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2007年10月31日 (水)

『学習の友』11月号

『学習の友』11月号の主な内容。

特集:公務労働者への期待
 *公務・公共労働者と労働組合に期待されること(大黒作治)
 *公務労働と憲法-戦前と戦後でこんなにちがう公務員(山瀬徳行)
 *政府・財界のプランは住民と労働者を幸せにするか(池上洋通)

その他の内容
 *テロ特措法(新法)の何が問題ですか?(佐藤光雄)
 *ルポ 誇り高きマッスルたち(二見伸吾)
 *私が映画の仕事をするのは(川嶋博)

 *連載講座・憲法九条で平和を築くために
  ・第2回 憲法九条の実現はなぜ妨げられたか(小沢隆一)


今月の『友』は岡山関連の記事がひんぱんに登場しています!

 ①「かがやいています」に、74期岡山労働学校運営委員長の
   長崎さんが紹介されています! (紹介者は私ですが)
   未知なる可能性に挑戦!という内容ですが、
   ほんとうに今期、自分の殻をやぶりつつあります。

 ②「あしたは晴れ(5)」(4ページ)、二見さんが来年の
   全国集会の開催地、倉敷のことを上手に紹介して
   くれています。「サイエンス&アートな街」なんですよねぇ。
   おいでやす、倉敷へ。

 ③46~47ページ。9月に行われた「学習教育運動セミナーin倉敷」の
   報告を私が書いております。写真で雰囲気が少し伝わってきます。
   若い人が多く参加していて、とても充実したセミナーでした。

 ④「キラリ、憲法(その3)」(96~97ページ) 私の3回目の憲法コラムです。
   今回は「沖縄」について書いてみました。でも、やっぱり
   この字数では限界がありました。ご批評ください。

 ⑤104ページに74期岡山労働学校のカリキュラムが掲載されています。
   まだ単発での参加も可能です。ぜひお越しくださいませ。


表紙のマッスルたちの笑顔もいい。
ルポとあわせてご覧ください。

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2007年10月30日 (火)

祝・ブログ開設1周年

今日は、ブログ“「勉客商売」日記”をはじめて、
ちょうど
1周年となります。

継続的に書き続けてこれたのは、
けっきょく、私は「書くことが好き」なんだな、と思います。

そして、「書く」ことは、「深く考える」ことでもあり、
自分にとって考えてもいなかった
ことが浮かんでくることもあります。

また、思わぬ人との交流も、ブログの面白さでもあります。
誰が読んでいるかわからない(笑)

意外な人から、「読んでるよ」と言われることもあり、
それも「書き続ける」ことへの励みとなっています。

2周年にむけ、肩ひじはらずに、
でも「勉客」の名にふさわしい内容で、
キーボードを打ち続けていきたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。


補足。

ブログのタイトル「勉客商売」を、
「べん
きゃくしょうばい」と読まれる人が多いのですが、
「べん
かく」が正しい読み方ですので、よろしくお願いします(笑)

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2007年10月29日 (月)

初級講座を担当

先週土曜日(27日)に、
生協労連中四国地連の労働学校に講師で行ってきました。

会場は岡山駅近くのオルガホール。
全体参加は50名ほどいたようですが、
午前中は「初級講座」「中級講座」にわかれての学習会。

Dscn3263




 わかれる前の
 会場の様子。







私の担当した「初級講座」には13~14名の参加でした。
「中級講座」は、「減損会計の基礎知識」という内容のようでした。

あたえられたテーマ、
「知っておきたい! 労働組合の基礎知識」

1時間20分ほどしゃべりました。

1.日本国憲法から労働組合を考える
2.「これがあたりまえ」と思わない-働く人びとの現状をみる
3.いま求められている労働組合-みんなの力をあわせて

という柱で、だいたいいつものような話をしました。

中四国の生協労組の新役員を主な対象にした
学習会だったので、「役員として大事なこと」ということなども
話をしてみました。

「プロ野球労組から学ぶこと」や、
沖縄伊江島の阿波根昌鴻さんから学んだ「人間の手に学ぶ」
という話などもしてみました。



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2007年10月27日 (土)

鉄血勤皇隊&超力作

最近読み終えた本。

『鉄血勤皇隊』(大田昌秀、ひるぎ社、1977年)

元沖縄県知事の大田さんは、
沖縄戦時、「鉄血勤皇隊」と呼ばれた学徒動員で、
壕と壕のあいだの通信任務などに従事しました。

いわば、戦闘補助員ともいえる存在で、
「ひめゆり」「白梅」などの女性学徒の男版です。

一学徒の、生々しい沖縄戦記録です。
すさまじいとしか言いようがない。

皇民化教育を徹底してたたきこまれていた
生粋の軍国少年であった大田さんの
心のゆれが、なんともいえず、悲しい。

知事時代、米兵による少女暴行事件抗議の大集会で、
「ひとりの少女を守れなかった私の責任」を語った
大田さんの心中、くやしさが、これを読み、
理解できたように思います。


『沖縄戦と民衆』(林博史、大月書店、2001年)

値段(5600円+税)に見合った、
目が覚めるような力作でした。買っといてよかったぁ。

これまでいろいろな沖縄戦の本を読んできましたし、
個人の沖縄戦体験記もできるだけ知ろうと努力してきましたが、
その学んできたことが、ガシっと整理された気がします。

膨大な研究蓄積と、著者のするどい問題意識の結果、
簡潔に、わかりやすく沖縄戦の全体像を流れとして
つかめました。

私も盲点だった、「防衛隊」のことも、よくわかりました。

2週間後の「沖縄戦講義」まで
あと何冊読めるかわかりませんが、
これで見通しがつきました。
よかった、よかった。

「あとがき」でふれられていた、
「なぜ沖縄戦の研究にこだわるのか」という
著者の姿勢に、とても感銘を受けました。



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2007年10月26日 (金)

アジアの独立と日本の戦争

きのう(25日)は、74期岡山労働学校の第3講義
「アジアの独立は日本のおかげか?」が行われました。
参加は19名。うーむ少しずつ減ってきている。分析が必要だ。

講師は3回連続で元高校教諭の徳方宏治さん。
今回も豊富な知識を駆使され、わかりやすい講義でした。


Dscn3261 Dscn3259










以下、講義の概要。


1.はじめに
 ①毛沢東いわく 中国革命の成功は日本のおかげ
   →日本があまりにもムチャクチャをした結果、
    共産党が勢力を伸ばしたという逆説的表現
 ②日本は「アジアの解放」を戦争の目的にしたのか?
  中国や朝鮮の独立運動を押さえ続ける日本がアジアの
  独立を望むわけがない。
 ③知識人が受け止めた日中戦争と「アジア・太平洋戦争」の違い
  *日中戦争 どのようにとりつくろっても侵略戦争
  *大東亜戦争 欧米列強の植民地支配に苦しむ東南アジアの
   人々を解放する戦い
 ④日本の戦争目的は最初から混乱していた
  「自衛のため」? 「アジア解放のため」?
  *「自衛」と「解放」が、そもそも矛盾している

2.大東亜共栄圏という構想
 ①日本は満州事変が勃発すると日満一体を、ついで日満華一体をとなえ、
  日華事変が進展すると東亜新秩序建設を唱えた。 八紘一宇の精神。
  松岡洋右「皇国外交の指針」(1940.8)
   大東亜共栄圏に加えるべき地域
   南洋諸島・仏印・タイ・マレー・英領ボルネオ・蘭印・ビルマ
   オーストラリア・ニュージーランド・インド

 ②その本音は
  1941.11.20 「南方占領地行政実施要項」
   (ア)占領地に軍政を施行する
    軍政の三大原則 1)治安の回復 2)重要国防資源の急速獲得
     3)作戦軍の自活確保  →アジアの解放などどこにもない!
   (イ)「原住民に対しては皇軍に対する信いの観念を助長せしむる
      ごとく指導しその独立運動は過早に誘発せしむることを避くる
      ものとす

  1942.3.14 海軍の「占領地軍政処理要項」
    「(原住民対策には)また民族運動を誘発せしむることなからしむ
    る様留意す」

 ③しかし、日本は表向き欧米帝国主義からの「東亜の解放」をとなえ、
  現地で独立運動が高まっていることから、「大東亜」地域の独立問題
  を取上げざるをえない。
   (ア)香港、マレー半島 大東亜防衛の拠点として直接支配
   (イ)フィリピン・ビルマ 民衆が大東亜共栄圏建設に協力するなら
     ば独立を与えてもよい。
   (ウ)インドネシア 日本の植民地化の方針
     →豊富な天然資源があったため
   (エ)仏領インドシナはフランスと日本が共同で住民を支配し続けた

3.日本の植民地支配の実態
 ①文化的側面の例として言語
  日本語教育を通して皇民化政策を推進

 ②経済的側面
  (ア)日本の東南アジア支配の最大の目的は石油などの重要国防
    資源の獲得。
  (イ)占領地で日本の必要作物の栽培 あまりうまくいかず
  (ウ)米について 
    東南アジアは世界的な米の輸出地であった
     ビルマでは米の生産量が日本の政策の結果激減
     ベトナムでは200万人の大量餓死者

 ③強制労働、性奴隷、捕虜虐待・・・
  泰緬鉄道の建設 捕虜が多数犠牲に(約4万2千人)
  フィリピンでの性奴隷問題

  「大東亜共栄圏」の実態は「大東亜共貧圏」であった。

4.戦局の転換からくる日本外交の見直し
 *アジアの民心を引きつけるための積極的施策
  大東亜会議にむけて
   かいらい政権をつくらせる

  大東亜会議(1943.11.5~6)の開催
   →結局は日本のパフォーマンスだった
   日本にとって重要な地域の独立は認めなかった

5.大戦末期の東南アジアの対日抵抗運動
 ①生活苦による現地住民の自然発生的な抵抗運動
 ②連合軍側の旧宗主国の支援を受けた抗日ゲリラ
 ③共産党指導の抗日運動
 ④日本軍の補助兵士として組織した集団の反乱

6.東南アジア諸民族の独立
 ①ビルマ 日本による見せかけの独立に反発 
       共産党などによる抗日運動
  44.8 反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)の結成
       議長アウン・サン
  45.3 AFPFLの一斉蜂起 国軍も反乱開始 イギリス軍と協力
  45.6.15 イギリス軍、PBF ラングーン入城 日本支配の終焉

 ②ベトナム べトミン(ベトナム独立同盟) 大衆を基盤として支持拡大
  45.8 日本の克服、べトミンによる全国蜂起の呼びかけ
     9.2 ベトナム民主共和国の独立宣言 ホー・チ・ミン大統領

 ③インドネシア
  45.7.17 日本政府はインドネシアの「独立付与」を正式決定
     8.15 日本の降伏 反日抵抗組織の青年グループはインド
          ネシア人自身での独立宣言をスカルノ・ハッタに求める。
     8.17 日本から付与されたものではない自らの意思による
          独立宣言によってインドネシア共和国の成立

おわりに
 ①戦後の現地に残留した日本人
  (ア)独立国の旧宗主国との戦いで独立戦争の参加。
    独立に貢献した人々。
  (イ)BC級戦犯として裁かれた「日本兵」(朝鮮人や台湾人を含む)
 ②日本の支配によって欧米植民地支配の基盤が崩された
  →戦後の旧宗主国の再支配に対して猛烈な抵抗運動がおこる
 ③大東亜共栄圏構想は戦後の東南アジアという地域概念の基盤となった。


以上。


ほんとうに、複雑な地域性や歴史をもつ地域ゆえに、
先入観を排して、事実をまず一つひとつ押さえることの大切さを
感じた講義でした。

徳方先生、3回連続の講義、本当にありがとうございました。
しっかりバトンを引き継いでがんばります。


受講生の感想。

「『アジア解放の戦争だった』と主張する根拠を理解
できたと思う。同時に、その根拠が全く根拠のないも
のであることも、よくわかった。
 アジア諸国が宗主国の下で統治者の一部がどの
ような行動をとったとしても、国民と国土にとんでもな
いダメージを与えた事実が明らかなのだから」

「『大東亜共栄圏』にしても、『テロとの戦い』にしても…
同じようなうさんくささを感じる。
 いいことを掲げても、実際にやっていることを知ると、
『共栄』という言葉をものすごーく白々しいものに感じ
てしまいました」

「大東亜共栄圏ではなく、日本以外の人々にとっては
『大東亜共貧圏』だったということが一番印象に残り
なるほどそうだ!と思いました」

「他国を支配するには、言語、文化を支配すると効果
的なんだと思った。教育は大切。文化も…。
『命がけでアジア諸国民の独立のために戦った』という
日本人はいるか?という言葉が一番説得力がありま
した」


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2007年10月25日 (木)

コペル君人気、衰えず

ソワニエ看護専門学校1年生の授業が終わり、
ほぼ1か月となります。
この間、単位認定のレポート課題を出し、
それが2週間ほど前に手もとに集まりました。

レポートを読んでいると、
あらためて、いまの若い世代の背負っているものの
困難さを感じずにはいられません。

それは、学校教育の矛盾であったり、
さまざまな人間関係や、自分自身の葛藤であったり。

しかし、幾人かの学生さんも、
共感したこととして書いていましたが、
「人間だからこそ感じる、人間らしい苦痛」というものがあり、
そこから、「人間本来のあり方とは」「人としての成長とは」
ということを学ぶことができるのだと思います。

より多くの課題・困難に立ち向かう世代であるからこそ、
その未来への可能性を信じていきたいものです。

それにしても、コペル君人気衰えず、
ですね。学生さんのレポートを読むと。
『君たちはどう生きるか』は、70年前の本ですよ。


とりあえず今は、採点がすんで、ホッとしています。

来年の授業構想はすでに考えて始めていて、
「絵本」を使った授業を、何コマかしてみようと思っとります。

来年春にむけて、「絵本収集」に
励むことになるかもしれません。

どんな絵本に出会えるか、楽しみでもあります。
いい絵本があったら、教えてくださいませ。



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2007年10月24日 (水)

文章について考えた

労働者教育協会の大きな事業のひとつである、
勤労者通信大学という通信教育制度があります。

2008年に全面改訂の「新・労組コース」が始まる予定で、
その教科書の原案が先日送られてきましたが、
まだ読んではいませんでした(ざんげ)。

きのう、二見事務局次長から電話があり、
「読んだ?」と聞かれたので、「パラパラとしか…」と
こたえたら「読んで意見ちょーだい」とのことだったので、
急いで読みはじめ、さっき、だいたい読み終えました。

で、ここで無責任な感想を書くわけにもいかないので、
ちゃんと意見・感想文書をまとめようとは思うのですが、
あれこれ考えながら、手もとにあった、
『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』
  (井上ひさしほか文学の蔵編、新潮文庫、2002年)

を、以前読んで線を引いたところをパラパラと読んでみました。

いちばん大事なことは、自分にしか書けないことを
書くことです。自分にしか書けないことをだれにでも
わかる文章で書く
。これが出来たら、プロ中のプロ。
ほとんどノーベル賞に近いですよ、これは。(笑い)
 不幸にして日本の作家、学者の人たちのなかに
-とくに学者は相当多く、作家はさすがに少ないん
ですが-だれにでも書けることを、だれにもわから
ない文章で書いている人がいるんですね。
 ・・・文章とは何か。これは簡単です。作文の秘訣
を一言でいえば、自分にしか書けないことを、誰に
でもわかる文章で書くということだけなんですね。
 ・・・
書いたものが面白いというのは、その人にしか
起こっていない、その人しか考えないこと、その人し
か思いつかないことが、とても読みやすい文章で書
いてある。だから、それがみんなの心を動かすわけ
です。
 単純に単純に、相手にわかりやすいように書く。
これが出来ればもういい。もう、これでわたしの『作
文教室』を終えてもいいんです。(笑い)」

…てなことを井上さんは冒頭で強調されていて、
私もそのとおりだと思います。

勤通大で(に)しか書けない文章や言葉を、
相手に届くように、わかりやすく書く。
これにつきるのではないか、と思います。
「教科書」という難しさはありますが。

なんとか来週のはじめには、
意見・感想文書を送りたいと思います!



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2007年10月23日 (火)

ヒューマニズムと微温

『君のヒューマニズム宣言』(高田求、学習の友社、1983年)
パラパラと読みかえしています。

最近、私たちの運動には、「サイエンスとアート」が必要だ、
ということをいろいろな場所で語ってきました。

ここでいう「アート」とは、
さまざまな内容をふくんでいるのですが、
「ヒューマニズム」もこの「アート」の内容に
ふくまれると、最近考えています。

で、高田さんはこの本の冒頭で、
「何事も一口でいってみてみることの大切さ」を強調されています。
そこで、私がもし、「ヒューマニズムとは何か一口でいってみろ」と
言われたら、何というか…。


さしあたり、「微温(びおん)」と答えようと思います。

「微温」とは、「ぬくもり」「あたたかさ」とも言い換えることができます。

この「微温」という言葉に出会ったのは、
医師である徳永進さんの著書、
『話しことばの看護論』(看護の科学社、1988年)を
読んだときのことです。

ぼくはケアの本質のひとつを、“微温”と書いているんです。
ぬくもり。暖かいということはすごく大事です。ぼくたちは微
温湯で胃洗浄をしたりして、“微温”という言葉をもっていま
す。微温というのはすごく大事な言葉だと思うんです。それ
は末期でいえば、おふろ、タオルあるいはガーゼのぬくもり
です。あるいはぼくたちの手を取ったときのぬくもり。…
そう
いうぬくもりを何かの方法で届けることは、とても大事なケア
だと思います
」(P208)

肌と肌がふれあうときの「ぬくもり」。
やさしい言葉をかけあうなかでの「あたたかい人間関係」。
ちょっとした相手への気づかい、心づかい。
非人間的なことを許さないという「あたたかい連帯感」。
文化や芸術を大切にした「人間らしさ」への共感。

「微温」を大事にするということは、人と人との
つながりを大事にする、ということでもある、と思います。

県学習協の前事務局長に教えられたことで、
いまでもはっきり覚えていることがあります。
それは、「人は理論(正しさ)だけでは動かない、そこに
ヒューマニズムがなければだめだ」ということでした。

寒い冬であれば、人は、ストーブの暖気に
「ぬくもり」を感じ、そのまわりに自然と集まってきます。

私たちの運動も、自然と人が集まってくるような、
「あたたかさ」「ぬくもり」を持つ必要があると感じています。

そう感じるのは、
ピリピリ、またはヒンヤリとした空気が
流れる事務所(人が寄りつかない事務所)、
笑顔のあいさつさえできない人、
「ありがとう」のひと言がいえない人・・・。
こういう実態にしばしば出会うからなのです
(自分もあまり人のことは言えませんが)。


ヒューマニズムとしての「微温」を私たちの運動に!


…とりあえず、最近考えていることを書いてみました。
もちろん、ヒューマニズムの土台には、サイエンスがある、
ということも押さえておく必要がありますが。
またしっかりと整理したものを県学習協の会報に書くかもしれません。

ちなみに、社会科学としてのヒューマニズムには、
ちゃんとした定義がありますので、
これはあくまで私流の表現ということで、
おことわりをしておきます。


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2007年10月22日 (月)

映画『日本の青空』

映画『日本の青空』を土曜日にみました。
会場は三木記念ホール。13時半からの回にいきました。

私の学んできた憲法制定過程の事実認識と、
若干違う箇所がありましたが、それはおいといて、
全体的には良くできていたと思います。

高野岩三郎が加藤剛とは、なかなかよいキャストでした。
主役の鈴木安蔵のことも、詳しく知れたのでよかった。

Dscn3248
 開演前、住職さんが
 実行委員会を
 代表してのあいさつ。

 「なかなか私自身が
 
人に声をかけれなかっ
 たので、反省し、頭を
 丸めてきました」
 という話が・・・。



終了後は、13時半上映に参加した労働学校のメンバーで
近くのファミレスで感想交流。8名参加。

「知らないことばっかりだった」
「押しつけ憲法というのはやはり違う」
などなど、1時間いろいろと話をしたのでありました。

Dscn3251

 

 参加された
 みなさん、
 おつかれさまでした。








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2007年10月20日 (土)

言葉にこだわって憲法を読む

今日は午後から映画『日本の青空』を
労働学校の仲間と見にいきます。
そこで、久しぶりに憲法のことを書きたいと思います。

最近、憲法学習の講師をしながら、
あらためて感じているのは、
「言葉にこだわって憲法を読む」ことの大切さです。

大江健三郎さんが、憲法9条のなかの、「希求」という
言葉に当時の人びとの思いを汲み取ったように。


最近、日本国憲法の前文のことを話をするときに、
必ず言うことがあります。
それは、
前文の中に、二度、「決意」という言葉が
出てくる
ところがあり、私はそこにこだわりたい、と。

では、どこに出てくるのか、実際にみてみましょう。


日本国民は、正当に選挙された国会における代
表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のた
めに、諸国民との協和による成果と、わが国全土
にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の
行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのない
やうにすることを決意し
、ここに主権が国民に存す
ることを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国
政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、そ
の権威は国民に由来し、その権力は国民の代表
者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受
する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は
かかる原理に基くものである。われらは、これに反
する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の
関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであ
つて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し
て、われらの安全と生存を保持しようと決意した

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭
を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社
会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。わ
れらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から
免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを
確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専
念して他国を無視してはならないのであつて、政治
道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従
ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に
立たうとする各国の責務であると信ずる。
 
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげて
この崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」



1回目に登場する「決意」。
それは説明するまでもなく、二度と政府の行為として
の戦争を起こさない、起こさせない、という決意です。
侵略戦争の明確な反省です。

2回目の「決意」は、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、私た
ちの安全と生存を守ろうという、決意です。

この決意は、かなりの勇気と理性が必要です。

「諸国家」を信頼するのではなく、「諸国民」
と書いているところも、大事なところです。
北朝鮮の国家権力は、たしかに何をやらかすか
わからない不安があります。
でも、北朝鮮で日々働き、生活し、幸せを求めて
いるふつうの国民が、日本と戦争することを、
はたして望んでいるでしょうか。もちろん答えはノーです。


平和を愛する諸国民を信頼し、手をつなぐことで、
私たちの平和を守る。なんてステキな決意でしょうか。


自民党の新憲法草案では、前文のこうした「決意」は
バッサリと切り捨てられています。
それは、当時の人びとの憲法にこめた思いをさえも、
切り捨てることなのです。

経済同友会の終身幹事の品川正治さんは、
『経済』11月号の渡辺治さんとの対談で、
憲法との出会いの経験を語っています。

私が日本国憲法に初めて対面したのは、復員船の
なのです。日本国憲法草案が発布された(1946年
4月17日)と言う記事の載った古い新聞が、船内で
配られました。民家からかき集めてきた古新聞で、
『山陰新聞』もあれば『毎日』も『朝日』もあるという、
バラバラだったのですが、とにかく日本国憲法の草案
が載っている新聞が各部隊に配られたのです。それ
憲法の前文も、九条も、そのとき初めて対面したの
ですが、それを読んだ時、全員泣きましたよ
。二度と
戦争はしないと自分たちで決めてはおったのですけ
れども、よもや成文憲法でそこまで書くとは夢にも思っ
ていなかった
。これだったら死んだ英霊も無駄じゃない、
300万に及ぶわれわれの戦友の死にも応えられる。
私は中国の戦線しか知りませんけれども、2000万を
こえるいのちを奪い、それだけの
被害を与えたアジア
諸国民に対して謝り続けていく方法は、もう戦争はし
ないという他にないじゃないか
。一瞬のうちに20万も
の命を失ったヒロシマ、ナガサキの原爆の話はわれ
われも聞いていましたから、そんな戦争をもうできるは
ずがないじゃないかと考えていました。その
私たちの
気持ちを、はっきりと成文憲法の形で出している
ことを
知ったわれわれは、驚きと同時に、それこそ感激の涙
を流したわけですね。
 
ところが日本の戦後の支配政党は、二度と戦争をし
ないという決意はいっぺんもしたことがない
。すぐに押
しつけ憲法という言葉が出てきた。・・・しかし国民にと
っては押しつけられたというより、心から歓迎した憲法
だと私は理解しています
」(P30~31)


当時の人びとの「決意」の重さを、私はこれからも学び、
語っていきたいと思います。



蛇足。

憲法の
第36条。
公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁止する」

日本国憲法で「絶対に」という言葉が出てくるのは、
なんとこの条文だけ。普通は、
「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、これを禁止する」
と書くはずなんです。

ここにも、「言葉」にこだわることで、
見えてくることがある、と思います。


おしまい。


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2007年10月19日 (金)

日中戦争から太平洋戦争へ

きのうは、74期岡山労働学校「日本の戦争教室」
第2講義が行
われ、21名が参加しました。

講師は先週に引き続き、元高校教諭の徳方宏治さん。
「近代日本の対外戦争(2)-日中戦争からアジア・太平洋戦争」
というテーマでした。

さすが徳方先生!の中身で、私も知らないことだらけでした。
まだまだ勉強不足であります。
ハル・ノートがくる前に、すでに御前会議で開戦決定がなされ、
真珠湾攻撃への作戦が始まっていたとは。


Dscn3241 Dscn3239










以下、講義の概要。


1.抗日民族統一戦線の成立と日中戦争
 ①国共の抗争から抗日民族統一戦線の結成へ
  南京国民政府(蒋介石)にょる共産党攻撃
   →1934~36共産党の長征
  1935 共産党の「八・一宣言」
  1936 西安事件(張学良が蒋介石監禁)
  1937 第二次国共合作 抗日民族統一戦線の結成

 ②日中戦争(1937.7) 盧溝橋事件→日中全面戦争
  日本軍華北・華中制圧、南京占領(南京虐殺事件)
  蒋介石の国民政府は南京→武漢→重慶へと首都を移して抵抗
    共産党の八路軍、新四軍
  中国民衆のさまざまな抵抗
  日本軍は主要都市を制圧したものの支配地は「点と線」にとどまる
    日本資源不足に悩む  その打開を目指して新たな戦争へ


2.アジア・太平洋戦争へ
 ①北進論と南進論
  北進論-ソ連を攻撃して、シベリアの資源を獲得
  南進論-東南アジアに進出して資源を獲得
  北進論の挫折 ノモンハン事件 日本軍の惨敗

  強まる南進論

 ②1939.9 第二次世界大戦勃発とドイツの優勢
  日本では「今こそドイツと提携して東南アジアのイギリス・
  フランス・オランダの植民地を一挙に日本の支配下に
  おくべき」等の議論が優勢になる。

 ③日米開戦に向かって
  1940.9 日独伊三国同盟の成立
  1941.4 日ソ中立条約
         日米交渉開始
       6 独ソ戦開始
       7 日本軍、南仏印進駐
         アメリカ、在日日本資産の凍結、対日石油輸出の全面禁止

  なぜ、日本とアメリカは戦争を始めたか
   ≪日本≫資源を東南アジアに求めたい
         アメリカと戦うならば今しかない
   ≪アメリカ≫すでに連合国支援、反独の立場は鮮明
           中国、東南アジアへの日本の利益拡大は許さない
           日米交渉進展せず

 ④いつ、日本はアメリカとの開戦を決めたか 
  41年に 7/2  9/6  11/5  12/1  4回の御前会議  
  11/5の御前会議で実質的な開戦を決定
  この日を境に陸海軍は戦闘態勢に完全に移行
  11/26 千島列島エトロフ島の単冠湾から海軍機動部隊が
         真珠湾攻撃に向けて密かに出発
         同日ハル・ノートが駐米日本大使に手交。
  11/28 外務省、ハル・ノート全文の翻訳を関係方面に配布


3.アジア・太平洋戦争の開始
 ①1941.12.8
  午前2時15分 日本軍、マレー半島への上陸を開始(対イギリス)
  午前3時19分 日本軍真珠湾攻撃開始(対アメリカ)
   (ア)アジア・太平洋戦争はイギリスとの戦争から始まった
   (イ)多くの日恩人は日米開戦を喜んだ

 ②日本の相次ぐ戦勝 1941.12~1942.6ころまで

 ③大東亜共栄圏の構想
  日本、満州、中国にくわえ、占領地、さらに将来はオーストラリア、
  ニュージーランド、インドまで圏内にいれる構想をもっていた。


4.戦局の転換
 ①ヨーロッパ
  1941.6 独ソ開戦
   スターリングラード攻防戦(42.9~43.3)
   ドイツ敗北

  1943.9 連合軍、イタリア攻撃 
         ムッソリーニ失脚 イタリアの降伏

 ②アジア
  アメリカの戦争体制の立ち直り 対日反抗の開始

  1942.6.4 ミッドウェー海戦 米軍の勝利
    日本 「赤城」「加賀」「飛竜」「蒼竜」に4空母、1巡洋艦、
        322機の航空機、3500名の兵員を失う。
  1942.8~43.2 ガダルカナル島での攻防戦
    2万5000人の戦死・餓死者

 ③中国
  日本は蒋介石政権のある重慶を占領しようとするが果たせず。
  1944年以降は中国の反抗作戦 日本は守勢に追い込まれる

 ④朝鮮
  大韓民国臨時政府(重慶)は1941年12月に日本に宣戦布告
  韓国光復軍、朝鮮独立軍などの抗日戦争


5.敗戦に向けて
 43.4.18 山本五十六連合艦隊司令長官の死
 43.5.12~5.29 アッツ島の攻防 5.30玉砕
 43.12 学徒動員開始
 44.7~10 ビルマ方面でのインパール作戦
         7万2000人の死者を出して失敗
 44.7~9 サイパン島の攻防 3万余の兵士と、1万人の市民の死
         「バンザイクリフ」 捕虜わずか1000人
         以後アメリカB29による日本本土爆撃開始
 44.10 アメリカ軍、フィリピンのレイテ島上陸
       神風特攻隊の出陣
 45.3  硫黄島の日本軍全滅
 45.4.1 アメリカ軍、沖縄上陸開始 沖縄戦
        日本軍の戦死者約11万人 市民10万

 本土空襲
 1944.11以後本格化 主要都市が焦土と化した
 1945.7 ポツダム会談 米・英・ソ
        7.26 ポツダム宣言 日本に無条件降伏要求
        日本は黙殺
 45.8.6 広島に原爆投下
    8.8 ソ連の対日参戦
    8.9 長崎に原爆投下 
    8.14 日本政府はポツダム宣言を受諾
    8.15 天皇の「玉音放送」 戦争の終結

 8月15日
  日本は多くの人が終戦記念日という
  中国は「抗日戦争勝利日」
  韓国は「光復の日」

 侵略戦争は2千万人をこえるアジア諸国民と
 3百万をこえる日本国民の生命を奪った



以上。


受講生の感想をいくつか。

「世界地図で見ると、侵略していった地域の広さに
びっくりしました。日中戦争からの詳しい歴史を学習
したのは初めてで、今日はよくわかりました。
日本人は思慮深くないと思います。勝てる見込みも
ないのに無鉄砲すぎると思います。
世界の歴史の中から、第二次世界大戦を見直すこ
とができました」

「戦争初期の相次ぐ勝利で民衆が舞い上がって、
和睦ができない状態であったことをはじめて知った。
日本の国民性としてマスコミにあおられる体質は
現在も昔も変わらないので、国民に真実を知らせる
運動が大切だと感じた」

「“ハル・ノート”より前に開戦が決定されていたことを
初めて知りました。靖国史観とか戦争したい人たちに
とって都合がいいことって、『無知』の部分に入り込む
のだと実感。恐いなぁ。だから真実を知るってすごく
大事。イタリアのことももっと知りたくなりました」


Dscn3243

 講義終了後の
 グループ討論の様子。








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2007年10月18日 (木)

保育の底力を

きのう(17日)の晩は19時から、久しぶりに
福祉保育労岡山支部の執行委員会の学習会に
行ってきました。会場は岡山市のK保育園。

参加は5名と少なめだったのですが、
「新自由主義と保育の底力」というヘンなテーマで(笑)、
約45分ぐらい話をしました。


Dscn3232

 関係ないですが、
 部屋の壁に
 それぞれの季節の
 「しゅんのさかなとかい」
 があったので、パチリ。

 秋の旬は、
 さけ、さんま、
 あなご、いわし、
 さば、かつお。

 いいですねー。
 さんま食べたいな。





以下、講義の概要。
なぜかここでもナイチンゲールが登場…。



一。新自由主義って?
 
1。資本主義は、市場経済社会
  
◇市場(しじょう)とは

   →図を使って説明(ここでは再現できず)

   
*資本主義以前の経済活動は
               ・・・一定範囲内での自給自足というイメージ

   
*売り手は、生産した商品(サービス)を、市場に持って
    いき、売ることによって、利益をあげる。
   
*買い手に選ばれた「商品(サービス)」がより多く売れる
    ことになる。
   
*売り手は、自分の商品を買ってもらいたいがため、商
    品の質の競争、価格競争、宣伝競争などをくりひろげる。
    ただし、「売るためには何でもやる」という腐敗性もあわ
    せもつ。逆に、「利益があがらない」分野からは撤退していく。
   
*商品の「需給関係」を自動調整してくれる(しかし、あとに
    みる「痛み」をともないながら)。
   
*こうした競争が、商品やサービスの向上、生産力の効率
    的な発展をうながす積極的側面もある。が、・・・・・・。

 
2。市場経済の負の側面
  
◇商品が実際に売れるかどうかは、市場に出てみないとわからない
   
*その商品を買ってくれる需要が実際にどれだけあるのか、
    同じ商品をつくる売り
手がどれくらいいて、どれだけの商
    品をどんな値段で売りにだすのか、そういう
事情は固定
    したものではなく、たえず変動している。

    
・自社の「新商品」の開発がうまくいくかどうかわからない
    
・他社が自社の商品よりすぐれた商品をつくりだすかもしれない
    
・他社の生産技術が進歩し、より安い価格で同じ商品を売り
     だすかもしれない
    
・その商品の供給が、需要より上回っているかもしれない
     (過剰生産)

   
*だから、せっかく商品をつくって売りにだしても、買い手が
    みつからなかったり、市場での売り値が下落してその商品
    の生産にかかったもとの費用も回収できなかったり、売り
    手はそういう危険にたえずさらされている。
   
*競争の結果、弱い売り手(企業)は脱落せざるをえなくなり
    ます。倒産・廃業、当
然そこには労働者の失業がともなう。

   *この法則は、売り手どうしの激しい競争とある部分の敗北、
    没落という形で、多くの社会的悲劇を生みながら作用する。

 
3。新自由主義は、市場経済万能主義
  
◇市場経済の負の側面をカバーするために登場してきたの
    が、「公」の分野であり、さまざまな「規制(ルール)」。
   
*市場経済の「売り・買い」の法則にゆだねてはいけない
    部分がある、ということ。
    
・医療、教育、福祉、保育、社会保障、農業・・・
   
*つまり、憲法で保障されているような基本的人権に関わ
    るような問題を、「売り・買い」の市場経済法則にまかせ
    てはダメ、ということ。

  
◇ところが、新自由主義は、「なんでも市場にまかせておけ
   ばうまくいく」と宣伝し、「官から民へ」「民間でできることは
   民間で」「小さな政府」などをスローガンに、本来市場競争
   にまかせてはいけない部門にまで、市場競争を取り入れ
   ようとする。

   
*この新自由主義の考え方が、保育分野に導入されてき
    たのが、「公立保育園の民営化」であり、「認定こども園」
    でもある。

   
*またこれは、たんに「保育や福祉に税金を使いたくない」
    「そのぶん大企業減税や公共事業にあてよう」ということで
    もある。つまり税金をめぐっての問題(次回の学習で税金
    問題を詳しくやりたいと思います)。



二。私たちは、どうすればいいのか

  
「目の前の子どもだけに一生懸命に仕事をしていればいい
  のではなく、子どもの現在と未来に責任をもてるために、そ
  れぞれの局面に誠実に向かい合いたい」
             
(浅井春夫『保育の底力』、新日本出版社)

 
1。ナイチンゲールの看護論から学ぶ

   
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなど
   を適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容
   を適切に選択し適切に与えること-こういったことのすべて
   を、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること、を
   意味すべきである」        (『看護覚え書』序章より)

  
◇傍線を子どもの生命力の消耗と読みかえてみる
   
*子どもの生命力の発揮、人間的発達を支えるのが保育労
   働。したがって、子どもの生命力を脅かす問題にたいして、
   保育者は、誠実に向き合わなければならない。

  
◇現代社会のなかで、子どもの生命力を消耗させるのは何か
    
*子どもの社会的貧困、居住環境
    
*ジェンダーと権利の視点
    
*児童虐待(その背景までふくめて)
    
*親の労働問題、家庭問題(長時間労働、ストレス)
    
*ゆたかな地域、遊び場、人間集団の減少(地域づくり)
    
*産科、小児科医療の貧困(国の政策的問題)
    
*政治や行政の保育政策の貧困
    
*保育体制と保育士の労働条件、保育の質
    
*環境問題、戦争と平和の問題

 
2。保育者に問われる5つのY(『保育の底力』より)
                
-個人・職場・労働組合で具体化する

  
≪①ゆらぐことのできるちから≫
   
*保育実践におけるジグザグや試行錯誤、“失敗”を大切
    にした実践の振幅性のこと。
   
*つまり、「こんなものだろう」とか、「絶対これで正しいのだ」
    という、まったく変わらない実践、子どもの変化に対応でき
    ない実践となっていないか。
   
*ゆらぐことのできる力は、実践の柔軟性の土台となる。
   
*自分も集団も、つねに自己変革していく力をもつ、ということ。

  
≪②ゆずらないことを持つちから≫
   
*子どもであっても許してはいけないことを持つこと(人権を
    侵す行為、暴力的な行為など)。
   
*子どもだけでなく、職場や社会にたいしても、この視点をも
    つことが大事。

  
≪③勇気とやる気を持ち続けるちから≫
   
*“めあて”をもつことが大事。「こんな保育がしたい」という
    仕事への情熱。
   
*情熱とは、持続する感情のこと。
   
*仲間の存在、「めあてになる人」の存在も大きい。

  
≪④ヨカッタさがしができるちから≫
   
*否定的側面のなかに、つぎへとつながる新しい力をみつける
   
*子ども、仲間、社会情勢をみる視点

  
≪⑤よく学ぶちから≫
   
*①~④の力をはぐくむためにも必要なこと。
   
*独習としての読書を続け、集団学習としての研修などに参加
    し続けること。
   
*自己変革し続ける力こそ、私たちに求められている底力。

 
2。保育のなかの希望(資料参照)と労働組合



以上。



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2007年10月17日 (水)

水島協同病院へ

きょうは14時から、水島協同病院(倉敷医療生協)の
職員全体学習会の講師に行ってきました。

「憲法がある、ということ」という題で、1時間で話をしました。
参加は60~70名くらいでしょうか。


Dscn3230
 15分前につくと、
 ほとんど誰もいなかった。

 みなさんお仕事ですからね。
 あたりまえですが。

 私の後の学習会で使う
 プロジェクターの調整中。


私の憲法レジュメはコロコロ変化するのですが、
今日は基本的人権のところに重きを置いたのと、
医療労働者むけの話を最後に少ししてみました。


以下、講義の概要。



はじめに:空気のありがたさは、普段意識しない。
      
憲法の存在も、空気の存在と、似ている。
      
「憲法がある」ということ。


一。豊かな基本的人権の規定
 
1。日本国憲法で大事だと思う条文は?

 
2。日本国憲法で一番大事な考え方(価値)が書かれている条文は?



二。日本の戦争は美しかったか-9条が生まれた背景
 
1。日本の侵略戦争だった
   
◇アジアでは、日本の侵略戦争によって2000万人以上が
    犠牲に。日本は、戦争を引
き起こした側。日本人も、310
    万人の命が失われた。 
→資料で少し詳しく

   ◇日本人にとっては、中国人は「チャンコロ」であり、フィリピ
    ン人は「黒ん坊」だっ
た。1人ひとり、名前をもち、家族もあ
    り、生活があるのだ、という想像力が失われ
るのが戦争。
    教育の結果。戦場での憎しみの連鎖。
   
◇アジアの人びとの痛み、苦しみ、思いに対する想像力を。
    侵略した側は忘れても、侵
略された側は忘れない。
   
◇無数の死者の声なき声、戦争で傷ついた人びとの思いが
    憲法にこめられている。
   
◇憲法9条は、侵略国日本の、アジアと世界に対する国際公約

 
2。日本国憲法前文に宣言された、2つの「決意」



三。自民党のめざす改憲像

 1。福田首相は自民党の新憲法草案をつくった中心メンバーの1人

 
2。自民党の新憲法草案
  
◇そのポイント
   
①侵略戦争の反省を前文からスッパリ消している
                      (国防の責務を国民に求める)
   
②自衛隊を海外でアメリカと戦争をする軍隊につくりかえる
                             (戦争放棄の放棄)
   
③国民へは責任や義務をおしつけ、基本的人権は「お上の許
    す範囲で」
   
④憲法改正のハードルを低くし、さらなる改憲をねらう

  
◇「現行憲法が変えられた社会」では、何が起こるのか-想像力を
   
*自衛隊がイラク人を殺せるようになる(アメリカの戦争に加担)
   
*「公の秩序の維持」という名目で、自衛軍が国民に銃を向ける
    ことが可能。
   
*彼らの言う「愛国心」を強制される。基本的人権も制限。
   
*行政サービスの費用は住民が負担せよ。



四。医療者として-憲法を高くかかげて

 
1。ナイチンゲール(1820~1910)がもし現代日本に生きていたら

   
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなどを
   適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容を適
   切に選択し適切に与えること-こういったことのすべてを、患者
   の生命力の消耗を最小にするように整えること、を意味すべき
   である」                  (『看護覚え書』序章より)

   
*患者の生命力を消耗させるのは、病気だけではない。
    
・格差と貧困、人間関係、地域社会、長時間労働、
     生活と労働の場でのストレス、
医療労働者の労働条件、
     居住環境、政治の貧困、そして戦争

   
*ナイチンゲールがもし現代日本に生きていたならば、「生命
    力の消耗」を進行させる、こうした問題について、きっと「たた
    かい」を挑んでいたと思いますし、そのときの「たたかいの武
    器」は、きっと憲法だった、と私は思います。

 
2。医療者として-川島みどりさん、日野原重明さんの言葉から

   
「戦争が人々の記憶から遠ざかろうとしている。だが、忘れて
   はならないのだ、語り伝えなければならないのだ。それがどん
   なに悲惨で人間の尊厳を奪い尽くすものであるかを。『看護の
   質の向上』も、『その人らしく生きていくことを援助をする』ことの
   追求も、インフォームドコンセントも、すべては平和だからこそ
   の課題である」
(川島みどり『歩きつづけて看護』、医学書院)

   
「私は命を守る医者です。命を脅かす最大のものが戦争です。
   だから私は日本が軍隊をもつことに同意できないし、平和運動
   に徹するのは医者の務めです」
      
(日野原重明『全国革新懇ニュース』07.9.12付 No292より)


以上。



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2007年10月16日 (火)

常任理事会の議論

きのうは、県学習協の常任理事会がありました。

この間の取り組みとして、
「学習教育運動セミナーin倉敷」の成功、
74期岡山労働学校「日本の戦争教室」の取り組みの
状況が確認、論議されました。

また、今後の課題としては、
組織拡大としての『友』や会員の拡大、
倉敷での労働学校開校の検討、
08年度勤通大「新・労組コース」の取り組み、
などが議論されました。

また、来年11月の全国学習交流集会にむけて、
11月12日(月)に実行委員会立ち上げにむけた
準備会議を行い、12月に第1回の実行委員会を
行うことを確認しました。

いよいよ始動ですなー。


論議のなかで、
日亜化学の青年労働者のたたかいや、
各労組での青年問題なども出されました。

全国集会でも、どれだけの若者の力を発掘し、育て、
輝かせるか、が成功のカギをにぎっていると思います。



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2007年10月15日 (月)

新自由主義・保育の底力

週末に読み終えた本。

『新自由主義の犯罪-「属国ニッポン」経済版2』
              (大門実紀史、新日本出版社、2007年)


前著に続いて、とても読みやすく、わかりやすい。
また、著者のはげしい怒りが伝わってくる。

第2章「人間はコスト」の、
“千の風になって-母のおもい”のところの手紙は、
涙がでました。青年をモノ扱いする大企業、派遣企業は、
ほんとうに許せない。その告発の書でもあります。

古典的な自由主義の“自由”と、
いまの新自由主義の“自由”は、
その主体がまったく違う、という話は、なるほど、と納得でした。


『保育の底力-子どもを大切にするためにミニマム・エッセンス』
                   (浅井春夫、新日本出版社、2007年)

あさって、久しぶりに福祉保育労の学習会に
行くので、そのために読んだ本。

今日の子育て・保育をめぐるさまざまな課題、
子どもの権利条約のこと、
「保育の質」とは何か、
国の子育て・保育政策の問題点、
保育者・保育集団に求められること、

など、かなり現在の子育て・保育の諸課題を
網羅的に追求した内容になっています。
かなり勉強になりました。



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スパートかけるぞ

週末は、久しぶりにゆったりした休日となった。
映画をみて、読書をし、友人の家で食事をいただき、
自宅の掃除と草むしり、そして寝ころがって大リーグ中継をみる。

やはりゆとりのある生活はよい。

それにしても、まだ今年は映画を14本しかみていない。
去年は23本だったので、やはり少ない。
20本はみたいところだけれど…。
あと2か月半でスパートかけますか。
みたい映画がたくさんあれば、の話ですが。


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2007年10月12日 (金)

明治維新から満州事変まで

きのうは、74期岡山労働学校「日本の戦争」の第1講義、
「近代日本の対外戦争(1)-明治維新から満州事変まで」
行われ、26名が参加しました。

受講生25名中、21名が参加という、かなり高い出席率でした。
みなさんの学習意欲の高さを感じます。
他、単発参加2名、運営委員が3名でした。

講師は、元高校教諭(世界史)の、徳方宏治さん。
第1~3講義まで担当していただいています。

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きのうの講義は、
日本の侵略の歴史の前半部分、
明治維新から満州事変までを、一気に学びました。

「15年戦争」部分は、まだ学ぶ機会もあると思いますが、
この時期の日本の侵略と戦争の歴史については、
ほとんどみなさん学べていないのが現状。
驚きとともに、「なぜ」が広がる講義でもあったようです。


以下、講義の概略。


1.70年戦争という見方
  *1874年(明治7年)の台湾出兵から1945年(昭和20年)の
   敗戦までのほぼ70年間、日本は戦争に明け暮れた。

2.開国と明治維新
 ①開国
  *1853 ペリー来航
  *1868 明治維新
  *日本が独立できた理由

 ②明治維新でつくられた政府
  *天皇を頂点とし、資本家・地主が支配階級として労働者・
   農民を支配する。急速な工業化。強力な軍隊作り。

 ③明治国家の進む道
  (ア)欧米列強と同様の侵略国家になるか
  (イ)アジアの人民と連帯して非侵略国家になるか
    →近代日本は(ア)の道をつきすすんだ

3.侵略の始まり(台湾・朝鮮)
 ①台湾出兵
  *1871年(明治4年)台湾に漂着した琉球民が殺害されたのに
   対して、3600人の日本軍派兵。
  *背景…国内士族(旧武士)の不満をそらす。「安全弁戦争」
  *琉球(沖縄)領有の布石、さらに台湾領有の野望

 ②朝鮮への侵略開始
  *幕末から征韓論。武力で朝鮮を開国しようとする主張。
  (ア)当時の朝鮮
  (イ)1873年通商を拒否していた大院君が退き高宗が政治を担当、
     閔氏一族が実権
  (ウ)1875年 江華島事件
     1876年 日朝修好条規(江華条約)
     日本が朝鮮に押しつけた不平等条約

 ③1894~95 日清戦争
  *朝鮮支配をめぐる日本と清の争い
  (ア)1894年 朝鮮で大規模な農民反乱 甲午農民戦争
  (イ)開戦に先立つ日本の朝鮮王宮軍事占領事件
  (ウ)日清戦争の開始→日本の勝利
    下関条約で遼東半島・台湾・澎湖島を獲得
    台湾・澎湖島獲得の意味→「大東亜共栄圏」の原型
    台湾の抵抗
  (エ)日清戦争は日本と清国との戦争だけでなく、日本軍と
    朝鮮農民軍との戦いでもあった。

4.日露戦争と韓国併合
 *朝鮮・満州をめぐる日本・ロシアの対立
 ①開戦前
  (ア)1899 義和団の乱 鎮圧の先頭に日本軍・ロシア軍
  (イ)反乱後ロシアは満州に兵力増強、韓国支配をめざす
    日本と対立激化
  (ウ)国内での開戦論・反戦論
  (エ)日英同盟

 ②1904~05 日露戦争
  *陸・海で日本軍の連戦連勝
   ロシアでは第1次ロシア革命、日本は戦力消耗で戦争継続困難
  *1905年 ポーツマス条約

 ③日本の韓国併合への過程
  (ア)日本は韓国政府に日本への服従を迫る文章を次々に押しつけ、
    外交権を奪い、韓国軍隊を解散させ、日本が韓国の警察権を握る。
    義兵による抗日闘争激化
  (イ)1909年 安重根による伊藤博文射殺事件
   1910年韓国併合 朝鮮総督府設置
    日本による朝鮮の植民地化の完成

5.中国への侵略開始
 *次の目標は中国
 *中国はヨーロッパ各国によって半植民地化され、日本はなかなか
  つけ込めなかった。そこへ思わぬチャンス=第1次世界大戦

  ①第1次世界大戦と日本
   *アジアのドイツ植民地攻撃
   *1915年 中国へ「21か条要求」

  ②しかし、大戦後は経済不況に苦しむ

  ③支配層は国内の危機を大陸への侵略の強化によって解決
   しようとした。その先頭に軍部、関東軍。

6.15年戦争のはじまり
 ①満州事変
  1931.9 柳条湖事件→関東軍の軍事行動
  1932.3 満州国建国宣言
  1933.3 国際連盟脱退

 ②国内ではファシズムの進行とテロリズム



以上。


受講生の感想文をいくつか。

「学校の社会の時間では1行で終わってしまう中身を
学習ができました。明治維新後7年で戦争を始めた
のはびっくりしました。戦争の多さには驚きです」

「『70年戦争』って概念は新鮮でした。戦争のはじめ
方がくわしく知れたのが良かったです。戦争するため
なら何でもいいという考え方が、今も昔も日本のトップ
の考え方なんだなと」

「日本はずっと侵略をしていた国だけど、侵略された
ことはない。侵略をうけた中国や朝鮮の民衆が激しく
抵抗した気持ちが理解できていない状態は良くない
と思った。韓国へ旅行に行った友人がツアーのガイ
ドが安重根の銅像について何の説明もしなかった、
という話を聞いたことを思い出しました」



終了後、有志参加の喫茶店交流「なごみ」には、
約半数が参加し、「この秋したいこと」というテーマで
楽しく交流しましたー。

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 この交流も、 
 労働学校の
 魅力のひとつ。









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2007年10月11日 (木)

来年の手帳をつくる

来年の予定が少し入ってきたので、
いつもの手づくり手帳をつくってみた。
約30分で2008年の手帳が完成!

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 もちろん、
 まだ真っ白である。


さっそく、11月22~24日の「全国学習交流集会in倉敷」を
書き込んでみる。

あと1年後になってしまった。
全国集会のオルグ行脚をしたいが、
いつ頃にしようか…。

とりあえず、九州いかなくちゃな、九州。
鳥取、島根、山口・・・四国も・・・(願望)。
とりあえず西日本方面に攻勢をかけていきたいと思う(笑)。

岡山の運動にも責任を持ちながらのことであり、
なかなか忙しい1年になりそうだー。

でも夏休みは絶対に確保したいなぁ…。
手帳を眺めながら、あれこれ思索するのでありました。




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2007年10月10日 (水)

歴史教育の弱さ

今日は、午前9時から林病院(民医連加盟)の
4年目職員研修に講師で行ってきました。
来月にも同じ4年目研修で同じ話をします(参加者が違う)。

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 本日の
 参加は12名。






「憲法がある、ということ」という題で、
休憩をはさんで90分間、しゃべってきました。

だいたいこれまでと同じような話をしたのですが、
首相の交替による若干の修正、
後半は「軍事費と福祉」について話をしてみました。

憲法の講師に行くことが多くなったので、
しゃべるほうも、いつもと同じ話だと緊張感がなくなるので、
できるかぎり学習会の前に新しい本を読んで、
その内容をしゃべるようにしています。

今回は、2日前に読んだ、
『5大陸20人が語り尽くす憲法9条』の内容を
しゃべってみました。どうだったかなー。


あと、「1945年8月15日は、何の日でしょう」という質問をしたら、
あてた人が「・・・・・・」と答えられませんでした…。
横にすわっていた人が「終戦だよ」と言って、教えてくれていました。

が、やはり歴史教育の不十分さを痛感する出来事でした。
アジア諸国では、記念日です、この日が。

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地球憲法9条は近い!?

『5大陸20人が語り尽くす憲法9条』
       (グローバル9条キャンペーン編、かもがわ出版、2007年)

を読み終えました。

私たちは必然的に内側から9条をみることが多いのですが、
こうして、外側から9条をみることの大切さを感じます。

それぞれ各国のおかれた状況によっても、

また9条のとらえ方が違うのがおもしろい。

それにしても、チャールズ・オーバービー博士の言っていた、
「地球憲法第9条」が実現する時代は、そう遠くないかもしれないし、
ぜひ実現したい、と思いました。

感動的な言葉にもたくさん出会える本です。

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2007年10月 9日 (火)

めいっ子と広島へ

きのう(8日)は、ちょっとしたミニ旅行に。

昨年、沖縄へ一緒に2人旅をした、
10歳のめいっ子と、
今度もまた2人で広島へ行ってきました。

今年の夏はどこにも遊びに連れていけなかったので、
「8日にどこかへ行こう」と約束していたのでありました。

でも、広島に行こうと決めたのは、前日。
かなり行き当たりばったりの日帰り旅になりました。

午前8時に迎えに行き、
そのまま高速道路で2時間。広島に到着。


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 とりあえずやっぱり
 平和公園でしょ。

 広島に着くころには
 雨もあがり、
 逆に暑い!

 この日は30度まで
 あがったとか。




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 やっぱりとりあえず
 平和資料館へ。

 大人50円。
 小人30円。

 3連休だからか、
 人が多い!





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 「島外科」上空
 580メートルで
 炸裂した原爆は、
 
 瞬間、火の玉として
 広島上空にあらわれた。






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 展示をみてまわる。

 10歳の彼女は、
 何を感じたことだろう。

 「はだしのゲンは読んだ
 ことあるよ」と言っていた。

 私もあれこれ説明する。
 05年8月の広島での学びが
 確実に生きている。





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 熱線で
 焼け焦げたもの。

 すさまじい。








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 佐々木禎子さん
 自身がつくった折鶴。

 病床で、病気の回復を
 願い、1300羽の
 折鶴をつくったが、
 残念ながら亡くなった。

 めいっ子とほとんど歳は
 変わらない。



ひと通り見てまわり(かなり早足だったけど)、
私もあれこれ語って聞かせたが、
これが少しでも彼女の今後に生きてくれることを願う。

原爆資料館を出て、
「とりあえずお好み焼き食べよう」と、昼食に。


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 腹ごしらえ~。








昼食をたべ、
爆心地点の「島外科」に行ってみる。


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「この上で原爆が爆発したんでー」と説明してみる。



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 お久しぶりの
 原爆ドーム。








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 むむ!
 あれが問題の
 高層マンションか?

 たしかに
 世界遺産でもある
 原爆ドームの
 近くには
 ふさわしくない気がする。





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 平和公園内を
 うろちょろする。

 原爆の子の像。







平和公園をあとにし、今度は宮島に。
「広島に行くんだったら、宮島に行きたい」と、
行きの車の中でめいっ子が言うので、
「では行くか」ということに。

実は、私は宮島には行ったことがない。
恥ずかしながら、宮島は「陸続き」だときのうまで思ってました(笑)。

が、フェリーで行くんですね。行ってみて知りました。


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 フェリーで
 10分で着きました。









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 3連休で
 観光客がたくさん。

 めいっ子は、
 去年も来たことが
 あるそうで、
 「こっちこっち」と
 案内される。




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 土産物屋の
 数にもびっくり。

 世界遺産が
 あるところは強い。

 やっぱり多いのは
 もみじ饅頭のお店。




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 厳島神社に入ってみる。

 色鮮やかな神社です。








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 なかなか絵になります。










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 ちょっと
 見えにくいけど、
 能舞台。

 歴史を感じます。





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 てな感じで、
 世界遺産を
 楽しみました。






「塾が6時にあるから、それまでに連れて帰ってほしい」
との母親からの連絡があり、14時40分に宮島に別れをつげる。

帰りも高速道路をつっぱしり、
無事、5時過ぎには岡山に着いたのでありました。

1日、いろいろと近況をきいたり、
「なんと!」という情報があったりで、
まずまずめいっ子さんも楽しんで
もらえたのではないかと思います。

「また沖縄に行きたいなー」とも言ってたので、
それもなんとか考えてやろうと思います。


おしまい。



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2007年10月 7日 (日)

沖縄戦にも手をつけはじめる

最近読み終えた本。

『歩きつづけて看護』(川島みどり、医学書院、2000年)

ソワニエの最後の授業のときに紹介した本。
川島みどりさんの「日本戦後看護史論」ともいうべき本か。

戦後、日本は連合国の占領化にあったため、
アメリカ看護の影響を色濃く受けたこと。

「看護とは何か」を自ら研究・
実践してきた看護師たちの歴史。

看護師の人権をめぐってのたたかい、
労働条件をめぐってのたたかい。

看護の役割の多様性と広がり。
それを担ったパイオニアたちの歩み。

戦争と看護。沖縄の看護。

などなど、かなり内容は多岐にわたっている。


「60年の病院統一スト」や「ニッパチ闘争」などは、
いつ学んでも、ジーンとくるものがある。

看護学生たちにも、
この先輩たちの苦闘の歴史をしっかり受け継ぎ、
いつも「前を向いて歩きつづける看護師」になってほしい、と思う。



『「集団自決」を心に刻んで-一沖縄キリスト者からの精神史』
                      (金城重明、高文研、1995年)

『沖縄の旅・アブチラガマと轟の壕-国内が戦場になったとき』
                   (石原昌家、集英社新書、2000年)


今度の労働学校講義に向けての学び。
これまでも沖縄戦に関する文献はある程度読んできているが、

①沖縄戦の無数の悲劇の実相
②今日における沖縄戦の教訓とは何か
③歴史を伝え教えることをめぐっての対決

ということが主な眼目になるのかと思う。

沖縄戦の教訓として、
「軍隊は国民を守らなかった」というものがある。
これは、まぎれもない事実だった。

が、もう少しこれを今日的に引きつけて
教訓化する作業をしたいと思う。
「憲法9条のもとでの自衛隊のあり方」と
国民意識などを考えながら・・・。

でも、あまり時間がない! 急がなくっちゃ。


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2007年10月 5日 (金)

「学力世界一」の哲学

きのうの入学式の興奮からか、昨晩はほとんど寝れず…。
こんなことは数年に1度しかない。
だいたい寝ようと思ってその体制に入れば、
20分以内で、寝てしまう私なのに。

おかげで、すでに夕方からは仕事の効率が落ち始めている。
日曜日の学習会の準備も、「過去の遺産」でなんとかつじつまを
あわせようと・・・・・・イカン!こんなことでは。

ということで、急きょ、新しい刺激を注入しました。

『オッリペッカ・ヘイノネン 「学力世界一」がもたらすもの』
         (オッリペッカ・ヘイノネン+佐藤学、NHK出版、2007年)

を読みました。

以前NHKのBSだったと思うけど、
この本のもとになった番組「NHK未来への提言」をみて、
とても刺激的だったことを覚えている。


29歳でフィンランドの教育大臣となり、
現在の「学力世界一」の基盤をつくった中心的な
役割を担った、ヘイノネン氏へのインタビュー。


やはり、この人の語る内容は、
哲学そものです。ひと言ひと言が、深い。


その、ヘイノネン氏が語る「21世紀に求められる力」とは何か。


「今日の世界では何もかもが目まぐるしく変わり、周囲に
膨大な量の情報があふれています。変化に適応し生き
抜くためには自分で自分を導いていかなければなりませ
ん。自分自身を知らなければなりませんし、自分の内面
から新しいことを学ぼうというモチベーションが生まれな
ければなりません。
 
人びとが自ら学ぶ力が必要なのです。新しい出来事に
対応する能力、将来思わぬ問題が起きたときにそれを解
決する能力が重要です。その能力を養うためには学ぶ力
を身につけなければなりません。他者と協力する力や他
国とコミュニケーションをとる力も求められ、言葉の教育も
重要です」


他にも、
学校や校長、教師に大幅に権限を委譲し、
教師集団の自主性を引き出し、教育の質の向上を
はかったこと。

教育の機会均等の平等は絶対に必要な基盤で
あること、などを強調されています。

まったく、日本の教育と180℃方向性が違います。



それにしても、国民の77%が、
毎日平均1時間読書をしているというから、
フィンランドはすごい国ですな。

たぶん日本はその逆で、
33%ぐらいかも…(あくまで印象です)。


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2007年10月 4日 (木)

74期がスタート!

今日、第74期岡山労働学校「日本の戦争教室」が開校されました。

入学式記念講演は、
「『慰安婦』と心はひとつ 女子大生はたたかう」というテーマで、
神戸女学院大学・石川康宏教授のゼミナールの3年生ゼミの
お二人、児玉さんと宮崎さんをお迎えして、行われました。

参加は74名!
 (74期にピッタリの人数だなぁ)
会場いっぱいの参加者で、熱気むんむんでした。

児玉さん、宮崎さんのお二人は、

なぜ自分たちがこのゼミで『慰安婦』問題を学ぼうと思ったのか、
実際にゼミで学んだこと、
東京の「女たちの戦争と平和資料館」や
靖国神社に行き、見てきたこと、感じたこと、

そして、9月に、韓国に訪問し、
「ナヌムの家」や資料館で学び、
ハルモニたちとの交流や
水曜集会で何を訴えたのか、

などなど、この半年間の学びを
スライド写真をふんだんに使いながら語られました。
「日本の加害の事実を学ぶこと」の意味が、
お二人の学びを通じて、
リアルに伝わっていた、と思います。


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 こんな感じです。








感想でも多くだされていましたが、
「自分の言葉で伝える」という彼女たちの姿勢は、
ほんとうに見ていてすばらしく感じました。


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 講演中の
 お二人。








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 参加者も
 みなさん
真剣に
 聞き入って
 いました。





さまざまな葛藤や悩みなどの経験なども
率直に語られ、それを乗りこえてきた
強さが印象的でした。

終了後、
韓国の水曜集会で実際にかかげた
横断幕を披露していただきました。


Dscn3156_2 


 いや~、これを
 持ってきて
 もらえるとは
 思いませんでした。

 感動です。




参加者の感想文もどれも良かったのですが、
そのうちのいくつかをご紹介します。

「学ぶって変わることなんだと、お2人を見て改めて
思いました。日本人の女の子がハルモニと連帯でき
るということは、日本と韓国の未来の可能性を示して
いるな、と思います。
 お話を聞いていて、涙がでてしまいましたが、2人
が本当にハルモニに共感し、伝えたい思いがあった
から、だと思います。
 『侵略戦争を隠して未来が見えますか』すごく『ああ、
そうだなぁ』と思わされました。自分とほとんど歳が変
わらない学生さんが頑張ってることに勇気をもらいま
した。私もしっかり社会に参加したいです」
                     (20代、女性)

「知らない歴史をたくさん知りました。毎週水曜に日
本大使館前で、抗議集会を続けていることは、知り
ませんでした。日本に住んで、何も考えずに過ごし
ていると、そんな大切な情報は入ってこないなと思い
ました。
 講師のお二人の話を聞いて、大切だなと思ったこ
とは、『自分の目で、耳で、リアルな物事を見聞きす
る』ということです。韓国に行って、強い意志が持て
たという話が、とても心に響きました。何をするにも
一番大切なことだと思います。自分もそんな強い意
志を持って、いろんなことにチャレンジしていきたい
です」                 (30代、男性)

「本日の講演を聞いて、同年代の子たちが、こんな
に一生懸命になって勉強していることに感心しまし
た。自分自身、勉強したほうではないので、本当に
今日の講演は自分にとって大きなものになりました。
 興味や関心を持てたことが今日の収穫です。自分
も兵庫県内の大学に通っていたのですが、同じ県内
の大学にこんなに良い大学、良いゼミがあることは
知りませんでした。今日の児玉さん、宮崎さんに負け
ないように、個人的にも、政治や国際関係、社会に
ついて勉強していこうと思いました。ありがとうござい
ました」                (20代、男性)

「事実の重みをしっかり受けとめれる人間でありたい
と思う。自分の言葉で語ることの魅力、パワーを彼女
たちから学んだ。『戦争』を語りつぐ、というのは、い
ろんな視点から語りつぐ必要があるし、その広げ方
のヒントを、考えさせられた」    (30代、女性)

「若い女性がこのような問題に興味をもって、学んで
おられることに驚きました。
 『慰安婦』のことは知っていましたが、確かに見て
見ぬふりをしていた自分を反省しました。自分が知る
こと学ぶことだけでなく行動を起こそうと決意したおふ
たりは素晴らしいと思います」       (女性)

「女子大の学生がイアンフ問題を真剣に学ぼうとして
いるという事実を目の前にして、感動しています。
希望を持つことができました」   (40代、男性)

「半年の間に勉強されたことの大きさを感じました。
『知って終わりだった』ことから、『知ったことを伝え
ていかないといけない』という考えに変わったという
お話に感動しました」        (50代、女性)

「うたに託して

“学んだことを”“伝えたい” 女子大生は たたかうという

ハルモ二とピースサインでハイ、ポーズ!若い感性が写っている

“つないだ手がちっちゃかった”
                 ・・若きらとハルモ二の思いが重なりており

Tシャツのハングルがたたかっている 
                  『ハルモ二たちの戦争は終わっていない』 

『ハルモ二を苦しめているのは日本社会、そして一員である私たち』 
                           会場に流れる若きらの声

 素敵な学習会でした。若い彼女たちが学んだことを
一生懸命伝えてくれる姿は清々しいです。
 
考えながら、言葉を選びながら、誠実に真摯に答え
ているお二人に、しばしば胸があつくなりました。平和
は私たちの手で創り出すもの・・・彼女たちを前に、あら
ためて心に刻みました。ありがとうございました」
                         (女性)


まだまだたくさんの感想文が
寄せられました。ありがとうございました。


74期の通し受講生も25名となり、
「日本の戦争教室」は、大成功のスタートを
きりました。

入学式のエピソードは他にも
たくさんあるのですが、
とても書ききれません。

3人の受講生による「受講の訴え」も、
とても、すばらしいものでした。

もちろん、運営委員の奮闘も。


忘れられない入学式、になったと思います。
参加されたみなさん、
なにより講師に来てくださった児玉さん、宮崎さんに、
感謝のひと言です。

ありがとうございました。


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お~~届いた

月曜日に頼んでいた『琉球新報』(9月30日付)が本日届いた。
(なぜか『沖縄タイムス』はまだこない)

みてくださいよ、この県民集会の写真を!


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見開き2面つかっての見事な航空写真。
中身は後日、ゆっくり読もう。

そう、残念ながら今日は時間がないのだ!

今晩の労働学校入学式の準備に
いそいそと、いそしみます。(もう7割方できてるけど)


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2007年10月 3日 (水)

74期労働学校 明日開校

第74期岡山労働学校「日本の戦争教室」が、
いよいよ明日開校です!


あらためて、カリキュラムをお知らせいたします。
なかなか募集活動も苦戦しております。
でも、さいごまで広げきるためにがんばろうと思います。



①10/ 4(木)
  記念講演「『慰安婦』と心はひとつ-女子大生はたたかう」
       /児玉晴佳・宮崎裕子(神戸女学院大学 石川康宏ゼミナール)


②10/11(木)
   第1講義「侵略戦争への道(1)-明治維新から満州事変まで」
                           /徳方宏治(元高校教諭)


③10/18(木)
   第2講義「侵略戦争への道(2)-日中戦争から太平洋戦争へ」
                              /徳方宏治


④10/20(土)
   映画鑑賞「日本の青空」/三木記念ホール(実費負担)


⑤10/25(木)
  第3講義「アジアの独立は日本のおかげか?」
                            /徳方宏治


⑥11/ 1(木)
   第4講義「韓国現代史-日本の植民地支配からの、苦難のあゆみ」
                        /長久啓太(県学習協事務局長)


⑦11/ 8(木)
   第5講義「沖縄戦とは何だったのか-歴史から消せない事実」
                             /長久啓太


⑧11/10(土)
   ふれあいコンパ


⑨11/15(木)
   第6講義「日本軍と毒ガス兵器-今も残るつめあと」
             /上羽修(岡山・十五年戦争資料センター事務局長)


⑩11/22(木)
   第7講義「自民党は憲法をどう変えようとしているのか」
                       /坪中明久(県学習協講師)


⑪11/29(木)
  第8講義「餓死した英霊たち-兵士は美しく死んだか」
                       /藤原真(県高教組書記長)


⑫12/ 6(木)
  第9講義「靖国問題と政治対決-変えるのは私たち」
                               /長久啓太


⑬12/ 8(土) 修了式&修了コンパ



【募集要項】

期間:2007.10.4(木)~12.8(土)
時間:18:30~21:00(終了後有志参加で「なごみ」)

会場:岡山市勤労者福祉センター(岡山市春日町5-6)
受講料:10,000円(県学習協会員は8,000円、学生は4,000円)
      単発参加は1回1,500円〔学生600円〕、入学式のみ1,000円
修了資格:全13回のうち、8回以上の出席の方に修了証書をお渡しします


【お申込み・お問い合わせ先】
岡山県労働者学習協会


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2007年10月 2日 (火)

『友』10月号&別冊

『学習の友』10月号の主な記事。

◇特集「いまある権利と労働法制改悪」

  *総点検 法律を知って職場と働き方をみなおそう
   ①長時間労働とサービス残業(笹山尚人)
   ②男女差別・雇用形態による差別(笹山尚人)
   ③解雇(松本恵美子)
   ④不安定雇用(鷲見賢一郎)
   ⑤労働条件の切り下げと団結権(新宅正雄)

  *労働法の大切さ、政治でがんばる大切さ(松井繁明)
  *権利を実現するのは、労働組合(大木寿)
  *政府・財界のめざす労働法制改悪(増田尚)

◇参議院選挙結果をどうみるか(山田敬男)

◇新連載 憲法9条で平和を築くために
 第1回「憲法9条はどのようにして生まれたか」


わたくしの「キラリ、憲法」の2回目も掲載されています。
ご笑覧ください(一応3回目まで私が書く予定)。



また今回は
『学習の友別冊 essence2 自己変革と社会変革を考える』
も一緒に発売されております。

 第1章 「スピリチュアル・ブーム」を考える(中田進)
 第2章 「自己責任」、「個の自立」イデオロギーを斬る(稲生勝)
 第3章 市場原理は経済発展の特効薬なのか(川上則道)
 第4章 改憲派はどのような「国づくり」をめざしているのか(山田敬男)
 第5章 たたかいへの主体的力量をどう高めるか(吉井清文)


じつは、どちらもまだパラパラとしか読んでない!(こら!)
配ってる人がそれでえーんかい。

今晩読みます、はい。


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2007年10月 1日 (月)

続・県民大会の興奮

29日の沖縄の県民大会の様子を伝える
新聞の写真をみて、身震いするほど感動している。

勢いで今日、「琉球新報」と「沖縄タイムス」に、
「30日付の朝刊を一部ください」と電話してしまった。

2~3日後には届くだろう。
楽しみだ。

ちなみに、常時購読となると、
新聞代+郵送料で、月に5000円近くになるそうな。
そして届くのはだいたい2~3日まえの新聞…。
でも、ちょっと心が揺れている。

あーあー、もうちょっとお金持ちだったらなー。
迷いなく沖縄の新聞とるのになー。


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