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2007年2月 5日 (月)

さあ、仕事だ仕事だ

今年1番の寒さが襲来していた岡山を脱出し、
1日~4日まで、沖縄本島へ小旅行に行っていました。

沖縄の旅は数えてみたら8回目、
本島メインの旅行はこれが3回目でした。

今回もたーくさんの感動と癒しがあったのですが、
それはおいおい時間があるときに「旅の記録」として
書いていきたいと思います。

とにかく、今週からバリバリと仕事をして、
休んでいたぶんをしっかり挽回したいと思います。

うっし!


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  伊江島の
  伊江ビーチにて
  歓喜のおたけび








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日記」カテゴリの記事

コメント

広島在住の岡山学習協会員のSです。
広島に転勤し,すぐ岡山に帰れるかと思ったら,もう10年になってしまった。いまや,岡山と広島とかけもち会員・・・。

沖縄の写真,天気よさそうですね。
私は9日金曜から25回目の沖縄遠征に行ってまいります。今回の目的地は伊是名島。本島以外では8つ目の離島。全離島上陸まで,何年かかるやら・・・

ところで,私はどうも沖縄で「癒される」という表現にひっかかるんですね。内地から旅行で沖縄に行き「癒される」。でも,「癒し」の現地で生活している人達は「癒された」生活をしているのか。失業,低賃金,米軍基地,それにともなう犯罪や事故・・・これらにとりまかれた生活に「癒し」があるのか?
「けーし風」という季刊誌の第50号(06年3月)に「沖縄という名の日本の植民地」という沖縄出身の大学生の投稿(?)が掲載されている。読んで,う~んと考え込んでしまった。
以前から「沖縄に立ちすくむ」(岩淵功一・多田治・田仲康博編 せりか書房)や「沖縄戦後ゼロ年」(目取真俊 NHK生活人新書)など読む中で,沖縄とヤマトの意識の問題が気にはなっていた。
ヤマトの人間として,どう沖縄と向き合うべきなのか,迷いながらも沖縄へ行ってしまう今日このごろ・・・

話は変わりますが,年に一度,沖縄の地下壕巡りツアーを企画しています。映画「硫黄島からの手紙」を観て,地下壕の臭い,暗闇を思い出し,身震いしました。あまりのハードさに同行者がいなくなってきました。どうです。本当の戦地巡りをしてみませんか?

投稿: あきやん | 2007年2月 7日 (水) 00時47分

あきやんさん、お久しぶりです!
いつもカンパありがとうございます。

25回目の沖縄ですかぁ。すごいですね。
私も離島が大好きで、これまで、
伊江島、久米島、宮古島、伊良部島&下地島、
石垣島、竹富島、小浜島、西表島、黒島、
新城島、波照間島と、結構いろいろ行きました。

初めて沖縄に行ったのが4年前の1月ですから、
かなりのハイペースです(笑)。

「癒される」という表現にひっかかるという
指摘は、たしかに考えるべき問題をもっている
と思いますが、でもやっぱり癒されるのです。
純粋に。

沖縄の問題は僕もいろいろ学んでいて、
「沖縄戦後ゼロ年」や太田昌秀さんの本も
読みましたが、どうもしっくりこなかった
部分があって、沖縄と本土を対立的に見て
しまっている部分があるのではないかと。

たしかに戦前の島津藩の支配から、沖縄戦、
そして27年間の米軍支配、21世紀に入っても
日米安保の中心点としての役割を押しつけ
られているという歴史を考えると、そういう
気分感情はあたり前でもあるかなと思うのですが。

そういう意味で私が尊敬し、沖縄の偉大な巨人と
呼んでいるのが、伊江島の阿波根昌鴻さんです。
またブログで書こうと思っているのですが、
阿波根昌鴻さんの思想こそが、沖縄の未来を
ひらくし、本土と沖縄の連帯のカギになるの
ではないかと。

本土の平和運動も、もっと阿波根昌鴻さんの
実践と平和運動思想に学ぶべきだと思います。
岡山労働学校でも一度阿波根昌鴻さんの講義を
やったことがあるのですが、
非常にインパクトがありました。

沖縄地下壕ツアーは、興味ありますねー。
本島で1度、自力で戦跡めぐりをしたことが
あって、5か所ぐらいガマをまわったと思います。
あの時の恐怖は忘れられません。

投稿: 長久 | 2007年2月 7日 (水) 10時02分

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