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2007年10月19日 (金)

日中戦争から太平洋戦争へ

きのうは、74期岡山労働学校「日本の戦争教室」
第2講義が行
われ、21名が参加しました。

講師は先週に引き続き、元高校教諭の徳方宏治さん。
「近代日本の対外戦争(2)-日中戦争からアジア・太平洋戦争」
というテーマでした。

さすが徳方先生!の中身で、私も知らないことだらけでした。
まだまだ勉強不足であります。
ハル・ノートがくる前に、すでに御前会議で開戦決定がなされ、
真珠湾攻撃への作戦が始まっていたとは。


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以下、講義の概要。


1.抗日民族統一戦線の成立と日中戦争
 ①国共の抗争から抗日民族統一戦線の結成へ
  南京国民政府(蒋介石)にょる共産党攻撃
   →1934~36共産党の長征
  1935 共産党の「八・一宣言」
  1936 西安事件(張学良が蒋介石監禁)
  1937 第二次国共合作 抗日民族統一戦線の結成

 ②日中戦争(1937.7) 盧溝橋事件→日中全面戦争
  日本軍華北・華中制圧、南京占領(南京虐殺事件)
  蒋介石の国民政府は南京→武漢→重慶へと首都を移して抵抗
    共産党の八路軍、新四軍
  中国民衆のさまざまな抵抗
  日本軍は主要都市を制圧したものの支配地は「点と線」にとどまる
    日本資源不足に悩む  その打開を目指して新たな戦争へ


2.アジア・太平洋戦争へ
 ①北進論と南進論
  北進論-ソ連を攻撃して、シベリアの資源を獲得
  南進論-東南アジアに進出して資源を獲得
  北進論の挫折 ノモンハン事件 日本軍の惨敗

  強まる南進論

 ②1939.9 第二次世界大戦勃発とドイツの優勢
  日本では「今こそドイツと提携して東南アジアのイギリス・
  フランス・オランダの植民地を一挙に日本の支配下に
  おくべき」等の議論が優勢になる。

 ③日米開戦に向かって
  1940.9 日独伊三国同盟の成立
  1941.4 日ソ中立条約
         日米交渉開始
       6 独ソ戦開始
       7 日本軍、南仏印進駐
         アメリカ、在日日本資産の凍結、対日石油輸出の全面禁止

  なぜ、日本とアメリカは戦争を始めたか
   ≪日本≫資源を東南アジアに求めたい
         アメリカと戦うならば今しかない
   ≪アメリカ≫すでに連合国支援、反独の立場は鮮明
           中国、東南アジアへの日本の利益拡大は許さない
           日米交渉進展せず

 ④いつ、日本はアメリカとの開戦を決めたか 
  41年に 7/2  9/6  11/5  12/1  4回の御前会議  
  11/5の御前会議で実質的な開戦を決定
  この日を境に陸海軍は戦闘態勢に完全に移行
  11/26 千島列島エトロフ島の単冠湾から海軍機動部隊が
         真珠湾攻撃に向けて密かに出発
         同日ハル・ノートが駐米日本大使に手交。
  11/28 外務省、ハル・ノート全文の翻訳を関係方面に配布


3.アジア・太平洋戦争の開始
 ①1941.12.8
  午前2時15分 日本軍、マレー半島への上陸を開始(対イギリス)
  午前3時19分 日本軍真珠湾攻撃開始(対アメリカ)
   (ア)アジア・太平洋戦争はイギリスとの戦争から始まった
   (イ)多くの日恩人は日米開戦を喜んだ

 ②日本の相次ぐ戦勝 1941.12~1942.6ころまで

 ③大東亜共栄圏の構想
  日本、満州、中国にくわえ、占領地、さらに将来はオーストラリア、
  ニュージーランド、インドまで圏内にいれる構想をもっていた。


4.戦局の転換
 ①ヨーロッパ
  1941.6 独ソ開戦
   スターリングラード攻防戦(42.9~43.3)
   ドイツ敗北

  1943.9 連合軍、イタリア攻撃 
         ムッソリーニ失脚 イタリアの降伏

 ②アジア
  アメリカの戦争体制の立ち直り 対日反抗の開始

  1942.6.4 ミッドウェー海戦 米軍の勝利
    日本 「赤城」「加賀」「飛竜」「蒼竜」に4空母、1巡洋艦、
        322機の航空機、3500名の兵員を失う。
  1942.8~43.2 ガダルカナル島での攻防戦
    2万5000人の戦死・餓死者

 ③中国
  日本は蒋介石政権のある重慶を占領しようとするが果たせず。
  1944年以降は中国の反抗作戦 日本は守勢に追い込まれる

 ④朝鮮
  大韓民国臨時政府(重慶)は1941年12月に日本に宣戦布告
  韓国光復軍、朝鮮独立軍などの抗日戦争


5.敗戦に向けて
 43.4.18 山本五十六連合艦隊司令長官の死
 43.5.12~5.29 アッツ島の攻防 5.30玉砕
 43.12 学徒動員開始
 44.7~10 ビルマ方面でのインパール作戦
         7万2000人の死者を出して失敗
 44.7~9 サイパン島の攻防 3万余の兵士と、1万人の市民の死
         「バンザイクリフ」 捕虜わずか1000人
         以後アメリカB29による日本本土爆撃開始
 44.10 アメリカ軍、フィリピンのレイテ島上陸
       神風特攻隊の出陣
 45.3  硫黄島の日本軍全滅
 45.4.1 アメリカ軍、沖縄上陸開始 沖縄戦
        日本軍の戦死者約11万人 市民10万

 本土空襲
 1944.11以後本格化 主要都市が焦土と化した
 1945.7 ポツダム会談 米・英・ソ
        7.26 ポツダム宣言 日本に無条件降伏要求
        日本は黙殺
 45.8.6 広島に原爆投下
    8.8 ソ連の対日参戦
    8.9 長崎に原爆投下 
    8.14 日本政府はポツダム宣言を受諾
    8.15 天皇の「玉音放送」 戦争の終結

 8月15日
  日本は多くの人が終戦記念日という
  中国は「抗日戦争勝利日」
  韓国は「光復の日」

 侵略戦争は2千万人をこえるアジア諸国民と
 3百万をこえる日本国民の生命を奪った



以上。


受講生の感想をいくつか。

「世界地図で見ると、侵略していった地域の広さに
びっくりしました。日中戦争からの詳しい歴史を学習
したのは初めてで、今日はよくわかりました。
日本人は思慮深くないと思います。勝てる見込みも
ないのに無鉄砲すぎると思います。
世界の歴史の中から、第二次世界大戦を見直すこ
とができました」

「戦争初期の相次ぐ勝利で民衆が舞い上がって、
和睦ができない状態であったことをはじめて知った。
日本の国民性としてマスコミにあおられる体質は
現在も昔も変わらないので、国民に真実を知らせる
運動が大切だと感じた」

「“ハル・ノート”より前に開戦が決定されていたことを
初めて知りました。靖国史観とか戦争したい人たちに
とって都合がいいことって、『無知』の部分に入り込む
のだと実感。恐いなぁ。だから真実を知るってすごく
大事。イタリアのことももっと知りたくなりました」


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 講義終了後の
 グループ討論の様子。








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