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2007年12月26日 (水)

よいお年を

今日(26日)の夜中に、関西空港から、
この国へ向かって旅立ちます。
ドバイ経由で約20時間、飛行機の
なかにいなければいけないそうです。

帰りは1月7日になります。

この間の連絡先は、私の携帯を使えるように
してあるので、電話・メールとも、普通に
つながります。よろしくお願いします。

ブログもしばらくお休みします。


今年も、充実した1年になりました。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

みなさん、よいお年を!




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うれしいメッセージ

最近の労働学校の常連受講生のY岡先生から、
労働学校運営委員あてに、
クリスマスプレゼントが届きました(神戸のチョコレート菓子)。

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 かわいらしい
 メッセージカードまで!
 
 Y岡さん、
 ありがとうございました。



メッセージにはこう書いてありました。

「 労働学校の運営委員のみなさまへ

  いつもお世話になっています。
  労働学校では、新しい発見がたくさんあって、
  私には欠かせないものになってしまいました。
  特に今回は、N崎さんとO田さんの言葉には
  大感激で、修了式は涙目だったんですよ。
  仲間を信頼することで確かな自分と出会えた
  N崎さん。学校ではつまらなかった歴史が
  好きになったO田さん・・・。
  いい学校だと心から思いました。
  身体には気をつけて、来年もがんばって
  下さいネ! そしてこれからもよろしく。

                      From mariko 」



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2007年12月25日 (火)

おじばか

会報できた!
労働学校の修了レポートもできた!
友社への送金もできた!

やればできるもんだ。
来年からフツーに28日ぐらいで
仕事は終わらそう。

しかし、土・日・月の3連休は
結局2日仕事をし、あいだの日曜日のみ、
愛するめいっこ、おいっこに会いに行った。

クリスマス会である。

癒された。ああ、癒された(おじばか)。

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 3歳になったばっかりの、
 このおいっこには、 
 絵本のプレゼントをしました。





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2007年12月24日 (月)

2007年にみた映画

今年みた映画を採点つきでご紹介します。

結局、今年は17本にとど
まりました。
昨年は23本でしたので、やはり少
なかったですね。
(ちなみに、昨年みた映画はこちら→「2006年にみた映画」)

選挙などもあり、忙しかったこともありますが、
「見たい作品」が昨年よりは少なかったことが
原因と分析しています。

平和と戦争に関する良作映画が今年は多くみられました。
もっと娯楽作品も見たかったのですけどね…。


以下、5点満点の採点つきでどうぞ。
(順番は、たんにみた順です)

              硫黄島からの手紙 
★★★★★
                    六ヵ所村ラプソディ 
★★★
          それでもボクはやってない 
★★★★★ 
                                蟻の兵隊 
★★★
                                  SMILE 
★★★ 
                  戦争をしない国日本 
★★★
    今宵、フィッツジェラルド劇場で 
★★★
                                       魔笛 
★★
                      夕凪の街 桜の国 
★★★★★
                        オーシャンズ13 
★★★★
                       釣りバカ日誌18 
★★★★
                     陸に上がった軍艦 
★★★★
           エディットピアフ 愛の讃歌 
★★★
                アズールとアスマール 
★★★★★
                             日本の青空 
★★★
                                     シッコ 
★★★★
                                 ひめゆり 
★★★★

ということで、5つ★が4作品でした。
 「硫黄島からの手紙」 「それでもボクはやってない」
 「夕凪の街 桜の国」 「アズールとアスマール」

今年は日本の作品が健闘といえるでしょう。
とくに、「それでもボクはやってない」は
圧巻の映画で、今年のNO.1ですかね。
司法や警察、冤罪の問題をえぐりつつ、
まったく飽きさせない展開はすばらしい。

あとは、「アズールとアスマール」(アニメ)。
これを映画館で見れたことは、幸せでした。
内容もすばらしいのですが、なんといっても
その美しいアニメーションは、
まったく新しい世界に出会えた感覚でした。



来年は20本めざしてみるぞ~!



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2007年12月21日 (金)

年内の仕事のめどが立つ

今日『友』配りをほぼ終えることができた!
集金状況もまずまずで、
学習の友社への送金もめどが立ってきた。

あとは、最後まで集金にかけまわりつつ、
会報のお正月号をつくり、発送すれば
今年の仕事を終えることができる。

それにしても、今年はしんどかった。
なにせ、例年は30日まで仕事をしている。
(これをみよ→「仕事おさめ」)
今年は26日で仕事を終えないといけない。

この4日間の違いは大きい。

われながら、よくがんばったと思う(まだ終わってないけど)。
3日前に寝込んだおかげか、
先週までの体のだるさが若干改善され、調子がよい。
よい、よい。



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2007年12月20日 (木)

古典講座やります

来年、県学習協主催で、
久しぶりに古典講座を行います。
講師はわたしが担当します。


以下、チラシにそって概要をご紹介します。

現代を読みとく、古典の力
 
古典講座-『空想から科学へ』

【古典講座?】
 19世紀、マルクスとエンゲルスは、それまで人
 類が獲得した知識をどん欲に吸収し、科学的
 社会主義の理論の土台をつくりあげました。現
 代を読みとく力となる、彼らの書物を学びます。

【空想から科学へ?】
 科学的社会主義の入門書といわれる、エンゲ
 ルスの著書。科学的社会主義の理論はどのよ
 うな背景をもって生まれたのか?その中身は?
 …奥深い理論の世界にふれれば、目からウロ
 コの連続!?


【カリキュラム】
 ①2/8(金) 
  『科学的社会主義とは-マルクス・エンゲルス入門』
   -科学的社会主義の生まれる時代背景、創始者の素顔を学ぶ導入編

 ②2/22(金)
  『空想的社会主義-何を学び、何を乗りこえたか』
   -3人の偉大な空想的社会主義者。その思想と弱点。

 ③3/7(金)
  『弁証法的唯物論-変革の哲学』
   -科学的社会主義の世界観の源泉をたどる

 ④3/21(金)
  『資本主義の発展とその矛盾』
   -資本主義の運動法則と根本矛盾について

 ⑤4/4(金)
  『特別補講-マスクスの未来社会論』
   -資本主義を乗りこえる社会をマルクスはどう展望したか


【募集要項】
 期間:2008.2.8(金)~4.4(金) <隔週金曜日、全5回>
 時間:18:45~21:00
 定員:20名
 講師:長久啓太(県学習協事務局長)
 会場:岡山市勤労者福祉センター
 受講料:5,000円(県学習協会員は4,000円、学生は2,000円)
      単発参加1,500円(県学習協会員は1,200円、学生600円)
 主催:岡山県労働者学習協会


以上。


私自身、連載ものの古典講義は初めて。
とりあえず、『空想から科学へ』のもとになった、
『反デューリング論』をチュニジアにもっていって
再学習したいと思います。



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2007年12月19日 (水)

『友』1月号&春闘別冊

『学習の友』1月号と春闘別冊の主な記事のご案内。

【『学習の友』1月号】

*特集「08春闘-要求実現のチャンス」
 ・ワクワクする08春闘情勢(大木一訓)
 ・社会保障切りすても消費税増税もしない方法は(梅村早江子)
 ・低賃金は変えられるか 大企業の利益をどうみるか(松丸和夫)

*なぜ「生きさせろ!」と叫ぶのか(雨宮処凛)

*スピリチュアルに染まりたいですか(村本敏)

*新連載-労資関係と暮らし改善の道①
 ・この10年間になぜ貧困がひろがったのか(辻岡靖仁・田中紘一)

*新連載-いま、働き方・生き方を考える①
 ・働く若ものは、いま(中田進)

*連載講座-憲法9条で平和を築くために〔最終回〕
 ・憲法九条はどのように平和を拓くのか(小澤隆一)



【『学習の友』2008春闘別冊】

*政治を動かし要求を実現する情勢(佐々木昭三)

*「なくせ貧困」運動の先頭に労働組合が(小田川義和)

*生活できる最低賃金で未来の扉を開く(大木寿)
 ・五つの疑問にこたえる 最低賃金Q&A(伊藤圭一)

*仲間を増やして08春闘をたたかおう(寺間誠治)
 ・青年ユニオンを県労連としてバックアップ(山本邦夫)

*こうやって要求を実現した
 ・いきいきワクワク 職場活動マニュアル(二見伸吾)
 ・青年は要求への確信をどう育てたか(鈴木透)
 ・徹底した宣伝と、本音をききとるアンケート
(中村健一)
 ・職場集会で要求をねりあげ、かかげつづければ、再建企業でも(足立浩)



参議院選挙の結果、あたらしい情勢が
生まれています。

毎年、情勢が同じことなどありませんが、
今年は特に、新しい情勢のもので行われる春闘であり、
近々あるであろう総選挙の力とするためにも、
ますます「学び」が大事になってきています。

『友』でしっかり学びましょう!



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久しぶりに熱が出た

ついに体が悲鳴をあげたか!?

きのうお昼からダルさ濃度が急上昇し、
「これはまずい」と思い、
15時頃に仕事を打ち切り、家に帰って寝た。

夜、今年初の38度超えを記録した。
体温が上がるということは、
体内の病原体を駆逐する抗体の生産性を
高めているということなので、
「おお!体がたたかってる!」と思いながら、
静かにそのたたかいを見守っていた。

とりあえず、朝になって熱はさがった。
私の体の勝利、ということらしい。
が、午前中は少しゆっくりし、いま(正午)出勤した。

ここ数か月、忙しかったので、
ついに体が悲鳴をあげた、ということかもしれない。

ああ…。


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2007年12月18日 (火)

物語を語ること

最近読み終えた本。

『変貌する財界-日本経団連の分析』
           (佐々木憲昭編著、新日本出版社、2007年)


政治をカネで買収しつつ、政府の政策決定に深く関与し、
ワーキングプアを大量に生み出す。
法人税率を引き下げ、その負担を国民へと転嫁し、
憲法改悪までもくわだてる。

『財界』とはいったい何者か。

その実態にせまり、過去からの変遷に
焦点をあてて分析した力作。

日米の多国籍企業が「共同」して
利益を追求するということになっている。
現在の財界の分析なくして、
日本改革の方向性の確かさは育たないと痛感。


『反米大陸-中南米がアメリカにつきつけるNO!』
               (伊藤千尋、集英社新書、2007年)


今月出たばかりの新刊。
現在の中南米のダイナミックな動きについて書いて
あると思って読み始めたら、
じつは中南米の現代史が中心だった。

アメリカのとんでもない政権転覆の謀略、民主的な運動つぶし、
クーデーター支援、暗殺につぐ暗殺、その中核を担う軍人教育、
などなど、驚くことばかり。恐ろしい。
アメリカ国民は、自国の歴史についてどう学んでいるのだろう。
おそらく、まったく教えられていないに違いない。

「アメリカと中南米の歴史から、私たちが学ぶべきものは、
すこぶる今日的な課題なのだ」
という最後の締めくくりの言葉に納得する。


『診療室にきた赤ずきん-物語療法の世界』
                 (大平健、新潮文庫、2004年)

精神科医である著者が、
診療所に来る患者にたいして、
「赤ずきん」や「三ねんねたろう」などの
「物語」を語る。

「ももたろう」や「3びきのこぶた」など、
「こんな読み方ができるのか!」と、目からウロコの連続である。

人は、誰でも「自分の物語」をもっている。
人生自体が、一つのストーリーともいえる。

そして、自分以外の「物語」を、自分とを重ねあわせ、
喜んだり、悲しんだり、共感したりする。
そして、明日への力とする。

「映画」や「小説」や「お芝居」を見るのは、
まさに「物語」に出会うことを
求める人の欲求があるからだろう。

これは、学習運動にもヒントとなることだ、とも思う。
労働運動や政治革新の運動、そして学習運動も、
「人がつくり、つないできた」ものだ。
当然そこに、人びとのつくりだす「物語」がある。

その「物語」を若い世代へと語り伝えることが、
いま重要になっているのではないか、と思う。

…少し本の紹介からはずれたが、
この本はすばらしく面白く、いろんなことを教えてくれる。
しかも362円+税と、コーヒー1杯のお値段。

みなさん、はっきりいって、この本は買いですよ!!
だまされたと思って読んでみてください。



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2007年12月17日 (月)

こつこつと学習会

土曜日(15日)は、先月からはじまった
民青同盟の学生班対象の学習会
2回目がありました。

この日は岡山大学の学生さん3人のみ
でしたが、新しい人も参加してくれ、
おたがい自己紹介しながらの学習会でした。
ウワサのめぐちゃんに初めて会えました。

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 民青の事務所に
 すみつく“ぶーにゃん”。

 ストーブの前に
 陣取っていた。



この日の内容は、
「科学的社会主義入門その2-労働論と経済学を中心に」
ということで話をしてみました。


以下、項目のみご紹介。

一。人は、なぜ働くのか-個人的経験や主観を社会的認識にまで高める
 1。働く人びとに支えられ
 2。資本主義社会は、高度に分業が発達した社会
 3。労働そのものが、人間をつくりだした

二。資本主義社会のしくみと労働のあり方
 1。資本主義社会における生産活動の特徴
 2。なぜ、もうけ第一主義になるのか
 3。もうけ最優先の競争は何をもたらすのか
 4。資本主義は永遠ではない-マルクスが行った経済学の変革
 5。「資本主義でいいのか?」を問う世界的な動き
 6。資本主義の「墓堀人」は、労働者階級


少人数の学習会はやはり楽しい。
こつこつとやっていきましょう。
次回は1月26日(土)、憲法について勉強します。


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東儀秀樹かっこえー

先週、恒例のDoCoMoクリスマスコンサートに行った。
会場は岡山シンフォニーホール。

主役はもちろん、
coba
いかしたアコーディオ二ストだ。

なんか毎年恒例になっているコンサートで、
私も慣れているため、チケット発売日の
開始時間すぐに予約して口座振込みで
お金を入れれば、かなりいい席を予約できる。

今年はなんと2列目。しかも真ん中の
ほうだったので、かなりいい位置だった。

ちなみに、昨年のコンサートはこちら→「
スタンディング!

Dscn3431
 今年のスペシャルゲストは、
 雅楽師の
東儀秀樹と、
 アーティストの
大黒摩季

 とくに、東儀秀樹は
 すばらしくかっこよく、
 雅楽とcobaのアコーディオン
 とのコラボレーションも
 最高でした。

 大黒摩季の歌声も
 さすがですな。

 どちらも私ははじめて
 お目にかかりました。


そしてもちろん、愛するcobaの演奏は
相変わらず、すごい! 聞きほれますわ。

来年は誰がゲストかなー。
年に1回の楽しみです。



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2007年12月14日 (金)

ナイチンゲールを語る

きのうは、午後1時半より、岡山協立病院の
卒後3年目看護師研修
の学習会に行ってきました。
(労働組合ではなく、病院の研修会です)

与えられたテーマは、な、なんと、
「ナイチンゲールの生きた時代背景
     ~ナイチンゲールから引き継ぐもの~」
です。

現役看護師さんの前で、看護師でない私が、
ナイチンゲールについて語るなんて、
いったいだれが予測できたでしょう(笑)
人生というのは、何が起こるかわかりません。

Dscn3429

 休憩時間の
 ときの様子。

 参加は、指導担当者
 ふくめ、12名でした。



午後の眠たい時間帯にも関わらず、
みなさんしっかり聞いていただいて、
ありがたかったです。

とりあえず、私のナイチンゲールへの愛は
伝わったかなと思います(笑)。


以下、長いですが、講義レジュメをそのまま掲載します。
(倍ぐらいあった資料は割愛します)


はじめに:私とナイチンゲール

一。看護であること
 
◇『わたしの手はおだやかです』(絵本)より
    
(アマンダ・ハーン文、マリナ・サゴナ絵、谷川俊太郎訳)

   
これがわたしの手
   
わたしだけのたいせつな手
   
つみとる ことが できます
   
だきしめることも
   
なげることが できます
   
しっかりつかむことも
   
ふせぐことも
   
じぶんの 手のこと わかっているかな?
   
手は わたしが いなければ なにも できません
   
手は わたしが してほしい ことを してくれます
   
あそびたいときは つくったり つかんだり かくしたり
   
はたらくときは たたいたり かいたり かぞえたり
   
それはどれも わたしが えらんだこと
   
わたしは えらびません・・・
   
ぬすむこと おしのけること きずつけること ひったくること こわすこと
   
わたしはすき かわいがるのが なでるのが
   
くすぐるのが わけあうのが わたしの手で
   
だから わたしの 手は おだやかです

     
「ふだん私たちはあまり意識せずに手を使っていま
     す。でも気がついてみると、手にかかわる言葉はい
     っぱいあります。『手当て』『手伝い』『手に入れる』
     『手を抜く』『手を焼く』などなど、あげ始めるときりが
     ありません。からだの一部である手は、人間のさま
     ざまな行為のたとえにもなっていて、手は使い方ひ
     とつで良くもなれば悪くもなるのだということを、この
     絵本は教えてくれます」(谷川俊太郎)

 
◇“看”という字……どのような手と目の持主か

   
「救貧院の病人は救貧院居住者であってはならず、
   たんなる救貧院居住者として世話されてはならない
   のであって、彼らは貧しい病人として、治るものであ
   れば治癒すべき病人として世話をうけ、またたとえ
   治癒できない病人であってもキリスト教国にふさわし
   い病人として手当てを受けるべきである。…しかし病
   人の世話をするには建物だけあればよいのであろう
   か? そこには心と手、訓練されて熟練した手が必
   要である。大英帝国のどの救貧院でもまたその他の
   病院でも、当然そのような手と心の持主によって看
   護がなされるべきである
    
F・ナイチンゲール『アグネス・ジョーンズをしのんで』)

   
「教育の仕事は別として、世の中で看護ほどに、そ
   の仕事において『自分が何を為しうるか』が、『自分
   はどのような人間であるか』にかかっている職は、ほ
   かにないからです」
     (
F・ナイチンゲール『看護婦と見習生への書簡〔1〕』)

 
◇私(私たち)は、どこに向かって進んでいるのか
                       -たしかな羅針盤が必要

   
「自分の部屋で静かに、その1日を神に捧げるため
   に、数分間静かな思索の時をもちなさい。ますます
   忙しくなってくる生活の中でこそ、これはどうしても必
   要なことなのです。『あわただしく』生きているときこ
   そ、私たちは1日に1回や2回は息つく時間をとって、
   自分がどこに向かって進みつつあるかを思う必要が
   あるのではないでしょうか? 後半生に向かってそ
   の土台を築きつつある今こそ、私たちの人生にとっ
   てまさにいちばん大切な時なのです」
      
F・ナイチンゲール『看護婦と見習生への書簡(2)』)

  
*「看護とは何か」「なんのためにこの仕事をするのか」
    …ナイチンゲールの看護観やその生き方は、私たち
     に、『ぶれない羅針盤』となるものを、教えてくれる。

   
「1968年、小玉香津子訳『看護覚え書』第1版第1刷
   を手にしたとき、それまでの十年間、心の奥底にイン
   プットしたまま忘れかけていた幼い患者へのケアの意
   味に通じる記述に出会いました。以来、本書は私の折
   々の羅針盤となって今日に至っています。精錬を重ね
   変化する訳語の推移はあるものの、私の心に刻まれて
   いるナイチンゲールの多くの言葉は、今でも、この小玉
   訳の初刷の『看護覚え書』です。それほど強烈に自分
   の実践例とリンクしてしまったといえるかも知れません。
    
その後、『ナイチンゲール著作集』に収蔵されている
   他の論文の行間からも多くの実践の根拠を見出してき
   ました。それは何よりも、ナイチンゲールの論理の鋭さ
   と確かさによるものであり、時経てなお、新しさを実感さ
   せるからにほかなりません。また、彼女の言葉を教条的
   に受け止めて実践するというよりも、経験した事象を自
   分なりに分析し解釈した内容が、ナイチンゲールの言
   葉と重なる場合も少なくなく、看護の本質とは、時代や
   民族背景の相違を越えて存在するものであるとつくづ
   く思うのです
     
(川島みどり『看護を語ることの意味』看護の科学社、2007年)


二。ナイチンゲールの生きた時代
 
1。当時のイギリス社会
  
◇産業革命により、経済活動は発展したが、
    
働く人びとの生活は貧困そのものだった

   
*産業革命とは
   
*労働者階級の状態(資料参照)
   
*貧困と格差がすさまじかった時代でもある

    
「ナイチンゲール自身は、上流階級にぞくしていまし
    たが、さまざまな経験をとおして『貧しき者』の『習慣、
    思想、感情』をやがて理解するようになります。しか
    し、これは当時としては異例のことといってよいでし
    ょう」
    
(長島伸一『ナイチンゲール』岩波ジュニア新書、1993年)

 
2。ナイチンゲールが看護師になるまで-別紙資料参照

三。ナイチンゲールから何を受けつぐのか-今日的視野で
 
1。視野の広さと深さ-看護とは何かを原理的に明らかに
  
◇ナイチンゲールの5つの顔(ナイチンゲール看護研究所HPより)

   
①看護発見者としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールは、すぐれた看護婦でしたが、その前
    に『看護とは何か』を発見した人として記憶されなけれ
    ばなりません。
     
ナイチンゲールは、看護婦になりたいと決心してから、
    実際に看護婦として臨床現場に立つまでの間に、なん
    と15~16年という歳月が経っていました。しかしその間
    のナイチンゲールは、自分なりの学習を積み重ね、多
    くの施設を見学し、統計表に目を通し、当時の患者が
    おかれた実態の把握に努めたのでした。そうした努力
    の結果として、さらにはクリミア戦争での実体験を経て、
    ナイチンゲールには看護の本質や原理がはっきりとみ
    えたようです。まさにナイチンゲールは看護を発見した
    人なのです。
     明らかにされた看護の定義は、人類史上初めて『看
    護覚え書』(初版は1859年)という書物の中に書き記さ
    れました」

   
著述家としてのナイチンゲール
    
「その際立った特徴は、なんといっても150点にも及ぶ
    著作を書き残し、さらには1万2000点もの手紙を書き残
    したことにあります。ここにナイチンゲールが著述家とい
    われる所以があります。
     
しかも、ナイチンゲールが著した書は、決して看護に
    関するものばかりではありませんでした。もちろん看護
    に関する書物は
47点もあるのですが、そのほかに病院
    に関する文献、建築に関する文献、統計学に関する文
    献、社会学や福祉や宗教に関する文献まで、彼女が手
    がけた領域は多岐にわたっています。さらにそれらの内
    容はどれもが第一級で、一作一作がそれぞれの領域
    において、名著であるばかりでなく、普遍的(古典的)な
    価値が高く、後世の専門家たちの間で継承され、今日
    に至っているというのが実態なのです」

   
③統計学者としてのナイチンゲール
    
「これもほとんど知られていない事実ですが、ナイチン
    ゲールは、若いころから数学と統計学がたいへん得意
    な人でした。
19世紀の初頭にめざましく進展してきた統
    計学に関心を寄せ、当時著名な統計学の権威者であっ
    たケトレに私淑し、その思考を伸ばしたという経緯があ
    ります。クリミアに従軍する前から、彼女が抱いていた
    テーマは、国民の衛生状態を正確に知ったうえで、その
    対策を考えることにありました。ですから死亡率や疾病
    率、人口統計などの正確な数値を表現する手段との出
    会いは、ナイチンゲールにとって歓喜すべき事態だった
    に違いありません。
     ナイチンゲールの統計学者としての実力は、スクタリ
    の地における看護実践に大きな意味を与え、兵舎病院
    の衛生改革がいかに兵士たちの死亡率を下げたかに
    よって証明されました。ナイチンゲールは誰が見ても一
    目瞭然である独自の図表を考案し、事実が持つ意味を、
    数値と統計表で人々に訴え、納得させたのでした。
     統計学者としてのナイチンゲールの働きは、
クリミア戦
    争から帰国した後、最大になりまし
た。彼女はベッド上で
    の生活を余儀なくされな
がら、イギリス全体はもちろんの
    こと、数多い
植民地の衛生状態を調査し、資料を分析し
    て事
実の意味を探り、人々の健康実現のために必要

    政策を次々と発案していったのです。その衛
生統計学者
    としてのナイチンゲールの業績は、
アメリカでも高く評価
    され、1874年に彼女は
アメリカ統計協会の名誉会員に
    推挙されたほど
です」

   
④管理者としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールが行った看護改革の一つは、看護部組
    織の独立という課題です。看護婦という集団の長は、そ
    の集団に属する看護婦の中から選ばなければならず、
    その看護婦の長は病院組織全体に対して、一定の権限
    と責任をもたなければならないと位置づけました。現在、
    病院の中で看護部が独立して存在するのは、
150年前に
    ナイチンゲールが組織改革をしてくれたおかげなのです。
     さらに彼女は多くの看護上の発明や工夫をしました。ナ
    ースコールを提案したのも、病室にお湯と水がでる水場を
    設けよと提案したのも、ナイチンゲールでした。そして何よ
    りも管理者としてすぐれていたのは、『看護とは何か』が人
    々にわかるように、具体的な形にして表したことです。例え
    ば、リネンの交換の頻度とか、病院の食べ物のメニューと

    か、食欲のない患者さんへの食べさせ方など、実に彼女
    は実践的な指導者でもあったのです」

   
⑤病院建築家としてのナイチンゲール
    
「ナイチンゲールの知られざる顔の最も冴えたる面は、彼
   女が
"病院建築家"であったという事実です。ナイチンゲー
   ルが考案した"ナイチンゲール病棟"は、『病院覚え書』(改
   訂版・1863年)に図面入りで記されています。
    ナイチンゲールは、
『病院は患者に害を与えてはならない』
   
と訴え、その最たる害は病院の建築構造
によるものだと考
   えました。空気の
よどみができるような建物の構造で
は、そ
   の中で療養する患者の回復過
程は順調に進まないばかりか、
   汚れ
た空気が身体の回復の妨げになると
いうのがその根拠
   です。ではどのよ
うな構造の病院を造ればよいと考え
たので
   しょうか。
    
ナイチンゲールが考案した病院建築物は、なんと間仕切り
   なしの200畳もの広さをもつワンルームであり、患者のベッド
   1つにつき、1つの窓がセットされるという構造でした。ベッドは
   病室の左右にそれぞれに15ずつ並んでおり、一つひとつの窓
   は高い天井まで延びた3層の窓でした。一番高い3層目の窓
   を常時開放しておけば、病室の空気はいつでも外の自然の
   空気と同じ新鮮さに保たれるように設計されていたのです。
    さらに『病院覚え書』には、患者一人の療養空間として相応
   しい数値(面積では約6畳分)や、ベッドの高さやベッドとベッド
   の間の距離についても、理想的な計算値が述べられていま
   す。ここで特筆すべきは、これらの図面がただ単に理想的な
   病院構造として描かれたのではなく、この"ナイチンゲール病
   棟"は、当時の聖トーマス病院をはじめとして、世界中の病院
   建築に取り込まれ、実際の建物として現実的に機能したとい
   う点です。まさにナイチンゲールは病院建築の設計士であっ
   たのです」

  
*ナイチンゲールはなにを実践したのか-看護の定義から

    
「看護がなすべきこと、それは自然が患者に働きかけるに、
    最も良い状態に患者をおくことである」(『看護覚え書』)

    
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静けさを
    適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容
    を適切に選択し適切に与えること。こういったことのすべ
    てを患者の生命力の消耗を最小にするように整えること
    を意味すべきである」(同上)

   
*現代社会において、患者の生命力を消耗させるのは、
    病気だけではない。
    
・格差と貧困、家庭生活、地域社会、長時間労働、
     生活と労働の場でのストレス、
居住環境、
     改悪され続けてきた医療制度・社会保障、医療労働者の労働条件…

  
◇その生命観-資料「ナイチンゲールの生命観について」
                        (『著作集月報1』小南吉彦)

 
2。虐げられた人びと、貧しい人びとへの愛と科学
  
◇ふたたび資料から

  
◇現代日本の医療難民、そして貧困層を生み出している社会を
   ナイチンゲールは、どうみて、どう行動するだろうか。

    
「何千何万の苦しんでいる人びとの存在を思う時…農民た
    ちの小屋という小屋には、同情さえも受けつけない苦しみ
    が満ちているのを目にする時・・・こんなことなら、死よりも
    生の方がいっそう侘しいというものです」
                
1844年7月、クラーキー宛の手紙より)

 
3。生涯を通してたたかい続けた情熱-その原動力は何か…


さいごに:みなさんの日々の奮闘に敬意を表して
         
・・・看護は、終わることがない、ひとつの道


以上。


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2007年12月13日 (木)

現場の悩みは具体的

きのう(12日)の晩は、
福祉保育労岡山支部の執行委員会がありました。
会場は岡山市内のA保育園。参加は8名。


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 手づくりの
 炊き込みご飯風
 おにぎりと、
 串カツ!

 おいしく
 いただきました。




そして・・・最近、絵本に興味関心が高まっている
私としては、見逃せないものが!!


Dscn3427_2 
 おお!あるある、
 保育園は
 宝の山だわさ。

 さっそく
 いろいろ物色する。



最近読んだ『絵本屋の日曜日』(落合恵子、岩波書店)でも
紹介されていた絵本が何冊もありました。
おー、おーと心の中で叫んだ私(外にはださず)。
あまりじっくりは見れなかったけど、
とりあえず何冊かはチェックできました。
今後にいかすことにしよう。

さて、かんじんの学習会は、
「みんなで討論、みんなで決定、みんなで実践」
ということで、組合民主主義について学習しました。

といっても、最近学習の友社から出版された
『あなたとすすめる労働組合活動』の第5章の
読みあわせをして、若干のコメントをしただけなのですが。

で、読みあわせをしたあとに、
それぞれの分会や職場の状況が語られたのですが…。
やはり、現場の悩みは非常に具体的で、
一筋縄ではいかないことが多いなと。

だんだん話が暗くなっていったのですが、
でも話をしていると、いろいろヒントとなるものが
でてくるものです。私も勉強になりました。

その現場の苦労や悩みの力となれる
学習運動が求められているなー。


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差し入れさんきゅう

きのうの夕方、私は1日事務作業でふーふー
いっているところに、がやがやと人が入ってきた。

飲み会の待ち合わせ場所が学習協事務所という
ことだったらしい(笑)。

このブログに何度か登場しているSくんが、
差し入れのケーキをもってきてくれた。

Dscn3422 Dscn3423







お茶が入るのをまってパクつく。

なかなかおいしいモンブランであった。
まんぞく、まんぞく。


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2007年12月12日 (水)

著作集読み終える

最近読み終えた本。

『ナイチンゲール著作集 第三巻』(現代社、1977年)

ついに、著作集読み終えました!
ナイチンゲールの巨大な思想と実践に、
ただただ、たちつくすのみです。

本書に収められているのは、
 *インド駐在陸軍の衛生(1863年)
 *インドにおける生と死(1874年)
 *思索への示唆(1860年)
 *アグネス・ジョーンズをしのんで(1871年)
 *看護婦と見習生への書簡(1872~1900年)


「思索への示唆」はまったくの哲学論文です。
ナイチンゲールは哲学者でもあるのです。
難しかったけど。

この中で必読はやはり「看護婦と見習生への書簡」でしょう。
ナイチンゲール看護学校(世界で初の看護学校)の
学生へ、ナイチンゲールが送った手紙集です。
「看護とは」「看護婦とは」を縦横無尽に語っています。


本書で印象に残った言葉。

「私たちに私たちの苦しみをください、心をこめて
私たちは天に向かって叫びます―
無関心よりも
苦しみをください
―と。無からは何も生まれませ
んが、苦しみからは癒しがもたらされます。麻痺
よりも苦痛のほうがずっとましです。
努力すること
100回、そして波にのまれてもよいのです。そう
すれば人は新しい世界を発見するでしょう
。磯辺
に無為に立ちつくすよりよりも、新世界への道を
先触れしながら波にのまれて死んだほうが10倍
もよいのです」(『思索への示唆』)

…天性の実践家であったナイチンゲールらしい叫びです。


満足しないこと自身、ひとつの与えられた特権と
いえないでしょうか?
 そのとおりです。あなたの
種族、人類のために苦しむのは、ひとつの特権で
す―それは、救世主や殉教者たちだけのもので
はなくいつの時代でも多くの人々に担わされてき
た特権なのです」(同上)

…深い。


私たちは、今年は昨年よりいくらかは高慢心が弱
くなりました、とほんのお世辞にでも自分に対してい
えるでしょうか?
 1872年には、高慢にならないよう
に精いっぱいの努力をしたでしょうか。それは自分
でわかることでしょう。1873年になって、私たちの高
慢心はさらに弱くなりましたか。何か特別に頭をひね
って考えるほどのこともないことですが―私はごく当
たり前のことをお尋ねしているからです―
いったい私
たちの高慢心というものは自分の無知と正比例して
いるとは思いませんか? なぜなら、本当に何かを
知っている人は、かえって自分の知っていることがほ
んのわずかでしかないことを、よく知っているものだ
からです
」(『看護婦と見習生への書簡(2)』)

…2007年は、高慢にならないように精一杯努力したか。
2008年は2007年より、高慢心が弱くなったと言いたい。
(自戒をこめて)


新しい年のくるたびに、私たちひとりひとりは、自分
のあり方を『棚おろし』して吟味してみようではありま
せんか
。そうして常に、自分の看護のありようを、良
心の計りにかけてみようではありませんか。…
優れ
た看護婦というものは、自分の看護婦としての生命
が終わるまで、自分の看護を“吟味”し、また新しい
ものを学び続けるものなのです

 この新年の『棚おろし』の方法としては、つぎのよう
に自分に問いかけてみようではありませんか。『自分
はこの仕事を選んだときの心の動機を今でも保ち続
けているだろうか? 自分はこの仕事をたんに毎日
過ぎればそれでよいものと考えてはいないだろうか?
自分は今でもこの仕事を神に与えられた仕事だと思
っているだろうか? たんなる惰性によってではなく、
自分のためや名誉のためでもなく、引具をつけられた
家畜のように、他の人がしているから“仕方がないか
ら”自分もするというのでもなく、本当に“他の人々の
幸せのために”日常の仕事にひたすら励んでいるだ
ろうか?』」(『看護婦と見習生への書簡(6)』)

…新年に、自分のあり方を棚おろしして、吟味する。
08年元旦、しっかり考えてみよっと。

「他の人々の幸せのために」はもちろんその通りです。
が、それが行き過ぎると自分を追いつめかねないので
注意が必要。自分も大切に!


とにかく、ナイチンゲールは人類史上、まれにみる
偉大な女性であったことは、間違いありません。
こんな学びに出会えて、ほんとうに幸せです。



『チュニジア 旅の記憶』(高田京子、彩流社、1992年)

『地中海浪漫-イベリア半島からモロッコ、チュニジアへ』
                  (滝口鉄夫、新評論、1997年)

だんだんチュニジアの雰囲気がわかってきました。
でも、アラビア語はまったくわからん!

あいさつ程度はできるように、にわか勉強します。


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2007年12月11日 (火)

派遣事業所が倍増

本日(11日)の山陽新聞より。

雇用破壊は岡山でも昇竜の勢いで
すすんでいる、という一つの数字。

これでは、ただでさえ手薄な監督行政も、
まったく現状に追いつかないということに
なってしまう。

たたかわねば。


労働者派遣事業所が急増 2年で倍 岡山県内
法令周知を徹底 岡山労働局


 
岡山県内の労働者派遣事業所2004年
度から2年間で2倍以上に増え、本年度中に
1000の大台に達する見込み
となった。改正
労働者派遣法施行(04年)で
製造業向けの
派遣が解禁されたことや、人件費削減を求め
る受け入れ企業のニーズが背景にある
とみら
れる。ただ、労働者への就業条件提示の不徹
底など、関係法令の理解が不十分なケースも
目立ち、岡山労働局は周知に力を入れている。
 
同局によると、県内の派遣事業所は04年度
に368だったが、06年度は766に倍増。本年
度は11月末現在で967に上っている。
 
昨年以降、労働者派遣なのに請負契約を装
うなど違法な「偽装請負」が全国で表面化した
のを受け、企業が請負から派遣への切り替え
を進めるケースが増加
。これに連動する形で、
県内でも労働者派遣業の許可や届け出をする
動きが出ているという。
 
一方、派遣元に対する同局の指導内容をみ
ると、契約書に労働者の雇用期間を明記して
いなかったり、労働者に時間外労働などの就
業条件を示していないなど、「法令違反に当た
るケースも少なくない」(需給調整事業室)。本
年度の是正指導は11月末現在、41件(06年
度36件)に上っている。
 
このため、同局は14日、派遣元を対象に法
令周知の研修会を岡山市で開催。今後も派遣
先に出向くなど指導監督を強化する。


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2007年12月10日 (月)

思いだした言葉

たったいま、「おお!」と、思い出した言葉があるので、
書いておきます。

「ある人が、子どもの可能性の問題に触れて、
教師があらかじめ用意した学習の内容によっ
て、これこれの進歩があるだろうと予測できる
ような変化は、ほんとうの可能性とはいわない

ほんとうの子どもの可能性とは教師の予測を
はるかに越えたとてつもなく大きなものである
という意味のことをいってるんだよね」
         (灰谷健二郎『砂場の少年』)

もちろん、労働学校の参加者は「子ども」では
ないけれど、74期の労働学校の受講生や
運営委員が、2か月間の学びを通して変化
していく様子は、この言葉を連想させてくれました。

この言葉を思い出したこと自体が、今期の
労働学校の「成果」をしめしているかも。


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74期労働学校の修了式

土曜日(8日)は、74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
修了式&修了コンパがあり、16名が参加しました。

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 2か月間にわたる労働学校
 でしたが、中身はたいへん好評で、
 受講生のみなさんから口々に
 語られる言葉は、とても感動的な
 ものでした。





Dscn3400
 一人ひとりが、3分~4分で
 今期の修了発表を行いました。

 こちらは
 運営委員長のN崎さん。 



「毎回楽しみにきていた。知ることが本当に
多かった。日本の戦争について知れば知る
ほど、今普通に送れているの生活が幸せな
ことなのだと気づく。『ハルモニからの宿題』
という本を読んだが、一人ひとりが何をした
らいいのか、深く考えさせられた。何かやら
なければと思った」

「入学式の女子大生の真剣に学んだことを
伝えようとする姿勢がいまでも印象に残って
いる。長年活動をしてきて、知っているつもり
だった日本の戦争について、まったく知らな
かったということがわかった。学び続けること
が大事だなと思う」

「一般のメディアでは知ることができないこと
を、この労働学校では知ることができる。戦
後何十年たっても、日本の社会はあまり変
わってないのではないか、とも思う」

「津山から通ってくるのはたいへんだったけ
ど、たいへん勉強になった。私は情報を出し
てばかりで、自分が学習していないと思った。
労働組合でも、若い人たちは、『なぜ労働組
合が平和活動をしなければいけないのか』と
いう疑問をもっている。しっかり語っていきた
い」

「教育の大事さをあらためて感じた。他の国
の人は、自分の国の歴史についてよく知って
いるけど、日本人は、日本が起こした戦争に
ついて、ほとんど知らないでいる。入学式の
学生の話には感動した。人の痛みのわかる
人になりたいし、そういう社会にしたい」

「今まで歴史は大嫌いだったけど、それが変
わった。暗記ものだった歴史の背景やつなが
りを知ればおもしろいことがわかった。知らな
いことがたくさんあって、興味関心をもつこと
の大切さを学んだ」

「みんなの成長が感じれた。私も負けないよ
うにがんばりたいと思った。岡山の戦争の
歴史も語り継いでいけるようにしたい」

(など、私のメモ書きより)

そして、修了発表のさいご、運営委員長の
N崎さんの話しは、感動的で、胸をうたれました。
以下メモより。

「私はまだ自分の思っていることを的確には話せ
ない。思い起せば2か月前、入学式の女子大生
の話しは、彼女たちの言葉で、熱く伝わってくる
もので、『私はどうなのか』とつきつけられた思い
がした。労働学校期間の生活は、家が遠いし、
帰りが遅くなるので正直しんどい部分もあった。
今まで、見ている側だったのが、主体的にやる側
になって、たいへんさがわかった。自分には『長』
がつくものはできないと思っていた。けれど、それ
は思い込みだったのかなと思う。中盤ぐらいでは、
『なにもかも中途半端ではないか』と悩む日々が
続いた。でも、あるとき、『やるしかない!』と思っ
た。それは私のたどりついた答えで、おいつめら
れてのやるしかない、ではなく、前向きな、希望と
してのやるしかない、だった。原動力となったのは
『信頼』ということ。他者を信頼することが、自分を
信頼することにつながった」

こんなことを話すなんて、
まったく想像できなかった。
N崎さんおつかれさま、ありがとう。


Dscn3407
 続いて、
 修了証書の授与に。

 みなさん、たいへん 
 おつかれさまでした。





Dscn3413
 そして、そのまま
 修了コンパへ。

 クリスマスカードの交換や
 労働学校クイズで
 激しく盛り上がりました。


今期参加された多くのみなさん、
ほんとうにありがとうございました。

ぜひ労働学校で学んだことを
職場や地域で生かしていってください。
そして、また来年5月開校の75期で
お会いしましょう!!


Dscn3420
 修了コンパ2次会の様子。
 会場を変えて、居酒屋に。

 2次会からの参加をふくめ
 こちらも16名の参加でした。





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2007年12月 8日 (土)

ワーキングプアⅢ

すでに宣伝されていますが、
「ワーキングプアⅢ」が16日に放映されます。
サブタイトルは
「解決への道」となったようです。

よりつっこんだ問題提起があるのだろうか。
倉敷医療生協も取材を受けたそうですが、
はたして放映はされるのか…。

NHK総合 12月16日(日) 21:15~22:29
番組HPはこちら↓
http://www.nhk.or.jp/special/onair/071216.html

以下、HPより。

 去年2回にわたって放送したNHKスペシャル
「ワーキングプア」は、日本で拡大する働く貧困
層”の実態を伝え、大きな反響を呼んだ。今回
の「第3弾」では、
海外にも取材を広げ、問題解
決に向けた道筋を探る


 ワーキングプアの問題は、グローバル化が進
む中、日本と同じように市場中心の競争を重視
する世界の国々でも、今や共通の課題となって
いる。非正規雇用が急速に拡大する韓国では、
低賃金の生活に耐えきれず自殺者が続出して
いる。世界経済の中心・アメリカでは、IT企業の
エリートまでもが海外の労働者との競争に晒さ
れ、低賃金に転落している。

 こうした国々では、問題解決に向けた対策も
始まっている。米ノースカロライナ州では、地域
全体で医療関連産業とその人材の育成に取り
組み、ワーキングプアのための新たな雇用を創
出した。貧困の連鎖が進むイギリスでは、子ど
もから大人まで手厚い保護の網を張り、国を挙
げて貧困の撲滅に乗り出している。そして日本
でも、ようやくこの問題を「社会の責任」と受け
止め、ワーキングプアの人たちを支えようと模
索する地域や企業も出てきている。

 
番組では、世界と日本の最前線の現場にカメ
ラを据え、直面する課題と解決に向けた取り組
みを追う
。そして各国の識者の提言も交えなが
ら、ワーキングプアの問題とどう向き合うのか、
もう一度、国民的議論を呼び起こす。




なかなか影響力の大きい番組だけに、
しっかりチェックが必要です。


10日
には、「ワーキングプアⅠ&Ⅱ」ということで、
昨年放送した2回の特集を再編集して放映する
ようです。こちらも録画が必要ですな。

番組HPはこちら↓

http://www.nhk.or.jp/special/onair/071210.html


NHK総合 12月10日(月) 22:00~23:28



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2007年12月 7日 (金)

がんばる運営委員たち

今夜は労働学校の運営委員会があった。

今期は4人のメンバー(うち初運営委員2名)で
募集をふくめると約4か月間、活動してきた。

Dscn3395_2 
 今日の会議で今期は17回目。
 毎週木曜日の労働学校
 にくわえ、毎週必ず(金か月に)
 運営委員会議をするので、
 週2回は労働学校デー。
 ハードな日々が続く。

しかし、この濃密な労働学校づくしの数か月は、
運営委員会の団結をつくりだす。

労働学校の運営委員の仕事は
とにかく多岐にわたり(受講生への声かけ、
毎週のニュースづくり、当日の運営など、もちろん募集も)、
団結なくして乗りこえられないという必然性がある。

最初の会議のギコチナサにくらべると、
終盤になると、明らかに雰囲気が違う。
自分のことをしっかり語るし、遠慮なく
バトルがくり広げられる。

そして、今期の運営委員長のN崎さんは、
見事な成長ぶりで、労働学校で存在感を
しめすまでになった。
(N崎さんは、11月号の『友』の「かがやい
ています」コーナーに登場しています)

N崎さんは、私が指定した「課題図書」も
しっかり読んできて、感想を運営委員会で
語っていた(独習交流を会議の冒頭にしている)。


人が変わるって、やっぱステキなことだ。
労働学校の力はすごい。


さて、明日はいよいよ、修了式。
楽しみだ。



Dscn3396
 私はいつも
 この位置から
 議論を聞いています。

 たまに発言します。




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2007年12月 6日 (木)

変えるのは私たち

74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の
第9講義(最終講義)が今夜、ありました。
参加は15名。うーん、残念!


Dscn3390_2 


 






講義は「
靖国問題と政治対決-変えるのは私たち
というテーマ
で、私が担当しました。

しめくくりにふさわしい講義になったかどうかは、
参加者のみなさんに聞いてみないとわかりません(笑)


以下、講義の概要。


一。「戦後」は、まだ始まったばかり
 
1。冷戦構造の崩壊で表面化した戦後責任問題
  
◇冷戦時代は被害者個人個人が、責任追及に名乗り出る
    ことは困難だった
   
*たとえば、韓国ではじめて元「慰安婦」として名乗り
    出てきた金学順(キム・ハクスン)さんのカム・アウト
    は、韓国社会の民主化と女性の権利の高まりなしに
    はありえなかったといわれている。
   
*戦後半世紀、冷戦構造が保護膜、バリアーとなって、
    日本は侵略戦争と植民地支配の被害者に直接告発
    されることなくすんでいたということ。
    
・韓国は朝鮮戦争、反共軍事政権
    
・中国は内戦
    
・東南アジアは疲弊、ベトナム戦争
    
・アメリカは反共の砦として日本を育てるために、戦後
     賠償を最小限にさせる

  
◇90年代以降に噴出してきた、アジアからの、謝罪・賠償を求める声
   
*「戦争を知らない世代」の人は、こうした声に当惑したり、
    反発を覚える人も出てくるのはある意味普通の感覚。
     「
なんで今ごろになって」「何べん謝ればいいんだ」
     「そんな昔のことを言われても、自分には関係ない」
     「自分の身に覚えのないこと」
     
1995年の高市早苗議員の「自分は戦争当事者とは
      いえない世代だから、反省しろと言われても反省で
      きない。反省するいわれもない」という発言も、まった
      く理由のないところからでたものではないといえる。

 
2。応答可能性(responsibilityレスポンシビリティ)としての責任
  
◇すべての人間関係の基礎には、言葉による呼びかけと
   応答の関係がある
   
*「呼びかけを聞いたら、応答する」というのは、最低限の
    信頼関係の基礎
   
*相手からの呼びかけを無視することは自由であり、犯罪
    でもないけれど、当然、それによってなんらかの結果(信頼
    関係が傷つくなど)が生じる。
   
*他者の呼びかけに応答することは、プラスイメージで、人
    間関係を新たに作り出す、あるいは維持する、あるいは作
    り直す行為、他者との基本的な信頼関係を確認する行為
    であると考えられる。

 
3。「日本人としての」戦後責任
  
◇応答可能性としての戦後責任
   
*アジアの人びとの呼びかけ(謝罪や賠償の要求)に、日本
    政府は「応答」しているだろうか。(呼びかけられているのは、
    日本人個人ではなく、日本政府)
   
*石川ゼミも参加した水曜集会での、日本大使館の風景が、
    ある意味象徴的
   
*「呼びかけ」をされているということは、「関係をつくりなおし
    たい」という意志が「まだ」あるから。救いはそこにある。私
    たちは、どう応答するのか。

  
◇日本政府をつくっているのは誰か-「私はカンケイナイ」と言えるか
   
*「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を
    通じて行動」(憲法前文)
   
*私たち一人ひとりに、応答可能性としての戦後責任が課せられている

  
◇自国の戦犯を自分たちで裁いてきたドイツ
   
*ドイツでは、ニュンベルク裁判、そして占領各国による継
    続裁判が終わってからも、ナチ犯罪を自ら追及し続け、90
    年代にいたるまでに、10万件をこえる容疑を捜査し、
6000
    件をこえる有罪判決を下してきている。
   
*日本は、どちらもゼロ。日本人自身が行った裁きとしてはゼロ。
   
*『あたらしい憲法のはなし』は戦争責任について書かれているか

 
4。靖国問題と政治対決
  
◇いぜん、靖国派が多数をしめる福田内閣(資料参照)
   
*しかし、世界的には孤立。対面的にはとりつくろいをせざるをえない。
  
◇近々行われるであろう、総選挙では、こうした政治に終止符
   をうつ絶好のチャンス


二。「痛み」を「想像する力」を
 
1。「痛み」は数値化できない
  
◇アジアの人びとが、日本の戦争によって受けた「痛み」への想像力
  
◇あらゆる戦争被害者の「痛み」

 
2。「弱者の痛み」への「連帯」はあらゆる分野での課題
  
◇貧困と格差、過労死、メンタル、雇用差別、女性差別、
   パワハラ・セクハラ…
   
*「痛み」への想像力と連帯…人間だけができること

    
「痛みが結ばれる時、痛みは無駄でなくなる。痛みの壁は
   想像する力によって越えられる。痛みの向こうに、痛みに連
   帯する未来の人間性への希望が見えてくる
     (
『痛みの声を聴け』外須美夫、克誠堂出版、2005年)


さいごに:ヴァイツゼッカー演説と、日本国憲法前文
      
学びと行動を一人ひとりが主体となって
                   -「知った」だけで終わらせない


以上。


参加者の感想。

「『自分には関係ない』『もう謝罪はしている』と言う
人の多くは、冷たい人なわけではなく、『ある意味
普通の感覚』をもっているという見方で接していき
たいと思いました。知らないから誤解や偏見が生
まれる。もっとたくさんの人に事実を知らせて、一
緒に考えていきたい。そして、最終的には、本当に
私たちの願いを実現できる“代表者”を選べる日本
に・・・」

「痛みを想う、想像する。過去に目を閉ざす者は、
現在にも盲目となる。日本国憲法前文が生かされ
る日本にしたい。知っただけでなく、生かしていき
たい」

「想像しようとしない人が多いような気がします。特
にアジアの人たちに対しては。にしても、福田さん
もタカ派だったとは!いくら表面だけをとりつくろっ
ても、日本はアジアの中で孤立していくのではない
でしょうか」


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2007年12月 5日 (水)

『友』が増えたぁ

きのう、岡山市内のとある労働組合から、
「執行委員会で学習会をしたいのできてほしい」と
電話があった。

結局、二転三転して、日程があわなかったのだけれど、
いろいろ話を聞いてみると、職場での組織率も5割程度で、
執行委員会のところでの意識もかなり立ち遅れていて、
「基本のところの勉強をしないと、職場で語れない」という
ことだった。

学習会は来月にもちこしになりそうだけれど、
今日、「四役のところで『友』をとりたい」と連絡があり、
『学習の友』が4部増えた。

その職場は少し遠いところにあるのだけれど、
電話をしていただいたKさんがずっと『友』を購読していて、
毎月配りに行っていた。
そんなことも、下地としてあったと思う。

『学習の友』は最近、より読みやすく、
使いやすくなっている、と思う。
ぜひご活用くださいませ。


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2つのパスポート

11年ぶりにパスポートをつくった。
前回は96年。
前に勤めていた会社の社員旅行で
上海に行ったときだった。

Dscn3386

 2つのパスポートの、
 私の写真を見比べて
 みると、
 この11年で、見事に
 「おっさん化」が
 すすんでいることがわかる。


11年前に訪れた上海も、ビルの建設ラッシュで
「すごいことになっとるなぁ」と当時思ったが、
今は想像できないぐらい、世界的な大都会になっているのだろう。

10年という月日は、
日常では感じない変化を実感させてくれる。

さて、また10年後につくるであろう
パスポートに、私はどんな顔で登場するのだろう。
楽しみでもあり、恐怖でもある。


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2007年12月 4日 (火)

今夜はおでん

なんか寒くなってきた。
きらいな冬がやってきた。

冬といえば、やっぱり「お鍋」や「おでん」。

Dscn3385
 きのう、私が野球の
 日本対台湾をみて
 いるあいだ、
 相方がもくもくと
 つくっていたおでん。

 今夜はこれを
 楽しみに帰ろう。




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2007年12月 3日 (月)

勤通大募集要請まわり

今日(3日)は1日、労働組合訪問の日でした。

東京から勤通大部長の二見さんが来岡。
午前中は倉敷で2か所、
午後は岡山市内の労働組合を9か所訪問しました。

目的は、2008年度勤労者通信大学の募集要請。
主に『新・労組コース』の売り込みです。

合計11か所まわったのですが、今日はめぐりあわせがよく、
書記長、委員長クラスの幹部のみなさんに要請することが
できました。

あわせて、できたてホヤホヤの『08国民春闘白書』(学習の友社)も
22冊売りさばきました。

新・労組コースの反応は総じて良く、あとは具体化へ
むけてしつこく呼びかけていきたいと思います。
この『新・労組コース』は、これまでの9章だてから6章となり、
受講料も2万円から1万2千円となったので、
より受けやすく、学びやすいものになっています。

もちろんテキストの中身も期待できます。
ぜひ県内で200名は募集したいと思います。

二見さんは、明日は広島、あさっては山口のオルグ。
おつかれさまです。島根と鳥取はまかせてください。

あ、二見さんもブログをはじめられたので、
遅ればせながらご紹介します。
こちら→http://shingo23.asablo.jp/blog/



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2007年12月 2日 (日)

有休取得100%の会社

「仕事上やらなければならないこと」が私をとりかこむ。
だんだん追いつめられ感が増してくる。

そして、今日も事務所に出ている私。
学習協の専従なんて仕事は、「労働時間」などという
概念のない仕事で、よく冗談ぽく、
「ホワイトカラー・エグゼンプションを導入している」と
自分で言っている。もちろん、自由度はかなり高いので、
ストレスなどは少ないとは思うけど。

「働きすぎ」はよくない。
資本論でも、「早死にするよ」と書いてある。
馬は8時間しか働けないらしい。動かなくなるそうだ。
うらやましい。

ところで、労働時間にまつわることで、ずいぶん前に、
興味ある記事を朝日新聞で読んだ。

10月12日付の24面。「男たちの時間④」として、
「きちんと休んで成長」している男たちが登場している。

その記事の最初に紹介されているのは、
北海道みやげでしられる
「六花亭製菓」

1300名をこえる従業員がいるそうだが、
18年連続で有休休暇を全員が100%取得している
そうである。
有休の完全取得を前提に新卒の採用数を決め、
年度初めには職場ごとに有休の取得計画をたてるそうだ。

HPの会社概要にも18年連続100%と書いてある↓
             
http://www.rokkatei.co.jp/recruitment/outline.html

以前は総務が有休の達成状況をチェックしていたそうだが、
最近は交代で休むことが、風土として定着しているという。

記事のなかでは、毎年夏に、有休と週休をあわせて、
8日間ほど休み、北海道内で自転車ツーリングを
楽しむ男性社員のことが書かれている。

この会社には、労働組合はないそうだが、
社長の強い意志があった。
朝日新聞の記事で、小田社長はこう語っている。

 「お菓子づくりに休日はなく、クリスマスの時期など
 寝る間もない。腕のいい社員たちが体調を崩して
 去っていった。だから、
休めと本気で旗を振り、人
 も増やした。働く人が健康でないとおいしいお菓子
 もつくれない


もちろん、「六花亭」の会社のことについて、
私は詳細には知らないし、賛美するつもりもないのだが、
しごく当たり前のことを実践している、と思う。
そして、お菓子は美味しい(笑)

未来社会における労働時間の抜本的短縮には、
まだ「夢」的な感じがするけど、せめてヨーロッパ並みの
労働時間にすれば、人にゆとりと笑顔がふえ、
労働運動、社会運動も、より前進の条件が
生まれてくる、と思う。

早く年末年始がこないかな。



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