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2006年12月 8日 (金)

東京裁判と戦争責任

きのう、岡山労働学校の第8講義、
「東京裁判と戦争責任について」が行われ、19名が参加しました。
講師は元高校教諭の徳方宏治さんでした。今期2回目。

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そして、きのうも受講生が初参加の人を連れてきてくれました(涙)。
今期はこうした広がりがあるのが特徴です。

講義のあとの討論も非常に活発で、時間が足りない様子です。
やはり日本の侵略戦争の問題は、
もっともっと学びの場をつくる必要があるなぁ。


さて、講義の概要です。

*東京裁判とはどんな裁判だったか
 第2次世界大戦で勝利した連合国が、戦後、2つの国際軍事裁判を開く
  ・ニュンベルク裁判-ドイツのナチス幹部を裁く
  ・東京裁判-日本の中心的な戦争指導者(A級戦犯)を裁く

 2つの裁判に共通する特徴
  ①戦争犯罪の範囲を広げた(とくに2つめと3つめ)
   ・通例の戦争犯罪→禁止されている兵器の使用、捕虜への虐待
   ・平和に対する罪→侵略戦争の計画や開始
   ・人道に対する罪→ジェノサイド、一般市民に対する虐殺

  ②戦争指導者の個人責任が問われた

*東京裁判の問題点と意義
 ・問題点
  ①事後法だということについて
  ②「勝者の裁き」について
   →問題点
    ・戦勝国の戦争責任は不問であった
    ・日本の植民地支配についても審判の対象外となった
    ・昭和天皇の戦争責任が回避された
    ・731部隊などの犯罪が裁かれなかった
    ・準A級戦犯の釈放(アメリカの対日政策の変化)
    ・人肉食などの問題は公表がためらわれた
  ③BC級戦犯の問題、「日本人」として罪に問われた朝鮮人・台湾人
  ④「勝者の裁き」論をどう考えるか

 ・意義
  ①日本が行った戦争の実態を明らかにしたこと
  ②国民は東京裁判を通して、日本の戦争の実態を知った
  ③裁きの対象となった罪のなかの、通例の戦争犯罪や
    人道に対する罪は、戦後、国際紛争の裁判で不十分ながら生かされる
  ④戦争における個人責任を追及したこと

*私たちは東京裁判をどう歴史のなかに位置づければよいのか
 私たち自身による戦争責任の追及が必要
  ①アジア・太平洋戦争のどこに責任があるのか
    アジア諸国を侵略し、多大の苦痛を与えたこと
  ②誰に戦争責任があるのか
   ドイツ-明確。ナチス。
   日本-不明確。天皇を頂点とする政府・軍部・政党、それらと結びついた
        資本家・地主、それに踊らされた国民
       それぞれが、それぞれの段階で戦争責任がある

   ・ここでの問題
    確かにA級戦犯は裁かれねばならない
    では、天皇はなぜ裁かれなかったか
    踊らされた国民はアジアの諸国民に対して無罪なのか?
     知ろうとしなかったではないか
      戦争の本質を見抜いて反戦運動をたたかった人たち
     「踊らされた」教訓を戦後どう生かすか?

   ③どういう形で責任をとればいいのか
    ・戦後補償、誠意ある謝罪
    ・戦後に生まれた人たちの戦争責任とは
     おじいさんの世代の出来事に対して、孫の世代が
     無関係でいることはできない
     過去の負の事実から目をそむけない-相手は忘れない
     戦争のない世の中をめざす-そのために考え、行動する


以上。1時間15分の講義でした。
私もとても勉強になりました。


【受講生の感想(一部)】

「戦後に生まれた自分たちの戦争責任ということを初めて考えた」

「今日はじめて気づいたこと。戦勝国の戦争責任は問われていない。
 戦後生まれの我々が背負わねばならない責任がある、てこと」

「やっぱり教育が大事だと思う。こういうことをもっと学校で教える
 ようにならないとだめじゃ!」

「東京裁判の話を聞いて、過去と向きあうこと、どこに責任が
 あるかを考えさせられました」

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