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2007年6月 8日 (金)

君たちはどう生きるか(5)

きょうの午後は、ソワニエ看護専門学校で6回目の講義。
これまで、毎回、全員出席(33名)。うーむ、りっぱだ。

読書日記では、細谷亮太さん(聖路加国際病院小児科部長)の
本を3冊紹介しました。

本編では
「ナイチンゲールの生き方から学ぶこと」と題して、
おもにナイチンゲールが看護師になるまでの
苦闘の歩み、そしてその生き様、
を話してみました。

講義内容は省略しますが(けっこうな量なので)、
最後に紹介した、私が好きなナイチンゲールの
言葉を以下、引用しておきます。

これは、ナイチンゲールが世界で始めて創設した看護学校の、
学生に送った、1872年の書簡の冒頭部分です。



 「私たち看護するものにとって、看護とは、私たちが年ごと
 月ごと週ごとに≪進歩≫しつづけていないかぎりは、まさに
 ≪退歩≫しているといえる、そういうものなのです。

  経験を積めば積むほど、私たちはますます進歩していく
 ことができるのです。あなた方が私たちと共に過ごした1年

 間の訓練で得た進歩といえども、訓練を終えた≪後に≫毎
 年為し遂げていかなければならない進歩に比べれば、無に
 等しいといえるでしょう。
  
自分のことを『私はいまや「完全」なそして「熟練」した看護
 婦であって、学ぶべきことはすべて学び終えた』と思っている
 ような女性は、≪看護とは何か≫をまったく理解していない
 人であり、また≪これからも≫絶対に理解することはないで
 しょう。彼女はすでに退歩して≪しまって≫いるのです。
  
・・・すぐれた看護婦は何年仕事をつづけていても『私は毎
 日何かを学んでいます』と言うものなのです

  
私はあらゆる国々のさまざまな病院で、おそらく誰よりも多
 くの経験を積んできました(私の若い頃には、今のあなた方
 が学習してきたような学習の機会はなかったのです)。しか
 し、もし健康が回復して歩きまわれるようになったら、私はも
 う一度初めからやり直すつもりです。・・・そして私には過去の
 経験があるだけに、学びとることは毎日多いにちがいありま
 せん。
  
そして私は、自分の生命の最後の時まで毎日毎日努力し
 て学び続けることでしょう
。・・・他者を看護しながら学ぶことが
 不可能になったときには、看護されながら、つまり≪私を≫世
 話してくださる看護婦さんの看護を見ながら学ぶことでしょう。
 すべては経験なのです。
  
・・・看護とは、・・・毎日何かを学びつづけても終わることがな
 い、ひとつの分野、ひとつの道であるといえるでしょう

        
(『ナイチンゲール著作集第3巻』所収、現代社)


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