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2007年10月18日 (木)

保育の底力を

きのう(17日)の晩は19時から、久しぶりに
福祉保育労岡山支部の執行委員会の学習会に
行ってきました。会場は岡山市のK保育園。

参加は5名と少なめだったのですが、
「新自由主義と保育の底力」というヘンなテーマで(笑)、
約45分ぐらい話をしました。


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 関係ないですが、
 部屋の壁に
 それぞれの季節の
 「しゅんのさかなとかい」
 があったので、パチリ。

 秋の旬は、
 さけ、さんま、
 あなご、いわし、
 さば、かつお。

 いいですねー。
 さんま食べたいな。





以下、講義の概要。
なぜかここでもナイチンゲールが登場…。



一。新自由主義って?
 
1。資本主義は、市場経済社会
  
◇市場(しじょう)とは

   →図を使って説明(ここでは再現できず)

   
*資本主義以前の経済活動は
               ・・・一定範囲内での自給自足というイメージ

   
*売り手は、生産した商品(サービス)を、市場に持って
    いき、売ることによって、利益をあげる。
   
*買い手に選ばれた「商品(サービス)」がより多く売れる
    ことになる。
   
*売り手は、自分の商品を買ってもらいたいがため、商
    品の質の競争、価格競争、宣伝競争などをくりひろげる。
    ただし、「売るためには何でもやる」という腐敗性もあわ
    せもつ。逆に、「利益があがらない」分野からは撤退していく。
   
*商品の「需給関係」を自動調整してくれる(しかし、あとに
    みる「痛み」をともないながら)。
   
*こうした競争が、商品やサービスの向上、生産力の効率
    的な発展をうながす積極的側面もある。が、・・・・・・。

 
2。市場経済の負の側面
  
◇商品が実際に売れるかどうかは、市場に出てみないとわからない
   
*その商品を買ってくれる需要が実際にどれだけあるのか、
    同じ商品をつくる売り
手がどれくらいいて、どれだけの商
    品をどんな値段で売りにだすのか、そういう
事情は固定
    したものではなく、たえず変動している。

    
・自社の「新商品」の開発がうまくいくかどうかわからない
    
・他社が自社の商品よりすぐれた商品をつくりだすかもしれない
    
・他社の生産技術が進歩し、より安い価格で同じ商品を売り
     だすかもしれない
    
・その商品の供給が、需要より上回っているかもしれない
     (過剰生産)

   
*だから、せっかく商品をつくって売りにだしても、買い手が
    みつからなかったり、市場での売り値が下落してその商品
    の生産にかかったもとの費用も回収できなかったり、売り
    手はそういう危険にたえずさらされている。
   
*競争の結果、弱い売り手(企業)は脱落せざるをえなくなり
    ます。倒産・廃業、当
然そこには労働者の失業がともなう。

   *この法則は、売り手どうしの激しい競争とある部分の敗北、
    没落という形で、多くの社会的悲劇を生みながら作用する。

 
3。新自由主義は、市場経済万能主義
  
◇市場経済の負の側面をカバーするために登場してきたの
    が、「公」の分野であり、さまざまな「規制(ルール)」。
   
*市場経済の「売り・買い」の法則にゆだねてはいけない
    部分がある、ということ。
    
・医療、教育、福祉、保育、社会保障、農業・・・
   
*つまり、憲法で保障されているような基本的人権に関わ
    るような問題を、「売り・買い」の市場経済法則にまかせ
    てはダメ、ということ。

  
◇ところが、新自由主義は、「なんでも市場にまかせておけ
   ばうまくいく」と宣伝し、「官から民へ」「民間でできることは
   民間で」「小さな政府」などをスローガンに、本来市場競争
   にまかせてはいけない部門にまで、市場競争を取り入れ
   ようとする。

   
*この新自由主義の考え方が、保育分野に導入されてき
    たのが、「公立保育園の民営化」であり、「認定こども園」
    でもある。

   
*またこれは、たんに「保育や福祉に税金を使いたくない」
    「そのぶん大企業減税や公共事業にあてよう」ということで
    もある。つまり税金をめぐっての問題(次回の学習で税金
    問題を詳しくやりたいと思います)。



二。私たちは、どうすればいいのか

  
「目の前の子どもだけに一生懸命に仕事をしていればいい
  のではなく、子どもの現在と未来に責任をもてるために、そ
  れぞれの局面に誠実に向かい合いたい」
             
(浅井春夫『保育の底力』、新日本出版社)

 
1。ナイチンゲールの看護論から学ぶ

   
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなど
   を適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容
   を適切に選択し適切に与えること-こういったことのすべて
   を、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること、を
   意味すべきである」        (『看護覚え書』序章より)

  
◇傍線を子どもの生命力の消耗と読みかえてみる
   
*子どもの生命力の発揮、人間的発達を支えるのが保育労
   働。したがって、子どもの生命力を脅かす問題にたいして、
   保育者は、誠実に向き合わなければならない。

  
◇現代社会のなかで、子どもの生命力を消耗させるのは何か
    
*子どもの社会的貧困、居住環境
    
*ジェンダーと権利の視点
    
*児童虐待(その背景までふくめて)
    
*親の労働問題、家庭問題(長時間労働、ストレス)
    
*ゆたかな地域、遊び場、人間集団の減少(地域づくり)
    
*産科、小児科医療の貧困(国の政策的問題)
    
*政治や行政の保育政策の貧困
    
*保育体制と保育士の労働条件、保育の質
    
*環境問題、戦争と平和の問題

 
2。保育者に問われる5つのY(『保育の底力』より)
                
-個人・職場・労働組合で具体化する

  
≪①ゆらぐことのできるちから≫
   
*保育実践におけるジグザグや試行錯誤、“失敗”を大切
    にした実践の振幅性のこと。
   
*つまり、「こんなものだろう」とか、「絶対これで正しいのだ」
    という、まったく変わらない実践、子どもの変化に対応でき
    ない実践となっていないか。
   
*ゆらぐことのできる力は、実践の柔軟性の土台となる。
   
*自分も集団も、つねに自己変革していく力をもつ、ということ。

  
≪②ゆずらないことを持つちから≫
   
*子どもであっても許してはいけないことを持つこと(人権を
    侵す行為、暴力的な行為など)。
   
*子どもだけでなく、職場や社会にたいしても、この視点をも
    つことが大事。

  
≪③勇気とやる気を持ち続けるちから≫
   
*“めあて”をもつことが大事。「こんな保育がしたい」という
    仕事への情熱。
   
*情熱とは、持続する感情のこと。
   
*仲間の存在、「めあてになる人」の存在も大きい。

  
≪④ヨカッタさがしができるちから≫
   
*否定的側面のなかに、つぎへとつながる新しい力をみつける
   
*子ども、仲間、社会情勢をみる視点

  
≪⑤よく学ぶちから≫
   
*①~④の力をはぐくむためにも必要なこと。
   
*独習としての読書を続け、集団学習としての研修などに参加
    し続けること。
   
*自己変革し続ける力こそ、私たちに求められている底力。

 
2。保育のなかの希望(資料参照)と労働組合



以上。



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コメント

お疲れ様です。K保育園は我が娘の卒園した園だと思います。親子して大変お世話になり、育てていただいた故郷のような場所です。私が今も保育運動に関わっているのも、ご恩返しのようなものです。保育士の労働の厳しさ、求められる専門性の高さの割には、社会的評価が余りにも低すぎることに心が痛みます。どんなに子どもを愛していても、子どもと保護者、保育者を取り巻く社会的環境の根本的な改善なくしては、本当に子どもも保護者も保育者も、安心して保育園生活を楽しむことはできません。そのためにも保護者も保育者も、ともに学びともに手を携えて、運動の輪を拡げていかなくては!と、強く思う毎日です。長久さんには、保育士の仲間の皆さんの学習への援助、これからもよろしくお願いします!!

投稿: S本Y郎 | 2007年10月18日 (木) 13時24分

S本さん、ありがとうございます。

福祉保育労での学習会は、基本月1回の
学習ですが、もう3年近くも続いています。

福祉や保育で働く人の献身的な犠牲の
うえに、いまの職場が支えられています。
でも、離職率もハンパでなく高く、
労働条件の改善や国の政策転換は急務の課題だと私も実感しています。

私もこの運動に寄与できるよう、今後もがんばっていきたいと思います。

投稿: 長久 | 2007年10月18日 (木) 16時27分

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