岩国市に対する締めつけ
   
*政党ビラをマンションに配っただけで有罪
  
◇イデオロギーによる包みこみ
   
*強固な自己責任論包囲網
   
*国家財政が破綻しますよ、企業が倒産しますよ、
    国際競争に負けますよ
  
◇グーとパーで「あきらめ・無力感」「労働者どおしの分断」を育てる
   
*学ぶ活動の強化なしには、資本の攻撃に対抗できない

 
3。あらゆるたたかいの旗印として、日本国憲法を
  
◇私たちが「人類」から「手渡されたもの」



四。たたかい・運動におけるサイエンスとアート
 
1。正しいだけではダメということ…サイエンスとともにアートを
  
◇サイエンス・・・科学的判断、分析
   
*労働組合の果たす役割、情勢の特徴、科学的な政策・たたかいの方針

    
「わかるけど、やる気がしない、行く気がしない」をどう考えるか
    
・認識論の問題・・・「わかってない」(本当には納得してない)という問題
    
・感性(五感)での共感という問題

  
◇アート・・・伝える力、生み出す力の総合力
   
*「理性」と「五感」に響かせる
   
*情報受信・伝達力、チラシやニュースづくり、ホームページ・ブログ
   
*言葉で勝負する。相手に伝わる言葉かどうか。
   
*オルグ力(話し方、聞き方、空間、時間)、会議力、事務所力
   
*豊かな仲間の存在、ヒューマニズム=微温(あたたかさ)

 
2。学ぶ活動をドカンと真ん中にすえる
  
◇学ぶことで、個人と集団の力量をたかめる
   
*継続性と目的意識性。すぐに効果に表れないのが学習活動。
   
*しかし、これをオロソカにすると、組織は壊死(えし)にいたる。
   
*「人を集めないと」という脅迫観念をすて(もちろん大人数のほ
    うがよいが)、少人数からでも実践していく。時間はこじあけて
    つくる。誰かがリードしないと学習活動はすすまない。
  
◇勤労者通信大学で学ぼう、『学習の友』を読もう


以上。

レジュメをつくりながら、
これは1時間ちょっとで話すのは
無理だな、と思いましたが、
予定どおり無理だったので、
後半はかなりはしおってしまいました。



Img_1435_2 
 講義終了後は、
 交流会ということで、
 ケーキを食べながら
 職場状況や講義の感想
 などそれぞれひと言ずつ
 スピーチをしました。

交流会終了後、出雲市駅前のホテルまで
送ってもらい、きのうは出雲泊。
今日のお昼に岡山に帰ってきました。

3日ほど前からひいていた風邪が
講義に影響するか心配でしたが、
無事に終えることができ、ホッとしました。


出雲のみなさんありがとうございました。



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2008年1月15日 (火)

チュニジアの11日間(1)

さて、今日からチュニジアの旅報告を
順次アップしていきたいと思います。

そもそもチュニジアに行こうと計画を
立て始めたのは約1年前。
岡山の友人Nさん(女性)がJICAの
青年海外協力隊
チュニジアに赴任していて、
「Nさんがいるあいだにぜひ行こう」となったのでした。

Nさんは、リハビリをお仕事にしている人で、
チュニジアでも養護学校でリハビリのボランティアを
しています。

今回の旅行は、私と相方、そして、
共通の友人Tの3人で行ってきました。

では、さっそく初日から・・・。


26日(水)夜。

仕事を夕方に終え、
19時頃岡山駅から新幹線に乗り新大阪、
そして関西空港へ。


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 さすがに
 夜遅くとあって、
 ひっそりとした
 関空のなか。






Img_0057



 関空から
 ドバイへ。

 いざ飛びたたん!





Img_0062



 機内食が出た。
 お味はイマイチ。

 贅沢いいません。




約12時間のフライトのすえ、アラブ首長国連邦の
ドバイ国際空港へ。あーつかれた。


Img_0071


 おお~!
 ドバイの街が
 かすかに見える。

 石油の富で
 すごいことに
 なっているとか。




Img_0072


 乗り継ぎ時間が
 3時間あったので、
 ちょっとゆっくり。

 飲み物にフルーツ。
 もう円は使えない。
 ドルでのお買い物。


売店でネパール人の店員さんに
日本語で声をかけられる。
にこにこいい笑顔である。
ちなみに、このネパール人の
店員さんは、帰りにもドバイ空港で偶然に会うことができ、
向こうもこちらのことを覚えていて、
声をかけてきてくれた。不思議な出会いだった。


Img_0068

 それにしても、
 ドバイ空港は
 すごい活気!

 あらゆる人種が
 勢ぞろいしている
 国際空港でした。

 

再びドバイ空港を飛び立ち、
途中リビアのトリポリというところに
1回寄って、いよいよチュニジアのチュニス空港へ。
このフライトは9時間でした…。さすがに疲れたぁ。

そして、ついにチュニジア到着!
丸1日かかりました。


Img_0088




 チュニジアの
 首都、チュニスの
 国際空港。





Img_0086



 きた~。

 チュニジアに。









Img_0087



 現地時間は 
 すでに17時前。
 (27日)

 日本との時差は
 8時間。
 日本ではもう
 夜中ということです。








チュニス空港でNさんと1年半ぶりぐらいに
再会する。変わらず元気そうだった。

2台のタクシーに分乗してホテルへ向かう。
が、私の乗ったタクシーは恐ろしく運転の
あらい人で、普通道路を100キロ近くで
飛ばす飛ばす。車線変更も車間距離も
考えられない感覚で行う。生きた心地がしなかった。

ちなみにチュニジアは、
運転マナーという点では、はちゃめちゃな
国であった。だいたい信号が少なすぎる。
シートベルトは気分次第でつけてる感じ。
私はこの国では運転できないと思った(笑)。

さて、チュニス中心部のホテルに着いた。


Img_0091_2 




 ホテルの部屋から
 外をながめる。

 ここチュニスは
 ヨーロッパに近い
 こともあり、
 街もヨーロッパ風な
 感じがする。

 







Img_0092

 ホテルの部屋でNさんと今晩と
 明日のことなど打合わせ。

 お金のことも教えてもらう。

 うえは
 10チュニジアンディナール。
 (約1,000円)

 1ディナール100円と
 覚えればよい。
 紙幣の紙質はやはり日本の
 紙幣が上のようだ。




Nさんは今晩はもろもろの用事で
一緒に行動できないため、
われら3人(私、相方、友人T)での行動となる。

すっかり暗くなったチュニスの街へ。
あたりまえだが外人さんしかいない。
少し緊張していた。


Img_0108


 まず目についたのが
 カフェの多さ。
 そしてその中での
 男性率の高さ。

 これはまたいずれ
 説明したいと思う。




Img_0095


 こちらは
 大聖堂。
 すごい威厳を
 ただよわせていた。

 メイン道路の
 ブルギバ通りにある。




Img_0097


 こちらも
 ブルギバ通りに
 ある国立劇場。

 きらびやか。






Img_0101



 これは時計塔。

 基本キレイな
 街です。
 チュニス中心部は。





Img_0107




 ブルギバ通りの
 遊歩道。
 ひろーい!





さて、ドキドキの街探索をひとまず終え、
夕食へ。
Nさんに教えてもらったお店にいくことにする。


Img_0110




 日本語で書いた
 メニューがある唯一の
 お店と聞き、入る。
 右のおじさんの積極的な
 勧誘にもあう。








Img_0111

 地元の人もたくさん
 来るような大衆店。
 左のおじさんが
 一生懸命メニューを
 教えてくれた。
 途中でも、
 「おいしいか?」
 と何度も訪ねてくれた
 人なつっこい人だった。

メニューを決めるのに、
結局言葉の壁もあり時間がかかったが、
注文した料理は以下のもの。


Img_0116
 右上はクスクス。
 世界一小さな
 パスタの上に
 いろいろ乗せてたべる。

 その左はオジャ。
 友人Tは
 「これおいしい!」と
 食べていた。


下はブリック。
ブリック用クレープに卵、パセリ、ツナなどを
包んで揚げたもの。

どれも美味しく、初日の晩餐としては
まんぞくの出発でした。

ちなみに、チュニジアの料理店では、
注文料理以外に、まずフランスパンがどさっと
テーブルに置かれ、ハリッサという香辛料につけて
食べながら料理を待つのが基本(これは無料)。

しばらくしたらその方式にも慣れたが、
最初は「こんなにパンが!」と驚いた。
チュニジアの主食は基本パン。
したがって、どこでも安い。
フランスパン1本19円だそうです。

夕食を食べ終え、ホテルに戻り、
23時頃には就寝。長い1日が終わった。




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2008年1月14日 (月)

還暦祝いだよ全員集合

日曜日(13日)、私の姉の家(神奈川県の某所)で
1年遅れの両親の還暦祝いがあった。

ちなみに、私は4人きょうだいの2番目。
家族全員6人+伴侶2人+孫2人+猫2匹という
にぎやかな会だった。

姉の手づくり料理にすばらしい進歩を感じた。
還暦祝いのDVDはなかなかのデキバエだった。
チュニジア報告も写真をみせながらできた。
それぞれ頑張って生きていることを確認できた。

家族のつながりを、もっと大切にしなければと
反省をこめて感じた週末だった。


明日(15日)は出雲!
体調ビミョーに悪し!
どーなることやら。



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2008年1月12日 (土)

ネットカフェ泊

人生初、ネットカフェに泊まった。
というか、ネットカフェなるものに初めていった。

きのうの会議を終え、この土日は
私用で神奈川に。

木曜日は労教協ご用達の宿に
泊まったのだけれど、
今日は「ネットカフェ泊を一度体験したい」と
思い、ホテルをどこも予約していなかった。

Img_1419

 場所は、今日の昼に
 相方と待ち合わせを
 している横浜。

 とりあえず、ネットカフェの
 ありそうな繁華街をウロウロ
 してみて、何件か物色する。

 都会だけあって、 
 結構あるある。




Img_1423


 まんが喫茶とあったが、
 ネットカフェでもあるらしい
 1件に決める。

 8時間ナイトパック
 1380円か。
 とりあえずドキドキしながら
 入ってみる。




が、ここで素人ぶりが露呈してしまう。
8時間パックは午後10時からしか適用できないらしい。
入ったのは9時すぎだった。
とりあえず5時間パックにしてみる。

Img_1426
 これが個室。
 たしかに狭い。

 となりの人の
 ゴソゴソとした音も
 まるぎこえである。
 個室ではあるが、
 ほとんど
 プライバシーはない。




Img_1425

 入って直感的に、
 「ここで寝るのはキツイ」と思った。
 イスのすわり心地もイマイチ。 

 5時間パックにしてよかった
 と思ってしまう。
 
 とりあえず、ネットや読書で
 時間をつぶす。
 眠くならない。




Img_1429



 もちろんシャワールームもある。
 30分300円。
 シャンプーなどは無料だそうな。

 最初から泊り客を想定して
 いるのである。

 飲み物は飲み放題。




1時半になって、「そろそろ出て、次を探そう」となる。
このカフェで寝れば確実に明日に疲れが残る。

が、「ネットカフェ難民」と呼ばれている
人たちは、ここで寝る人もいる。
この圧迫感と疲労感・・・。

Img_1420
 引継ぎの
 ネットカフェを
 歩いて探す。

 こちらは少し
 ランクが高そう。

 値段も高めだが、
 部屋は広そうだ。




Img_1430

 個室でも、イスタイプと
 座敷タイプがあったので、
 迷わず座敷タイプに。

 ネットとテレビがあり、
 横になって寝れる。
 これはよい。

 が、値段は高い。
 10時間パック料金で
 2580円(土日料金3160円)



2時就寝。

8時起床。

イス寝だったら寝れてたかどうか・・・。
部屋もわりと広かったので、苦痛ではなかった。
終電に間に合わなかったビジネスマンが
ホテルがわりに使うのにはよいかなと思った。
が、この値段は日雇い労働者にはキツイ。

Img_1432

 朝はやっぱり
 ちりとてちん。

 草々と若狭、
 いったいどーなるの!




でなわけで、少し中途半端な(楽をした)
ネットカフェ体験でした。

これからシャワーに行ってみます。


ネットカフェよりの更新でした。



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2008年1月11日 (金)

全国集会の会議

きのうは、今年11月に岡山で行われる
学習運動の全国学習流集会の
中央実行委委員会の第1回の会議があり、
東京の全労連会館に行ってきました。

Img_1417


 だいたい顔見知りの
 メンバーでした(笑)





集会の目的や内容について、
また愛知や神奈川での全国集会の経験について
報告・討論がありました。

岡山集会の内容についても若干
議論しました。
記念講演の講師は…(ひ・み・つ)

全国の英知と力をあつめ、
かならず大成功させたいと思います。


会議終了後はいつものように居酒屋へ移動。
2時間ほどわいわいと話がはずみました。

今日も引き続き、別の会議です。



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2008年1月10日 (木)

会議に行ってきます

今日と明日、東京で会議があり、
これから行ってきます。

今月はあと2回県外お仕事があり、
月の半分は岡山にいないかんじです。

それで仕事は大丈夫なんか!?
やるしかないけど。


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2008年1月 9日 (水)

マッカーサーの二千日

旅行中は結局あまり本は読めず。

『反デューリング論』は上巻のみ読了。
10年ぶりぐらいに読みましたが、
前回(はじめて)読んだときは「難しいなぁ」という
印象が強く残ったのですが(線もあまりひいていない)、
今回はガンガン線をひきまくりました。
少しは成長しているということかもしれません。

いま下巻を読んでいるところです。


あとは、
『マッカーサーの二千日』(袖井林二郎、中公文庫、1979年)
を読みました。

戦後初期のGHQによる占領政策が、
日本社会の方向性を深く規定したという事実。
その中心にいたのが、ダグラス・マッカーサー。
彼の「個性」が良い面でも悪い面でも、
そうした日本のあり方を方向づける
要素のひとつになったといえそうです。

読み物としてもなかなか面白いですが、
若干、断定・決めつけが強いところも。

お父ちゃんも軍人でフィリピンに関わりが
あったとは知りませんでした。



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2008年1月 8日 (火)

帰りました

きのうの夕方、無事に帰ってきました。
2008年もどうぞよろしくお願いいたします。

チュニジアでの11日間は、
現在チュニジア在住の友人Nさんのおかげで、
とーーーーーーっても充実したものになり、
忘れられない旅になりました。

ブログでも旅の様子を来週ぐらいから
ご紹介していきたいと思います。
たぶん20回ぐらいの連載になると思います。
なにせ、とった写真だけで970枚。
がんばってチュニジアの魅力をお伝えしたいと思います。

今日はちょこっとだけ写真をご紹介。

Img_02331 




 こんなきれいな
 街に行ったり…







Img_04361

 こんな世界遺産を
 見たり…

 ちなみに、
 チュニジアにある
 8つの世界遺産の
 うち、7つも行くことが
 できました!



Img_06041

 サハラ砂漠ツアー
 (1泊)にも参加!
 らくだに乗りました。

 あの景色は、
 感動するしか
 なかった。




Img_09641



 イスラム文化を
 はじめて肌で感じた
 旅でもありました。







他にも、Nさんのおかげで、
チュニジア在住の日本人の方とたくさん
交流ができたり、
チュニジアの人びととのふれあいも
予想以上・期待以上でした。

詳しくは、来週からの連載で。


さて、仕事復帰!
気をひきしめて、がんばります。




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