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2007年1月 9日 (火)

サイエンスとアート

この週末は、岡山にいませんでした。

【6日】 
富山県砺波市の父の実家に行きました。
祖父と祖母、私の母が生活しています。
大雪が心配されましたが、雪はふりませんでした。     

天気が悪かったでの、残念ながら立山連峰は見れませんでした。
富山の平野から、そそり立つ立山連峰の景色は、
中国地方では絶対におがめない雄大な自然美です。
いつ見ても圧倒されます。
今度来た時にはぜひ見たいなぁ。

【7日~8日】
富山から東京へ。7日は高岡駅6時半発の「はくたか」で越後湯沢に。
越後湯沢で新幹線に乗り換えて、東京についたのはちょうど10時。
昔にくらべ、早くなったなぁ。

7、8日と、
労働者教育協会の全国連絡会議に参加。
都道府県学習組織の代表が集まって論議と意思統一の会議です。


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会議では、私も発言しました。
その内容はこのあとご紹介します。




会議ではおもに、『学習の友』や勤通大の普及をどうすすめるのか、
活動の教訓や労働組合との協力関係について議論がなされました。
また、今年の秋には「学習活動家養成講座」(仮称)が開催されることに。
運動の担い手を生み出す場となってほしいと思います。

夜の宿舎では、山形から参加された高校の先生といろんな話をしたり、
『友』の編集やデザインについて好き放題な意見を言って盛り上がりました。

やっぱり全国の会議に出席すれば、いろんな刺激がもらえます。
私にとって貴重な場となっています。




では、1日目の会議で私が発言した内容を以下掲載します。


【日野原重明さんの言葉】
 岡山県学習協の専従をしています長久です。このお正月
にたまたま考えたことをお話したいと思います。1月4日の
午前中、NHK総合テレビの「生活ほっとモーニング」という
番組を見ていました。見ていた理由は、私の好きな日野原
重明さんが出演していたからです。日野原重明さんは、知
っている方もたくさんおられると思いますが、95歳にして現
役医師、昨年出版した本が25冊、雑誌などの連載は8本
ももっていて、週に1回は徹夜をするという、元気に満ちあ
ふれたスーパーシニアの代表ともいえる人です。人生観、
医療観、平和観など、たいへん学ぶところが多い人なので
すが、彼がたまたまその番組で語っていた言葉に、思わず
ハッとさせられたのです。

【サイエンスとアート】
 
たとえば、医師がガン患者を診察・診断すること、それは
「サイエンス」、つまり科学だと。しかし、その結果を患者に
伝えることは「アートだ」というんですね。「これこれこういう
ところに腫瘍が見つかりました。治療方針はこうです」とい
うのは科学的な診断結果です。しかし、それをどう患者に
語り伝えるのか、それは言葉を使うコミュニケーションであ
り、アートなんだと。その姿勢が医師には必要なんだと、日
野原さんは強調するのです。

 それぞれの患者には、これまで歩んできた人生や現在の
生活環境、家族構成、これからの人生設計、また個人個
人の性格ももちろん違う。ただ診察結果をマニュアルどお
りに一方的に話すのではなく、それぞれの患者によりそっ
たやり方で、その患者が病気に立ち向かえる力を励ます
ようなやり方で、医師は患者に、サイエンスな部分にアート
を付け加えて伝えなければならないんだと。

【学習運動もアート職人としての気概が必要】
 
この話を聞いて、これはそのまま学習教育運動にもあて
はまるのではないか、と思ったのです。私たちが普及しよう
としているのは、科学的社会主義の理論であり、科学的な
情勢論です。つまり、サイエンスです。しかし、それを伝える
ことは、教科書的なやり方で満足するわけにはいかないし、
アートな要素をたっぷりふくんだものでなければならないの
ではないか、と思ったわけです。
 
ここで言う「アート」とは、たんに芸術的センスとか、文化的
センス、という狭い意味でのことではありません。サイエンス
を伝えるアート職人と言ったほうがいいのかもしれません。
私たち学習教育運動を担う人たちが、つねにサイエンスを伝
える職人的気概をもって、自己研鑽をしなければならないの
ではないか、と思うのです。

【高田求さんとマルクスもアートな職人だ】
 
こんなことを、番組を見てあれこれ考えていたとき、偶然に
も、ある本を読んでいた途中でした。『人間の未来への哲学』
(高田求、青木書店、1977年)です。これを読んでいて、ま
さしく高田さんはアートな職人だ、と思ったのです。科学的世
界観をアートにして伝える職人だと。この本の内容は高田さ
ん自身が「哲学概論、あるいは弁証法的唯物論概説」と言っ
ているように、科学的世界観を系統的に学ぶのに適した一見
教科書的な本ですが、中身はぜんぜん教科書的ではありま
せん。高田さん独特の言い回しや伝え方、さまざまな書物か
らの引用、おもわずうなってしまう「言葉の力」、
というものが
あるのです。30年前に書かれた本にもかかわらず、基本的
な部分ではまったく色あせない力をもち、たいへん読みごたえ
があります。
 
で、「やっぱり高田求はすごいな~」とあれこれ考えていたら、
またふと思いだしのです。そういえばマルクスも、自分の書い
た『資本論』のことを、「芸術的な作品に仕上げるのだ」という
ことを言っていたなと。たしかに『資本論』はその内容構成の
部分でも芸術的な仕上がりをしているし、読み物としてもさま
ざまな肉付けがしてあって、たいへんおもしろいわけです。サ
イエンスをアートに伝える力を『資本論』はたしかにもっている
ではないかと、これまた思ってしまったわけです。

【職人集団としての自己研鑽の場がもっと必要】

 話があっちこっちにいったので、ちょっとまとめてみたいと思
いますが、私たちはよく労働者の理性とともに感性に訴えよう、
というわけです。「いまの世の中はこうなっていて、それを変え
るにはこういう方法でこういう運動が必要だ」というのはサイエ
ンスな中身が当然求められるわけですが、それを伝えるのは
アートなんだという自覚が必要ではないのでしょうか。理性とと
もに感性にひびくアートな職人仕事こそ、学習教育の専門家集
団としての私たちの果たす役割だと思います。「学習運動の人
たちは職人集団だ」と思われるようなブランド力というか。

 誤解ないようにお願いしますが、私は誰もがマルクスや高田
求さんの水準になれ、と言っているのではありません。サイエン
スを学び伝える職人仕事の担い手として、自分を磨く努力をす
るし、またそうした活動の水準を高めていく研鑽の場と交流の
場が、もっと必要ではないか、と思うのです。率直に言って、そ
ういう場が圧倒的に少ない、と思います。
 
『学習の友』や勤通大、そして労働学校や講座、さまざまな学
習会などで、どういったやり方で、どういった中身でサイエンスと
アートを統一しながら伝えていくのか、私自身ももっと各地のす
ぐれた経験を学びたいし、吸収していきたいと思っています。
 
お正月にたまたまそんなことを考えていたので、忘れないうち
に話をしてみました。ちょっとこの会議の主旨とははずれたかも
しれませんが、とりあえず終わります。

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コメント

 具体的な伝達の技法の問題ではありませんが,たとえば戦前の戸坂潤の「道徳論」は,科学をいかにして庶民の日常意識に転換するかを論じたものだそうです。

 そのような問題意識の継承と,現代的な具体化が必要なのでしょうね。戸坂はあの時代に中条百合子を引き合いにだして,文学の重要性を語りましたが,今日ではたとえば映像の活用は大変に重要なことではないかと思います。

 上田浩『価値と倫理』(文理閣)の合評会で話題になったことの一つです。

投稿: walumono | 2007年1月 9日 (火) 13時33分

walumonoさん

なんと書き込みありがとうございます!
戸坂潤のことなど、ぜひ学んでいきたいと思います。
映像の活用はたしかに私も実感しつつあり、検討課題かなと思っています。
映像のもつインパクトはかなり強力ですからね。
活字の想像力をはるかに突破します。逆に想像力を一面的にしてしまう側面もあり、難しいですが。

今後も模索していきたいと思います。

投稿: 長久 | 2007年1月 9日 (火) 21時09分

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