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2006年12月20日 (水)

夜と霧

最近読み終えた本。

『病気の社会史-文明に探る病因』(立川昭二、NHKブックス、1971年)

病気は文明がつくり、歴史的性格をもっている。
いわば、「病気の歴史的法則性」を明らかにした本。

ライ病、ペスト、梅毒、結核、ガン、コレラ…。
人類の歩みとともに、これらの疫病は、人間を襲う。
しかし、その原因も、人間社会自身がつくりだしたもの。

ほとんど知らないことばかりで、たいへん有益な学習となりました。
1348年、ヨーロッパの人口の4分の1が失われたペストの襲来。
産業革命が生み出した結核。
あるいは、発ガン性物質が充満している社会をつくりだしたのも、人間…。

たんに個人的な健康を追い求める傾向が強い現代人ですが、
やはり病気の社会性に見をむける必要があります。



『夜と霧 新版』(ヴィクトール・E・フランクル、池田香代子訳、みすず書房、2002年)

ものすごい本(いや、経験というべきか)です。

原著
(1947年初版)のタイトルは「心理学者、強制収容所を体験する」。
ナチスドイツによるホロコーストが行われたポーランド各地の強制収容所。

オーストリアで精神医学を学んだ医師、フランクルが、みずからの
収容所での体験にもとづき、そこでの人間の精神心理に焦点をあてた本。

読んでいくうちにグイグイ引きこまれました。
ホロコーストやアウシュビッツのことについては、他にもいろいろな
本があると思いますが、当時の被収容者の精神状況を、
客観的に分析しているものであり(そのこと自体がすごい)、
そこに人間の真実をみることができます。いい意味でも、悪い意味でも。

いろいろ印象に残ったところを紹介したいのですが、
あまりにも多いので、「生きる意味を問う」という部分だけ引用します。
あとは本を直接読んでください、ぜひとも。

「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度
方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待
するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちから
何を期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望し
ている人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペル
ニクス的転換が必要なのであり、
もういいかげん、生きること
の意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っ
ていることを思い知るべきなのだ
。生きることは日々、そして
時々刻々、問いかけてくる。私たちはその問いに答えを迫ら
れている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、
ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは
出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答え
る義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々
刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
 この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ご
とに変化する。したがって、生きる意味を一般論で語ること
はできないし、この意味への問いに一般論で答えることもで
きない。
ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにか
ではなく、つねに具体的ななにかであって、したがって生きる
ことがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である

この具体性が、ひとりひとりにたったの一度、他に類をみ見
ない人それぞれの運命をもたらすのだ」

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