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2007年12月 6日 (木)

変えるのは私たち

74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
第9講義(最終講義)が今夜、ありました。
参加は15名。うーん、残念!


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講義は「
靖国問題と政治対決-変えるのは私たち
というテーマ
で、私が担当しました。

しめくくりにふさわしい講義になったかどうかは、
参加者のみなさんに聞いてみないとわかりません(笑)


以下、講義の概要。


一。「戦後」は、まだ始まったばかり
 
1。冷戦構造の崩壊で表面化した戦後責任問題
  
◇冷戦時代は被害者個人個人が、責任追及に名乗り出る
    ことは困難だった
   
*たとえば、韓国ではじめて元「慰安婦」として名乗り
    出てきた金学順(キム・ハクスン)さんのカム・アウト
    は、韓国社会の民主化と女性の権利の高まりなしに
    はありえなかったといわれている。
   
*戦後半世紀、冷戦構造が保護膜、バリアーとなって、
    日本は侵略戦争と植民地支配の被害者に直接告発
    されることなくすんでいたということ。
    
・韓国は朝鮮戦争、反共軍事政権
    
・中国は内戦
    
・東南アジアは疲弊、ベトナム戦争
    
・アメリカは反共の砦として日本を育てるために、戦後
     賠償を最小限にさせる

  
◇90年代以降に噴出してきた、アジアからの、謝罪・賠償を求める声
   
*「戦争を知らない世代」の人は、こうした声に当惑したり、
    反発を覚える人も出てくるのはある意味普通の感覚。
     「
なんで今ごろになって」「何べん謝ればいいんだ」
     「そんな昔のことを言われても、自分には関係ない」
     「自分の身に覚えのないこと」
     
1995年の高市早苗議員の「自分は戦争当事者とは
      いえない世代だから、反省しろと言われても反省で
      きない。反省するいわれもない」という発言も、まった
      く理由のないところからでたものではないといえる。

 
2。応答可能性(responsibilityレスポンシビリティ)としての責任
  
◇すべての人間関係の基礎には、言葉による呼びかけと
   応答の関係がある
   
*「呼びかけを聞いたら、応答する」というのは、最低限の
    信頼関係の基礎
   
*相手からの呼びかけを無視することは自由であり、犯罪
    でもないけれど、当然、それによってなんらかの結果(信頼
    関係が傷つくなど)が生じる。
   
*他者の呼びかけに応答することは、プラスイメージで、人
    間関係を新たに作り出す、あるいは維持する、あるいは作
    り直す行為、他者との基本的な信頼関係を確認する行為
    であると考えられる。

 
3。「日本人としての」戦後責任
  
◇応答可能性としての戦後責任
   
*アジアの人びとの呼びかけ(謝罪や賠償の要求)に、日本
    政府は「応答」しているだろうか。(呼びかけられているのは、
    日本人個人ではなく、日本政府)
   
*石川ゼミも参加した水曜集会での、日本大使館の風景が、
    ある意味象徴的
   
*「呼びかけ」をされているということは、「関係をつくりなおし
    たい」という意志が「まだ」あるから。救いはそこにある。私
    たちは、どう応答するのか。

  
◇日本政府をつくっているのは誰か-「私はカンケイナイ」と言えるか
   
*「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を
    通じて行動」(憲法前文)
   
*私たち一人ひとりに、応答可能性としての戦後責任が課せられている

  
◇自国の戦犯を自分たちで裁いてきたドイツ
   
*ドイツでは、ニュンベルク裁判、そして占領各国による継
    続裁判が終わってからも、ナチ犯罪を自ら追及し続け、90
    年代にいたるまでに、10万件をこえる容疑を捜査し、
6000
    件をこえる有罪判決を下してきている。
   
*日本は、どちらもゼロ。日本人自身が行った裁きとしてはゼロ。
   
*『あたらしい憲法のはなし』は戦争責任について書かれているか

 
4。靖国問題と政治対決
  
◇いぜん、靖国派が多数をしめる福田内閣(資料参照)
   
*しかし、世界的には孤立。対面的にはとりつくろいをせざるをえない。
  
◇近々行われるであろう、総選挙では、こうした政治に終止符
   をうつ絶好のチャンス


二。「痛み」を「想像する力」を
 
1。「痛み」は数値化できない
  
◇アジアの人びとが、日本の戦争によって受けた「痛み」への想像力
  
◇あらゆる戦争被害者の「痛み」

 
2。「弱者の痛み」への「連帯」はあらゆる分野での課題
  
◇貧困と格差、過労死、メンタル、雇用差別、女性差別、
   パワハラ・セクハラ…
   
*「痛み」への想像力と連帯…人間だけができること

    
「痛みが結ばれる時、痛みは無駄でなくなる。痛みの壁は
   想像する力によって越えられる。痛みの向こうに、痛みに連
   帯する未来の人間性への希望が見えてくる
     (
『痛みの声を聴け』外須美夫、克誠堂出版、2005年)


さいごに:ヴァイツゼッカー演説と、日本国憲法前文
      
学びと行動を一人ひとりが主体となって
                   -「知った」だけで終わらせない


以上。


参加者の感想。

「『自分には関係ない』『もう謝罪はしている』と言う
人の多くは、冷たい人なわけではなく、『ある意味
普通の感覚』をもっているという見方で接していき
たいと思いました。知らないから誤解や偏見が生
まれる。もっとたくさんの人に事実を知らせて、一
緒に考えていきたい。そして、最終的には、本当に
私たちの願いを実現できる“代表者”を選べる日本
に・・・」

「痛みを想う、想像する。過去に目を閉ざす者は、
現在にも盲目となる。日本国憲法前文が生かされ
る日本にしたい。知っただけでなく、生かしていき
たい」

「想像しようとしない人が多いような気がします。特
にアジアの人たちに対しては。にしても、福田さん
もタカ派だったとは!いくら表面だけをとりつくろっ
ても、日本はアジアの中で孤立していくのではない
でしょうか」


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コメント

74期労働学校修了おめでとうございます。学生のみなさんお疲れさまでした。福田内閣は、新テロ特措法の衆院2/3の再可決を決めたようです。世論が決め手です。本日付「毎日新聞」には、国連事務総長から、温暖化防止に向けて各国に「新しい緑の経済」を呼びかける寄稿が寄せられています。オーストラリアでは、アメリカ追随の保守党政権から、温暖化防止に熱心な労働党に政権が移りました。人類の英智は温暖化防止に集められてきています。世界の流れに歩調を合わせて、平和な世界をめざしましょう。

投稿: 坪中 明久 | 2007年12月 6日 (木) 22時33分

坪中さんありがとうございます。
第7講義もお世話になりました。

いま政治情勢はほんとうに流動的ですね。
でもそのなかで、しっかりと芯をもって
活動することができるよう、
学習運動も役割をはたしていきたいと思います。

投稿: 長久 | 2007年12月 7日 (金) 12時54分

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