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2007年9月29日 (土)

11万人が参加!!

今日、沖縄で行われた県民大会は
な、なんと11万人が参加(主催者発表)!!!
宮古島や石垣島でも同様の集会が開かれました!

いま、10万人をこえる集会なんて、どこの都道府県でも、
単独でできませんよ。すごい、すごいです。

「島ぐるみのたたかい」が、この21世紀にも、
新しい形で発展してきています。

じつは、この「教科書問題」の県民大会開催が決まったとき、
「行きたい」とマジメに思ったのだけれど、
この時期に行くのは仕事上ちょっと無理かなと思い、あきらめた。

でも、やっぱり無理してでも行けばよかった!
沖縄の人たちのたたかいのど真ん中に、自分もいたかった…。

残念だけれど、私は岡山で、自分の持ち場で、
がんばろうと思います。
今度の労働学校の沖縄戦の講義、
ますます意欲が出てきました!


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未来をつくる仲間として

『全国商工新聞』という新聞がある。
最近この新聞に、注目のジャーナリスト、
堤未果(つつみみか)さんが連載エッセイを書いていて、
毎回楽しみに読んでいる。
(『クレスコ』という教育運動誌の連載も読んでいる)

で、10月1日号の『商工新聞』の堤さんの
「未来をつくる仲間」という一文は、
とても共感する内容でしたので、
『商工新聞』さんには申し訳ないのですが、
書き写させていただき、ご紹介したいと思います。


以下。


 「若い人たちの心がつかめない」-全国で講演し
ていると、質疑応答で一番多く出てくるのがこんな
声だ。


 憲法改正を掲げる首相の下で、それまで当たり
前のように守られてきた日本の私たちは、初めて
真剣に「平和」について考えるようになった。その
結果、戦争放棄の貴さを改めて認識した多くの人
たちが各地で立ち上がり、9条の会は全国で6200
を超え、今も毎月200ずつ増えている。

 だが彼らの悩みは、会員の平均年齢が上がる
ばかりで次世代を巻き込んでいけないことだという。
 
「若者は無関心」「彼らは自分にしか興味がなく、
国政など知らんぷりだ」というため息が聞えてくる。
だが、本当にそうだろうか?


 講演先で出会う高校生や大学生、フリーターに
新米の看護師や教師たちなどは、声をそろえて抗
議する。「大人たちは分かってない」と。インターネ
ットで県内の高校生たちに声をかけ、1万羽の鶴を
手にバスで16時間かけ長崎の平和式典に参加し
た静岡の高校生グループがいる。炎天下の夏、京
都で乏しい資金をやりくりし公園で平和のための学
習会を主催したフリーターたちがいる。過酷な勤務
時間の合間をぬって、「お年寄りが平和に暮らせる
社会をつくる」ために集会を開く東京の若い看護師
たちがいる。

 生きてきた年数は短くとも、彼らはちゃんと体で
感じている。戦争を知らない世代にとって9条が遠
い存在でも、これ以上格差が拡大されれば、いつ
か生活のために戦争に行くことになるのは若い自
分たちであることを。「戦争vs平和」という今までの
価値観で動かそうとするのではなく、
格差社会を生
きる彼らの不安に目線を合わせ、必要ならばいつ
でも知恵を貸し、だがその先に続く希望は「未来を
つくる仲間」として彼らと共に探してゆく。


 
「平和」という美しい言葉でさえも、正論として押し
付ければ対立を生みその輝きを失ってしまう。時代
を超えて貴いものを手渡すために謙虚さと戦略が
必要なのは、私たち大人の方なのだ。

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2007年9月28日 (金)

15回無事に終了!

今日は午後、ソワニエ看護専門学校1年生の15回目の講義。
最終回でした。

が、直前まで準備ができておらず、
レジュメができたのが1時間前、
それを人数分刷って完成させたのが30分前という
恐ろしい綱渡りでありました。

今日は
「日本国憲法の哲学(4)」ということで、
憲法「改正」の動きや自民党の新憲法草案の検討、
戦争と福祉の関係性など、話をしてみました。

軍事費のムダづかいぶりには、
学生さんも驚いていたようでした。
まず、知ることが大事です。



今年のソワニエ講義は、昨年の倍の長丁場だったので、
なかなか体力的にはしんどいものがありましたが、
それだけ自分自身を鍛える場にはなったと思います。

とくに「読書日記」は自分自身の学びの幅をさらに
広げるものであったし、学生さんにも好評のようでした。
来年も続けてみようと思います。

じつは、今年も、学生さんに紹介しよう、と買いためていた
本が、結局20冊近く紹介できないまま(つまり私に読まれないまま)、
事務所の本棚に飾ってあるのであります。

Dscn3116_2 



 こ
れは来年に
 とっておこうと
 思います。







さて、学生さんに課題として出したレポートが
2週間後に届くのを、楽しみに待ちたいと思います。

今晩は乾杯しなければ、乾杯。
自分へのおつかれさまの意味をこめて。



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2007年9月27日 (木)

緊張して悪夢をみた

74期岡山労働学校「日本の戦争教室」が、
いよいよ来週木曜日に開校になる。

つまり、残り1週間だ。

労働学校は10数年間やっているが、
いつもこの時期は、胸がキリキリ痛む。
募集の最終盤だからだ。

じつは、今日、はっきり覚えている夢をみた。
恐ろしい夢だった。

舞台は74期岡山労働学校入学式。
人は大勢いたようだが、
進行がうまくいかず、あたふた。
しかも、記念講演で使うプロジェクターを準備するのを、
入学式が始まるまですっかり忘れていたという
恐ろしい夢だった(笑)。

夢をみながら、「これは夢だろうな」という自覚があったので、
「こんな悪夢ははやく覚めなきゃあかん」と思い、
「えいや」と念じると、見事に目が覚めた(なかなかの技でしょ)。

時計をみると、3時17分だった。

おかげで今日は眠い。


このように、確実に緊張感が高まっている
日々なのであります。

きのう、ようやく通し受講が20名をこえ、
10月4日の記念講演の参加確認が50名をこえたが、
どちらもまだ目標の半分だ。
運営委員会もがんばっている。もうひとふんばり。


あと1週間、どんな結果が出ますやら。
全力をつくすのみ!



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2007年9月26日 (水)

朝鮮戦争・土・釈迦内

最近読み終えた本。

『史実で語る朝鮮戦争協力の全容』(山崎静雄、本の泉社、1998年)

朝鮮戦争のさい、アメリカは日本のモノと人を総動員して
戦争に協力させたという事実があります。

占領時代の歴史の暗部だけに、
なかなか資料が少なく、またまとまった研究もないそうで、
貴重な本だと思います。

 もくじ

 第1章 アメリカの介入
 第2章 日本政府の選択とねらい
 第3章 朝鮮戦争協力の実施体制
 第4章 分野別調達状況
 第5章 戦争地域に出動した日本海運
 第6章 米軍の出撃と兵站ささえた国鉄の輸送協力
 第7章 傷病兵治療と日赤看護婦動員
 第8章 関係地方自治体の状況
 第9章 朝鮮上陸作戦を保障した機雷掃海


驚きの事実がたくさんあったのですが、
確認できることは、米軍(国連軍)は日本の協力がなければ、
朝鮮戦争をたたかうことはできなかった、ということです。

また、1950年10月17日、
国連軍の元山上陸作戦のさい、日本の掃海部隊が
朝鮮半島が目と鼻の先にある元山周辺水域の
機雷掃海に動員され、1隻が機雷に接触、沈没。
25歳の青年が亡くなっています。

すでに平和憲法が施行されていた日本で、
戦争に動員され、命を奪われた人がいるということです。

この事実を、重く受け止めたいと思います。


『土を喰う日々-わが精進十二ヵ月』(水上勉、新潮文庫、1982年)

読んでみたいと思っていた本。

水上勉さんが1年間、軽井沢の自宅(?)の畑でとれた
野菜などを中心に精進料理を自ら調理、食した記録エッセイ。

やっぱり、人間は、土から離れてはアカン、と思いました。
そして、春夏秋冬、もっと季節を五感で感じる生活を送りたい。

たいへんだとは思うけど、あこがれの生活です。
どんな食材でも、その命のエネルギーをいただいている、
という感覚を大事にしたいです。



『釈迦内柩唄』(水上勉、新日本出版社、2007年)

お芝居を観て、すぐに読みました。
有馬さんのひとり芝居の情景を思い浮かべながら、
言葉をかみしめました。

さいごのコスモス畑の話が好きです。



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2007年9月25日 (火)

文化の香る3連休

この3連休は、なかなか文化的でした。

土日は昼間に仕事もしたのだけれど、

22日(土)の晩は、『釈迦内柩唄』のお芝居、
23日(日)の晩は、地元早島町でのコンサート。

どちらも素晴らしかった。

まず
『釈迦内柩唄』
平和の波岡山の10周年記念で行われた、
有馬理恵さんのひとり芝居。

有馬さんに直接お会いするのはこれがはじめてでした。
残念ながらデジカメの電池切れのため、写真はとれず。


Dscn3113







 とりあえず
 
ちっちゃい
 ポスターを
 撮ってみた。









花岡事件をおもな題材にしたこのお芝居。
脚本のすばらしさもさることながら、
有馬さんの演技に感動しっぱなし!

『釈迦内柩唄』は水上勉さんの戯曲ですが、
以前、同じく水上勉さんの『ブンナよ、木からおりてこい』の
お芝居をみたとき(もう10年ぐらい前)の感動と同じ感覚でした。

人間の笑顔って、こんなにもすばらしいんだなぁーって。
笑顔だけでなく、喜怒哀楽の表現が
とにかくすばらしく、圧倒されました。

この『釈迦内柩唄』を生涯のライフワークにするという有馬さん。
一気に有馬理恵さんのファンになりました。
久しぶりに、こんなにも内面の美しい人を見ました。
自分の世間擦れが恥ずかしい。


お芝居の終了後、サインセールがあったので、
水上勉さんの原作本に有馬さんのサインをいただいて
しまいました! 握手もしてしまいました!



…さて落ち着いて23日のコンサートの話も。

この日は、
ヴァイオリニストの千住真理子さんのリサイタル
この千住さんはその世界ではかなり有名だとか(無知ですみません)。

じつは、私が住む早島町には、役場の南向かいに
「ゆるびの舎」という文化ホールを備えた施設があり、
年に2~3回、「おっ」というコンサートが行われるのです。
値段もかなりお得。

早島に引っ越してから約4年。
もう10回近くはこうしたコンサートに出かけたでしょうか。
coba、羽田健太郎、錦織健などの有名どころをはじめ、
なかなかよい企画をしてくれます。
自宅から車で5分というところでこうしたコンサートが
きけるというのは、とても幸せなことだと思います。


Dscn3089
 これが「ゆるびの舎」

 立派ですよ~。
 人口1万2千人の町なのに。
 早島町は税収が多いからな~。





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 そしてこれが
 ホール内。

 約
500人収容。
 中規模ですが、
 それがまたよい。

 音響もいいんですよ。




で、千住さんのコンサートですが、
これもほんとーに、素晴らしかった。

350年前にイタリアのヴァイオリンづくりの名人が
つくったヴァイオリン(名前は忘れた)をつかい、
誰でも知っているような名曲をおりまぜながらのリサイタル。
とにかくヴァイオリンの音色の幅の広さ、奥深さにびっくり。

アンコールも3曲してもらって、大満足でした。
いや~一流の人のアートはすばらしい。
これまた千住さんのファンになってしまいました、ファンに。


そして、きのう(24日)は、
めいっこ(4歳)のピアノ発表会で水島サロンに。
めいっこの成長ぶりはなかなかのものです。



ということで、この3連休は、久々に
アートな3連休でした。



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2007年9月23日 (日)

北海道(下)-旭山動物園

北海道の旅、後編。

9月10日(月)

この日はあいにくの雨模様でしたが、
開園してまもなくから、閉演まぎわまで、
1日中、 旭山動物園にいました。

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 入園して、
 とりあえず
 「もぐもぐタイム」を
 (エサやりの時間)
 チェック。

 





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 とりあえず、
 午前中の人が
 少ないうちに、
 一番人気の 
 「ほっきょくぐま館」に。








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 いた~!

 ホッキョクグマ
 ですよ。

 思ったより
 大きい。
 雄たけびの
 ポーズ。



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 こんな間近に。
 すごい迫力。
 






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 ホッキョクグマ
 が泳いでいる
 ところを
 初めて
 見ました。

 これは感動
 します。




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 溺れている
 わけではない。

 上手にターン
 するんですよ。





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 むらがる
 人間たち。

 ホッキョクグマ
 の
 もぐもぐタイム
 も、しっかり
 見ることが
 できました。




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 続いて、
 これまた
 人気のある
 「あざらし館」
 へ。
 この時点で
 動物園は
 人でごった
 がえしていた。




Dscn2828

 あざらし館と
 言えば!

 この円柱の
 水槽を
 さっそうと泳ぐ
 あざらしを
 見る。





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 泳ぐスピードが
 早いので、

 なかなかうまく
 写真に納まらない。

 スイスイ泳ぐ
 あざらし。






Dscn2841
 つづいて
 ペンギン館。

 見てのとおり、 
 いろいろな
 ところに
 のぞき窓が
 あり、色々な
 角度から
 見られる。




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 うーむ、
 かわいい。










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 この動物園は
 自動販売機
 にも動物が。

 絵はもちろん
 あべひろし。





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 こんな感じで。










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 途中、
 園内にある
 観覧車にのり、
 上から
 動物園を
 ながめてみる。





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 きりん。









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 サイ。

 大きかった。







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 チンパンジー。
 人間に一番
 近い動物。

 雨のせいか、
 室内で
 おとなしかった。





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 これも
 自動販売機。

 この遊び心が
 すばらしい。







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 オラウータン。

 想像以上の
 大きさ。

 見入って
 しまった。





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 ヒョウ。









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 ライオン。

 おたけびが
 すごかった。






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 トラ!

 すごい迫力!







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 トラ
 かっこい~。









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 ぺんぎん館
 の中に
 入ってみる。

 わくわく。






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 ぺ、ぺ、
 ぺんぎんが
 空を
 飛んでいる!

 恐るべし
 旭山動物園!





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 あざらしより
 泳ぐの早い
 かんじ。

 美しい泳ぎ。





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 すごいぞ!









そろそろ夕方になり、
人も少なくなってきたので、
あざらし館、ほっきょくぐま館、など、
ふたたび人気動物のところへ行く。


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 あざらしを下から
 ながめる。

 








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 やっぱり
 すごい迫力。
 
 ほっきょくぐま。








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 こんなふうに、
 各動物のところに
 手づくりの解説が
 あるのが良い。





Dscn3017
 ナイーブな
 ほっきょくぐま
 コユキ。

 いつもと違う
 エサのさんまを
 あげたら
 ショックで
 1週間寝込ん
 でしまったとか。



Dscn3022






 ハッピーの
 喪中。

 こうした
 表現方法も、
 この動物園
 独特です。
 










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 最後に行った
 にほんざる。

 雨でも活発に
 遊んで
 いました。





有名どころを中心に紹介しましたが、
旭山動物園には他にもたくさんの
動物たちがいました。

1日いたので、ほぼ全部見れたと思います。

動物たちのしぐさや見事な動きに感動しっぱなしでした。
また飼育員さんをはじめ、
動物を楽しく見てもらおうと、工夫や遊び心満載の、
その姿勢も、たいへん勉強になりました。


大満足で動物園をあとにし、
この日は旭川でもう1泊。

11日(火)は朝、旭川の街の中の公園にいったり、
旭川ラーメンを食べてから、札幌経由で新千歳空港へ。


まんぞく、まんぞくの北海道旅でした。


おしまい。



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北海道(上)-富良野・美瑛

9月8日~11日まで、北海道に行ってきました。
今回は相方の「旭山動物園に行きたい」という強い希望があり、
いつもならこの時期は沖縄なのですが、
今回は北への旅となりました。
じつは、わたくし北海道は初めて(相方は4回目ぐらいだったらしい)。


では、一気に旅の様子をご報告したいと思います。

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9月8日(土)
 岡山空港12時15分発の
 飛行機にのりこむ。
 全日空は久しぶりです。



14時すぎに新千歳空港に到着。
レンタカーをかりて、そのまま今日の宿泊地、
富良野へ向かう。

Dscn2569



 走ること約2時間。
 ライダーたちとすれ違う。






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 富良野で有名な
 お菓子屋さんで
 休憩。

 ここのケーキはたしかに
 おいしかった。

 すでに17時頃。



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 夕食前に、
 「優しい時間」という
 倉本総プロデュースの
 観光名所でウロウロ。

 買い物はしなかったけど。



夜はけっこう冷えて、ちょっと風邪の症状が出始めたので、
この日は夕食をホテルでとって、すぐに就寝。


9月9日(日)

朝食をとってすぐに出発。この日は富良野散策を中心に、
美瑛もまわって旭川に向かいました。

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 池のある
 静かな公園に。








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 エサを得るために
 水に顔をつっこむ
 カモ。

 みんな必死に
 生きている。




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 富良野をドライブ。
 玉ねぎ畑が
 多かったです。

 有名な
 ラベンダーは春の
 時期がピーク。



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 富良野は
 盆地のような地形。

 ここはワインになる
 ぶどうの栽培。





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 この公園で
 ちょっと休憩。







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 さっそく間食する。
 ピザセット。






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 そして昼食。

 富良野の
 イタリアンレストラン。 

 パスタランチ。




Dscn2640
 昼食をとったあとも、
 富良野を
 ぐるぐるとまわる。

 ここは「北の国から」
 で使われた五郎の家。
 
 このドラマ、
 見てたなー。

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 だんだんと天気も
 良くなってきた。

 雲がきれいだなー。






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 ドライブが
 気持ちいい。







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 高台から見た
 富良野の風景。

 春はもっと
 ビューティフル
 なんだろうなぁ。







富良野ドライブを堪能し、
今度はとなりまちの美瑛へ。

もうこれは解説なしで景色を見ていただきましょう。
美瑛はすごかった。北海道にきたーって感じでした。

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美瑛の美しさは、スペシャルでした。

さて、この日は晩になって旭川に入り、
夕食は地ビール館で
ジンギスカンと地ビール各種をおいしくいただきました。


さて、いよいよ明日は、旅のメインの旭山動物園です。


(下)へつづく。


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2007年9月22日 (土)

最近NHKしか見んな

きのう晩のNHKの“MONGOL800”(沖縄出身のロックバンド)
のドキュメンタリーはよかったなー。
モンパチの歌や人柄にもとっても共感できたけど、
離島を一緒に旅した感じで、得した気分になりました。

そしてNHKといえば、
先日、生活ホットモーニングという朝の番組で、

「この人にトキメキっ!特別対談 日野原重明 三國連太郎」
という企画をやっていて、仕事に行こうと準備をしていたのを
ストップし、見入ってしまいました。

そのときは突然のことでビデオに録ることができなかった

のだけれど、明日の10時から再放送がBS2であるそうなので、
しっかり録画したい。

三國連太郎さんが沖縄戦にこだわって、脚本を10年がかりで
書いていたこと、今後の映画出演は戦争を伝えるものに
しぼっていきたいということなど、感銘することばかり。

また、その三國さんに「哲学者ですね」といわしめた
日野原さんの言葉の力、あいかわらず感服でした。

三國さんの希望で実現したというこの対談、
必見ですよ!


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2007年9月21日 (金)

カレー・芋焼酎・憲法

今日は午後からソワニエ看護専門学校の14回目の講義。
そして、今日はいつもより30分早く学校へ。

ソワニエ9条の会の学生たちが資金づくりにつくった
カレーを「食べに来い」とお達しがあったためである。

カレーは350円で味もおいしかった。
が、ついでに「カンパもください」ともぎ取られていった…。
うーむ、恐ろしい。

そしてなんと今日はY先生から鹿児島土産の
芋焼酎をいただいてしまった。ありがたや。

出ていくものもあれば、いただくものもある。
流通過程の流れに逆らわないことが賢明だ。


さて、今日は
「日本国憲法の哲学(3)」
ということで、主に日本の侵略戦争について語る。

読書日記では、人間の「痛み」について
学生に質問しながら、いろいろと考えました。


では、以下講義の概要。


一。長久の「看護・医療」読書日記
  
◇今週読んだ本


二。憲法前文の心
  
◇前文には、憲法の精神が凝縮されている


三。日本の侵略戦争の反省から生まれた憲法
  
◇第2次世界大戦の痛苦の経験
   
*世界では5000万人以上が命を失った。
    その多くは武器をもたない一般市民。

  
◇アジアでは、日本の侵略戦争によって2000万人以上が犠牲に。
    日本は、戦争を引
き起こした側。日本人も、310万人の命が失われた。

   
【日本の侵略と戦争の年表】
   
1868 明治維新(天皇制政府成立)
   
1875 朝鮮に開国を迫る(江華事件)
   
1889 大日本帝国憲法発布
   
1894 日清戦争(~95)
   
1904 日露戦争(~05)
   
1910 韓国併合
   
1915 中国に二十一カ条要求
   
1918 シベリア出兵(~22)
   
1919 韓国で独立運動(武力で弾圧)
   
1931 満州事変(満鉄爆破を自作自演)
   
1932 かいらい国家「満州国」建国
        
平頂山虐殺事件
   
1933 国際連盟脱退
   
1937 日中戦争開始(盧溝橋事件)
        
南京大虐殺(12月)
   
1940 日独伊三国軍事同盟
   
1941 真珠湾攻撃(太平洋戦争開戦)
        
マレー上陸、インドシナに侵入
   
1942 マニラ、シンガポール、ラングーン占領
        
バターン半島占領(死の行進)
        
ミッドウェー海戦で惨敗
   
1944 朝鮮人、中国人の強制連行激増
        
アメリカ軍による日本本土空襲
   
1945 東京大空襲(3・10)、岡山空襲(6・29) 
        
沖縄戦(4~6月)、広島・長崎に原爆投下(8月)
        
ポツダム宣言受諾(8・15)

   
【植民地支配とその政策】
   
◇台湾を50年間植民地支配(1895年~1945年)
   
◇朝鮮は35年間植民地支配(1910年~1945年)
    
*武力の脅しによる併合。独立運動を力で弾圧(1919年3月)
    
*皇民化政策-創氏改名、日本語教育、宮城拝礼、
      神社参拝を押しつける。
    
*1940年代、日本の労働力不足を補うために、
      朝鮮人を日本へ強制連行(少なくとも70万人)。
    
*「日本軍」の兵士・軍属として朝鮮人を徴兵。
      南方などの戦地へ送り込まれた。
   
   
【中国各地で日本軍がしたこと】
   
◇南京大虐殺(1937年12月。日本軍の住民虐殺の代表的な事件)
    
*死者10数万~20万人。
     日本軍に強姦された中国人女性2万人以上。
   
◇儘滅掃討(じんめつそうとう)作戦
     =三光作戦(殺しつくす、焼きつくす、奪いつくす)
    
*平頂山事件(村民3000人をみな殺し)、
     豊潤県潘家峪での住民虐殺(1230人)など。
   
◇でっちあげ国家「満州国」へ、華北地域から百万単位の中国人を
     強制連行。炭鉱や鉱山で死ぬまで働かせる奴隷的強制労働。そ
     の結果である各地の「万人坑」(人捨て場)の形成。
   
◇重慶をはじめ、中国の都市への無差別爆撃。
   
◇生物兵器・毒ガス兵器の開発と使用
    
*生物兵器開発のため-731部隊の人体実験・生体解剖
                      (中国人など約
3000人を実験で殺す)
    
*日本軍の化学兵器(毒ガス弾・毒ガス筒)使用作戦2000回以上。
     中国に遺棄されたままの毒ガス兵器(少なくとも70万発)が、
     現在でも、新たな犠牲者を生み出し続けている。
   
◇日本国内への中国人強制連行約4万人。35の企業、135か所の
     事業所で奴隷的強制労働。うち約7000人が死亡。

   
【東南アジアで日本軍がしたこと】
   
◇捕虜への虐待、奴隷的強制労働
    
*フィリピンでのバターン行進
     (米・比軍の捕虜を長距離強制移動-別名「死の行進」)。
    
*現地住民と連合軍捕虜を大量動員し、7万人以上の死者を出した
     泰緬(たいめん)鉄道建設。
   
◇シンガポールでの華僑(中国系住民)虐殺(数万人)。
    マレーシアでも同様の中国系住民の虐殺。
   
◇1945年のベトナム中北部での大量の餓死者(200万人)も、
    日本軍の占領支配が主原因。
   
◇「東亜の共通語」として、各地での日本語教育。


   【その他】
   
◇「従軍慰安婦」=日本軍「性奴隷」。アジア各地の若い女性
    (5~20万人)を軍が管理する「慰安所」にとじこめ、兵士の
    性欲解消として使用。「慰安婦」には性交を拒否する自由、
    逃げる自由もなく、1日に何十人も相手をさせられるケースも。
    軍公認の「レイプ所」。アジア全域に約400か所。


  
◇アジアと世界、そして戦争で犠牲になった人びとへの、“不戦の誓い”
   
*憲法9条は、侵略国日本の、アジアと世界に対する国際公約
   
*無数の死者の声なき声、戦争で傷ついた人びとの思いが憲法に
    こめられている


   
第九条
   
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
   国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際
   紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

   
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保
   持しない。国の交戦権は、これを認めない。」


以上。



次回、最終講義は、なぜいま憲法「改正」か、憲法の力とは何か、
について深めていきたいと思います。


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2007年9月20日 (木)

ついに夏バテか!?

きのうの朝から風邪の症状が出てきている。

が、きのうはくしゃみと鼻水の嵐にも負けずに
1日仕事をがんばり、(そういえば…M鍋さん、就職おめでとう!)
夜7時には帰宅してすぐフトンに入り、
22時からのNHK「その時歴史が動いた」に感動し、
そしてふたたび眠りについた。

そして、今朝・・・
やっぱり体が重い。
そんなわけで、今日はお昼から出勤。
きのうよりは症状が改善されているのが救いだ。

無理にでも仕事に出なければならないのは、
火曜日から出している「労働学校募集推進ニュース」を
今日も発行せねばならないからだ。
開校まで平日は毎日出す予定にしている。
とにかくやるだけのことをやりたい。


それにしても、ここにきて、ついに夏バテかもしれない。
昼夜の温度差が8月よりあるためだろう。
もともとひ弱なわたくしは、この季節の変わり目が一番要注意なのだ。



・・・ひとり言だな、完全に。
とりあえずニュースつくらねば、ニュース。


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2007年9月19日 (水)

痛みに連帯する

『痛みの声を聴け-文化や文学のなかの痛みを通して考える』
         (外須美夫、克誠堂出版、2005年)
を読み終えました。

著者は麻酔科専門医。

とりあえず目次。

   序章 痛みを考える
   1章 痛みと文化
   2章 19世紀の痛み 
   3章 病苦の中の痛みの声-結核の痛み
   4章 病苦の中の痛みの声-がんの痛み
   5章 病苦の中の痛みの声-慢性の痛み
   6章 痛みの向こう
   7章 現代社会における痛み
最終章 痛みが扉を開く


直接には、ソワニエの「読書日記」のために読んだ本ですが、
現代社会を「痛み」を通して、あれこれ考えました。


「痛みが結ばれる時、痛みは無駄でなくなる。痛みの壁は
想像する力によって越えられる。
痛みの向こうに、痛みに
連帯する未来の人間性への希望が見えてくる


「若者たちが暴力に逆らって痛みのネットを結び、痛みを
共有することを期待する。
若者たちが他人の弱みを笑う
のではなく、自分の弱みを笑えるようになることを期待す
。そうなれば、痛みが結ばれ、希望が生まれる」

10月に始まる岡山労働学校「日本の戦争教室」を
念頭に置きながら、これらの言葉を読みました。
(格差と貧困の問題も)

元「慰安婦」たちの「痛み」。
アジアの人びとの「痛み」。
朝鮮半島の「痛み」。
沖縄戦の「痛み」。
日本軍兵士の「痛み」。


他人の「痛み」から自分を遠ざけることはできる。
が、「痛み」を知ることで、見えてくる未来もある。



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2007年9月18日 (火)

学習教育運動セミナー

15日、16日と、「2007 学習教育運動セミナーin倉敷」
倉敷芸文館で行われました。

2日間とおして52名の参加でした。
参加の中心は中四国の学習運動に関わりのある
人たちで、あらためて「学習運動とは」について学びと交流を
深めた2日間になりました。

Dscn3080_2 


 学習運動組織の
 全国連絡会議
 中村運営委員長の
 開会あいさつでスタート!




Dscn3082
 1日目の講義、
 「なぜ、いま大衆的
        学習教育運動か?」
 二見伸吾さん(労働者教育協会
 事務局次長)の講義は、
 “どすこいブラザーズ”の歌から
 はじまった。



Dscn3083

 二見さんの講義。

 「わかりやすかった」
 「学習活動の意義がつかめた」
 と大好評でした。




Dscn3084

 講義の様子。

 かなりの割合で
 若者が参加していて、
 学習運動の未来を感じました。




講義終了後は、約1時間半かけて、
5つのグループにわかれて感想交流と討論。

各グループ、もりあがった討論になったようでした。

ちなみに私の属したグループは、
 O田さん(倉敷市職労)
 M川さん(高知の小学校教諭)
 Z谷さん(島根の医大生)
 M田さん(高知の自治体職員)
 K栖さん(広島の水道局職員)
 T口さん(岡山の平和委員会)
 H野さん(広島労学協専従)
 私

の8人で、わきあいあいと、交流ができたと思います。


学習会終了後は、
夕食交流会に。倉敷駅前の居酒屋に移動しました。

Dscn3086
 38名が参加した
 夕食交流会。

 かなり盛り上がってました。
 中四国は団結力があるなぁ。

 この力を来年の全国集会へ!




2日目。

Dscn3087

 2日目の講義は、
 「労働組合の団結強化
            と学習教育」

 全労連組織局長&労教協副会長
 の寺間誠治さん。



Dscn3088
 講義の冒頭に、DVD
 『いまそこにあるユニオン』
 を見ました(26分)。

 そして、労働運動の新しい
 動きを青年自身がつくりだして
 いることなどが力強く
 語られました。


この日も講義終了後、1時間半のグループ討議。

そして最後にグループごとにまとめを発表し、
また二見さんの2日間のまとめ発言があり、
私も来年の全国集会成功への
訴えをさせていただきました。

2日間をとおして、
学習運動の新しい発展の芽をしっかりと確認できたこと、
来年の全国集会も、この新しい力をしっかりと
結集すれば、必ず成功できると、確信できるセミナーと
なりました。

参加されたみなさん、おつかれさまでした。
また、ありがとうございました。

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2007年9月14日 (金)

世界は地獄を見た

今日は午後、ソワニエ看護専門学校へ。13回目の講義。

今日は憲法誕生の背景となる
第二次世界大戦のビデオを見る授業となりました。

さて、次回はいよいよ9条について語ります。
ちょっと新しい試みをしようと思いますが…。


以下、今日の授業のメモ書き。

ビデオ上映-『映像の世紀-世界は地獄を見た』(NHKスペシャル)

 

◇ビデオ上映のまえに
  
*このビデオは、第2次世界大戦の映像をもとにつくられています。
  
*第2次世界大戦とは?
    
・1939年のドイツのポーランド侵攻から、
     1945年8月の日本の敗戦まで
    
・ドイツ、イタリア、日本は、侵略国だった
     
→ドイツはヨーロッパで
     
→日本はアジアに
    
・この世界大戦で、世界では5000万人以上が死亡
    
・日本の侵略の場面はあまりありません
     (映像がないのが主な理由だと思います)

 
◇ビデオを見るうえで、頭においてほしいこと
  
*楽しいビデオではありません。
  
*すべて、実際に起こったことです。
  
*もちろん、それぞれが戦争の1断面であり、
    これだけで「戦争を知った」ことにはなりません。
  
*凄惨なシーンもありますが、けっして、
    「かわいそう」ですませないでください。
   
・戦争で傷ついたり、失われた、一つひとつの“命”を想像してください。
   
・一人ひとり、名前もあったし、家族もあったし、夢もあったのです。
   
・これは、“人間の死に方”と言えるのでしょうか?

 
◇あらためて、先週紹介した日野原重明さんの言葉を確認
   
「私は命を守る医者です。命を脅かす最大のものが戦争です。
   だから私は日本が軍隊をもつことに同意できないし、平和運動
   に徹するのは医者の務めです」
                
(『全国革新懇ニュース』NO.292 より)


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反空爆の思想

最近読み終えた本。

『反空爆の思想』(吉田敏浩、NHKブックス、2006年)

とりあえず目次。

 第1章 空爆による死と痛みをめぐって
 第2章 空爆の歴史、その傷を通して見つめる
 第3章 日本も空爆の加害者だった時代
 第4章 航空宇宙戦力と破壊と殺傷
 第5章 「やむをえない犠牲」論を解体する
 第6章 他者の痛みをどのように考えるか

戦争における空爆の歴史はおよそ100年。
その歴史の検証と、
空爆加害者と空爆被害者の間の圧倒的な距離・隔たり、
それがもたらす結果について考察している本です。

著者は、その「距離・隔たり」を7つに分類しています。
 ①空間的距離・隔たり
 ②心理的距離・隔たり
 ③身体的距離・隔たり
 ④政治経済的距離・隔たり
 ⑤科学技術的距離・隔たり
 ⑥差別意識的距離・隔たり
 ⑦情報的距離・隔たり


さまざまな要素の「距離・隔たり」が、「空爆」という
非人間的な行為を可能にします。
7つの分類のなかでもっとも大きな要素となるのが、
やはり「空間的距離・隔たり」であると、私は思います。

日中戦争時の重慶爆撃のことを描いた『戦略爆撃の思想』(前田哲夫)
という本から引用がされていましたが、それを紹介します。

「空中にある者からは、さらに殺人の感覚は欠落した。
苦痛に
ゆがむ顔も、助けを求める声も、肉の焦げる臭いも、機上の
兵士たちには一切伝わらなかった
。知覚を極端に欠いた戦争、
行為とその結果におけるはなはだしい落差をもつ殺戮
がそこ
にはあった。
 …空からの殺戮につきまとう『目撃の不在』と『感覚の消滅』
という要素は、同時に、行為者の回心の機会をも閉ざしてしま
う作用をもつ。南京大虐殺に従事した兵士なら、罪の意識に
さいなまれないにせよ、一生ほどけそうにない『光景』や『手ご
たえ』をもっているに違いない。これに対し、重慶爆撃に参加し
兵士の記憶に残る感触といえば、爆弾投下装置を作動させ
るさいの『腕一本の感触』と立ち昇る土煙の印象にすぎない

対日都市空襲に従事したB29のパイロットや広島に原爆を
投下したポール・チベッツ大佐と同様、重慶に大量死をもたら
した日本人もまた、行為の結果から疎外されていた。だから
南京の意味が問われるようには、決して重慶は語られてこな
かった」

この「戦争の現場」からの「距離」という問題は、
私たちがイラクやアフガニスタンなどで起こされている
戦争への感覚と共通するものと言えます。

被害者からすれば私たちは明らかに加害者な
わけですが、この圧倒的な「距離・隔たり」が、
その意識をもつことを困難にしているように思います。


『いのちはなぜ大切なのか』(小澤竹俊、ちくまプリマー新書、2007年)

「命の大切さ」についてどう伝えるのか。
なかなか難しい問題ですが、
これまでの「定説」の死角を問うている本、と言えると思います。
もちろん「定説」に共感しつつです。

ホスピス医の著者ならではの視点がなかなか参考になりました。

自己肯定感には2つある、と指摘されています。
 ①自分のことを
とてもよい、と思えるか
 ②自分は
これでよい、という考え方

これも、なるほど、と思いました。


『物語の役割』(小川洋子、ちくまプリマー新書、2007年)

『博士の愛した数式』の原作者が、
人はなぜ物語が必要なのか、について語っている本。

「もし他所の星から来た生物が、本を読んでいる人間を見たら
どう思うだろう、と私は想像することがあります。小さな箱型の
紙の束を手に、ただじっと座っているだけで、あるいは寝転がっ
ているだけで、時折、一枚紙がめくられる以外変化はなく、ただ
静かに時間が過ぎてゆく。いくら辛抱強く待っていても、何か新
しい製品が生み出されるわけでもない。一体何の得があって人
間たちはこんな地味な営みをしているのか? きっとそんなふう
に首を傾げるのではないでしょうか。
 
その時人間の心がどれほど劇的に揺さぶられているか、それ
は目には見えません。効果を数字によって測ることも不可能で
す。だからこそかけがえがないのだ、自分が自分であるための
大切な証明になるのだ、ということを、くどいくらいに繰り返し語
っているのが本書です」(まえがき)

これも、なるほど、と思いました。

さらっと楽しめながら読める本です。


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2007年9月13日 (木)

健康第一で!

今日はなんと33回目の誕生日です。
予定人生のほぼ3分の1が終了しました。

最近読んだ本の中に、
「1人称の幸せには限界がある」
という言葉がありました。

自分だけの生命・自由・幸福追求には
「満たすことのできない限界がある」ということです。

あと3分の2の人生、
自分の可能性を探求し、
そしてそれを地域や社会に還元できるよう、
さまざまな人たちとともに、育ちあいたいと思います。

とりあえず健康第一でがんばりまっす。
最近また体重が微増してるんだよなぁ(笑)。
摂生、摂生。



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2007年9月12日 (水)

何が起こるかわからない

最近の政治情勢をみて、
「何が起こるかわからない」と言う人が増えたが、
今日はまさにそういう日だ。

さっき、おとなりの平和委員会のN尾会長が電話をしていて、
「なんと!」と電話の相手に大声をあげたので何かと思ったら…

安倍首相辞任。 というニュースだった。

所信表明演説をして、これから代表質問というところでの
辞任は、まったく
スーパーウルトラビックサプライズだよ!!!

しばらく臨時国会の審議はできないだろう。

まさしく、これから「何が起こるのか」。予測不能だ。


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逃避行から帰還

仕事復帰。

「北の方面への逃避行記録」は、また時間があるときに
ご報告したいと思います。
残暑からの逃避はよかったのですが、朝晩と、結構冷えて、
逆に体調管理がたいへんでした(笑)。

留守のあいだに、労働学校への問い合わせ、
尋ね人、諸連絡などあったようで、
たいへん申し訳ありませんでした。迅速に対応したいと思います。


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2007年9月 8日 (土)

北へ逃避行中

わたくし、今日から4日間、
残暑(岡山は相変わらず酷暑)からの
逃避行をはかるために、北の方面に旅立っています。

なにかご連絡のある方は、
どうぞ遠慮なく、私の携帯電話までご連絡ください。
逃避行中もできる仕事はしようと思いますので。
よろしくお願いします。


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2007年9月 7日 (金)

久しぶりのソワニエ

今日の午後はソワニエ看護専門学校1年生の12回目の授業。
今週から4回かけて、「
日本国憲法の哲学」をしていきます。

生徒さんも夏バテでヘロヘロ、
私も夏バテでヘロヘロ。
どよ~んとした空気が流れるなか、授業はすすんだのでありました…。

生徒さんに貸してた本が今日2冊帰ってきました。よかったよかった。

今日は13条を中心に語ってみました。以下に概要。

一。長久の「看護・医療」読書日記
 
◇読んだ本
  
*『すべてのいのちが愛おしい-生命科学者から孫へのメッセージ』
                      
(柳澤桂子、集英社文庫、2007年)
  
*『世界にたったひとつ 君の命のこと』
                    (奥本大三郎、世界文化社、2007年)

二。日本国憲法とは
 
1。なぜ日本国憲法を学ぶのか
  
◇看護は、いのちを輝かせる仕事
  
◇日本国憲法は、いのちを輝かせるためにもっとも大事な、
    この国のルール

 
2。憲法の自己紹介
  
◇97条
  
◇98条
  
◇99条

 
3。憲法で一番大事な考え方が書かれている条文-13条「個人の尊重」
  
◇なぜ、「個人」を「尊重」しなければならないのか
   
*1人ひとりの命とは、どういうものか
   
*いのちのリレー
    
・10代さかのぼれば、2,046人
    
・20代さかのぼれば、2,097,150人
    
・そのうち、知っているのはせいぜい、そう祖父母ぐらいまで
    
・無数の人びとが「いのちを必死につないできた」結果、
     私たちが「生きている」

   
*私たちは、38億年のリレーの結果である「他のいのち」を
     食べて生きている

  
◇1人ひとりが、「ちがう」ということ
   
*人間は、一度死ぬと、もう生まれかわらない
   
*だれでも、「かけがえのない関係」のなかで生きている
   
*ふたたび、絵本『わたし』を読む

三。「個人の尊重」を柱にした、基本的人権の条文

  
◇日本国憲法の第3章を学ぶ

    
「憲法は、・・・強弱のあるすべての場所で、弱者を守るために
   存在意義を発揮します。・・・憲法とは『強者による弱者に対する
   理不尽を許さない』ためのものであり、誰にとってもきわめて身
   近な存在なのです」
   
(伊藤真『高校生からわかる 日本国憲法の論点』、トランスビュー)


以上。


大事だと思う条文は?と次々指してくこともやってみました。
「31条」という意外な答えのNくん。たしかに大事な条文です。
「25条」「18条」「12条」など、いろんな答えが返ってきました。

次回は、第二次世界大戦のビデオを見て、
憲法が生まれた背景について学びます。

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平和を守る勇気

きのう、事務所に届けられた
全国革新懇ニュース(9月10日付)を見てびっくり。

尊敬する医師のひとり、
日野原重明さん(聖路加国際病院理事長)が
1面の
インタビューに登場していた。

タイトルずばり、「
憲法守り、軍隊のない独立国家に」です。

革新懇ニュースの1面インタビューにはいつも驚くような
人が登場するのだけれど、今回も飛び上がるようなサプライズだった。

日野原さんは、
参議院選挙の自民党大敗を「よかった」と言い、
心して憲法を読み返して、改憲阻止の運動を進めることが大事」と主張。

また、731部隊の石井四郎は京都大学の先輩で、
医学部4年生のときに人体実験の16ミリ映像を見せられたこと、
僕らはそういう事実を知っているから、『あれはもう過去のことで、
なかったことだ』なんて嘘は通じない
」と明快に述べている。

そして、

安保条約を破棄することにアメリカは文句を言えません。
いい方向にするんですから」

現代人に必要なのは戦う勇気より平和を守る勇気です

「私は命を守る医者です。命を脅かす最大のものが戦争です。
だから私は日本が軍隊をもつことに同意できないし、
平和運動
に徹するのは医者の務めです


と、メッセージを送っている。

日野原さんは、平和コンサートなどに関わったり、
講演会で平和の尊さを語っていることは知っていたが、
ここまで政治的な発言を目にしたのは初めてだったので、
正直驚くとともに、あらためて感銘を受けた。

今日のソワニエの授業で、憲法の話がスタートしたので、
まさにグットタイミングの記事だった。

さっそく生徒さんと教務の先生方にも
記事を印刷して配布しました。

いろいろな分野に影響力の大きい人だけに、
この発言は、ほんとうに重い、と思います。
ぜひ、革新懇ニュースの最新号をお読みください。

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2007年9月 6日 (木)

韓国・命・玉砕・同世代

最近読み終えた本。

『ソウルの人民軍-朝鮮戦争下に生きた歴史学者の日記』
       (金聖七著、李男徳・舘野晢訳、社会評論社、1996年)


朝鮮戦争時、ソウルにいた大学教授が書いていた日記。
当時の人びとの動静やチマタの雰囲気がよくわかる。
貴重な内側からの朝鮮戦争の記録。

「夜中に爆音の音で目を覚まし、ことのほか明るい夜明けの
空を見上げながら横になっていると、40代にさしかかろうと
する男の頬に、いつしか涙が滲んでくる。民族の将来を考え
ると慟哭したくなる。同族間の争いに外国勢が加わって、我
が祖国はもはや恐ろしい殺戮と破壊の修羅場と化している。
今この瞬間にも、どれほどたくさんの同胞が死んだり無一文
になったり、またどれほど多くの家が壊されたり、焼かれたり
しているのだろうか」(1950年9月1日の日記より)


『光州事件で読む現代韓国』(真鍋裕子、平凡社、2000年)

1980年5月に韓国の光州で起こった韓国民主化闘争の
象徴的な事件。民主化がすすむなかで、この事件に対する
歴史的評価も変わってきているそうです。

文体がどうも生理的にあわなかったので、後半はほとんど
ナナメ読みでした。


『世界にたったひとつ 君の命のこと』(奥本大三郎、世界文化社、2007年)

日本のファーブルと言われる、日本昆虫協会会長の著者が、
平易な言葉でいのちについて語る本。30分もあれば読めます。

最近こういう本を読むことが多くなって、
虫も殺せなくなってしまいました(笑)。
蚊をぺシッとたたき殺しても、「ああ、38億年が…」
とヘンなことを考えてしまう自分がいます。

この本で、あらためて「そーだなー」と思ったのですが、
「痛い」と感じるということは、私たちの体が自分を
守ろうとするからこそなんだということ。だいじな感覚なんですね。


『総員玉砕せよ!』(水木しげる、講談社文庫、1995年)

最近NHKでドラマ化されたので知ったのですが、
原作はずいぶん古いんですね。

90%は事実、という、日本軍の玉砕戦の
非合理性、非人間性を描いたもの。
これも漫画なので、すぐに読めます。


『同じ世代を生きて』
        (水上勉・不破哲三 往復書簡、新日本出版社、2007年)

いろいろ興味深く読めたんですが、
加藤剛さんの不破さん宛ての手紙に感動しました。
やっぱ文化人は違いますな。

やっぱり人との出会いは、人生のおもしろさの中心だな、
と思います。さわやかな気持ちになれる1冊でした。


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2007年9月 5日 (水)

継続こそ才能

きのうのNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は見ごたえがあった。

 http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070904/index.html

靴職人の山口千尋さんという人だったのだけれど、
はなつ言葉の一つひとつに揺るぎない哲学があり、
「やっぱ職人はすげーなぁ」と、うなりっぱなしでした。

「継続こそ才能」

「本物のプライドとは」

など、自分の身にひきつけると、とても考えさせられた。

職場に行ったら毎朝まずトイレ掃除をする姿にも感嘆。
さっそく私もマネして、事務所に出てすぐ掃除などしてみました(笑)。

1日のはじめに仕事場を自分の手できれいにすることは、
たしかに気持ちのいいもんだし、気がひきしまる。
これからも続けてみよう。


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2007年9月 4日 (火)

まだ間に合います

再度、お知らせします。

労働者教育協会が主催する、
「2007 学習教育運動セミナー」が、
9月15日(土)~16日(日)に、倉敷で開催されます。
会場は倉敷市芸文館 203会議室です。

全国3か所で開催される、トップをきって、倉敷での開催です。
*10月20日(土)~21(日) 滋賀県
*11月 3日(土)~ 4(日) 埼玉県 でも順次、開催予定です。

学習教育運動セミナーは、あらためて学習教育運動とは何か、
労働組合運動にとって学習はどういう意味をもっているのか、
について学びます。自ら学び輝くとともに、「どのようにして学習を
広げるか」についてみんなで議論するものです。

倉敷での開催は、以下のスケジュールになっています。

【9月15日(土)】
13:00~ 開始、あいさつ

13:10~14:30 問題提起①「いま、なぜ学習教育運動か?」
             講師/二見伸吾(労働者教育協会事務局次長)
             講義を受け、討論・交流
17:30~19:30 夕食交流会(3500円実費)

宿泊は、民宿「柏屋」(美観地区すぐ近く)

【9月16日(日)】
*9:00~10:20  
問題提起②「労働組合の団結強化と学習教育」
              講師/寺間誠治(全労連組織局長)
              講義を受け、討論・交流
*12:00 終了、解散

参加費は3000円(1講義のみは1500円)
宿泊は1泊朝食つきで4800円です(岡山の方は宿泊しなくても構いません)。


参加はまだ間に合います。
倉敷会場は中四国・九州が対象ですが、
その他の地域からの参加も大丈夫です。

来年の全国集会にむけても、重要なセミナーとなります。
ぜひご参加ください。

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2007年9月 3日 (月)

祝う会準備中

今日は18時から学習協の常任理事会。
全国集会にむけて、重要なことが決まる。よかったよかった。

会議終了後、19時半より、
IくんTさんの結婚を祝う会の第3回実行委員会。

「結婚を祝う会」とは、二人の友人が手づくりで
結婚式をしてしまう会なんです。

なにをかくそう、このIくんTさんは、労働学校カップルであります。
だから私も関わっているのですが。

労働学校で出会い、運営委員会で一緒にがんばってきた仲間です。
その二人がついに結婚ですよ、あんた(笑)。
ということで、11月にむけて、準備をすすめています。

Dscn2561


 きのう(日曜)は夕方から
 はじめて会場の
 打合わせと下見。

 衣装あわせの
 場に立ち会う…。

 おお!
 ドレスだドレス。

 めでたいなぁ。







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2007年9月 2日 (日)

広島で沖縄

土曜日の講義以外の様子をご紹介。

12時すぎ、広島駅に着くと、待ち合わせていた
S水くんと合流し、広島駅から西隣の横川駅へ在来線でむかう。
あいかわらずS水くんは、はたからみると恐い兄ちゃんでした。
岡山労働学校に2年ほど前まで参加していた彼は、
広島へ転勤し、こちらでも学習運動に関わっているのであります。

そのこわい兄ちゃんが連れて行ってくれたところは、
広島の元祖つけ緬の食べられるお店。

Dscn2548


 広島の路面電車に乗っていく。

 あれこれ話をしながらお店へ。
 S水くんは広島をかなり満喫
 しているようでした。
 うらやましい。








Dscn2549_2 ここがつけ緬のお店。
 店内での撮影禁止、
 食事中は携帯も私語も
 禁止というお店。
 みんな静かに
 もくもくと食べている。

 店内に堂々とK産党の
 ポスターが…。

 ←S水くん。26才。

 私とS水くんは
 「大盛り」を頼む。
 かなりお腹がはちきれた。
 が、味はさすが。おいしかった。


昼食をすませ、歩いて労学協事務所に。
学習会の内容は前の記事参照。


学習会終了後、今度はあきやんさんの家へ。

Dscn2552_2
 
 途中、
 平和公園のなかを
 歩いていく。

 2年前の夏、
 ここで多くのことを
 学んだ。
 なつかしい。


タクシーに相乗りし、広島の坂を上って、あきやんさん宅へ。

あきやんさんの家は、沖縄ワールドだった。
あきやんさんは、20年ほど前から沖縄にこだわってきた人で、
数年前からは、誰にもまねできないような「ガマツアー」に
取り組まれている人である。

あきやんさの家には、ところせましと本や資料が置いてあるのだが、
とにかく沖縄関連のものが多い。
ふつうでは絶対にお目にかかれない本や資料もたくさん。
「読谷村史」とかふつー持ってないでしょ!

ガマツアーや沖縄旅行の解説つき資料も眺める。
まいりました。
沖縄問題ではこれから「師匠」と呼ばせていただきます。

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 さらにこの泡盛の
 種類の抱負さ!

 沖縄でもこんなに
 そろえてるお店ないよ。

 





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 波照間のまぼろしの泡盛
 「泡波」も。しっかりいただきました。

 20年物の古酒(クース)も
 ふるまっていただき、泡盛三昧の
 夜でございました。





さらにあきやんさん宅には、DVDやCDも沖縄関係や
戦争ものがゴロゴロと…。

「あきやんさんが死んだらこのモノや資料とかどうなるんだ」と
心配する声も…。同感であります。

今度沖縄戦のことについて講義をする身の私にとっては、
貴重なお話なども聞け、とってもラッキーでありました。

結局、あきやんさん宅には学習会に参加したメンバー5人と私が
集まり、夜遅くまでいろいろと話がはずんだのでありました。
広島市職労の青年部長は前田の2000本安打の感動が
さめやらぬようでありました(市民球場に観戦に行っていた)。

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また、あきやんさん手づくりの料理が次々と出てきて、
かなりの大満足でありました。すごい。おいしい。
お箸ももちろん沖縄のお箸を愛用されていました。
その徹底ぶりがすばらしい。

この夜は1時半頃にお開きとなり、
私はあきやんさん宅に泊まらせていただき、
翌朝(今日)は朝食までつくっていただいてしまいました。

なにからなにまで驚くことばかりでありました。
広島にきて沖縄を満喫しました。

ほんとにありがとうございました!


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サイエンスとアート

土曜日(1日)は広島県労働者学習協議会
89期ひろしま労働学校のプレ学習会に講師で行ってきました。

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 会場は労学協事務所。

 参加は13名(だったと思う)。
 多彩な顔ぶれでした。

 講義の最初の参加者紹介で、
 私のブログが意外な人たちに
 読まれていることを知り
 ビックリでございました。

14時から休憩をはさんで16時半近くまで
「サイエンスとアート」というタイトルで
おもに学習運動とはなんじゃらほい、ということを
時間超過で(笑)話をしました。


以下、講義の内容。
学習運動論の部分については私論もふくまれていますので、
その点はご了承くださいませ。

一。私と学習運動

 1。学習運動との出会い
  
◇1994年5月から(当時19歳)
   
*第48期岡山労働学校「入門教室」のチラシが目にとまる
   
*そのころ、自分自身や社会への見方はどうだったか
   
*労働学校に足を踏み入れて
    
・学ぶことのここちよさ、さまざまな人との出会い
   
*94年秋の49期「初級教室」で、科学的社会主義の
    理論に本格的に出会う
   
*95年に勤労者通信大学「基礎コース」を受講する。

    
・そのころの自分の変化を表現するピッタリの文章
    
     
「世界をあるがままのゆたかさでとらえうるような、そんな
    目を私たちはもちたい。ゆがんだ眼鏡は、世界をゆがんで
    見せる。私たちは、ちゃんとした眼鏡がほしい。哲学への要
    求がそこからはじまる。・・・ちゃんとした眼鏡をかけたことの
    ある人は知っていよう、はじめてそれをかけたときのことを。
    
それまで、木の葉はぼうっとかすんで見えていた。木とはそ
    んなものだと思っていた。が、眼鏡をかけたとたんに、木の
    葉の一枚一枚が、したたる緑とあざやかな輪郭をもって目
    にとびこんできた
。世界がそのあるがままの新鮮さで私たち
    に迫ってくる、そんな眼鏡を求めて、私たちは哲学にむかう
    のである」
        
(高田求『人間の未来への哲学』青木書店、1977年)

   
*第50期岡山労働学校(95年5月)から運営委員となる
   
*7月に「専従者にならないか」とお誘いを受ける
    
・15分間のすえの決意
    
・自分の可能性への楽しみ

  
◇1998年4月
   
*専従者としての歩みをはじめる

 
2。プロジェクトG‐岡山県学習協のあゆみから
  
◇学習運動をつくり育ててきた魅力的な人びと
  
◇確信になる塚田寿子さんの言葉



二。大衆的学習教育運動と労働学校の役割
 
1。階級闘争の3つの側面
  
①経済闘争
   
*労働者がおかれている客観的状態から生まれてくる経済的
    要求(賃上げ、雇用、時短、労働条件など)をかちとるために、
    個々の資本家や資本家団体などを相手として行うたたかい。
   
*経済闘争は、もっとも広範な労働者が参加できる闘争で、今
    日のような厳しい 職場環境のもとでは、大変重要なたたかい
    となっている。

  
②政治闘争
   
*今日の社会では、経済闘争のみでは解決できないさまざまな
    問題があります。賃金がなぜ上がらないのかを考えれば、自
    明のこと。
   
*賃上げや、雇用の確保をかちとるには、どうしても国や地方
    の政治を変えていく、政治闘争を行わなければならない。社
    会保障の充実や、労働時間の法的規制、医療福祉制度・政
    策の改善を求める政治運動を経済闘争とあわせておこなわ
    なければ、私たちの要求は前進しないのが、今日の社会状況。

   *政治闘争とは、政府や自治体を相手に法律や制度・政策など
    を改良させるためのたたかい、憲法改悪反対、平和と民主主
    義を守るたたかい、そして、労働者・国民本位の政治を実現す
    る政府をつくるたたかいのこと。

  
③思想闘争(学習教育活動)
    
*経済闘争や政治闘争は、思想闘争とあわせてすすめなけ
     れば、前進できない。
    
*日本の教育制度のゆがみ、高度に発達したマスコミの影響力
     
・支配階級の考え方が、マスコミなどをつうじて、日々浸透していく。
      
「ある時代の支配的な諸理念は、つねにただ支配階級の
      諸理念にすぎなかった」
(マルクス、エンゲルス『共産党宣言』)

     ・体は労働者でも、頭は経営者。
      政治への傍観的な態度(マスコミの影響)。
     
・「自己責任」「勝ち組・負け組」という考え方はどこから広がっ
      たか?
     
・ゆがんだメガネ、くもったメガネを国民にかけようとする
      -真実のメガネを
    
*思想闘争は、自分自身の矛盾の質を高める
     
・『学習の友』83年10月号「活動を楽しく続けるために」(中田進)より
      
「初心にかえる――とは、もう一度スタートラインに逆もどりする
      ことではありません。苦難にみちた実践をくぐりぬけ、『変革』の
      むずかしさと重要性を深いところで理解したその新しい地点から
      の“出発”であり、あらたな飛躍へのステップ台ともいえるでしょう」

    
【思想闘争を担う諸組織】
     
・科学的社会主義の政党
     
・民主的な研究機関
     
・労働組合、民主団体
     
・学習運動組織
      
特徴→思想闘争の専門組織であると同時に、運動組織ということ


 2。大衆的学習教育運動とは
   
◇その立場

    *「科学的社会主義の立場に立って、哲学、経済学、労働運動
     をはじめ、たたかいと運動に必要な基礎的理論、内外の政治・
     経済情勢などの学習・教育活動を行なう」
     
・科学的社会主義の立場とは-「解釈」ではなく、実践&変革の立場
    
*科学的社会主義とは
     
・人類知識の総和
      -その柱は、哲学・経済学・社会変革の道すじと方法
     
・したがって、スッとわかるようなものではない

      「労働者にとって学習とはつらいものです。とくに身体が毎日ク
      タクタになるまで働かされ、そのうえ、本を読むことに慣れてい
      ないのですから。しかも科学的社会主義は、けっして理論的に
      浅いものではなりません。それは、…人類の諸科学の総合的
      成果をあますところなく受けついだものなのです。いわば一度
      にパッとわかる、という具合にはいかない相手なのです」
      
(畑田重夫『新版 現代人の学習法-社会科学を学ぶ人のために』
                                 学習の友社、
1992年)
     
・それだけ、わかったときの喜びは大きい

   
◇その主な内容
    
*当面するたたかいの課題、情勢をきりひらくための学習
    
*働くこと、生きること、人間らしさなど、根源的な問いかけに
     こたえる学習
    
*労働組合論、日本国憲法の学習
    
*科学的社会主義の理論

   
◇その形態
    
*昔は「職場に『友』を、地域に労働学校を、活動家に勤通大を」
     と言われた。
    
*それぞれの役割は各県の運動状況・条件によってことなるし、
     不変ではない。
    
*集団学習を組織するのが学習運動の基本形態
     
・集団学習と独習のよしあし-『学習の方法』(高田求)参照

   
◇担い手を生み育てる-労働運動をはじめ、民主的なさまざまな
    運動組織への貢献
    
*学習運動は、社会を直接変える力はもたないが、社会変革の
     担い手をつくり出すという重要な役割をもった運動ということ。
    
*どんなにすばらしい運動をしていても、次の担い手をつくりださ
     なければ、その運動はいずれなくなっていく。

 
3。学習運動における労働学校運動の役割と魅力
  
◇入口として
   
*学習の形態としては一番入りやすいのが、講義形式。
    聞くだけでいい。
   
*したがって、学習運動へふれる最初のきっかけとなることが多い
   
*労働学校が継続的に開催できている学習組織は、相対的にみて
    活動が元気
   
*学習運動の魅力を肌で実感した人は、次の組織者になり得る

  
◇労働学校の魅力は何か
   
*70期岡山労働学校「経済学教室」修了アンケートより
    
・「たくさんの人と学べること。いろんな人と勉強すると、自分とは
     違う視点や体験を聞くことができ
て、勉強になります」(25才、男性)
    
・「やっぱり、継続して学べること。そして、人との出逢いがあること
     だと思う」(28才、女性)
    
・「スルメのように噛めば噛むほど味がでるように、来れば来る
     ほど目から鱗が
ぽろぽろと…」(25才、男性)
    
・「人と人つながりが増える」(24才、男性)
    
・「教科書にはのっていないこと、普段教えてもらえないことが、
     具体的に分かりやすく教えてもらえる。
世の中の本質が分かる
     (48才、女性)
    
・「いろんな人と会って話ができる。今回は職場のお話をいろいろ
     聞けておもしろかったです」(20才、女性)
    
・「今回が初めてだったので、世界が広がりました。聞いたことの
     ある話、聞いたことのない話、色々と。新しい人との話もたくさん
     あって、新しい世界が広がりました」(40代、男性)
    
・「色々な個性がある人に出会え、週1回という限られた時間では
     あるけれど、
色んな話ができること」(38才、男性)
    
・「いつでも何歳になっても学習できる!色んな人が集まってくるの
     で、
色んな考え、ものの見方の角度の違いに触れられる。みんな
     で楽しく学習できる!」(24才、男性)
    
・「いろんな職業の人たちに出会えること!」(23才、女性)
    
・「年齢・職種の幅をこえたいろんな人と知りあえる。いろんな考え
     に触れることができる
」(23才、女性)
    
・「色んな人に逢えて、色んな事が学べる! 仕事場、学校以外で、
     年に関係なく、仲良くなれて。
さまざまな考えにふれることで、自
     分の考えの幅が広がる
」(28才、女性)
    
・「継続的に学べるところ。講義のすぐあとに人と意見交換ができる
     とこ。1人ではなかなかできません」(22才、女性)

   
学びの力 交流の力 仲間の力

    ・どれも大切にする、どれも軽視しない
    
・10講義程度の期間があるために、可能なこと

  
◇自分と仲間の成長に出会える運動
   
*『学校』と名づけている理由-「○○講座」ではない
   
*2か月間で受講生が目に見えて変わる経験
   
*学ぶ仲間の存在が、学習の効果を高める

  
◇募集を困難にしている要因は、絶対的な壁か
   
*金がない、時間がない、元気がない。労働組合の課題になりにくい。
   
*本物を見抜く目は、若者自身が持っている。さまざまな壁をのりこ
    える努力をするだけの価値ある運動・組織を、わたしたちがつくりあ
    げられるかどうか。

 
4。学習運動を主体的に担う人びとのタイプ
  
①職場や他の組織・運動に根をはりつつ、自分の持ち場で学習運動を
   広げる人
  
②職場や他の組織・運動に根をはりつつ、自分の持ち場で学習運動を
   広げつつ、学習組織の運動にも役割を担う人(ほとんどいない)
  
③他の組織・運動はそこそこに、学習組織の運動にもっぱら足をつっこ
   み、がんばる人
  
④もっぱら足をつっこむほどではないが、「なにか力になりたい」と学習
   運動に力をかしてくれる人。
  
⑤専従活動家
   
*こうしたタイプがバランスよくいる学習組織は強い
   
*現状は、どのタイプも少なくなってきている
   
*「学習運動とは」を浸透させる努力が学習組織の側にも必要


三。私たちの運動におけるサイエンスとアート
 
1。サイエンスとアート
  
◇サイエンス・・・科学的判断、分析
   
*労働組合とは、情勢の特徴、科学的な方針
   
*科学的なものの見方

    
「わかるけど、やる気がしない、行く気がしない」をどう考えるか
    
・認識論の問題
     …「わかってない」(本当には納得してない)という問題
    
・感性(五感)での共感という問題

  
◇アート・・・伝える力、生み出す力の総合力
   
*「理性」と「五感」に響かせる
   
*情報受信・伝達力、チラシやニュースづくり、ホームページ・ブログ
   
*言葉で勝負する。相手に伝わる言葉かどうか。
   
*オルグ力(話し方、聞き方、空間、時間)、会議力、事務所力
   
*豊かな仲間の存在

 
2。背中がピカピカ光る魅力的な人間、人間集団に
  
◇『学習する組織-現場に変化のタネをまく』
                     (高間邦男、光文社新書、
2005年)
   
*著者の高間氏が、NTT東日本の法人営業本部の役員に、イン
    タビューしたときのこと。「戦略は何ですか」と聞いたら、「学習機
    会をつくる」というのが答えの一つとして返ってた。「学習機会とは
    何ですか」とふたたび聞いたところ、その役員は、「それは
ピカピ
    カ光る背中を持つ人間の周りをウロウロできること
ですよ。しかし
    問題は、ピカピカ光る背中を持つ人間が法人営業に20人しかい
    ないことかな」と言ったそうです。
    
著者はその答えに驚かされて、また納得し、こう書いています。
    
「人は自分の接する社会、つまり周囲の人や本、インターネット、
    様々な経験などから主体的に学習する。その中でも
他者との相
    互作用から一番多くを学ぶ
と私は思う」「今の若い人たちは、子
    供の時分から学校を出るまでの成長過程で接する人物の数が、
    昔よりも少ない傾向にある。・・・その結果、客観主義による勉強
    はしてきたが、
人々との相互作用で行われる社会構成的な学習
    機会が少ない
ので、社会性が低くなる傾向があるのではないだろ
    うか」「
問題は、ピカピカ光る背中を持つ人間に運がよくないとめぐ
    り合えないことである


    
“ピカピカ光る背中を持つ人間”とは、「あんな人になりたいなぁ」と
    いう、目標や目当てになる存在であったり、「あの人がいるとほん
    とうに場が明るくなる」ような人であったり、「なんでも話を聞いてく
    れる人、適切なアドバイスをしてくれる人」であったり。


さいごに:広島労学協の存在は、岡山で活動している私の励みでもあり
      ます。今後もお隣どうし、刺激しあいながら、交流しあいながら、
      がんばっていきましょう!



以上。


講義後の質問・感想交流も楽しかったです。
岡山でもこういう場をつくらねばなー。

どうもみなさん長時間おつかれさまでした。


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