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2007年7月30日 (月)

なつやすみ

今日のブログで、「仕事、仕事!」と書いておきながら、
わたくし、明日から1週間、恒例の夏休みに突入いたします。

今年の旅は、長崎の五島列島を経由し、大分方面へ。
しっかり楽しんできます(様子はまた報告しま~す)。

このブログも1週間ほどお休みします。
しーゆーあげいん!



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これで、ほんとに最後

岡山医療生協の学習月間、これがほんとーの最後、です。
本日15時半から、
みんなの診療所に。参加は9人ぐらい。
これで全17回(約490名の参加)、無事に終了しました。


Dscn2306



 ガラス越しに
 きれいな中庭のある、
 診療所でした。






これまでと同様の憲法話をばーっと1時間、してみました。
選挙の結果で、改憲スケジュールに多少の変更が
起きてくるかもしれませんが。そんなことも付け加えてみました。


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選挙が終わった

夏の熱い選挙が終わった…。

結果は簡単には言い表せないものだったが、
安倍政権に審判がくだったことは、間違いのないことだと思う。

「ゆがみ」もふくんだ結果ではあるにせよ、
社会を前向きにかえていく1歩、かもしれない。
民主党に課せられた責任はズシリと重い。

いずれにせよ、私は、学習運動を前進させることをつうじて、
よりより社会づくりにたいする責任を果たさなければならない。
今日からまたがんばりまっす。

さあ、仕事、仕事!


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2007年7月27日 (金)

同じ時代に生きる仲間

今日(金曜)は、13時からソワニエ看護専門学校へ。
が、今日は授業ではなく、
教務の先生方の学習会で行ってきました。
参加は10名。お忙しいなか、おつかれさまでした。

私が一番年下で、おこがましかったのですが、
要請された内容は、「哲学、ものの見方を中心に」ということでしたので、
「同じ時代を生きる仲間として-学生さんをとらえる哲学的視点」
というテーマで、約1時間半ぐらい話をして、その後30分意見交流しました。

日々学生さんと向きあい、格闘している
教務のみなさんに敬意を表しながら、いろいろと話をしてみました。

では、長いですが、講義内容をそのまま以下、ご紹介します。

一。「人間関係論Ⅱ」の授業で何を学生さんに伝えようと考えたか
 
1。授業に対する私自身の心がまえ(言い聞かせていること)
  
◇学生さんのことを、できうるかぎり、知ろうと努力する
   
*第1講義はすべての時間を自己紹介についやした
    
・長久自身の自己開示、学生さんの人間マップを知る
   
*毎回の感想文を整理し、1人ひとりの特徴をつかむ
   
*講義以外の横道話が学生との距離を縮める

  
◇授業は手抜きをしない(全力でぶつかっていく)
   
*「伝えたいものは何かが、ゆるぎない時、伝わります」
                         (高宮前副校長の言葉)
   
*うれしかった池邊くんの感想文
   
*しかし、失敗の連続でもある

  
◇「あなたに伝えている」-臨場感を大切にする
   
*目の前にいる「あなた」に伝えたい

 
2。学ぶことの楽しさを伝え、学ぶ動機を豊かにする
  
◇読書日記-学ぶ喜びを長久自身が表現する、本の魅力を体で示す
   
*昨年と今年、学生さんに紹介した本
    -この学びで得たことの大きさ
   
*学ぶことへの情熱(パワー)を伝える
  
◇心に響け!「言葉の力」「本と出会う」「人と出会う」「看護のすばらしさ」
   
*考える、感じる材料を提供する-それをつかみとるのは彼ら
  
◇学生さんの反応

 
3。「人間関係論Ⅱ」の基本テーマは、「いのち」と「ものの見方」
  
◇自分と他人の「いのち」の重み、不思議、奇跡、かけがえのなさ。
   
*「いのち」への謙虚さ-「自分の生き方」につながる
   
*生きているということ-矛盾をかかえながら、成長していく
  
◇人間、社会、自分自身にたいする豊かなものの見方を
   
*社会のなかの「わたし」-社会科学の入門書『君たちはどう生きるか』
   
*「いのちの輝き」を奪うものとの対決-たたかう看護師に
    
・9月の「憲法学習」で具体的には語っていく


二。学生さんをどうみるか-哲学的な接近
 
1。対象をありのままに見る-唯物論
  
◇現象することが、そのまま本質ではない
   
*「本質」というのは、簡単にいえばものごとやできごとの本当の
    姿のことで、ものごとやできごとの基礎をなし、その背後にかく
    れていて、表面からは見えない側面をさします。これにたいして
    「現象」というのは、本質のあらわれでた姿のことで、ものごと
    の表面にあらわれた、感覚でとらえることのできる側面をさします。
   
*本質も現象も、まったく別のものではありません。ただ、本質と
    現象がいつも一致しているわけではありません。しばしばはず
    れたり、ゆがんだりして、ときには正反対のかたちをとって現れ
    ることがあります。
   
*さまざまな現実的にあらわれている姿(現象)を手がかりにしな
    がら、その背後にかくれている本当の姿(本質)をとらえようと、
    認識を深める努力をする必要があるのです。

  
◇主観、独断、偏見、経験……ありのままに見ることの難しさ
   
*「看護観察」と「学生観察(人間観察)」は共通

    
ありのままの患者像を観察によって得ようとすることの難しさを
    自覚することから、真の観察は始まる
といってよい。観察のつど
    『今、私の知覚していることは、対象の姿を真に反映しているで
    あろうか』と、自問することを忘れてはならない」
                 
(川島みどり『新訂 看護観察と判断』)

    
「看護記録に書いてある患者さんの状態というのは、ある一断面
    にすぎません。たまたま看護師が見たこと、聞いたことしか書い
    ていない。それ以外の時間を患者はどうしているのかわかりませ
    ん・・・
私たちが知っている患者さんはその患者さんのごく一部なの
    です。私たちは患者さんが24時間どんな思いで、どんな生活をし
    ているかということをほとんど知らない
のです」
                   
(川島みどり著『キラリ看護』、医学書院)

    
「観察の目的は何であるかを見失ってはならない。観察は、雑多
    な情報やめずらし
い事実を積み重ねるためにするものではなく、
    生命を守り、健康と安楽を増進させ
るためにこそ行なう」
                       (F・ナイチンゲール『看護覚え書』)

    
偏見は、生涯を通してたたかわねばならない問題である。如何
    にして曲解した観察がなされるかを理解すれば、偏見は少なくな
    るだろうし、繰り返し自己分析を行うことによって、より少なくする
    ことは可能かも知れない。しかし、残念ながら我々はみな、一度は
    偏見に陥るものである」
(V・ヘンダーソン『看護の原理と実際Ⅱ』)

   
*子どもを愛するということ-無関心とのたたかい
    
<三上満『眠れぬ夜の教師のために』(大月書店、1986年)>より

    
「私は、どの子に対しても、自然な感情で好きになれるという教師
    はまずいないと思います。
子どもは本質的にかなりにくたらしいも
    の
です。素晴らしい側面をもっていると同時にいろいろないたらな
    い側面やゆがみをいっぱいもって生きているのが子どもです」

    
・現代社会ゆえの困難さ、ゆがみを背負った学生たち

    
「私たちが、自然的には好悪の感情をもったひとりの人間だという
    ことをみとめたうえでなおかつ、
私たちは、私たちの前にあらわれ
    るすべての子どもを愛するというたいへん困難なことをやらなけれ
    ばならないのです。それは教師が子どもたちを愛することを義務づ
    けられたプロだからです


    
・看護師が患者へむける目も、同じではないか。
    
・愛は、対象への関心を必然とする。愛そう、愛そうと努力すること
     の中に、私たち自身の成長もあるのだと思う。無関心は差別を生む。

    
「教師たちは、みんなどうも自分の肌にはあわない、気にいらない
    子がいる、とい
う自然的感情とそうとうな格闘をしながら、子どもた
    ちへの愛情をがんばって豊か
にしています。
     
前に、教師を成長させるものは、子どもを愛することができたと
    きの自分自身へ
のこころよさだと言いました。子どもへの愛と、愛
    せた自分への愛とがひびき合っ
てラセン階段のようにのぼっていく。
     
…いままで愛せそうになかった子どもを愛せるようになったとき
    に、教師はそう
いう子どもを愛せるようになった新しい自分を発見
    する」

   
*「教える、教えられる」という関係の以前に、1人の「人間」として、
    また、この
ソワニエの学び舎に集った仲間として、「ともに育ちあう
    関係」を築いていく。
    
・教師自身の「人間観」「生命感」「社会観」が問われる
    
・数万人の看護学生のなかで、ソワニエに集った「同時代をともに
     生きる仲間」「同
じ時間と空間を生きる仲間」として、1人ひとりを
     尊重することから。

  
◇「対象をありのままに見る」ことなしに、「学生さんたちの変化をとら
   える」ことはできない。

 
2。変化をつかむ-学生さんの矛盾にこころよせる
  
◇ものごとを、運動・変化のなかでとらえる-弁証法
   
*静止・固定は相対的、運動は絶対的
   
*運動とは、物質の存在形態
   
*あるものが運動しているということは、そのものがそのものであ
    りながら、同時にそのものでなくなっていくということ
   
*ひとりの人間も、その人でありながら、同時にその人でなくなって
    いく。つまり、つねに運動・変化している。

  
◇ものごとの中には、つねにその内部に相反する要素や傾向がある
   
*これを難しい言葉で、“弁証法的な矛盾”あるいは、“対立物の統一
    と闘争”、といいます。
   
*自分自身のなかに、相対立する要素が存在する

  
◇この事物内部の矛盾こそが、発展の原動力となる
   
*矛盾があるからこそ、前進・発展のドラマがある

   
<ふたたび、三上満『眠れぬ夜の教師のために』より』


    「子どもは、そんなに簡単にひとすじなわでいくものではありま
    せん。私たちが、いいつけたり注意したりすれば、すっと変わっ
    てくれる、というものではないのです。教育というのは、スライド
    を映しているようなわけにはいきません。悪い子が映っていた
    らカチッとスライドを動かすといい子が映る、というようなもので
    はないのです。
     
子ども自身を成長させるものは、子ども自身の内部に起こる
    矛盾
です。子どもの成長過程というのは自分のなかに、何かあ
    る目当てをつかんでその目当てのためにがんばろうとする自分
    と、『めんどくせえや』と元にもどろうとする自分
、そういう自分の
    内部の矛盾・葛藤の長い過程なのです。新しい自分になろうと
    努力したり、古い自分が顔を出して新しくなろうとする自分をとり
    くずしたり、そういうことをくり返す長い過程です。
     
子ども自身のなかに、自分自身が二重にうつること、目当てが
    生まれ自分の人格が二重うつしになること、これが子どもたちの
    成長・発達の原動力です。私たちの仕事は、とりもなおさず、こ
    の二重写しになることを促してやること
なのです。目当てが生ま
    れ自分が二重写しになることは子どもたちにとって苦しく、不安な
    ことでもある
わけです。
     
そういうふうになれるだろうか、ならなくてはいけないのだ、なれ
    るだろうか、やっぱりだめだ、そいうことのくり返しが子どもたちの
    なかに起こってくるのは当然のことなのです。子どもの内部にいま
    どんな矛盾・葛藤が生まれ、どのような方向に向かって進もうとし
    ているのか、子どもたちの“もがき”のように見える姿のなかから
    も、
その核心をつかむ努力が私たちに必要なのです」

    
・「目当て」を提供し、育てる
    
・そして、葛藤を応援し、ささえる

    
「よく子どもたちは教師を裏切ります。『言っても言ってももとにも
    どっちゃう』『いくら言ってきかせてもむだだ』、などということが、
    教師の口からしばしば語られます。しかし、裏切るというのは、あ
    る意味では子どもの本質だ、と私は思います。ほとんどの場合、
    子どもはよこしまな心で裏切っているのでは決してありません。

    とつの価値を自分にとりこむためには、その価値をとりこもうと努
    力する自分、努力を放棄してしまおうとする自分との、一定の時間
    をかけた矛盾のなかでしか子どもは成長しない
ということなのです。
    そしてそれは、表面上は、『あれほどいったのにもとにもどってし
    まった』という裏切りをともなうものなのです。
     
すぐれた教育者、若林繁太先生は、子どもに10回裏切られたら、
    11回信じろ、と言いました。それは決して教師の心構えを言った
    のではなく、子どもたちや人間に対する科学的な洞察なのです


   
*待てない、されど待つ
    
「教育的指導には、私たちが心しなければならない大切な原則が
    あります。それは…子どもというもののあり方そのものとかかわる
    ことです。私たちが子どもたちに要求するときに、その要求がスト
    レートにすぐに実現するものではないということ、したがって、
子ど
    もの矛盾・葛藤のなかからのジグザグした成長を私たちがじっくり
    と信頼をこめて待つということ
、これが教育的指導においては欠か
    すことのできないものです」

   
*子どもをまるごとつかむ
    
「子どもたちが、リアルな生活を背負って生きているということ、した
    がって子どもたちの行いや行動のなかに一つひとつ子どもたちの
    リアルな生活上の根拠があるということを理解すること」
    
子どもを徹底して、発展途上の人としてつかむことです。子どもの
    つまずきもまちがいもゆがみも、何ひとつ発達上の意味を持たない
    ものはありません。教育的働きかけの契機にならないものはありま
    せん
。この両軸をいつも交叉させて、子どもたちを深くつかむ努力を
    したときに、私たちは子どもたちにかぎりない共感をもつ教師になる
    ことができるのではないでしょうか」

  
◇量の変化が、質の変化に転化する(発展)
   
*ものごとの発展は、まずものごと内部の量の変化からはじまる。そ
    れはすぐにものごとの質を変えはせず、したがってなかなか表面に
    はめだたない。ゆっくりと、長期間、こうした状態での変化が進行する。
   
*そして、それがある段階に達したとき、飛躍的なかたちで質の変化
    がひきおこされる。これが、ものごとの発展過程の法則的すじ道。
   
*したがって、私たちは、めだたない量の変化をけっして軽視してはな
    らない。そのつみかさねが、やがて質の変化をひきおこす。

    
「患者のどんなに小さな変化や反応も見落とさない、気づきのアン
    テナの感度を、看護師なら意識的に高めなければならないのです」
                       
(川島みどり著『キラリ看護』、医学書院)

  
◇「経験」は絶対か-経験主義とのたたかい
   
*「今までこうだったから…、こうだろう」
   
*自分や他人の過去の経験を、時、所、条件からきりはなして固定化
    し、その尺度ですべてをはかろうとする


三。つながりあって、ハッピーになる
 
1。いろんな個性をもつ教務集団として-ベクトルはつねに学生さんを向いて
  
◇「どんな看護師に成長してほしいか」
   
*それがゆるがなければ、しっかり学生さんには伝わる
  
◇そして、豊かな人間集団であってこそ、教育力が増す

 
2。つながりあって、ハッピーになる-葛藤を支えあい、助けあう仲間づくり
  
◇弱さを表現できない-自己肯定感の低さ、「自己責任」という風潮
   
*自分の弱点や悩みを他者に表現することが困難になっている
  
◇「人間はだれもが不完全」ということ、だからこそ、つながりあう
  
◇連帯こそが、個性と能力を育て、自立と自律を育てる
   
*「あてにし、あてにされる」関係づくり
    
・学生⇔学生、学生⇔教務、教務⇔教務
   
*学生と教務がソワニエ看護専門学校に集っているのは、みんなが
    「つながりあって、ハッピーになる」ため。

 
3。同時代を生きる仲間として-ナイチンゲールの精神を受けついで

   
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなどを適切
   に整え、これらを活かして用いること、また食事内容を適切に選択し
   適切に与えること-こういったことのすべてを、
患者の生命力の消耗
   を最小にするように整えること、を意味すべきである」
                             (『看護覚え書』序章より)

   
*患者の生命力を消耗させるのは、病気だけではない。
    
・無知や貧しさ ・政治の貧困
    
・長時間労働 ・生活と労働の場でのストレス
    
・医療労働者の労働条件 ・居住環境 ・戦争

   
*ナイチンゲールがもし現代に生きていたならば、「生命力の消耗」
    を進行させる、こうした問題について、きっと「たたかい」を挑んでい
    たと、私は思います。

   
*学生さんは、みなさんの同志(志しを同じくする人)です。ともに「育
    ちあい、学びあう仲間」として、手をつないでいきましょう!(私もその
    1人に加えてください)


以上。



終了後の感想交流・意見交換も面白かったです。
9月の憲法講義もがんばりまっす。


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2007年7月26日 (木)

おかしいぞ郵便局

さきほど、学習協近くの小さな郵便局に振込みに行ったときのこと。

少し待ち時間がありそうなので、最近郵便局においてある
サンケイ新聞を読もうと思って目を入口付近にあわすと、
なんと、

「自衛官募集」

の張り紙広告があるではないか!!
ついでに募集用ハガキもある(これは持って帰ってきた)。

恐ろしい。
というか、郵便局がこんなことをしてもいいのだろうか?

少し前から、この郵便局にはおもむろに
サンケイ新聞が置かれるようになり、
「うーむ、これは上からの指示・圧力か」と考えながらも、
手にとって読むことのなどめったにない新聞なので、
待ち時間などに、おもしろく(イデオロギー分析もかねて)読んでいた。

が、ついに「自衛官募集」である。
これは看過できない問題である。

とりあえず、
おとなりの平和委員会に相談してみよう。
なにせ、わが町の郵便局である。

全国的にこうした傾向があるのだろうか?

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2007年7月25日 (水)

続きがあった

岡山医療生協の学習月間(憲法学習)、
終わったと思ってやれやれと思っていたら、
「また行ってくれ」と言われ、今日、2か所でしゃべってきました。
全部で16回やったかなー。自分で自分をほめてやりたい。

Dscn2304

 15:00~
 
駅元診療所

 学習会の始まる前。

 だれもいない。



Dscn2305

 18:00~
 
デイサービスセンター福浜
 (で、あってるかな?)

 こちらも学習会の始まる前。
 アットホームな雰囲気だ。



2か所で合計16名の参加でした。
暑い中、ごくろうさまです。

今日は、ほんとーに、暑かった。
頭ぼーっとする。

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Kくん、行ったぞぉ

きのう(24日)のお昼は、『友』配達の途中、
ちょっと遠回りをして、労働学校常連受講生、Kくんが
店長をしているラーメン屋に。

「たまには来てください」と言われたので、
「よし、来週いくわ」と約束したもんで、行ったしだいです。

あいにく、Kくんは不在だったのですが、
「とんこつラーメン」(630円)をいただきました。
ふむ、味は向上しているようです。美味しかったです。

Dscn2303

 お店の名前は
 「希望軒」
 (ほーぷけんと読む)

 上道駅すぐ近くです。
 どうぞごひいきを。






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2007年7月24日 (火)

BC級戦犯裁判

最近読み終えた本。

『あなたは「三光作戦」を知っていますか』
              (坂倉清・高柳美知子、新日本出版社、2007年)


中国、華北地域で行われた日本軍の儘滅掃討作戦。
中国側ではこれを「三光作戦」と呼んだ。
「殺しつくす・奪いつくす・焼きつくす」である。

その掃討作戦に参加した兵士の記録。
文字も大きく、多くの漢字にルビがついているので、
中高生向けなのだろう。
もちろん、大人にも読んでもらいたい。


『BC級戦犯裁判』(林博史、岩波新書、2005年)

恥ずかしながら、数年前まで、私は、
「A級戦犯は、A級だから、一番罪が重い戦犯で、
B級・C級は、それよりは軽い戦争犯罪が裁かれた」
という勝手なイメージを持っていた。

また、もう10年以上前になるだろうか、
所ジョージが主演したテレビドラマ『私は貝になりたい』を見て、
「B・C級戦犯は、そんなに罪のなかった下級兵士も裁かれることがあった、
不条理な裁判」という、これまた事実と違うイメージを持っていた。
(実際は、二等兵が戦犯裁判で死刑になったという事実はない)

本書を読み、BC級裁判の意義と、多くの問題点、
自分自身のあいまいな認識がかなりスッキリ整理されると同時に、
まだまだ学ばなければならない問題が山ほどあることを自覚。
引用文献をとりあえず読んでいこうと思う。

あらためて、日本が戦後、自分自身の戦争犯罪、侵略戦争と
向きあえてこなかった弱点が、今日の日本社会を深いところで
規定している要素の一つであることを、考えざるをえなかった。

たいへん収穫の多い1冊でした。


『希望の教室-金森学級からのメッセージ』(金森俊朗、角川書店、2005年)

お気に入りの金森俊朗先生の1冊。
この3月、ついに小学校教諭を退職。
ホームページなどを見ると、講演活動が忙しいようです。
ぜひ一度、生の講演を聞いてみたい。

目次だけ紹介しておきます。

はじめに-キャッチャーであれ
  第1章-友と自分は網のようにつながっている<トラブルの解決>
  第2章-人間にだって羽がある<チョウの一生>
  第3章-<ドキュメント>種よ、ありがとう<生き続ける種の知恵>
  第4章-稲は人の足音を聞いて育つ<田んぼの学び>
  第5章-見えないものを見る、聞えないものを聴く<数学と読書>
  第6章-働く大人たちは疲れている<仕事の取材>
  第7章-私は、どこから、どうやって、今、ここに?<私の誕生>
   終章-きらめきの少年期

金森先生の教育実践は、ほんとうに学ぶことが多い。
ぜひ、これからも多くの本を世に出してもらいたいと思う。
お待ちしています。

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次は寝不足…

運動不足を実感した次は、寝不足に襲われています。
週末は選挙だったのでしょうがないにしても、今朝は…!

明け方、蚊の襲撃を受け、「か、かゆい…」と4時半頃に
目が覚める。最近わが家は蚊がどこからか侵入してくる。
去年はそんなことなかったのに。

「これはもう寝れない」と判断し、明日やろうと思っていた
ビラまきに立ち上がる。
4時50分から1時間弱かけてわが団地にビラまき。
あー、やっぱり夏のビラまきは朝にかぎる。涼しい。

すたすたとビラまきを終え、家に帰って新聞を読み、
「そうか、やはり東京、京都、大阪は大接戦か」と確認し、
吉田茂元首相の料理番をしていた人の訴えにウルウルする。

そして納豆ごはんを食べ、さあ、時間があるから本でも読もうかと
思ったけれど、寝不足ですぐウトウト…。

夏は暑いし、早く目が覚めるので、学習効率が確実に下がる季節。
とりあえず、蚊対策をなんとかせねば…。


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2007年7月23日 (月)

運動不足ですな

この金曜・土曜・日曜は、選挙・選挙・選挙の日々でございました。
おかげで体はあちこち痛んでいます(笑)。日頃の運動不足が身にしみます。

にしても、安倍政権は選挙に入ってからもボロボロですな。
麻生外務大臣の「アルツハイマーの人でもわかる」発言、
塩崎官房長官の事務所費問題、
で、農水副大臣の「松岡さんは芸者の花代に使ったのでは」発言。

支持率も下がる一方みたいですが、
今日もテレビの世論調査を報道していたニュース番組が、
「支持率」「投票先」はという設問の調査で、
自民党と民主党の数字しか出していなかった。
他に政党はないんかい!と怒り心頭。

日本のマスコミのレベルは「下げ止まり」知らずで、
どこまでも落ちていく感じがしています。

先日、共産党の宮本顕治さんが亡くなったときの
「朝日」の社説はひどかった。
自分たち自身の認識が、「相当古くなっている」ことに気づいていない。

マスコミにはかなり頭にきているので、
延々と書いてしまいそうな勢いなので、このへんでやめておきます。

今日は、カラッと晴れたな~。
いよいよ梅雨があけたかな?

Dscn2302

















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2007年7月20日 (金)

『学習の友』8月号

『学習の友』8月号の主な記事のご案内。

特集:日本軍のむごさを知れば

 *日本の侵略戦争は人の命をどうあつかったか-石山久男
 *証言 ・「慰安婦」-西野瑠美子
      ・南京大虐殺-笠原十九司
      ・沖縄戦「集団死」-金城重明
 *<歴史の歪曲>と改憲-山田朗
 *美しい国、美しい戦争-三上満
 *昔、日本がはじめた戦争はどんなものだったか-柴山敏雄

改憲阻止のたたかいと公務員・教育者の権利-田中隆
雇用と音楽文化を守る-大森啓史


以下読後感。

沖縄戦「集団死」の金城さんの話は知っていた話ではあるが、
やはり苦しすぎる。最後は読み進められない…。

ほか、「心優しい詐欺師に」(大熊啓)の文章もよかった。
こういう軽いタッチ、好きだなぁ。


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2007年7月19日 (木)

また涙

以前にもブログ書いた、TV番組、
「知るを楽しむ-人生の歩き方」(NHK教育)の7月は
細谷亮太さん。きのう(水)は4回シリーズの3回目だった。

昨晩は疲れていたのでビデオにとって、
今朝早く見ていた。
「親の悲しみと向き合う」というテーマだったのだけれど、
朝から涙がでた。

治らない子どもを見守る親の気持ちとはどんなものだろう。
でも、子どもと過ごした時間は、ずっと心の中に豊かに残っていく…。

細谷先生の語る言葉、その涙に、
あらためて先生の人間性をみました。
最終回(7/25 22:25~)も楽しみです!


で、そのあと、朝お決まりの「ピタゴラスイッチ」を見ていて
「おもしろー」と笑っていたら、近くにいた相方が、

「あなたはテレビを見て泣いたり、笑ったりして、幸せだねぇ」
とやや皮肉をこめてひと言。

たしかに、しあわせもの、ですかね。

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2007年7月18日 (水)

はじめての福浜公民館

きのうの晩は、岡山市福浜の福浜公民館で学習会。
主催は
岡山民商福浜支部。参加はなんと3人!
でも、そのぶんいろいろ交流できて楽しかったです。

「この時代に生きること、働くこと」と題して、約1時間、
おもには憲法どおりの社会をつくろうという話をしました。

左官(壁塗り)職人のお父さんは、会社の経営がやばいらしく、
「あと1週間は資金繰りがもつと思うけど・・・」とお話をしてくれました。
そんな切羽詰った状況のなか、学習会に足を運んでいただき、
ありがとうございました(涙)。

民商の方は、私の知らないことをたくさん知っておられるので、
たいへん勉強になります。
近くの美味しいお豆腐屋さんの情報もいただきました。
今度ぜひ寄ってみようと思います。
これからもよろしくお願いします。

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2007年7月17日 (火)

シフト、シフト。

最近読み終えた本。

『十歳のきみへ-九十五歳のわたしから』
           
(日野原重明、冨山房インターナショナル、2006年)

日野原重明さん(聖路加国際病院名誉院長)の、いま、
子どもたちに伝えたいことがギュッとつまっている本。
年をかさねるごとに、人間の魅力と可能性を広げて

いる日野原さんの言葉は、一つひとつが、とても説得
力のあるものです。


目次 1.寿命ってなんだ
    
2.人間はすごい
    
3.十歳だったころの私
    
4.家族のなかで育まれること
    
5.きみに託したいこと
    
あとがき…この本を読んでくれたきみと、きみのお父さんとお母さんへ


「80歳を過ぎたあたりからすこし様子が変わってきました。
いそがしさには変わりがないというより、むしろ火がついた
ように感じられることもあるくらいですが、
いままでまるで気
づくことのなかった新しい楽しみを、わたしはこの年齢になっ
て発見したのです


「ふしぎなもので、当のわたしにしてみるといつの間にか94
をこえてしまったように思えるのです。野球の試合ならよう
やく4回戦か5回戦目をむかえたような感覚で、さあ後半も力
を入れていくぞと気合いを入れているような感じがする
のです」


「わたしがイメージする寿命とは、手持ち時間をけずっていくと
いうのとはまるで反対に、寿命という大きなからっぽのうつわの
なかに、せいいっぱい生きた一瞬一瞬をつめこんでいくイメー
ジです


「時間というには、ただのいれものにすぎません。そこにきみ
がなにをつめこむかで、時間の中身、つまり時間の質がきま
ります。きみがきみらしく、いきいきと過ごせば、その時間は
まるできみにいのちをふきこまれたように生きてくるのです」


「寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけ
につかうのではなく、すこ
しでもほかの人のためにつかう人間
になれるようにと、私は努力しています。なぜなら、
ほかの人
のために時間をつかえたとき、時間はいちばん生きてくる
から
です。時間のつ
かいばえがあったといえるからです」

言葉を使う医師、日野原さんのやさしく熱いエネルギーが感じられる1冊。



『私が人生の旅で学んだこと』(日野原重明、集英社、2005年)

「私はこの本で、私という人間をつくってきた93年間の自分の
人生を振り返りながら、今という時代に伝えたいメッセージを書
こうと思います。私に医療という道を歩ませてくれた人たちとの
出会い。医療活動をするなかで私が考えてきたこと、実行して
きたこと。そして、未来を担い、この地球という惑星で生きてい
く人たちに伝えたいこと…。
 
人生とは未知の自分に挑戦することだと思いながら、私は自
分の人生を歩んできました。私のその生き方が、少しでもみな
さんの参考になれば、私にとってこれほど幸せなことはありませ
ん」(「まえがきに代えて」より)


医師になりたいという気持ちを芽生えさせてくれた、幼い頃のあ
る医師との出会い。そして、いまの日野原医学の原点となった、
オスラー医師との出会い。「人生にとっていちばん大事なのは、
出会いです」と語る日野原さん。先人たちの歩みや業績を、広
く深く学び吸収しながら、歩んできたことがわかる1冊。


「私が医療関係者に言い続けているのは、医学的な知識とテク
ノロジーを病む人に使う医療には、患者さん一人ひとりの特性に
応じて言葉や態度でアプローチする、
病む人間へのタッチの技
(アート)が必要だということ
です。…患者さんに触れるタイミング
を考え、言葉を練り、患者を理解するためにどの程度の時間を
かけたらいいかを考えることは、知識やテクノロジーではなく、絵
筆のタッチ、ピアノのタッチと同じような、医や看護の技なのです」


「私は医学生や看護学生に『できるだけ本をたくさん読みなさい。
それも医学書ではなく、小説や詩やノンフィクションを』
と勧めます。
こうした本は、人間の生きていく苦しみや病気の苦しみような“四
苦八苦”を取上げています。それを書いているのは、小説家や宗
教家、詩人などの感受性のするどい人たちですから、著作を通し
てさまざまな“経験”をし、患者さんの“苦”を感知する感性を磨くこ
とができると思うのです」

この言葉は、「活動家」にも共通する提言、と受けとめたいと思います。



『赤ちゃん  成長の不思議な道のり』(安川美杉、NHK出版、2007年)

2006年10月に放送されたNHKスペシャル「赤ちゃん 成長の不
思議な道のり」をもとに、取材時のエピソードや番組で紹介しきれな
かった内容をまじえてまとめた1冊。


赤ちゃんの成長過程を探ることが、とりもなおさず、私たち自身の
成り立ちを探り、人間とは何かという永遠の謎を探ること


「そこからわかってきたことは、赤ちゃんは単純な白紙のような存在
でもなければ、大人のミニチュア版でもないということだ。赤ちゃん
には、自分の環境に適応し、人間として成長していくための特別な
能力が備わっている
。ときに、その能力は大人以上に発揮される
といってよい」


「赤ちゃん」への見方が大きく変わること間違いなし。
すごいよ、人間の赤ちゃんは。


とりあえず目次を書いておきます。

【第1章 赤ちゃんの秘められた能力-赤ちゃんは環境を探っている】
 
・脳のはたらき
 ・周りを探る「自発運動」
 ・世界を探る赤ちゃんの力

【第2章 成長の第2のステップ-環境に適した能力を伸ばす】
 
脳内ネットワークの構築プロセス
 ・自分の体をコントロールするまで
 ・顔の認知の発達

【第3章 成長から見る「人間らしさ」とは】
 ・手が自由になった人間
 ・言葉を身につけるまで



『NHKアナウンサーの はなす きく よむ-実践新社会人編』
                           (NHK出版、2006年)
『NHKアナウンサーの はなす きく よむ-声の力を活かして編』
                           (NHK出版、2007年)


かなりのナナメ読みだったのですが、参考になる部分も。

「世代を超えてきく」というところは、そうだそうだと思いながら読みました。

「『最近の若い者は』などと若者の流行や考えを見下す
ような気持ちがあっては、もちろん世代の壁は乗り越え
られません。
 若い人から話を聞くことで、『今の動き』を知ることが
できる。そして何より、何かに打ち込む、頑張っている
若者に接すると、こちらまでエネルギーをもらいます。
 弊害になるのは『決め付け』です。若い人たちの流行、
文化、価値観、考え方を、頭から『理解できない』『つい
ていけない』と思い込んでいませんか。
 
『最近の○○はわからん』というのをよく耳にしますが、
『わからない』のか、『わかろうとしていない』のか、これは
大きな違いです。

 また『今の若者は○○だ』とか『○○な傾向にある』とい
うように、
世代をひとくくりにして、皆こうだと決め付けるの
もよくありません
。『自分の時はこうだった』と鼻にかける
ような気持ちを持ってもいけません」

「私が意識した
のは、『ギャップを楽しむ』という事です。自
分の頃と比べて、その違いに愕然とするのでなく、驚きを
楽しむくらいの気持ちで接してきました。
 若い人たちの柔らかい発想からは『新しい流行』『新しい
ことば』が次々に生まれます。
 『ついていけない』という事を苦痛にするのではなく、やは
りここも『知らない世界を垣間見ようという興味』をもつこと
です」

「ギャップを楽しむ気持ちで、若者の傾向を知ろうとする。
会話の中で、初めて知った事に驚き、考え方に感心する。

相手を認め敬う気持ちを示す事で、若い人たちも心を開い
て打ち解けてくれます」

「高い壁、分厚い壁を感じたとしても、嫌がらず、歩み寄る
気持ちがあれば乗り越える事ができます。それほど『面倒
くさい事』でも『難しい事』でもありません。
 逆に、
壁があるから面白いのではないでしょうか…壁を
越えてみたらいろいろな発見がありますよ」



さて、これからは
ソワニエの授業がしばしお休みとなるため、「医療・看護」本から離れ、
「日本の戦争」本などにシフトしていこうと思っとります。


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2007年7月16日 (月)

天空のお蕎麦屋さん

きのう(日曜日)は、わが夫婦の結婚記念日。
あの政党の創立記念日と一緒なんですよぉ(笑)。

無事、5周年をむかえることができました。

で、きのうはお昼に美咲町の「天空のお蕎麦屋さん」に。
車で走った走った。めちゃ遠い所でしたが、
ほんとうに山の上、天空に近いお蕎麦屋さんでした。
(カメラを忘れてしまったのが、残念!素晴らしい景色でした)

大阪から3年ほど前に帰郷したというお父さんが
切り盛りしているお店なんですが(週末のみの営業)、
蕎麦の栽培から自分でやっている人です。

そのお蕎麦の美味しいこと!! ほぼ十割蕎麦だそうです。
天ぷらも、たぶん全部自家栽培の野菜だったと思われます。
蕎麦を打つ水も、天然の湧き水を汲みに行っているのです。
(その湧き水を帰り際に「持って帰りな」といただいてしまいました!)
すばらしく美味しい昼食になりました。

でもって、たまたま台風一過の日和だったこともあり、
私たちがいった時にはお客さんは私たちのみ。
(いつもはごったがえいしているらしい)

そのお父さんとお店の人たちのやさしいおもてなしに、
心が洗われました。お店のまわりの自然豊かな恵みの
案内もしてくれ、ほんとうに大満足!

「今度は蕎麦やってないときにおいでよ」と、お父さん。
ぜひぜひ、また行かせていただきます。

台風一過で、空がいつもと違う鮮やかな青でしたが、
お蕎麦屋さんの料理とおもてなしの心遣いに、
ほんとうに晴れ晴れとした気持ちになりました。

人と人とのふれあいって、やっぱりいいもんだ。



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2007年7月13日 (金)

夏休み前最後の授業

今日の午後は、ソワニエ看護専門学校へ。
1年生の授業の11回目。夏休み前、最後の授業でした。

内容は…
いちおう、「君たちはどう生きるか 補論」となっていますが、
半分ぐらい読書日記の紹介にあて、
あとの半分は、中間課題として出していた感想文を
冊子にしていたものを配り、コメントをしていきました。
これはなかなか好評のようでした。

「夏休み、いっぱい遊ぼう!どしどし本を読もう!」
と強調したのですが、夏休みの課題が山のようにあるらしく、
なかなかたいへんなようです。耐えてがんばってください。

私の今年の夏休み計画は長崎の五島なのですが、
「五島に行くぞ!」と宣言。
五島出身のK口さんにいろいろと情報をもらいました(笑)。
やっぱり海がキレイなんだそうです。楽しみだー。

なんのこっちゃの授業だったのですが、
最後の授業の感想文、泣かせてくれるものが多く、
苦労して準備してきたかいがあったと、涙(じっさいには泣いてません)。

学生のみなさん、いい夏休みを!



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2007年7月12日 (木)

460名の学習月間でした

今週も月曜~木曜まで、岡山医療生協の学習月間で、
「憲法学習会」の講師で行ってきました。
今週は計6回でした。なかなか体力的にはしんどかったですが。

Dscn2301


 これは月曜日。

 学習会の
 はじまる前の様子。






労働組合専従のI塚さんいわく、「3週間で計460人が参加」
されたそうです。職員のみなさん、おつかれさまでした。

感想文も大部分拝見しましたが、まずまず好評だったようです。

これが選挙の力になってくれれば、うれしいですなぁ。

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細谷亮太「人生の歩き方」

最近イチ押しのTV番組。

NHK教育「知るを楽しむ」の水曜日版「人生の歩き方」
今月7月は、もっとも尊敬できる医師の1人、
細谷亮太さんが登場。

聖路加国際病院の小児科部長。
番組のテーマは
「子どもの命みつめて」(4回シリーズ)

番組HPはこちら→
 http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200707/wednesday.html

先週の水曜日、缶ビール1本飲んで、ぐでっと横になっていた
私の横で、相方がテレビのチャンネルをポチポチ変えていた。
そして、「この人って、あなたが言ってた細谷先生じゃないのっ」
と言うもんだから、思わずガバっと起き上がり、テレビにくぎずけ。

や、やっぱりこの先生は、すばらしい。
2回目のきのうも、「病と闘う子どもたち」ということで、泣けた。
「子どもたちが、人間のすばらしさを教えてくれた」という細谷先生の
言葉一つひとつが、私の胸をうったのであります。

7月18日(水)22:25~22:50 第3回「親の悲しみと向き合う」
7月25日(水)22:25~22:50 第4回「サヨナラの向こうに」

ぜひご覧ください(詳しくはHPを)

ちなみに、私は1回目、2回目ともしっかり録画(再放送もあり)。
来年のソワニエ看護学校の授業で使えるかなー、と思ったり。
テキストも購入しました。

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2007年7月11日 (水)

民主党に託せるのか?

明日が参議院選挙の公示。

民主党党首の小沢一郎氏が、岡山県の新庄村(県北の小さな村)で
第一声をあげるそうな。

新宿で第一声の安倍くんとの違いを強調し、
「地方重視」と言いたいのだろう。

岡山選挙区(定数1)は、
自民党参議院の親分、片山虎之助と、
元県議の姫井由美子がぶつかり、
全国的にも「虎vs姫」ということで、注目をあびている。

が、はたして民主党の実態はどうなのだろうか?

姫井由美子氏は、この4年間の県議活動のなかで、
県民に苦難をしいる中身をもった知事提案の条例に
100%賛成。堂々、オール与党の一員であった人だ。

地方政治では「なんでも賛成」でありながら、
国政では対決姿勢をアピールする。これはげせない。

また、その姫井氏とポスターで共演している、
民主党公認の比例候補(岡山県出身)、高竹和明氏は、
靖国DVDをつくった日本青年会議所で会頭をつとめたほどの人物。
いわゆる靖国派、である。

この人は、04年11月18日に衆院憲法調査会公聴会で、
 「敗戦統治の呪縛から解き放たれた自立した日本国を象徴する
 新しい憲法が真摯に論じされる必要がある」
 「国民的憲法議論はまさに、日本人の伝統的精神性復活の起爆
 剤としても有効」
というような発言をしている。

こういう人を党の公認で立候補させているのが、民主党である。
はたして、この政党に未来は託せるのか?

答えは、はっきりしている。


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運営委員拡大作戦

きのうは、来期の岡山労働学校の運営委員会を拡大すべく、
労働学校を受講している2人の
青年と、立て続けに話をしました。

1人目は21歳の医療事務1年目の女性。
いろいろ話をしたのですが、のらりくらりと
かわされました。かわし方がなかなかおもろい子です。
かなりいい素質もってるんだけどなー。
とりあえず、学習協の会員にはなってくれました。
再度、話をするつもりです。

2人目は、26才の、これまた医療団体1年目の男性。
こちらは、すでに「覚悟」していたらしく、すんなりOK。
学習協の会員にもなってくれました。
「いやー、頼まれたら断われない性格って、絶対成長できるよ。
たまに墓穴ほるけど」とアドバイス(?)しておきました。

2週間ほど前に、もう1人、26歳の女性と話をして、
来期、運営委員をしてくれることになっているので、
これでなんとか2人増えることに。

もう1人、なんとか増やしたい。
地道な組織活動が続くのであります。

明日から、選挙だ!

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2007年7月 8日 (日)

「ドキドキできた場所」

きのう、73期岡山労働学校「哲学教室」
修了式があり、17名が参加しました。

Dscn2277










17時半すぎて、修了式の開始。
1人3分間の「修了発表」です。
今期を受講しての思いがそれぞれの言葉で語られました。


Dscn2282










どの人の「修了発表」もすばらしく、
労働学校の魅力が語られたと思います。

私もとったメモから、かいつまんで、紹介します。

Yさん
「72期から参加しているが、若い人だけでなく、年配の方も
参加しているので、安心。どれもおもしろい講義だった。
現象だけでなく、本質をみること、人を信頼することが大事。
人から学ぶ、人とのつながりを大切にしたい。来期も来ます」

Nさん
「今期は3回だけの参加だったけど、その中で考えたこと。
アウシュビッツの話を聞いて、戦争について考えた。
今の日本、たいへん問題だらけ。でも、こんなものかと思っていた。
流されていた感じがする。
ちょっとテレビを消して、考える時間がみんなに必要だと思う。
中田進さんの特別講義は目からウロコが落ちた。
自分のためだけでなく、誰かのために行動できるようになりたい」

Tさん
「哲学は難しいイメージだったけど、学びやすかった。
より物事を深く、本質的に考えることができた」

Tさん
「初めて受講した。いろいろと勉強になったし、
紹介された本なども読んでみたい。
来期は職場から、2人、3人と引き連れてきたい。
職場で9条の会を立ち上げた。職員や親の人にも、
ぜひ来期の『日本の戦争教室』に来てもらいたい」

Kさん
「チラシをみて、カリキュラムにひかれ、初めて受講した。
生きにくい社会の中で、自分がどう生きるのか考えたかった。
“唯物論者の態度”ということが印象に残った。
自分を見つめなおすいい機会になったし、
学ぶこと、出会うことを、これからも大事にしたい」

Kさん
「今期はほとんど来れなかった。
労働者は忙しく、ゆとりがなくなってきている。
そういう中で、労働者が学んでいくことが大事だし、
労働学校の存在は貴重だと思う」

Iさん
「若い人が多く、楽しかった。
新しいことがたくさん知れてよかった」

Oさん
「哲学というイメージに偏見があった。ああいえば、こういう、みたいな。
もともと勉強は好きだったし、楽しく学べた。
印象に残ったのは、やはり特別講義の中田進さん。楽しかった。
最後の講義も印象に残った。誰かのために何かをすること」

Mさん
「70期から来ている。須増さんの講義は哲学らしかったが、
今期の学習は未消化ぎみ」

Nさん
「哲学はやっぱり難しいと思ったが、
来期もちゃんときて、勉強したい」

Yさん
「最近、10年分の不幸がのしかかったような状態だったが、
労働学校は自分にとってセラピー効果があった。
みんなで貯金をして、アウシュビッツに修学流行に行こう!」

Hさん
「本当は自分はこういう場は苦手。しゃべるのも。
これまで、自分の生活は、家と会社の往復だった。
労働学校は、ドキドキできた場所。
来期もドキドキしたくなったら来ます」

運営委員Tさん
「今期は初受講の人が多くて、楽しかったし、
2か月間でみんなの表情とか変わっていったのがすごいと思った。
私自身ももっと勉強しないといけない。
アウシュビッツにも行ってみたい」

運営委員Tさん
「今期は早く感じた。今回の哲学教室は、入りやすかった。
受講生も、個性豊かな人が多く、みんなに助けられた。
なんで私はこんなに長く労働学校をやっているのか。
世の中のこと、働く意味が学べるし、いろんな人から吸収できる。
この学校に来るまでは、いまが楽しければいいじゃん、だった。
労働学校に育ててもらった。私の居場所でもある。
私のいいところも、悪いところも、ちゃんと言ってくれる。
もっと広げたいので、来期もよろしく」


今期の一番印象に残った受講生は、
46歳のHさん(男性)です。

家具職人のHさんは、新婦人の活動家のお姉さん(だったと思う)に
「行ってみたら」と言われ、恐る恐る受講された人です。
こういう場所はまったく初めての方。

最初は本当にこわばった顔で、不安な感じがにじみ出て
いたのですが、回を重ねるごとに、みんなと打ち解けはじめ、
最後にはワンポイント講座(講義の前に15分間しゃべるコーナー)で
自分のことをしっかり語っていだだけました。
2か月間での変化がはっきり見れた人です。

きのうの修了発表でも、
「労働学校はドキドキできた」という名言が飛び出しました。

そのHさんの「修了アンケート」を紹介します。
 【印象に残った講義やお話は?】
  どの講義もすばらしかった。自分に色々な変化を
  あたえてくれてありがとう。

 【ずばり、労働学校の魅力はここ!】
  色々な人が、主義・主張・感じ方をぶつかりあう事。
  自分の意見を大事にし、人の意見を大事にする。

 【労働学校に来て変わったこと】
  あまり無関心な自分が、言葉をさがして、
  なにか言わなくちゃと思って意見を書く。

 【労働学校と言えば!○○さん】
  みんなドキドキさせてくれて、とても楽しかった。

 【これからの労働学校に期待すること】
  みんな1人1人違って、もっともっと変わった人と
  話をしてみたい。もっともっと広げてください。


Hさん、ありがとうございました。
来期もよろしくお願いします。


修了発表が終わると、
修了証書の授与に。


Dscn2285

 今期は24名中、
 14名が修了しました。

 あつかれさまでした。



会場をそのままに、今度は修了コンパに突入!


Dscn2286

 わきあいあいと、
 軽食を食べながら、

 短冊に願い事を書いたり、
 労働学校クイズで盛り上がったり。




Dscn2294


 みんなで記念撮影!







21時に、修了コンパも終わりました。
みんなの笑顔が輝いた、修了式でした。

なんと来期の受講申込みがすでに8人の方から!
今期成功の証。来期への期待でもあります。
来期「日本の戦争教室」は、爆発的に受講生を広げるつもりです。
ご期待ください。そして、ご協力ください。


つづいて、
コンパ2次会は近くの居酒屋に行き、15名が参加。


Dscn2296


 約2名が、飲んだ飲んだ。


 




Dscn2297_1 Dscn2298


 自分でソフトクリーム
 つくれるんだって!

 なかなかうまく
 できませんでしたが。







73期、これにて終了。

おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。



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2007年7月 7日 (土)

発展のすじ道

きのうは、いつものようにソワニエ看護専門学校へ。
10回目の講義が、全員出席のもと行われました。

「発展のすじ道について」というテーマで話ました。
が、最初の読書日記のところで60分ぐらい時間をとってしまい、
本題の中身は25分ぐらいでしゃべりました(笑)。


以下、講義の

一。長久の「看護・医療」読書日記
 ◇今週読んだ本

二。前回までのおさらい(ものの見方)
 
◇ものごとを「ありのままに見る」ことが大事
 
◇すべてのものごとは「動いている」「変化している」
  
*「どうせ」というのは、ものごとを「変わらないもの」としてみる見方
 
◇「動いている」ということは、「矛盾がある」ということ
  
*相対立している要素がものごとの内部に共存している
  
*矛盾のぶつかりあいの結果、新しい質、より上昇的・前進的な
   変化が生み出された場合、それを「発展」という。

三。発展のすじ道について①-量的変化と質的変化
 
1。質とは何か
  
◇あるものを他のものから区別してそのものたらしめている
   本質的な諸性質の総体の
こと。
  
◇「質」のことを英語でquality(クウォリティ)と言いますが、これはもとは
   ラテン
語で「どんな?」という疑問詞(qualis)を名詞化したものだそうです。
  
◇つまり、「これはどんなものか?」と問われたときに、「これこれこんなも
   のだ」と答
える、その「これこれ」の全体がその事物の質、というわけです。
  
◇たとえば、「看護師とはどんな人のことか?」と聞かれて、「看護師
   とは、これこれこ
ういう人のことだ」という、「これこれ」の部分が、「質」
   というわけです。

 
2。量とは何か
  
◇ある事物、あるいはそれを構成している諸要素のあり方を、
   程度の面からしめすもの
のこと。
  
◇「多い・少ない」「大きい・小さい」「長い・短い」「重い・軽い」
   「広い・狭い」「遠い・近い」「早い・遅い」「深い・浅い」などなど。
  
◇「量」は英語でquantity(クウァンティティ)と言いますが、これももとは、
   ラテ
ン語で「どれだけ?」という疑問詞(quantus)を名詞化したものです。
  
◇つまり、「どれだけあるか?」と問われて、「これこれだけある」と答える、
   その「こ
れこれ」が、事物の量にあたるものです。
  
◇たとえば、「この病院に看護師はどれくらいいるのか?」という問いは、
   質を問題に
しているのではなく、量の程度を問うている。

 
3。質と量のつながり
  
◇質と量はバラバラにきりはなされて存在できるものではありません。
   つねに結びつい
て存在します。つまり、ある質にはかならず一定の
   範囲の量が対応している。
   
*ものづくりの量と質
   
*一流のスポーツ選手の「質」は、必ず、並外れた練習「量」と結び
    ついている。
  
◇たとえ事物の量が変わっても、それが一定の範囲をこえないうちは、
   事物の質は変わ
りません。しかし、量の変化が一定の限度をこえると、
   それは事物の質をも変えてし
まいます。
   
*たとえば、天井が多少低くても、あるいは建坪が多少狭くても、
    あるところまでは
とにかく「家」であることに変わりはありません。
    しかし、それがある限度をこし
て低く、あるいは狭くなってしまう
    と(たとえば天井の高さが1メートルとか、建
坪が一坪とかいうこ
    とになると)、もうそれは「家」とはよべないものになってし
まいま
    す。量の変化が質の変化を引きおこしているわけです。
   
*たとえば、「薬」の質は、かならずその「量」と結びついています。
    適切な「量」
と結びつかない「薬」は、「薬」ではなくなります。まっ
    たく効果のないものにな
ってしまったり、逆に人間にとって「害毒」
    になるシロモノでもあるのです。
   
*あるいは、「いい看護」をするための「質」を問題にするときにも、
    「量」の問題と
切り離すわけにはいきません。たとえば、働く時間
    が極端に長かったりすれば、そ
れは看護師の疲労をもたらし、
    看護の質に影響します。また、「何人の患者さんを、
何人の体制
    でみる」という人数の問題も、看護の質に関わってくることは、明
    らか
です。「いい看護をする」という質を問う場合には、必ず量の
    側面も問題にしなけ
ればいけません。

 
4。量の変化が、質の変化に転化する(発展)
  
◇ものごとの発展は、まずものごと内部の量の変化からはじまります。
   それはすぐにも
のごとの質を変えはせず、したがってなかなか表面
   にはめだちません。ゆっくりと、
長期間、こうした状態での変化が進行
   していきます。
  
◇そして、それがある段階に達したとき、飛躍的なかたちで質の変化
   がひきおこされる
のです。これが、ものごとの発展過程の法則的すじ
   道です。
  
◇したがって、私たちは、めだたない量の変化をけっして軽視してはな
   りません。その
つみかさねが、やがて質の変化をひきおこすのですから。

   
*患者さんの変化
   
*自分の変化
   
*自分がいる環境の変化


四。発展のすじ道について②-肯定をふくんだ否定
 
1。肯定をふくんだ前進的な否定-「○か×か」「黒か白か」ではなく
  
◇発展とは、古い質が、新しい、よりいっそう高度な質に変化すること。
   
*そのさい、古い質は「否定」されるわけです。しかしそれは、古い質
    のなかにあった、積極的な内容、未来につながる要素を肯定し、新
    しいものに引き継ぐという「否定」となります。ものごとを全面的に否
    定してしまうと、発展はない。

 
2。“中途半端さ”を「耐える力」
  
◇いつも、前進的な要素が勝利するわけではない
   
*ものごとを断面的にきりとって、その瞬間において黒白をつける
    ことはできるが、変化というのは、うねうねと黒も白もふくみつつ
    続くものであり、その中途半端さに「耐える力」を身につけることも大事。

     
「やさしくするということはとても難しいですね。患者さんにもいろん
     な人がいます。決まりを守らない人、酒を飲む人、文句や不満ばか
     りいう人、病気が重症で苦痛が続く人、怒鳴りまくる人、ナースコー
     ルマニア、甘えまくる人、とにかくいろいろいます。何とかやさしくし
     てあげようと思っていても、医療者の良心はすぐに限界に達しちゃ
     うんですね。ばからしくてやさしくなんてできない、と思ってしまうん
     ですね。きっと誰でもそうではないかって思います」

     
「やさしい眼で患者さんを見ることができるかどうか、それが臨床
     では大切な問いですね。臨床に長くいればいるほど、そんな眼で
     患者を見ることができない正当な理由がたくさんでてくるわけです。
     にもかかわらず、やさしい目で患者さんを見ることができるかどう
     か、ということがやはり繰り返し問われていると思うんです」

     
「『成長』というおは、ぼくらのテーマです。成長というのは身長が
     伸びることではなく、年齢が増すことでもないですね。成長とはな
     んでしょうね。ひとつは受容力が伸びることでしょうか。現場でい
     ろんなことが起こっている、そのことの全体がみえて、その人が
     悲しい顔からうれしい顔に変われるようにしていける力というのが、
     ぼくたちの成長でしょうね。
      
成長を可能にするのは何かというと、ほかの人とのかかわりが
     必須ですね。部屋を閉め切って
50年たって自分は成長するのか
     というと、それでは成長しない。人間がヒヤシンスと違うところでしょ
     うね。成長するためには、窓を開けて外に出て人と交わっていく。
     …そのためにずい分傷つき、痛めつけられるということになるかも
     しれない。そしてもうひとつ、成長というのは自分が自分を面白い
     というふうに思えていくことでしょうね。成長というのは医療者のそし
     てケアそのもののテーマなんです。でも、成長とは何かというと、
     やっぱりぼくには全体像がまだとらえられないっていう感じですね」
               
(徳永進『話しことばの看護論』、看護の科学社)

以上。


来週の講義が終わると、学生のみなさんは
夏休みに入るので、私もしばらくお休みできます。

よーし、来週もがんばるぞぉ。


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2007年7月 6日 (金)

ついに最終講義

きのうは73期岡山労働学校の最終講義
参加は20名。
「自分らしさを育てる-人間の社会性について」というテーマで、
講師は私が担当しました。


Dscn2276










講義準備はかなり「やばい」という状況で、当日にレジュメをつくり、
2時間前に完成し、ぶっつけ本番という感じでしたが、
意外にも、私の3回の講義の中では一番好評みたいでした。
これだから講師活動は不思議です。


以下、講義の概要です。



一。自分らしさとは
 
1。個性とはなんだろう
  
◇辞書で確認
   
「他の人とちがった、その人特有の性質・性格」(『岩波国語辞典』)

   
「一般的にはすべてのものの個物的存在について、他と区別され、
   それが独自にもつ特徴をいう。人間についても同様な意味であり、
   個性の伸長・発展ということがいわれるのは、同じく個々の人間の
   もつその特徴を、
身体上の運動能力にしろ精神上の感性または
   思考能力にしろ、各自のそなえた能力を、十分に発揮すること

   意味している。しかしどの個人にしても、社会と切りはなされて存
   在できないから、かならず社会から制約を受ける」
                         (森宏一編集『哲学辞典』)

  
◇他の動物の「個性」を考える
   
*ネコの「個性」
   
*アリの「個性」
   
*カタツムリの「個性」

    
人間は、「大人」になるための期間が長い。それは、「本能」より
    も、「学習」により大きな比重があるから。人間ほど「個性」に幅
    の広さと深さのある生きものはいない。人間らしい個性。

 
2。集団の中でこそ、個性が育つ
  
◇人間は、かならず集団で生きている
   
*家族、職場、交友関係、社会活動、社会…etc
   
*仮に、ひとり無人島で暮らしていたら、その人の「人間らしい
    個性」の発揮ということが、問題になるだろうか

   
集団の連帯のなかで、その人がその人でなければ仲間にそう
    することができないような独特なやりかたを発見すること
、そこ
    にこそ個性は育つのではないだろうか。

   
*「つながりあって、ハッピーになる」(金森俊朗)
   
*「あてにし、あてにされる」関係のなかで

     
「『成長』というのは、ぼくらのテーマです。成長というのは身
     長が伸びることではなく、年齢が増すことでもないですね。成
     長とはなんでしょうね。ひとつは受容力が伸びることでしょう
     か。現場でいろんなことが起こっている、そのことの全体がみ
     えて、
その人が悲しい顔からうれしい顔に変われるようにして
     いける力
というのが、ぼくたちの成長でしょうね
      
成長を可能にするのは何かというと、ほかの人とのかかわ
     りが必須
ですね。部屋を閉め切って50年たって自分は成長す
     るのかというと、それでは成長しない。人間がヒヤシンスと違
     うところでしょうね。成長するためには、窓を開けて外に出て
     人と交わっていく。…そのためにずい分傷つき、痛めつけられ
     るということになるかもしれない。そしてもうひとつ、
成長という
     のは自分が自分を面白いというふうに思えていくこと
でしょう
     ね。成長というのは医療者のそしてケアそのもののテーマなん
     です。でも、成長とは何かというと、やっぱりぼくには全体像が
     まだとらえられないっていう感じですね」
             
(徳永進『話しことばの看護論』、看護の科学社)

  
◇その集団の「質」も問題になってくる
   
*「人間らしい個性」をつぶす本質的性格をもった集団もある
   
*環境に順応しつつ、環境を変えていく
     
「環境が人間をつくるだけではない。その環境は人間がつくる。
    つまり、人間は環境にむかってはたらきかける。そこに、人間の
    主体性が発揮される。個性はそこに形成されていくのだ」
           (高田求『新人生論ノート』、新日本出版社、1979年)



二。現代社会が求める「個性」とは?
 
1。個性にも「勝ち・負け」が?
  
◇競争に勝つための、商品としての「個性」

    
「いま他人と自分を差異化できる『個性』が求められています。
    これは、他人にはない特別な才能、競争したときに圧倒的に
    つよい能力のことを指しています。これは競争社会のなかで
    人間を労働力商品としてみた場合です。新自由主義の社会で
    は、
商品となる『個性』をもつための競争に走らされています
                                   (佐貫浩)

   
*企業社会で。利潤をあげるための「能力」=「個性」
   
*学校教育で

    
いまの学校教育で「いわれている学力は、競争のなかで他者
    に勝る『個性』をつくりだすためのものです。それは他者に優
    越する学力でしかありません。しかし
本当の学力とは、単に知
    識を覚えるだけでなく、その知識を使って自分を表現し、他者
    とつながり、自分たちの生き方や社会のありようを創りだす力

    量だと思うのです」                  
(佐貫浩)

  
◇人間の「個性」はもっと多様なはず
   
*可能性は無限大

 
2。「自己責任」で個性は育つか?

    
「『自己責任』がもとめられる社会では、自分の困難を打ち
    明けても、共感されず、それが弱さとして嘲笑されるような
    環境があります。だから、自分を表現できないのです。表現
    できないからつながれない
」                           (佐貫浩)

   
*「あてにし、あてにされる」関係を壊すのが「自己責任」

 
3。そういう社会のあり方を変える
  
◇個性を輝かせる土壌を豊かに



三。自分らしく輝いて(おまけ)-日野原重明さんに学ぶ
 
1。齢にいのちを注ぐ
   
    
「いのちに、齢を加えるのではなく、
                  
齢に、いのちを注ぐようにしなさい」

  
◇年齢を重ねるということは、私たちに与えられた“時間”という
   器のなかに、“いのちを輝かせる材料”をつめこんでいく
ということ。

  
◇日々の経験、学び、出会い、別れ、喜怒哀楽…どんな1日にも、
   “いのちを輝かせるための素材”はころがっている。

 
2。ほかの人のために時間をつかう-自分らしさを育てるために
  
    
「寿命というわたしにあたえられた時間を、自分のためだけ
    につかうのではなく、すこしでもほかの人のためにつかう人
    間になれるようにと、私は努力しています。なぜなら、
ほかの
    人のために時間をつかえたとき、時間はいちばん生きてくる

    からです。時間のつかいばえがあったといえるからです」
                               (日野原重明)

    
「ほかの人のために時間をつかうとなると、それを強く意識し
    て、そうする努力をしないかぎり、自分のことだけで1日をつ
    かいはたしてしまいます」(同上)

    
「ほかの人のために自分の時間をつかうということは、自分
    の時間がうばわれて、損をすることではないのです。それど
    ころか、ほかのことでは味わえない特別な喜びで心がいっぱ
    いに満たされるのです」(同上)

    
「人と人とが思いやりをもってはげましあい、支えあっていくこ
    とが、人生のなかでじつはいちばんすてきなことなのです。
    間ってすごいものだなあと私が心から思うことは、人間には思
    いやりの心というものがあって、見も知らない人のためにも自
    分の時間をつかえるというところなのです
。そんなことは動物
    にはできません。人間だけにできることです」(同上)

 
3。学ぶこと、出会うこと

  ◇自分らしく生きるために、多くの出会いを


以上。




講義のあとの感想交流も、いい雰囲気でした。
みんな活発に、いいたいことが言える雰囲気っていうか。
感想交流で笑顔がたえないんですよ。ほんと。

労働学校って、すごいチカラをもっていて、
最初の方の教室の雰囲気と、きのうのような最後の方の雰囲気が
まるで違うんです。2か月間で。

「労働学校ってどんなところだろうか」
「硬い雰囲気のところだろう」
と緊張して受講していくる人たちが、
回を重ねるごとに、お互いを知るようになって、
老若男女の壁をこえ、まとまりができてくるんですよね。
顔つきもなんだか変わっている(いい方に)。

こういう学びの雰囲気っていうのは、
他ではなかなか味わえない、と思います。
これは、自画自賛してもいい、労働学校の特長だと思います。

きのうの様子をみていて、あらためて、
「ああ、ぼくってやっぱり労働学校が好きなんだなー」
と思ってしまいました。
受講生のみなさんに、感謝、感謝です。

土曜の修了式が楽しみです。


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2007年7月 5日 (木)

今週は130人

先週から始まった岡山医療生協の学習月間。

今週は月曜・火曜に協立病院となりのコムコム、
水曜・木曜と、在宅倉田の会議室で、「憲法」の学習会をしました。

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 コムコムでの
 学習会前の様子。

 職員のみなさん、
 おつかれさまです。




今週は4回で130人ほどが参加。
先週とあわせると、ちょうど200人ぐらいか。

さて、来週は火曜・木曜は1日2回(昼と夕方)で、計6回。
どこまで伸びるか。


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2007年7月 4日 (水)

DNAからみた憲法前文

最近読み終えた本。
時間がないので、くわしい紹介はできませんが。

『看護婦ががんになって』(小笠原信之・土橋律子、日本評論社、2000年)

患者の立場になって、はじめて気づくことの数々。
こうした先輩の苦闘の実践を、しっかり受け継ぎ、学びあうことが大事。


『生と死の美術館』(立川昭二、岩波書店、2003年)

古今東西、人間の生・老・病・死について、人々は考え、
表現してきた。
54の絵画や美術作品をとおして、現代にも通じる問題を考える。

江戸の街が、くすり屋だらけだったとは、知らなかった。


『未来につなぐいのち』(藤野高明、クリエイツかもがわ、2007年)

昨年の5月、71期岡山労働学校の記念講演に
お招きした藤野さんの、待望の著書。
「障害は個性ではない」というのは、そのとおりだと思う。
深く学べる1冊。


『日本人になった祖先たち-DNAから解明するその多元的構造』
                    (篠田謙一、NHKブックス、2007年)


それにしても、ここまでわかるもんなんですね。
そのことにびっくりしました。人間の進歩はすごいよ。

また、私たちが日常使う、「○○のDNAを受け継いでる」
「ものづくりのDNA」というような使い方は、間違いであることも
わかりました。これからは使わないようにします(笑)。

さいごのさいごの言葉も紹介。

 「私たちはかつて、『恒久の平和を念願し、人間相互の関係を
 支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する
 諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持
 しようと決意した』と宣言したことがあります。それから60年以
 上が経って、この考え方が時代に合わないと考える人が増えて
 きたように思えます。しかし、私たちの持つDNAを研究してみる
 と、そもそも人類の持つDNAの違いはごくわずかであること、
 そしてその成立の経過から私たちの持つDNAは、ほとんどが
 東アジアの人々に共有されていることがわかりました。人類700
 万年の歴史から見ればほんの少し前に分かれた世界中の人々
 や、
同じ遺伝子を持ち、DNAから見れば親戚関係の集団である
 アジアの人々に、公正や信義を重んじることを期待することは
 間違いではないはずです
。DNAを用いた人類の由来に関する
 研究は、この日本国憲法前文の精神の正しさを生物学の立場
 から保証しているように思えます。
これからの私たちの社会の
 あり方は、この精神を否定するところからではなく、ここから出
 発し、平和な世界を構築することが求められているのではない
 でしょうか」


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2007年7月 3日 (火)

議員もやめてくれ

久間防衛大臣が辞任した。

さきほど、16時頃の記者会見の様子をテレビニュースで見たが、
まったく謝罪の思いが伝わってこない。
たぶん、自分の発言の重さをまったく理解できていないのだろう。
というか、やっぱり反省してないのだと思う。

また、「選挙前に、迷惑がかかるので」ということが、
辞任の大きな理由とも受けとられるような記者会見だった。

「選挙があるから辞める」でなく、
あんたの発言に問題の本質があるんだろ!
「選挙がある、なし」ではない。

その年のうちに、広島で14万人、長崎で7万人が殺されていて、
目の前で助けを求める肉親を助けられなかったり、
原爆の後遺症や病気でずっと苦しめられている被爆者たちもたくさんいる。

そういう無数の人びとの痛みや苦しみを「しょうがなかった」と
言える、あなたのその「感覚」が、問題なんですよ!
議員も、即刻やめてもらいたい。

こんな人を初代防衛大臣にすえた安倍くんも即刻やめてくれー!

ありえん、ほんとうに、ありえん。

「私たちが闘わなければならないのは、戦争をやりたがっている、
アメリカと日本の、人間の顔をした悪魔に対してであります」

という、阿波根昌鴻の言葉を思い出した。



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2007学習教育運動セミナー

お知らせ。

労働者教育協会が主催する、
「2007 学習教育運動セミナー」が、
9月15日(土)~16日(日)に、倉敷で開催されます。
会場は倉敷市芸文館 203会議室です。

全国3か所で開催される、トップをきって、倉敷での開催です。
*10月20日(土)~21(日) 滋賀県
*11月 3日(土)~ 4(日) 埼玉県 でも順次、開催予定です。

学習教育運動セミナーは、あらためて学習教育運動とは何か、
労働組合運動にとって学習はどういう意味をもっているのか、
について学びます。自ら学び輝くとともに、「どのようにして学習を
広げるか」についてみんなで議論するものです。

倉敷での開催は、以下のスケジュールになっています(おおまかな予定)。

【9月15日(土)】
*13:00~ 
問題提起①「いま、なぜ学習教育運動か?」
         講師/二見伸吾(労働者教育協会事務局次長)

         講義を受け、討論・交流

*17:00ぐらい~ 夕食交流会(実費。どこかお店でする予定です)

 宿泊は、民宿「柏屋」(美観地区すぐ近く)

【9月16日(日)】
*9:00~  
問題提起②「労働組合の団結強化と学習教育」
         講師/寺間誠治(労働者教育協会副会長、全労連組織局長)

         講義を受け、討論・交流

*12:00 終了、解散


参加費は3000円。
宿泊は1泊朝食つきで4800円です。

倉敷開催は、中四国・九州の
学習運動・労働運動に関わる人が主な対象となります。
それ以外の地域の方でも、もちろん参加できます。

来年の全国集会にむけても、重要なセミナーとなります。
ぜひご参加ください。


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2007年7月 2日 (月)

休んだぁぁぁ

週末は休んだー!!
ひたすら。
イチロー見てました。

あと、『Newton』の7月号「光とは何か?」の特集を読んで、
光の正体がやっとわかりました!電磁波なんですね。
空が青い理由、虹のふもとに行けない理由もスッキリわかった!
おもろい。

先週金曜日の岡山空襲62年、「ピースキャンドル」の写真も
載せておきます。80名の参加だったそうです。
土曜の山陽新聞の1面に写真のってましたね。
最後のコンサートがとってもよかったです。雨もふらず。


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 2000本のロウソクが
 犠牲者追悼のために
 輝いていました。












Dscn2253



 平和の
 コンサートも。

 よかった。







準備をすすめてきたみなさん、おつかれさまでした。


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