« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月30日 (木)

すごすぎます、太郎さん。

やはり、この人のスケールは、けた違いです。

『美の呪力』(岡本太郎、新潮文庫、2004年)を読み終えました。

昨年、川崎市にある岡本太郎美術館に行ったとき、
初めて間近に接する作品の放つエネルギーに、
圧倒されたのを、いまでも鮮明に覚えています。

それ以来、岡本太郎に興味をいだくようになり、
本も読んだりしていました。

芸術家、知識人、思想家、感性の人、
どれも、岡本太郎をひと言でまとめることはできない…。
そもそも、そういう枠にはまらない人です。
また、世界的(宇宙的?)な視野をもった人でもありました。


この文庫は、1971年に出版されたものの文庫版です。
この本のもとになったのは、岡本太郎が『芸術新潮』に
「わが世界美術史」と題して連載したもの。

とにかく扱う幅が広く、美術史や人類史の基本的な
知識がないと、なかなか消化できない部分が多いのですが、
一文一文に太郎の魂が入っているので、読みごたえがあります。

石の神秘からはじまって、血、怒り、火、挑戦、仮面、夜、宇宙など…
太郎の芸術論、世界観、人間観が
爆発! してます。

それにしても、“あやとり”にこれだけの考察を加えた人は、
他にいないでしょう。ビビりました。


では、思わず線をひいてしまった文章を紹介します。

「適当に生きようと思えば、逃げ道はひろい。どのようにでもよけ、
迂回できる。問題をぶつけず、容易に楽々と。だが、そのとき人
は死んでいる。生きながら死んでいるのだ」

挑戦は美であり、スタイルだ・・・私はそこに最も人間的な誇りを、
言葉をかえれば芸術の表現を見とるのである」

「文章を書き、自分の考え、問題を追いつめる。当然、
思索自体
がアクションであり、アクションはまた同時に、人間的にいって激
しい思索である
に違いないのだ」


長くなりますが、「あとがき」の言葉も。
これだけ“生”の質を高められたら、ほんとうにスゴイと思います。

「『美の呪力』と題したが、これは昨年1年間、芸術新潮に書き続
けた『わが世界美術史』をまとめたものである。
 この連載の企画をもって芸術新潮の山崎省三氏が私を訪れた
のは1969年11月。ちょうど万国博の準備がまさに追い込みに
かかり、現場は殺気立ってきた時期だった。大阪・東京をとんぼ
がえりの連続。原稿、しかも世界美術史などという、厖大な素材
を前提とする仕事に、とうてい取り組める状況ではなかった。
 しかし、
不可能と思われる条件だと逆にやりたくなる。忙しい時
にこそ根源的な問題に身をぶつけたくなる
幸か不幸か、私はそ
ういうたちなのだ。
 以来1年間、さっきも言ったように、ものを作る仕事と、問題を
展開し文章を書く、2つのモメントが私の中でギリギリと回転し、
身が引き裂かれる。
それはまた壮烈な充実感でもあった。
 だが何といっても原稿にはひどく時間がとられた。対極の引っ
張りあうバランスが崩れて、書く方に重みが傾きはじめると、私
はふと窒息する思いがしてくるのだ。
爆発したい欲求にかられる。
 ここでしばらく打ち切り、今当分の間はもっぱら造形物、巨大な
モニュメントの仕事にかかる。しかし
書き続けたいモチーフは限
りない。
「死」「迷宮」「エロス」中世の問題、異質文化の混血、そ
して「東洋」-現時点でこそ、西欧的秩序の逆方向から世界を眺
めかえすべきだというのが私の信念である。
 
すでに激しく書き展開してゆく情熱の予感が、私のうちに燃え
はじめている



長くなったついでに、文庫版の「解説」をしている、
鶴岡真弓さん(美術史家・立命館大学教授)の言葉もご紹介します。

「『美の呪力』を読むことは、『岡本太郎』による『世界美術館』を歩
くことである。その美術館は、おそらく世界一たくさんの展示室と
テーマをもち、世界一陰影に満ち、世界一わたしたちに不思議な
希望をあたえつづけてくれる場所である」

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月29日 (水)

「ワーキングプアⅡ」

さっき知ったので、ご紹介します。

7月23日に放映されたNHKスペシャル「ワーキングプア」は
大反響をよび、第2弾の製作がすすんでいましたが、
その放送予定日が決まったそうです。

12月10日(日) 21:15~22:29 NHK総合テレビにて

NHKスペシャル
「ワーキングプアⅡ ~努力が報われる社会ですか~(仮)」

番組紹介のホームページはこちら↓
        
http://www.nhk.or.jp/special/onair/061210.html


12月10日はぜひみんなでNHKをみましょう!
そして、感想をどしどし送りましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

苦悩は深い

今日の午前中は『友』の配布。
事務所に帰って会計処理をしたのち、
午後からは、とある労働組合の女性幹部と相談会。
(幹部といっても、わたしと同年代なのですが)

喫茶店で約1時間、組合の現状、悩み、苦労などを聞きました。
学習活動をどう入れていくかの「難題」に頭をかかえる彼女。
そして、現在の労働組合運動のあり方まで話はすすみ…。

「とりあえず部分的に経験つくっていくしかないわなー」
という話になりました(すごい省略ですみません)。
12月から、とりあえず最初の1歩をはじめる予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月28日 (火)

『友』を配って…

今日は朝から『学習の友』を配達。
午前中は東の方面へ。

こんなのどかな所へも行っているのです。
ちょっとしたドライブですな。
Dscn1154 Dscn1155






午後は岡山市内へ戻ってきて、
順調に配っていたところ・・・

とんだハプニングが!!

岡山県議会へ『友』を配達し終え、さあ、次に…と
車のエンジンをかけたところ、
「キュル、キュル、キュル…(静寂)」
「キュル、キュル、キュル…(ふたたび静寂)」

なんと
エンジンがかからないじゃないですか!
そういえば、前回の車検のときに、
「もうそろそろバッテリーを変えたほうがいいかもしれないですね」
と言われてたっけ。ああ…、バッテリーの寿命だわな、こりゃ。

しょうがないので、お世話になってる車屋さんを呼んで、
バッテリーの復活をしてもらう。
そして、すぐさま近くのガソリンスタンドによって、
新品のバッテリーに交換をしてもらいました。

この月末の忙しいときに、とんだハプニングで時間とお金を
浪費してしまいました。

結局、今日中に配り終わる予定だった、『友』は、まだ残しが…。
明日にするしかないわいな。

で、やっとこれから事務所でお仕事。
うーん、今日は何時に帰れるのやら…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月27日 (月)

中世の喫茶店を手伝う

きのうの日曜日、岡山労働学校のレク企画があり、
井原市美星町の
「中世夢が原」に行ってきました。

参加は7名+子ども2名と少なかったですが、
なかなかおもしろい体験もあり、満喫しました。

岡山から車で1時間20分、
「中世夢が原」の門をくぐると・・・そこは中世でした。

Dscn1121_1 Dscn1137_1






いなか汁づくりに精をだす。
Dscn1123_1





そして昼食!いなか汁&おにぎり。
「あーあったまる!」「サツマイモが甘い!」と大満足。
Dscn1128_1






さて、私たちが昼食をとっていた場所では、
地元のつきたて「いなきねもち」(つぶあん入りのおもち)が
売られていたのですが、お昼すぎて来場者も増え、
職員(ボランティア?)の方も忙しそう。明らかに手が足りない。

そして…
なぜか運営委員が売り子に変身!
「おもちどうですか~」「いらっしゃいませ!」「あ、天文台はあっちです」

Dscn1134_1






さらに…
となりにあった喫茶店もまったく人が足りない。
中世はやはり働き手が現代より少ないみたいです。

ここでも運営委員がいつのまにかお店の人に変身!
私も生まれて初めて喫茶店のお手伝いをしました。

Dscn1139_1








喫茶店のほうがひと段落すると、
職員の方から、みかん、おもち、コーヒーをいただき
「ほんとに助かったわ~」「ありがとー」と感謝されてしまいました。
バイト代はやっぱり現物支給。中世ですから。

午後からは藍染体験。
Dscn1149







完成!
Dscn1152







小雨が降るなかでしたが、
いなか汁を食し、よく働き、手仕事の世界にもふれ、
いい日曜日を過ごした参加者は
満足顔で中世をあとにしたのでありました。

おわり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ちょい太でだいじょうぶ!

『がんばらない』(集英社)で有名になった、
長野県の諏訪中央病院・名誉院長の健康本を読み終えました。

『ちょい太でだいじょうぶ』(鎌田實、集英社、2006年)

だいたい知っている内容が多かったのですが、
あたりまえの基本を実践するのが難しい。

今回あらたな発見だったのは、
「平均寿命」と「健康寿命」の違い。

日本人は「健康寿命」でも世界一。平均74.5歳だそうです。
でも、「平均寿命」は82歳ですから、
82歳-74.5歳=7.5年が「寝たきり」かそれに近い状態だそうです。
ずっと健康で「ころっと」死ぬ。これが理想ですね、やはり。

あー食物繊維食べんと!(寒天がいいらしい)
あー運動せにゃぁ!(筋肉をつけよう)

さいごに、一番納得した言葉をご紹介。

「減塩はとても重要だが、健康にかかわるのは食事だけではない。
労働、運動、休養、余暇、教育、家庭、社会的な存在としての自分
…そんなさまざまな要素がかかわり合って健康はつくられる。そし
健康になろうとする意思が自分の内側から出てきたときに、初め
て意識が変わり、生活習慣や生き方を変えることができる
。単純に
一つのものだけで健康が守られているのではない」

「健康は目標ではなく、手段だということ。
目標は自分らしく幸せに
生きること。そのために健康が必要なのだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月25日 (土)

悲しみを吸収する靖国神社

きのう、岡山労働学校の第6講義、
「靖国神社ってどんな神社?-その役割をみる」が行われました。
参加は16名。講師は先週に引き続き、わたくし長久が担当しました。

【講義のおおまかな概要】
靖国神社の概要
 東京の九段にある
 合祀とは

その歴史
 明治政府と天皇制
 国家神道の成立
  他の宗教の上に君臨する事実上の国教
  神社の再編-特別な地位としての靖国神社
  その他の宗教、思想の自由は弾圧
  教育にみる国家神道
 1869年「東京招魂社」→1879年「靖国神社」に
  陸・海軍省が所管する「国家機関」
  総合的な軍事施設としての性格

死者の選別
 天皇陛下のために死んだ人のみ-合祀の明確な基準

その役割をみる
 福沢諭吉が靖国提唱?
 「死んで靖国で会おう」
 靖国の精神-国民感情を国家が収奪する
  悲しみから喜びへ
  遺族の悲しみさえ奪う靖国神社
 昭和天皇は20回も参拝をしている

戦後はどうなったか
 GHQの「神道指令」
 単立の宗教法人に
  合祀は続ける-厚生省が戦死者名簿を集約・提供していた
 A級戦犯の合祀(1978年)によって外交問題に発展する
 最近発見された「富田メモ」について
  しかし、侵略戦争の最高責任者は誰か?

靖国問題①-日本の戦争をどうとらえるのか
 靖国神社の2つの使命
  1)英霊の顕彰(ほめたたえる)-追悼ではなく、顕彰施設
  2)英霊が生まれた時代である近現代史の真実を明らかにする
    自存自衛の戦争、アジア解放のため
 大切なのは、殺された人の感情
  日本はアジアで何をしたのか
  「遊就館」にかけているもの-アジアの人びとの視点
  アジアの人びとは、首相の靖国参拝をどうみるか

靖国問題②-個人の思想や信教の自由への侵害
 戦後も、遺族の意志とは関係なく合祀
  ある仏教徒の合祀取り下げ願い
  他宗教も、朝鮮や台湾の人も
  憲法19条、20条の侵害
 政教分離原則の違反
  20条3項

「戦争をする国」としての精神的準備
 小泉首相は6年連続参拝
  今年の8月15日に参拝した国会議員
  外務大臣・麻生太郎の発言
 安部首相語録-首相になる前の本音

とめよう、「戦争のできる国」への道
 憲法・教育基本法の改悪と、靖国問題は連動している
  自衛隊のイラク派兵で、「国家のための犠牲」が想定される状況に
  だからこそ、「犠牲者の論理」「死の意味」を政治家が語り始めている
 しかし、孤立しているのは靖国推進勢力のほう
  アメリカからの靖国批判
  日本の財界からの注文

憲法を生かす政治-私たちの立つ位置


以上、1時間15分の講義でした。

「A級戦犯の合祀」「中韓との関係」の問題で語られやすい
靖国問題ですが、ほんとうはもっと複雑で根深い問題をふくんでいます。


さいごに、参加者の感想を。

「靖国神社の戦争における役割が、よくわかりました。“悲しみを吸収するところ”」

「靖国神社の深ーい意味がわかり驚きました」

「靖国が個人の信教への侵害をしていることなど、奥深く知ることができた」

「靖国神社の本当の姿が今日はよくわかりました。人の気持ちや想いまで
あやつってしまうおそろしさを感じました。自分で行ってみて考えたいです」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

新しい労働組合の萌芽

わが家でとっている新聞は「朝日」と「しんぶん赤旗」だけなんですが、
今はインターネットで新聞各紙をチェックできます(便利だ)。

今日の
毎日新聞の社説をご覧あれ!

「フリーターの権利  自ら守り始めた青年ユニオン」

最近「すき屋」の6人の青年が労働組合を立ち上げたことが
話題となっていますが、そのことを取り上げた社説です。

劣悪な労働環境に立ち上がる青年たち。
首都圏青年ユニオンが2000年に発足。
「首都圏青年ユニオンを支える会」もつくられる。
残業代未払い・有休休暇の未消化、社会保険・雇用保険未加入の三点セット。
違法は明白なので勝率は高い。
メーリングリストの活用が有効にはたらいている。

そして、最後にこう書いて社説を締めくくっています。
「いろいろ限界はあるが、時代の要請と技術革新が生んだ
新しい労働組合の萌芽(ほうが)かもしれない」

全国紙の社説にこうした取り組みが載るのは、やはり時代と運動の反映。
どんどん報道してもらいたいと思います。

ちなみに、首都圏青年ユニオンのHPはこちら↓
                      
http://www.seinen-u.org/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南京虐殺を見た外国人

今月は「戦争問題」に関する読書が多かったのですが、
また、気分が落ち込む本を読んでしまいました。

『南京難民区の百日-虐殺を見た外国人』
                  (笠原十九司、岩波現代文庫、2005年)

1937年12月。上海攻略に成功した日本軍は、
そのまま当時の中国の首都だった南京への進撃を始める。
しかし、この作戦は、司令官・松井石根の独断で決定される。
上海戦が終われば故郷へ帰れると思っていた兵士たちの
精神は荒廃し、それが中国人民へと、攻撃の矛先がむく。

上海から南京まではおよそ300キロ。
日本軍は侵攻途上の村々で、虐殺、放火、強姦、掠奪をしていく。
中国人は日本軍のことを皇軍ならぬ、
「蝗軍」(いなごの軍隊)とよんでおそれる。
「殺すこと、女性を犯すこと」に慣れきった軍隊が、南京へとなだれこんでゆく。

日本軍が南京にせまってくると、
当時、南京に在住していた外国人のほとんどは南京を脱出していく。
しかし、アメリカ人のキリスト宣教師やドイツ人など、22名の外国人が
中国人難民たちの救済のため、非武装地帯をつくる必要があると自覚し、
南京城内に「南京安全区 国際委員会」(難民区域)をつくり、
日本軍の蛮行から多くの人びとを救う活動をはじめる。

この本は、その難民区で活動した外国人の日記や記録を中心に、
当時の南京で起こったことの全体像を浮き彫りにしている。

日本軍による虐殺。それは南京城内だけでなく、
周辺の広大な地区の農民も被害者となる。
そして、強姦、強姦、強姦・・・。

南京大虐殺は「まぼろし」「なかった」というような主張がある。
歴史研究の積み重ねを無視しているとしかいいようがないし、
南京の中心で“大虐殺はなかった”と叫ぶ勇気があるならいざしらず、
まったく被害者と向きあおうとしないこうした議論を許すわけにいかない。

南京大虐殺は、被害者の証言、
当時南京にいた外国人の日記や調査記録、
加害者であった日本軍の「戦闘詳報」「陣中日誌」や兵士個人の「日記」、
など、多くの記録資料が存在する。

「事実にたして謙虚であること」が、歴史と向きあう最低限の責任だと思う。
そして、日中戦争を象徴する南京事件については、
日本人は、誰もがある程度の概要は知っておくべきではないか。

この本は、その助けとなるはずです(読むのはしんどいけど)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月22日 (水)

『友』12月号は最賃特集

月のこの時期になると、『学習の友』を配らなければなりません。

今月、
12月号の『友』は
「みんなで幸せになるために-さいちん(最賃)って何?」の特集です。
 *最賃-みんなが幸せになるための土台(大木寿)
 *手記 この低賃金を許せるか(6名の手記)
 *各国ですすむ最賃の抜本改正(伊藤圭一)
 *格差・生活不安社会を変えよう-全国一律最賃制の確立を(小越洋之助)

 などの論文が載っております。ぜひお読みください(って配ってませんが)。

12月号をぺらぺらめくっていて、「なるほど」というところが。
ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが、
人間らしい生活を営むための「7つの指標」をあげているそうです(27ページ)。
 ①十分栄養をとる
 ②衣料や住居が満たされている
 ③予防可能な病気にかからない
 ④読み書きができる
 ⑤移動することができる
 ⑥社会の一員として社会生活に参加できる
 ⑦恥をかくことなく人前に出ることができる

ほんとうに、これは人として生きる最低ラインだと思いますが、
みなさんはどうですか?

7月に放映されたNHKスペシャル「ワーキング・プア」では、
「孫の結婚式を、体調が悪いとウソを言って断わった」
「千葉に就職面接を受けにいきたいが、交通費がなく、いけれない」
という人がいました。本当に見ていて苦しい番組でした。

世界第2位の経済力をもつ日本が、この貧富の格差です。
ちなみに、
岡山県の最低賃金は648円です
1日8時間、月に22日間働いたとして、114,048円です(怒)。

全国一律最低賃金制度を!
誰でも、どこでも、時給1000円を!

『学習の友』で学びましょう、広げましょう。

その前に、配りましょう(涙)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

日の目を見るか?

いま、『学習の友』の1月号(12月18日発売)に載るかもしれない、
原稿を書いています。約3000字。憲法28条を中心にした文章です。

今日中ぐらいに友社に送らねばならず、いま細部の調整中…。
なかなかタイヘンです。

あまり自信もないので、ボツになるかもしれませんが。
そうなったら、このブログで公開したいと思います。
せっかくの文章たちが、かわいそうなので(笑)。

さて、原稿は日の目をみるのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月20日 (月)

教基法改悪反対の熱い集会

週末の行動ぶりを簡単に。

【18日】
午前中は看護学生のつどいで講義。

13時半から、教育基本法改悪反対の大集会へ。
旭川河川敷に約3
000名が集結しました。
やっぱり「数は力」なり。雨がふって寒かったけど、熱い集会でした。
Dscn1115





小中高の学校関係者と教基法改悪反対の思いをもった人びとが
組織の違いをこえて、本気の思いを表現。
長く、長く続くデモは圧巻でした。

デモのあとは、新幹線でそのまま東京に。久しぶりに実家に泊まりました。

【19日】
この日は労働者教育協会の第2回理事会。
そう、なんと私は理事なのです!

10時から16時まで、みっちり会議。
Dscn1116






この会議、岡山県の狭い活動に埋没してる私にとって、
とても有意義なんです。
討論での発言にたくさん刺激をもらえ、
自分にとって必要な学習課題が見え、
岡山の運動を相対化してとらえられる貴重な場。

ああ、もっとがんばらねば、と思わされるのです。

会議終了後、時間が少しあったので、
大塚駅周辺の喫茶店でしばし休憩をして、
東京駅でめいっこへのお土産の「東京バナナ」を買い、
「のぞみ」に運んでもらって、岡山へ帰ってきたのでありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

週末は「靖国」モード

週末は東京で会議があり、移動時間などにまとまって本が読めました。

金曜日の労働学校「靖国講義」にむけ、集中勉強。

『フィールドワーク 靖国神社・遊就館-学び・調べ・考えよう』
          (東京の戦争遺跡を歩く会編、平和文化、2006年)


靖国神社の概要と展示内容を知ることができます。
でも、実際行ったほうがいいですね、やっぱり。

『靖国問題と日本のアジア外交』(松竹伸幸、大月書店、2006年)

思っていた内容と違い、戦後日本のアジア外交史、と言えます。
靖国問題はアジアとの関係を抜きに語れません。
そして、アジア各国とその連帯の力強い発展が、
日本国内の靖国推進勢力を孤立化させているという情勢を
しっかりつかむことが大事です。

『靖国神社』(大江志乃夫、岩波新書、1986年)

国家神道の成立過程とその背景についての考察が勉強になりました。
にしても、国家と宗教が結びつくことの恐ろしさ…。教訓とすべし。

『「靖国」という問題』(高橋哲哉・田中伸尚、金曜日、2006年)

あらためて、いろいろな視座をもらいました。
昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示したという「富田メモ」についての
マスコミ報道の問題など。欠けていた視点がいろいろ。
講義で「富田メモ」について恐ろしく狭い解説をするところでした。
あぶない、あぶない。


「靖国問題」は昨年講義をしたことがあり、土台はそれでいこうと
思っているのですが、今回の学びをいかして、さらにバージョンアップ
したいと思います。さて、どうなることやら…。


東京の会議で配本された、
『世界、日本、そして憲法-私たちはどんな時代に生き、学ぶのか』
   (不破哲三・山田敬男、学習の友社、2006年)
      も、ななめ読み。

10月に行われた全国学習交流集会の記念講演2本をまとめたブックレット。
600円。普及せねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月18日 (土)

看護学生のつどい

今日の9時半から、岡山県民医連の看護学生のつどいに、
講師で行ってきました。20人ちょっとだったと思います。
看護学生半分、看護職員半分ぐらいだったそうです。
会場は岡山医療生協のコムコムでした。

2日間の合宿で、広島の大久野島(日本軍が毒ガスを製造していた島)に
行くそうです。出発前、前段の学習会ということでした。

Dscn1113_1




「未来のために、加害の記憶を」
というタイトルで話をしました。
タイトルはパチリですが、内容はオリジナルです(笑)。

【講義のおおまかな概要】
日本の侵略戦争と憲法9条
日本はアジアで何をしたのか-侵略戦争の実態
 「1931.9.18」「1937.7.7」「1941.12.8」「1945.8.15」
 アジアでは日本の侵略戦争によって2000万人以上が犠牲に
  →資料や証言で具体的に見ていきました
 1人ひとり、名前をもち、家族もあり、夢や希望を抱きながら生活していた人
  「1人称の死」「2人称の死」「3人称の死」-戦争を考える視点
 アジアの人びとの痛み、苦しみ、思いに対する想像力を

国際公約としての憲法9条
 憲法9条は、侵略国日本の、アジアと世界に対する国際公約
 もう2度と戦争はしません、そのための武器ももちません、という誓い
 9条改正は国内問題ではない
 前文にその誓いがあるし、それが憲法の原点
 北朝鮮にもし憲法9条ができたら…

私たちの戦争責任を考える
 元西ドイツ大統領の演説から(『荒れ野の40年』の一部を紹介)
  私たちに問われていること-「真実を求める」こと
 言葉での謝罪を行動で覆す政治-それを許しているは日本国民
  たとえば、日本軍「慰安婦」の問題で考える
 靖国神社参拝は、アジアの人びとからどう見られるか
  ドイツの首相が同じことをしたらどうなるか
 歴史学習の空白-相互理解の障壁
  私たち一人ひとりが、学び手、伝い手となるほかない
 ふたたび同じ過ちを起さない責任
  “いのち”と向きあう医療者として、戦争の愚かさを学び、伝えること
   ある従軍看護婦の言葉
  相手の立場にたつ想像力を
   「看護者たる者は、いまだ経験していないことであっても、
   それを感知する資質を持たなければならない」(ナイチンゲール)
  未来をつくるために行動すること
   学ぶ仲間づくり
   政治変革


以上、1時間15分の講義でした。

今日はかなり早口でしゃべったきがします。改善すべきところですな。

講義終了後、去年岡山であった平和委員会のピースエッグで
同じ班になった水島の看護師さんと「元気してるー」という会話をして、
会場をあとにしたのでした。


準備の過程で、あらためて『荒れ野の40年』(岩波ブックレット、1986年)
を読んでみたのですが、やっぱりヴァイツゼッカーってすごい!
こういう政治家を生み出す日本に早くしたいです。

さて、これから教基法改悪反対の大集会に行ってきま~す。
それから東京だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月17日 (金)

日本軍「慰安婦」問題を学ぶ

きのう、岡山労働学校の第5講義、
「日本軍『慰安婦』問題を考える」があり、19名が参加しました。
講師はわたくし、長久が担当しました。
「慰安婦」問題をまとまって講義するのはこれが初めてでした。

【講義のおおまかな概要】
日本軍「慰安婦」という呼び方について

設置の理由と経過
 確認される最初の慰安所は1932年の上海で
 1937年の日中戦争開戦から大量設置の時代へ
 日本軍兵士の強姦が多発-反日感情の高まり、治安維持に支障
 南京事件前後-大量設置の指示
 性病の予防という目的も
 中国全域に「慰安所」の設置ひろがる
 「兵士100人につき1人の割合で慰安隊を輸入す」(軍医部長の発言)
 陸軍省は組織的に「慰安所」設置を指示
 しかし実際に強姦は減らず-強姦によって強姦を予防するという矛盾
 東南アジア・太平洋地域へも拡大
 なぜ強姦が多かったのか-日本軍の特異な体質も

女性たちはどのように徴集されたか
 日本人は売春婦が多かった-実態は貧しい家庭の出身の女性たち
 朝鮮からの「慰安婦」徴集が一番多かった
  その多くは、だまされて連れていかれたケース-背景に貧困
  朝鮮総督府も関与し、かなり大規模に徴集が行われている
 中国や東南アジアでは、軍が直接「慰安婦」徴集の指揮をとった
  フィリピンやインドネシアでは、暴力的に連行するケースが多い
 慰安婦の総数はどれくらいだったのか
  正確な総数をだすことは難しい-資料不足
  限られた資料から推測すると最低でも5万人(吉見義明氏の計算)
  8万~20万という数字も決して多すぎる数字ではない
  また、「数がどれくらいか」ということがこの問題の本質でもない

「慰安所」の実態-「慰安婦」たちが強いられた生活
 写真で見る「慰安所」「慰安婦」
 元「慰安婦」の証言-1人ひとりの女性の人生がどうなったのか
 なぜ彼女たちは長い間沈黙していたのか、ということにも想像力を
 病死・自殺、心中の強要なども

「慰安婦」問題をめぐる経過と日本政府の対応
 日本軍「慰安婦」問題・関連年表をみる
 「河野談話」とは
 教科書攻撃と政治家たちの妄言-「慰安婦」の存在を歴史から消し去る
 それを許しているのは日本国民

私たちに問われていること
 元「慰安婦」たちの声を受けとめること-証言をぜひ聞いて
 日本の侵略戦争の問題を学び、それをこれからに生かすこと
  日本の政治を変えること
 いま日本の若者のなかに、新しい動きが起こっている


かなりおおざっぱにまとめると、こんな感じでした。
資料もたくさんつけておいたので、
わかりやすかったようでした(自分で言うなよ)。

グループ討論が終わったあとに、ある保育士さんが、
「今日は本当に聞けれてよかったです。ありがとうございました」
と、目をキラキラさせて言いに来てくれました(涙)。

参加されたみなさんも、この問題について漠然としたイメージはあっても、
こうしてまとまって講義を聞くのは初めての人ばかりで、
重たい衝撃を受けていた様子でした。
そして、「自分に何ができるんだろう…」と、自問する姿が。

さて、これをどう次の行動につなげるか、ですね。
自分もふくめて、しっかり考えていきたいと思います!

写真は討論の様子です。
Dscn1109

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月16日 (木)

18日は大集会に!

教育基本法の改悪法案が、きのう、
衆議院特別委員会において採決が強行されました。
今日午後には本会議でも採決される可能性があります。

しかし、教育基本法をめぐるたたかいは、
新しい情勢をきりひらく原動力になっていることは間違いありません。

追いつめられているのは巨大与党であり、
運動の力が、彼らを土俵際においこんでいます。

先日のブログでも書きましたが、岡山でも、
18日の午後1時半から、旭川河川敷(三光荘前)で、
県教組と高教組、民主・共産・社民の各政党が連帯して、
「教育基本法改悪反対」の大集会が行われます。
数千人が集まる集会は、岡山では近年にないものです。
たたかいこそが情勢を動かします。

ぜひ声をかけあって参加しましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

進化する赤ひげ

きのう、岡山医療生協が主催する、
前進座の芝居「赤ひげ」があり、夜の部で鑑賞してきました。
Dscn1108




実は私、「赤ひげ」は通算5回目なんです。
黒澤明の映画『赤ひげ』は2回みました(ビデオですが)。
前進座の芝居も実は3~4年前に1度みたことがあります。
そして今年に入って、映画や芝居の原作である、
山本周五郎の『赤ひげ診療譚』(新潮文庫、1964年)も読んでるんです。

したがって、ストーリーはほとんどわかっていました。
でも、やっぱり泣けるんですよね。

また、きのうの芝居をみていて、改めて気づいたことがあります。

それは、原作の小説や映画にはない、前進座のメッセージ性です。
いや、原作や映画にもそうした面はたしかにありましたが、
今日の医療情勢がそのメッセージの普遍性をより光らせている、
と感じたんです。前進座の脚本も、間違いなくそれを意識して、
今日的につくられています。

本当に苦しんでいる人びとの医療費を削る、政治のあり方。
施政者の無知と無能。その“世の常”に決して迎合せず、たちむかう赤ひげ。
そして、人間の“生と死”への尊厳…。

“赤ひげ”の語る言葉は、時代をこえて、
私たちに強い励ましを与えてくれています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

戦争で死ぬ、ということ

今週末の講義にむけて読んだ本。
著者の渾身の思いが伝わってきます。

『戦争で死ぬ、ということ』(島本慈子、岩波新書、2006年)

戦後生まれの著者が、膨大な戦争体験記や資料を駆使し、
「戦争で死ぬということ」の内実にせまっています。
ぜひ、若い人に読んでもらいたいと思います。

8月14日の大阪空襲。
「伏龍」という特攻部隊のこと。
日本でもすすめられていた原爆開発。

知らなかったことがたくさんありました。

『それぞれの「戦争論」-そこにいた人たち』(川田忠明、唯学書房、2004年)
と、追い求めるところが共通していると思いました。こちらもまだの方はぜひ。

従軍看護婦のことや、広島の大久野島のこともでてきて、
週末の話にも役立ちそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

本がないんですよ

2日前の日曜日、
私の住む早島町のメンバーを中心とした集まりがありました(飲み会)。

そこで、ある方から、
「基礎理論の勉強が若い人に必要と思っている」という話が。

いろいろと問題意識を聞かせてもらい、
そうなんです、そうなんです、と認識が一致する。

その方は学生時代、世界観の問題を
観念論バリバリ教授と論争をたたかわせたとか。
そうした基礎があるから、今の活動にもゆるぎがない。

世界観や経済学の基礎、社会発展の理論を学ぶ
重要性については、多くの人は否定しないと思う。

が、しかし…。
いま、そういうことを学べる著作が圧倒的に少ないのです!
哲学や経済学の基本が学べる本が。
あるいは、「若者の生き方」を考える本が。

「今そういう本がないんですよ」と私は思わず言ってしまいました。

私も20代の前半頃は、こうした基礎理論をくりかえし、
いろんな本で学びました。それが今の私をつくっています。

広島労学協の二見事務局長が、「そういう本が必要だ」
という問題意識で、2年ほど前に、
『いま君にできること-あたらしい自分との出会い』(学習の友社)
という本を書きました。もっともっとこういう本が増えてほしい。
いろんな人に書いてほしいと思います。

その話をした方から、
「長久さん書いてよ」と言われましたが、
そんな力量は残念ながらありません。10年後の目標とします。

全国の学習運動の切実な要請でもあるこの課題、
ほんとうになんとかしなくちゃなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

労働学校ふれあいコンパ

先週の土曜日に、岡山労働学校のふれあいコンパがありました。
今期はじめての交流企画です。

1次会は「べんがらてい」というお店でした。
案内がなければたどりつけないような狭い路地にありました。

1次会は19時からはじまり、総勢21名が参加。
67歳のおじいちゃん(?)から、21歳の女子学生まで、
老若男女、職種もバラバラの雑多集団です。
「いったいどんな集まりなんだ?」とお店の人には思われたことでしょう。

運営委員長のあいさつから始まり、Y岡さんの乾杯でスタート。
食べて、しゃべって、飲んで…。やっぱりコンパは盛り上がりますな。

Dscn1096_1 Dscn1100_1





はらはらドキドキの30秒しりとり自己紹介では、
それぞれの労働学校への「関わり」を短く披露したり、
「いま片想い中です!」などの暴露話にもりあがったり。
みなさんかなりハイテンションでした。

私はというと、飲み放題メニューに「久米島の久米仙」(泡盛)が
あることに感激し、ごっくん、ごっくん、ごっくんと、勢いよく
飲んでしまい、1次会からかなりいい気分に…。
Dscn1099_1 







2次会は「ハートランド」というお店でだいたい23時までいました。
こちらは15名の参加。

2次会を終えて、さらに3次会のカラオケに消えていく人たち…。
わたしはそそくさと電車で帰ったのでありました。

参加されたみなさん、おつかれさまでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

夢を語る力

今日の午後、倉敷医療生協労組のパート部会大会
講師で行ってきました。会場は健寿協同病院の会議室。

13時から大会が始まり、私は後ろのほうで
いただいたお弁当をパクパク食べながら大会の様子を聞いていました。
Dscn1087





わずか30分で大会の議事は終わり(これでいいのだろうか?)、
続いて記念講演に。参加者は13~14名ぐらいでした。
「夢を語りあえる労働組合を」というタイトルで話しました。
タイトルだけは大きくでました(笑)。

でも、いまの労働運動の現状をみていると、
この「夢を語れる力」というのが、とても大事だと思っているんです。
自分たちの職場や、日本社会を「こうしたい」「こう変えていくんだ」
ということを語れる力です。

さて、話の中身はおおまか、こんなかんじでした。

日本の労働組合の組織率は現在約18%。5人に1人。
世界で一番組織率が高いのは北欧で、8割が入っている。
日本の場合は、入っていても、「組合費を払っているだけ」の人も多い。
では、労働組合は必要のない組織になったのか?  そうではない。

働く人びとの現状をヨーロッパと比較してみる。
 ・労働時間・休暇
  日本は残業規制がない。サービス残業もまんえんしている。
  ドイツやフランスは、年間労働時間は約1600時間
  日本は約2200時間。1週間あたり12時間も多く働いている。
  男性労働者の平日の平均帰宅時間(東京)20時49分。絶望的だ。
  スウェーデンは17時11分。家事も育児もできる。
  有給休暇は「取れたら取る」で、平均取得率は50%をきっている。
  ヨーロッパは完全取得で、連続取得があたりまえ。バカンスに行く。
 ・最低賃金
  日本の最低賃金は地域別最低賃金。岡山は648円。ひと月11万円だ。
  ヨーロッパは全国一律最低賃金。月額17万円~20万円だ。
  日本の最低賃金をヨーロッパ並みに引き上げるだけで、時給は1000円。
  ヨーロッパは、この間、最低賃金を大幅に引き上げている。政治の責任で。
 ・パート雇用
  ヨーロッパは、パートも正規労働者。時間が短いだけ。
  日本は非正規労働者=下級の雇用形態を意味する実態になっている。
  無権利状態。雇用の調整弁。差別を実質的に規制する法律がない。
 ・格差社会になっている
   生活保護世帯、貯蓄ゼロ世帯の激増。健康格差、雇用格差、教育格差。
  ワーキングプアの増大。一生懸命働いても貧困から抜け出せない。
  一方で「富裕層」は増えている。大企業の巨額のもうけが分配されている。
 ・社会保障や年金は連続的な改悪
  医療、介護、年金、各種控除の廃止、大増税…
   「国の財政がたいへんだから」→税金の集め方、使い方の問題
  大企業減税、大型公共事業のムダ、軍事費のムダ

そもそも労働組合とは?
労働組合は、18世紀末、イギリスで生まれた
イギリスの労働者の働く環境はサイアクだったが、パブなどでの話し合い
を通じて、お互いの共通の要求に気づく。みんな同じ気持ちなんだ。
人間としての叫びが、労働組合を生んだ。

先輩たちがたたかって勝ちとってきたのが「私たちの権利」
何ひとつ、資本家がプレゼントしてくれたものはない。全部たたかった結果。
労働基準法の第1条は「人たるに値する生活」と労働条件を規定している。

憲法の基本的人権をものさしに
97条「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」が基本的人権
13条、25条、26条、27条、そして、28条。
憲法は私たちに「労働組合をつくってたたかえ!」とよびかけている。
それは先人たちから「信託された(信じて託された)」バトンでもある。

そもそも労働者とは?
生産手段をいっさいもっていない人。自宅では働けない。
生産手段のもとに「出勤」する人。
日本では5200万人いる。就業人口の8割。
職場でも日本全体でも、圧倒的に数が多い。

労働者の特徴 ①数が多い、②1人では弱い。
資本家は生産手段をもっているため、「かわりを雇えるんだぞ」と言える。
労働者は1人でたたかったら勝てない。だから団結する。
イタリアでは、2002年の4月に、労働者の9割、1300万人が参加して、
8時間のゼネラルストライキを行っている。これが労働者の力。

いま求められている労働組合
おかしいことを、みんなでおかしいと言おう。1人でグチッてても、変わらない。
いろんな違いをわきにおいて、共通の要求を大事に育てて、団結する。
日本の労働者が、「おかしいぞ」と声をあげることが、日本の未来をひらく。

「人たるに値する生活」とは何かをつねに問いかける
「おかしい」と言うためには、「おかしい」と思えなくてはいけない。
権利意識を育てる。「これがあたりまえ」と思わない。
政治に関心をもって。労働組合で学ぼう。

きびしい情勢だからこそ、「夢をもつ力」が必要だ。
“ピカピカ光る背中をもつ人間”のたくさんいる労働組合になろう。


以上、約1時間の話でした。


終了後、出た質問も、たいへん切実なもので、書きたいところですが、
もう疲れました(涙)。すみません。

これから岡山労働学校のコンパなのです。
今日はしっかり飲んで、受講生と交流するぞぉ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月10日 (金)

フィリピンの日本軍「慰安婦」

ついに来週木曜日の「慰安婦」講義がせまってきました。
まだまだ学び足りないですが…。

『フィリピンの日本軍「慰安婦」-性的暴力の被害者たち』を読み終えました。
  
(フィリピン「従軍慰安婦」補償請求裁判弁護団編、明石書店、1995年)

植民地であった朝鮮の「慰安婦」徴集と、
侵略地での徴集には大きな違いがあること。

フィリピンでの多くのケースは、日本軍が直接、
暴力的に若い女性を連行し、軍の駐屯地で監禁、強姦をしている。
背景には、無数の強姦事件も。

日本軍はフィリピンでも暴虐のかぎりをつくしている。
いまでもフィリピンの農村に行くと、日本人を「鬼」と思っている人が
たくさんいるそうです。

フィリピンの元「慰安婦」たちは、韓国の元「慰安婦」たちが
立ち上がったのをきっかけに、「自分たちもこのままでいいのか」
という思いで、50年の沈黙をやぶり、声をあげました。

この声を受けとめることのできる日本社会(政府)に、早くしなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

中国人強制連行

さきほど岡山労働学校の第4講義、
「日本は中国で何をしたのか②-中国人強制連行」が終わりました。
講師は先週に引き続き、上羽修さん(岡山・15年戦争資料センター事務局長)でした。

かいらい国家「満州国」へ、華北から300万人といわれるような人びとを
強制的に連行(拉致同然で)し、炭鉱などで働かせる。
あまりにも過酷な労働で、どんどん中国の人びとは死んでゆく。
死体が山のように積み重なり、「万人坑」と呼ばれた。

この「満州」への強制連行に味をしめた日本政府は、
戦争末期に、日本本土への中国人強制連行を行う。
その数、約4万人。うち約7000人が亡くなっている。
秋田の花岡では連れてきた中国人による蜂起が起こっている(花岡事件)。
岡山の玉野にも、133名の中国人が強制連行で連れてこられている。

あまりにも過酷でむごい実態に、
「信じられない」「重い」「ショック」と口々に語る受講生。
たしかにこういう話の連続で、聞くのはしんどい。
でも、しなければいけない。
日本人が真実と向きあうとき、それは避けられない。
そして
、それが今期の労働学校の目的だから。

とても貴重な話だったのに、17名の参加で、少なく、残念でした。
もっとこういう機会をつくらねば

Dscn1081

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

沖縄での日本軍「慰安婦」

まだ日本軍「慰安婦」問題が国際的な問題になる前の、
貴重なルポタージュを読み終えました。

『赤瓦の家-朝鮮から来た従軍慰安婦』(川田文子、筑摩書房、1987年)

日本軍「慰安婦」の問題に国際的な光があたるのが、
1991年、韓国の金学順(キムハクスン)さんが
「私は日本軍の慰安婦だった」と名乗りをあげてから。

この本で登場するぺ・ポンギさんは、沖縄が1972年に
日本へ復帰するさいに、不法滞在者でないことを明らかにするために、
自分が日本軍「慰安婦」であったことを明らかにしました。

著者の川田さんは、そのポンギさんから粘り強い聞き取りを行い、
ポンギさんがなぜ沖縄に日本軍「慰安婦」として連れてこられたのか、
沖縄に来てからの出来事と、終戦後のポンギさんの苦難の歩み
を通して、「慰安婦」問題への真剣な問いかけを行っています。

日本軍「慰安婦」としてかりだされた朝鮮の若い女性の多くは、
過酷な貧困が広がる農村の出身であること、
そのため、「いい商売がある」「楽園のようなところに行ける」と
騙され、アジア各地へ連行されました。
また、地獄のような「慰安所」での生活から解放されても、
PTSDに悩まされ、本当に安心した生活が送れません。

ポンギさんは沖縄の慶良間諸島にある渡嘉敷島に
連れていかれました。座間味島や阿嘉島にも「慰安所」はありました。
(沖縄全体では134か所の「慰安所」があったことが、現在確認されているそうです)
慶良間諸島であった集団自決や戦争の様子なども
詳細に叙述されています。

最終章には、ポンギさんの故郷である韓国の村に
川田さんが訪れた記録が書かれています。
ポンギさんは6歳のときに、8歳の姉と生き別れました。
その姉には会えたのですが・・・。
あまりにも重い現実に、うちのめされる思いがしました。

ポンギさんは、この本が出版されて4年後の、
1991年に、78歳で亡くなっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱり最後尾っす

今日は昼デモがありました。「教基法改悪反対阻止」のデモです。
私はいつも最後尾で歩く習慣になっています。
最後尾はシュプレヒコールも微妙に弱々しいんですよね(笑)。
Dscn1080




昼デモのあとは、おニューになった岡山駅のみどりの窓口で
来週末の東京行き(労働者教育協会の理事会)の新幹線チケットを購入。
そそくさと駅をあとにし、事務所へ戻ったのでありました。
行き帰りとデモふくめて、1時間は歩いたな。よしよし。

【宣伝】
11/18(土)13:30から、旭川河川敷(三光荘前)にて、
「11・18教育基本法改悪反対 緊急県民集会」が行われるそうです。
県教組(連合加盟)と高教組(全労連加盟)が連帯するという歴史的集会になります。
「来週には衆院通過」とも言われる歴史的情勢の反映です。
5000人規模のウルトラビック集会を目指しているそうです。

私も東京行き予定時間を遅らせて参加するぞぉぉ。
革新懇の全国交流集会とおもいっきりダブってますが、時間が。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

280円ですよ

『女性のひろば』(日本共産党中央委員会発行)という月刊誌をご存知ですか。

きのうあった労働学校の運営委員会でも、この『女性のひろば』の座談会記事を使って学習をしました。
きのうは、最新の12月号のなかの、「学ぶということ」シリーズの第2弾、
「学んだことを一緒に伝える仲間がいたから」を読み合わせました。
関西労働学校の受講生(建交労という組合の若い女性ふたり)と中田進さんの、関西弁まるだし座談会です(おもろい)。
寿退社を強要する会社に疑問を感じた女性が、組合に入ってたたかう姿。それを支援する仲間たちの輪が広がります。労働学校で学ぶことの大切さやそれを行動に移していくアクティブな姿勢に、運営委員は「すごい」「楽しそう」と感嘆していました。
「目だってナンボ」をスローガンに、メーデーでの派手なパフォーマンスは、圧巻です。

『女性のひろば』の11月号でも、「学ぶということ」シリーズ第1弾として、
「『慰安婦』問題と出会い、学びと出会った私たち」という座談会があって、
それも運営委員会で読み合わせました。
こちらは、神戸女学院大学の石川康宏ゼミナールの学生たちです。
この座談会も刺激的です。

『女性のひろば』は中身も読みやすい記事が多くてとてもいいのです。最近のお気に入りは、「若いあなたのためのポジティブマネーライフ」という連載です。お金の使い方にも、「生き方」が反映されると、つくづく思いました。12月号が最終回だったのですが、ぜひ連載をまとめて本にしてもらいたい。

そして驚くなかれ、『女性のひろば』の大きなウリのひとつは、その安さなんです。
なんと280円ですよ。
『学習の友』を増やす文句として、「1か月コーヒー1杯の値段です」って結構使うんですが(『友』は400円です)、280円では、いまどきコーヒー1杯も飲めません。それぐらい安い。私がとっている定期雑誌のなかでも、お得感は間違いなくイチバンです。

『女性のひろば』は3年前ぐらいから定期購読しているのですが、
じつは「読者の談話室」という投書欄に2回投書したことがあります。
そしてナント2回とも掲載されてしまいました!
知る人ぞ、知る事実ですが。はい。

そんなこんなで魅力的な雑誌ですので、とっていない方は、ひと月280円で読めますので、ぜひどうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

たくさん読めました

この連休中に読み終えた本。

『ナヌムの家歴史館ハンドブック』(ナヌムの家歴史館後援会編、柏書房、2002年)

韓国にある「ナヌムの家」にますます行きたくなりました。
また、日本軍「慰安婦」問題を理解するうえで、欠かせない本です。
それにしても、ハルモニたちに、残された時間は少ない。
私に何ができるのか、考えなければ。ただ講義で話すだけではなぁ…。

『「人生の答」の出し方』(柳田邦男、新潮文庫、2006年)

この11月に刊行されたばかりの本。柳田さんの本はたしか5冊目だと思います。
いつもたくさんのことを学べます。柳田さんは読書の幅が広く、それを紹介してくれるので、こちらの関心も必然的に広がります。
この本で「おっ」と思ったのは、71期岡山労働学校の記念講演でおよびした元盲学校高等部社会科教員の藤野高明さんのことがふれられていたこと。
柳田さんは、藤野さんの手記を、「打ち震えるほど感動して読んだ」といい、
「1冊の本が一人の人生に決定的に影響を与えたというエピソードは多い。だが、『いのちの初夜』が重度障害者ゆえに感覚的にも精神的にも13年間も深い闇の底で逼塞を強いられていた一人の若者を、突然『光の獲得』と自ら言い切るほどの方向へ再生させる力を発揮したエピソードほど、言葉の力の凄さを感じた例を、私は他には知らない」と書いています。

『人類と建築の歴史』(藤森照信、ちくまプリマー新書、2005年)

建築史の超入門書。大学教授にしては少し文章に緻密さが欠けるような…。
磨製石器の出現が、木の伐採を可能にし、住居の建設が可能になったこと、
住居の建設によって、「定住」が可能になり、そのことがもたらした作用など、
人類の初期の住まいについての話はたいへん勉強になりました。
「建築」については今後も勉強していきたいテーマです。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

松江一のお店

3日・4日と、松江へ小旅行に行ってきました。

島根県学習協のY儀さんに事前に連絡し、
オススメのお店を教えてもらっていたので、グルメな旅になりました。

3日は、まずお蕎麦屋さん「神代そば」に。
「完全手打ち、国内産そば粉のみ使用、生粉打ち、松江の代表的な出雲そばのお店」(Y儀さんの解説)です。
私は「とろろかけそば」を注文しました。
Dscn1060


そばの味がしっかりして、美味しかったです。

続いて、「島根県立美術館」に。
宍道湖ぞいに建っているなかなか現代的な美術館です。
外の芝生などでゆっくり過ごせる開放感は、岡山の美術館にはあまりないものです。
Dscn1064




企画展は「田園への誘い-バルビゾン派を中心に」ということで、
重厚なヨーロッパ絵画が展示されていました。
じっくり鑑賞したあとは、美術館の喫茶などでゆっくり過ごしました。

松江の街を少し観光し、ホテルにチェックインしたあと、18時から、今日一番のお目当てであるお店へ。

Y儀さんが、「松江一の店だと確信しています」と推薦のあった、「やまいち」。
宍道湖や日本海などの地元の食材が豊富で、冷凍や養殖ものは一切使っていないそうです。鮮度も良いのです。
以前、学習協の中国ブロック会議のあとの懇親会で来たことがあり、私は2度目でした。
そして、期待どおり、どれもこれも絶品料理でした。かなり幸せ度が高かったです。
Y儀さん、本当にありがとうございました。
最後に食べた「しじみ汁」と「鮭茶漬け」だけ写真で紹介します。
Dscn1067




4日は、松江城の周囲を散策し、おみやげを買い、昼食をたべて、松江をあとにしました。
これは泊まったホテルから宍道湖を眺めた様子。
Dscn1068




岡山へ向かう途中、大山が綺麗に見えました。
Dscn1078




蒜山高原に寄って、なじみの喫茶店「創(あそぶ)」に行き、リラックス。
蒜山でちょこちょこと買い物をしたあと、帰路につきました。
帰る途中、加茂川のあたりで、車の目の前をイノシシが横切りました。
野生のイノシシの走る姿を初めて見ました…。

2日間とも晴天に恵まれ、美味しいものも食べれて、充実した小旅行となりました。
山陰旅行、年にいっぺんは行きたいなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 2日 (木)

三光作戦の実相に衝撃受ける

さっき岡山労働学校の第3講義が終わりました。
今日は「日本は中国で何をしたのか①-三光作戦」でした。19名の参加でした。
講師は岡山県十五年戦争資料センター事務局長の上羽修さん。

中国の華北部での日本軍の儘滅作戦、掃討作戦がどうして行われたのか。
岡山の110歩兵連隊もこの掃討戦に参加し、住民虐殺を行っている。
中国の被害者の声や作戦に参加した兵士からの聞き取りなど、
上羽さんでしか話せないようなことばかり。
プロジェクターに映し出される資料や映像、音声が、戦争をぐっと身近に感じさせます。
そして、歴史の事実を削除しようとする岡山県議会の陳情・・・。

Dscn1059





受講生の感想をいくつか。
「岡山編成部隊、鳥取のシュミレーションと、身近に戦争を感じました。VTR、資料、写真など、とてもリアルで、確かな事実なのに、ない事にする歴史観が信じられません。被害者が事件の継承を現在も続けているのに対し、加害者の私達が何もしらないでいるのは、罪だと思います」
「岡大にあった基地の話や、岡山の部隊が作戦に参加していた話を聞いて、戦争の歴史を少し身近に感じました。歴史を勉強するというのはこういうことを言うのかなと思いました」
「日中戦争で死の恐怖を植えつけられてしまった中国人女性の『殺さないで』と泣き叫ぶ声にひどくショックを受けました。戦争によって一体何人の人を苦しめ続けているのだろう…。考えれば考えるほど、胸が痛みます」


さて、学習内容はとても充実したものになったのですが、
今日は大きな失敗をしてしまいました。ああ・・・。気分が重い。

また反省して、来週から出直しだぁ。
このブログも休日はお休みです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピカピカ光る背中を持つ人間

私の相方が、研修先のトップから「これを読め」と言われた本で、
題名にそそられて私も読みました。


『学習する組織-現場に変化のタネをまく』(高間邦男、光文社新書、2005年)

企業の経営者向けに書かれたリーダー論、組織論なので、全体的にナナメ読みしてもよいのですが、労働組合やわが学習運動にも参考になるところも多数。

成果主義への評価のところもおもしろかったですが、
一番印象に残った部分を紹介します。

著者の高間氏が、NTT東日本の法人営業本部の役員に、インタビューしたときのこと。
「戦略は何ですか」と聞いたら、
「学習機会をつくる」というのが答えの一つとして返ってた。
「学習機会とは何ですか」とふたたび聞いたところ、その役員は、

「それは
ピカピカ光る背中を持つ人間の周りをウロウロできることですよ。しかし問題は、ピカピカ光る背中を持つ人間が法人営業に20人しかいないことかな」と言ったそうです。

著者はその答えに驚かされて、また納得し、こう書いています。
「人は自分の接する社会、つまり周囲の人や本、インターネット、様々な経験などから主体的に学習する。その中でも他者との相互作用から一番多くを学ぶと私は思う」
「今の若い人たちは、子供の時分から学校を出るまでの成長過程で接する人物の数が、昔よりも少ない傾向にある。・・・その結果、客観主義による勉強はしてきたが、人々との相互作用で行われる社会構成的な学習機会が少ないので、社会性が低くなる傾向があるのではないだろうか」
「問題は、ピカピカ光る背中を持つ人間に運がよくないとめぐり合えないことである」

職場や労働組合のなかに、“ピカピカ光る背中を持つ人間”がたくさんいれば、
若い世代は、目指すべき目標ができ、その人間関係のなかで大きく成長していきます。

そんな人間集団をつくることが、本当に求められています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

72㌔→67㌔の成果はいかに?

今日は朝9時から、定期健診に行ってきました。
岡山医療生協の東中央病院です。ヤングコースという健診メニューです。

内容は、身長体重測定、視力検査、胸部レントゲン、尿検査、血液検査、内科診察。
すべて終わるまで約40分。あっというまでした。
内科診察が知っているM落先生だったのでビビリました。

昨年も11月に健診をしたのですが、そのとき「再検査の必要あり」とお達しがあったのを無視して1年間過ごしていました(すみません)。
「高脂血症の疑いあり」ということでした。生活習慣のまずさが露呈したのです。
この結果通知にガクゼンとし、「このまままではイカン」ということで、とりあえずダイエットに取り組むことにしました。

あれから1年。
昨年72キロあった体重はいま67キロに(標準並)。体脂肪率も下がりました。
半年でほぼ今の体重まで落とすことができ、それからは現状維持をしています。
「やせたんじゃない」と言われることもたびたび。

ダイエットのポイントは、

①毎日、朝と晩に体重計にのること(我が家の体重計は体脂肪率もわかる)。それをカレンダーに記録する。
②夜はできるだけ控える。朝はたくさん、昼はそこそこ、夜は少量。間食も最小限に。
③毎日ダンベル体操をする。筋肉を増やせば、脂肪を燃焼し、基礎代謝が向上します。

基本的なことですが、これを実践し、現在にいたります。

また、この1年間、「100歳まで健康に生きる」ことを視野に入れ、
健康と体についての勉強もずいぶんしたと思います。

話は変わりますが、思い起こせば専従になってしばらくのころ、
前の事務局長から、『宮本顕治の保健思想』という本を渡され、「これを読め」と言われました。そのころ、私は1年に1回は、2~3日寝込んでしまう病気になっていました。要は健康管理ができていなかったのです。
その本の内容はまったく覚えてないのですが(メモぐらいとっておけよ)、「活動家にとって健康とは何か」について書かれていたように思います。その当時は「なるほど」と思って理解したつもりでいたのですが、実践的には不十分だったと思います。


しかし、私も32歳。このままでは100歳など到底おぼつかないことを自覚。
毎日の涙ぐましい努力を開始したのでありました。
最近では寝込むような病気はほとんどありません。体はなかなか好調です。

さて、今日の健診結果が2週間後に我が家にやってきます。
1年間の努力の結果はいかに?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »