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2007年5月31日 (木)

『学習の友』6月号

『学習の友』6月号の主な記事。

*特集:参院選で未来を拓く
 ・輝け!憲法 なくせ!貧困-参院選の対決点を考える(山田敬男)
 ・労働者の権利を守る政治をつくろう(増田尚)
 ・九条改憲をやめさせる条件(新谷昌之)
 ・財界がつけてる自民党と民主党の通信簿って何?(山本陽子)
 ・公務員制度改革って何?-そのねらいと問題点(岡部勘市)

*賄賂はお恵み、買収は慈善(浜林正夫)

*あなたとすすめる労働組合活動(第9回)
 ・全国の労働者と共同したたたかいを


7月の参院選にむけた特集となっています。
いま国会は大荒れですが、
選挙も変革の台風を起こさねばなりません。
学んで力にしましょう!


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2007年5月30日 (水)

建築に夢をみた

最近読み終えた本。

『NHK人間講座 建築に夢をみた』(安藤忠雄、日本放送出版会、2000年)

世界的な建築家、安藤忠雄が、一般市民向けに
建築の哲学と夢を語ったもの。

とりあえず目次。
 ①住まい
 ②集まって住む
 ③広場
 ④都市Ⅰ‐20世紀の夢
 ⑤都市Ⅱ‐都市に生きる
 ⑥都市Ⅲ-都市の記憶
 ⑦コラボレーション
 ⑧場をつくる
 ⑨復興から
 ⑩庭園
 ⑪つくりながら考える

世界中の建築を見聞した著者が、建築にこめられた人びとの“夢”を
わかりやすく語っていて、とても興味深い。そして、奥深い。

世界中の歴史ある街並みや建築物、
この本に紹介されている建物を見てまわりたい!

・・・しかし、いったい、いつその夢はかなうことやら。
やはり100歳まで絶対に生きねばならない。

 「建築におけるコラボレーションには、大きな可能性が秘められている
 ように思えます。
互いの意志のぶつかり合いが必然となる故に、絶え
 ず他者との緊張関係を余儀なくされるコラボレーションは、いってみれ
 ば闘いです
。そこでは、よりよいものを互いに求め、ひたすら対話を積
 み重ねていかねばなりません
から、非常に疲れるし、時間もかかる
 
しかし、このとき生じる摩擦が大きければ大きいほど、積み重ねられる
 対話が多ければ多いほど、その結果生まれる作品には奥深い魅力が
 生まれてくるのです
。そのときの緊張関係が、作品にある種の強さを
 与えるのです」(108P)

 これは、まさに弁証法であり、
 私たちの運動にも共通する真理、だと思います。


『ここがヘンだよ日本の選挙』
    (小沢隆一・志田なや子・小松浩・井口秀作、学習の友社、2007年)

なぜかこの本を使っての学習会を
来週しなければならなくなってしまった。

ぜんぜん素人なんだけどなー。困った。

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2007年5月29日 (火)

集中力低空飛行中

きのうは県学習協の常任理事会、
そして今日は会報づくりに没頭(の予定)。

最近の悩み(今年の悩みかもしれない)は、
仕事への集中力のなさ。
おいつめられないとやらない。
なんでもすぐにあきらめる。

これは脳科学的にはどうなんだろう。
あー誰か教えてー。

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2007年5月28日 (月)

戦争をしない国 日本

きのうは「戦争をしない国 日本」 http://www.filmkenpo.net/
の上映会があり、夕方行ってきました。

なかなか良く構成された内容で、
見ごたえがあったと思います。

戦後のたたかいの歴史の厚みに、
あらためてジーンとしたり。安保闘争はやっぱりすげー。

映画の中で唯一ひっかかったのが、
「日本人310万人、アジア2000万人以上の
尊い犠牲のうえに・・・」
というナレーション(正確ではないかもしれないが)。

この「尊い犠牲」という表現は、
哲学者の高橋哲哉さんが注意が必要だと言ってたと思います。
たしか『国家と犠牲』という本で読みました(うるおぼえ)。

ちなみに、「尊い」を辞書(岩波国語辞典)でひいてみると、
①価値が高い、大切だ。貴重だ。
②身分が高い。敬うべきだ。
となっています。

はたして、日本人の犠牲者、アジアの犠牲者は、
「尊い犠牲」だったのでしょうか?
たしかに、こうした膨大な人びとの犠牲を大きな背景にして、
日本国憲法は誕生しました。
しかし・・・それは「価値が高い、大切な犠牲」だったのでしょうか。

「尊い犠牲」は靖国マジック、国家の論理に取り込まれやすい、
という警告を高橋さんはしていたと思います。

唯一、そこの部分だけ気になりましたが、
全体としては本当に「学べる映画」となっています。

あ、音楽もイマイチだったな。
池辺晋一郎が音楽担当なんだけど・・・。

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2007年5月25日 (金)

君たちはどう生きるか(4)

今日は11時15分からコープ倉敷北店
生協労組おかやまパート部会の新人研修
いつものように「労働者とは、労働組合とは」という話を
1時間でしてみました。

「以前、労働組合に入っていたことは?」と聞くと、
「天満屋で」「鉄鋼関係で」という人が2人。
どちらも連合ですが、組合の実体はどんなものか、ぜひ知ってみたい。

話は12時15分に終わり、すかさず移動。
昼食をとる時間もなく、雨の2号線バイパスを車で走りました。

13時10分から
ソワニエ看護専門学校の第5講義
読書日記で、本を2冊紹介したあと、
「貧しき友」の部分をつかっての講義でした。

今日は副校長のM田さんがなぜが
「私も聞かせてね」ということで、教室の隅で
私の話を聞いていました。
終了後の貴重なアドバイス、ありがとうございました。

以下、講義の中身(長いですが、レジュメをそのまま転載)。

1。今週の範囲の要約


2。コペル君と浦川君の関係性
 
◇対等な立場(人間観)ーそれを持ちつづけることの難しさ

   
「君は浦川君のうちに行っても、少しも高ぶった様子はし
  なかった。貧しい人々をさげすむ心持なんか、今の君にさ
  らさらないということは、僕も知っている。しかし、
その心持
  を、大人になっても変わらずに持ちつづけることが、どんな
  に大切なことであるか
、それはまだ君には分かっていない。
  だが、僕はこの機会に、その大切さを君に知ってもらいた
  いと思う。それは、君が世の中のことを正しく知ってくればく
  るほど、ますます大切になって来ることなんだ。いや、世の
  中のことを正しく知るためにも、決して失ってはならない大
  切なものなのだ。なぜかというと・・・今の世の中で、大多数
  を占めている人々は貧乏な人々だからだ。そして、
大多数
  の人々が人間らしい暮しが出来ないでいるということが、僕
  たちの時代で、何よりも大きな問題となっている
からだ」
                                (131
P)

 
◇現代日本は、この関係性を失いつつある社会
  
*その典型は「勝ち組・負け組」という人間観


3。貧しさと健康

   
「労力一つをたよりに生きている人たちにとっては、働けなく
   なるということは、餓死に迫られることではないか。それだ
   のに、
残念な結果だが今の世の中では、からだをこわしたら
   一番こまる人たちが、一番からだをこわしやすい境遇に生き
   ているんだ
粗末な食物、不衛生な住居、それに毎日の仕事
   だって、翌日まで疲れを残さないようになどと、ぜいたくなこと
   は言っていられない。毎日、毎日、追われるように働きつづけ
   て生きてゆくのだ」(133
P)

 
◇ぜひ読んでほしい『健康格差社会』(近藤克則、医学書院、2005年)
  
*健康も自己責任?―その批判的検討
   
<社会経済状態と健康><人間関係と健康>
   <学歴・職業・所得と健康>
   
<生き抜く力と健康><コミュニティ力と健康>etc

    
「『勝ち組』と『負け組』に二極分化する格差社会が招くもの、
    それが比喩としての『痛み』でなく、『死』をも意味する健康被
    害であることを伝えたい」(序より)

 
◇例えば、「住まいの貧困と健康」という問題を考えてみます
  
*『居住福祉』(早川和男、岩波新書、1997年)より

    
「快適で安心して住める住居は、生きるために必要というだけ
   ではない。人として生まれてきて、ゆたかな感性をもち、個性を
   のばし、充実した人生を送るには、快適な生活環境が必要であ
   る。・・・心の安らぐ部屋、気分が晴れ晴れし壮快になる居住地、
   子どもが思い切り遊びまわれる自然など、
住環境の持つ役割と
   人間形成にあたえる影響はきわめて大きい


    
「現代の日本人は、『居』の貧困によって、ゆとりある人間性が
   養われないのではないか。貧しい住居環境、追われる時間のな
   かでは、生きるだけで精一杯の人間になってしまう。住宅構造が
   劣悪で、過密・非衛生で、町が汚なく騒音や排気ガスなどの危険
   に満ち、自然もないといった居住条件のもとでは、生まれ出てき
   た子どもは健康で心ゆたかな人間に育つことが妨げられる。おと
   なも子どもも、いつも
イライラして心の安らぎがえられない。高齢
   者は静かでゆったりした老後を送ることはできない。個人、家族、
   社会の健康と調和を得られる
居住環境こそは、市民社会の基礎
   である


    
「震災による死者にはいくつかの特徴があった。犠牲は高齢者、
   障害者、被差別部落住民、若者、在日外国人などを中心に、低
   所得層や日常から居住差別をうけている人たちに多かった。

   食住のうち、今日では衣食が平準化してきているのに比べ『住』
   の階層較差ははなはだしい
。普段はかくれていたことを、地震は
   一挙に浮かびあがらせた」

    
96年7月、ポートアイランドの仮説住宅に住むひとり暮しのKさん
   は、400万円の貯金をのこし、栄養失調で亡くなった。4~5万円の
   年金のなかなから食費をきりつめてわずかの金を蓄え、まともな家
   にもどってからの生活設計に備えようとしていたとみられている。人
   は希望がなければ生きられない。いま苦しくても未来に希望があれ
   ば生きられる。だが、仮設住宅の居住者にとっては希望が見えない
   のである。希望の生まれない最大の理由は、暮しの根拠地としての
   住居が定まらないからである」

  
・以下は、第2章「健康と住居」より

    
「住居の状態が病気の原因になっている場合が少なくない。住居
    をよくしなければ防げない、治らない病気がたくさん存在するので
    ある」

   
【狭小過密住宅】

    
「住居が狭いと、室内には家具や生活用品が散乱し、つまづいて
    転倒したりする。小児にとってはケガ、異物の誤飲の原因となる。
    また、狭い部屋のなかの家具は通風を妨げ、部屋の隅の掃除は
    困難で、非衛生的な室内環境になり、ホコリ、カビ、ダニがふえ、
    気管支ぜんそく等の原因になる。さらに狭さはストレスとして現れ、
    家族の人間関係をおかしくする。不眠、抑うつ症状、精神分裂症
    状、あるいはケンカ、離婚などの家庭崩壊にいたることもある」

    
「居住空間の狭さはまた、療養・リハビリテーションを困難にする。
    ・・・段差の問題なども加わって移動が極端に少ないと、体力が低
    下し、からだ全体が弱っていく。骨もおとろえ骨粗鬆症などの原因
    になる。まったく身体を動かさなければ、心身機能は急速に後退
    し、わずか3~5日で障害が出現し、筋肉は繊維数が減って萎縮
    し、3週間で半分になるともいわれる。・・・震災後学校などに避難
    したお年寄りは、真冬に暖房のない寒さの中で毛布をかぶってじっ
    としていた。それが沢山の寝たきり老人をつくる原因になったとみ
    られている。また家庭のリハビリには各種福祉機械の導入が必要
    だが、部屋が狭ければ困難である。車いすの使用や介護空間の
    確保も難しい」

   
【傷病を生む家屋構造】

    
「家のなかで滑ったり転んでの家庭内事故による死亡者は年間七
    千数百人である。死者は乳幼児と高齢者に多い」

    
「<階段>からだの弱った高齢者や自分で注意できない乳幼児は、
    しばしば階段から転落する。また高齢者にとって手すりのない階段
    の昇降は足腰への負担が大きく、ひざ関節炎や腰痛症につながる。
    いちど転倒しかけるとその恐さから階段を昇降しなくなり、部屋に閉
    じこもりがちになる」

    
「<段差>日本の家屋には玄関や廊下と和室の間の敷居などいた
    るところに段差がある。高齢になって身体機能が低下するとともに、
    段差はことごとく障害物となって現れ、時には外出を困難にする。ま
    た心理的障害となり何をするのもいやになり、ついには寝たきりや
    痴呆になってしまう」

   
他にも・・・【居住設備の不備】【住環境ー日照・通風の不良、高湿度】etc

    
・イギリスでは住居の健康にあたえる影響の研究が、医師を中心に
     盛んに行われたという。そのひとつ、スロウ・ロウリ医師の報告。

    
「住居は私たちの健康に強い影響をあたえている。医師は患者の
    疾患がどの程度に住居の状態によるものであるか、何がそれらの
    改善を可能にするかを知る必要がある。開業医は多かれ少なかれ
    地域社会の中で住居の状態をよりよく管理することが求められてい
    る」

    
1970年代と80年代に公衆衛生の力点が変わった。健康問題は
    個人の責任となった。つまりタバコをやめる、脂肪をあまりとらな
    い、コンドームを使う。低体温症を防ぐキャンペーンでさえ自分で
    毛糸のセーターを編むなど、個人の行動次第であるという観念を
    流布してきた。もちろん、人びとは自分の行動が健康にどのように
    影響するか知っているべきであるが、個人の責任に固執してきた
    ために
私たちはより広い視野からの介入がどれほど助けになるか
    を見てこなかった。犠牲者シンドローム(なんでも犠牲者のせいに
    すること)は、われわれが知っている最悪の病気である


  
◇ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが、人間らしい
   生活を営むための
「7つの指標」をあげている。
     
①十分栄養をとる
     
②衣料や住居が満たされている
     ③予防可能な病気にかからない
     ④読み書きができる
     ⑤移動することができる
     ⑥社会の一員として社会生活に参加できる
     ⑦恥をかくことなく人前に出ることができる

  
◇なぜこの社会は、格差と貧困を生んでいるのか?
   
*すすむ「健康格差」-患者さんだけ見ていては解決できない
    
・国民健康保険料が払えていないのは470万世帯―うち35万世帯
     が保険証を取り上げられる
    
・ワーキングプア-働いているのに生活保護以下の
     収入しか得られない
    
・ネットカフェ難民-“住まいは人権”なにの・・・
    
・正社員は長時間労働-増える過労による病気
    
・病院にこれない人びとの姿は、見ようとしなければ、見えてこない
   
学生時代、とくに1年生のあいだに、ぜひこうした問題を
     学んでいってほしい
    
・いまの政治のあり方
    
・資本主義という社会のあり方
    
・それを支えている考え方


4。生み出す働きの尊さ

  
◇人間の「網目の法則」のなかで、見落としてはならないもの

   
「考えてみたまえ。世の中の人が生きてゆくために必要なもの
   は、どれ一つひとして人間の労働の産物でないものはないじゃ
   ないか。いや、学芸だの、芸術だのという高尚な仕事だって、
   そのために必要なものは、やはり、すべてあの人々が額に汗
   を出して作り出したものだ。あの人々のあの労働なしには、文
   明もなければ、世の中の進歩もありはしないのだ。
ところで、君
   自身は何をつくり出しているだろう。世の中からいろいろなもの
   を受け取ってはいるが、逆に世の中に何を与えているかしら

   改めて考えるまでもなく、君は使う一方で、まだなんにもつくりだ
   していない。毎日三度の食事、お菓子、勉強に使う鉛筆、インキ、
   ペン、紙類、-まだ中学生の君だけれど、毎日、ずいぶんたくさ
   んのものを消費して生きている。着物や、靴や、机などの道具、
   住んでいる家なども、やがては使えなくなるのだから、やはり少
   しずつなし崩しに消費しているわけだ。して見れば、君の生活と
   いうものは、消費専門家の生活といっていいね」(138
P)

   
「生み出してくれる人がなかったら、それを味わったり、楽しんだ
   りして消費することは出来やしない。
生み出す働きこそ、人間を
   人間らしくしてくれるのだ
。これは、何も食物とか衣服とかいう品
   物ばかりのことではない。学問の世界だって、芸術の世界だって、
   生み出してゆく人は、それを受取る人々より、はるかに肝心な人
   なんだ」
(140P)

  
*「社会的地位が高い」と言われている人や、「稼ぐが勝ち」と言った
   ような人は

  
*みなさんは、本格的に世の中に役立つための、準備をしている人
 
   
「世の中に立つ前の準備中の人なのだから、今のところ、それでちっ
   とも構やしないんだ」(141
P)

   
「僕は心から願っている-君がぐんぐんと才能を延ばしていって、世
   の中のために本当に役に立つ人になってくれることを!」(137
P)



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2007年5月24日 (木)

脳と体のふしぎ!

きょうは73期岡山労働学校の第2講義がありました。
講師は県学習協会長でレントゲン技師の伊原潔さん。
「人間という奇跡(2)-脳と体のふしぎ」という題でお話していただきました。

参加は20名。


Dscn2105







伊原さんは全編にわたって画像を使いながら説明。
主に脳の仕組みと働きを中心にお話をされたのですが、
知らないことばかり、興味津々の話が続きました。
脳の緻密な構造はすごい。

さらに、伊原さんのお仕事でもある
CTやMRIの画像を使っての立体的な説明は
非常に新鮮な学びとなりました。

やっぱり医療労働者のプロはすごいです。


以下、参加者の感想をいくつか。

「実際のレントゲン写真なども紹介していただき、
とてもわかりやすく、おもしろかったです。少し
脳科学の本でも読んでみたくなりました」

「人体の不思議を改めて学びました、いつもすば
らしいナと思うのですが、画像付きで、リアルで
興味深かった。脳の働きで、物事を考えていくこと
を考えれば、脳って神秘だと思いました!」

「脳と身体について、今日は興味しんしんに聞か
せてもらいました。私は片付けが苦手なので、
『忙しいときこそ、片付け』と心にとめて、明日から
やってみようかと思いました。脳をこれからも大
切にしなくっちゃと・・・」

「体のしくみを知ることが、自分の生活を変える
きっかけになると思った。大きく言えば、人生も
変わっていくのでは!?」


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74歳の挑戦に感動

きのう、「疲労感」を感じて予定より早く家に帰って、
部屋でつっぷせていたら、
NHK教育で
福祉ネットワーク(20:00~20:29)という番組が始まりました。

なにげなーく見ていたら、
すごく面白く、引き込まれました。

内容は
「74歳の女子高生~竹本登久子さんの挑戦」
というものでした。
しかも岡山県立盲学校ではないですか!
私が昔住んでいたアパートが原尾島なんですが、
すぐ近くにこの盲学校があります。

岡山高教組の知ってる先生出ないかな~とも
思いながら見てました。


内容は以下(番組HPより)。


  視覚障害がある74歳の女子高生、竹本さんの学生生活に密着
する。
竹本さんは、現在、岡山県立岡山盲学校高等部普通科の
3年生。入学と同時に寄宿舎に入り、孫ほども年の離れた学生た
ちと一緒に毎日授業を受けている。竹本さんは幼いころから視力
が弱く、のちに光を失った。両親の勧めで14歳で箏曲の道に入
門、厳しい世界だから学業との両立は無理と言われ、経済的な理
由もあり進学を断念した。しかし「どうしても盲学校で学びたい」と、
72歳になって夢を実現した。

 竹本さんにとって、盲学校の授業は何もかもが初めての体験だ。
中でも苦労しているのは点字と歩行練習。盲学校に入るまで、竹
本さんはほとんど点字を使ったこともなく、白杖は一度も使ったこ
とがなかった。骨折したり、転んで顔に大きな傷を作ったり…。そ
れでも練習のかいあって、寄宿舎から学校までの道のりを一人で
歩いて通えるようになった。

 この春からはさらに大学受験に向け勉強に励んでいる。いくつに
なっても学ぶことは楽しい、学ぶことが人生を豊かにしてくれる。そ
んな竹本さんの女子高生ぶりをドキュメントで描く。



「わたしゃ自分をトシだと思っとりません。18歳だと思っとります」
と語る竹本さんの笑顔、本当にステキでした。

学ぶことのすばらしさ、
挑戦することのすばらしさを実感できる番組でした。

番組ホームページはこちら↓
http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/info/0705/70523.html

再放送が30日(水)の13:20~13:49にあるそうです。

録画しよっと。

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2007年5月23日 (水)

楽しむことには頑なに

最近読み終えた本。


『心のくすり箱』(徳永進、岩波現代文庫、2005年)

徳永進医師の本、2冊目。
にじみでる人間性に学ぶこと多し。
看護師の「足浴」のエピソードが印象的。


『ナースの広場』(徳永進、関西看護出版、2005年)

徳永本、3冊目。
看護師の集まりでよく講演をするという著者が、
会場でいろいろな質問をナースにして、メモを書いてもらう。
5年間で集まったメモが3000枚。
そのメモを次々と紹介しながら、看護という仕事を
看護師の目線で語っていきます。

これはいい。
これまで読んだ看護本のなかでもトップクラスです。


『患者さんの笑顔が見たい』(三上満・小林功、かもがわ出版、2007年)

変えられる前の、教育基本法が生きている学校。
千葉にある東葛看護専門学校のフォト・ドキュメント。

ステキな学校です。
教育的実践もすばらしい。


『小さな勇士たち-小児病棟ふれあい日記』
              (NHK「こども」プロジェクト、NHK出版、2003年)


聖路加国際病院の小児科を1年間取材した
NHKスペシャルを本にしたもの。

週末、東京へ行く新幹線のなかで読んでいたのですが、
涙をこらえるのに必死でした。家で読んでたら号泣でした。

子どもの死は悲しい。でも、ステキな3つの実話です。


『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(香山リカ、幻冬舎新書、2006年)

観念論的世界観とその現代的表れ。
日本資本主義の現局面を色濃く反映している。
まさに土台と上部構造


これを乗りこえるのは、なかなか容易ではないなー。
江原啓之の番組、一度じっくり見てみるかな・・・。


『わたくしの旅』(池波正太郎、講談社文庫、2007年)

著者の「旅」に関するエッセイを再編集したもの。
池波正太郎のエッセイを読むは、何年ぶりだろうか。

この「軽快さ」がたまらなくここちよい。
新幹線の中でニタニタしながら読んでました。
あー、一人旅したくなってきた。

小島香さんという文芸編集者の「あとがき」には・・・

「いま、手もとに1枚の写真がある。スナップらしく、茶褐色の野の
風景が収められているその左辺に手漕ぎの舟が狭い川に浮いて
いて、手足を温める毛布があり、50代後半の池波さんと心の利い
た若い友人たちが乗っている。早春だろうか、晩秋だろうか、寒さ
の中で田園を娯しんでいるありさまが写っている。写真の中の池
波さんは、小説からも締切りからもほど遠いところに居るふうで、
舟の隅には籠があり、洋風のピクニックの弁当が少し見える。
 新聞、週刊誌、月刊誌の連載を持
っていてこの余裕である。『小
説現代』の担当編集者だった私が、『梅安、梅安を書いてください』
と申し上げてもなかなか書かなかった池波さんは、しかし、多忙な
なかでこんな“旅”を楽しんでいた。
 
楽しみことには頑なだったのである

私も、楽しむことには頑(かたく)な、でありたいと思います。


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2007年5月22日 (火)

津山は遠かった

きのうと今日、生協労組おかやまのパート部会
新入組合員研修
に講師で行ってきました。

きのうは11時15分から津山市にある
コープ林田店で。

Dscn2096









つ、津山は遠かった。
「1時間半あれば大丈夫かな」と思っていたら、
事務所から1時間40分もかかってしまって、
開始5分前にギリギリセーフ。あぶなかった(冷汗)。
車での移動は計算が狂うときがあるので、注意が必要ですな。

参加は約10名ほど。
いつものように、「労働者とは、労働組合とは」という話を
1時間ほどしました。

終了後、お弁当をいただいたので、
「どこか静かで気持ちのいい所で食べよう」と、53号線を
ちょっとはずれて寄り道。


Dscn2099



 棚田がある風景。

 ああ、落ち着く。

 新緑もキレイだぁ。




かわって、今日は赤磐市の
コープ山陽店
きのうの教訓から、早く事務所をでたのですが、
今度は開始40分前と、早く着きすぎました(笑)。
しかたがないので、お店の前にたまたまあったベンチに
すわって本読んでました。

Dscn2100









きのうは1回だけだったのですが、
今日は11時15分と13時45分の2ラウンド。
人数はこちらもあわせて10名ほどでした。


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2007年5月21日 (月)

岡本太郎「明日の神話」

労教協の総会が終わり、
「5・20青年大集会」へ行くかどうか迷いましたが、
結局、前々から考えていた、
東京都現代美術館へ。

Dscn2095










そう、この美術館でいま、
岡本太郎の「明日の神話」
展示されているのです。

メキシコで発見されたこの巨大壁画。
さまざまな道のりをへて、修復作業もすすみ、
ついに一般公開できるまでとなっています。

昨年、日本テレビのゼロスタ広場というところで一定期間公開が
されていましたが、今回は約1年におよぶ本格展示。

「一度は実物を見てみたい」という願いを、ついにきのう実現したのでした。


Dscn2088



 壁画の
 写真撮影 
 もOK。







たて5.5m、よこ30メートルの大きさは、ただただ圧倒的です。
岡本太郎のエネルギーを消化しきれません。
ぼーと眺めていました。

Dscn2091

 原爆を
 モチーフに
 したと言われる
 この作品。

 機会があれば
 ぜひ行ってみて
 ください。






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労働者教育協会の総会に

広島での学習会が12時で終わり、広島駅で
お好み焼きを食べたあと、新幹線で東京へ。

5時すぎに東京駅に着き、急いで御茶ノ水に。
5時半頃、労教協の総会を終えた人たちと合流。
もちろん飲み会です。

Dscn2083








飲み会からの参加に罪悪感を感じながら、
越中・富山の国鉄マン、Y本さんの向かい席に座り、
あれやこれやと話をしました。

兵庫から来たという25歳の大学生O崎くんとは初対面。
広島労学協のH野さんもふくめ、
自分より若い世代がこの場にいるというのが、不思議な感覚。
労教協の運動も、変わりつつあります。

飲み会を終え、宿に帰って第2ラウンド。
こういうとき私はほとんどしゃべらずに、まわりの人の話を
聞いて楽しむタイプです。学習運動の人たちの話はいつもおもしろい。

それでも寝たのは23時頃? 早かったと思います。


日曜日は宿からテクテクあるいて会場へ。
気持ちのいい晴天だー。でも会議です。

Dscn2085




 途中、後楽園の絶叫マシンをみてビビる。
 見てるだけで恐い。








総会では私も発言しました。
・私たちの運動のサイエンスとアート
・2008年秋の全国学習交流集会について
という中身で、準備していた原稿をひたすら読み上げました。       


今度の総会では、
新しい4役がすべて「戦後派」となるなど、
大きな転換点、新しい息吹を感じさせるものでした。

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「困難はあるが、みんなの力がひとつになれば、かならずそれは突破できる」
という二見新事務局次長の言葉に、「そうだ!」と納得しました。

がんばりたいと思います。

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全医労中地協学校

移動距離の長い週末となりました。

まずは土曜日の午前中、広島へ。

全医労の中地協学校
「あらためて、労働組合の基本を学ぶ」と題して講義。
会場は広島県生涯学習センター。参加は20名ほどだったと思います。


Dscn2082










この日は労働者教育協会の総会があり、
理事である私はそちらにいかなければならなかったのですが、
こっちの学習会を優先させてしまいました! 
労教協のみなさま、申し訳ございません(ザンゲ)。


さて、1時間ちょっと話をしましたが、
前半はいつものような「労働組合とは、労働者とは」的な
中身でお話をしました。
後半の内容のみご紹介します。



二。たたかいの歴史を伝える
 1。たたかいの歴史は、伝えなければ伝わらない
  
◇憲法9条を守る活動とおなじ
  
◇くりかえし、伝える努力を
   
*世界と日本、労働者のたたかいの歩み
   
*日本における医療労働者のたたかいの歩み
   
*職場のセンパイたちのたたかいの歴史
   
*労働組合の存在意義


 2。たたかいのバトンを受けついで-看護を例に
  
◇戦後すぐの看護師の労働条件
   
*川島みどりさんの日赤時代の労働環境(資料参照)
   
*全寮制で、寮監や総婦長に生活まで監視され、奉仕の精神の
     もと、自宅からの通勤さえも許されなかった。就職の時、「結
     婚・通勤の場合は退職します」という誓約書を書かされ、「カ
     ゴの鳥」状態だった。
   
*労働組合は、「恋愛、結婚、通勤の自由を認めよ」の要求をかかげる
   
*1959年には、国立高田病院で妊娠制限という驚くべき実態が
     発覚。人手不足を理由に、「妊娠は年に4人まで」の「きまり」が
     つくられ、「割り当て」が行われていた。「割り当て外」に妊娠した
     看護婦の出産の是非は看護婦互助会で投票して決めることと
     されていた。大きな社会問題となる。

  
◇1960年、初めての統一闘争「病院ストライキ」
   
*60年秋から61年春にかけて、歴史的な
たたかい「病院スト」に
     たちあがる。
   
*330病院、3万人をこえる医療労働者が
参加する。
   
*あまりにも低い賃金と前近代的な労使関係に
怒りを爆発させた
     医療労働者が、「無賃(ナイ
チン)ガールはごめんだ」と、劣悪な
     労働条件
の改善、看護婦の結婚・通勤の自由、全寮制打
破など
     を要求して、十数波におよぶ全国的なス
トライキを実施。
   
*病院経営者や政府からの弾圧、首切り攻撃、
組合分裂攻撃も
    激しくなる

  
◇看護婦の夜勤制限闘争
   
*看護婦の過酷な1人夜勤、月の半数を超える夜勤日数、長時間
     労働、母性破壊などの実態を改善し、「患者に良い看護をした
     い」という切実な要求を実現するために、1963年、人事院に実
     態調査をさせ、「夜勤は月平均8日以内、1人夜勤廃止」などの
     判定を出させる。
   
*その判定をテコに、1968年、新潟県立病院
における看護婦の
     実力行使を背景にした「夜勤
協定」獲得のたたかいが始まり、
     それを皮切り
に、「2人以上・月8日以内」夜勤体制を要求す

     実力闘争が全国的にひろがる。

  
◇ナースウェーブ運動への発展
   
*日本医療労働組合連合会(医労連)の1989年の大会では、こ
     れ以上放置できない看護婦の状態を改善し、患者の医療を守
     るために、「看護婦闘争」を医療労働者全体の運動に発展させ
     る方針を決定。
   
*このたたかいでは、看護婦自らが先頭にたち、創意工夫をこらし
     た運動がとりくまれる。自治体の看護婦確保問題での決議は、
     41県、1500市町村をこえ、看護婦増員を求める署名は、500
     万人を突破。マスコミにも連日のように報道され、看護婦問題が
     大きな世論となり、国会や政府を動かす。
   
*1988年に76万人だった看護婦数は、1997年には100万
人を
     こえるまでに増える。

 
3。いつの時代も、困難な現実を前にして
  
◇あきらめなかった人びとがいるからこそ、今日がある
   
*何がたたかいの原動力か-人間らしく生きたい、働きたい、という願い
   
*医療従事者の社会的役割-いのちと向きあう職業として

三。伝えるためのアートの力-労働組合運動の再構築のために
 
1。サイエンスとアート
  
◇サイエンス・・・科学的判断、分析
   
*労働組合とは、職場の状態、医療情勢、社会情勢
   
*科学的な分析、科学的なものの見方
  
◇アート・・・伝える力、生み出す力の総合力
   
*仲間の「理性」と「五感」に響かせる
   
*情報受信・伝達力、チラシやニュースづくり、ホームページ・ブログ
   
*オルグ力(話し方、聞き方、空間、時間)、会議力、事務所力
   
*これまでのスタイルに学びつつ、自己刷新を

 
2。学ぶ活動をドカンと真ん中にすえる
  
◇福祉保育労岡山支部のささやかな経験から-学ぶ活動を重視して
  
◇不満が要求にならない現状を突破するための学び
   
*不満と要求の違い→つきつける相手がいるかどうか
   
*問題の原因を明確にし、解決の道すじをリアルにつかむ
    →不満から要求・行動へ
   
*行動すれば壁にぶつかる
    →壁をのりこえる力を育てるために常に学びを真ん中に
  
◇学習教育活動にも、アートが必要
   
*理性とともに感性に訴える力をもてるかどうか
   
*共感こそが、行動を生み出す


以上。

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2007年5月18日 (金)

君たちはどう生きるか(3)

今日の午後はソワニエ看護専門学校の4回目の講義。
今日も全員出席のなか、話をすすめてみました。

「看護・医療」読書日記では、
徳永進さんの2冊の本をもとに、いろいろと語ってみました。
『わたし』(谷川俊太郎作)という絵本はいいですね。
いろんなところでこれから活用できそうです。

そして、講義の中身は以下。レジュメをそのまま貼り付け。


「ニュートンの林檎と粉ミルク-人間の結びつきについて」

 1。今週の範囲の要約
  
◇補足資料「いっぽんの鉛筆のむこうに」(谷川俊太郎)

 
2。社会を支える活動
  
◇社会を形づくる3つの側面
   
*経済的関係、政治的関係、文化的関係
   
*その関係なしに、他の関係は成り立たないものは・・・経済的関係
   
*みんなが労働を放棄したら、社会は1日たりとも成り立たない
  
◇経済的諸関係-労働によって結ばれる関係(生産関係)
   
*いまは資本主義社会
    
その大きな特徴は、ほとんどの労働生産物が『商品』として生産
    されるということにある。
    
・商品とは、簡単に言えば、他人に売るためにつくるもの
    
・昔は商品経済は部分的だった
   
*分業が高度に発達した社会
    
【分業とは】
     
①ある労働を、こまかく分割し、分担して仕事を行う行程のこと
     
②社会全体の必要な労働を、それぞれが手分けして行うこと
   
*人と人との関係が、物(サービス)によって媒介される
  
◇分業による生産力の高まり→自由の飛躍的拡大
   
*分業は何をもたらしたか
    
①職業の選択
     
「自分はどんな仕事につくのか」という問いかけが生まれたのは、
     身分制度社会が崩れてから。つまりごく最近のこと。
    
②専門性の高まり-生産力の向上
     
もっぱらそれを専門にして仕事をするというのは、熟練度や作業
     能率、知識はいやおうなしに高まる。労働者が使う道具も、特定
     の作業にもっとも効果的に役立つ専門の道具として発達・完成さ
     せられる。
      
・もっぱら資源を採取する人
      
・もっぱら部品の組み立てだけをする人
      
・もっぱらエンジンの開発だけする人
      
・もっぱら医療の研究だけをする人
      
・もっぱら消防訓練をして火事にそなえる人
    
*それぞれの専門性が高まれば、当然、習得すべきもの、学ぶべ
      きものも多くなる
      
・ソワニエ看護“専門”学校
       
労働がどんどん専門性を高めてきているということは、これま
       で「できなかったこと」ができるようになったり、これまで「知ら
       れていなかったこと」を「知れる」ようになったりと、不自由を克
       服し、自由を拡大する活動でもあるのです。
    
*さまざまな「自由獲得」を支えるのは、無数の人間の労働


 3。ただし・・・
  
◇資本主義社会は、根本的な問題点も

    
「人間は、人間同志、地球を包んでしまうような網目をつくりあげた
    とはいえ、そのつながりは、まだまだ本当に人間らしい関係になっ
    ているとはいえない」
(96P)

    
「これは、人類が今まで進歩して来て、まだ解決できないでいる問
    題の一つ」
(97P)

以上。



なんか今日の講義は調子がでなかったなー。
というか、これがいまの私のレベルなのでしょう。
修行、修行。

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地球・生命の大進化

きのうは73期岡山労働学校「哲学教室」の第1講義がありました。

テーマは
「人間という奇跡(1)-地球・生命の大進化」ということで、
県学習協講師の坪中明久さんに講師をつとめていただきました。


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参加は18名。
46億年の地球と生命の歴史を1時間15分でかけぬけるという、
無理難題を坪中さんに押し付けてしまいましたが(私にはできません)、
見事、力作のレジュメ&資料をもとに、わかりやすい講義となりました。

以下、内容の柱。

はじめに-哲学とは

(1)地球の誕生から生命の源まで
 宇宙がうまれて137億年、地球は46億年まえに誕生
  奇跡①ドロドロの地球→磁場の誕生
  奇跡②地軸の傾き→四季の誕生。 月→潮の満ち引き。
  奇跡③衝突の減少で冷えた→水蒸気が分解されずに海に
  奇跡④オレンジ色の太陽→冷えすぎない温度に保った
  奇跡⑤水+玄武岩+熱→陸地(花崗岩)ができた
  奇跡⑥過酷な環境→化学反応で生命(を形づくる物質)誕生
  奇跡⑦画期的な光合成→酸素(嫌気性生物には環境破壊)

(2)生物の大飛躍-原生代から古生代へ
 超氷河期、生物の爆発(カンブリア紀の大爆発)
  奇跡⑧オゾン層による紫外線カット→生物の上陸
  奇跡⑨腐食した植物+砂・泥→土となり、本格的に陸上に

(3)大陸の分裂と恐竜の時代

(4)氷河期のはじまりと哺乳類の時代(新生代)
 人類の誕生-アフリカ
 30万年前頃にホモ・サピエンス(=知恵ある人)の登場

 地球が生まれて46億年、生命が生まれて38億年。
 だから人類が生まれて700万年はほんの一瞬のできごと

  中島みゆき「瞬きもせず」

 人間は、自らを客観視できるおそらく唯一の生物。
 自分というものがどうやってこの世に誕生したのか、考えてみよう。

 「勝ち組・負組み」という人間観の愚かさ

 ホモ・サピエンスの使命



以上。


班討論のときにも参加者から活発な質問が
出されるなど、たいへん好評の講義でした。

坪中さんありがとうございました。


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2007年5月17日 (木)

差別をのりこえるために

きのうの晩は福祉保育労岡山支部の執行委員会に。
参加は10名。会場は岡山市のA保育園。

しばらく前に、「知人の娘さんの結婚相手が部落の出身で
両親からも親戚からも猛反対されて勘当同然で家を出て
いった人がいる。差別の問題について考えたい」
という要望が出されたので、まったく専門外のわたしくでは
ありましたが
「差別の問題を考える」ということで話をしてみました。

部落問題とは
差別とは
差別と偏見をのりこえるために

という柱で話をしてみました。
話を受けての交流もそれぞれの体験話などが
たくさん聞けて勉強になりました。

私は、「いまだにそんなことがあるのか・・・」と驚きの話だったのですが、
40代後半の人は「親からよく『あそこは部落だからあまり近づかないように』
『つきあうな』と言われていた」という話も。
逆に20代の人は、「その地域がどこなのかも知らないし、こういう問題について
ほとんど考えたこともない」という感じで、世代によってだいぶ受けとめも
違うことがわかりました。

その他、差別全般の話にもなったりして、
なかなか充実した会議となりました。

部落出身だから
女だから
障害者だから
同性愛者だから
派遣社員だから
成績が悪いから
B型だから
黒人だから
ユダヤ人だから
アカだから

こういう側面でのみ人間をとらえ、判断することは、
結局「人間観の貧困」からくるものでもあります。

憲法の人権規定などに学びながら、
それを社会に根づかせる努力が必要です。


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2007年5月16日 (水)

『経済』から2つの論文

雑誌『経済』6月号の2つの論文を読みました。

「“人間らしい生活”の条件とは」(暉峻淑子)はよかった。
相変わらずこの人の文章は小気味いいです。

『豊かさの条件』(岩波新書)に書いていたらしいですが(忘れていた)、
ドイツには全国失業者同盟という組織があるそうです。

以下論文から引用。

「アパートの住民の1人が失業したときアパートの人たちが
心配して、この人は放っておくとアルコール中毒や引きこも
りになってしまうから、ハイキングに行くときには彼を誘おう
とか、スープを多く作りすぎたからどうぞ食べてくださいともっ
て行って、誰となくその失業者を支援するのです。それがし
だいに広がって全国失業者同盟ができたのです。そこに市
民は1ユーロ(約150円)ずつ、失業者のために寄付してい
ます。
日本の労働組合は、失業者のためにはほとんど何も
していない。パートのためにでさえ、やっとこのごろ少し動き
出したくらいです。
ヨーロッパの労働組合は、失業者たちが
会議をするときに労働組合の建物をただで使わせています
し、大きな集会でもするというと、ビラをつくる費用も全部、
労働組合が出しています


ヨーロッパの労働運動のことを、もっと深く学ばなければ
ならないと自覚しました。

と、ここまで書いてきて、『豊かさの条件』が手元にあったので、
パラパラと見てみました。たしかに書いてありました。
そして、こう指摘しています。

失業者が増えれば、労働市場は買い手の思うままになり、
正規社員はパートに置き換えられ、労働条件も悪化する。
つまり、失業者問題は全労働者の問題なのだ
。労働組合の
弱体化は健全な社会の対抗力を弱め、人間としての生活の
価値を衰退させていく。
 
ドイツの労働組合はEU全体の労働者にも働きかけて、共
通のルール作りを積み上げつつある。ドイツの企業が南米
に新工場を作ったときにも、そこで働く労働者の労働条件を
引き上げるために、現地の労働組合と協力して成功した

賃金はその国のレベルを基準とするものの、医療保険、休
暇、職業災害などの社会保険制度はドイツの制度に準じて
いる」

日本の多国籍企業がアジアへの資本進出を
している現状で、日本の労働者は、アジアの
労働者と競争するのではなく、ともに労働組合を
つくってたたかうという選択をしなければならいのです。

アジアの労働者、団結せよ!


もうひとつ読んだ論文は、
「安倍教育再生会議と私たちの教育改革」(佐貫浩)

数多くいる教育関係の学者の中でも、
佐貫さんは私が一番信頼できる学者です。
会ったことはありませんが(笑)。

この論文では、
教育再生会議の役割についての認識がクリアになりました。

「教育再生会議の性格とは、安倍首相の新自由主義と国家主義
の教育改革を、如何なるバランスで推進していくかの調整(統制派=
国家主義派と規制改革派の対立の調整)を、あたかも教育改革を
めぐる国民的な対立を議論し合意を探求するように演出しつつ、
図っていくことであろう。もとより今日では、統制派と規制改革派は、
敵対的でないというよりも、相互補完的な関係であることを、両者
共に了解している」


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2007年5月15日 (火)

この夏はこれで決まり!

選挙が終わり禁酒期間もとけ、通常のように家でお酒を
たしなむようになりました(たしなむ程度でないときもあるけど)。

最近、料理の器の重要性がわかりはじめた私にとって、
どんな器でお酒を飲むのかは大事なポイント。

いまの1番のお気に入りは、
沖縄の読谷村の焼物。

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この焼物で沖縄のお酒である泡盛を飲むと、
器の中の青い色が、沖縄の海のように思え、
とっても幸せな気分になるのです。

ビールをそそいでも、泡がとってもこまかくなって、
おいしい。

ふふふ、この夏は、これで決まり!


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2007年5月14日 (月)

私はB型です

この週末は、岡山を離れてたのですが、その移動のときのこと。

後ろの座席にいたおばちゃんたちがずーっと大きな
声でしゃべっていました。
他人への迷惑を考えないこの行為にもオカンムリだったのですが、
最後の会話がまた「ふーむ」となるもの。

なぜか会話が血液型の話に。

「ああ、あなたもO型だったの!どうりで最初から打ち解けられる
と思ったワ」とある女性。

O型の人はO型の人とすべてウマがあうらしい。これは初耳だ。

そうえば、先日たまたま見ていたテレビ番組でも、
某人気グループのタレントが、
「ぼく以外のメンバーはみんなO型なんですよ」という話をしていて、
「だからこういう傾向がある」と言っていた(詳細は忘れた)。


日本人の血液型性格判断好きはかなりのもの。
私が「そんなことはない」とあれこれ理由をつけて説明しても、
「でもやっぱりあたってると思うんですよねー」と言われる。

これは、なかなか覆りそうにない(笑)。

また、たまに「長久さんは何型ですか?」と聞かれれば、
いちいちそんな反論を言うのも疲れるし、
集団のなかの会話であれば、「空気を乱す」と嫌われかねないので、
いちおう「B型」と言っている。

しかし、相方の血液型がいまだに覚えられないほど、
私は、人の血液型なんかにまったく関心がない。

というか、血液型で人間の性格が決まるのだったら、
性格が変わったら、血液型まで変えなきゃならない。
人間の性格が不変であるわきゃない。

こんなことを言えば、やっぱり嫌われるのだろうけど。


参考に、

2004年12月11日付『日経新聞』のコラムを載せておきます。

「またぞろ無責任きわまりない血液型の話が、テレビで
流され始めている。ABO血液型による性格判断には、
一片の科学的な根拠もなく、統計学的にも全く無意味
なことが、学界ではとっくに決着済みだ。しかし、
この『迷
信』はしぶとく生き残り、差別という害毒を流し始めてい
る。
▼以前にも小欄で紹介したが、隣人や同居人として
避けたい血液型というアンケートでは、B型とAB型が多
数を占めたという。血液型性格判断の文章を読むと、売
れ行きを意識してか、日本では
多数派のAとOについて
は肯定的な言葉で表現し、少数派のBとABを協調性を
欠く負のイメージで描くことが多い
。▼冗談ではない。何
の根拠もなく偏屈などと決めつけられ、交友関係にまで
影を落とすとしたら、これぞ少数者差別ではないか。人
事に血液型を持ち込もうとした経営者もいたが、その前
に会社は傾き、実現しなかった。最近聞くのは、小学校
での血液型を理由にした『いじめ』である。▼
このばかげ
た迷信が浸透しているのは、日本と韓国だけ。今どき迷
信で差別やいじめが横行する国を先進国とは呼べない。

酒場のジョークとしても質が低いこの手の話を、根拠あり
そうに厚化粧して垂れ流すテレビ局には猛省を促したい。
メディアの論理的・科学的な資質が問われている」


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2007年5月11日 (金)

話ことばの看護論

最近読んだ本。

『人の痛みを感じる国家』(柳田邦男、新潮社、2007年)

柳田邦男の最新刊。
期待したわりには、そうでもありませんでした。

あまり線ひっぱりませんでした。


『話しことばの看護論-ターミナルにいあわせて』
                   (徳永進、看護の科学社、1988年)

その柳田さんの、他の本でちょくちょく紹介されるのが、
この徳永進さん。医師です。

いやー、かなり学べました。大収穫です。

この本は徳永さんの講演3本をもとにしていて、
「話し言葉」で書かれているので、読みやすいし、
内容もほとんどは患者さんとのやりとりのことなので、
理屈っぽくなくて、とてもいいです。

一気に徳永さんのファンになりました。

去年から医療・看護・いのち系の本をたくさん読んでいるのですが、
確実に、私の人間の幅というか、受容力を、広げてくれています。
それが仕事にもじわじわと生きています。

医療や看護の「ケア」の本質は、つまり人間関係の本質と
一緒だ、ということなんだと思います。


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2007年5月10日 (木)

哲学教室はじまる!

第73期岡山労働学校「哲学教室」に入学式があり、
単発参加ふくめ28名が参加しました。

押さえでは35人ぐらいかなと思っていたのですが、
当日になってこれなかった人が結構いたようです。残念。

入学式では、前半に受講生同士の交流があり、
雰囲気もなごやかに。

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そして後半は記念講演
「憲法9条の哲学」
講師は広島県労学協の二見伸吾事務局長でした。

「イマジン」の歌からはじまり、「ねがい」の歌で
しめられた講演は、ずんずんとせまってくる迫力があり、
あらためて日本国憲法9条のもつ可能性について、
参加者の確信となり、感動をひろげました。

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二見さんは近々『ヒロシマにきく憲法の心』(だったかな・・・)という
本を学習の友社から出すそうで、
今日の講演の内容がほぼ入っているそうです。
夏までには出版されるそうなので、ぜひお買い求めください!

記念講演を力にして、来週からの労働学校も
1回1回成功させていきたいと思います。

がんばるぞー。

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いよいよ今夜開校

73期岡山労働学校「哲学教室」がいよいよ今夜から開校します。

今期は選挙があってバタバタした中での募集活動でしたが、
初めて労働学校を受講するという人が、
10名ぐらいになりそうなのと(ここ数年ではかなり多いほう)、
年齢層も幅広く、いったいどんな労働学校になるのか、
いまからとーっても、楽しみです。

さーて最後の準備にとりかかりますかー。


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2007年5月 9日 (水)

君たちはどう生きるか(2)

今日は朝いちからソワニエ看護専門学校で3回目の講義。
『君たちはどう生きるか』を使っての2回目の講義でした。

が、今日の範囲はだいだい読めばわかる内容でしたので、
思い切って「読書日記」のほうに時間をさきました。

紹介した本は大瀬校長を紹介した『いのちの授業』(神奈川新聞報道部)。
そこから関連する絵本を3冊読み、内容を深めることをしてみました。
 紹介した絵本は、
 『100万回生きたねこ』(佐野洋子、講談社)
 『わすれられないおくりもの』(スーザン・バーレイ、評論社)
 『くまのこうちょうせんせい』(こんのひとみ、金の星社)


どの絵本も、大人こそよむべき内容。
私なりの解釈もふくめ、語ってみました。

そして、気がつけばもう50分がすぎ・・・。


今日の「コペル君」は駆け足で内容を押さえただけになってしまいました。

以下、その内容。

1。「おじさんのノート」部分を読む


2。客観的命題と主観的命題
 
◇客観的命題とは
   
「君は、水が酸素と水素から出来ていることは知ってるね。それが
   
一と二との割合になっていることも、もちろん承知だ。こういうこと
   は言葉でそっくり説明することが出来るし、教室で実験を見ながら、
   ははあとうなずくことが出来る」(51
P)

  
*客観的命題が正しいか、正しくないかは、「事実と合っているかど
   うか」によってたしかめることができる。

    
・「ソワニエ看護専門学校の住所は○○である」
    
・「テレビドラマ『華麗なる一族』の最終回視聴率は、
     関西で紅白を上回った」
    
・「フランス大統領にサルコジ氏が当選した」

 
◇主観的命題
   
「ところが、冷たい水の味がどんなものかということになると、もう、
   君自身が水を飲んで見ない限り、どうしたって君にわからせること
   が出来ない。誰がどんなに説明して見たところで、その本当の味
   は、飲んだことのある人でなければわかりっこないだろう」

   
*正しいか正しくないかの判断が、好み(価値観)や認識の違いに
    よってちがってくる命題

    
・「看護労働はすばらしいものだ」
    
・「『華麗なる一族』は見ごたえのあるドラマだった」
    
・「サルコジ氏の当選でフランスはきっと良くなるだろう」

   
*おじさんノート52P~53Pの部分をちょっと変えてみます

     
「たとえば看護労働の意味や役割、面白さなども、味わっては
     じめて知ることで、すぐれた看護に接したことのない人に、いくら
    説 明したって、わからせることは到底できはしない。殊に、こうい
    うものになると、ただ眼や耳が普通に備わっているというだけでは
    足りなくて、それを味わうだけの、心の眼、心の耳が開けなくては
    ならないんだ。そういう心の眼や心の耳が開けるということも、実
    際に、すぐれた看護に接し、しみじみと心を打たれて、はじめてそ
    うなるのだ。まして、人間としてこの世に生きているということが、
    どれだけ意味のあることなのか、それは君が本当に人間らしく生
    きて見て、その間にしっくりと胸に感じとらなければならないことで、
    はたからは、どんな偉い人を連れて来たって、とても教えこめるも
    のじゃあない。

     むろん昔から、人間の生き方や、医療・看護について、深い智慧
    のこもった言葉を残しておいてくれた、偉い哲学者や、偉い医師、
    看護師さんはたくさんある。今だって、本当の思想家、本当の医師・
    看護師といえる人は、みんな人知れず、こういう問題について、ず
    いぶん痛ましいくらいの苦労を積んでいる。そうして、著書や論文
    の中に、それぞれ自分の考えを注ぎこんでいる。書いてることの底
    には、ちゃんとそういう智慧がひそめてあるんだ。だから、君もこれ
    から、だんだんにそういう書物を読み、立派な人々の生き方や仕事、
    考えを学んでゆかなければいけないんだが、しかし、それにしても最
    後の鍵は、-○○君、やっぱり君なのだ。君自身のほかにないのだ。
    
君自身が生きて見て、また看護という仕事にふれてみて、そこで感じ
    たさまざまな思いをもとにして、はじめて、そういう偉い人たちの言葉
    の真実も理解することが出来るのだ
。数学や科学を学ぶように、た
    だ書物を読んで、それだけで知るというわけには、決していかない」

 
3。人生、4つの大事(安斎育郎さんの問題提起)
  
①どんな価値のために生きるのかを自分なりに発見する
   
*毎日なんとなく生きるのではなく、なにか意味のある生き方、自分
    
が納得できる生き方をする。生きることによって、どんな価値を実
    
現しようとするのか。
   
*いろいろな価値をかかげて人生を生き抜いたたくさんの先輩たち
    
の生き方を知ること。そのことに共鳴したり反発したりしながら、
    「こ
れぞ価値のある生き方だ」というものを見つける。
   
*人の生き方についての小説や自伝を読んだり、映画や演劇を見
    り、話を聞いたりすることもとても役立つ。人の生き方に関心を

    ち、ゆたかな経験に学ぶ。
  
  
②価値実現のために主体的に生きる
   
*自分なりに「価値ある」と思うものが見つかったら、その価値が「た
    なぼた式」に天から降ってくるのを待っているという受け身の姿勢
    ではなく、その価値を実現するために自然や社会に能動的にはた
    
らきかける主体性をもつこと。
   
*そのような主体性な努力をしてみると、自分のかかげた価値を実
    現するための道すじには、いろいろな困難が待ち構えていることが、
    
すぐにわかる。
   
*その困難を前にして、「やーめた」と放棄するのではなく、それを克
    服する悪戦苦闘の道のりに挑戦すること。

  
③自然や社会のしくみについて科学的認識を習得する
   
*価値実現のために、働きかける対象(自然や社会や人間)につい
    て、体系的・合理的な認識をもって、どこにどう働きかければその
    価
値の実現ができるのか、その道すじを科学的に展望する。その
    ため
には、自然科学、人文科学、社会科学の基本をしっかりと学
    習し、
科学的な世界観を身につけることが大事。

  
④自分の価値観を相対化する
   
*自分のかかげた価値が「絶対」だと思い込むと、自分と違う価値を
    かかげている他人が邪魔になり、ぬきさしならない対立をまねくこ
    と
がある。

以上。


感想文を読むと「絵本授業」は、よかったみたいでした。
それぞれ、これまで生きてきた人生や出来事があり、
それを背景にして、いろいろなものを絵本から受けとるようです。
これも、絵本そのものの力のおかげですが。

また、先週授業のなかで紹介した本を
「本屋で探したけどなかったので、よければ貸してください・・・」
という学生さんもいました。

こういう反応があると、やっぱりうれしいもんです。


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2007年5月 7日 (月)

大瀬校長・いのちの授業

最近読み終えた本。

『いのちの授業-がんと闘った大瀬校長の六年間』
                 (神奈川新聞報道部、新潮社、2005年)


 強く心ゆさぶられた本。

 1998年に新設された、神奈川県茅ヶ崎市の浜之郷小学校の
校長として赴任した大瀬敏昭さん。学校、教育改革のために、
強いリーダーシップを発揮して、次々と課題を打ち出し、全国的
も注目される教育実践、授業実践をつくりあげた。
 
しかし、開校から1年半後の99年秋、胃にがんが発見され、
胃の摘出手術を行う。手術後、4か月で職場復帰し、その後、
浜之郷小学校で
「いのちの授業」を開始する。
 
「死は怖い。でも、1日1日を大事に生きようと思ったのは、が
んになってからです」「死を考えることは、生きるということを考え
ることです」と、絵本などを使いながら小学生に「生きるとは」「人
間が死ぬとはどういうことか」を語り続けた。
 
2002年1月にがんが再発。「余命3か月~6か月」と診断され
る。ここから、キリスト教の教えに深く学んでいく。「敏昭さんはこ
のころから、周囲の人に『病気になって良かった』『弱さの意味や
勝ち負けの無意味さを知った』と言い始めた。価値観の“大転換”
が起きたようだった」
 
闘病を続けながら、「学校に行くこと、子どもからエネルギーをも
らうことが一番の薬だ」と学校へ通い続け、校務と「いのちの授業」
を続けていく。
 
2003年12月24日に、学校の終業式で最後の「いのちの授業」
を行ったのち、04年1月3日、家族や同僚に見守られながら、息
をひきとる。
 「余命通告」から2年、せいいっぱい生き抜いた大瀬校長の姿は、

人間の「生と死」について、深い問いかけを与えてくれます。

この本を通じて知った絵本にも感動。



『「悩み」の正体』(香山リカ、岩波新書、2007年)

「本書で取り上げる『悩み』の多くは、おそらく10年前、20年前だっ
たら『悩み』にならなかったようなもの、あるいは『悩み』になったとし
ても、ちょっとした生活の知恵や工夫、まわりの人の助けで重症に
ならずにクリアできたようなものだ。そういう意味でこれは
『いまどき
の「悩み」』
であるとも言える。そしてその解決のために必要なのは、
『考え方の転換』でも『生活習慣の改善』でも『専門家の治療』でもな
く、実は
『それを悩まなくてもいいような社会にすること』である場合
も少なくない」(まえがき)

この人の本はやはり、おもしろく、読みやすい。


『イラクの混迷を招いた日本の“選択”』
    (自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議編著、
                     かもがわブックレット、2007年)


あらためて確認したこと、知らなかったこと、
忘れていたことがたくさん。

航空自衛隊、早く帰ってこい!


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小回りGW

3日~6日のGW、行楽へはどこへも行かず。
いろいろあって結果的にはこれがよかったのですが。

3日の憲法集会に行ってきました。
施行60年の節目の集会、三木記念ホールで500名が参加。

Dscn1851

 松本ヒロのライブは
 もう10回目ぐらいですが、 
 毎回「進化」が見られて楽しい。
 今回もすばらしかったです。




Dscn1854

 アニメーション監督、高畑勲さんの
 講演も面白かったです。
 独特の口調でお話をされ、
 世の中をみる切り口が新鮮。
 



4日はほとんど家を出ず。

5日は所要でほぼ1日いろいろと小回り。

Dscn1862
 なぜか、めいっ子・おいっ子の
 子守りで公園に。

 ハトにかっぱえびせんをあげて
 騒ぐ。




6日は家の掃除。ちょっとスッキリしました。


こんなかんじのGWでした。うーむ。


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2007年5月 2日 (水)

「有名な雑誌ですよね」

今日の午後2時頃、ドコモショップの営業のおねえさんが
なぜか学習協の事務所を訪ねてきました。

「法人携帯のことで・・・」ということで名刺をくれたので、
こちらも名刺をわたしたところ、

「学習の友・・・」とおねえさんつぶやく。(私の名刺に書いてある)

「ああ、雑誌ですよ。うちはこれを普及してるとこです」

「これって聞いたことあります。有名な雑誌ですよね」

(一瞬ビックリして)
「有名ではないと思うけど・・・こんな雑誌ですよ」(5月号を手渡してみる)

おねえさん、じっと『学習の友』をみて、

「でもやっぱり聞いたことあります」

「えー、ほんまぁ? どーしてかなー。 労働組合とか入ってる?」

「私、派遣なんで、入ってないかも・・・」

「派遣ならたぶん入ってないで。これ読んで賢くなってなー」
(5月号を1冊さしあげる)

「わかりました。また勉強させていただきます」

このあとは、本業の携帯の話題になったのですが、
私の携帯の厚さにビビッていました(そんなに古くないんですけど)。

また、待ち受け画面の子ども写真に興味をひかれたらしく、
「おいっ子とめいっ子なんよー」とこちらも自慢げに見せてみる。

その他いろいろと話しましたが、もう忘れました。
おねえさんが帰ったあと、
「労働学校のチラシも渡せばよかった・・・」と後悔する私なのでありました。

それにしても、『学習の友』、いったいどこで有名なんだろーか。謎だ。


おわり。

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2007年5月 1日 (火)

岡山県中央メーデー

雨が心配された今日のメーデーですが、
開始前になんとか降りやみ、
最後には少し晴れ間も。よかった、よかった。

Dscn1845










第78回岡山県中央メーデーは700人の参加でした。
集会のあとは、デモ行進。
その後ちょいと本屋により、新書2冊を買い、
いま事務所に戻ってきました。

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たわむれる

ほぼ1か月ぶりの休日だった29日は、
大好きなめいっ子(4歳)、おいっ子(2歳)と玉島の公園で
一緒にたわむれました。

ちょっと急な滑り台を一緒にすべれば、
「けいたくん、もういっか~い」と
何度でもくりかえし。なかなか体力いりますな。

Dscn1837



 下がめいっ子。

 上がおいっ子。








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