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2007年12月14日 (金)

ナイチンゲールを語る

きのうは、午後1時半より、岡山協立病院の
卒後3年目看護師研修
の学習会に行ってきました。
(労働組合ではなく、病院の研修会です)

与えられたテーマは、な、なんと、
「ナイチンゲールの生きた時代背景
     ~ナイチンゲールから引き継ぐもの~」
です。

現役看護師さんの前で、看護師でない私が、
ナイチンゲールについて語るなんて、
いったいだれが予測できたでしょう(笑)
人生というのは、何が起こるかわかりません。

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 休憩時間の
 ときの様子。

 参加は、指導担当者
 ふくめ、12名でした。



午後の眠たい時間帯にも関わらず、
みなさんしっかり聞いていただいて、
ありがたかったです。

とりあえず、私のナイチンゲールへの愛は
伝わったかなと思います(笑)。


以下、長いですが、講義レジュメをそのまま掲載します。
(倍ぐらいあった資料は割愛します)


はじめに:私とナイチンゲール

一。看護であること
 
◇『わたしの手はおだやかです』(絵本)より
    
(アマンダ・ハーン文、マリナ・サゴナ絵、谷川俊太郎訳)

   
これがわたしの手
   
わたしだけのたいせつな手
   
つみとる ことが できます
   
だきしめることも
   
なげることが できます
   
しっかりつかむことも
   
ふせぐことも
   
じぶんの 手のこと わかっているかな?
   
手は わたしが いなければ なにも できません
   
手は わたしが してほしい ことを してくれます
   
あそびたいときは つくったり つかんだり かくしたり
   
はたらくときは たたいたり かいたり かぞえたり
   
それはどれも わたしが えらんだこと
   
わたしは えらびません・・・
   
ぬすむこと おしのけること きずつけること ひったくること こわすこと
   
わたしはすき かわいがるのが なでるのが
   
くすぐるのが わけあうのが わたしの手で
   
だから わたしの 手は おだやかです

     
「ふだん私たちはあまり意識せずに手を使っていま
     す。でも気がついてみると、手にかかわる言葉はい
     っぱいあります。『手当て』『手伝い』『手に入れる』
     『手を抜く』『手を焼く』などなど、あげ始めるときりが
     ありません。からだの一部である手は、人間のさま
     ざまな行為のたとえにもなっていて、手は使い方ひ
     とつで良くもなれば悪くもなるのだということを、この
     絵本は教えてくれます」(谷川俊太郎)

 
◇“看”という字……どのような手と目の持主か

   
「救貧院の病人は救貧院居住者であってはならず、
   たんなる救貧院居住者として世話されてはならない
   のであって、彼らは貧しい病人として、治るものであ
   れば治癒すべき病人として世話をうけ、またたとえ
   治癒できない病人であってもキリスト教国にふさわし
   い病人として手当てを受けるべきである。…しかし病
   人の世話をするには建物だけあればよいのであろう
   か? そこには心と手、訓練されて熟練した手が必
   要である。大英帝国のどの救貧院でもまたその他の
   病院でも、当然そのような手と心の持主によって看
   護がなされるべきである
    
F・ナイチンゲール『アグネス・ジョーンズをしのんで』)

   
「教育の仕事は別として、世の中で看護ほどに、そ
   の仕事において『自分が何を為しうるか』が、『自分
   はどのような人間であるか』にかかっている職は、ほ
   かにないからです」
     (
F・ナイチンゲール『看護婦と見習生への書簡〔1〕』)

 
◇私(私たち)は、どこに向かって進んでいるのか
                       -たしかな羅針盤が必要

   
「自分の部屋で静かに、その1日を神に捧げるため
   に、数分間静かな思索の時をもちなさい。ますます
   忙しくなってくる生活の中でこそ、これはどうしても必
   要なことなのです。『あわただしく』生きているときこ
   そ、私たちは1日に1回や2回は息つく時間をとって、
   自分がどこに向かって進みつつあるかを思う必要が
   あるのではないでしょうか? 後半生に向かってそ
   の土台を築きつつある今こそ、私たちの人生にとっ
   てまさにいちばん大切な時なのです」
      
F・ナイチンゲール『看護婦と見習生への書簡(2)』)

  
*「看護とは何か」「なんのためにこの仕事をするのか」
    …ナイチンゲールの看護観やその生き方は、私たち
     に、『ぶれない羅針盤』となるものを、教えてくれる。

   
「1968年、小玉香津子訳『看護覚え書』第1版第1刷
   を手にしたとき、それまでの十年間、心の奥底にイン
   プットしたまま忘れかけていた幼い患者へのケアの意
   味に通じる記述に出会いました。以来、本書は私の折
   々の羅針盤となって今日に至っています。精錬を重ね
   変化する訳語の推移はあるものの、私の心に刻まれて
   いるナイチンゲールの多くの言葉は、今でも、この小玉
   訳の初刷の『看護覚え書』です。それほど強烈に自分
   の実践例とリンクしてしまったといえるかも知れません。
    
その後、『ナイチンゲール著作集』に収蔵されている
   他の論文の行間からも多くの実践の根拠を見出してき
   ました。それは何よりも、ナイチンゲールの論理の鋭さ
   と確かさによるものであり、時経てなお、新しさを実感さ
   せるからにほかなりません。また、彼女の言葉を教条的
   に受け止めて実践するというよりも、経験した事象を自
   分なりに分析し解釈した内容が、ナイチンゲールの言
   葉と重なる場合も少なくなく、看護の本質とは、時代や
   民族背景の相違を越えて存在するものであるとつくづ
   く思うのです
     
(川島みどり『看護を語ることの意味』看護の科学社、2007年)


二。ナイチンゲールの生きた時代
 
1。当時のイギリス社会
  
◇産業革命により、経済活動は発展したが、
    
働く人びとの生活は貧困そのものだった

   
*産業革命とは
   
*労働者階級の状態(資料参照)
   
*貧困と格差がすさまじかった時代でもある

    
「ナイチンゲール自身は、上流階級にぞくしていまし
    たが、さまざまな経験をとおして『貧しき者』の『習慣、
    思想、感情』をやがて理解するようになります。しか
    し、これは当時としては異例のことといってよいでし
    ょう」
    
(長島伸一『ナイチンゲール』岩波ジュニア新書、1993年)

 
2。ナイチンゲールが看護師になるまで-別紙資料参照

三。ナイチンゲールから何を受けつぐのか-今日的視野で
 
1。視野の広さと深さ-看護とは何かを原理的に明らかに
  
◇ナイチンゲールの5つの顔(ナイチンゲール看護研究所HPより)

   
①看護発見者としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールは、すぐれた看護婦でしたが、その前
    に『看護とは何か』を発見した人として記憶されなけれ
    ばなりません。
     
ナイチンゲールは、看護婦になりたいと決心してから、
    実際に看護婦として臨床現場に立つまでの間に、なん
    と15~16年という歳月が経っていました。しかしその間
    のナイチンゲールは、自分なりの学習を積み重ね、多
    くの施設を見学し、統計表に目を通し、当時の患者が
    おかれた実態の把握に努めたのでした。そうした努力
    の結果として、さらにはクリミア戦争での実体験を経て、
    ナイチンゲールには看護の本質や原理がはっきりとみ
    えたようです。まさにナイチンゲールは看護を発見した
    人なのです。
     明らかにされた看護の定義は、人類史上初めて『看
    護覚え書』(初版は1859年)という書物の中に書き記さ
    れました」

   
著述家としてのナイチンゲール
    
「その際立った特徴は、なんといっても150点にも及ぶ
    著作を書き残し、さらには1万2000点もの手紙を書き残
    したことにあります。ここにナイチンゲールが著述家とい
    われる所以があります。
     
しかも、ナイチンゲールが著した書は、決して看護に
    関するものばかりではありませんでした。もちろん看護
    に関する書物は
47点もあるのですが、そのほかに病院
    に関する文献、建築に関する文献、統計学に関する文
    献、社会学や福祉や宗教に関する文献まで、彼女が手
    がけた領域は多岐にわたっています。さらにそれらの内
    容はどれもが第一級で、一作一作がそれぞれの領域
    において、名著であるばかりでなく、普遍的(古典的)な
    価値が高く、後世の専門家たちの間で継承され、今日
    に至っているというのが実態なのです」

   
③統計学者としてのナイチンゲール
    
「これもほとんど知られていない事実ですが、ナイチン
    ゲールは、若いころから数学と統計学がたいへん得意
    な人でした。
19世紀の初頭にめざましく進展してきた統
    計学に関心を寄せ、当時著名な統計学の権威者であっ
    たケトレに私淑し、その思考を伸ばしたという経緯があ
    ります。クリミアに従軍する前から、彼女が抱いていた
    テーマは、国民の衛生状態を正確に知ったうえで、その
    対策を考えることにありました。ですから死亡率や疾病
    率、人口統計などの正確な数値を表現する手段との出
    会いは、ナイチンゲールにとって歓喜すべき事態だった
    に違いありません。
     ナイチンゲールの統計学者としての実力は、スクタリ
    の地における看護実践に大きな意味を与え、兵舎病院
    の衛生改革がいかに兵士たちの死亡率を下げたかに
    よって証明されました。ナイチンゲールは誰が見ても一
    目瞭然である独自の図表を考案し、事実が持つ意味を、
    数値と統計表で人々に訴え、納得させたのでした。
     統計学者としてのナイチンゲールの働きは、
クリミア戦
    争から帰国した後、最大になりまし
た。彼女はベッド上で
    の生活を余儀なくされな
がら、イギリス全体はもちろんの
    こと、数多い
植民地の衛生状態を調査し、資料を分析し
    て事
実の意味を探り、人々の健康実現のために必要

    政策を次々と発案していったのです。その衛
生統計学者
    としてのナイチンゲールの業績は、
アメリカでも高く評価
    され、1874年に彼女は
アメリカ統計協会の名誉会員に
    推挙されたほど
です」

   
④管理者としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールが行った看護改革の一つは、看護部組
    織の独立という課題です。看護婦という集団の長は、そ
    の集団に属する看護婦の中から選ばなければならず、
    その看護婦の長は病院組織全体に対して、一定の権限
    と責任をもたなければならないと位置づけました。現在、
    病院の中で看護部が独立して存在するのは、
150年前に
    ナイチンゲールが組織改革をしてくれたおかげなのです。
     さらに彼女は多くの看護上の発明や工夫をしました。ナ
    ースコールを提案したのも、病室にお湯と水がでる水場を
    設けよと提案したのも、ナイチンゲールでした。そして何よ
    りも管理者としてすぐれていたのは、『看護とは何か』が人
    々にわかるように、具体的な形にして表したことです。例え
    ば、リネンの交換の頻度とか、病院の食べ物のメニューと

    か、食欲のない患者さんへの食べさせ方など、実に彼女
    は実践的な指導者でもあったのです」

   
⑤病院建築家としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールの知られざる顔の最も冴えたる面は、彼
   女が
"病院建築家"であったという事実です。ナイチンゲー
   ルが考案した"ナイチンゲール病棟"は、『病院覚え書』(改
   訂版・1863年)に図面入りで記されています。
    ナイチンゲールは、
『病院は患者に害を与えてはならない』
   
と訴え、その最たる害は病院の建築構造
によるものだと考
   えました。空気の
よどみができるような建物の構造で
は、そ
   の中で療養する患者の回復過
程は順調に進まないばかりか、
   汚れ
た空気が身体の回復の妨げになると
いうのがその根拠
   です。ではどのよ
うな構造の病院を造ればよいと考え
たので
   しょうか。
    
ナイチンゲールが考案した病院建築物は、なんと間仕切り
   なしの200畳もの広さをもつワンルームであり、患者のベッド
   1つにつき、1つの窓がセットされるという構造でした。ベッドは
   病室の左右にそれぞれに15ずつ並んでおり、一つひとつの窓
   は高い天井まで延びた3層の窓でした。一番高い3層目の窓
   を常時開放しておけば、病室の空気はいつでも外の自然の
   空気と同じ新鮮さに保たれるように設計されていたのです。
    さらに『病院覚え書』には、患者一人の療養空間として相応
   しい数値(面積では約6畳分)や、ベッドの高さやベッドとベッド
   の間の距離についても、理想的な計算値が述べられていま
   す。ここで特筆すべきは、これらの図面がただ単に理想的な
   病院構造として描かれたのではなく、この"ナイチンゲール病
   棟"は、当時の聖トーマス病院をはじめとして、世界中の病院
   建築に取り込まれ、実際の建物として現実的に機能したとい
   う点です。まさにナイチンゲールは病院建築の設計士であっ
   たのです」

  
*ナイチンゲールはなにを実践したのか-看護の定義から

    
「看護がなすべきこと、それは自然が患者に働きかけるに、
    最も良い状態に患者をおくことである」(『看護覚え書』)

    
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静けさを
    適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容
    を適切に選択し適切に与えること。こういったことのすべ
    てを患者の生命力の消耗を最小にするように整えること
    を意味すべきである」(同上)

   
*現代社会において、患者の生命力を消耗させるのは、
    病気だけではない。
    
・格差と貧困、家庭生活、地域社会、長時間労働、
     生活と労働の場でのストレス、
居住環境、
     改悪され続けてきた医療制度・社会保障、医療労働者の労働条件…

  
◇その生命観-資料「ナイチンゲールの生命観について」
                        (『著作集月報1』小南吉彦)

 
2。虐げられた人びと、貧しい人びとへの愛と科学
  
◇ふたたび資料から

  
◇現代日本の医療難民、そして貧困層を生み出している社会を
   ナイチンゲールは、どうみて、どう行動するだろうか。

    
「何千何万の苦しんでいる人びとの存在を思う時…農民た
    ちの小屋という小屋には、同情さえも受けつけない苦しみ
    が満ちているのを目にする時・・・こんなことなら、死よりも
    生の方がいっそう侘しいというものです」
                
1844年7月、クラーキー宛の手紙より)

 
3。生涯を通してたたかい続けた情熱-その原動力は何か…


さいごに:みなさんの日々の奮闘に敬意を表して
         
・・・看護は、終わることがない、ひとつの道


以上。


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